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第四十二話 おとなのみりょく

 暑くもなく、寒くもなく。春と夏の狭間の、涼しげな空気をまとった昼下がり。

 昼食のおにぎりを食べ終え、幽霊や水神様について尋ねた俺は、白狐の都季(とき)灯詠(ひよみ)に混じって、折り紙を折っていた。

 手裏剣は似た様な形に折った二枚を組み合わせて、初めて完成する。

 小さい頃は良く遊んだはずなのに、はっきりと覚えていたのはそれぐらいで。

 それでも進めていく内に感覚は蘇ってきて、青色と白色の折り紙はちゃんと手裏剣の刃の形に組み上がっていく。

 ――手裏剣、か。


「この街には、忍者って居るのか?」


 昔の日本に似た、和風の世界なのだから、忍者が存続していてもおかしくはないのかもしれない。

 ひたすらに自分の道を貫き活躍する侍と、影の存在に徹して大仕事を成し遂げる忍び。

 どちらの生き方も時に、憧れの対象として映ることが有る。男の浪漫が刺激される話だ。


「居ると分かっていたら、それは真の忍者とは言えないのです」

「人知れず暗躍してこそ、忍びの道」


 子狐達に、諭す様に返された。

 ……なるほど、確かに最もだ。忍者がわざわざ、忍者だってことを明かすメリットなんてどこにも無い。

 例えば、物凄く極端な話だけど、それこそ、自分を雇っている主人でさえも、その人のことを実は忍者だって知らないパターンすらも有るのかもしれない。

 とにかく、忍者らしさを完璧に消した忍者こそが、本当の忍者なのだろう。それは間違いない。

 なんて話している間に、二つのパーツはそれぞれ出来上って。後は、片方のパーツにもう片方のパーツを組み込んで。


「よしっ」


 形を整えて、手裏剣の完成! 

 若干ヨレていて不格好な感じだけど、こういうのはきっと、作り上げることに価値が有るんだな、うん。


「頼りない忍者なのです」

「弱そう」


 手の平の手裏剣を眺めていると、子狐達が愉快そうに笑う。


「折り紙は久しぶりなんだし、仕方ないだろ」


 散々な言われ様だが、折り紙の技量に関しては向こうには到底敵わないので、言い返せない。

 長方形のちゃぶ台の中心には、子狐達が作った、折り紙の花や箱や舟が集められている。

 俺の手裏剣もそのそばに置いていると――。

 ガラッとふすまが開いて今度は、狸の(よもぎ)さんがお茶の間に入ってくる。


「お疲れ様。大変だったでしょう? 御珠様を説得するの」


 俺のそばに寄って、ちょっと呆れた様に笑う蓬さん。


「確かに、あれほどまでにのらりくらりだと……大変ですね……」

「でも、景君は良くやってくれたよ。引き受けてくれて、ありがとう」


 ついさっきの、御珠様に部屋を片付けてもらおうと説得した記憶が蘇ってくる。

 するりするりと上手くかわされた気がしてならない、というか途中からはずっと誤魔化され続けてたよな、多分……。


「でもまあ……こんなに言ってるのに御珠様が分かってくれないなら、私にもちょっと考えが有るからねえ……」


 蓬さんが少し声を低くして、妖し気ににやっとする。……恐らく次は、何らかの強硬手段に出るつもりなのだろう……。蓬さんと御珠様の、部屋を片付けを巡った本気の激しいバトルの様子を思い浮かべて、ちょっと身震いする。是非ともそんな事態にならない為に、御珠様には一刻も早く掃除をしてほしい、本当に。


「おや、三人とも、お昼はもう食べたんだね?」


 蓬さんが空っぽになったおひつを覗き込んで、嬉しそうな表情を浮かべる。


「はい。ごちそうさまでした!」

「とってもおいしかったのです、蓬!」

「絶妙な塩加減」


 と、俺達が返事をすると蓬さんは、空っぽになったおひつの中を覗き込んで満足そうに頷いた。


「関心関心。灯詠ちゃんと都季ちゃんは、沢山食べて大きくならなきゃね」

「ふふん、私達に掛かればこれぐらいぺろりなのです!」

「朝飯前」


 自信満々に、えっへんと胸を張る白狐達。かなり大きなおひつを空っぽにするぐらいだから、この二人の食いしん坊っぷりは中々凄まじいものがある。


「景君だってまだまだ成長期だからね!」


 都季の隣に腰を下ろした蓬さんが、俺の方を向いて笑う。


「えっ、十七才でも、成長期なんですか?」


 てっきり、中学生ぐらいで終わるものだとばっかり思ってたけど……ちょっと意外。


「そうそう。話によると十徹君だって十五や十六の頃は、あんなに大柄だった訳じゃないみたいだね。景君も沢山食べれば、あっという間に追いつけるんじゃないかな?」

「それは流石に無理ですよ……」


 蓬さんの分析はかなり大ざっぱだった。確かに、今からでも多少は伸びるかもしれないけど、恐らく190センチ以上も有る十徹さんと、今から約20センチもの差を埋めるのは不可能だと言って良い……だろう。


「ふふん、私達もいつかは御珠様や蓬ぐらい大きくなって、大人の魅力を纏うのです!」

「きっと景は、成長した私達に魅了される……」


 子狐達が謎の自信を持って、えっへんと胸を張る。

 確かに御珠様も蓬さんも、大体175センチ前後と女性にしてはかなり背が高いし、その、ついでに、何と言うか、胸もかなり大きいけれど……。

 初めてこっちの世界に来た日の、街の人達を思い出してみる限りだと、この世界の人々が全員、御珠様や蓬さんほど背が高い訳じゃないはずだ。ちよさんも150センチ台中頃と、丁度平均ぐらいの身長だし。

 多分男も女も、身長の平均値は、俺の元居た世界とそんなには変わらない気がする。

 獣人の種族によって、どれだけ背が伸びるのかが若干違ったりするのかもしれない。


 ――何はともあれ。俺は、都季と灯詠が大人びた姿が想像できない。だけど、よくよく考えたら御珠様だって、外見はともかくとして性格は結構子供っぽいよな……。

 もしかしたら都季と灯詠も成長すると、御珠様や蓬さんの様になったりするのか?

 う~ん……やっぱり、今一つイメージが沸かない……。


「「……」」


 すると、子狐達が何故か、若干訝し気に俺のことを覗いていることに気が付いた。


「もしかして景、今、本当に私達が秀麗な狐に成長した姿を想像していたのですか……?」

「ちょっと邪な妄想に夢中に……?」

「……いや、全く」


 どこか照れた様にこっちを見つめてくる子狐達。俺はむしろ、正反対のことを考えていたのだが……。


「いくら大人になった私達が妖艶だからと言って……」


 ふう……と、呆れた様にため息をつく灯詠。


「そんなに期待されると、困る……」


 やれやれ……という風な表情をする都季。


「だからそうじゃないっての!」


 駄目だ、こいつら人の話を全く聞いちゃいない。加速する子狐達の勘違いを、どうにか食い止めようとすると。


「ふふっ、灯詠ちゃんも都季ちゃんも、今もこんなにかわいいんだから」


 そんな様子を微笑ましそうに眺めていた蓬さんが立ち上がって、両手ですっと子狐達の頭を撫でてあげる。よく見ると机の上には新しく、折り紙で作られた綺麗な龍が二つ置かれていて……。

 ちゃんと手足も付いていて、しかも角や鱗も細かく再現されていて、元が一枚の紙だったとは思えないほどの完成度だった。

 まさか蓬さん、話している間のほんのわずかな時間で、しかも手元もあんまり見ずに、これを二つも仕上げたのか……? 

 同じ様に驚いている子狐達に、蓬さんは言葉をそっと掛けた。


「きっと二人とも、素敵な大人になるよ」

「「……」」


 裏表のない、優しさに溢れた蓬さんの言葉にほだされて、子狐達は一回小さく頷いた。

 都季と灯詠を一瞬で静かにしてしまうなんて、流石は蓬さんだ……。


「さて、それじゃあ、素敵なお狐になるために、都季ちゃんと灯詠ちゃんには今から……」


 今から? 何が起こるんだろう? という、子狐達と俺の期待のこもった目線が蓬さんに向けられる。


「このおひつと、他のお皿を、台所で洗ってきてくれると嬉しいな」


 すると蓬さんはちょっと悪戯っぽく笑って、こう言ったのだった。


「「えっ!」」


 いきなりの家事に驚いて、真っ白なしっぽをぴんと立てる子狐達。


「どうしてですか? 景も食べてたのです!」

「……腑に落ちない」


 子狐達は明らかに不満そうだ。普段全く家事を手伝ってないだろうに……。


「まあまあ。景君も私も今日はお休みなんだし、たまには、ね」

「それはそうですが……」

「……その、通り。でも……」


 珍しく子狐達が言い淀んでいる。億劫になるのも一応、理解できなくもないけれど。


「お前ら遊んでばっかりだし、たまには良いじゃないの」


 俺は明るい調子でそう声を掛けて、立ち上がって爽やかに笑った。


「それじゃ、俺はお先に失礼します」


 そのまま俺は縁側に出て、振り返って子狐達の方を向く。


「まあ、とにかく頑張ってくれよな、皿洗い! こんなに大きいおひつだから、かなり、すっごく大変だとは思うけど!」


 正直今の俺は物凄く、滅茶苦茶子供っぽいと思う。でも、子狐達にはいつもやられっぱなしなので、たまにはこのぐらい仕返ししても良いだろう。


「う~っ、覚えているのです、景……」

「……今の、絶対、忘れない……」


 子狐達はじいいいっとこっちを睨んで、恨みがましそうに頬を膨らませている。


「ふふっ、三人とも元気で良いねえ」


 蓬さんはそんな俺達の様子を、また朗らかな様子で笑って眺めていた。


「じゃあ、俺は部屋でのんびりしてよっかな!」


 俺は別段それを気にかけずに、意気揚々と縁側を歩き始める。


「――蓬、一つお願いが有るのですが」

「お皿洗いが終ったら、私達に――」


 お茶の間からは、そんな会話が幽かに聞こえてきた気もするけれど。俺は特に気に掛けずに、自分の部屋へと向かったのだった。

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