『一緒に一人遊園地行ってくれる人、募集します』
僕は、孤独が好きなようでいて、誰よりも孤独を嫌っている人間だった。
学校でも、家でも、あたかも一人でいることが好きなように振舞っていたけれど、それも全部が嘘というわけではなかったけれど、時折ジワリと孤独感に苛まれることがあった。
独りぼっちでも構わない。
でも、時折やってくる”孤独”を癒してくれる関係が欲しかったんだ。
僕が、そんな関係を手に入れた日の話をしよう。
それは、愉快で痛快で、だからこそ大きな意味を持つ1日だった。
まずは、ことの発端から話そうか。
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あの日僕は、ネット掲示板から通っている大学のスレッドを探し出し、そこにこう書き込んだ。
『一緒に一人遊園地行ってくれる人、募集します』
そのスレッドには結構な学生が訪れているようだったから、誰かの目にとまって、返信が来たりするのかなと、好奇心半分、期待もしていた。
『何言ってんだ、こいつ?』
『意味わかんねー』
『新手の荒らしか?』
次の日に見てみると、幾つか返信が来ていた。
しかし、目を通してみると、下らないものばかりだ。
掲示板にいたのはどこか強がったような連中ばかりで、だからこそ過去ログを見て親近感も感じていたんだけど、実際にそういったコメントが来てみると少しへこんだ。
同族のような連中にまで否定されると、どこに自分の居場所があるのやら、分からなくなるんだ。
不貞腐れた僕は掲示板を見るのをやめて、すぐに違うページに移動してしまった。
また次の日にも大した反応は得られず、僕はその日からしばらく、掲示板を見なかった。
望んだ反応を得ることができずに、飽きたんだ。
何回も呼びかけても良かったけれど、それは僕の美学に反した。
そうしてしばらく目を離していたんだけど、一週間後、気まぐれにその掲示板を覗いてみた。
『一緒に一人遊園地とは、どういうことでしょうか? 気になります』
三日前の返信に好意的なものがあり、僕は喜んだ。
書き込んだこと自体は半ば悪ふざけだったけど、そのアイディアには自信があったし、本当に少しだけ、やってみたくもあったんだ。
僕は、そのアイディアについて、得意げに語った。
『僕たちのような人間にとって、普段、遊園地は行きにくい場所だろうと思います。かといって、一緒に行ける友人を作る、というのもやり方として好きじゃありません。
であれば、こうして呼びかけて、同じ日に、皆さんそれぞれが一人で遊園地に行けばどうでしょう? 自分の他にも一人客がいると思えば劣等感は紛れますし、安心できるんじゃないでしょうか。
僕だって、たまには、遊園地に行ってみたいんですよ』
少し文章が長かったかもしれない。
少し言い方が上から目線だったかもしれない。
この文章で、言いたいことは伝わるだろうか。
書き込む際にも何度も文章を書き直したものだけど、後になって、また気になってきた。
とにかく、この文を読んで誰かが不快な思いをしていなければいいな、と思った。
次の日に覗いてみると、返信が来ていた。
心配とは裏腹に、好評を得ているようだった。
『とても面白い考えだと思います。
”木の葉を隠すなら森の中”ですね。
私も普段、遊園地に行けるような人間ではないので、この機会に、と思っています。
ぜひ、詳しい日時等、教えていただきたいです』
『分かりました。こちらで日時を考えておきますね。
場所は、近場の◯◯遊園地ということで。
他にも参加したいという方がいたら、一応知らせてください』
普通、日時こそ相手と話し合って決めるものなのだろうけど、僕にはそういう考えが無かった。日時が合わなかったら、多少癪だが、普通に一人遊園地をすればいいだろう、と思っていた。
本当に、呼びかけたのは気まぐれで、僕にはいつだって孤独と付き合う覚悟があったんだ。
次の日になると、珍しく、掲示板は賑やかになっていた。
『あ、面白そう。俺も行きたいな』
『おう俺も』
『行きたいです』
幾つか、参加希望者が出たんだ。
僕が詳しい内容について話したからか、それとも、一人参加者が出たことで手を挙げやすい雰囲気になったのか。
スレッドにいる普段の人数から考えて、先日叩いてきた数人が手の平返しでもしたのかもしれない。
とにかく、これだけ人数がいれば、全員が予定が合わないということもない。
この時点で、”一緒に一人遊園地計画”が正式に始動したんだ。
僕は柄にもなくワクワクしながら、日時についてを打ち込んだ。
次の日には返信も揃っていて、ほとんどが参加できるということだった。
二週間後、大学が夏休みに入った頃に、遊園地に行くことが決まった。
それが、その時点で、僕の夏休み唯一の外出予定だった。
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期末試験を終えて、夏休みに入り、やがて当日になった。
僕は一人電車に乗り、隣町の遊園地を目指していた。
電車や路地なんかだと一人は気にならないが、遊園地には一人では入りにくい。その違いは何なのだろう。
そんなことを考えていると到着したので、ホームに降りて、駅を出る。
そこから5分も歩けば、遊園地だ。
運動不足と夏の気温が祟って、そんな距離でも汗が流れた。
遊園地の入場券売り場には人ごみがあり、そこで足が止まる。
季節もあってか、やはり男女のペアや家族連れが多いようだった。
普段ならそこで顔を伏せてしまう僕だけど、その日は、あたりを見回す余裕があった。
見れば、確かに数人、一人客もいるようだ。
カップルがどうしても目立つけれど、彼らもそんな中に、ちゃんといるんだ。
そう思うと少しだけ気が楽になり、僕は堂々と列に並んでチケットを購入し、園内に入った。
園内は賑わっていて、ここは僕の居場所ではないんだということを痛感させられた。
居心地の良い場所がどんどん無くなりつつあることに僕は驚く。
似たような顔が周囲にチラホラあって、「ああ、後悔してるなぁ」と苦笑が漏れた。
そんな同志たちの心を鼓舞するように、僕は歩を進めた。
ジェットコースター、ホラー・アトラクションはまだ良いとしても、後半、調子に乗ってコーヒーカップやメリーゴーランドなんかに挑戦したのは今でも恥ずかしいな。
さて、そんなこんなで尻上がりに遊園地を楽しんだところで、時刻は午後4時をまわっていた。
さすがに疲弊した僕は広場のベンチに座って、空を見上げていた。
夏の日差しは健在。
顔は、今日でかなり日焼けしたことだろう、とさすってみた。
影が顔に伸びているのに気付いたのはその時だった。
見ると、日傘を差した女性がこちらを覗き込んでいる。
いや、誇張なしに、飛び上がりそうになったね。
同年代の女の子の顔をあんなにも間近で見たのは初めてだったし、彼女くらいに美しい人を見たのも初めてだったからさ。
「こんにちは。主催者さん、ですよね?」彼女は言った。
一瞬、何のことかわからず沈黙した僕だけど、掲示板でのことを思い出して、すぐに答えた。
「はい、そうですけど、どうして?」
「勘です。何となく、雰囲気で判断しました」
彼女は軽く頭を下げて続けた。
「今回、素敵な企画を実行に移してくださって、ありがとうございます。
私一人では、遊園地に行く気など起きませんでしたから。
それに、”一緒に一人遊園地”、期待以上に楽しめました。
私が言いたいのはそれだけです。
これ以上のお話は無粋でしょうし、それでは」
最後にもう一度頭を下げて、彼女は去った。
確かに、”一人遊園地”である以上、長話は避けたいものだったけど(これも僕の美学に反するから)、それ以上にもっと彼女と話したいと思ってしまった。
僕は、僕の美学より美しいと思える人物に、生まれて初めて出会ったんだ。
呼び止めようと立ち上がった時には、もう彼女の姿は無くて、僕はその足で観覧車に向かった。
多少早いかもしれないけど、今までの疲労もあったから、これで帰ろうと思った。
そして、いざ観覧車の列に並んでみると、僕は笑いそうになった。
列には一人客が多く並んでいた。
僕たちは似た者同士、こういう時に考えることまで良く似ていたんだ。
前には、綺麗な後ろ姿で立ち去ったはずの彼女がいて、それも愉快だった。
◯◯遊園地の観覧車は四人乗りの相席だったので、乗り込んだのは、独りぼっちたちだけの四人組になった。
トロッコの中は静かで、誰も何も言わなかったけど、不思議と居心地は悪くなかった。
それどころか、今にも笑い出しそうなくらいに愉快な感情を僕は隠し持っていた。
みんな似たような感じだった。
一周して観覧車を降りると、僕は次のトロッコを見上げた。
それはゆっくりと降りてきて、僕たちと同じように、中から人が出てくる。
それを見て、僕はついに大爆笑した。
彼らは、観覧車を降りるとすぐに、二人と一人と一人に分かれた。
二人組の方はカップルで、一人の方はどちらも居心地の悪そうな顔をしていた。
しかしよく見ると、カップルも物足りなそうな顔をしている。
観覧車が相席だったばかりに、見知らぬ男が二人乗り込んできて、愛の時間を邪魔されたのだろう。
そう考えたら、痛快だった。
だって、独りぼっちの苦肉の策が、巡り巡って、彼らの一瞬を奪ったんだ。
別に、彼らの破局を望んでたとか、そういうわけじゃないんだ。
ただ、この時確かに、独りぼっちたちは一矢報いたんだよ、この世界に。
そんな、あまりにも情けない姿に、僕は笑っていたんだ。
僕たちは、勝利の時ですら滑稽で、笑えた。
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家に帰って掲示板を開くと、幾つか書き込みがあった。
『思ったより楽しかった』
『また似たようなことやってくれ』
『え、お前らまじで行ってたの(笑)』
『とても楽しかったです』
僕は嬉しくなって、また似たようなことをやってみようかと思った。
何より、彼女と少しでも会える可能性があるなら、と。
そうして今度は数ヶ月後、こう書き込んだ。
『一緒に一人カラオケとか、どうでしょう?
興味ある方、いますかね?』
こうして、僕たちの関係は始まった。
思い出の時間は、近くに必ず彼らがいて、でも顔も名前も知らなくて、話したこともなくて。
でも、たまらなく愉快な気分にさせてくれるのも彼らで。
僕も、彼らから見ればそんな存在の一部で。
僕の好きな”孤独”のままで、僕の嫌いな”孤独”を癒してくれる関係。
そんなつながりが、大好きだった。
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『今日で、僕はこの学校を卒業します。
卒業後は遠くに行くので、企画は出来なくなるかと思います。
皆さん、大好きでした。ありがとう』
『おう、楽しかったよ』
『寂しい。泣ける』
『また企画やってくれよ〜』
『私も、大好きです』
『また会おうや』
『はい、ではまたどこかで』
了
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