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第八話 白狐のわるだくみ

 俺がこの世界に呼ばれた理由。

 それは……九尾の御珠(みたま)様と、まぐわうため。

 ………まぐわうため。


 えっと……? 

 いや、仮に、ここでいきなり世界を救えとか頼まれても、それはそれで困るんだけど。

 まさか、まぐわうためって……。

 予想だにしなかった理由を明かされて、凄まじいほどの困惑と脱力感に襲われる。

 これ、一体、どう反応したらいいんだ……?

 しかも、あながちそれが嘘では無さそうなところが、俺をより複雑な気分にさせる。

 御珠様が中々話そうとせず、都季(とき)灯詠(ひよみ)十徹(とうてつ)さんをこの部屋から出して二人っきりになったのも、納得がいく。

 そりゃあ聞かれたくはないよな、こんな話……。


「そうだ! 行く当てが無ければ、」


 突然御珠様がぽん、と両手を叩いて、嬉しそうな顔をする。


「どうかここで働いてはくれまいか? 当然給料は出すぞ!」

「……はい」


 最初から俺に選択肢は与えられていない。

 一応断ることもできるけれど、そうしたところで路頭に迷うだけ……。

 御珠様の計略に上手く乗せられた気がしてならないが、最早半分投げやりになって、俺は頷いた。


「ありがとう、景」


 返事を聞いて、御珠様は明るく微笑む。

 それを見ていると、何故だか全てが些細なことに思えてしまうような、そんな気分になる。

 いや、そもそも……御珠様を責める様な気持ちは、今、俺の中に全くないのだ。不思議なことに。

 これは多分、御珠様の術は全く関係が無い。

 あんまりにもあんまり過ぎる理由だからこそむしろ、一周回って納得が行ってしまうという……。

 御珠様なら、やりかねん……。まだ出会ったばかりなのにそんな風にさえ考えてしまう。


「部屋は、一階の水無月の間を自由に使うが良い。狐火が案内してくれるよ」

「……ありがとうございます」


 とりあえず……部屋に戻って一旦頭の中を整理しよう。

 今日一日、色んな事が有り過ぎて、疲れた……。


「改めまして、これからよろしくな、景」


 そう言って御珠様はにっこりと爽やかに笑い、右手を差し出した。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺も同じく右手を差し出して握手をする。

 色々と疑問は晴れないけれど。

 寝る場所も確保できたし、諸々の危機?は逃れたし……今は、それで良しとしよう。

 うん、そうするしかない。

 深々と頭を下げてから障子を開け、部屋の外に出る。


「では。失礼します……」

「ああ、ゆっくりと休むがよいぞ」


 御珠様にもう一度深く礼をして、俺は障子を閉めた。



 ◆ ◆ ◆



 ぽっ、と再び宙に現れた狐火の後を追って、俺は廊下を戻り階段を降りていく。

 妖艶に扇をはためかせる御珠様の姿や、反対に純粋そうな爽やかな笑顔が頭から離れない。

 どうして辞退なんてしたんだろう……? と激しい後悔も襲ってくる。

 自らのチキン加減を嘆くけれど、時すでに遅し。

 いや、出会ったばかりの御珠様に、こんなに魅了されているなんて……やっぱり、術とか使われてるんじゃないか? 

 一般人の俺にはそんなこと知る由も無いし、知ったところでどうにもならないんだけど……。


 ――妖術、恐るべし。

 微妙な感慨に浸りながら一階に辿り着けば。


「――です」

「うん……」


 聞こえてくるのは、ひそひそとした話し声。

 どうやら廊下を曲がった先で、誰かが話しているみたいだった。

 似たようなことをして痛い目に遭ったばかりなの、懲りない自分に呆れつつも、柱の陰から少し顔を出して覗いてみる。

 すると、御珠様のそばに居た二人の白い子狐が廊下に立って、何やらこそこそ話をしているのが見えた。

 あれは確か……都季(とき)と、灯詠(ひよみ)か。

 その表情は二人とも真剣そのもので。何を話しているんだろう?


「ああ、御珠様はご無事でしょうか……。気がかりでなりません!」

「御珠様なら、きっと大丈夫」

「そうは言いますが、都季。相手は人間なのですよ?」

「いざとなったら……私達が」

「ええ。御珠様をお守りしなくてはなりません」


 二人の狐は、顔を合わせてこくりと頷く。

 どうやら元気な高い声で、ですます口調の子狐の方が灯詠、落ち着いた声で、口数がやや少ない子狐の方が都季の様だ。


「しかし……人間と二人きりになって、御珠様は一体何をなさっているのでしょうか?」

「分からないけど、きっととても重要な事」


 確かに二人きりで、とても重要なことをしかけていたけれど。

 子供に教えて良い類のことではないな……と、俺は苦笑する。


「「うーん……」」とお互いに頭を悩ませて、想像を巡らす子狐たち。なんか和むなあ……。


 さっき二階で出会った時には、二人の外見はとても良く似ているように思えたけれど。

 こうして明るいところでちゃんと見てみれば、声だけでなく表情や性格も結構違う様だった。

 灯詠の方は表情が外に現れやすく、やや強気で、反対に都季の方は冷静で、あまり表情を表に出さないらしい。灯詠の方はつり目で、都季の方はジト目と表せるかもしれない。


「それよりも」


 ふと、何かを思い出したかのように灯詠が顔を上げる。悪戯っぽくにやにやしながら。


「都季。見ましたか、あの人間のあほ面!」

「まごうことなき馬鹿面」

「私はびっくりしました。都季。人間というのは皆、あそこまで間抜けなのでしょうか?」

「違う。きっと、あいつはその中でも特別馬鹿」

「その通りなのです!」

「見れば分かる」


 程度の差こそあれど、けらけらけらと二人は笑っている。

 そりゃあもう、楽しそうに。

 和むとかさっきは思ったけれど……前言撤回。

 たかだか子供の悪口なのに、いや、だからこそストレートに心に突き刺さる。

 いや、アホかもしれないけど、そんなにアホ面ではねえよ、と言ってやりたくもなる。

 が、もう少しだけ聞いておくことにしよう。


「あんなやつ、御珠様には全くふさわしくありません」


 嘆かわしそうに灯詠がため息を吐く。都季も目を伏せた。


「まさに、月とすっぽん……」

「いいえ、都季。それよりも更にずっとずっと差があります」

「……御珠様、かわいそう」


 俺のことを呼びつけたのは、その御珠様だったんだけど……?


「このお屋敷に来たからには、あの人間にも自分の立場というものをわきまえさせないといけません!」

「人間の、勝手にはさせない」

「だから、私達がいっぱいいっぱいこき使ってやるのです!」

「下僕」


 ……。


「誰が下僕だって……?」


 ぬっと俺は二人の背後に姿を現す。


「「!!!」」


 完全に俺の気配に気付いていなかった、都季と灯詠は鳩が豆鉄砲を食らったような顔を浮べ。

 そして、その後すぐに。


「「わーっ!」」


 驚いて、だーっ、と廊下の向こうへと一目散に逃げていく。

 どてっ。

 けれど廊下の途中で、灯詠の方が転んでしまった。


「お、おい、大丈夫か?」


 慌てて俺が駆け寄ろうとすると、目元に涙を浮かべた灯詠は、膝をさすりながらすぐに立ち上がる。


「うう、おのれ、人間めーっ!」

「灯詠、早く」

「覚えておくのです!」


 それから二人は、ぴったりのタイミングであっかんべーをして。

 そのまま廊下の彼方へと走り去ってしまった。まさに台風一過だった。

 そんなに脅かすつもりはなかったんだけどな……。そう思う一方で、してやったりという感情も混ざる。


 す……と狐火が再び動き出し俺は後ろをついていく。

 長い廊下の途中で、狐火が左に曲がった。


「!」


 そこで俺はまたしても、ぴたりと足を止める。

 俺を助けてくれたあの猫の女の子が、廊下を曲がった先を歩いていた。

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