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第六話 狐は祟る?

『しかし、そいつと二人きりなど、危ないですよ!』

『何をされるか……』


 御珠様の呼びかけに都季(とき)灯詠(ひよみ)は首を振り、すぐに従おうとはしなかった。


『何、大丈夫だから』


 けれど朗らかに言う御珠様にほだされて、結局白狐達は渋々部屋を後にしていった。

 十徹さんも音もなく、静かに立ち去った。

 そして今、この妖しく暗い畳の部屋に居るのは、屏風の前に座り扇を広げてくつろぐ御珠様と、正座した俺だけ。


 二人っきりになって多少は緊張が和らぐと思っていたけれど……その真逆だった。全身ががちがちに固まって凝って、足が痺れて、鼓動も異様に早くなっている。

 御珠様が黙ってしまってから、既に五分以上は経っている。

 ……正直言って、かなり辛い時間だ。

 これまでの御珠様の言動から、質問にはあっさりと答えてくれるとばかり思っていて、完全に油断していた。

 こういう重要そうなことは、もっとタイミングを見計らって尋ねるべきだったのに……。

 いや、それ以前にあの質問自体がマズかったのか? 絶対に訊いてはいけない類のものだったのか?

 もしそうだったとしたら、何て、馬鹿なことをしたんだ、俺は……! 自分から地雷を踏みに行ったのと同じじゃないか!


 そもそも話が通じるからと言って、御珠様が安全な相手と決めつけるのは早過ぎるのに……。

 さっきの御珠様の『取って食わない』という発言だって、それが真実だという証拠はどこにも無い。ただ俺がそう感じただけ。恐らく本当に食われることはないにせよ、それ以外のひどい目に合わされる可能性は十分、有る。


 逃げたい。一刻も早く、この場から逃げ出してしまいたい。

 この世界に呼ばれた理由なんて教えてくれなくても良いから、この場から去りたい……! だけど、自分から質問した以上、ここからはもう、逃げ出られない……。


 本当は、大体の所は察しがついていた。ただ、一応確かめるために質問をしただけだった。

 御珠様が俺を連れてきた原因。そんなの、決まっている。

 俺があの無人の通りに建つ家の中で、御珠様が話している所を覗いてしまったからだ……!


 やはりあれは何か重要な、内密な会話だったのだ。それなら当然、それを盗み聞きした俺を黙って帰すわけにもいかず……。こっちの世界へと呼び込んだ…………罰を、下すために。

 違うと信じたい。だけど、そうとしか考えられない。考えられないなら、自分から訊くことはなかったんじゃないか? 何も、死に急ぐことは無いのに……!


 過去のことを悔やんでも仕方ないとは分かっている。だけど、未来の想像もまた、とてつもなく不気味だった。止せばいいのに、良くない考えが徐々に肥大していく。


 罰。……罰。

 罰って、例えばどんなやつだ……?

 ――呪い?

 民話や伝承に限らず小説でも漫画でもアニメでも、狐はよく呪術を使って、人を祟っている。

 多分御珠様なら、人を呪い祟る術など片手間にできてしまうだろう。

 祟り。呪い。

 具体的なイメージが沸かないからこそ、余計に怖い……。


 けれど、今の俺にはどうすることもできない。

 今更逃げても逆効果だ。そんなことをすれば、より罰が重くなるに決まってる。

 第一にどこに逃げればいい? どこかあてがあるはずもない。

 結局、抗うことも出来ずここでひたすら待つしか……ない、のか。

 馬鹿だ、馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ、こんな状況になってもどうにかなるって、俺は心のどこかで甘ったれてたんだ。もっと慎重に、慎重になるべきだったんだ……。

 誰もいない街、とおりゃんせの歌、沢山の獣人たち。

 頭の中ではぐるぐるとこれまでの記憶が駆け巡っている。


 だけど、いくら自分に呪詛を吐いても、状況は変わらない。

 深い恐怖がまとわりついて、離れない。

 ギュッ……と拳を強く握って、正気を保とうとする。

 油断するとすぐに、何かに、呑まれてしまう。


 ――そして、ついに。


「……のう」


 永遠に思えるほどの沈黙を御珠様が破った。


「は、はい」


 俯いていた顔を上げる。体の震えを抑えるだけで精一杯だった。

 御珠様は今、目を細めて幽かに微笑んで、惚けている様な、うっとりとしている様な、楽しんでいる様な表情に見えて……。

 その姿は、物語の中でよく見かける、人間を騙し、たぶらかそうとする化け狐の姿に完全に一致していた。

 やっぱりだ。今から御珠様は俺に呪いを掛けて、楽しもうとしているんだ……!


「おぬし、」


 御珠様がそこで、一旦言葉を切る。

 そんな御珠様から、目が離せない。それはさっきの様な、妖艶だからとか、見とれているとかいう呑気な理由じゃなくて……もっと本能的な、警戒心だ。

 ……覚悟は、できていない。だけど、待ったをかけることもできない。

 せめて、せめて罰が軽く済めば……。

 そんな風に黙って祈ることぐらいしか、最早俺にできることは無かった。

 体が震えている。頭がくらくらする。呼吸がおかしくなっている。

 心臓が、爆発してしまいそうだ……。

 …………。

 ――そして、その時は訪れる。


「わらわと……」


 御珠様はじゅるりと、長い舌で一回舌なめずりをして。

 にっこりと、何故か爽やかに微笑んで、言った。


「わらわと、まぐわおうぞ?」


 ……え?

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