1025.一件落着
※加筆修正を行いました。
「離せ、離しやがれぇっ!」
シグレに取り押さえられたミヤジは、この世の終わりというような表情を浮かべながら何とかシグレから逃れようと藻掻き続ける。
「あんまり手間を掛けさせないでくださいねぇ? それ以上暴れるというのならば、四肢を二度と動かせなくしますねぇ」
そう言ったシグレは決して脅しではないという意味を込めて、ミヤジの足のふくらはぎ部分に刀の切先をあてながら、薄く皮膚を切りながら笑みを浮かべる。
普段おっとりとしていて、ほんわかと笑顔を見せるシグレだが、彼女もれっきとした『予備群』であり『妖魔召士』のチアキを相手に真っ向からぶつかって、片腕を飛ばして見せた程の力量を持っている。
ミヤジの足から鮮明な血がタラリと流れると、それまで悶えながら暴れていたミヤジが、分かりやすい程に大人しくなった。
「シグレ。その辺にしておけ。待たせているソフィ殿達の所へ戻るぞ」
「はい、隊長!」
にっこりと笑みを浮かべながらコウゾウの言葉に素直に従うと、シグレはミヤジを後ろ手に縛った後、自分の足で歩かせる。
コウゾウの方もサノスケを捕縛をして見せたが、もう一人の男の扱いには少々難色を示すのだった。
「こいつがお前ら『煌鴟梟』のボスだというのは本当なのか? 俺の目にはどうにも、本当だとは思えないんだが……」
普段のトウジであれば冷静で仕事のできる組織のボスという印象をコウゾウに抱かせられただろうが、今のトウジはセルバスに操られており、目を虚ろにしながら何やらブツブツ言っている危ない奴という印象でしかない。
「ふん、俺達もボスの変わり様に驚いているんだ。けど間違いなく俺達のボスで間違いねぇよ」
そっぽを向きながらミヤジは、溜息交じりにコウゾウの言葉に相槌を打つのだった。
「まぁいい。ひとまず捕らえる事が出来て何よりだ。お前達の仲間はもう全員捕縛してある。今更お前らだけ逃げられるとは思わない事だな」
「そんな事は言われなくても分かっているさ」
ミヤジは顔を歪ませながらも流石に『予備群』に捕縛されたこの状態から逃げられるとは思ってはいない。
(俺の命運もここまでか……)
ミヤジは両目を閉じながら項垂れるように頭を下げて観念するのであった。
こうして『煌鴟梟』の幹部とボス達を含めた多くの団員達は『予備群』のコウゾウ達によって、捕縛されて旅籠町へと戻る事となった。
……
……
……
旅籠町に戻ってきたコウゾウは早速屯所に向かい、この旅籠町を長らく悩ませてきた人攫い集団『煌鴟梟』を壊滅させた事を『予備群』の仲間達に伝えた。
屯所内は想像以上の歓喜の声で盛り上がった。それだけこの旅籠町の被害が、大きかったということの表れであり、もちろん全てが『煌鴟梟』の所為だったわけではないのだが、そのほとんどは『煌鴟梟』の仕業だったという事もあり、任務を無事成し遂げたコウゾウとシグレの功績はとても大きいモノといえた。
当分は『煌鴟梟』を捕らえた後の旅籠町の人攫いの被害影響などを見る事になるが、その結果次第では、コウゾウ達の旅籠町での護衛任務は『達成』という形で終わりを迎える事になるであろう。
捕えた『煌鴟梟』の者達を地下の牢屋代わりの部屋に入れた後、いつも以上に見張りを増やしてコウゾウ達は地上へ戻ってきた。
「ソフィ殿、エイジ殿、ヌー殿、それにテア殿も本当に今回はお主達のおかげだ。感謝している」
ソフィやエイジ達を前回この屯所へ迎え入れた時に通した部屋に案内したエイジは、改めてソフィ達に頭を下げて感謝の言葉を告げるのであった。
コウゾウがお礼を告げた後に隣に居た護衛隊副長の『シグレ』もまた『コウゾウ』に倣うようにゆっくりと頭を下げた。
「頭をあげてくれ二人共。我らこそ『妖魔召士』とやらの者達との問題に、お主達を巻き込んでしまって申し訳なかったな」
ソフィがキネツグ達の事を告げると、コウゾウは少し渋い表情を浮かべた。
「あの者達の事なんだがな。元々はお主達との問題だったのだろうが、俺達を『予備群』と知って襲ってきた以上、上に知らせねばならないと思っている。悪いが奴らを『サカダイ』の町へと送り届ける必要がある為、身柄はうちで預からせてもらいたいのだが……」
ケイノトの町の『妖魔召士』の組織と『サカダイ』の『妖魔退魔師』の組織は、元々は同じ街で協力関係にあった組織同士であるが『妖魔団の乱』以降、袂を分かつ事となっている。
互いにこれまでは利権絡みの関係や問題で対立する事はあったが、武力による衝突にまでは発展していなかった。
妖魔から力のない人間達を守るという意味では、組織は違えども大きな枠組みでの目的は同一であった事に加えて、前時代まで多く居た守旧派の『妖魔召士』達が『妖魔退魔師』側の組織と武力抗争などに発展させないようにと、上手く立ち回ってきた事が大きかった。
――しかし今回はその取り決めから逸脱した行為を『妖魔召士』の組織から行われてしまった。
ソフィの目の前に居るコウゾウとシグレは『予備群』ではあるが、れっきとした『妖魔退魔師』側に属する者達であり、コウゾウは協力関係にあるソフィ達を今は攻撃するのをやめてくれと告げた。
しかし『妖魔召士』のチアキは、そんなコウゾウの提案を一方的に破棄し所属する組織の長の名前を出して『不服があるなら申し立てよ』と告げたのである。
それだけに留まらず決定的な言葉を告げたチアキは更に、コウゾウを罵りあまつさえ、屈服させようと手を出してきた。直接手を出されたコウゾウはこれ以上は『妖魔退魔師』側に対する、明確な敵対行為だと告げた。
しかしながらコウゾウがそう告げたにも拘らず『妖魔召士』のチアキは、おかまい無しにコウゾウに手を掛けてきたのである。
如何な理由があろうとも、コウゾウに手を掛けた時点で『妖魔召士』チアキの行った行為は『妖魔退魔師』側の組織に対しての明確な敵対行為に相違無く、組織に所属している以上、コウゾウはこの事を上層部に伝える義務がある。
むしろこの事を黙っていて、後でどういう形にせよ所属している『妖魔退魔師』組織に伝わった場合『予備群』の『コウゾウ』と『シグレ』は組織に対する秘匿行為とみなされるだろう。
どうでもいいような内容であれば、ある程度は見逃されるような事であっても『妖魔召士』が襲ってきたなどという一大事を報告せずにいれば、これまた違う問題に発展する可能性があるのであった。
「ふむ。それは構わぬが……。あやつらが目覚めた時点で再び牢から逃げ出そうとするのではないか?」
『煌鴟梟』の人攫い達はこの屯所に居る者達が見張っているならば、何も問題はないであろうが、あの『妖魔召士』達が相手では『予備群』とやらが束になったところで止める事は難しいだろう。
「もちろん彼らが暴れるならば俺達では止めようはないだろうが……。まぁ、その心配はほとんど無いと見ていいだろう」
コウゾウが続けて説明をしようとするが、その前にシグレが口を開いた。
「あんな愚鈍でどうしようも無い女であっても、流石にこれ以上自分達の組織が不利になるような事はしないでしょうからねぇ」
にこにこと笑ってはいるシグレだったが、どうやらあのチアキという『妖魔召士』に対しては並々ならぬ思いを抱えているようで、コウゾウは今のシグレを見て言葉を遮られても窘めるような事もせず何も言わなかった。
「それならばいいのだがな」
シグレの笑みを見たコウゾウが、怖がっているようにも見えるソフィであった。
「小生も大丈夫だとは思うぞ。もう一人の『妖魔召士』であるキネツグは、小生が少しお灸を据えておいた。当分の間は、自由に魔力を使えないようにしておいたのだ。流石にチアキであっても仲間のキネツグを置いて一人で脱走しようなどとは考えまい」
コウゾウはその言葉に頷き、再び笑みを浮かべた。
「あとソフィ殿に、もう一つ頼みがあるのだ」
コウゾウにそう言われた後、何やら細長い筒を渡される。
「ソフィ殿達は仲間を探しに『サカダイ』に向かうと言っていただろう? その筒の中には『サカダイ』に居る『妖魔退魔師』の『ミスズ』様に宛てた手紙が入っているのだが、それをソフィ殿から渡して欲しいのだ」
「ふむ。サカダイの町の『妖魔退魔師』組織の『ミスズ』殿か」
「ああ。その通りだ。今回の事はもちろん俺の口から直接報告に行くつもりなのだが、今すぐに隊長の俺が、ここを離れるわけにはいかぬし。旅籠町の経過も見届けなければならぬ。当初は部下に届けさせようとしていたのだが、ソフィ殿達が『サカダイ』に行くのであれば、ついでにこの書物を俺からのモノだと告げて貰えればその『サカダイ』の町に入る時にも役立つと思ってな」
「成程。それは我達にとってもかなり助かる話だ。どうせ行く場所は同じなのだしな。お主の頼みを引き受けよう」
「おお、かたじけない、ソフィ殿!」
ソフィは笑顔でそう言うと、コウゾウは再び頭を下げて感謝の言葉を告げた。
「出発は明日だったな? 今日は是非この屯所でゆっくり休んで行って欲しい。そう言えばヌー殿は魚料理が好みだと言っていたな? 是非、美味い魚で一杯やってくれ」
「ククククッ! コウゾウとかいったか? お前は話の分かる野郎じゃねぇか!」
上機嫌になっているヌーだが、そのヌーの横に居たテアはコウゾウの言葉は分からないが、ヌーに対して酒を呷る手振りを見て、直ぐに酒の話をしているのだとピンときたようで、舌を出して嫌がる表情をするのだった。
「そんな顔をするなよテア……」
こっそりと嫌そうな顔を浮かべていたテアだったが、ヌーはしっかりと見ていたようで、またテアの機嫌が悪くなると思ったのかご機嫌とりをしようと声を掛けるのだった。
「クックック……! ヌーよお主はコウゾウ殿達と酒を楽しめばよい。少しテアには魔神の話し相手を頼みたいと思っていたところだったのだ」
「別に俺は構わねぇがな。おい、テア! ソフィがお前に魔神と話をしろってよ」
「――!?」(ええ! またですか!?)
テアの顔を見たエイジもヌーも堪えきれずに笑い始める。
「クックック! 魔神もお前を相当に気に入っておるようなのだ。神格持ち同士、話し相手になってやって欲しい」
ソフィの言葉をヌーに翻訳してもらい、渋々ながらも頷くテアであった。
…………
こうして旅籠の町で起きた人攫い事件から『煌鴟梟』の者達を捕らえる事に成功し、里に居た『ヒュウガ』の追手達の件も片付いたソフィ達は一息つく事が出来たのだった。
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