表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/80

第二十一話 いけないふんいき!

「景!」

「景」


 勢い良く扉を開けて部屋の中に入ってきたのは、双子の白狐、灯詠(ひよみ)都季(とき)だった。


「うわっっ!」


 完全に不意を突かれて、手を滑らしてエロ本を床に落としそうになる。慌ててすぐに拾い上げて、無理やり本棚に押し込んだ拍子に。

 ガン! と、棚に頭を強打した。


「――っ!!」


 頭を抱えて、うずくまる。超、痛い。割れそうなぐらいに……!


「だ、大丈夫ですか!?」

「痛そう……」


 子狐達が心配そうな顔をして、がそばに駆け寄って来る。


「だ、大丈夫、こんなの平気だ……」


 正直まだかなり痛かったけれど、無理して俺は言った。


「ご、ごめんなさいです」

「ごめん……」


 顔を上げれば、怒られると思っているのか、二人は目を潤ませて小さく震えていた。ついでに俺も痛みで泣きそうになっていた。


「いや、別にお前らは悪くないって」


 そう。今回こいつらは、本当に何もしていないのだ。責めるべきは、男の哀しい煩悩。それしかない。


「それなら、良いんですけど……」

「……重傷じゃなくて、良かった」


 二人はようやく安心してくれたみたいで、ほっと胸をなで下ろす。だけどまだ少し、心配してくれているようにも見える。

 ……今までは、ちょこざいな奴らだとばっかり思っていたけれど。

 こんなに気遣ってくれるなんて、実は良い子たちじゃないか。


「ところで、景」


 そんな風にしみじみと実感していると、灯詠が話しかけてきた。


「ん、どうした?」


 これは俺も反省して、態度を改めないといけないな……。

 そう思うとできるだけ優しい声で、二人に返事をした。


「何か有ったのか? 言ってごらん?」

「風呂を代わってあげるから、ありがたく思うのです!」

「褒めて」


 一瞬で元の調子に戻った子狐達に、ずっこけて再び本棚にぶつかりそうになる。

 こ、こいつら……。


「場所は、縁側の廊下の突き当りを曲がった先なのです」

「案内してあげる」


 風呂、か。

 確かに、都季と灯詠の着物は紺色が下地の物から、小さな花の柄が付いた白い着物に変わっている。

 それに、真っ黒い髪の毛はつやつやとして湯気が立っていて、まさに風呂上がりの至福の時といった感じだ。


「ありがとよ」


 どうやら、風呂の場所を教えに来てくれたらしい。俺は素直にお礼を言って立ち上がって、二人の頭を撫でてあげる。右手で灯詠を、左手で都季を。


「「あ……」」


 大きくて真っ白な狐の耳は、とってももふもふとしていて、撫でられている二人も、気持ち良さそうに目を閉じている。


「ん、んん……!」

「……ん…………」


 ……というか、子狐達は、神妙な顔つきをして、口を固くきゅっと結んで声を出ないようにしていた。

 しっぽもぱたぱた激しく揺れてるし、耳も動いている。

 何だろう、これ、凄まじく犯罪の気配が……。

 慌てて手を引っ込めると二人は、はっと我に返ったかのように目を開けた。

 心なしか、髪の毛から立ち上る湯気が、さっきよりもずっと増えたように見える。

 動揺していると、子狐達に、キッと睨らまれる。


「い、いたいけな乙女に、な、なんてことを?! もう、お嫁さんに、い、行けないのです……!!」

「へ、変態……」


 そして二人は、あっかんべーもせずに、そのまま廊下の向こうへと走り去ってしまった。灯詠に至っては、目に涙を浮かべながら。

 ぽつん、と部屋に取り残されて、ただ呆気に取られる。

 風呂場に案内してくれるって、言っていたのに……。


 い、いや、それよりもまず、今のは何だったんだ? ただ頭を撫でただけなのに、何かとんでもないことをしでかしてしまった気がしてならないぞ?

 まさかとは思うけどこの世界では、人の頭を撫でたり耳を触ることに、何か特別な意味が有ったりするんじゃないか? 二人の反応を見るに、そうじゃないとは言い切れない。

 でも、その特別な意味って? 不安に駆られるけれど、そんなの知る由もない。


 ま、まあ、大丈夫だ。頭を撫でただけで、そんなにすぐに何かが変わってしまっては困る。

 そうだ。まずは風呂に、行こう。お湯を浴びて気持ちを落ち着けるのが良い。

 俺はタンスから適当な着換えとタオルを取り出して、部屋を出る。

 とにかく今は、あの二人にエロ本を見られなかっただけでも、良しとしよう。そうしよう。

 無理やりプラスの方に考えることにして、俺は風呂場を探すことにした……。



 ◆ ◆ ◆



 脱衣所は意外とあっさりと見つかった。早速着物を脱いで風呂場の扉を開け、目を見張る。

 流石は、お屋敷。

 充満する湯気の向こうに現れたのは、何十人も一気に入浴できそうなぐらいの大きさの、黒い石で出来た丸い風呂。

 それに合わせて浴槽以外の部分にもかなり広々とスペースが取られていて、まるで温泉旅館の大浴場の様に立派だ。

 広い脱衣所を見て期待はしていたけれど、まさか、これほどとは……。

 意気揚々と俺は湯気の中を進み、早速湯船に片足を入れてみる。


「???」


 だけど、有って然るべきものが無くて、拍子抜けする。お湯が、張られていない?

 不審に思っているとすぐに、浴槽の壁に一枚の張り紙を発見する。

 『故障中』。

 原因はすぐに判明した。

 その張り紙の真下から、浴槽の床に地割れの様な大きなヒビができてしまっていたのだ。これだと、いくらお湯を足しても絶対に足りなさそうだ。


 でもそれなら、都季と灯詠はどうやって風呂に入ったんだ? 

 石鹸とか小さな桶は有っても、シャワーみたいなのは見た感じ無かったのに。

 俺は、湯気の立ち昇る風呂場の中を見回してみる。すると遠く隅っこに、小さな木製の浴槽がぼんやりと見えた。

 もしかして、あれか……? 


 近寄ってみれば、その水槽からはちゃんと湯気が出ていた。

 形は長方形で、大きさは大体一畳より一周り大きいぐらい、普通の家庭に置いてある風呂と同じぐらいだろう。作られたばかりなのか、木の板はまだ白みが残っている。

 どうやら故障した大きい風呂の代わりに、一時的にこっちを使っているらしい。

 手を入れてみると、ちゃんと暖かい。今度こそお湯に浸かることが出来そうだ。

 俺は流し湯をして、浴槽に入った。


「ふう」


 思わず声が出る。……だけど、気持ち良かったのは一瞬だけで。 


「寒っ」


 窓からの夜風に、体が震える。確かにお湯は入っていた。入ってはいたけど、湯船の半分の高さ、腰が浸かるぐらいまでしか、ない。

 よく見てみれば水底には、竹で出来た水鉄砲やおもちゃの船が沈んでいて。

 都季と灯詠が風呂でおもちゃで遊んでいる光景が、すぐに思い浮かぶ。あいつら、はしゃぎ過ぎてお湯を減らしたな……。


 原因が分かっても、温まらなきゃ意味が無い。このままだと、凍えてしまう。なるべく姿勢を低くして、できるだけ暖を取ろうとした。

 すると、お湯が体に染み込んでいく様な感覚がして、徐々に体がぽかぽかと暖まっていった。

 これも、水神様の力なのかな……?


 柔らかで、少しくすぐったい浴槽の木の香りが漂う。よく考えると、昨日は風呂にも入れなかったのだ。

 溜まっていた疲れが次第にほぐれて、少しずつ消えていくような気がする。

 今日も色々、大変な一日だったなあ……と、ぼんやり考える。

 目を閉じればそのまま眠ってしまいそうなぐらいに、癒されるひとときだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ