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第五話 禁断の質問

『獣人の世界に来た、初めての人間』。


 受け入れざるを得ない不思議な説得力を持った御珠(みたま)様の言葉。突きつけられる現実。

 もうこれ以上、否定はできなかった。

 本当に、俺は、獣人が暮らす異世界に来てしまったんだ……。


「ふふ、驚いたか?」

「…………はい」


 疑っていても仕方がない。そう思い知らされてしまう。

 ……それよりも、これからどうなるかが大切だ。

 でも、それを意識し始めると今度は急速に不安に襲われる。

 一体、一体どうなるんだ、俺……。


「安心せい、誰もおぬしを取って食おうとは考えておらんよ」


 そんな様子を察したのか、それとも……俺の心を読んだのかは分からないけれど、御珠様は安心させるような優しい声で話しかけてくる。

 明らかに、迂闊に信用したら絶対にいけない類の言葉だった。

 民話に出てくる化け狐が、人をたぶらかそうとする状況に、今は非常に似ているのかもしれない……。


「……そうですか」


 けれど、俺はその言葉を素直に受け取ることにする。

 御珠様が、良い人か悪い人かは、まだ判断できない。

 けれど、少なくとも今、嘘を付いているようは見えない。

 ……単なる直感だけど。


「この辺りは、国の交易における主要な街の一つでのう」


 御珠様が扇を広げて、幽かに微笑みを浮かべる。その様子に釘付けになり、心拍数が上昇する。

 いやいやいやいや、待てって、相手は狐だぞ……! 

 と、とにかく今は御珠様の話だけに集中しよう。気を抜けば、魅了されてしまう……!


「わらわは、その大まかな管理をしているのじゃよ。『流れ』を見ている、とも言えるな」

「な、流れ?」


 『流れ』とは。今一つ漠然としていて、ピンとこない。


「そう、流れ。例えるならば、ふむ……人の流れとか、天候の流れとか、物の流れとか」


 どうということは無いという感じに、御珠様は平然と言ってのけるけれど。

 それって、滅茶苦茶凄いことなんじゃ……。


「そ、そんなことが、できるなんて」


 驚嘆の言葉が、無意識の内に口をついて出てくる。


「巫女の一族の御珠様に、これしきのことは朝飯前なのです!」


 すると御珠様の右側に座っている白狐、灯詠(ひよみ)が立ち上がり、えっへんと腰に手を当ててふんぞり返る。


「片手でできる」


 左側に座っている白狐、都季(とき)も誇らしげに鼻を鳴らす。

 これぞ、虎の威を借る子狐。虎じゃなくて、九尾だけど……。


「こら、こら、あんまり褒めるではない」


 御珠様は少し照れたみたいで謙遜しているけれど、その必要は全く無い。

 それが、とんでもない仕事だっていうことは違う世界から来た俺ですら分かるのだから。

 きっと、御珠様は何か術の様な物が使えるのだ。巫女さんの一族だって言ってたし。

 俺を案内してくれた鬼火……いや、狐火もきっと御珠様が作ったのだろう。

 ……そして、恐らくあの歌も。

 術。


「……あの、すみません」


 俺は覚悟を決め、会話が途切れたタイミングを見計らって御珠様に話しかける。


「一つ、訊きたいことが」


 頭の中にずっと引っかかっていた質問だ。


「? どうしたえ? なんでも言ってみるが良いぞ」


『勝手にしゃべるな!』と抗議する灯詠の口を押さえながら、御珠様は不思議そうな顔をしていた。

 ここがどこなのかは判明したし、目の前の人達が本物の獣人だと受け入れることもできた。

 けれど、解決していない大切な疑問がまだ一つ。


「その、俺をこの世界に呼んだのは……御珠様、なのですよね?」

「ああ、その通り」


 その質問に、御珠様は隠すことをせずに即答した。

 俺をこっちに連れてきたのは、御珠様。きっと、術を使って呼んだのだろう。

 ここまでは誰でも予想がつく。

 けれど、本当に訊きたいのはそこではなくて。

 ここからが本題だ。


「でも、どうして俺を、ここに?」


 呼ばれたからには、それなりの理由が必ず有るはずなのだ。

 元の世界に戻れるとしても、……仮に、もう戻れないとしても、それだけは必ず知っておいた方が良いに決まっている。

 いずれ教えてくれるつもりなのかもしれないけど、早く聞いておいて、損はないはずだ。

 単純に気になって仕方がないというのも、ある。大体の目星はついているけれど……。


「うーむ……?」


 けれど、御珠様は今度はすぐには答えてくれず、何かを考えるように宙を眺める。

 ひたすら沈黙が流れ、焦燥は強まっていく。

 ……訊かなきゃ良かった、かもしれない。まさか、絶対にしてはいけない質問だった……?


「……十徹(とうてつ)、都季、灯詠」


 慌てて俺が質問を取り下げようとする前に。

 御珠様は他の人に呼び掛ける。


「すまぬ。しばらくの間、席を外してくれないか」


 その声音は、さっきまでとは違って、威厳の様なものに満ちていて。

 やっぱり、深入りするんじゃなかった。

 今更後悔しても、もう遅い。

 背中を冷汗が伝っている。

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