第七話 衝撃発言!
「わらわとまぐわおうぞ?」
確かに今そう言った。御珠様は。
……まぐわう。うん、まぐわう。
いや、でも……。
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……え? 御珠様?
「えっと、それって……」
「あ、すまんすまん、分かりにくかったな。つまりわらわと交び……」
「わーっ!! 分かります、分かりますから!」
言い掛けた御珠様をとっさに制止する。
……いや、いやいやいやいや、いくらなんでも急すぎる。
そもそも、これまでの話の流れはどこに行った? 何でこのタイミングで? 俺の質問の答えはいったいどこに?? まずい、頭がショートしそうだ……!!!
「どうだ?」
うずうずと、待ち遠しいかのように軽く体をよじらせ、俺を見つめている御珠様。
……どうだって、言われても。
「いや、本気、ですか……?」
困惑と疑問に脳内を埋め尽くされながらも、とにかく、訊く。
「当たり前であろう?」
むしろ自信たっぷりに御珠様に答えられ、もうこれ以上は何も言えなくなってしまう。
どうやら、ただの戯言ではないらしい。でも、それって、本気ってことだよな……。
御珠様と、まぐわう。初対面でいきなり。何の脈略もなく。
……罠だ。これは流石に罠だ。
頷いた瞬間に呪われるに決まっている。狐に騙される愚かな人間のテンプレだ……。
「あのですね……それは」
無理ですね、と冷静な内に丁重にお断りしようとすると、
「ふふふ、わらわじゃ嫌かのう?」
御珠様はわざとらしく身をよじって、更に胸元をはだけさせる。
もう少しで、見えてしまいそうになぐらいに。
「おぬしずっと、ここを見ておったじゃろう? 誤魔化そうとしても、無駄だぞ?」
指摘され、俺は否定することが出来ない。
確かに御珠様からずっと目が離せないのは、事実。
胸のことを抜きにして考えても、何度見ても、やっぱり御珠様は美人で……妖艶なのだから……。
大きくてもふっとした胸に、背中からお尻、しっぽにかけての曲線に、太ももに整って美しい狐の顔……。
見ていると、何だかとてもいけない気分になって……って、違うだろ。
馬鹿か。馬鹿なのか俺は……。エロいことしか考えられないのか!
……というか、それ以前の問題として。
仮に獣人と言っても、相手は狐だぞ、ケモノなんだぞ!
まずいって、ケモノと交わるなんて! いきなり跳躍しすぎだって!
そもそも、初めてがケモノって……いや、何回目だろうとケモノが相手なのはマズいだろ……!
……頭の中で色んな感情が交錯して、訳が分からなくなってくる。
俺が何も答えられないでいると、
「……なんじゃ、つれない奴じゃのう」
御珠様はがっかりとした様子で、はだけた着物を元に戻そうとする。
「いや、その、」
しかし放っておけばいいものを、浅野景という名前の馬鹿は反射的に呼び止めてしまう。
……あれ?
「? どうした? しないのでは無かったかのう?」
すると御珠様は待ってましたと言わんばかりに、尋ね返してくる。
「……えっと、いや……やっぱり」
そんな返事になっていない様な返事をしてしまう。
いや、ちょっと待てって。お前それはマズいだろ……。
と、冷静な自分が全力で引き留めようとするけれど、哀しいことに全く心に響かない。
「よいよい。嬉しいぞ、景」
御珠様はあっさりと頷いて、顔を扇で隠しながら手招きする。沢山のもふもふのしっぽが、それぞれぱたぱたと揺れて大変なことになっている。
立ち上がって、御珠様のそばに寄る。不思議なことに殆ど何の抵抗もなく、気持ちは完全にそっちの方に向かってしまっている。
御珠様の胸は、近くで見てもやっぱり凄かった。見ているだけで、のぼせるような気分になってくる。だけど、それを抑えることもできない。さっきまで引き留めてくれていた冷静な自分は、呆れてどこかに消えてしまった……。
「まずは、接吻からいたそうぞ」
そう言って御珠様は右手を俺の頬に当て、口をゆっくりと近づける。御珠様の手首より先の毛は明るい茶色になっていて、ふわふわしている。
狐の長いマズルをこんなに間近で見るのは初めてかもしれない。
ちゅ、と御珠様の口と俺の口が触れ合う。
あ……そうか。
今、もしかして、妖術でも掛けられてるのか……。これは俺の本心じゃなくて、御珠様によって、心を操られているのでは……? ようやくそのことに思い至る。
けれど。まあ、どっちでもいいか……。どうせ、確かめようのないことなんだから。
どのみち、感情の昂りがもう抑えられないのだから。術だろうとなんだろうと……。
「ん……」
御珠様の舌が、口の中に入ってくる。熱くて、柔らかくて、とろとろして、凄い気持ちいい……。溶けてしまいそうなぐらいに。
マズルが長いからだろうか御珠様は舌も長くて、俺の舌は激しく蹂躙される。
「どうだ? 気持ちいいか?」
「は、はい、とっても……」
「接吻は初めてか?」
「……はい」
「そうか。存分に味わうがよいぞ」
御珠様が舌の動きをさらに激しくする。
惚けるように、頭がぼーっとしていく…………。
◆ ◆ ◆
「ん、終いじゃ」
そして長いキスが終わり、御珠様が俺から顔を離す。
「ふう……」
俺はようやく息をついた。既に体力がかなり消耗してしまっている。
す、凄かった……。まさか、こんなにも気持ちいいなんて……。
「良いぞ、景。それでは、本番に……」
御珠様が着物の帯に手を掛ける。
何も今のが全てではない。あくまでキスは、その前座に過ぎない。
本番が今から控えている。……本番が。
…………。
………………。
……………………。
『本番』。
その言葉が妙な重みを持って来る。じわりじわりと、心に重圧がのしかかり浸食していく。
本番っていうことは、つまり……今から、本当にまぐわうっていうことだ。
言うまでもない。他に何がある……?
……まぐわんだよな? 今から、実際に、御珠様と。
……そうだよな?
………………。
思考が停止する。
…………。
えっと……。
「す、すいません、御珠様、」
俺は慌てて、するすると帯をほどき始めた御珠様に話しかける。
「どうしたえ?」
「その……ごめんなさい。非常に、申し上げにくいのですが……」
「うぬ?」
「……やっぱり、続きは少しの間……考えさせてもらっても……本当にごめんなさい……」
言い切った瞬間に凄まじく後悔する。
え、ちょっと待て、何言ってんだここまで来て……。
「ふふ、構わんぞ」
特にショックを受けた感じもなく御珠様はそう言って、俺の要望はあっさりと通ってしまった。
……どうしてこうなった。
途端に始まる反省と自己分析。
やっぱりなんかおかしいって。何で断ってんだよ……。
…………。
……もう何年も嫌でも自分と付き合っているのだ、理由は何となく分かる。
御珠様が狐かどうかは、全く関係がない。相手が獣人であろうと人間だろうと、誰であろうと、きっと俺は同じ行動をしていただろう……。
雰囲気に流され、一度は承諾して気分も乗っていたものの……いざ間際になって、心の準備不足が祟って、急激に怖くなってしまったのだ。これまでに何度も似たような経験をしたことが有る。
直前で断るというところが、また、どうしようもなく情けない……。
断るなら最初の段階で断れよ……。御珠様にも失礼だろ……。
いやでも、仮に術を掛けられてたのなら、最初から断るのは無理だったか?
けれど、そうなってくると、御珠様の術を跳ねのけるほど俺のチキン精神は強固だったということになるが……。全然嬉しくない。
いや、でも、断って良かっただろ、少なくとも今は。いくらなんでも急すぎるのだ。無理だ、心の準備なんて。だって、まだ、何か怖いし、そもそも罠だったのかもしれないし……。
すぱっと諦めることが出来ず、そんな風に後になって断った理由を正当化しようとするところも、われながら潔くなくて、哀れだった。
――そんな自虐状態に俺が陥っていたことに、御珠様が気付いていたかどうかは分からない。
「しかし、それでは困ったのう」
あっさりとした口調で御珠様は言う。
「わらわがおぬしを呼んだのは、まぐわうためなのだぞ?」
……はい?
「では、おぬしはどうすればいい?」
「………」
……それはむしろ、俺の方が聞きたかった。