第十話
「ラルフさんって、ナナさんとレリルさん、どっちと付き合ってるんですかー?」
二人で飲み始めてから一時間ほどたった頃、隣に座っているエリーは若干酔っ払っているようでとんでもないことを聞いてきた。
「どっちとも付き合ってないですよ」
俺は静かにこたえる。
「えー、そうなんですか?もったいない!うーん、じゃあどっちの方が好きですか?」
俺に体をくっつけながらめんどくさく絡んでくる。
こいつ、酒を飲むと面倒なタイプだな……。
内心少しイライラする。
「どっちが好きって……。わかんないですよそんなこと。それに、レリルとは昨日あったばかりだからまだお互い手探りだし」
「そうなんですか……。うーん、難しいですねえ」
エリーが頭を抱えて悩んでいる。
もう俺達しか居ない静かな店内が、しーんとする。ふと首もとを見ると、赤い液体の入った綺麗なペンダントをつけている。
「そのペンダント、すごく綺麗ですね」
エリーは憂いを込めた表情でペンダントを触る。
その表情は、今までエリーがしていた表情とは全く違う、静かで綺麗な奥ゆかしい女性のようであった。
「これは、両親の形見なんです」
……悪いことを聞いたな。
「そう、なんですか……。すいません、嫌なことを聞いてしましましたね」
俺が謝ると、エリーが小さく微笑む。
「気にしないで下さい。もう心の整理はついてますから」
「ありがとうございます」
……。
しばしの沈黙が酒場を支配する。
「それにしても、エリーさんは街の住人に信頼されているんですね」
空気を変えるためにそう言うと、エリーはさっきより更に辛そうな表情をする。
「そんなこと無いです。昨日言ったように、信頼されてないから異端審問を受けて、それで魔女じゃ無いって証明できたから、いまこうして居られているだけですよ」
来た。俺は遂に今回の目的を果たすために本題へと足を踏み入れる。
「エリーさんは、なんで異端審問を受けさせられたんですか?」
神妙な顔でそう訪ねると、エリーは少し考え込む。
そして、決意を固めたように一度深く息をつく。
「私、元々は引っ越してきたんです」
「そうだったんですか。それでよそ者だから、って事ですか?」
小さく頷く。
「そういうことです。まあ、この時代ですからしょうがないですけどね!」
エリーは必死に笑顔を取り繕うが、それが空元気なのは俺で無くても誰でもわかる。
それほどまでに痛々しい笑顔だった。
「どうして、この街に引っ越してきたんですか?」
もう少し、もう少しで終わる。
「私、両親が夜盗に殺されて……。私は何とか助かったんですけど、村の人達はみんな……」
やっぱり、こっちに来る前にも辛い経験があったのか。
俺は自分の考えが正しいことを確信する。
「その時ですか?」
「何がですか?」
俺の問いに、エリーはきょとんとしている。
「その時、闘争神の加護を得たんですか?」
時が止ったような、そんな静けさが訪れる。
「な、何言ってるんですか?私はもう異端審問を受けてるんですよ?」
かなり焦っているのが伝わってくる。
「協会関係者の居ない異端審問には、なんの意味も無いですよ。刻印なんて化粧で簡単に隠せるから」
エリーの顔がどんどんと青白くなっていく。
こんなに健気で可愛い子が魔女だなんて信じたくはなかったが、どう考えてもエリー以外に疑える人間はいないのだ。
だから今日、エリーを呼び出した。この女が魔女であるその確信を得るために……。
「あなたなら異端審問を受けているから被害者にも警戒されないし、自警団に入ることも出来る。」
残念ながら最後まで確たる証拠は得られなかったが、俺は警察でも探偵でもない。これだけの状況証拠があれば断定するには十分なのだ。
「私じゃ無い!信じて?ねえ、お願い!私は魔女じゃ無い、人間よ!なんなら今裸になったって……」
取り乱したエリーがそれでもなおあがく。
俺にとっては見慣れた光景だ。いつもの、魔女を追い詰めたときの光景……。
「被害者は全員、君の異端審問に関わった人間だ。君には動機も、魔女となるきっかけも、そして犯行を出来る時間もある。そしてそれは、君を魔女と断定するのに十分だ」
俺はそう言いながら、胸ポケットにしまってあった神器を取り出し解放する。
普段は小さな石の様な形をした神器が、死神の鎌へと姿を変えていく。
「……私が悪いの?私は罪の無い人を殺してなんてない!私が殺した人は、みんな私に殺されても良いような事をしてきたのよ!」
それを見たエリーが、観念したのかそう叫ぶ。
これで完全に確定した。彼女が、短剣の魔女だ……。
「被害者がどれだけ悪人だろうと、君にどれだけ殺す理由があろうと関係ない。魔女は人類の敵だ。それ以外の何でも無いのだよ」
そう言って鎌を振り下ろす。
エリーはとっさに席を立ち、ぎりぎりのところで躱されてしまった。
「ひ、ひいいい」
酒場の店主が逃げ出していく。よかった、これで思う存分戦える。
「そう、そうね、仕方ないわよね」
普段の声とは違う、とても低い声でそう言うとポケットから砂を投げつけてくる。
……目くらましか?そう思い、とっさに左に避けるとその砂が無数の短剣へと姿を変える。
俺が1秒前まで居た場所に、百本以上の短剣が突き刺さる。
砂を短剣に変える魔法、か?断定は出来ないが、奴が何かを投げるときは注意しないと……。
「死ね!」
エリーが更に砂を投げつけてくる。その砂が次々と短剣に変わる。
……ちっ、なかなか攻撃の隙が出来ないな。
「おらぁ!!」
俺は叫びながらエリーに突撃し鎌を振り下ろす。
何度か振るが、どれも躱されていく。
「あなたの攻撃、遅くて当たらないわよ?」
さっきよりも精神的に余裕が出てきたのか馬鹿にしたようにそう言うと、どんどんと砂を、つまり短剣を投げつける。
こちらもすんでのところで躱すが、どんどんと店の端に追い詰められていく。
……だが、単調だ。
殆ど実戦経験が無いのだろう、彼女の攻撃は驚くほどにワンパターンだ。
彼女が砂を取り出す一瞬の隙をつき、前に飛び出ると、持っていた鎌の柄を腹にぶつける。
エリーが転がった樽のように、ごろごろと床を転がっていく。
そのまま一気に近づき鎌を振り下ろす。
……が、横に転がりまたしても避けられる。
やはりというかなんと言うか、鎌は戦うのにむいていないな……。
重いし……。
そんなことを考えていると、エリーがふらふらと立ち上がる。
「疲れてきたか?」
俺がそう言うと、エリーは大きく首を振る。
だが、彼女の足は小刻みに震え、息も絶え絶え、という感じだ。
体は風に揺れる草木のようにゆらゆらと揺れている。
「良いことを教えてあげよう」
俺はわざとニヤニヤと笑いながら話しかける。
「俺の鎌は君の体を刈っているのでは無い」
そう、この神器を俺が今でも愛用している理由は決して戦いやすいから、とか格好良いから、とかではない。
「じゃあ、何を……?」
エリーがか細い声で聞いてくる。
もう大きな声すら出せないのだろう。
「この鎌はな、君の魔力を刈っているんだ」
さっきから既に何度も切りつけている。まだ数人しか殺していない魔女であるエリーならば、もう殆ど魔力は残っていないだろう。
魔女の魔力は即ち体力に直結する。
この勝負の決着は既についたも同然であった。
「そういう…こと、ね」
エリーは観念したかのように、その場に座る。
その諦めたような表情が俺の心を痛める。
俺は、なるべく彼女を見ないように顔を背け、捕縛用の神器を取り出して前を見る。
その瞬間、その一瞬の隙を突かれた。
気づいたときには目の前に無数の短剣が現れ、それら一本一本が俺を殺そうと襲いかかってくる。
とっさに、頭をかばいながら身をかがめる。
数瞬後、全身に焼けるような激痛が走る。
何本か躱しきれずに刺さってしまった様だ……。
体を見ると、足に三本、手に二本刺さっている。
「くそ!」
イライラを声に出し前を見ると、もう既にエリーは逃げた後だった。
早く追わなければ……。
失敗だ。完全に俺の油断が産んだミスであった。
俺は痛みに耐えながら体に刺さった短剣を抜いていく。もう失敗は許されない。急がなければ……。