1042.常識外れ
※加筆修正を行いました。
セルバスが哀愁を漂わせながら追加分の酒を取りに酒場へ入った頃、そのセルバスの『魔瞳』の洗脳によって突き動かされて、屯所に向かっていた男がソフィ達の居る屯所の前で立ち止まると思いきり息を吸い始めた。
「うおおおおっっ!! 俺は人攫いだっ!! この旅籠に居る連中は、全員攫って売っちまうぞ!」
――普段のこの男からは、絶対に出ないような大声であった。
それは人間が無意識の内に声を発する喉元の部分に傷をつけないようにと、脳から伝達されて制御される制限を越えた人間が言葉を発する上で、その人間の個体である男が出せる最大限にして、全力の大声であった。
「子供であろうが、女であろうが容赦はしねぇ! 男は奴隷として一生働かせて、女は犯して売り払ってやる! うおおおっっ! 老若男女問わず、全員攫ってやるからなぁっっ!!」
ある程度普通の声であっても声が大きい人間が喋れば、寝静まっている客の元に聞こえてくる程、夜も更けているのである。そんな中で拡声器を使って家の中に居る者達に無理矢理知らせるような声が周囲に響き渡った。
「うおおおおっっっ!! 俺は人攫いだっ!! この旅籠に居る連中は全員攫って売っちまうぞ!」
次の瞬間、男の目の前にある屯所の中だけではなく、その表通りに連なる宿の全部屋に灯りが灯ったかと思える程、一気に外に灯りが漏れ出る程に明るくなった。
ガタガタガタッと階段を雪崩落ちて来るように、屯所の中から足音が外にまで聞こえて来た。
「何事だ!! 人攫いだと!?」
男が騒ぎ出した直後、僅か数秒で十人近くの『予備群』が、屯所の中から出て来るのであった。
タタタッと急いで男を追ってシグレは走ってきていたが、刃物男の背中が見え始めた瞬間に、信じられない大声でその男が、自分が人攫いなのだと叫び始めたのを聞いて、唖然としながらシグレは目を丸くしてその場に立ち止まった。
(ちょっ! ちょっ! えぇっ……!? セルバスさん!!)
シグレは先程のセルバスが『魔瞳』を使って男に命令したその内容を知っていたが、まさかこんな大声だとまでは思わなかった為、ドン引きしながら屯所から出て来る男たちを眺める事しか出来なかった。
それは旅籠全体に響き渡ったのではないかと思える程の声であり、刃物男の声はシグレの予想を遥かに越えていたのであった。
……
……
……
そしてその『煌鴟梟』の刃物男の大声は、当然屯所の地下にまで轟いており、まだ意識を失っていたキネツグは、その声で強制的に覚醒させられて意識を取り戻すのであった。
「あ……、ああ? 何処なんだよ此処」
手足が縛られて布で目隠しをされた状態で部屋の地面に横に転がされていたキネツグは、何故自分がこんな目に合っているのか分からず、静かにそう言葉を漏らすのであった。
「起きたみたいね? キネツグ」
独り言のつもりで呟いたキネツグだったが、その言葉に返事があった事で意識をそちらに向けた。
「この声はチアキ、お前なのか?」
「ええ、そうよ」
知り合いが近くに居たと言う事で『キネツグ』は少しだけほっとする。
「なぁチアキ、何で俺達こんなことになってんだ?」
まだ捕らえられる前の事が朧気であったキネツグは、先に起きていた様子のチアキにそう尋ねるのだった。
「……」
しかし普段であればこちらが黙っていてもずっと何か喋り続けていて、常に勝気な性格のチアキが酷く大人しい。
「チアキ?」
「聞こえているわよ」
再度キネツグはチアキに話し掛けると今度は返事があった。しかしどうにも様子がおかしいと、キネツグも気づいた様子で、床に転がされている状態で『キネツグ』は、何とか器用に身体を動かしてチアキの声が聞こえてきた方に向き直す。
「キネツグ。残念だけど、あたし達はもう終わりよ……」
ようやく口を開いてくれたチアキだが、その余りにも弱々しい言葉に長らく『妖魔召士』として同じ組織で働いていたチアキとは、全く違う女性のように感じられたキネツグであった。
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