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『一緒に一人遊園地行ってくれる人、募集します』

作者: 車輪



 僕は、孤独が好きなようでいて、誰よりも孤独を嫌っている人間だった。

 学校でも、家でも、あたかも一人でいることが好きなように振舞っていたけれど、それも全部が嘘というわけではなかったけれど、時折ジワリと孤独感に苛まれることがあった。

 独りぼっちでも構わない。

 でも、時折やってくる”孤独”を癒してくれる関係が欲しかったんだ。


 僕が、そんな関係を手に入れた日の話をしよう。

 それは、愉快で痛快で、だからこそ大きな意味を持つ1日だった。

 まずは、ことの発端から話そうか。


 ▼


 あの日僕は、ネット掲示板から通っている大学のスレッドを探し出し、そこにこう書き込んだ。


『一緒に一人遊園地行ってくれる人、募集します』


 そのスレッドには結構な学生が訪れているようだったから、誰かの目にとまって、返信が来たりするのかなと、好奇心半分、期待もしていた。


『何言ってんだ、こいつ?』

『意味わかんねー』

『新手の荒らしか?』


 次の日に見てみると、幾つか返信が来ていた。

 しかし、目を通してみると、下らないものばかりだ。

 掲示板にいたのはどこか強がったような連中ばかりで、だからこそ過去ログを見て親近感も感じていたんだけど、実際にそういったコメントが来てみると少しへこんだ。

 同族のような連中にまで否定されると、どこに自分の居場所があるのやら、分からなくなるんだ。

 不貞腐れた僕は掲示板を見るのをやめて、すぐに違うページに移動してしまった。

 

 また次の日にも大した反応は得られず、僕はその日からしばらく、掲示板を見なかった。

 望んだ反応を得ることができずに、飽きたんだ。

 何回も呼びかけても良かったけれど、それは僕の美学に反した。

 そうしてしばらく目を離していたんだけど、一週間後、気まぐれにその掲示板を覗いてみた。

 

『一緒に一人遊園地とは、どういうことでしょうか? 気になります』


 三日前の返信に好意的なものがあり、僕は喜んだ。

 書き込んだこと自体は半ば悪ふざけだったけど、そのアイディアには自信があったし、本当に少しだけ、やってみたくもあったんだ。

 僕は、そのアイディアについて、得意げに語った。


『僕たちのような人間にとって、普段、遊園地は行きにくい場所だろうと思います。かといって、一緒に行ける友人を作る、というのもやり方として好きじゃありません。

 であれば、こうして呼びかけて、同じ日に、皆さんそれぞれが一人で遊園地に行けばどうでしょう? 自分の他にも一人客がいると思えば劣等感は紛れますし、安心できるんじゃないでしょうか。

 僕だって、たまには、遊園地に行ってみたいんですよ』


 少し文章が長かったかもしれない。

 少し言い方が上から目線だったかもしれない。

 この文章で、言いたいことは伝わるだろうか。


 書き込む際にも何度も文章を書き直したものだけど、後になって、また気になってきた。

 とにかく、この文を読んで誰かが不快な思いをしていなければいいな、と思った。

 次の日に覗いてみると、返信が来ていた。

 心配とは裏腹に、好評を得ているようだった。


『とても面白い考えだと思います。

 ”木の葉を隠すなら森の中”ですね。

 私も普段、遊園地に行けるような人間ではないので、この機会に、と思っています。

 ぜひ、詳しい日時等、教えていただきたいです』


『分かりました。こちらで日時を考えておきますね。

 場所は、近場の◯◯遊園地ということで。

 他にも参加したいという方がいたら、一応知らせてください』


 普通、日時こそ相手と話し合って決めるものなのだろうけど、僕にはそういう考えが無かった。日時が合わなかったら、多少癪だが、普通に一人遊園地をすればいいだろう、と思っていた。

 本当に、呼びかけたのは気まぐれで、僕にはいつだって孤独と付き合う覚悟があったんだ。

 次の日になると、珍しく、掲示板は賑やかになっていた。


『あ、面白そう。俺も行きたいな』

『おう俺も』

『行きたいです』


 幾つか、参加希望者が出たんだ。

 僕が詳しい内容について話したからか、それとも、一人参加者が出たことで手を挙げやすい雰囲気になったのか。

 スレッドにいる普段の人数から考えて、先日叩いてきた数人が手の平返しでもしたのかもしれない。

 とにかく、これだけ人数がいれば、全員が予定が合わないということもない。

 この時点で、”一緒に一人遊園地計画”が正式に始動したんだ。

 僕は柄にもなくワクワクしながら、日時についてを打ち込んだ。

 次の日には返信も揃っていて、ほとんどが参加できるということだった。

 二週間後、大学が夏休みに入った頃に、遊園地に行くことが決まった。

 それが、その時点で、僕の夏休み唯一の外出予定だった。


 ▼


 期末試験を終えて、夏休みに入り、やがて当日になった。

 僕は一人電車に乗り、隣町の遊園地を目指していた。

 電車や路地なんかだと一人は気にならないが、遊園地には一人では入りにくい。その違いは何なのだろう。

 そんなことを考えていると到着したので、ホームに降りて、駅を出る。

 そこから5分も歩けば、遊園地だ。

 運動不足と夏の気温が祟って、そんな距離でも汗が流れた。


 遊園地の入場券売り場には人ごみがあり、そこで足が止まる。

 季節もあってか、やはり男女のペアや家族連れが多いようだった。

 普段ならそこで顔を伏せてしまう僕だけど、その日は、あたりを見回す余裕があった。

 見れば、確かに数人、一人客もいるようだ。

 カップルがどうしても目立つけれど、彼らもそんな中に、ちゃんといるんだ。

 そう思うと少しだけ気が楽になり、僕は堂々と列に並んでチケットを購入し、園内に入った。


 園内は賑わっていて、ここは僕の居場所ではないんだということを痛感させられた。

 居心地の良い場所がどんどん無くなりつつあることに僕は驚く。

 似たような顔が周囲にチラホラあって、「ああ、後悔してるなぁ」と苦笑が漏れた。

 そんな同志たちの心を鼓舞するように、僕は歩を進めた。

 ジェットコースター、ホラー・アトラクションはまだ良いとしても、後半、調子に乗ってコーヒーカップやメリーゴーランドなんかに挑戦したのは今でも恥ずかしいな。


 さて、そんなこんなで尻上がりに遊園地を楽しんだところで、時刻は午後4時をまわっていた。

 さすがに疲弊した僕は広場のベンチに座って、空を見上げていた。

 夏の日差しは健在。

 顔は、今日でかなり日焼けしたことだろう、とさすってみた。

 影が顔に伸びているのに気付いたのはその時だった。

 見ると、日傘を差した女性がこちらを覗き込んでいる。

 いや、誇張なしに、飛び上がりそうになったね。

 同年代の女の子の顔をあんなにも間近で見たのは初めてだったし、彼女くらいに美しい人を見たのも初めてだったからさ。

 

「こんにちは。主催者さん、ですよね?」彼女は言った。


 一瞬、何のことかわからず沈黙した僕だけど、掲示板でのことを思い出して、すぐに答えた。


「はい、そうですけど、どうして?」

「勘です。何となく、雰囲気で判断しました」


 彼女は軽く頭を下げて続けた。


「今回、素敵な企画を実行に移してくださって、ありがとうございます。

 私一人では、遊園地に行く気など起きませんでしたから。

 それに、”一緒に一人遊園地”、期待以上に楽しめました。

 私が言いたいのはそれだけです。

 これ以上のお話は無粋でしょうし、それでは」


 最後にもう一度頭を下げて、彼女は去った。

 確かに、”一人遊園地”である以上、長話は避けたいものだったけど(これも僕の美学に反するから)、それ以上にもっと彼女と話したいと思ってしまった。

 僕は、僕の美学より美しいと思える人物に、生まれて初めて出会ったんだ。

 呼び止めようと立ち上がった時には、もう彼女の姿は無くて、僕はその足で観覧車に向かった。

 多少早いかもしれないけど、今までの疲労もあったから、これで帰ろうと思った。


 そして、いざ観覧車の列に並んでみると、僕は笑いそうになった。

 列には一人客が多く並んでいた。

 僕たちは似た者同士、こういう時に考えることまで良く似ていたんだ。

 前には、綺麗な後ろ姿で立ち去ったはずの彼女がいて、それも愉快だった。

 ◯◯遊園地の観覧車は四人乗りの相席だったので、乗り込んだのは、独りぼっちたちだけの四人組になった。


 トロッコの中は静かで、誰も何も言わなかったけど、不思議と居心地は悪くなかった。

 それどころか、今にも笑い出しそうなくらいに愉快な感情を僕は隠し持っていた。

 みんな似たような感じだった。

 

 一周して観覧車を降りると、僕は次のトロッコを見上げた。

 それはゆっくりと降りてきて、僕たちと同じように、中から人が出てくる。

 それを見て、僕はついに大爆笑した。


 彼らは、観覧車を降りるとすぐに、二人と一人と一人に分かれた。

 二人組の方はカップルで、一人の方はどちらも居心地の悪そうな顔をしていた。

 しかしよく見ると、カップルも物足りなそうな顔をしている。

 観覧車が相席だったばかりに、見知らぬ男が二人乗り込んできて、愛の時間を邪魔されたのだろう。

 そう考えたら、痛快だった。

 だって、独りぼっちの苦肉の策が、巡り巡って、彼らの一瞬を奪ったんだ。

 別に、彼らの破局を望んでたとか、そういうわけじゃないんだ。

 ただ、この時確かに、独りぼっちたちは一矢報いたんだよ、この世界に。

 

 そんな、あまりにも情けない姿に、僕は笑っていたんだ。

 僕たちは、勝利の時ですら滑稽で、笑えた。

 

 ▼


 家に帰って掲示板を開くと、幾つか書き込みがあった。


『思ったより楽しかった』

『また似たようなことやってくれ』

『え、お前らまじで行ってたの(笑)』

『とても楽しかったです』


 僕は嬉しくなって、また似たようなことをやってみようかと思った。

 何より、彼女と少しでも会える可能性があるなら、と。

 そうして今度は数ヶ月後、こう書き込んだ。


『一緒に一人カラオケとか、どうでしょう?

 興味ある方、いますかね?』


 こうして、僕たちの関係は始まった。

 思い出の時間は、近くに必ず彼らがいて、でも顔も名前も知らなくて、話したこともなくて。

 でも、たまらなく愉快な気分にさせてくれるのも彼らで。

 僕も、彼らから見ればそんな存在の一部で。

 僕の好きな”孤独”のままで、僕の嫌いな”孤独”を癒してくれる関係。


 そんなつながりが、大好きだった。

 

 ▼


『今日で、僕はこの学校を卒業します。

 卒業後は遠くに行くので、企画は出来なくなるかと思います。

 皆さん、大好きでした。ありがとう』


『おう、楽しかったよ』


『寂しい。泣ける』


『また企画やってくれよ〜』


『私も、大好きです』


『また会おうや』


『はい、ではまたどこかで』


 




 了

 


 

 

 

 

感想等お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結でサラッと読めてなかなか面白かったです。 深いような感じがして読んでて心地が良かったですよ。 僕にもこんな出会いがあったらいいな、と。 [気になる点] 場面転換で ▼を使わないで表現す…
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