第七十話 泉澄神社の――
あっという間に日は暮れて、今日もお屋敷の皆がお茶の間に集まって、晩御飯の時間がやって来た。
「お待ちどうさま~」
「ごはんの時間ですよ」
蓬さんとちよさんが、台所から運んで来た料理をちゃぶ台の上に並べていく。
今日の晩御飯の献立は、なすの煮浸しと、魚の塩焼きとこんにゃくのみそ田楽。何となく夏を感じさせるメニューで、ますます食欲が湧いてくる。号令が待ち遠しい。
「それでは、手を合わせて」
長いちゃぶ台のお誕生日席の位置に居る御珠様の声が響いて、いつもの様に俺はいそいそと手を合わせた。
「と、……その前に一つ連絡が」
だけど。御珠様はふと、何かを思い出した様に合わせた両手を離してしまった。
「「?」」
こんなことは珍しいから、俺の左隣に座る灯詠、それからその正面に座っている都季は不思議そうな……というか明らかに、早くご飯を食べたい、っていう表情をする。
やっぱりまだまだ子供だなあ、なんて思っていると、コホン、と御珠様が咳ばらいをして。
「今朝伝えた通り――」
それから、落ち着いた声で話し出した。
「街の、泉澄神社の凛が今日、この屋敷に来てくれてな。様々なことについて、黄昏時辺りまで話し合ったよ」
結局あの後も御珠様と凛さんの会合は続いたらしく、ようやく終わったのは日が沈む頃だった。
――あんなに長い間、二人だけで何を話し合ったんだろう? その疑問が一日中、ずっと俺の頭の中をよぎっていたのだ。
「と、言ってもまあ、大きな話題は一つだけだが」
一つだけ……と、いうことはきっと、かなり重大なテーマだったのだろう。ますます興味が湧いてくるのを実感していると……。
「ふふ、そんなに気になるか? 景」
御珠様がこっちを向いて、口元に袖を当てて笑った。
「い、いや、えっと……はい」
い、いけない、そんなにうずうずしていたのか……。だけど、誤魔化しても仕方がないので、俺は素直に頷いた。
「………それも然り」
と、右隣に座る十徹さんが頷いて。
「そりゃあ気になるよねえ、景君」
十徹さんの正面に座る蓬さんが、朗らかに笑った。
どうやら蓬さんと十徹さんは話し合いの内容を知ってるみたいだ。
「楽しみですね……!」
と、俺の正面に座るちよさんがほころんで。その優しい笑顔に、胸がちょっと熱くなる。
うずうずとしているちよさんの様子から、きっと、とても良い内容の話し合いだったのだと感じる。
「都季、御珠様は凛と何を話し合ったのでしょう……?」
「……おもちゃ屋さんを、沢山建てる計画だと…………」
「えっ……で、でも、そんなに有ったら、どこに行くか迷ってしまうのです……!」
「……嬉しい悩み…………」
と、子狐達はちゃぶ台の端っこの方に寄ってひそひそと話していて。
「ふふふ、知りたいか、おぬしたち?」
そんな皆の様子を見て、御珠様はますます楽しそうに話し掛ける。
「「「はい!」」」
と、速攻で部屋の隅から帰ってきた子狐達と返事がかぶってしまった。そりゃあもう、知りたいに決まっている。一体、どんな話だったんだろう……!?
「なるほどなるほど、そうじゃのう……」
と、御珠様は声の調子を崩さずに言うけれど。実は、九本のしっぽがぱたぱたと、元気に揺れていて。
ああ、御珠様の嬉しいんだな……って、伝わってきて、暖かい気持ちになってくる
「それでは、発表することにしようかのう」
そして御珠様が、居住まいを正して。
「実は……」
静かになったお茶の間の空気は、少しだけ緊張しておる。
「実はじゃのう」
俺はただ息を呑んで、御珠様の言葉を待つ。
「今年も予定通り――」
そう言い掛けると御珠様は一瞬、語るのを止めて。
「泉澄神社の夏祭りが開催されることになったぞ」
そして、こう告げたのだった。
「「やったーっ!」」
都季と灯詠がぴょんと飛び跳ねて、ハイタッチをした。
「そろそろ、そんな時期でしたね……!」
ちよさんも楽しそうに、ゆらゆらと長いしっぽを揺らしている。
お祭り……お祭りか……! 自然と心が躍って、無性に嬉しくなってくる……!!
なるほど、だから巫女さんの凛さんと打ち合わせをしていたんだ……! そう、思いながら御珠様の方を見ると。
「更に今年は、もう一つ知らせが有る」
御珠様は更に、こう付け加えたのだった。
? もう一つのお知らせ? 何だろう……と思いながら周囲を見れば、今度はちよさんもきょとんとして、ぱちぱちと瞬きをしている。子狐達も不思議そうに、首を傾げていた。
蓬さんと十徹さんは、普段とそれほど変わらない様に見えるけど……。
「……なんと、今年はだな、特別に――」
御珠様の口調がまた、ゆっくりになって。お茶の間に、緊張が漂う。
お茶の間が静かになったせいか、早くなった自分の鼓動が聞こえてくる。
そして御珠様は、焦らす様に少し間を置いてから……。
「――このお屋敷の者も一緒に、お祭りの準備を手伝うことになった」
にっこりと笑って、こう告げたのだった。
「「……えっ?」」
子狐達が、意外そうな声を上げる。ちよさんも大きな目を丸くしている。
「え、えっと……もしかしてそれって、今年が初めてなんですか?」
都季と灯詠と、ちよさんの反応からしてそうみたいだけど……まだ今一つ事情を把握できていない俺は、右手をそろっと挙げて御珠様に尋ねた。
「うむ。どうやら今年は、神社の氏子だけでは人が足りぬらしくてのう」
きっと、御珠様にとっても予想外の話だったんだろうことが、何となく気配から伝わってくる。
「それならばと、わらわも手を挙げた次第なのだが――」
そして御珠様は、ちゃぶ台の周りに座るお屋敷の皆を見て。
「――おぬしたち、お祭りの成功の為にも、是非とも手伝ってくれんか……?」
それから決め手となるセリフを、一つ。
「もし手伝ってくれたなら、素敵なご褒美が出るのだが……」
「「やります!」」
子狐達が我先にと手を挙げてちゃぶ台から体を乗り出した。そりゃあもう、凄まじい勢いで。
『ご褒美』パワー、恐るべし……。
「そういう事情なら、勿論協力しますよ」
蓬さんがうんうん、と納得した返事をして。
「ふふ、蓬はお祭りが大好きじゃからのう」
御珠様が、リラックスした様に扇を広げた。
「い、いや、そんなことは……」
と、否定するのとは裏腹に、確かに蓬さんの太いしっぽはぶんぶんと楽しそうに揺れていて……。
「景がいるからって、別段かっこつける必要はないのじゃぞ? いつもは祭りと聞くとあんなにはしゃいで……ん、」
「……御珠様……!」
慌てて蓬さんが御珠様の口を塞ぐ。だけどしっぽは左右に動いたままだ。
「ははは、すまんすまん」
蓬さんをからかっている時の御珠様はいつも以上に生き生きしているなあ……と、俺は蓬さんに同情しながらそんなやり取りを眺めている。悪びれもなく御珠様が謝る蓬さんは『まったくもう』、と言って座るけれど、表情は緩んでいて。
二人とも、本当に仲が良いんだな……と、和やかな気持ちになる。
「御意」
静かにその様子を見守っていた十徹さんの表情も穏やかで。十徹さんも、お祭りが楽しみなんだということが、はっきりと伝わってきた。
「さて、と」
そして、御珠様はこっちを向いて。
「どうじゃ? ちよと景は。協力してくれるか?」
そんな問いかけに、ちゃぶ台をはさんで向かい合わせに座るちよさんと俺は、目を合わせる。
――そんなの、決まっている。
「「やります!」」
「ふむ。良い返事じゃのう!」
と御珠様は言うと、ほっとした様な表情を浮かべて。
「皆、協力ありがとう。まあ、日取りはもう少し先だから、詳しい話が分かれば連絡するぞ」
それからすぐにうずうずとした様子で、お酒が並々と注がれた盃を持って立ち上がる。
「それよりも! お祭りの開催決定を祝って……」
そして、意気揚々と盃を掲げて――。
「乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
陽気な声が、お茶の間に響き渡った。
◆ ◆ ◆
そして、夕食後。
風呂から出た俺は、自分の部屋に向かって縁側を歩いていた。今日も風に頬を撫でられる。涼しくもなく、暑くもなく。この季節を表した様な風だった。
長い長い縁側の先に誰かが腰掛けているのが、遠くから分かる。
「あ、景さん」
「こんばんは、ちよさん」
ちよさんは庭を眺めながら、灰色がかったセミロングの黒髪を櫛でとかしていた。横顔が月明かりにほんのりと照らされている。グレーと白の混じった頬の毛が、風にほのかに揺れている。
「楽しみですね、お祭り」
夕食の発表から何時間もたっても、まだ喜びが抑えられない自分がいる。どうして、どうしてこんなに嬉しいんだろう? それが、自分でもよく分からなかった。だって……。
「はい! お祭り、大好きです……!」
熱が続いているのはちよさんも同じらしく、口調は弾んでいて、大きな耳がぴんと立っていた。
「景さんもお祭りに、よく行くのですか?」
「えっと……」
ちよさんのそんな質問に、ちょっと恥ずかしくなって、言い淀んでしまう。
実は……。
「実は……殆ど初めてなんです。お祭りに行くの」
そう、俺は今までお祭りに行ったことが無かったのだ。有ったとしても、本当に幼い時に一度か二度ぐらいで、はっきりと記憶には残っていない。そもそも今まで、お祭りに興味を持ったことなんて、殆ど無かったはずなのに。
なのに、それなのに、どうしてこんなに嬉しいんだろう?
その理由が分からなくて、純粋に楽しみな一方で少し戸惑ってしまっても居たのだ。
「そうなんですか……!」
するとちよさんは、エメラルド色の瞳をきらきら輝かせて。
「お祭りには、おいしいものや、楽しいものが沢山有るんですよ……! 射的に、ヨーヨー釣りに、型抜きに、ひもくじに――」
それから浮き浮きとして、お祭りの屋台の名前を一つ一つ指折り数え始めるのだった。
こんなにはしゃいでいるちよさんを見るのは初めてで、新鮮だった。そして……やっぱり、ちよさんは優しいな……と、改めて思う。
射的、ヨーヨー釣り、型抜き、ひもくじ。
どこかで、聞いたことが有る遊びだ。その一つ一つを想像すると、楽しくなってくる……!
「たこ焼きに、大判焼きに、水あめに、イカ焼きに――」
「晩御飯を食べたばかりなのに、お腹が空いちゃいますね……!」
その言葉の通りに、一気に空腹に引き込まれている俺が居た。夜、賑やかな雰囲気の下で食べる食べ物はきっと、格別なんだろう。ああ、考えていると更に腹が減る……!
「まだまだ、沢山の屋台が有るんですよ……! 輪投げ、たい焼き、かき氷、お化け屋敷に……」
どうやら、泉澄神社のお祭りはかなり大きく、両手じゃ全然足りないぐらいの数の屋台が出るみたいだ。
「りんご飴、わたあめ、滝撃ち、輪投げと、それから……」
? 一つだけ、聞いたことの無い名前が……?
「た、たきうち……ですか?」
「はい。滝撃ち以外に、川すくいも有るんですよ……!」
滝撃ちと、川すくい。他のものは大体想像がつくけれど、この二つだけは今までに聞いたことの無い……よな……。もしかして、この世界のお祭りに独自の屋台とか……?
「その滝撃ちと、川すくいは、どんな内容なのですか……?」
「そうですね、二つとも泉澄神社の伝統の――」
と、ちよさんは言い掛けて。だけど、途中でぴたっと止まって。
「これは、お祭りまで……取っておきましょう。とっても楽しい屋台ですよ!」
ちょっと悪戯っぽく笑って、しっぽをくいっと揺らしたのだった。
「期待が膨らみますね……!」
何にも知らないままで楽しみに取っておいた方がきっと、本番もっともっと楽しめるな……!
……とは思う一方で、気になって気になって仕方がなくなってくるのもまた事実。
滝撃ちと川すくい。何となく分かるようで、分からないネーミングだ。水にまつわる遊びだってことは伝わるけど……。
「私たちがお祭りのお手伝いをするのは、今年が初めてなんです」
「あっ、やっぱりそうだったんですか」
「この街で一番大きな行事なので、びっくりしちゃいました」
「お祭りのお手伝い……楽しみだけど、ちょっと緊張しますね……!」
「だけど、とっても、わくわくします…………!」
その後もちよさんと、お祭りの話題で盛り上がりながら、夜は更けていく。
本当に、待ち遠しいな、夏祭り……!




