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第二十五話 一緒にお昼寝

「じゃあ、今日は景君は畳の部屋の掃除をお願い。あ、でも、他の人の部屋は自分で掃除して貰ってね」


 狸の(よもぎ)さんはそう言うと掃除道具一式と、家の中の間取り図を渡してくれた。地図には、どこが誰の部屋かがちゃんと書かれていて、非常に便利だ。


「それと、疲れた時にはちゃんと休むこと。倒れるまで掃除するのは無しだからね」

「……肝に銘じます」


 流石に昨日の様なことは繰り返すまい。一日経った今も、肩こりに苛まれている……。


「うんうん。それで良し」


 そして今日も、お屋敷のしぶといホコリとの戦いが始まる。



 ◆ ◆ ◆



 誰かが使っている部屋以外ということなので、主に茶の間や客間の掃除に専念することになる。

 蓬さんから貰った地図を参考にしながら、箒で掃き掃除をして、それから雑巾がけ。ホコリが酷い時には、はたきも使った。

 迷路みたいだという最初の印象は決して間違ってなかったらしい。地図を見ても、広大なお屋敷の全容を把握することは今一つ難しかった。部屋の数を数えてみると、一階だけでもざっと20近くは有りそうだ。


 しかも廊下も入り組んでいて、自分がどこにいるのか今一つ分からないし……。

 と言う訳で俺は地図をあまり頼りにせず、とにかく手あたり次第に、近くにある部屋を掃除していく方式を取ることに決めた。



 ◆ ◆ ◆



 三つめの客間の雑巾がけが終わって、一段落ついた頃。


「景君、ごはんだよー」


 蓬さんの声がする。丁度、お腹が減ってきた頃に。

 俺は喜々として掃除道具を一旦廊下に置いて、茶の間へと向かうのだった。



 ◆ ◆ ◆



「あれ、他の人たちはどちらに?」


 けれどお茶の間に入ってみれば、そこには蓬さんしか居なかった。


「御珠様は今、儀式で手が離せなくてね。十徹君は二階の門番をしているんだよ。ちよちゃんは、外にお買い物に行っていて」


 蓬さんの話によると、御珠様や十徹さんの仕事は中断が難しいものだし、蓬さんやちよさんが買い出しなどで出払っていることも多く、お昼ご飯の時は中々全員が揃わないんだとか。

 なので、台所に作って置いてある昼食を自由な時間にそれぞれで食べていいことになっているらしい。


「本当はお昼も皆で一緒に食べたいんだけど、中々ね」


 ちょっと残念そうに蓬さんは頬をかく。


「ちなみに、あの二人は……」


 茶の間を見回しても、子狐達の姿もどこにも見えない。それがなによりも不安だった。


都季(とき)ちゃんと灯詠(ひよみ)ちゃんは……お腹が減ってないみたい」

「そうですか……」


 やっぱり、具合が悪いんだろうか。それとも、何かを食べるような気分じゃないのか……。

 再び自虐の方面へと行ってしまいそうになって、慌ててそれを打ち消した。

 いけないいけない。何はともあれ、昼ごはんだ。


「お昼は簡単な食事や出前ばっかりで、申し訳ないんだけど」


 蓬さんはそう言うけれど、毎日あんなに沢山の朝食や夕食を作るのは本当に大変だ。仮に昼食まで気合を入れたら、倒れてしまうのでは……。


「じゃ、二人だけで食べよっか」


 そして蓬さんは、台所からお昼ごはんを運んでくる。勿論それは、謙遜する必要なんてない位に立派なものだった。

 もっちりとした、パンのような物で魚の揚げ物と野菜を挟んだサンドウィッチに似ている料理だ。ピリッと辛い、濃いめの味付けが空腹には本当によく効いた。


「ごちそうさまでした」


 夢中になってすぐに食べ終わってしまう。


「良い食べっぷりだねえ」


 そんな様子を嬉しそうに見つめる蓬さんは、実は俺よりも早く食べ終えている。


「いえ、蓬さんの料理がとても美味しいからですよ」


 思ったことそのまま伝えると、蓬さんの丸めの耳が、ぱたぱたっと小さく風を切る。


「そう言ってくれると嬉しいよ。凄く嬉しい」


 少し恥ずかしそうにはにかむ蓬さん。ぼーっとした気分になりながら、柔らかくて、暖かみを感じる様な蓬さんの笑顔を見ていると……。

 不意に眠気を感じて、喉の奥で欠伸を押しとどめる。うとうとしてしまう前に、掃除を再開しなきゃ。


「まあまあ、もうちょっと休んでいきなよ。景君」


 立ち上がって廊下に戻ろうとすると、蓬さんに止められる。


「え、でも……」

「疲れた時には寝るのが一番! さあ、景君も!」


 そう言うと蓬さんは座布団を枕にして、その場にごろんと寝っ転がったのだった。


「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて」


 蓬さんの熱意に押されて、俺も座布団を敷いてその上に体を横たえる。

 あ、これ、気持ち良いかも。意識が急速に、眠りの世界へと誘われていく。


「それじゃあ、私も」


 目を閉じて体を休めようとしていると、不意に蓬さんは体を起こして……。


「ここ、お邪魔するね」


 何故か、俺の右隣へと寝っ転がったのだった。


「よ、蓬さん?」


 ふわりとした茶色の毛が腕に触れてくすぐったい。

 殆ど寄り添うぐらい急接近した距離に、鼓動は急に加速する。近い。非常に、近い……!

 このぐらいの距離が近いと蓬さんの、その、大きなおっぱいが、少しだけ俺の体に当たってしまいそうで。やわらかくて、どぎまぎして、別の意味で意識が飛ぶ。


「こうしていると、ぽかぽかするだろう?」

「は、はい。そうですけど……」


 確かに、確かにもふもふしている蓬さんはとても暖かいけれど。正直、それどころじゃない……!


「灯詠ちゃんや都季ちゃんやちよちゃんに、時々やってあげるんだよ。寒い日は、特にね」


 蓬さんには別に、一昨日の御珠様の様に、俺を誘惑する意図は全く無いらしい。 

 ただ純粋な気持ちでこうしているのだろう。そうとは思っていたので、そこは安心。

 だけど、蓬さんは忘れている。その三人と違って、俺は男だということを。

 こんな状況になったら、邪なことを考えずにはいられない哀しい生物だということを……。


「ふわ……それじゃあ、私も、ちょっと寝るね……」


 蓬さんは小さく欠伸をして、それから目を閉じる。


「………すー……」


 寝息が、すぐに聞こえてきた。一瞬で、眠ってしまった蓬さん。多分、朝から家事をしていて、疲れていたんだろう……。

 俺も、ちょっとだけ寝ようかな。昨日はあんまり、眠れなかったし……。

 本当に暖かいな、蓬さん……。

 知らず知らずの内に疲れが溜まっていたのか、目を閉じればすぐに眠りに落ちていく……。

 ぽかぽかとして、気持ちの良いお昼寝だった。

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