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第十八話 みんなで晩ごはん! 下

 さて、いよいよ待ちに待った晩御飯だ。

 空腹が殆ど限界まで達していた俺は、早速目の前に積まれていた里芋の煮物を箸で取って、口に運んだ。


「……!」


 う、うまい。もう一つ食べてみる。やっぱり、うまい! もう一つ、もう一つ、とついつい手を伸ばしてしまう。思わずご飯が食べたくなって、俺はお茶碗を手に取った。

 つやつやと輝いた白米は一口食べただけでも、幸せな気持ちに満たされていって……。

 まさか、こんなに美味しいお米が有るなんて、と、純粋に感動する。


「今日は景君のお祝いだからね。良いお刺身を買ってみたよ」


 嬉しそうに蓬さんが言う通り、鯛や鮪のお刺身は脂が乗っていて、口の中にいれただけで崩れてしまうほどだった。これもご飯が進む。

 天ぷらも、ほうれん草も、全部がおいしい。

 心の底からじわりとあったまるような、そんな味だ……。


「ふう……」


 お吸いものを飲んで、ほっと一息ついていると、


「スキ有り、なのです!」


 左隣から音も無くすーっと伸びた箸が、俺の分の鮪を一切れかっさらっていった。


「あ、こら!」

「ん~! おいしいのです!」


 取り返そうとしても、もう遅く。とろけるような顔をして灯詠は頬に手を当てて、鮪を味わっている。


「お、お前……」


 なんて奴だ。まだ灯詠の皿には鮪がたくさん残っているというのに。


「どんくさい景が悪いのですよ!」


 全く悪びれる様子はなく、ほくほくとする灯詠。

 ……そうか、それなら俺にも考えが有るぞ。


「あ!」


 俺は大声を出して、灯詠の背後を指差した。


「ん?」


 灯詠が反射的に振り向いたその隙を突いて。

 今だ! 灯詠の皿から、鯛を一切れ奪った。


「一体どうしたのですか、景……ああっ!」


 一瞬遅れて気が付いた灯詠が、ショックの声を上げる。


「全く、ドンくさいやつだなあ。旨い旨い」


 鯛をこれ見よがしに味わってから、俺は貰ったセリフをお返する。

 我ながら非常に子供っぽい行動だとは思うが、食べ物の恨みは恐ろしいのだ。


「う~っ! 最後の一切れだったのに! 景の馬鹿馬鹿!」


 全身をわなわなと震わせながら、灯詠がぎりりと歯を食いしばる。子供の割には中々鋭い、白い犬歯――牙が垣間見えるが、別に怖くはない。


「いいじゃないか。お前だって俺の鮪を食ったんだから。お返しだよ、お返し」


 とにかくこれでおあいこ、恨みっこなしだ。


「さてと、」


 続きを食べることにしよう。気を取り直して、自分の刺身の皿から鮪を取ろうとした。


「あれ?」


 だけど、まだ数切れ残っていたはずの鮪も鯛もどこにも見当たらず、皿の上は、もぬけの殻になっていて。どこに消えたんだ?


「油断大敵」


 気付いた時には時既に遅し。テーブルを挟んで斜め前の席に座った都季が、俺から奪った刺身の最後の一切れを口に入れようとしていた。


「あ、おい!」


 止めようとしても当然間に合わない。そのまま都季は美味しそうに鮪を味わって、ごくんと飲みこんでしまったのだった。


「……まさに、美味」


 ぷふー、と満足げな顔をした都季が言う。まさか、残っていた刺身を全部奪われるなんて、末恐ろしい……。


「あはは! 都季と私は一心同体なのです!」


 灯詠が俺を指さして、大笑いする。非常に悔しいが、都季は既に自分の分のお刺身も食べ終えてしまっているので、どうすることもできない。


「都季、良くやったのです。さて、私はゆーっくりと続きを楽しむとしましょうか」


 俺に見せつける気満々という様子で、灯詠が自分の皿から刺身を取ろうとした。


「あれっ、私のお刺身は何処に?!」


 すると、さっきまでは鯛がたくさん残っていたはずの灯詠の皿も、無残にも空っぽになっていて。


「くすっ」


 そして都季は、クスクス、と口元を押さえて笑っている。こいつまさか、灯詠の分まで……?


「ひ、酷いのです、都季! 私達は一心同体でしょう?」


 あんまりにもあんまりな都季の行動に、灯詠は泣きそうになりながら訴える。


「本当に一心同体なら、どっちがお刺身食べても変わらないね」

「ん~っ! 何か凄く納得いかないのです!」


 ……これは、都季の方が一枚上手だったらしい。

 子狐達のそんな微笑ましいやり取りに、場が和んだ。


「どうだい景君。料理は?」

「はい、とってもおいしいです!」


 蓬さんからの質問に、心の底から答える。最近は菓子パンとか、カップラーメンとかばっかりだったから、余計に新鮮に感じる。こういうご飯のありがたみって……。


「蓬とちよが作った料理は、絶品だろう!」


 盃を持った御珠様がふふん、と鼻を鳴らす。ほろ酔い加減で上機嫌なのか、若干着物も肩からはだけていた。いや、それは割と普段からか? どのみちちょっと、視線のやり場に困る。


「そう言われると、嬉しいなあ」


 ぱたぱたと蓬さんはしっぽを振る。酒に酔っているというよりも、名前を呼ばれたのと料理を褒められたので、照れてしまったみたいだ。


「特に、この里芋の煮物が好きです」


 微笑ましく思いながらそう言うと、蓬さんの表情が更に明るくなる。


「ああ、それはね、ちよちゃんが作ったんだよ」

「そうなんですか」


 言われてふと、ちよさんの方を見てみると、ぱちりと目線が合った。


「煮物、凄くおいしいですよ」


 素直な気持ちを伝える。ちよさん、料理も上手だなんて、本当に凄い……。


「い、いえ、そ、そうですか……」


 だけど、声を掛けられると、ちよさんの表情はこわばって……それから、少し俯いてしまった。


「「………」」


 気まずい沈黙が漂う。それが食卓の全体にも伝播して、何となく重苦しい雰囲気に支配されてしまう。馬鹿だ、俺は。ちよさんは俺のことを怖がっているのに、余計に怯えさせてしまった……。


「ま、まあとにかく……健康が何よりも大切だからな、景。今日の様な無茶は禁物だぞ」


 少しだけ慌てた様子の御珠様が、気を遣って話しかけてくれる。


「は、はい。その通りです!」


 暗くなってしまいそうな気分を隠すために、俺はできるだけ明るく振る舞おうとする。


「だって景は」


 すかさず都季が、ぽつりと何か言い掛ける。見ればその表情は真剣そのもので。

 だって……? 


「大切な……」


 焦らす様な都季の口調に、その場の全員が固唾を飲んで見守る。大切な、何なのだろう。


「下僕だから」

「違えよ」


 すかさず突っ込むとそこからまた食卓に、さっきまでの明るい雰囲気が徐々に戻ってくる。

 

 だけど、ちよさんとはその後も偶然目が合うことが有っても……その度にお互いに気まずくなって、咄嗟に目線を逸らしてしまっていた。

 怖がっていることを隠そうと、ちよさんが無理をしているように見えて、俺は申し訳なさに押し潰されそうになる。

 一体何をどうすれば良いのかが、全く思い浮かばない。駄目だな、俺……。

 ……結局、その後もちよさんとは一言も話せることは無く、食事の時間は終わった。

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