第七話
オルーノ。
人口1万人程度の小規模の街。大きな建物などは殆どなく、石造りの小さな建物が街を埋め尽くすどこにでもあるような田舎街だ。
だが一つだけ違う所がある。それは、夜の静けさだ。
いくら小規模の街とは言え、余りにも静かすぎる。やはり魔女の恐怖に怯えているのであろう。
街には十時をきるように大きな道が四本有り、そこから枝のように小さな道が広がっている。
南大通りの関所に入り馬車を預けた俺達は、今日の宿を探すためにこの街で唯一の宿屋街、中央西通りを目指して歩いていた。
すると、前から一人の茶髪で短髪の女性が歩いてきた。
「……ラルフ」
「わかってる。レリルはナナの後ろに」
俺とナナは即座に警戒し臨戦態勢に入る。
こんな夜中にこの街で一人で歩いている女性、魔女と疑うには十分すぎる理由だ。
「わかりました、けど回復と補助は任せて?魔法でどうにかするから」
レリルは少し震えながら後ろに下がる。あれ?この子の魔法は不可視の魔法では無かったか?魔法は一人につき一種類のはずだが……。
若干の疑問を感じつつ、警戒を緩めずに前に進む。
一歩、又一歩と近づいてくるにつれ、三人の緊張はどんどん大きくなる。
俺が神器へと手をかけたその時、前の女性が手を上げた。
「あ、もしかして教会の方々ですか~?」
拍子抜けするほど明るい声があたりに響く。
「そうだけど、君は?」
なるべく緊張が伝わらないように自然な感じを装ってそう答える。
「よかった~、やっと来てくれましたね!私はこの街で自警団をしているエリー・アーレンスです。よろしくお願いしますね」
「自警団……ですか。女性が一人でパトロールするなんて危なくないですか?」
こんな時間に一人で警備なんて怪しすぎる。未だに警戒は解けない。ナナにもそう目配せをする。
「おはずかしい話、人手が足りなくて……。けど大丈夫です!信号弾があるので何かあればみんなすぐに駆けつけてくれます!」
エリーが明るくそう答える。まあ、確かに魔女相手の自警団なんて簡単に人が集まるわけ無いし仕方ないのかも知れない。
「エリーさんはその、怖くないんですか?」
レリルが心配そうに訪ねる。本当に優しい女の子だ。
「怖いのは怖いですけど、この街に受け入れて貰った恩もありますので……。まあ、立ち話もなんですし宿屋まで案内しますよ!どうせ今日はもう警備も終わりですし」
願っても無い提案だ。初めての街で宿屋を探すのは大概苦労する。その苦労が無くなるのはとてもありがたい。
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて。」
「どうぞ甘えて下さい。これから我々がお世話になるのですから。……ただ、一つだけお願いしても良いですか?」
エリーが遠慮がちに手を上げる。
「なんですか?」
「お名前を、聞いてもいいですか?」
完全に忘れていた……。
「これは失礼を!俺はアルベルト・ラルフです。これからよろしく」
そう言って手を差しだして握手をした。
「……戒厳令は敷いてないの?」
宿屋への道を歩いていると、珍しくナナが初対面の人に話しかけた。ナナはまだエリーを信じ切れてはいないようで、仕事モードなのだろう。偉いぞ~ナナ!俺は頭を撫でたい衝動に駆られるが、流石に自重する。
「一応敷いては居ますけど、守ってくれない人は居ますからねぇ。あ!けど、女性は罰則つきの夜間外出禁止令がでてますよ?」
まあそうだろう。女性が夜間に歩くのがそもそも危ないと言うのもそうだが、なにより他人から付与された場合を除いて、基本的に闘争神の加護は女性にしかつかない。そのため、魔女狩り中は女性のみが疑われるのだ。
「それでも外に出れるなんて、よほど皆さんから信頼されているんですね」
俺がそう言うと、エリーは頭を掻きながら首を振る。
「あはは……。信頼されていないから真っ先に疑われて、異端審問にかけられたんですよね~」
声のトーンが若干低い。前を歩くエリーの顔はわからないが、間違いなく笑顔では無いだろう。
「……異端審問?」
レリルが首をかしげる。
そうか、レリルは知らないのか。
「異端審問ってのは、要は魔女に疑われた女性を様々な方法で調べて魔女かどうかを判断する儀式だよ。魔女の体にはどこかしらに必ず刻印が刻まれているから、それを探すんだ」
目の前にかけられた人が居るので微妙に言葉を濁して説明する。
もちろん、生やさしい物では無い。大人数の男達の前で裸にされ、殆どの場合、性的な辱めを受ける。
「そう、なんですか……」
色々と察したのか、それ以上深く聞いてくる事は無かった。
「さて、つきましたよ!」
そこそこ大きな二階建ての建物だ。外装も綺麗だし、いい宿屋を紹介して貰えたな。
「どうですか?中々立派でしょう?」
「ありがとうエニーさん。本当に助かるよ」
「いえいえ、頑張って早く見つけて貰いたいですから!……では、私はそろそろ帰りますね」
そういってエリーは大きく手を振りながら家に帰っていった。
宿屋に入り中を見回してみる。入り口の目の前にフロントがある。どうやら客室は二階のみのようだ。中も綺麗で、風通しもよい。理想的と言っても良いだろう。
俺が内装に満足していると、ナナが近づいてきた。
「……どう思う?」
「ん?良いんじゃ無いか?過ごしやすそうだ。レリルはどうだ?」
「そうですね、宿屋に来るのは初めてですけど特に不満は無いですよ?むしろ想像より綺麗で満足です」
天使であるレリルが満足できるのだ、間違いなくいい宿屋だろう。早速受付を済ませよう。
そう思い前に出ると、ナナが服の裾を掴んでくる。
「……そうじゃなくて、エリーの事」
ああ、そっちか……。
「うーん、どうだろうな。まだわかんないから保留かな」
「……そう」
あんまり納得してないみたいだが、今は情報も少ないししょうが無い。
俺は敢えてナナの不満に気づかないふりをして、フロントに話しかける。
「三人分の部屋、空いてます?」
「ええ、空いてますよ」
人の良さそうなおばさんが笑顔で答える。
「部屋割りはどうなさいます?」
うーん、部屋割りか……。
「三人部屋で!」
「はいはい三人部屋ね。仲が良いねえ」
おばさんがにやにやしながら話しかけてくる。
不意に背中に痛みが走る。
「何を言っているんですか!あなたは!」
レリルが後ろから怒鳴ってくる。隣をみるとナナも俺を睨み付けている。
……やっぱ駄目か。いや、ここはもう少し詭弁を弄そう!どうにかなるかもしれん……!
「まあまてレリル、三人分の部屋を取るよりも一人分の部屋を取る方が経済的だとは思わないか?少ない教会の予算を有効活用するべきだろう?」
嘘である。天使様ご一行と言うことも有り、かなり潤沢な資金を渡されている。
「絶対に、い・や・です!それに知ってますよ?かなり沢山お金を貰っていたじゃ無いですか!」
ちっ……!バレてたか。
「……ラルフはそんなにレリルと寝たいの?」
やばい、ナナの尻尾の毛が若干逆立っている。これは相当怒ってるな……。
「い、いや冗談だよ!すいません、一人分の部屋を三つお願いします」
「はいはい」
おばさんはまたもにやにや笑いながら鍵を渡してくる。
「また次があるさ、頑張りなさい」
小さな声で元気づけてくるおばさんの優しさが傷ついた心に染み渡る……。
「最低ですね!」
そしてまたレリルに傷つけられる。さっき少しわかり合えたと思えたんだけどなぁ……。
「……最低」
「な、ナナまで……!」
俺の悲痛な声を無視して二人は鍵を受け取り階段を登っていった。




