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街おこし狂詩曲  作者: 川乃陽市
28/31

第28章 北園冴子の場合 10

「この道の駅の決算書についてお伺いしたいのですが」

 私は山月市役所の総務課長と黒谷支所長に問い質す。4月になったので総務課長は人事異動で代わったばかりのようだ。

 テレビカメラも回っている。

 場所は市役所の応接室。

 前の総務課長から、今日黒谷支所長がここに来ているという情報が入った。

 ゲリラ的に押し掛けて取材交渉をその場で行なった。上にバレるのを避ける為だ。

 当初は窓口に行くところから撮りたいと伝えたところ、当然市役所側は難色を示し、妥協点として一般市民に目の触れない応接室で行う事になった。

「ここに記載されているマリンハウスの売上なんですが、確かマリンハウスってもう営業してませんよね? 既に廃屋になってると思うんですが?」

 総務課長と支社長は目配せする。

「支社長、いかがですか?」

「しゅ、週に2度、老人会の集会に使っておりまして、経理上使用料を市から道の駅に振り込んだ形にしています」支社長は消え入りそうな声で答える。

(なんで俺が?)という心の声が聴こえるようだ。

「おかしいですね。あそこに行くには砂浜を通らなきゃいけないし、そこまでの道も舗装されていません。お年寄りにそんなところを歩かせるんですか?」

「健康上、歩く事も必要でして…「怪我しますよ」被せるように言う。

「それに、わざわざそんなところを使わなくても道路の一番近いところに集会場がありますよね? そこの稼働率も悪いみたいですけど、どうしてそこを使わないんですか?」

 二人とも沈黙してしまった。

「マリンハウスがある前の広場、サッカー場として使えるくらい広いけど、年一回のマラソン大会の表彰式にしか使ってないのは何故なんですか?」

 二人とも沈黙を続けている。

「あそこって、道の駅の売店まで海水を引いてるポンプのホースが埋まってますよね? 何かあそこら辺に触れちゃいけないものでもあるんですか?」

 支社長の目が分かりやすく泳ぎだした。

 カメラマンはそれを逃さない。

「一旦止めましょうかね」辻さんが声を掛ける。

「いやあ、なかなか面白い絵が撮れました」

 総務課長と支社長は顔面蒼白だ。

「あのう…。これって放送されるんですか?」

「もちろん、そのつもりで撮っています」

 早川さんが局のプロデューサーに話をつけてくれたらしい。なんでも、前にAVメーカーに宣伝を頼まれてAV男優を番組にブッキングしたのに、局の内規でAVの宣伝は出来ないと言われたらしい。

「収録終った後に言い出したから、最初から知ってて『撮っちゃえばなんとかなる』って思ったんだろうね。出演者の男性陣は凄い興味津々で番組的には盛り上がったからね。俺がすっかり騙されちゃったって事だよ。しかも『お詫びしたいんで局までお越しください』なんて非常識な事言われてさ。その時の貸しがあるからね」

 本当に謎の人脈を持ってて、脈略のない仕事をいっぱいやってる人だな。

「一時期、俺のケータイ番号がテレビ関係者に流れてたみたいでさ。『キャラの立ってる人をいっぱい知ってる人』って事で。よく知らないディレクターとかADから突然電話掛かってくるんで、変わったバンドマンとか紹介してたんだよ」とも言っていた。

 多分、よく週刊誌とかに載ってる「関係者談」ってのは早川さんみたいな人の話なんだろう。


「貴方たちには同情します」一緒に付いてきてくれた滝沢先生が二人に話しかける。

 怖い笑顔で。

「特に課長さんなんてついこの前就任したばかりですもんね。とんだとばっちりだ。私は貴方がたも被害者だと認識していますよ」

 課長さんはすがるような目で先生を見ている。

「支社長さんだって、赴任する何年も前の事を言われても困っちゃいますよねえ」

 二人とも顔に生気が戻ってきた。

「そこで提案なんですが」

 先生は悪魔のような顔で言う。私はゾクゾクしながらそれを見つめる。

 二人には既に拒否権は無い。

「貴方がたより、もっと直接この件に関して責任のある方が見つかれば、尺的にも今回撮った映像は使われないかもしれないですねえ」

 再び二人の顔は蒼白になる。

「どうですか? 心当たりあります?」先生は優しく尋ねる。

「私も貴方たちのお子さんたちが学校でいじめられるような事態だけは避けたいんですよ。あくまでも本丸は指示を出した人物ですからね」

 二人ともこの言葉で心が折れたようだ。

「あと、当然ですがこの事は上には内緒でお願いしますね」

 もちろん、二人が逆らえるはずがない。「お願い」ではなく完全に「命令」だ。


「北園さん、バッチリでしたよ。この調子で今後もよろしくお願いします」先生が褒めてくれる。

「こんな感じで良いんでしょうか? 自分でもよくわからないんですよ」

「大丈夫ですよ。北園さんはあくまでも不正や理不尽さが許せない庶民の代表です。なるべく怒りよりも冷静に事実を積み上げて行きましょう」

 そうだ。私は女優なんだ。

 今まで大した役も貰えた事が無かったが。

 今回のこの役が私の代表作になるように頑張らなきゃいけない。

 先生の為でもあるし、山月の為、黒谷の為でもある。


 早川さんに電話で報告をする。

「なんとか滝沢先生のご期待には応えらえたようです」

「良かったね。その調子で頑張りなよ」

「正義はこちらにありますからね」

「正義なんてどこにでもあるよ」

 どういう意味だろう?

「役所には役所なりの正義があるんだよ。ま、普通はそういうのは正義じゃなくて『主張』って言うんだけどね。戦争だって、正義と違う正義のぶつかり合いだしね」

 早川さんはあくまでも穏やかに物騒な話をしてくる。

「でも冴子ちゃんに一番足りなかった、がむしゃらさが身に付くんだったら悪い事じゃないね」

 私に一番足りなかった事…?

「なんだかんだ言って君はプライド高いからね。でもそのプライドを捨てられるくらいの目標があれば大丈夫だよ。それに『私はこの役を演じてるだけだ』って思いこめば、プライドなんか簡単に捨てられるよ」

 何もかも見透かされてるような気がしてきた。

ああ、どうして私は東京時代にもっとこの人に頼らなかったんだろう。

「でも冴子ちゃんがそっちに帰ったのも運命なんだよ。天啓って奴じゃない?」

「天啓?」

「神様から役を貰ったんだよ」

 どちらかと言えば悪魔から貰った役のような気もするが。


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