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第2話 アンダーグラウンド

 ヴァルは鞄に、シータシアに使わなかったメカニカの欠片を詰めて外に出た。

 廃材の山から出て、海から離れて歩き始める。


 廃材と鉄屑でできた海岸付近を抜け、コンクリートと古い金属板で造られた地面を踏みしめて歩く。

 海から離れていくにしたがって、ちらほら、と人が見られるようになる。

 やがて、鉄屑と廃プラスチック材、僅かな布やプラスチックシートで作られた小屋が立ち並ぶ一角に辿り着く。『魚』達の居住区であるバラック街だ。

 あちこちから声を掛けられ、明るく挨拶を交わしながら小屋の間を通り抜けて更に行けば、その先にあるのは真っ当な建物。

『陸』の人間がメカニカの部品を回収するために建てた、真っ当な金属の骨組みとコンクリートとで造られた建物である。

 ヴァルはその建物の中に入っていった。




 第2話~アンダーグラウンド~




 建物の中には『陸』の人間が何人か居る。回収したメカニカの確認や輸送作業の監督の為だ。

 基本的に彼らは『海』の人間と口を利かないし、そもそも存在しないかのように振る舞う。

 ヴァルもそんな対応には慣れている。受付の横にある回収箱にメカニカの欠片を入れ、重量の確認を行う。あとは検査用のメカニカが提出されたメカニカの欠片の品質を確認するのを待ってから、『陸』の人間がメカニカの欠片の対価として幾何かの金を出すだけだ。

 待ち時間中も『陸』の人間はヴァルを見ることはなく、ヴァルも『陸』の人間を見ることはなかった。両者の間に言葉は交わされず、間に壁一枚隔てたように時間が過ぎていった。

「ねえ、そういえばさ」

「うん、何?」

 待ち時間中、暇を持て余しているらしい『陸』の人間達が話し始める。

「E-3に新しくできたレストラン、あるじゃない」

「ああ、結構おしゃれな所でしょ?スカイ・センターの西の通りの」

「そうそう。あそこ、凄く高いの。美味しいんだけどね。ロースト・ビーフのサンドイッチと紅茶とムースケーキだけで5万クレジットしたんだから」

「じゃあちょっと贅沢したいときにしか使えないね」

 楽し気に笑い合う『陸』の女達はやがて、検査用メカニカがヴァルの収穫を検査し終えた事に気付いた。

 それに応じた金額を計算し、女達は受付の上に金を置いた。

 ヴァルはそこに置かれた2千クレジットを掴むと、無言で建物を後にした。




「よお、ヴァル。湿気た面してるな」

 建物から出たヴァルに声が掛けられる。

「トーレム」

 ヴァルに声を掛けたのは、ヴァルと同じ年の頃か、もう少し年上か、という若い男だった。

 顔色も良く、着ているものも高価そうだ。『海』の人間としてはかなり珍しい。

「ミラから聞いたぞ。シータシア、完成しそうなんだって?」

「いいや、間違ってる。完成『した』んだ」

 ヴァルが答えると、若い男、トーレムはヒュウ、と口笛を吹く。

「やるじゃねえか、『鯨』」

「そっちこそ、その恰好じゃあ『陸』に行ってきたんだろ?」

「まあな」

 トーレムはそう言って、口元を歪めるようにした。どうやらこれがこの男の笑い方らしい。

「収穫は?」

「5千クレジット。ま、『陸』の人間とはいえガキから小遣い巻き上げてこれなら上々じゃねえの。あいつら、メカニカの『オモチャ』に興味津々でなあ」

「いいな。俺は余ったパーツ売って2千だった」

「ああ、それで湿気た面してやがったのか」

 トーレムはあからさまに顔を顰める。

「あからさまに足下見てきやがるな、あいつら」

 吐き捨てるように言うトーレムもまた、『海』の『魚』の1人である。

 だが彼は、『魚』として海に潜るよりも、引き揚げたメカニカの欠片を不正なルートで売りさばいて稼ぐことに長けていた。

「おい、ヴァル。お前も馬鹿正直に鉄クズ提出なんてしてやるこたあねえぜ。命削って海に潜るよりも、『陸』のガキつった方がよっぽど楽によっぽど儲かる」

 不正は珍しい事ではない。ただし、不正を繰り返して生き延びられる者は少ない。それだけの事であり、トーレムは『生き延びられる者』であった。

「俺には無理だな。『陸』に紛れ込んでうまいことやるのは」

 ヴァルは不正を極端に嫌う訳ではないし、トーレムの生き方も一つの生き方として認めてもいる。だが、自分自身に同じことができるとは思っていなかった。技術や話術や胆力もそうだが、何より、良くも悪くも真っ直ぐなヴァルには、トーレムのような商売は向いていない。

「それに『陸』の連中も、もしかしたらこれだけ足下見てられるのも今の内かもしれないぜ」

「『空』か」

「ああ」

 ヴァルの言葉につられるように、トーレムは空を見上げた。

 抜けるように青い空の遥か遠くにメカニカの浮き島が浮いている。

 きらり、と陽光に煌めいたそれの眩しさに目を背け、トーレムはそのまま、地面に視線を落とした。


「……ま、俺は変わるとは思わんがね。『空』になんぞ行ったところで『海』は『海』だろ」

 諦めとやり場のない憤りが混じった言葉を発して、トーレムはふと、気づいたようにおどけた表情を浮かべた。

「おおっと、気を悪くするなよ、ヴァル。俺はリアリストなんだ」

「ああ、知ってるよ」

 両手をひらり、とさせたトーレムに、ヴァルは肩を竦めてみせる。

 短い付き合いではない。お互いがどういう性格なのかは知っている。ヴァルはトーレムがペシミストでありリアリストであり、刹那主義であることを知っている。トーレムはヴァルが愚直で実直で、どちらかと言えば夢見がち、といった印象を持っている。意見の相違など、今更な事であった。

「『空』に行って、神と会えるかも分からないし、会ったところで何も変わらない、何か知る事すらできないかもしれないしな」

 ヴァルは言外に、それでも『空』へ行く、という意思を滲ませながら空を見上げる。

 陽光の反射に目を眇めることはしても、目を逸らすことは無かった。

「そもそも神なんて居るのかねえ。どうせ神なんて建前だぜ、ヴァル。『陸』の人間が決めたルールに神様っつう熨斗貼り付けて俺達に送りつけてるだけだろ?」

「まあ、そうかもな。それでも神が居ないって事が分かるわけだ」

「前向きだな」

「これしか楽しみが無いんだ」

 あくまでも希望をもって笑顔を浮かべるヴァルに、トーレムは「やれやれ」と零しながらも口元を歪めて笑みとした。


「まあいいや。『空』へ行きたいなら俺に言ってくれよ。最適なルートをご案内してやるからさ」

「ああ。今日か明日にはお前の所に行こうと思ってた」

 この『海』では、『陸』に詳しい者はほとんど居ない。基本的に『海』の人間が『陸』に上がることは禁じられているからだ。

 それでもトーレムが『陸』に行き、更にはそこで稼いで帰ってくる、というのは、言うなれば違法行為である。『陸』の人間に知られればただでは済まない。

 だからこそ、『陸』の事を知っているトーレムの存在は貴重であった。

「それから、これから買い出しに行くんだ。何か必要そうな物があったら教えてほしい」

「なら最初に買うモンは決まりだな」

 ヴァルの言葉に頷きながら、トーレムは口元をいっそう歪めた。

「俺のメシ。今日、まだ食ってねえんだ」

「しょうがないな」

「やったぜ。あ、レプリカじゃない肉で頼むぜ、『鯨』」

「『空』に行けたら考えてやるよ」

「おおっと、言ったな?期待してるぜ?」

 ヴァルはトーレムと伴だって、バラック街へと歩き始めた。恐らく、トーレムに奢るためのジャンク・フードについて考えながら。




 トーレムのアドバイスは的確だった。

 廃材の下の部屋に戻ったヴァルは、買ってきた物を並べて頷いた。

 まず、ジャミング用の電波を発するメカニカ。

『陸』に居る人間は、『空』の庇護下にある人間達だ。1人1人が管理されている。その中に『海』の人間が交ざれば、管理外の生命体としてすぐに発見される。

 だからジャミングして、少しでも発見を遅らせる必要があるのだ。尤も、シータシアを使う以上、見た目ですぐにバレてしまうだろうが、無いよりはましだ。少なくとも、相手の視界が届く範囲でしか、発見されないのだから。

 それから、防護フィルム。

 偏光、散エネルギー仕様のフィルムは、『海』では貴重なものだ。シータシアの要所にこれを張り付けておけば、ある程度は『陸』のレーザー兵器にも耐えられるだろう。

 他にも、煙幕弾や、廃オイル弾などの古典ゆかしき道具も幾らか。これらはジャンクとジャンクで作ったような代物だが、攪乱や時間稼ぎに使う程度だ。適当なくらいで丁度いい。

 ……そして最後に、実弾銃。

『陸』ではレーザー兵器が主流になっていると聞く。何せ管理がしやすい。ロックも発砲も、スカイ・センターで管理できてしまうのだから。

 だからこそ、実弾銃はアナロジカルながら、強いのだ。

 耐レーザー装甲を破る事ができ、『陸』の連中、そして『空』にも制御を奪われることが無い。

『海』の中でもアンダーグラウンドな銃職人が作ったアンダーグラウンドな代物であるが、十分すぎる程に心強い武器であった。

 これらの道具はトーレムの紹介で買ったものだ。ヴァル1人だったら、実弾銃なんて購入することができなかっただろう。

 今日の稼ぎどころか今までの貯蓄が全て吹き飛んだが、それに見合うだけの道具、武器だった。


 続いてヴァルは、地図を広げた。

 部分的に精密で、大半は大雑把極まりない、地図というにはあまりにも難のある代物であったが、ヴァルにはこれで十分だ。

 ……今回、ヴァルは『空』へ向かう際、『陸』を経由するルートを考えていた。

 何故ならば、シータシアの性能に限界があるからだ。

 シータシアは『空』へ行くために組み立てたメカニカではあったが、飛翔するという事はかなり効率の悪いことである。

 シータシアについても、『空』へ至るまでに必要な、必要最低限の距離しか飛翔できない程度の性能しか出せなかった。

『空』は、『陸』の中央の遥か上空にある。つまり、『空』へ最短距離で行こうとするならば、『陸』の中央から飛ぶ、ということになる。

『陸』は危険だが、『空』へ向かう道中だって十分に危険なのだ。だったら、『陸』の人間を巻き込んで人質に取るようにしながら『陸』を進み、そこから『空』へ出た方がまだ勝算がある、とふんだのだ。


『陸』は周囲を『海』に囲まれている。要は、『海』も含めた世界の中心が『陸』なのだ。

 そして、『陸』と『海』を繋ぐ道は、東西南北に1本ずつ、計4本ある。

 しかしそれらの全てに検問所があり、『海』と『陸』の行き来は厳しく監視されている。

 だが、抜け道はあった。

 本来ならば、道ではない場所。水の流れに逆らって進まなければならないが、『魚』でもあり、シータシアの性能も借りられるヴァルにとっては、難しい道ではないだろう。

「下水道、か」

 ヴァルは地図を指で辿りながら、自信に溢れる表情で呟いた。


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