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第四十一話 お化けなんて

「……ここって、幽霊とかって出るのか?」


 昨日からずっと、俺のことを背後から見つめているのはやっぱり、この屋敷に棲み付く幽霊の類なのか?

 そう言った類の話は、大人よりも子供たちの方がずっと詳しいはずだ。

 怨念を持った亡霊に取り憑かれているんだとしたら、かなり不気味だ……。そうでないことを祈りながら、双子の白狐達に質問を投げかける。


「ゆ、幽霊?」


 すると灯詠が、目を見張って俺のことを見つめ返す。

 ――その手の平から、折り紙で作った紙風船をぽとりと落としながら。


「い、今、幽霊、と、言ったのですか……?」

「あ、ああ、そうだけど……」


 灯詠は明らかに驚いていた。もしかして、何か心当たりが有るのか? と、思っていると。


「ま、まさか、景はそんなものを、し、信じているの、ですか? お、遅れてるのですっ……!」


 喋っている内容とは裏腹に、灯詠はがたがたと震え始めていて……。


「こ、この屋敷に本当にいるのなら、む、むしろ見てみたいのです!」


 更に灯詠は、吠える様に言い放つ。反対に耳と尻尾はしゅんと垂れた上に、毛は逆立っていて。 

 仮に今、後ろから誰かに肩を叩かれたら、ショックで倒れてしまいそうなぐらいだ……。


「いや、居ないから安心して欲しい……ごめん」


 俺は謝って発言を撤回する。流石にこれ以上、怖い思いをさせる訳にはいかない……。


「そ、そうなのですか? ……な、なーんだ! つまんないのです!」


 すると灯詠はがっかりした様に、強く言う。……心底ほっとした表情を浮かべながら。


「都季はどうだ? 何か思い当たることって……無いよな?」


 どうやら灯詠は、幽霊を怖がってはいるけれど、実際に目撃したことは無いらしい。

 今度は都季に話を振ってみる。クールな都季は、そういうのは全く信じて無さそうだけど。


「居ない。幽霊なんて」


 すると予想通り、都季はきっぱりと断言する。これっぽっちも動じてないらしく、態度も非常に堂々としている。


「う、うう……」


 呻き声がして、ちらっと灯詠の様子を伺ってみれば……再び幽霊の話題が出たからか、大きな狐耳を塞いでちゃぶ台に顔を伏せてしまっている……。


「噂とかでも、聞いた事が無いか?」


 これ以上灯詠を怖がらせない様に俺は、こそっと都季に耳打ちをする。


「今までで一度もない」


 即答。ここまではっきりと言ってくれると、頼もしいな……なんて思っていると。


「幽霊なんて、迷信。実在しない」


 都季は更に、否定を重ねていく。


「それに、このお屋敷には御珠様がいる。幽霊なんて、絶対、絶対……」


 都季ははっきりとした口調で幽霊を全否定し続ける。けれど、あれ、よく見ればその表情は、固まってしまっていて、かたかたとわずかに震えているし……。


「そ、そうだよな。幽霊なんて居る訳ないよな。ごめん」


 異変に気が付いて慌てて声を掛けると、都季はその通りという風に素早く何度も頷いて。


「当たり前」


 はっきりと念を押して、安心した様にふーっと息をついた。

 やっぱり、怖かったんだな……。と、反省しながら、考えてみる。

 二人の反応からしてどうやら、この世界でも幽霊は迷信の領域を出ない存在らしい。このお屋敷に幽霊が出るという噂も無い様だった。


「もう一つだけ、訊いても良いか?」


 と、いうことはつまり、気配の正体って……。悪いとは思いつつも、更に子狐達に尋ねてしまう。


「……怖い話は駄目ですからね」

「厳禁」

「えっと、水神様のことなんだけど」


『実は、水神様に後を付けられているかもしれない。』


 素直にそう言うと、また子狐達を怖がらせてしまうかもしれないし、どう伝えたものか……。


「? はい、水神様がどうかしましたか?」

「水神様に、何か有ったの?」


 だけど今度の二人は、さっきとは違って普通に反応する。耳がぴんと立っていて、意外そうではあるけれど、特に怖がっている訳では無いらしい。


「水神様って、どういう方なんだ?」


 『水神様って本当に居るのか』って訊くのは微妙に失礼な感じもしたので、最初から詳しい部分に踏み込んでみる。


「どういう方、とは、どういうことですか?」

「もう少し、詳しく」

「つまり――例えば、優しいとか、怖いとか、悪戯好きとか、驚かせるのが好きとか」


 最後の方は殆ど誘導尋問になっているけれど……。


「そうですね……この土地を守って下さっている方ですよ、水神様は」

「不思議な力をいっぱい使うことができる」

「それに水神様は、明るくて優しいのです」

「とっても、凄い方」


 すると子狐達は、すぐにはっきりと答えてくれて。誇らしげなその様子から、水神様が心の底から慕われているということが伝わってくる。


「立派なお方なんだな、水神様って」

「その通りなのです」

「その通り」


 都季と灯詠は、同時に頷く。

 どうやら子狐達の口調からして、水神様はただの概念じゃなくて、実在すると考えて間違いないだろう。

 ひょっとしたら、会ったことも有るのかもしれない。とにかく、この子狐達が褒めるなんて、よっぽど人の出来ている方なんだろうな。


「でも、どうして急に水神様のことを?」

「気になる」


 感慨に耽っていると反対に、子狐達がじっと興味深そうに尋ねてきた。


「えっと、実は……」


 言うべきかどうかちょっと迷ったけれど。ここまで来れば言ってしまった方が良いのかもしれない。


「俺、今まで水神様ってどんな方か知らなかったから、もしかしたら人を化かしたり、悪戯とかをする方なのかも……って思っちゃったり、していたんだけど……。そんなの全然、勘違いだったみたいだな」


 冷静に考えてみれば、皆から慕われている神様が、わざわざ俺を脅かしたりする訳が無いよな。

 ちょっと早合点だったかもしれない。それほど疑う必要も無かったのかも――。


「「……」」


 だけど。何故か子狐達は、ぴったりと動きを止めて。


「「…………」」


 お互いに顔を見つめ合って、悩む様に唸り始める。

 あ、あれ? 何か様子がおかしいぞ……?


「う、うーん、それは……」

「……それは…………」

「……水神様なら、有り得ない話ではない、のです……」

「……化かさないという……わけでは、ない、かも……」

「そ、そうなのか?」


 子狐達の回答に、再び混乱の渦に巻き込まれていく。

 えっと、水神様は確かに立派な方で、優しくて明るくて。

 だけど、だからと言って悪戯をしたりすることも考えられる人で……?

 つまり結局、俺の後を付けていたのは水神様なのか、他の何かなのか、一体どっちなんだ??


「全く、景は人騒がせなのです……」

「……全然怖くなかった」


 そして子狐達は、怪談から解放された様な表情で再び折り紙を折り始めた。

 これ以上尋ねるタイミングを見失う。

 取り敢えず、幽霊では無いらしいというのは、安心すべきだろう、うん。

 でも、仮に今回の気配の正体が水神様じゃないとしても。今後俺が、また別の形で水神様に化かされる可能性だって有るのか……。

 とにかく。御珠様、灯詠と都季に、水神様に。

 この世界では、大人も子供も神様も、悪戯好きの人が多いらしい……。そう思うと何故か、不思議と和んだ気持ちになる自分も居るのだった。

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