妄想JKあ
私は今日から華のJK。
ジャイアントコーンじゃないよ。女子高生だよ。
私の家はとても貧乏で、あまり贅沢な暮らしはしていない。
兄弟は弟が5人いる私を含めて全部で6人兄弟だよ。
両親は、共に生きる為に、家族を養う為に共働きをしている。本当に感謝しているよ。父さん母さん。
両親は帰って来るのが、いつも遅いので、私は今まで弟の晩御飯を出来る限り作ってきていた。
だから、高校に入ったからといって、私は高校デビューするつもりはなく、部活に入る予定もない。華のJKにもなってもったいないと言う人もいるかもしれないが、私にはそんなこと、そんな意見は関係ないし、JKの耳に念仏だ。まあ、ほんのちょっとは部活ぐらい入ってみたいとなんて考えたりもしたが、私にはそれよりも、弟の方が断然大事だ。
ああ、弟よ。私の愛しの弟達よ。私が守らなくて誰がお前達を守るというのだ。
私はそんな強い使命感に近い感情を抱いていた。
席に着くと、見たことの、会ったことのない人々ばかりで、混乱した。
「こんちわー」
見たことのない男が私に話しかけてきた。
この高校の男子の制服を身に纏っているからこの高校の生徒なのは間違いがないと思うけど、でも顔は30代に見えなくもないし、もしかして先輩かな。先輩が入学式を済ませたばかりの、JKになりたての私を、この美しき奥ゆかしき可愛き、私を目ざとく見つけて、私に一目惚れして、ズキューンってきて、感じて、愛を感じて、止められなくなって、危険モードに入って、暴走モードになって私のクラスにやってきたのかなあ。
「謎子さん。どうしたのですか?」
「え?」
見るとその男子生徒が私の顔を不思議そうな心配そうな表情で覗き込んでいる。男子生徒の手にはプリントが握られている。どうやらプリントを渡すついでに私に挨拶をしたらしい。あわわわわ〜。またいつもの癖で必殺技のJC妄想(女子中学生もうそう)をしていたみたいね。あ、でも私は今日からJKだ。今日からはJK妄想になったのね。でもこの男もこの男よね。初めて出会ったばかりなのに、こんちわーはないわよね。本当失礼しちゃうわ。失礼被っちゃうわね。
「あの、謎子さん、プリント……」
何よ謎子さんって初めて会うのに名前で勝手に呼んだりして。まずはあんたの名前を名乗りなさいよ。あれっ、でもこの人どこかで見たことのあるような……ないような、その中間のような……。デジャブ? デジャブなの? 私には第六感的感覚が備わっているというの?私にはその能力を備える資格があるというの? 未来透視能力なの?予知夢なの? 将来私がテレビに引っ張りだこなの?
そんな妄想をしていると、男子生徒の顔が、呆れたような、うんざりしたような、疲れたような、眠たそうな、顔をして、眉間に皺を少し寄せて小さくため息をそっと、優しくまろやかに、緩やかに、10メートル離れた位置から届く、微弱扇風機の風ように吐き出し言った。
「謎子さん、また妄想していたのですか。今日から謎子さんはもうJKですよ。いい加減妄想は卒業した方がいいんじゃないでしょうか?」
この噛み含ませるような、子供を諭すような、でもねっちりとしていて、聞いている私の耳にまとわりつき、ねばりつき、でもその粘りが、不思議と納豆のように体に良さそうで、聞いていて、嫌な感じはそんなに受けない、この喋り方をするのはまさか……。
「黒灰……君?」
「そうです。黒灰です」
え、えええええーーーーーーーー。
私JK謎子、びっくらこいた。ああこいたさ。本当にびっくりこいたさ。だってだってあの黒灰君だよ? 中学時代は髪の毛が伸び放題で、顔全体を髪の毛と髭が覆っていて、見えるのは、そこから覗く目ぐらいで、太古の昔生息していた、未知の生物みたいで、でも匂いは、常に香水のような淡い良い匂いが体の中から、放たれていて。本当にこの人、黒灰君なの?
私は本当かよこいつ、嘘ついてねーだろうな、嘘ついてたら殺すぞ、怪しいな、嘘くせーという、疑惑の怒りの魅惑の混ざった、表情、仕草、眼光でその男を射抜いた。
「高校デビューしちゃった」
その男はどこか照れ臭そうにそう言った。
高校デビュー? 嘘でしょ。あの黒灰君が?
まるでムックのような、ボサボサで、いかにも山奥に生息していそうな雰囲気を醸し出していた、でも仙人のようなオーラが、隠しきれないで、どことなく滲み出ていたあの黒灰君が高校デビューしただって?
私はどことなく、漠然と不安というよりは喪失感に近い、目の前の現実を受け入れられないような気持ちが、心の中を漂っているのを感じた。
「でも、どうして高校デビュー何てしようと思ったの?」
私は純粋無垢な気持ちで、目の前の黒灰と名乗る男に聞いた。まだ、黒灰だって認めてないんだからね。
「どうしてって、まあ一言で言うともてたからかな」
も、もてたいだって? なんでまた急に? いきなり、砂場で作った山からキリマンジャロぐらいの高さまで飛躍するのよ。
「分からない。分からないわ」
私は本当に黒灰の気持ちが分からなくなって、とりあえず叫んだ。
ちっくしょーーーーーう!!!と
もちろん心の中でだけどね。
それを見ていた、黒灰を名乗る男が、眉を寄せて不安そうな顔で私に聞いた。
「もしかして、謎子さん怒っている?」
「怒ってねえよ!」
私はそう切れ気味に返したが、心の中はあれっ? 不思議と悪い気がしないわ。なんでかしら。なんでなのかしら。もしかして、黒灰が私の心を悟ってくれたからなのかしら、そんなことないわよねそうよね、と一人で何やらいつものように妄想が膨らんでしまった。
「それは良かったでござんすね」
私が冷たくあしらうと黒灰君はガクッと肩を落とした。
「謎子さん〜、冷たくしないで下さいよ。僕だって必死なんすよ。このままじゃまじで、死ぬまで、イエティみたいに未知な存在で、空気的な、植物的な、ただの石ころ雑草みたいに扱われ、思われ消えて墓に埋葬されると思ったんすよ」
「ふ、ふ〜ん」
黒灰君も色々と自分のことを客観的に分析して、色々と考えているのね。
私はほんの少しだけ黒灰君が可哀想に感じた。
「でも、謎子さんと同じクラスになって良かったです」
はあ? 何よそれ。それはまだ高校生活初日の不安感を消し去るために私という存在をまるで、ぼろ雑巾のように利用して、使えるだけ使って後はいらなくなったらポイしようとでもしているの? 黒灰君は私のことを今まで使い捨てカイロのように思っていたの? 私のことを食べるだけ食べたら出すこと出して、トイレに排水しようとしていたの? 最低、最低よ黒灰君。あっ? それともまさか。わ、私のことが好きで一緒のクラスになれたことが良かったって意味なの? そうなの? 黒灰君。私のことが好きで好きでしょうがないからその気持ちを隠しきれることが難しくなったから、心の中の声が叫ぶのを止められなくて頭が言っちゃえよ、って言って私にそのあふれる気持ちを伝えさせたの? ねぇ一体どっちなの? 私のことを使い捨てるつもりで言ったの? それとも私のことが好きで言ったの?
私は一瞬でこれらのことを考えた。そして言った。
「ねえっ、どっちなの?」
「な、何が? 謎子さん」
「とぼける気? あなた私の気持ちを弄ぶ気? 私の心の振り子を悲しみと喜びで行ったり来たりさせて私の心を揺れ動かして、何かたくらもうとしているの?」
「だ、だから一体何の話だよ。謎子さん」
「そうっ! 私もう怒ったわ。もう黒灰君の話は聞かないことにする。……3秒間だけね」
「謎子さん、怒っているの? ごめん、気に障ることがあったのなら謝るよ」
「怒っていたわよ。さっきまでね。激怒プンプン丸だったわよ。でもね、もう許したわ。だって3秒たったじゃない。もう時効よ」
「あ、ありがとう謎子さん」
「いいのよ。黒灰君。これから同じクラスの仲間同士仲良くやっていきましょうね」
「う、うん」
黒灰君は言うと、私の手をぎゅっと握った。……握った!!??
「ど、どうしたんだい? 謎子さん」
「ふ、ふーん。そうやってまた私の心を揺さぶるつもりなんだ」
「え? どういうこと?」
黒灰君、もしかして異性のことを意識しないで、無意識にそんな行動をしているの? あなたの顔からはそんな何か企んでいるような表情は窺い知ることは出来ないけれど、でもまさかその羊のような純情素朴青年からは想像もつかないような顔を裏ではしているっていうの? どちらなの? 無意識なの? 故意なの?
「ねえ、どっち?」
「な、謎子さん、また何を言っているのか分からないよ」
「はっ!?」
し、しまったわ。また私の妄想が勝手に暴走して、(あ、韻を踏んでいる)いつものように妄想ハイをしてしまったわ。いけないわこの私の癖。でも直す気はないわ。
私は、黒灰君に笑顔を送ると、うんうんと頷いて好感度の維持に必死に努めた。
黒灰君は不思議そうな顔をした後、自分の席へと戻って行った。
なんとか、上手く誤魔化すことが出来たわ。
私は念には念を、と学校指定のカバンから最新の芥川賞の単行本を取り出して読んで、文芸少女の雰囲気を醸し出した。
火花……か。
芥川賞のタイトルを見ながら私の頭の中に妄想がもわもわと煙のように膨らんでいった。
私の恋の火花はこれからどうなっていくのだろうか。
いや、私には恋をしている人なんてまだいませんよ? 初恋は幼稚園の時だけれど、それ以降私は好きになった人がいないの。もうかれこれ10年以上は経つわね。こんなわたしはどこかおかしいのかしら。脳のどこかがぶっとんでいるのかしら。いいえそんなことは決してないと思うわ。恋をしないことごおかしいなんて誰が決めたのかしら。いくら人間が猿の頃から子孫を男と女で残し続けてきたからと言って、私がこの時代で恋をして愛を知って、僧侶と共に……あら間違えたわ。伴侶ね。伴侶と共に人生を歩んで行かなければならないという法律はないしね。そりゃあ、一人は寂しいわよ。でも、人間は生まれた時は一人なのよ。死ぬ時も一人なの。だから生きている時だって一人だって別にいいじゃない。あら、でも何で胸がこんなに痛いのかしら。そうね、やっぱり私は心のどこかで気づいているのかもしれないわね。人間は一人では生きていくことが出来ないということを。生まれた時に一人だって、親があるいは、親戚が、施設が育ててくれなければ、栄養を採ることも出来ずに私はすぐに死んだでしょうね。もうその時点で私は一人の力では生きてはここまで来ていないのね。それに私に言葉を教えてくれた両親、両親がいなかったら私は言葉を喋ることも不可能だったわね。仮に私は生まれた時に食べ物が豊富にある畑や果物に囲まれた小屋に放置されていたとしても、私は一人で食事も自分の手でもぎ取ることも出来ずに死んでしまったでしょうね。母親が母乳をくれなければ、離乳食をくれなければ、私はここまで来ることは不可能だったのでしょうね。ありがとうお母さん。そうなの、人間は一人で生きていくっていっても、生まれてきたのが一人だっていっても完全に一人で生きていくっていうのは不可能なのよ。この服だって、服を作っている人がいなければ裸のまんまかあるいは発破で私の豊満なわがままバディーを隠さなければいけないし、そもそもそんな感情は抱かないし、それに裸でいると風邪をひいたりしてしまうという、情報、知識だって私が発見し身につけた知識ではないわ。これは私の生まれる前から先人が、偉人が、様々な研究を施して、少しずつ、知識を科学を発達させていって、その土台の上に私はここに生きているんだわ。先人感謝。
そう、それに私のこのわがままバディーだって、私が作ったものではないわ。いや、多少なれ私が生きていく生活習慣の中で食べ物の影響や、筋トレ、部活の影響でここまで大きくなったことを否定するつもりはないわ。でも、それ以前に私のこの体には私の先祖の血が脈々と流れ、受け継がれているのよ。私のこの平均より高い身長は、私のお父さんの影響が少なからずあるはずだし、私の、このおおらかな、妄想激しい性格はお母さんの影響が、遺伝子が入っていることはまず、間違いないと思うし、つまりここまで病気がなく過ごせてきた私は一人で生きてきたのではなく、遺伝、両親、文化、国、地域、様々なことが複雑に目に見えないところでも絡みに絡み合って、こうして私はここまで奇跡的に生きてきたのだと思うの。だから結局何を言いたかったのかっていうと、結論づけると、私は一人で寂しくないってさっき強がっていたけど、人間は結局は生まれるのと死ぬのは一人だっていったけど、生きていくのも一人だって言ったけど、なんだかんだで、結局邦楽の歌詞で飽和状態の『一人じゃない』っていう単語に行きついたわけ。
一人に思えるかもしれないけれど、誰も理解してくれる人がいないかもしれないけれど、完全な一人っていうのは存在していないのね。
肉体も考えの進み方もある程度、自分自身で選択は可能だけれども、それでもやはり何かしらの影響下は否定できないっていうわけね。
子供とかを作る将来の計画は今のところはまったくないけれど、恋人を作る計画も、今の所全くないけれど、これからも一人で生きていくつもりだけれども。一人でって言っても今言った通り一人じゃないって分かったけれども、どうして……どうして胸の奥がこう疼くのでしょうか。
なんだか無性に月が綺麗ですねって、漱石風の意味で言ってみたくなった今日この頃です。
私は先生が来るまで机の上で突っ伏して待つことにしたわ。
机の独特の匂いが鼻に届いて、何だかアジアンチックな雰囲気にコンマ三秒だけなったわ。
アジアかあ。私まだこの年で、この国以外どこにも行ったことないんだよなあ。まあ、この年だからこそかもしれないけれど。まだ私はお金を稼げる年齢じゃないし。アルバイトは除く。海外旅行に行くなんて夢のまた夢かもしれないわね。いや、待って。そういえばこの間入っていた旅行会社のチラシに海外旅行が数万円で行けるのがあったわ。これなら私にもバイトをすれば稼げる値段だわ。あ、でもその前に私パスポートも持っていないや。パスポートっていくらぐらいかかるんだろう。取得するのに、それにいざ旅行に行くとなると、色々な旅行に必要なバッグから服から、装飾品から、ホテル代やら、交通費やらがあるので、数万円だけじゃ足りないかあ。でもいずれは私もアジアの他の国に行ってみたいわねえ。でも最近は海外は治安が特に悪い気がするから、慎重に選んだ方がいいかもしれないわね。でもその前に、まずは海外旅行に行く下準備をする為に、中華街やら、アジア料理店に行って、外人の店員さんとコミュニケーションをとってみるのもいいかもしれないわね。そうだわ。そうしましょう。
机から顔を上げると、アジアンチックな雰囲気はどこかへ去ってしまった。
私は次に机につけられた傷を探した。
ああ、この傷は鉛筆でつけられた傷痕ね。痛かったでしょう。机さん。たぶんこの傷は2Bの鉛筆でつけられた傷ね。あら、こっちは、ずいぶんと細い傷痕ね。たぶんこれはシャープペンでつけられた傷ね。シャープペンの金属の部分でつけられた溝がいくつもあるわ。でも細い傷痕とはいってもアリさんからすればこの傷痕はまさに断崖絶壁に感じるかもしれないわね。まあアリさんがこの机の上に来る可能性は低いかもしれないけれど、でももし私がジュースを、アップルジュースやオレンジジュースを零したりしたら、アリさんはもしかしたらこの私の机の上に集団でやってくるかもしれないわね。そうしたら私はアリさんをようこそっていって、アリさんの目の前にジュースをこぼして、アリさんをもてなすんだあ。なんて私は心の優しい人なのでしょうか。普通JKって言ったらいけいけで、やりたい放題やっている無敵感がある年齢に見えるかもしらないけれど、私は違うわ。私は皆のようにスカートを短くしたりはしないわ。それにJKフェロモンで教師や同級生を誘惑したりはしないわ。あ、私今失言した。まるで他のJKがフェロモンをだして、教師や同級生を誘惑しているかのような発言をしてしまったわ。ああ、最悪。自己嫌悪だわ。
私は自分の頭をぽかっと軽く、ぐーで、叩いた。
ああ、いい音がしたわ。これで私は反省したわね。
あ、また落書きを発見したわ。
死ねって机に書いてある。
これは一体誰に向かっての文字なのかしら、この机に座っていた人が特定の誰かに向けて書いた死ねなのか、それともこの机に座った人に対しての死ねなのか。どちらにしてもあまりいい気分はしないわね。
私はだからと言ってこの死ねの文字を消したり、文字を付け加えたりはしないわ。なぜならそれは机をさらに傷つけてしまうからに他ならないからなの。
だから、私はこの死ねの文字は消さない。この机の文字はこの机に座った私のある意味運命なのかもしれないわ。
誰かが、もしかしたら神的存在が、あるいは運を左右する何者かの存在が私に試練を与えようとしているのかもしれない。
これから先の人生、悪口や、いじめなどが、あるかもしれない。だから、それに耐えられるように私の心を強くしようと、私を鍛えようとしているのかもしれない。だから、その何者かの存在が私の運を左右して、私をここの席に座らせて、私を強くしようと、あるいは、私を試しているのかもしれない。私のこれからの運命を占うべく。
なんちゃってね。あーあ、なんだか、妄想疲れしてしまったわ。まだ、このクラスに入ったばかりなのに。でもまあ、いい妄想が出来たと思うわ。
早く先生来ないかなあ。
そんなこんなで妄想して時間をつぶしていると、扉が少しガタッと音を立てた。
あっ、先生だわ。だってみんな席に着席しているから、生徒のはずはないもの。先生に違いないわ。
一体どんな先生なのかしら。
私は先生が扉に手をかけて扉を開けて入ってくるまでの1、2秒の間に妄想を広げた。これはまさに私の私だけにしか出来ない特殊能力だ。ある種、私は能力者と言っても過言ではないかもしれない。
そう私の能力は妄想能力。どんな性質を秘めているのかというと、一秒でもあれば私は頭の中に妄想の宇宙を広げ、限りなくその妄想宇宙を旅することが出来るのだ。
さあ、いざ旅立たん。
一体どんな先生なのかしら。たぶん今の扉に手をかけた音から察するに男の先生ね。なぜなら女の先生ならもうちょっと、扉の音が静かだと思うから。今の扉の音は力強くて、男らしい荒々しい感じの扉の動き方だったから、男で間違いはないわ。そして、扉の動き方も少し振動が上下になったので、慎重なおとなしいタイプではなくて、どっちかって言ったら体育会系の先生に近いかもしれないわね。扉の動き方は先生の身長が長身であることを物語っているわ。足音が全くしなかったことから察するに彼は荒々しい性格とは対照的に用心深くもあるわね。たぶん前世は忍者だった可能性がここで浮上してきたわ。
あ、扉がゆっくりと横にスライドしたわ。
さあ、私の妄想はどこまで合っているのかしら。答え合わせの時間よ。
「皆さん、初めまして。担任の吉元です」
先生が黒板にチョークで名前を書き書きし始めた。
うーん。私の妄想はやはりまだまだ、現実とは乖離しているわね。今回の妄想テストは0点ね。
そう、先生は女の先生だった。
ああ、でも彼女まだ、先生になり立てって感じ。初々しいわ。リンゴでいうならまだ、青い感じがするわね。まあ、私もまた高校生になりたてで、他人から見たら青いんでしょうけどね。
「ふふっ」
私は小さく、誰にも聞こえないぐらいの声で笑った。
窓の外では、誰かが捨てたと思われる、スーパーのビニール袋が風に吹かれて舞っていて、なんだかなぁと私は思った。桜の花びらとかだったら風情があっていいのに。
私の妄想モードはその光景を見て、現実に引き戻された。
「今日から、一年間このクラスと担当させていただきます」
吉元先生はクールな声音で言った。
見た目通りの声だわ。
先生は艶のある黒髪が肩までかかっていて、少し振り向いたりしたら、髪の毛のCMみたいにふわっと広がって、艶と輝きを、そしてシャンプーの良い匂いを教室中に振りまきそうな気がするわ。
意志の強い目とその輝きが、これからの自分の意志表示を態度で示しているわ。
「じゃあ、まず出席をとりましょうか」
吉元先生は生徒の名簿を開くと、順番に名前を呼び始めた。
私は女子だから、男子が全部呼ばれた後に名前を呼ばれるわ。よしっ、妄想のチャンス!
「赤石くん」
「はい!」
赤石か。よし、赤い石で妄想してみよう。レッツゴー!
赤い石っていうことは、ふつう赤い石なんてあまり知らないから、何で赤くなったんだろう。もしや、石が赤く染まるっていうことは、血で赤く染まったのかもしれないわ。
じゃあ、赤い石は殺人の凶器に使われたっていうこと? しかしなぜ、石を使ったのかしら。石を使ったっていうことは、部屋の中にはあまり石を置いておく人は少ないから、犯行現場は外で行われた可能性が高いわね。そして、石がある、すぐに見つかる場所にあるっていうことは、だいたいの殺害現場は予測がつくわ。たぶん、河川敷辺りが怪しいわね。いや待って、石が赤いからって、それが血だとは限らないんじゃないかしら。もしかしたら、赤い石の赤い成分はペンキかもしれないわ。誰かが、石をわざと赤く塗って、殺人に使われた石に見せかけて、どっきりを仕掛けているのかもしれないし、殺人者が捜査をかく乱する為に偽装工作の一部として、石を赤くペンキで塗った可能性も否定できないわ。それともただ単に石にペンキを塗るのが趣味の人がやった可能性もあるし、つまり結論は次回に持ち越しね。
「青葉くん」
「はい!」
よし、次の妄想は青葉くんね。このまま妄想を繰り広げていくと、このクラスの人間の名前を覚えるのも早いかもしれないわね。グッドアイデアね。私。ふふっ。
私は含み笑いをすると青葉くんの妄想を開始した。
青葉くんか。青葉って言ったら青い葉で葉っぱを食べる青虫をイメージするわね。っていうことは青虫はいずれ蝶々になるから、青葉くんはいずれ蝶々に、いや蝶々のように出世して世界に羽ばたく逸材になる可能性を秘めているっていうことね。じゃあ、彼はかなりの才能の持ち主っていうことで、将来彼と結婚したら玉の輿っていうことになるのね。今の彼の様子はかなり見ていて地味で、緊張している様子から、あまりイメージは出来ないけれど、彼はこの先ぐんぐんめきめきと才能を伸ばしていって、蝶々に変身するのね。いや変態するのね。え? 違うわ。彼が人間的に変態というわけではなくて、虫が変態する意味での変態よ。え? 知っているって。ごめんなさいね。
私は自分の頭の中で、妄想会話を妄想で作り上げた名もなき誰かとした。
青葉くん、これから注視して見ていこう。
「石本くん」
「はい!」
石本君か、石で出来た本なのかな、それとも石と本がただ一緒にその場に置いてあるっていうことなのかな。石と本が一緒にあるっていうことは、さっきと一緒で河原に置かれている可能性もあるわね。つまり、どういうことかと言うと、それは河原に捨てられたエロ本の可能性が否定できないわ。つまり犯人はエロ本を買える年齢の、成人男子っていうわけね。いや、待って、中古で古本屋で中高生がエロ本を買ったっていう可能性もあるわ。でもなぜ河原にエロ本を捨てるのかしら。焼けばいいのに。あ、でも勝手に物を焼いたりしたらだめって、条例で決められているんだっけ。だからエロ本を捨てるのね。でもどうして河原なのかしら、森でもいいじゃない。ただ単に誰にも見られることなく捨てるのならば、森の方が適切よね。それなのに河原に捨てるっていうことは、誰かに自分の趣味を見られたい、あるいは自分のことに気付いてもらいたいという性格が表れているわ。つまり石本君はそういう性格の男だっていうことね。見た目はかなりがっしりしているから、どうどうとして見えるけれど、実は心の中は小心者で誰かに見てもらいたいという願望を持つ寂しがり屋の一面を持っているのかもしれないわね。
あ……断っておくけど、これはただの妄想よ。名前で人の性格を判断するのは良くないわ。
何でこんなことを言う必要があるのかって? それは私の妄想はもし誰も聞いていないとしても、かなりの妄想力を持っているから、自分自身がその妄想の能力に飲み込まれ、妄想が現実と区別がつかなくなる恐れがあるからよ。だから、私は誰も聞いていないと知っていても、時々自分を客観的に見て、妄想にセーブをかけて、現実との区別を図るのよ。現実は現実、妄想は妄想。妄想はただの趣味よ。私は妄想に現実を飲み込まれるような、へまは犯さないわ。もちろん、妄想を行っている時は、妄想世界に入りびたりだけれど、飲み込まれるのはごめんだわ。だって妄想は、私はまだ、酒や、たばこはやったことないけれど、それと同じぐらい、中毒性があると思うし。だからこそ、私は完全に現実と妄想を切り替えるの。とは言っても、まだ私は妄想について、何も知らないも同然の妄想初心者みたいなもの。まだまだ妄想の魅力は、毛の先ほども学べていないわ。だから私は進むわ。妄想を極める為に。現実と妄想はちゃんと区別しながら、妄想の魅力を余すことなく堪能していきたいと思うわ。私はまだjkだけど、この先大学生になっても、社会人になっても、結婚しても、おばあちゃんになっても、死ぬ間際になっても妄想はやめるつもりはないわ。こんな楽しい趣味は私にとってはどこを探してもない気がするもの。まあ、人生は何があるか分からないから、この先妄想を超える趣味が見つかる可能性も否定は出来ないけれどもね。でも、今は私は妄想が一番の趣味ね。もし私の妄想を聞いている人がどこかにこの世界のどこかに、この宇宙のどこかにいるのならば、それは一番よく分かっているはずよ。ねぇ、そうでしょう?
「荒峰さん」
「はい!」
あら、いつの間にか出席が女子へと移っていたわ。そろそろ私も返事をする準備をしなきゃ。
私は先生の読み上げる口元に注意を払った。
先生の赤い口紅が塗られている唇はとてもセクシーで、結婚相手はいるのかなぁと思って、私はゼクシーを思い浮かべた。
「謎時、謎子さん」
先生が私の名前を読んだわ。
「はい!」
私は声を高らかに張り上げて、両手を上げたわ。実を言うと、両足も条件反射で上げていたわ。だから、変な怪しいポーズをとってしまったわ。
「両手は上げなくて構いません。片手だけでいいです。それと両足も上げる必要はありません」
先生は、くすっと笑いながら、私にそう言った。ああ、この先生、クールビューティーだけど、とても優しそう。
私はそう思った。
出席確認が一通り終わると、この教科書が配られたわ。
中学と違って、高校は勉強どうなるのかしら。やっぱり一気に難しくなるのかしら。ああ、嫌だわ。
私はこれからの勉強のことを思い、頭が痛くなったので、妄想に逃げることにした。
私は実は中学の勉強でも苦戦したわ。だから、高校ではどうなるかは分からない。でも、闘うわ。
中学の勉強がゴキブリ5匹だとしたら、高校の勉強はゴキブリ10匹ぐらいになるかしら、5匹が10匹になるのならば、大変よね。でもだからと言って、5匹分の勉強しかしなかったら、10匹のゴキブリはやっつけることが出来ないで、5匹残るわ。すると、またその5匹のゴキブリが私に襲いかかってくるのよね。つまり、やっぱり高校に入った以上は、5匹のゴキブリを退治するだけじゃ、だめってことね。10匹完全に殲滅できるようにならないと、高校は卒業出来ないっていうわけね。
私の夢は作家になることだ。作家になるには学歴は関係ないとは思うけれど、やっぱりとはいえ、絶対になれると分からない限りは、ちゃんと高校は出ておきたいわね。もちろん大学も。勉強は嫌いだけれど、小説を書くためになら、勉強は頑張れるわ。だって小説を書く時の知識になるもの。そうよね。勉強っていうのは自分のやりたいものの為に役立てるべきなのよね。歴史だって、地理だって、数学だって、科学だって、保健体育だって、その知識は小説を書くための役に立つわ。体育だってもちろん役に立つわ。だって、人間結局体力勝負、健康第一なんじゃない? 健康じゃなければ、体力がなければ、小説を書く体力も、持久力もなくて、結局小説を書ききることは出来ないと思うの。だから、体育だって体力をつけて、小説を長く持続して、書き続ける為には役に立つのよ? でも、役に立たないこともあると思うの。人生何でも経験っていうけど、だからと言って、えんこうをしたり、無理に風俗嬢や、AV女優になる必要はないと思うの。何でも経験だからって何でもかんでもすればいいわけじゃないのよ。だって、無理にしたくないことをしたって、心と体に傷がつくだけかもしれないじゃないの。だからそうよ。なんでも経験しろって言われたって、テロリストの軍隊に入ったりしてみる必要はないの。だってそんなことをしたら、人を殺さなくてはならなくなるのよ。そして人に殺されるかもしれないのよ? 何でも経験って、じゃあ、死ぬことも経験してみた方がいいの? そんなわけないじゃない。だって死んだら全てが終わりなのよ。これから先の夢があったとしても叶えられずに死んでしまうことになるのよ? だからね。みんな、何でも経験してみろってて言われても、何でもかんでも経験する必要はどこにもないのよ? ちゃんと自分の頭で考えて、何が正しくて何が間違っているのかを、ちゃんと見極めて行動するのよ? 分かった?
って、私今回の妄想、妄想じゃなくて、助言とか諭すみたいな感じになってしまったわね。うーん。私の妄想能力はまだまだぶれぶれね。でも、まあいいわ。そうやって色々と考えることが、妄想能力に役に立つし、私の小説を書くための、空想力に発展するかもしれないものね。
よーし、勉強を頑張るぞ。夢の為にね。
私は、配られた、教科書をカバンへと丁寧に押し込んだ。
「じゃあ、今日はこれでおしまいね。クラスの班決めなどは、明日行います」
クールビューティー先生が言った。
良かったわ。何とか一日目が無事終わったわ。心臓がもうバクバクしすぎて破裂寸前だったわ。
その状態を例えると、私は蟻で、アリクイが私のことを捕まえて口に入る寸前っていう所かしら。あるいは、中学の受験結果発表を見る、一秒前。そんな感じね。
でも、班決めかー。私は一体どんな班に入ろうかなあ。っていうか自分のなりたい班になれるとは限らないから、どんな班になるのかなあ。
って、高校になっても班決めってあるの? 嘘でしょ? 中学までじゃないの? もしかしてこの高校私立だから、公立と違って、この学校独自のルールとかがあったりしちゃうの? まあ、それもそれで面白そうではあるから、いいんだけど。一体どんな班があるのかしら、この学校には、あ、そういえばこの学校高校なのに普通に給食が出るのよね。初めて聞いた時は意外だったわ。高校って購買とか、お弁当っていうイメージがあったから。だから給食がこの高校で出る、しかもこの高校内で作っているって聞いた時は驚いたわ。まあ、給食が出る高校って全国にはあるにはあるんでしょうけど、少数派だと思うし、それに更に、校内で作っているとなると、皆無に等しいんじゃないかしら。どうなのかしらね。でも、一体どんな給食が出るのかしらね。ご飯はやっぱりコシヒカリが良いわね。水のきれいな所で作られた、甘いお米を食べて、農家さんに感謝をしながら食べたいわね。魚はやっぱり、DHAが含まれているから、頭の潤滑油になるから、なるべく、毎日にでも、入れて欲しいわね。あとやっぱりカルシウムは必須よね。カルシウムは骨の密度を高めるために、重要よね。あとこの前、骨密度だけじゃなくて、骨の質も高めるために、納豆を食べた方がいいってテレビで言っていたから、納豆も出してほしいわね。でも、給食で納豆を食べると、口の中が納豆臭くなるから、自宅から、歯ブラシと歯磨き粉を持ってこなくちゃあね。そして、トイレの洗面所とかどこかの、歯磨きが出来る水道で昼休みに歯磨きをして、歯の汚れを浮かせて、うがいで流して、納豆の臭いを、口の中の食べかすもろとも、下水に流しこむ必要があるわね。
でも、その私が流した食べかすを、私のどこかのファンが下水で待ち受けていて、回収するかもしれないわよね。そんなことないかしら、自意識過剰かしら。そんなこと現実にはありえないかしら。不可能かしら。でも、そんなこと分からないわよね。世の中にはまだ科学では解明出来ない不思議な出来事が山ほどあるし、それに私にファンがいるとして、熱烈なファンがいるとして、それが、人間だけとは限らないわけだしね。そうよ。私のファンは、もしかしたら妖怪にもいるかもしれないし、幽霊にもいるかもしれない、あるいは、小人、体長数センチの小人にもいるかもしれない。そして今もどこかから、私のこの様子をひっそりとこっそりと、隙間から眺めている可能性だってあるんじゃないかしら。だって世の中は謎で満ちているんだもの。だから、その妖怪や幽霊や、小人があるいはもっと別な何かの存在が、私のファンで私の歯に挟まった食べかすを回収しようとしているかもしれないわね。そしてそれを家に持って帰って、我が家の家宝にするかもしれないわね。それとも、他に用途があるかもしれないわね。例えば何かに使用したりね。料理に使ったり、それをそのまま食べたりね。あれっ? 一体何の話をしていたのかしら。まあ、とりあえず、私が言いたいことは体に良い物給食に出して下さいね! っていうことが言いたかっただけね。
今日の学校が終わったので、私はカバンに教科書を入れて、家に帰ることにしたわ。
本当は、もっと学校内を見学とかしてみたかったけれど、まあそれはおいおい分かってくるでしょう。だから、ここはひとまず、退散するとするわね。なんだか、どこかの悪役みたいな言い方ね。
私はクラスから吐き出されていく人の流れを見つめながら、色々と妄想してみた。
皆、学校が終わり、自分の家へと帰っていく。知り合いや友達と一緒に帰る、(もしかしたら学校の外までかもしれないが)人達、一人で帰る人、その一人一人が、期待をあるいは不安を抱きながら、帰っていく。その光景だけを見れば蟻が列をなして歩いているだけのようにしかみえないかもしれないが、蟻とは違い一人一人がそれぞれの家に帰っていく。よく考えてみればとても面白い。皆を蟻に例えるとすると、皆それぞれ、別の巣穴から来た蟻が一つの学校という巣穴に集まるのだ。だが、その目的は女王の為ではなく、自分自身の目的の為に学校に来ている人、特に目的も持たずに、流されるがままに、あるいは将来の為に漠然と学校に来ている人など様々だろう。学校が一つの巣で、巣は日本に世界にたくさんある。巣にも色々と種類があり、生まれた病院だって巣だし、幼稚園や保育園だって巣だ、小学校や中学校、大学、会社だって巣だ。老人ホームだって巣だ。そう、人間は、皆それぞれ巣の中で生活しているのだ。そしてその私たちがいる巣はさらに大きな市、県、国という巣に属していて、更に地球という巨大な巣に属している。
私は今まだ高校生になったばかりだけれど、この先死ぬまでどんな巣に属するのだろうか? それは誰にも分かりはしないが、だが、それは自分で決めることだって不可能ではないはずだわ。
私は作家に憧れているけれど、もし作家になれたら、一人の巣に住むと言えるかもしれない。だけど、その巣だって、住むのは一人とはいえ、交流が全くないわけではないと思うわ。だから、巣に一人住んでいるからとは言っても、その巣は出たり入ったりしなくてはならないと思うの。
そう考えるだけで、少し不安感が薄れた気がするわ。でも、まあ実際に怖い巣は存在すると思うけれど、例えば暴力団とかね。あんな巣には近づきたくないわね。警察の人は偉いわね。あんなに怖い巣の中に入っていくなんて。でも警察の人がいなかったら、もっと悪が世の中に蔓延るでしょうね。とは言っても警察官の中にも悪い人はいるでしょうけれど、でもそれはしょうがないわよね。だって、試験に受かりさえすれば悪い人だって警察官になれるんだから。もし人間性の善悪が分かる、何か機械的な物があったとして、それを使えば、悪い人と良い人の区別がつくから、悪い人が警察官になることはないんでしょうけれどね。もっとなにか方法はないかしら。悪い人がそういった職業につけないような方法。最近は教師の淫行や性犯罪も目立つわね。毎年何人の人がそれで捕まっているのかしらね。何の目的で教師になったのかしらね。最初の目的を忘れてしまったのかしらね。それとももともとそれが目的だったのかしらね。本当に嫌になるわね。そんな犯罪を犯しておきながら、減給や停職ぐらいで済む教師もいるみたいだしね。生徒はまだ未成長で心もまだ色々と学んでいる最中なのに、そんなことされたら人間不信になって将来が不安だわ。人間不信で済めばいいけどね。最悪自殺したりする人もいるんじゃないかしら。酷いわよね。まだ何もしらないで、先生を信用している、真っ白な生徒たちが悪徳先生によって黒く塗りつぶされる。そんなことあっていいのかしら。それじゃあ、なんのための学校なのかしら。学ぶ為に信じて学校に来ているのに、それが逆に将来をつぶされることになりかねないわ。実際にそんな先生が世の中には腐るほどいるんだから、手に負えないわね。そんな先生は問答無用で、去勢をすればいいのに。だってそうでしょう? 自分の欲望を抑えきれないで、行動に移すっていうことは、オス犬が散歩中にメス犬に興奮して交尾しようとするようなもので、それはただの本能で、人間のすることではないわ。ただの動物よ。もしそれを肯定するのならば、犬だって猫だって去勢をするんだから、そんな欲望を抑えられない先生は去勢をするべきだわ。罪を犯した先生は去勢をしなければならないわ。それが道理ってもんでしょう。彼らは人間的ではなくて、動物的なんだから。ふんっ、そんな先生お星さまになぁれ!
私は強く願いをかけた。
私はクラスメイト達が全員教室から出るのを待ってから一人教室を出ることにした。
なんでかっていうと、私は妄想を繰り広げる為に、一人一人をさりげなく観察しようと思ったからだ。
案の定、一人一人をさりげなくだが、見ていると、人間の癖みたいなのが、歩き方ひとつとっても見え、妄想が膨らみ、妄想力がアップした気になるのだ。
最近よく、テレビや雑誌などで、女子力とか言われているけれど、これからの時代は女子力ではなくて、女子による妄想力になるのではないだろうか。まあ、その妄想が一般化したら、妄想も女子力の一部になるかもしれないが。だから、これからは私は妄想力を磨き、それを女子力の一部になるように努力、普及していきたいと思っている。妄想は、一歩間違えれば、妄想にとりつかれ、迷宮に迷い込み、抜け出せなくなる可能性もあるが、そこはやはり、個人の裁量の問題だ。薬だって決められた容量を守れば、その薬の効能が必要な病人には効果あるけれど、飲みすぎれば、逆に害悪になる場合もあるだろう。だから、それと一緒で、妄想だって、適度な妄想は心に癒しの効果を与えてくれる。だけど、妄想のし過ぎは妄想に飲み込まれ、現実と妄想との区別がつかなくなったり、注意散漫になったりして危険だ。だから、これから妄想を始める人は、どのぐらいの妄想が自分にあっているのか、注意して判断してほしいわね。これが妄想の世界に身を置いている、私の助言、注意ってい言った所ね。まあ、とは言っても私もまだ妄想初心者みたいなものだけれどね。
さあ、そろそろ帰るとしよう。
私は席を立ちあがると、外の景色を一瞥した後、教室の外へと出た。
教室を出ると、黒灰君が、廊下の壁に寄り掛かるようにして、こっちの方を見ていた。
「な、何? ど、どうしたの黒灰君」
私は少し、照れているような顔をしている黒灰君を見て、ドキドキした。
な、何? も、もしかして告白? 私に告白をしようとでもしているの? は、早くない? クラスがいくら一緒になったからってそれは。もしかして、黒灰君は私と一緒のクラスになったことによって、運命的な何かを感じているのかしら。そうだとしたらどうしましょう。私はまだ、今まで誰とも付き合ったことがないし、どう異性の人と付き合ったらいいのかしら。というか、私もう黒灰君と付き合う前提で物事を考えてしまっているわ。でも、付き合ってからもし、何か問題があったらしょうがないから、色々と、対策を練るのは必要よね。でも、あまりにも急な展開だから、ちょっと頭の中がパニックだわ。別に黒灰君が嫌っていいうわけではないけれども。何か彼の瞳を見つめていると吸い込まれてしまうような気持ちになるわ。吸い込まれると言ったら、掃除機よね。掃除機は本当に凄いわよね。特に最近の掃除機は吸引力が半端ないわよね。……最近の掃除機使ったことないけど。何かテンパっていて、頭の中がこんがらがっているわ。それにしても掃除機に吸い込まれた虫は一体何を考えているのかしらね。もし虫にも感情というものがあればの話だけれど。
私は掃除機に吸い込まれた虫をイメージして妄想を開始した。
まず掃除機に吸い込まれる虫って一体何かしら。例えば考えられるのが、蟻とかの小さな虫ね。蟻が掃除機に吸い込まれたとしたら、一体どうなるのかしら。
掃除機に吸い込まれた勢いで、蟻は死んでしまうのかしら。それともそれぐらいじゃあ、死なないのかしら。もし死んだとしたら、そこで蟻の人生はデッドエンドになってしまうわね。
でも、生きていたとしたら。蟻さんはこの後どんな人生が待ち受けているのでしょうか。
蟻の生態は調べたことがないから分からないけれど、妄想で考えてみましょう。
蟻さんは掃除機の中という日常ではありえない異空間に放り込まれたのよね。それはつまり、ラノベで言う所の異世界トリップと一緒ね。
蟻の異世界トリップ、略してアリップね。
蟻さんは、そこでどんな暮らしをすれば生き残ることが出来るのでしょうか。
掃除機を分解したことがないから分からないけれど、ゴミを吸った先のごみ溜め場所が密封されているのならば、蟻さんは酸素不足で死んでしまうことになるわね。
ずぼらじゃない性格の人間ならば、酸素がなくなる前にゴミを捨てるから、そうしたら蟻さんはもしかしたら奇跡的に助かる可能性もあるわね。でも、ゴミを捨てられた場所がごみ箱で、それが蓋つきのごみ箱で、すぐに蓋を閉められたのならば、蟻さんはまた酸素不足で死んでしまう可能性もあるわね。あるいは直接ごみ袋にぶっこまれて、ぎゅっと口を縛られたのならば、あら大変、また空気がなくて死んでしまうわ。
でも、もしゴミ袋に入れられても、口が開いていたり、ゴミ箱も蓋つきのじゃなければ、脱出することは可能だわ。でも脱出するにしても、まだまだ困難は待ち受けているわ。なぜならば、そこには様々なトラップが待ち受けているのでしょうから。ゴミの中には、刺激物である、トウガラシや、ネバネバの納豆などがあるかもしれないわ。そこをもし通らざるを得ない、あるいは通ってしまったのならば、蟻さんはもがき続けなければならないかもしれないわね。食べ物だけではないわ。接着剤や、セロテープ、ガムテープ、そういったトラップが仕掛けられている可能性もあるわね。そこに捕まってしまったら最後、今まで蟻さんは蟻地獄を避けて生きてきたのかもしれないけれど、蟻地獄と同じような脱出不可の地獄が待ち受けているかもしれないのだから。後は、駆除剤とかカビキラーとか化学薬品が入っていた、空の容器がごみ箱に捨てられている場合もあるわね。その場合は、もう、諦めて、としか私は言えないわ。だって、それはもうどうしようもないことなのだから。とはいえ、カビキラーとかが、蟻さんに効果があるのかは私には分からないけれどね。ただ一番いい方法は掃除機に吸われた後に、密封されいていない可能性に期待して、その隙間から外に脱出することが一番いい方法ね。あるいは密封されていたら、集めたゴミをゴミ箱などに捨てるその、瞬間を狙って、ゴミの場所から、こっそりと逃げ出すことが有効策ね。ただし、そこでも気を付けなければならないわ。なぜならば、ゴミを捨てる瞬間っていうのは人間にとってはとても神経質になっている場面だからなの。集めたゴミが部屋に舞い散らないように、神経を使って、ゴミをそーっと注意深く捨てるでしょう。なので、いくら脱出のチャンスとは言っても、何も考えないで脱出なんてしたら、ゴミを捨てる人間にあっさりと見つかってしまい、捕まり、今度は絶対に逃げられない密室ゴミ箱、ゴミ袋に放り込まれる可能性があるから気を付けないといけないわ。特に子供に見つかってしまったら大変ね。なぜならば子供にとって蟻さんは人形で遊ぶのと同様の、おもちゃでしかないのかもしれないのだから。もし子供に見つかっていいしまい、捕まったら、あなたはこれから痛みと苦しみに耐えなければならなくなるわ。死ぬまでね。子供はまず、あなたの足をちぎるでしょう。あるいは洗面器や、風呂の水をくむ容器などに水を貯めて、あなたをそこに海と称して放つでしょう。あるいは、ルーペなどを使い、太陽の熱で蟻さんであるあなたを灼熱の光で焼き尽くすでしょう。あるいは外に連れ出されて、大きな石で、隕石と称して押しつぶされるでしょう。あるいは変わった子供ならば、味見と称して、あなたは食べられるでしょう。そして、あなたは子供の、貴重なタンパク源へと変わってしまうでしょう。だから、もし蟻さんあなたが、そんな人生は嫌だと思うならば、もっと慎重に行動して人間に見つからないように、掃除機に吸われないようにして、こっそり女王様に食事を運ぶ人生を私としてはお勧めするわ。でも、もしあなたが危険を冒してまで、手に入れたい願いがあるのならば、その時は私に相談してよ。って、なぜかいつの間に、まど〇ぎ風にまとめてしまったわ。どうやら私の妄想が加速し過ぎてしまったようね。というわけで、ここで蟻さんの妄想はやめにしておくわね。
蟻さんの妄想が終わった私は、こちらを見ている黒灰君に声をかけた。
「ねえ、黒灰君。どうしたの? 私の顔を見て」
黒灰君は私が声をかけると、少しどきっとした様子を見せた。
どうしたのかしら、何故私が声をかけたら、少し驚いたのかしら。それについて妄想してみたいと思うわ。
まず、黒灰君は私が声をかけてくるとは思ってもみなかったから、ちょっとした予想外の声かけに脳がつい反応してしまったというのが第一の説。次に、私の声がいつもと違って聞こえたということがあるかもしれないわね。私の声が昨日よりもほんの少し枯れていたのかもしれない。それは私が口呼吸で寝たことによって、風の菌にやられたのかもしれない。今の所風邪気味だというわけではないけれど。もしくは私の唇が朝に食べたお肉についていた油によって、テカっていて、それを見た黒灰君が私の唇の普段とは違うテカり具合に、興味を惹かれたのかもしれない。あるいは性的関心を抱いたのかもしれない。私の妄想予想ではそのどれかだと思うわ。黒灰君がドキッとした感じを示した理由としては。さあ、答え合わせと行きましょうか。
「うん。ちょっと謎子さんと一緒に帰りたいなと思って」
「えっ? 私と一緒に帰りたい?」
私は突然の彼の予想外の言葉に頭が真っ白になった。
私の妄想のどれが正解なのだろうと思っていたら、いきなりの急展開。どうしよう。頭の中が真っ白だ。真っ白しろすけ出ておいで。
「うん。僕、謎子さんのこともっと色々知りたいんだ」
何それ。それもう告白みたいなもんじゃない。
どうしよう。どうしよう。でも、私も黒灰君別に嫌いじゃないし。ええい。いさぎよく、一歩を踏み出そう。危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし、よね。猪木さん。彼の試合みたことないけど。
「いいわよ。私のことを知りたいのね。純粋に知的好奇心を刺激されたのね。いいわ。存分に私のことを研究観察しなさい。ただし、いやらしいことはだめよ。そこらへんは高校生らしく行きましょう」
「いやらしいことなんてしないよ。僕はただ謎子さんの生態を知りたいだけなんだ。だって謎子さん本当に何を考えているのかよく分からなくて謎だからさ」
「そ、そうなの。分かったわ」
そうだったのね。彼にとって私は純粋に生態観察の対象だったってわけね。でも生態観察って人間を対象にすると、何か危ない響きに変わるわね。実験室で人間を実験観察しているみたいな印象を受けるわ。
「ねえ。黒灰君。あなた、とても変わっているわ。そして、それは悪いことではないと思うし、黒灰君は悪い人でもないということも私にはよく分かっているけれど、でもその生態を知りたいとか、そんな人間を人間とも思わないような言い方、表現はあまり好ましいとは思えないわ」
「そうなのかな。自分では今まで気づかなかったよ。ありがとう謎子さん」
可愛いわね。私の言ったことを、すぐに受け入れ、考えを改めようとする黒灰君は。純で、朴で。要するに純朴そのもので。あら、何だか母性本能がくすぐられる感じがするわ。この子もっと私好みにしつけたい。私の色に染め上げたい。あら、嫌だわ。私ったら。何を考えているのかしら。頭の中は必死に止めようとするが、高校一年の華のJKである私の妄想は加速しだしたら、暴走し始め止めることは中々に不可能な作業だった。
「それで、どこへ行くつもりなの? 黒灰君」
「いや、どことかはどうでもいい。謎子さんは普段通りに家に帰ればいいだけだ」
「じゃあ、黒灰君はどうするの?」
「僕は、君の帰る様子を後ろから眺めて生態観察をするから気にしないでいい」
「そんなの、まるでただのストーカーみたいじゃない」
「そうかなあ」
「そうよ。そうに決まっているわ。そんなのじゃ私嫌だわ。何だか監視されているようで」
「まあ、生態観察だから監視と一緒なんだけどね」
「そんな屁理屈はどうでもいいわ。でもそれはやっぱり嫌よ。黒灰君だって嫌でしょう? こそこそと自分を観察されるのは」
「どうだろう。僕はそんな経験がないからよく分からないなあ」
「黒灰君って、人の気持ちが分からない人ってよく言われない?」
「僕は基本、誰ともつるまないから言われたことないな」
「ふーん。黒灰君って寂しい人だったんだ。意外」
「僕自身は寂しいと思ったことはないけれどね。まあ、いいやでも謎子さんが僕に観察されるのが嫌だと言うならば諦めるよ」
「諦めたらどうするの?」
「そしたら、また別の生態観察に協力してくれる人を根気よく探すよ。でもまあ、僕が観察したいのは謎子さんなんだけどね」
黒灰君はどこか苦笑いの表情をして行った。
私は彼の言葉を聞いて、彼の表情を見て、妄想が込み上げてきた。
彼は他の誰でもなくて私のことを生態観察したいのよね。つまりそれは私に興味があると、そういうことよね。それが純粋に生物としてなのか、あるいは異性としてなのか。それを隠す為に生態観察と名目を言っているだけなのかは分からないけれど、でも私なのよね。私がもし彼の生態観察に協力しなかったとしたらどうなるのかしら。もしかして、彼はストレスが爆発してしまうのではないだろうか。フラストレーションがたまって、精神が病んで、荒れてしまうのではないだろうか。もしくは、他の誰かに対象を無理やり移そうとしても上手く行かなくて、彼は発狂してしまうのではないだろうか。そして仮に私以外の誰かが生態観察を受諾したとしても、彼の心の中では完全に納得が出来ていないから、その対象の相手に自分の無理難題を押し付けたりして、彼は捕まったりしないだろうか。
私はそんな負の妄想が頭の中に溢れ出してきた。
そして、無性に不安に駆られた私はこう無意識に言葉を発していた。
「いいわ。受けましょう。あなたの生態観察の実験について」
私が言うと、黒灰君の顔がぱあっと明るくなった。
「ありがとう。謎子さん。嬉しいよ」
黒灰君は両手で、私の両手を掴んで言った。
何なのよ。この気持ちは……。
ドキドキが激しくなった。もしかして私……彼のことを……なんてね。
私は何か妄想のネタを探して、その考えを打ち消そうとした。
でも、黒灰君の手って意外に冷たいのね。どうしてこんなにも冷たいのかしら。
私は黒灰君が手が冷たい理由を妄想してみた。
黒灰君がこんなに手、体温が低い理由はなんなのかしら。その要因は私ではよく分からないわ。でも、黒灰君はたぶん血流が悪いから、手が冷たいと私は思うの。ストレスがあると血管が縮んでしまって血流が悪くなるって、どこかで聞いたことがあるから、たぶん黒灰君は相当にストレスがかかっている状況下に今もって置かれていると、私はふんだわ。それはもしかしたら外的要因、例えば自分以外の人間による、家庭環境でのストレスかもしれないし、それとも塾とかに行っていて、その人達から受けるストレスかもしれない。塾の先生にしこたま怒られているのかもしれないし、あるいは塾に行くこと自体がストレスなのかもしれない。もしかしたら、家での騒音問題とかも可能性としてはあるかもしれない。耳に無意識の内に聞こえる小さな音が原因かもしれないし、外で工事をしているかもしれない。それか高校生になったということで、表情には出ていないけれど、ものすごいプレッシャーがかかっているかもしれない。内的原因としてを考えるならば、黒灰君は、どこかオタク気質な所があるから、それが一番私としては原因なんではないかと思うの。いえ、オタクが悪いって言っているわけじゃないのよ。ただ、部屋にじっと籠っていると、周りと遮断されている環境にずっといると、精神がおかしくなってしまうのではないかと、私は思うのよ。だって人間は昔から、誰かと協力して生きてきたでしょう? 原始時代からそうだと思うの。それを部屋の中で、もしかしたら、暗い部屋の中でずっと研究なんかしていたら、気づいていなくてもストレスをどこかで感じていてもおかしくはないはずだわ。人間はたまには外と、自然と触れ合うことは絶対に必要だと思うの。そして体を動かさないということは、同じ姿勢でいるということだから、体には絶対によくないわ。ほらよく聞くでしょう? エコノミークラス症候群……だっけ? 人間は体を動かさないと、血流が滞って害を与えるのよ。だから、たまには運動をしたり、ストレッチをしなくてはだめだわ。そして動かないと骨も脆くなると思うの。だから、黒灰君は外的、あるいは内的要因でストレスを抱えているから、血流が悪くて、手が冷たくなったと思ったの。でもこのまま手をこまねいて見ているだけでは何にも変わらないわ。私は何もしていないのと一緒よ。なぜならば、海外で飢えで苦しんでいる人を見て、可哀そうだなあと思っても、思うだけじゃ、可哀そうと思う気持ちだけじゃ、飢えで苦しんでいる人のお腹は満たされないように、私もただ黒灰君を血流が悪いな、可哀そうと思っているだけじゃ黒灰君の血流を良くすることが出来ないと思うの。だから、飢えで苦しんでいる人に食料を与えるように、私も黒灰君の血流を良くするために、何か与えないととだめだと思ったの。でも与えるというのは、必ずしも物というわけではないわ。助言だってそれは立派な、ものに入ると思うの。助言でどうこう出来ない人には意味がないけれど、黒灰君は助言によって、自分で行動することが出来る、環境にいると思うから。でも、黒灰君に助言かぁ。何だか少し緊張するわね。どうして彼と話をすると心のどこかがふんわりやんわり、ほっこりするのかしら。言葉をスムーズに出しているつもりだけれど、なかなか思うように喋ることが出来ない気がするわ。私もストレスを無意識の内にかかえているのかしら。それとも、黒灰君と接している時にだけ、このストレスは感じるのかしら。でも、このストレスはどこか心地良いわ。かといって、このまま放置しておくこともまた、あまりいい状態ではないと思うの。では、どうしたらいいのかしら。
あら、そうだわ。そうよ。
私は考え、そして閃いた。まあ、結局物に頼ることになったのだけれど許してね。私。
食べ物は私達の体を構成している、物よ。誰しもが知っているわよね。まあ、一歳児とかは知らないでしょうけれど。とは言え、おっぱいを無意識に欲しがるっていうことは、無意識の内に知っていると言っても過言ではないわよね。DNAに刻まれているというわけだから。食というのは本当に大事よね。まあ、食べなくても生きている人がいるという話も聞いたことがあるけれど、その真意は置いといて、それは例外だわ。基本人間は食べなくては体が動かないの。で、黒灰君は見た所、華奢だし、体を動かしていないように見えるわ。それは私の偏見かもしれない。でも、私は心配だわ。かと言って無理やり食べさせたりして、今度は胃腸とかを壊させたりしたら、まずいわ。何にせよ人間は健康が第一だからね。もちろん体と心の健康の両方よ。そして、血流を良くすること、胃腸を壊させないこと、継続するのに苦にならないこと、これが第一条件よね。そしてそれらを考慮した結果、私はある数種類の食べ物を黒灰君に進めることにした。
その食べ物とは、まずは梅干しだ。梅干しは血流を良くする。次に納豆だ。納豆も血流を良くする。そして、たんぱく質が豊富だ。そして胡椒だ。胡椒も胃腸に良いと聞いたことがある。でも、それら全ては取りすぎは良くない。薬だって多く飲めば良いというわけではないのと一緒で、食べ物だって、例え体に良い物だって、取りすぎは良くないと思うからだ。だから、黒灰君に納豆と梅干しと、胡椒を混ぜた食べ物を毎日、食べるように私はこれから勧めることにした。でも実際どうなのかしら。美味しいのかしら。梅干しと納豆は合うと思うけれど、胡椒まで合うのかしら。まあ、今日家で試してみよう。それで美味しかったら私も続けてみよう。ってまだ黒灰君がやるかどうかも分からないのに、私もって、私はおっちょこちょいね。ふふふっ。ああ、早く黒灰君に提案しよう。そうだわ。これを毎日食べてくれるのを条件に、私の生態観察を許可することにしよう。うんうん。
私は首を縦に大きく何度も振り、自分自身と会話をするように、質疑応答をするように、納得させて、解決した。
「黒灰君」
「何? 謎子さん」
「うん。実はねというか、さっきあなたの私に対する生態実験にいいわよって、了承したけれどやっぱり、私それを了承するには、条件を提示することにするわ。これは交渉よ」
「交渉? でも何で急にそんなに意見が変わったの?」
「それは、あなたの為でもあるのよ。正直言うと、あなたの手が冷たいというのが理由よ」
「僕の手が冷たいのが理由?」
「ええ、そうよ。あなたの手が冷たいということは、つまり血流が悪いということよ。それで、私はそれをあなたに治して欲しいのよ」
「でも、何で謎子さんが僕の体の心配をするの?」
私は言われて、初めて、えっ? 何でだろう? と思った。
そう言われてみればそうだ。黒灰君は赤の他人だ。そして、飢えに苦しんでいるわけでもないし、私の恋人でもない。何でなんだろう。考えつつ、私は自分で気づきつつある気持ちに蓋をした。
そ、そうよ。私は黒灰君を友達として心配しているのよ。いえ、まだ友達とも正確には言えないけれど、それでも、黒灰君が実験をしようとしていて、私がそれに協力するからには、途中でとん挫して欲しくないのよ。もし生態観察実験の最中、私もようやく実験に慣れて来て、やる気が出て来て、協力を惜しまないっていう気持ちになった時に、もし黒灰君が血流が悪いことによって、病気になったりしたり、途中で長期休みをとったりしたら、せっかく盛り上がってきた気持ちに水を差すわ。そして最終的にはおじゃんになって、途中で実験を諦めるかもしれない。私はやるんなら、最後までやりなさいよという性格だから、それは絶対嫌なの。そうよ。だから私は黒灰君の体を、血流を心配しているのよ。
うんうん、と私は頷いて納得させた。
「でも、具体的に手が冷たいのを治すとというのはどうすればいいんだい?」
「うん。それはこれからもっと色々資料を漁って調べるわ。まあ、今やって欲しいことは納豆の中に梅干しを入れて、更に胡椒を入れて欲しいの。欲を言うならば、そこに生姜を加えて欲しいわね。そして、毎日ストレッチをして体を柔らかくして欲しいわ。更に言うならば、もっと笑って欲しいわ。笑うと免疫力が上がって、血管も拡張するだろうし。もっともっと笑って、一生笑顔でいる所を見ていたいわ」
「一生笑顔を見てみたいって何だか、付き合っているや夫婦みたいな言い方だね」
「な!? 何言っているのよ! ば、馬鹿じゃないの?」
私の頭は黒灰君のことばにショートしそうになった。
「そ、それでどうするの? 私との交渉は。承諾するの? それとも拒否するの?」
「それはもちろん、承諾だよ。だって僕謎子さんのことに興味津々だもん」
「ふ、ふーん。でもそれってあれよね。実験対象でって意味よね」
「それはそうだよ。さっき言った通り。それ以外に何かあるの?」
「いえ、そういうわけではないわ」
私は無性に湧き上がる腹立たしさにやり場のない怒りを感じて、机を昭和の親父のように、ちゃぶだい返ししたくなった。しなかったけど。だから、その場で一度地団太というか、足を床に大きく踏み下ろして、動物でいう所の威嚇みたいな行動を無意識にとった。
でも、なんで黒灰君は実験対象として私を見ていて、恋愛対象としての私を見ていなくて、いや私だけでなく、女性全般をそういう対象で見ていないのだろうか。
私はものすごいフラストレーションがたまったので、妄想をして想像してみることにした。
まず、第一の説は彼は、男性ではない。実は女性であるのだが、それを隠しているという説。彼はどこかのお嬢様で、それを隠して男性としてこれまで生きてきたという可能性はないだろうか。しかし、考えてみて、それは否定した。それは何故かと言うと、昔、彼の股間がもっこりとするのを、する瞬間を目撃したからだ。してしまったからだ。あら、ご馳走様。わ、私何を考えているのかしら。私は決して痴女じゃないわ。そう、私は彼の股間もっこりの瞬間をある時に目撃してしまったのだ。それは、私が休日スカートをひらひらと、させながら河原を歩いていたら、反対側から、黒灰君が、犬を連れて、同じく河原をこっちに向かって歩いて来たのだ。その時に、春一番が吹いて、ぴゅう~、となって私のスカートか天文学的な数字でめくれてしまったのだ。というのは大げさだけど、でも私のスカートがめくれるとはまさか思ってもみなかった。それはなぜかというと、私はスカートの先の部分に重しを縫いつけていたからだ。なぜそんなことをしたのかというと、まず、どこぞやのいたずら少年にスカートめくりをされないようにという、対処が一つ、そして二つ目はピッコロ大魔王のように重い服を着ることによって、体を普段から鍛えていたというのが二つだ。そして三つ目はダイエットも実は兼ねていた。そう、ということはその時の服、帽子、ヒール、スカート、全てに私は重しを付けていたのだ。そして、家に帰った後、服を脱ぎ捨て、床にズン! と音を立てて、落とすのが私のストレス解消法、とも言えた。更にどこかで、漬物石を探しているおばあさんがいた時に、私の重し付き服をおばあさんに、貸してあげて、人助けをしたいという気持ちもあった。そういう理由で私は重し付きの服を着ていたのだけれど、まさか春一番でそのスカートがめくれるというのは想定外だった。更にタイミングの良いことに、い、いえタイミングの悪いことに、ちょうど目の前、数メートル先に黒灰君がいたのだ。黒灰君は私のスカートがめくれた瞬間、目の瞳孔が開いたように私には見えた。人間っていうのは興味がある時に瞳孔が開くって聞いたことがある。つまり、私のスカートがめくれたのは、黒灰君にとって興味のあることだったっていうわけね。いや、もしかしたら、そうじゃなくて、私の後ろに何か虫がいて、それに興味を示したって可能性も否定できない。でも、黒灰君はその時、股間が瞬間にもっこりしたの。瞬間冷凍みたいなスピードで、瞬間もっこりしたの。何言っているのかしら私は、ラリッているのかしら。でもまあ、その出来事自体は事実なの。で、私はそれを見て、顔が真っ赤になっていたと思うわ。だって恥ずかしかったもの。黒灰君にパンツを見られたっていうことが。さらに私はその時、今女子の間でまこと密やかに流行っていると噂の、都市伝説になっている女子ふんどしを履いていたの。まあ都市伝説っていうのは誇張ね。私が綺麗だからって胡蝶蘭を今、想像したでしょう。でも、違うのよ。胡蝶蘭ではなくて、誇張よ。あしからず、よ。足が辛いという意味の足辛ずではないのよ。私の足は別に辛くはないのよ。そして臭くもないのよ。むしろいい匂い。ラベンダーの匂いなのよ。そう、私は恥ずかしかったのよ。ああ、黒灰君にふんどしを、しかも赤ふんどしを履いているのを見られてしまったわ。とね。でも、若干の快感もどこかにあったのも否定できないわ。それは黒灰君に見てもらいたいという気持ちがどこかに、心の隅の隅にあったのかもしれないわ。そして見られることによって、隅の隅の気持ちが隅落としのように、すっきり気持ちの中での一本を取られるのを望んでいたのかもしれないわ。でもだからって女子が皆が皆、見られて嬉しい何て思わないことね。これは好意を抱いている男性だからこそ、その気持ちになっているのであって、もし知らない人に私の赤ふんどしを見られたりしたら、私は鬼切れるわ。いえ、神切れるわ。何だか、神の切れるという意味の神切れるって、ようやく予約していた美容室で髪切れるとか、紙によって、手が切れるみたいに聞こえるわね。まあ、そんこと今はどうでもいい話だけれど。つまり私が言いたいのは、好きな人だから嬉しいっていうわけなのよ。そうじゃない人に変な目で見られると、反吐が出るわ。ゲロも出るわ。胃液も上がってくるし、えずくのよ。そこん所を男子諸君、親父諸君、は老人諸君は考えて欲しいわね。本当にそんな考えがあるから、盗撮して自己を正当化するような諸君がたくさんいるのよ。女性は見られることが嬉しいなんてね、極論を言ってさ。ああ、嫌だ嫌だ。って何の話をしていたんだっけ。そうそう。つまり彼はもっこりしたと言うことは女性ではなくて男性だということになるわね。もしかしたら、彼は股間に男性と思わせる為に、股間にもっこりロボットを搭載している可能性もあるかも知れないけれど、だけど、彼の性格上そんなことをするとは思えないわね。でも、そう思わせることが彼の作戦なのかしら。そうだとしたら、私はまんまと彼に彼の掌の上で、踊らされているのね。彼の手の上で、鰹節ダンスを踊っているのね。あるいはブレイクダンスをまんまと踊っているねの。フラダンスも、ベリーダンスも、フラメンコも踊っているのね。もちろんヒップホップもね。つまりどういうことかというと、私は彼に仮に踊らされていたとしても、楽しんでいるということを表現したかっただけなのよ。でも、今気づいたのだけれど、股間がもっこりしたということは私に対して興味が若干なりともあるということなんではないだろうか。少なくとも女性に対して興味は黒灰君は持っているということにならないだろうか。ああ、でももしかしたら、彼はふんどしマニアで相手が誰であろうと、男であろうと、女であろうと、オカマであろうと、虫であろうと、ふんどしを着けていたら興奮するたちなのかもしれない。
私は彼の真実を知りたくて、悩んで、迷って、黒灰君の迷宮から抜け出したくなって、でも抜け出せなくて、苦悩して頭をぶんぶんと横に強く大きく何度も、何度も振った。
第二の説は彼は女性の興味があるのだけれど、それ以上に実験とかになると夢中になって、チュウをむちゅーっ! とするよりも夢中になるから、女性に興味がないように見えるだけで、実はかなりの女性好きかもしれない。まあ、健全なる男子ならばそれが正常と言えば正常化もしれないから、私は女性のことが興味がない男よりはあった方がいいと思う。しかし、だからと言って、何でもかんでも手当り次第女性の興味を持つ、浮気性は嫌だ。浮気性の考え方としては毎日、弁当のおかずを変えるような感じで、女性も色々試したいとか思っているのかもしれないけれど、それは違う。だって私達女性は食べ物じゃないし、生き物なんだから。とはいえ、それは私の考えであって、付き合う女性側がそれでいいと、誰と浮気をしても全然かまわないというのなら、私は良いと思う。それはやはり人それぞれの価値観であると思うし、その人次第だと思うからだ。でも、浮気をしたら死刑とかの国もあるみたいだし、私はやっぱり浮気自体には肯定的にはなれない。なんというか、女性をものとして見ているような気がするからね。でも黒灰君はどっちなんだろう。浮気性なのかな。それとも一途なのかな。それとも女性には興味ないのかな。というより人間自体に興味を持っていないのかな。黒灰君はでもこのままでいいと私は思う。彼は何色にも染まらない、そんな雰囲気を出していて、私はそこが好きでもある。と言ってもそれは良い意味での話で、犯罪者みたいに、自分の欲望をかなえるためにするのと、黒灰君は全然違う。黒灰君は自分の欲望ではあるけれども、基本誰に迷惑をかけるというわけではない。そこが大きな違いだ。犯罪者ならば、私が断っても無理やり実験を遂行するだろうけれど、黒灰君は私が断ったら、そうかだめなのか的に納得して、それ以上私を実験に誘うことはないと思う。そこはちゃんと、自分の持っていながらも、人のことを考えることが黒灰君は出来るんだ。だから、私は彼に悪い印象は抱いていない。でも、結局色々と考えたけれど、黒灰君が女性を好きなのか好きじゃないのかは、よく分からなかったわ。でも、すごい何でか知らないけれど気になるの彼のことが。だから彼が私を実験観察するように、私もこっそりと彼に気付かれないように、彼のことを観察しようと思うわ。そうよ、これはいい機会だわ。彼は私を知りたい。そして私も彼を知りたい。いわば一石二鳥よ。よしよし、そうと決まれば私も今から彼のことを観察よ。
私は彼の顔をじっと見て、彼の細かい動きを見逃さないようにした。
「うん? どうしたんだい? 謎子さん。僕の顔に何かついているのかい?」
うわっ。黒灰君鋭い。
私は、彼の洞察力に驚きつつも、私が彼のことを観察しているということを悟られないように、ごまかした。
「ええ、そうよ。黒灰君の顔に、主にあなたの側から見て、鼻の右側1、5cmの距離に鼻くそがついているわ。どうしてそんな場所についているのかは私はよく分からないのだけれど」
「えっ? 本当?」
黒灰君は心底驚いたような声を出した。しかし、表情は無表情だった。無表情なのに声はうわずっているような、高い声を出していたので、私はそのギャップに、ギャップ萌した。
黒灰君は自分からみて右側の、私が指定した通りの1、5cmの場所を丹念に人差し指で調べて、鼻糞を探している。しかしいくら探しても、見つからない鼻くそに、黒灰君はどこか疑問形の顔をした。そして、その後、私に疑惑の目を向け始めた。
このままでは私は、嘘つきクソ野郎呼ばわりされてしまう。声には出さなくても内心でもしかしたら、そう思ってしまうと思われたので、私はくるりと一回転回った。
説明しよう。なぜ私がくるりと一回転したのかというと、それは証拠を作り出す為だ。
マジシャンなどが、一瞬で早着替えをするのを見たことがあるだろうか。どういう仕組みなのか、トリックは見えていても分からない。それほどまでにマジシャンの早着替えは凄まじい。なぜそんな話をしたのかというと、私はマジシャンではないから、早着替えは出来ない。しかし、その変わり、別の早業を持っているのだ。それは何を隠そう鼻くそ早ほじりだ。私は女で、男ならば鼻をほじるのをあまり意識しないで、躊躇しないでほじる人が多いと思うが、私は女子なのだ。そして、私は華のJKなのだ。JKが鼻をほじると思いますか? いえ、ほじりません。ミッキーにチャックがないのと同様、JKは鼻くそをほじりません。つまりの所、JKは、少なくとも私は誰かに鼻くそをほじられるのを見られてはいけないと、そう思っているのです。これはJKの夢を壊してはいけないという、プロ意識に近い感覚かもしれないです。ある種私達JKは憧れの人からすれば夢の住人なのです。だから、アイドルがトイレに行かないで、甘いお菓子しか食べないのと同様、JKは鼻をほじりません。アンダスタンド? というわけで私は一回転する間に誰に見られるでもなく鼻をほじりました。そして、先ほども言った通りそれは証拠を残す為であるのです。私が一回転をして、前を再び向いたとき、その遠心力を利用して、私はハンマー投げよろしく、鼻糞をさりげなく、しかし大胆に前方へと、狙いを定めて放ったのです。そして、その狙いは見事に的中。私の放った鼻くそは黒灰君側から見て鼻の右1、6cmの場所へと吸いつくように、ぴたりと鼻くそスパイダーマンとして、彼の顔面に張り付いたのです。私はとても嬉しくなりました。今まで練習してきたかいがあったというものです。自宅にダーツの的を買って、それを壁に設置して、鼻糞ダーツを密やかに練習してきたかいがあったというものです。汚い話ですいません。しかし、誰が私の話を聞いているというのでしょうか? 私の頭の中の話を読み取れる人がこの世のどこを探しても、いるはずがありません。いるとすれば神様だけだと思います。神様ならばこんな私の行為すら慈悲の心で温かく見守ってくれていると信じています。こんな私の考えは自分勝手でしょうか。ですが、神様。私は無事にやり遂げることが出来ました。彼に気付かれることなく任務を遂行することが出来ました。
黒灰君の手が私が投げた鼻くそに気付いた。
「あっ、本当だ。鼻くそついてる……謎子さん、目が凄い良いんだね」
「う、うん。そうね。私の視力は今でこそ2、0だけど昔は6、5あったからね」
「へえっ。それはすごいな。実にすごい。アフリカのマサイ族並みじゃないかな。やっぱり謎子さんは、すごいや。もっと僕謎子さんのことを色々と知りたいや」
「そう。でも、私との約束、交渉は守ってくれるのでしょうね」
「ああ、血流を良くすればいいんだろう? やるやる。納豆、梅干し、胡椒、生姜を食べればいいんだろう」
「ええそうよ。そして毎日柔軟体操をして、足つぼマッサージもやってね」
「うん。やるから。だから今から観察していいかい?」
「ええ、そうね。いいわよ。じゃあ今から私の生態観察をスタートね。よーいスタート!」
私は小学生がやる鬼ごっこみたいな感じでスタートの合図を切った。
なんていうか、昔、子供の頃缶けりや、鬼ごっこ、だるまさんが転んだなどを、遊んでいた頃を思い出して久しぶりに純粋に楽しい気分になった。
まず、私は彼の生態観察がどの程度の物なのか、あるいは覚悟があるのかを確かめようとした。
なので、最初に向かった先はトイレだ。
私が女子トイレに入り、中に進むと……。
そう、流石に黒灰君は中まで入ってこなかった。
「女子トイレの中までは入って来ないんだ」
私がトイレから出て、彼に聞くと、彼は「当たり前だよ」とだけぽつりとつぶやいた。彼の顔は少し赤い。
「だいたい分かったわ。あなたの覚悟が」
「それはどういうことかな」
「あなたのそれは、ただの生態観察と言う名の、生態観察ごっこなのね。幼稚園児がやるお医者さんごっこぐらいの感じなのね」
「そんなことないよ」
「でも、生態観察といいながら、そんな中途半端で私は少しがっかりしたわ」
「じゃ、じゃあ、僕が女子トイレの中にまで入って、謎子さんの用を足すのを観察しろとでも言うのかい? それに他の女子に見られたら僕は退学になってしまうよ。僕がやりたいのは、出来る範囲内なんだよ。それとも謎子さんは僕を退学にでもしたいのかい?」
「嘘よ。そんなに本気にならないでよ。黒灰君。私あなたを見ているとなぜか今まではMだと自分では思っていたけれど、Sの女王様っけが顔を出してしまうのよね」
「そうか、嘘か。少しだけ安心したよ」
でも、私なんで、彼にちょっかいを出したくなるのだろうか。彼はどこかお笑いのぼけの雰囲気を出しているのだろうか。それとも好きな人にちょっかいを出したくなる気分だろうか。ああやっぱり私は黒灰君のことを……。キャッ!
私は顔を両手で覆った。そして指の隙間から黒灰君の反応を目を見開いて窺った。
黒灰君はポーカーフェイスで全く感情が読み取れなかった。これは彼がポーカーフェイスなのかそれとも私がただの鈍感なのかどっちなのだろうか。鈍感と言うことは時に良いことの場合もあるけれど、そうでないときもある。例えば誰かに悪口を言われたとしよう。鈍感であったならば、悪口そのものに気付かない時もあるし、気づいてもその悪口の真意に奥の奥の悪意の部分までは気づかない場合がある。それは良い場合だ。しかし、それが逆に鈍感であるがゆえに相手に対する害を気づかない時もあるから、鈍感が良いとは必ずしも言えない。敏感な感覚を持っていた方が鋭い感覚を持っていた方が、例えば何か起きた時に咄嗟に判断出来るし、感覚を研ぎ澄ますことによって、世の中の色々な情報に真意に気づきやすくなるかもしれない、咄嗟の災害にも瞬時に反応することが出来るだろうし。しかしあまりに敏感すぎても、それはそれで反応しすぎて耐えられなくなるかもしれないから、鈍感な面も持っていた方がいいと思う。……って私は何を妄想しているんだ? つまり私は何を考えていたのかっていうと、私は敏感か鈍感かどっちなのだろうという話を考えていたのだけれど、それは別に性的な性感的な意味ではないことをここで断りを入れておかなければならないわ。一応ね。だって世の中には色々な人がいるし、自分の思っている意図が、意図じゃなくてもただの言葉でもそんなに純粋に人間に伝わるわけではないと思うから。伝言ゲームだってそうでしょ? 私が100人の人に仮に『うんこ』という言葉を伝えたとするわ。最初の10人ぐらいはそのまま『うんこ』で伝わると思うの。しかし、その後自己主張の激しい人や、おちゃらけた人にあるいはちゃんと聞いていなかった人、スマホを弄りながら聞いていた人が伝言ゲームに参加していたとするわ。そしたらだんだんと歪められて、そして強調されて、あるいは省かれて相手の耳に伝わってしまうと思わなくも、なくなくないの。つまり思うのよ。まあ、それについてはやってみないと分からないかもしれないけれど、だってただのうんこという言葉を伝えるだけだもの。でも、一方で私はそれについて絶対仮にうんこだという言葉だとしても、歪んで伝わるはずという確信も持っているわ。だって人間って十人十色、住人といろ。だもの住人としていたならば、様々な人間模様がマンションや地域にはあるはずで、それは地域、国、世界によって、環境によって、言葉によってさまざまな複合的な要素によって絶対に変わると思うの。なので、うんこという言葉ももしかしたら最後には巻きグソウンコに変わるかもしれないし、ソフトクリームに変わるかもしれない。もし、途中に帰化した外国人がいたとしたらキムチに、ピロシキに、ハンバーガーに、ヘンベーガーに変わるかもしれない。いいえ、私は決してふざけたりしていないわ。例えこれが誰も聞いていない妄想だって分かっていても、自覚していてもふざけたりしていないし、特定の国を差別何て決してしていないわ。ただ実際に伝言ゲームをしたら、そういった可能性もなきにしもあらず、といいたかったことのよ。私の脳内妄想をどこかでキャッチして、気分を害された方がこの世界中の、東京砂漠ならぬ、地球砂漠のどこかにいたとするならば、あやまるわ、どうもすいやせんでした。……。ごめんなさい、今のは完全にふざけたわ。だって私の脳内妄想がどこかに届くという、奇跡あるはずないものね。でも、万が一という可能性もあるから私はさっき最後に本当にどこかの地球砂漠で私の妄想を受け取ったあなたにごめんなさいを言ってしまったの。でも、さっきの話に戻るけれど、私は鈍感なのかしら、それとも敏感? あなたはどっちだと思う? おもわれる? 如何お考えになられますか? もし私が鈍感だったのなら、私は知らず知らずの内に鈍感鈍器となって相手を傷つけていたこともあるかもしれない、でもそれはよくよく考えたらお互い様のような気もするし、でもなるべくなら傷つけたくはないものよね。そう思う私の脳内でした。今の私の脳内状況は目の前に黒灰君がいることによってドーパミンがドバドバといや、ドーパミンだから、ミンミンと出ているわ。セミが鳴いているわ。ドーパミン蝉がミンミンと大量に真夏のごとくね。ああ、暑い。今日は真夏日ね。いえ、猛暑ね。こんな脳内の日は脳内の中でカブトムシやクワガタを採りに行きたい気分だわ。私の脳内大丈夫かしら。私薬なんかやっていないわよ。やるわけないじゃないの。脳みそがスカスカになるとか聞いたことあるわ。嗚呼恐ろしい。ここで脳内に対してポスターを張っておくわ。『ダメ! 絶対!』というわけで妄想を一旦終わりにして目の前にいる黒灰君とちゃんと向き合わなくちゃ。だって、妄想は妄想、でも現実は現実なんだから。現実は真実よ。真実は一つだ。名探偵風に言ったけど、真実は果たして本当に一つきりなんだろうか。私は複数あるとも思わなくもなくなくないわ。さっきからなんなのよ。このなくなくないわっていい加減にこの変な言葉弄りもじりやめてくれなくなくない? 真実が一つであろうと複数であろうと、まあなるようになるさ、風に吹かれて行きましょう。人生は一度きりさ。現実を大事に行きましょう。と私は私自身にそう言い聞かせて心を落ち着かせようとしたけど、あいも変わらずドーパミンミン蝉が脳内で大合唱で泣き続けていました。本当に一旦妄想終わり。
「早く私を観察しなさいよ」
私は黒灰君の瞳を見て力強く言った。ああ、彼の光沢のあるブラックの瞳にブラックホール瞳に私は吸い込まれそうになったけど、何とか踏みとどまって意識を彼に持って行かれないようにした。
「観察って言っても、僕は普段の謎子さんの行動が知りたいだけなんだよ」
「完全に黒灰君って私のストーカーよね」
「ち、違うんだよ。そういうんじゃなくてさ、芸術の対象的な感じかなあ」
「何それそれ一体全体北斎どういう意味なの? 芸術の対象的な感じって。それってつまり私を物としてみているっていうことなの? 私をドールとして、ドールドーラードーレストとして見ているっていうわけなの?」
「何を言っているのかよく分からないよ、謎子さん」
黒灰君はそう言ったけど、私の怒りは収まるどころか勢いを増して加速度を増して増殖肥大して行った。
「黒灰君は私を人間として見ていないということなのね。芸術の対象としてつまり、無機物として私のことを見ているということなのね。黒灰君は私の体、顔、心、どれが目当てなのだろうかと思っていたけれど、黒灰君は私のことを生の対象として、そして性の対象として見ていなかったと言うことなのね。私のことを、そこら辺に転がっている石ころと同等とみなし、あるいはデッサンの対象のアップル、アッポーペンと同位として私のことを私のボディーを私のフェイスを私というJKを彩っている、構成しているJKアイテムを見ていたということなのね」
「お、落ち着いてくれよ。謎子さん。そんなんじゃないよ」
「そんなんじゃなかったらどんなんなのよ。それとも何? ただ単に私と言うJKの裸を芸術対象として見たかっただけなの? JKだったら誰でも良かったっていうの? イニシャルがJKの人でも良かったっていうの?」
「落ち着いてよ。謎子さん。謎子さんは今頭がスパークしていると僕は思うんだ」
「そりゃあ、スパークするわよ。私のことに興味を示したかと思えば芸術作品として私を見ているだなんて、私を小ばかにしたりして。世界中のだれもが、誰しもが私と同じ気持ちを味わったら、世界は悲しみで埋め尽くされてしまうわよ」
「ごめんよ。謎子さん。そんなつもりは毛頭なかったんだよ」
「ふん。どうかしらね」
黒灰君はなんというかあたふたとして、どうやら本当に悪いことを言ったと思っているらしい。少し可哀そうになってきた私だったけど。なぜなら母性本能がくすぐられたからだ。でも、簡単に許してあげるのは少し癪な気がしたから、何か条件を出そうと思った企んだ私であった。こんな小悪魔な私どうなのかしら。将来的に。世間の男を手玉に取るつもりはないけれど、でも黒灰君は手玉にとってみたかった。彼を手のひらの上で転がしてみたかった。そして彼に転がされてもみたかった。はっ、私何を考えているのかしら。私は自分の妄想の海に溺れて危うく脳内溺死するところだったわ。私は妄想の海から抜け出して、様々な渦巻いた怒りや、悲しみや嫉妬や、脱力や納得できない感情から脱出するように努め、そして改めて目の前にいる黒灰君の瞳を覗き込んだ。ますます吸い込まれそうなそのブラックホールアイズに私は無限ループに陥りそうになった。
JKつまり女子高生ってのは留年しない限り三年間しかない。つまりその三年をどう有意義に生きるかにかかっている。JKだって馬鹿じゃない。つまり自分の価値は分かっているし、理解している人も多い。JKってだけで大人が花の蜜に吸い寄せられる蜂のようにあたい達に近寄ってくるんだ。悪い勧誘がほとんど、でも女子高生ブランドを使えば、作家にだって何にだって普通の人よりはなりやすいのかもしれない。私のJKとしての華、そして花はそんなに時間がない。ブランドは使える内に使わなくちゃ勿体ない物ね。需要があるのならば、犯罪でない限りそれを供給することに悪いはずがない。JKとしてあたいはさあ、何になろう。何だかんだで一晩考えてあたいにすり寄ってくる人達がいたりなんかしたけれど、なんでかしらすっかり思い出せないわ。まるで数年でも経ったみたいに。でもいいの。一日で人は変わるから。人の気持ちなんて、基本変わるのよ。得にこの年齢はね。だってまだ自分の信念や絆すらも大事な事すらあたいは分かっていないんだから。これが成長すれば、大事な事や失ってはならないことが理解できるようになれば、信念に従って生きて行くだけなのだけど。信念見つかるかしらあたいに。でも黒灰君はあたいのこと好いてくれているのは間違いないし、あたいも好きだけど高校卒業したらどうなるのかしら。
「ねえ、あたい達距離を置こう?」
「距離も何も僕達付き合ってすらいないよね」
「でもあんたあたいのストーカーだよね。もうそれもやめて」
「分かった。でも僕はいつでもウエルカムだから、もし良いよ。付き合っても。あるいはストーカーしても良いよってなったら言ってね」
「分かったわ。でもストーカーしても良いよは多分ない。その時はあたい達付き合おう」
「あ、ありがとう」
そんな事であたいと黒灰君は次第に離れて言った。そしてとうとう何も成し遂げられないままあたいはJKを卒業した。JKとしての花は終わったけれど、人間ってのは花の期間が何度もあり、それは赤ちゃんだっておじいちゃんおばあちゃんになっても花が咲く、花が咲かせられるものなんだ。そう人間ってのは年齢が関係なく花を開かせることが出来る生き物なんだ。だからあたいもこの先もっと努力して頑張ろう。
あたいは四月からJKからJDになる。女子大生だ。あたいのこれからの人生は何が待ち受けているのだろうか。精一杯頑張って、努力して、花を咲かせるように頑張ろう。そしてあたいの隣りには今、最愛の人、黒灰君がいるのだから。もうストーカーではない黒灰君が。黒灰君とあたいは実は言うと、了承を得てストーカープレイをしていた事を最後に報告しておこうと思う。お互いの了承の元高校の始めストーカープレイをしていたのだ。良い子はストーカーなんかしちゃだめだぞ。とここで最後に釘を差してあたいのJDとしての新生活をスタートさせたいと思う。じゃね。皆。