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第七十三話 迷子にならないで

 お屋敷の門を潜ると蓬さんは左に曲がって、お屋敷の前を横切る道を真っすぐ進んでいく。

 地面はアスファルト……じゃなくて土で、道路の幅は車が二台通れるぐらい。両脇には平屋が立ち並んで、垣根が遠くまで連なっている。

 からん、ころん、と子気味良い下駄の音。


「もうちょっと進んで、たばこ屋さんの角を曲がれば商店街だよ」


 と、俺の右隣を歩く蓬さんが道の先を指し示した。

 たばこ屋さんはまだ見えないけど、今日のお買い物の目的地、活気あふれる商店街が有るという気配は何となく伝わった。


「ちよちゃんが案内してくれたのは、この道だったのかな?」


 という蓬さんの質問。ちよさんが案内してくれた……というのは、あの日の事だ。


「いえ、確か、もっと細い路地を通った気がします」


 あの時は夜だったし、焦っていたからよく分からなかったけれど、こんなに道幅が広くはなかったはず。だけど今歩いている通りからはいくつも路地が分かれていて、正直言ってさっぱり思い出せない。


「それなら、覚えていないのも当然だね」


 そして蓬さんは、近くに有った路地をちらっと覗く。細長い路地は夜じゃなくても薄暗くて、独特の、ひっそりとした雰囲気を醸し出している。

 俺は少しだけ体温が下がった様な気がした。


「この街には小さな道が、数えきれないぐらい有るんだよ」


 と、どこか誇らしげに語る蓬さん。沢山の細い道が、絡まり合って街が出来ている――どことなく、沢山の廊下が張り巡らされてる御珠様のお屋敷に似ている。


「かくれんぼや鬼ごっこにもってこいですね」


 なんて子供っぽい感想を抱く。もしも幼い子供がそんな街にやって来たとしたら、居ても立っても居られないな。きっとすぐに、あっちこっちを走り回るはずだ。

 多分都季と灯詠も、毎日街中を駆け巡っているんだろう。


「ふふ、この町の子供達は中々捕まらないよ?」


 やっぱり子供達にとっても、入り組んだ構造の街は絶好の遊び場になっているらしい。


「不思議なものでねえ。小さい頃の方が、細かい道がどこに続いているのか、手に取る様に分かるものだよ」

「もしかして蓬さんも、この辺りで沢山遊んだんですか?」

「うん。街中が遊び場だったよ。犬の子は足が早くて、猫の子は道に詳しくて……色んな子達が集まって、皆で毎日冒険をしていたんだ」


 蓬さんが懐かしそうに目を細める。その視線の先に、まるで小さい頃の蓬さんを見つめる様に。

 当たり前のことなんだけど、蓬さんも子供だったのだ。それこそ、都季や灯詠みたいにやんちゃだったりもしたのかな。お屋敷の人達は、どんな子供だったんだろう。


「もうちょっと進んで、たばこ屋さんの角を曲がれば商店街だよ」


 蓬さんが道の先を指し示す。目を凝らしてみると、確かにたばこの絵が描かれた赤い看板が掲げられていた。


「本当は御珠様の狐火の方が、道案内は得意なんだけどね」


 なんて蓬さんは謙遜をした。このお屋敷に来たばかりの日、御珠様の狐火に導かれてこの屋敷の案内をして貰った記憶が蘇ってくる。あれは本当に助かったけど……。


「街中で狐火と一緒に歩いてたら、目立ちませんか?」


 想像してみると中々強烈な絵柄だ。買い物をしている自分のそばを漂う狐火……見るからに不審者だった。


「ううん。残念だけどそもそも、御珠様の狐火は昼間は家の中でしか使えないんだよ」


 確かに、暗がりじゃなきゃわざわざ呼び出さなくても良いもんなあ。


「今日は大丈夫だと思うけど。もしも私とはぐれて迷子になっちゃったら、誰かに道を訊くんだよ?」

「分かりました」


 とは答えたものの。うーん、この年で迷子はちょっと、いや、かなりアレだな……。


「それか下手に動いたりしないで、どこかでじっとしていて。夜までに狐火か、誰かが迎えに来るのを待っていること」


 暗がりに包まれて行く町の中で一人取り残される寂しさを想像して、背筋が冷える。

 迎えに来てくれたとはいえ、狐火が突然現れたら非常に心臓に悪い気がしてならない……。


「待っていれば、か、必ず来てくれますよね」


 我ながら情けない質問だった。だけど、どうしても訊いておきたかった。


「まあ、きっと、景君ならそもそも迷子にならないから、大丈夫だよ」


 ぽん、ぽん、と蓬さんが肩を叩いて励ましてくれる。

 絶対に、迷子に、ならないこと。俺は心の中で買い物メモにそう付け足しておいた。


「さて、いよいよ商店街だよ!」


 蓬さんの声が一層威勢が良くなる。耳を澄ませば賑やかな声が近づいてくる気がした。

 鼓動が高鳴るまま俺は角を曲がる。こっちの世界に来たあの時以来の商店街だ。


「おぉ……」


 思わず声が出る。角を曲がった先、大きな道の両脇にはずらっとお店が立ち並んでいて。賑やかな接客の呼び声だったり、通行人の話し声だったり、太鼓の音色すらどこからか聞こえてくる。

 商店街は沢山の人で溢れていて、ちっとも寂しくなんかなかった。

 あの夜の妖しい雰囲気はすっかり消えていて、恐怖感がすっと引いていく。


「どうかな? この町で一番の場所の感想は」


 蓬さんが誇らしげに鼻を高くする。


「活気が有って、楽しそうなところですね!」

「ふふ、そうだろうそうだろう。……景くん」


 だけど。それまで高揚していた蓬さんの表情に一瞬、ほんの一瞬だけ影が差して。


「何が有っても落ち着いて。迷子にならないでね」


 と、強い口調で念を押された。


「? 分かりました」

「うん、それならよろしい!」


 と俺の背中をぽんと軽く叩く蓬さんはいつもの様子に戻っていて。気のせいかな? と思いながら俺は違和感を受け流した。


「それじゃあ、まずは八百屋さんに行こう」


 という言葉のままに蓬さんは歩き出す。俺はついていきながら、ふとメモを鞄から探っていると……。

 ドンッ。

 肩に走る軽い衝撃。いけない。メモに気を取られてぶつかってしまったみたいだ。


「ごめんなさい!」


 俺は咄嗟に顔を上げて謝った。ぶつかったのは耳が大きくて丸い、白くて小柄な鼠の獣人の男の人だった。


「あ、あ……」


 だけど。様子がおかしい。振り返ったその人は俺の顔をじっと見て。その体は小さく震えていて……。


「ご……ごめんなさい! 本当にごめんなさいっ!」


 と、何回も深々と頭を下げて焦った様子で、走り去ってしまった。

 ? 俺が悪いんだから、そんなに謝ることないのに……。もやもやとした気分のまま、前を向く。

 するとすれ違いざまに三毛猫の獣人の女性と、目が合った。


「あ……」


 その女の人ははっとした表情になって、それから急に早足になってたたた……と走り去ってしまった。

 心の奥底で、黒いモヤモヤとした感情が、生まれてくる。そんなもの、感じたいはずが無いのに。

 ……。

長い間お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした……。

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