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第四十三話 白狐のけいりゃく

 雲一つない大空。庭に差し込む強い日差しに目を細める。

 今日は風も吹いてない、良い陽気だ。御珠様が手入れをしている庭の緑も、いつもよりも青々しく茂っている。いつ見ても生命力に溢れている、素晴らしい庭。

 二階の魔窟と同じ人が管理しているとは、到底考えられないぐらいだな……。

 じっくりと庭を見て回ってみようかとも思ったけれど、それよりも。

 俺は縁側を歩いて、そのまままっすぐ自分の部屋の中に入って、障子を閉める。


 やりたいことはもう、決まっていた。

 早速本棚から、この世界でのライトノベルの様なタイプの本――『もっふるさん、風に舞う』と、辞書を取り出して、座椅子に腰かける。ぱらぱらとページをめくると、主人公の山犬の女の子――もっふるさんが、洞窟の中で居眠りしてしまった場面がすぐに見つかった。


 昨日は結局、この場面につられて途中で寝落ちしちゃったんだった。折角のお休みなんだし、今日こそ存分に読書に没頭しよう。

 この世界に特有の文字や漢字が有れば、一つ一つ調べながら。慣れてきたからか、昨日よりも辞書をめくるスピードも速くなってきたみたいで、少し嬉しくなる。

 もっふるさんはとうとう山から下りて、ふもとの町に辿り着く。そして、腹ごしらえに食堂で、大盛り定食三人前を待っていると、隣のテーブルに座っている二人組の男達の話が聞こえてくる――。


『「おい、聞いたか? また出たんだってな」「出た?」「あれだよ、西の果てに現れる――」「ああ、鳳凰のことか……」』『聞き慣れない単語に、もっふるさんはすぐに席を立ち、物怖じせずに男達に尋ねる。「ほうおうって、何のことですか?」』『突然話し掛けられた男達は、最初は面食らって口を閉ざしていたものの……彼女の純粋な視線に、観念した様にぽつりぽつりと語り出した。』

『「鳳凰ってのはな――」』


「「あっかんべ~っ!」」


 読書の世界に突如割り込む無遠慮な大声。頭の中に作り上げられてきた食堂の場面のイメージが、完璧に破壊されて台無しになった。

 ……良いところだったのに。狙い澄ましていた様なタイミング。

 顔を上げれば当然、障子に映るのは、二つの黒いシルエット。筆の様に膨らんだしっぽに、大きな狐耳。

 どっちが都季でどっちが灯詠かまでは分からない。流石は双子、影までも本当にそっくりだ。

 ……まあ良い。所詮ただの悪戯だ。反応せずに放っておけば、その内静かになるはずだ。

 俺は再び本に目を落として、食堂の場面を思い浮かべる。

 それで、鳳凰ってのは……?


「今日の景は、やけに静かですねえ、都季?」

「本当に不思議」


 しかし、子狐達の声に再び中断。しかも何故か、今度の二人はやけに陽気な声だ。


「こんな休みなのに部屋に閉じこもって、一体景は何をしているのでしょうか?」

「多分、読書」

「なるほど! 暇そうな景には、確かにお似合いなのです!」

「実質、無趣味」

「放っとけよ……」


 と、思わず突っ込みそうになって、慌てて口をつぐむ。危ない。ここで話に乗ったら、それこそ二人の思うつぼだ。だからと言って、集中力が途切れた今、既に聞き流すこともできなくなっている。


「ですが、景が一体どんな本に夢中になっているのかまでは、私にはさっぱり見当がつかないのです」

「そんなの、お見通し」

「えっ、本当ですか?! 凄いのです、都季!」

「考えればすぐに分かる」


 それにしても、今の二人の話し方、やけにオーバーだな……。感情がやたらとこもっていて、かえって演技みたいで嘘っぽいっていうか……用意していたセリフをなぞっている感が満載だ。 


「流石です、都季! それで、何の本なのでしょう?」

「……灯詠にだけは、教えても良いよ」

「大丈夫です! 誰にも言わないのです!」


 そして、左側のシルエット――都季が両手で筒の形を作って。右側のシルエット――灯詠が更に、そのそばに寄った。


「それじゃあ、言うね」

「はい。楽しみなのです。一体景は、どんな本が好きなのですか?」

「今、景が、読んでいるのは……」

「うんうん、何なのです?」

「……女の人の着換えを、覗いたりする本」

「うわ! 最低なのです! 景はそんなエッチな本を、喜んで読み漁っているのですか?」

「本当に、呆れるばかり……」

「読んでねーよ!!!」


 読んでない、断じてそれは無い! 部屋の中から反論していると、けらけらとお腹を抱えて笑う子狐達。


「あれ? 読書に集中しないのですか、景?」

「じっくり読んだらいいのに……」


 勿論二人は、これっぽちもそんなこと思っていない。その狙いはただ一つ。俺の素敵な休日を邪魔することだ。

 それがさっきお茶の間で煽ったことへの復讐だってことは、容易に想像がついた。


「お前らも、何か別の遊びでもしてろよ……。折り紙とか、かけっことか、お絵描きとか」

「構わないのです。景をからかっていた方が楽しいのですから」

「何事にも代えがたい、楽しさ」


 最早、からかうためにからかっていることを隠すつもりすら無いらしい。一周回って潔かった。


「しかし都季、景は本当にいやらしいことが大好きなのですね……呆れるのです」

「……それが、思春期の男、悲しい生き物」

「全く、少しは私達のことを見習った方が良いですね」

「純真で清廉潔白な、私達の姿を」


 ……とにかく、追い返すために部屋の外に出たら、その時点で俺の負け。

 そんな暗黙の了解が出来上っていることを実感しながら、俺は改めて対抗策、『向こうが飽きるまでスル―』を選択する。

 ええっと、それで結局、鳳凰って言うのは何なんだ?


『「鳳凰ってのはな――この国の西の果ての山に棲んでるんだよ、多分な」「多分、ですか?」「ああ、本当に居るのかどうかも分からねえ。だけど、その羽には不思議な力が有るとされていてな――」』


「何だか、反応が返ってこないのですね、都季」

「ちょっと今一つ」

「それでは次はとうとう、アレの出番と致しましょうか」

「アレを使おう」


 アレ、とは何だ? 気になるものの、どうせ思わせぶりなだけだろう。気にせずに続きを読んでいこうとすると……。


「うわっ?!」


 手裏剣が飛んできた。しかも、障子をすっとすり抜けて、まっすぐ。

 当然折り紙で出来た手裏剣だけど、完璧に不意打ちだったから、思わず声が出る。

 障子は少しも破れてなんかいない。なのに手裏剣は、障子で隔たれた部屋の外からまっすぐ飛んで来る。

 慌てて俺は部屋の隅っこへと避難した。これは、壁抜けの妖術を手裏剣に掛けたのか……?

 警戒しているとすぐに手裏剣は途絶えて、子狐達の残念そうな声が聞こえてくる。


「む、もう全て投げてしまったのです」

「仕方がない……」


 ……どうやら、全てかわし切ったみたいだ。

 あっという間に攻撃が終ったことに安堵して、俺が再び座椅子に座ろうとすると。

 今度は同じ様に障子をすり抜けて、今度はゆっくりと二つの物体が部屋に入って来る。


「あれは……」


 目を凝らせば、その正体はすぐに明らかになる。あれは、蓬さんが折っていた、折り紙の龍。

 突然の出来事に、呆気に取られていると――。


「いてっ!」


 青の龍の長い尻尾に、頬をぴしっと引っぱたかれた。同時に、赤の龍ががじっと腕に噛みついてきて。

 ……ちょっとだけ、痛い。所詮紙とはいえ、無視できない位には地味に痛い。

 だけど、そんなことも気にせずに、折り紙の龍は二頭の龍は頭突きをしたり、引っ掻いてきたりと言う地味な妨害を加えてくる。


「小癪な……!」


 手を振り回すけれど、龍はするっとそれをかわして、中々捕まえることができない。


「効いてる効いてるのです!」

「効果てきめん」


 障子の向こうからは楽しそうな子狐達の声。

 恐らく、皿洗いのご褒美として蓬さんから貰った龍に、子狐達が妖しげな術を掛けて、俺を攻撃する様に操っているんだろう。分かってはいる、分かってはいるけれど、思った以上に厄介だな……!

 このままだと、いつまで経っても終わらない。ちゃんと考えてから、捕まえよう。

 俺はまず、二頭を同時に追うのを止めて、赤の龍からの攻撃は我慢する。

 それから、青の龍の動きだけを目で追って――。


「――よしっ!」


 再びビンタをかまそうとしてきた青の龍の尻尾を掴んだ。残りは、赤の龍のみ。


「あっ……しまった」

「ちょっとマズいのです!」


 すると、操り主の子狐達が動揺したからか、赤の龍も一瞬だけ動きが固まって……。


「こっちも捕まえた!」


 その隙を突いて俺は、赤の龍の腹を掴む。それから速攻でタンスの下から二番目を開け、二頭一緒に中に突っ込んで、再びすぐに閉ざした。

 少しの間、タンスからはカタカタという小さな音がしたけれど――やがて術が解けたのか、ぴたりと何も聞こえなくなって。

 恐る恐る、再び取り出して確認してみれば。二頭の龍は何の変哲もない、動かない元の折り紙へと戻っていた。

 ようやく、大人しくなったか? と、思いながら障子に映る影を見れば。


「龍がやられてしまったのですか……まあ、仕方がないのです」

「次の手段を打つのみ」


 ……どうやら子狐達は、まだ満足していないらしい。

 というか最早復讐と言う名目すら忘れて、ただ単に俺を驚かせることを楽しんでいるみたいだった。

 確かに、遊ぶのは結構なことだが……付き合わされる俺の方はたまったもんじゃない。

 流石にもう、このままやられっぱなしでもいられない。快適な休日を取り戻すためには、こっちの方も対抗策を講じるのみだ。

 争いが更に争いを、復習が更なる復讐を呼ぶという悪循環に完全に陥っているけれど……それは一旦、置いといて。俺はもっふるさんに栞をはさんで、考える。


 ……あいつらが怖がりだって言うことは、これまでの経験上何となく察している。

 ついさっきまでは、幽霊の話で怖がらせたら悪い――とか思っていたけれど。

 もう完璧に気分が変わっている。こうなれば、驚かすのが一番手っ取り早いな、うん。

 だけど、部屋から出てきて追い掛け回したりするんじゃ単調だし、何よりその可能性は向こうにも十分に読まれているだろう。それに、部屋から出たらその時点であいつらに屈したことになる、という妙な意地が心の中で働いてしまっていた。


 ――ここから一歩も出ないで、子狐達にしっぺ返しを喰らわせられる、手段。

 何かヒントは無いか? 改めてもう一度部屋の中を見回してみれば。

 すぐに目に止まったのは、やっぱり本棚だった。

 俺はその中の、ある一冊の本をそっと抜き出して、ぱらぱらとめくって中身を確認する。


「これは……」 


 ……よし。これを使ってみるか……。

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