第二十七話 おみくじ勝負! 上
物置部屋の掃除が終わった頃には、太陽は沈みかけていた。
俺は気分転換に外に出て、庭の掃き掃除をし始める。これで、一日の締めくくりにしよう。
風で運ばれてきた、細かい紙くずなんかを集めていると……。
「――~」
遠くから聞こえてくるのは、昨日と同じ歌声。
辺りを見回しても、やっぱりその姿は何処にも見えなかった。昨日と曲は違うみたいだけど、高く澄んだ歌声は今日も変わらずに、幻想的で……。
自然と体に力が入って、心が癒されていく。
……あともう少し、頑張ろう。
◆ ◆ ◆
「「「いただきます」」」
今日の晩ごはんは焼き魚と人参と大根のサラダと、高野豆腐の煮つけと、白菜の味噌汁。
流石に倒れはしなかったものの、それでも空腹なのには変わりはない。どんどんと箸が進んで、ご飯を何杯もおかわりしてしまう。
「「………」」
だけど双子の子狐、都季と灯詠は、晩ごはんの時間になっても全然元気じゃなくて、異様なほど静かだった。
嵐も無くゆったりと食事が取れているのに、心は少しも落ち着かない。
やっぱり、俺は都季と灯詠に嫌われてしまったのか?
でも、それならどうして子狐達は、今日一日中俺のことを背後から観察していたんだ? それともあの気配、もっと他の得体の知れない何か、それこそ幽霊の類だったのか……?
さっぱり分からないけれど、とにかく今は子狐達のことの方が大切だ。
昨日俺をからかっている時は、あいつらは本当に楽しそうにしていたのに。
あんなに自然に話せていたのに、どうして今日になって、いきなり。いくら考えてみても、答えは見つからない。
ちよさんの事も気がかりだけれど、今は都季と灯詠のことの方が深刻だ……。
◆ ◆ ◆
「「「ごちそうさま」」」
食べ終わると今朝の様な、気まずい沈黙が食卓に漂った。
「「………」」
そしてまた、子狐達が早々と食器をまとめようとした時。
「あ!」
突然何かを思い出したかのように蓬さんが大きな声を出して、部屋を出る。
「そうそう、これを忘れていたんだった」
すぐに戻って来た蓬さんが持っていたのは、六角形の筒。まるでおみくじに使うような物で、底にも小さな穴が開いている。
「それは何じゃ、蓬?」
「話せば長くなりますが……」
こほん、と蓬さんが咳払いをして、改まった口調でこう切り出した。
「つい先月お屋敷に起こった、大きなお風呂と露天風呂の石が同じ日に割れてしまう災難は、皆さんの記憶に新しいと思います」
俺は大きな浴槽に入った大きなヒビと、壁に貼られた注意書きを思い出す。
というか、露天風呂まであるのか。こうなってくると本格的に、温泉みたいだ。
風呂場にそれらしき入口は見当たらなかったけれど、隠し扉か何かが有るんだろうか?
「左官屋さんの予約は一杯で、修理が終わるのは一か月先。それまで私たちは、小さなお風呂を一人ずつ使わなければいけません」
悲しそうに声を落とす蓬さん。太目のしっぽも、しゅんと垂れている。
確かに、しっぽのある人たちにとっては余計に、今のお風呂は狭く感じるんだろうな……。九尾の御珠様なんて特に大変だ。
「それで昨日までは、適当に決めた順番を回して、入っていました」
俺は風呂場の壁に掲げられていた、裏に名前の書かれた表札の様なものを思い出す。あの板は入浴の順番に並んでいて、入った人は裏返すシステムだったのだ。
大所帯だと誰が風呂に入ったのか入ってないのか、混乱するからだろう。
「だけど、それだとやっぱり味気ない。だから今日は……」
蓬さんは手に持っていた筒を高く掲げる。
「軽い運試しを兼ねて、おみくじで順番を決めよう」
本当におみくじで間違っていなかった。
運試し。あんまり迷信とかを信じるタイプでは無かった俺も、おみくじは好きで、初詣に行った時なんかは、必ず引くようにしていた。
これは楽しみだな、何て思っていると蓬さんがパチッと目配せをする。
ふと見てみれば、さっきまで静かだった子狐達が、視線をくじの箱に向けて、うずうずとしていて……。
……なるほど。どうやら蓬さんはくじ引きを使って、暗くなってしまった子狐達を元気づける狙いらしい。確かに子供って、くじ引きとか占いの類が特に大好きだ。今も見事に喰いついてるみたいだし。
そういうことなら、俺も協力しないとな……!
「と、言う訳で早速、くじ引きの始まり始まり!」
蓬さんがハイテンションで宣言して、拳を空に突き上げる。
子狐達を元気付けるという蓬さんの目的は他の人にも伝わっていたようで、ぱちぱちぱち、と御珠様やちよさんや、十徹さんも大きく拍手をしていた。俺も一緒に手を叩く。
すると、それにつられて灯詠と都季が思わず拍手しようとして、慌てて手を引っ込めているのがちらっと見えた。既に効果てき面らしい。
蓬さん、流石だ。
「それじゃ、誰が一番最初に引く?」
「! はい……!」
蓬さんがみんなに訊くと、灯詠が立ち上がって手を挙げようとする。
「……待って」
だけど都季が後ろから、その着物をくいっと引いて、灯詠を連れて茶の間の隅っこへと移動する。
「どうしたのですか、都季……」
「……ここは、一旦他の人の順番を見てからの方が……」
「なるほど、確かにそうですね……」
子狐達としてはこそこそ話をしているつもりなんだろうけど、丸聞こえで、非常に微笑ましい光景だった。まだ子供だからか、お風呂は一緒に入っているらしい。そう言えば風呂場の表札にも、子狐達だけは一枚の札に二人分名前が書いて有った。
「やっぱり私たちはまだ引かないのです」
「様子見」
そしらぬ顔で戻って来た子狐達が、蓬さんに言う。
「わらわも一番最後で良いぞ。残り物には福が有るからのう」
御珠様は扇を広げて、微笑んだ。確かに御珠様はくじを引くよりも、他の人がくじを引くのを眺めている方が何となく好きそうだ。
「分かりました。それじゃあ、最初は――」
蓬さんが部屋の中を見回して……ある人に声を掛ける。
「ちよちゃん! お願いします!」
「え、わ、私ですか……?」
蓬さんに指名されたちよさんは少し恥ずかしそうで、だけど長めのしっぽは、ゆらゆらと揺れていて……。どうやらちよさんも皆と同じく、おみくじが楽しみだったみたいだ。
「そ、それでは」
ちよさんはゆっくりと立ち上がって、そっとおみくじの筒を受け取る。
「引いたおみくじの運勢で、お風呂の順番が決まるからね。一番上は大大吉」
大吉よりもグレードが高いのか。これはご利益が有りそうだ。
「勿論、凶も入れてあるからね~。うっかり引かないでね〜……?」
蓬さんが両手を幽霊の様に下げて、ちょっとおどろおどろしい声をする。
「緊張します……」
ちよさんは、良く混ざるように何回か振ってから目を閉じて、くるっと筒をひっくり返した。
からん、と畳の上に落ちるくじ。木の軽い音が響く。
見ればそこには『大吉』と書かれていて、おおっとどよめきが起こる。
「いきなり凄いね、ちよちゃん!」
感心した様子の蓬さん。自分が引いた訳ではないのに、本当に嬉しそうだ。
「くじは、ちょっとだけ得意なんです」
ちよさんは照れた様に笑っている。緊張が解けて、リラックスしている様だった。
「それじゃ、次は」
筒を受け取った蓬さんと、パチッと目が合う。
「景君、どうぞ!」
「は、はい!」
来た。思わず返事が力んでしまう。俺は腰を上げて、筒を手に取る。ずしりとした感覚が手に伝わってくる。結構、重いな。
耳元で振ればがらがらと、中で木の棒が擦れる音がする。
よしっ。そろそろ良いだろう。
勢いよくひっくり返せば、細長いクジはすんなりと筒の穴から出てきた。
慌てて拾い上げて、確認してみれば――。
「……末、吉」
……微妙だ。非常に微妙だ。かえって凶の方が良かったんじゃないかという気さえするぞ……??
思い返してみれば、元の世界に居た時も良く末吉を引いて、そのたび何とも言い難い気分になってたな……。
「中々ツイてないのう!」
「落ち込まない落ち込まない!」
御珠様と蓬さんは楽しそうに笑う。
「「ぷっ……!」」
筒を返して席に戻れば、都季と灯詠はお腹を抱えて、声を上げない様にして必死に笑いをこらえていた。
まあ、子狐達が面白かったなら、それで良いとも思うが……。なるほど、喜んでいいのか悪いのか、確かに末吉っぽい気分だ……。
続く十徹さんが引いたのは『小吉』で、誰ともダブっていなかった。お風呂の順番を決めるということは、同じ運勢は二つ入れていないのだろう。
と、いうことは、誰かが必ず大大吉か凶を引かなきゃいけないことになる。
そしてその両方が、未だに箱の中に残っているという……中々壮絶な経過だった。
「じゃあ次は……」
「「はい!」」
蓬さんが言い掛けると、しゅばっ、と同時に手が上がる。
「私たちが引きたいのです!」
「お願い」
満を持して、子狐達が声を上げる。




