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第十二話 やっぱり……

 当てもなく廊下を歩きながら、考える。

 二人が準備していたのは恐らく夕食で、昼食はとっくに終わってしまったのだ。

 茶の間に行けば、まだ何か食べ物が残っているかもしれないけれど。

 そこまでしなくていいかな……。さっきまであんなにお腹が空いていたのに。

 食欲は今、すっかり引っ込んでしまっていた。 


 それよりも……今から、どうしよう。

 自分の部屋に戻っても、どうせ暇なだけ。かと言って、もう一回台所に戻る勇気も無い。

 することが見つからず、広いお屋敷の中をただ彷徨っていると。

 視界の先に、二階への階段が現れた。

 偶然? それとも、自然と足がそこに向かっていた……?

 分からないけれど、気が付けば階段を登っている自分がいた。特に目的も無いのに。

 二階の廊下を進んで、一番奥のふすまを開けて中に入れる。

 板敷の広い部屋の奥には、ずらっと障子が並んでいて。隔てられたその向こうは……御珠様の、部屋。

 薄い障子紙が奥からの灯りをぼんやりと映して輝いている。

 どうやら、御珠(みたま)様は居るらしい。障子に向かって一歩踏み出したところで、


「待て」


 誰かに呼び留められた。


「――!」


 この声は……! 一瞬、心臓が止まりそうになってしまう。

 恐る恐る振り向けば、想像通り背後に十徹(とうてつ)さんが立っている。

 190センチはあるんじゃないかというぐらいの長身。

 胴に着た軽めの防具に、編み笠から突き出たカモシカの角。

 全然、全然気配がしなかった。

 緊張で全身が硬直し、嫌な汗が頬を伝う。


「御珠様は今……儀式を……」


 物凄く背の高い十徹(とうてつ)さんが俺のことを見る。ぎらりと輝く意志の強そうな目。

 笠の陰に隠れて、やっぱり表情は良く見えない。それが余計に怖い……!


「ご、ごめんなさい! 失礼しま――」


 取り乱して、すぐに引き返そうとする。


「すまんな。今、手が離せぬもので」


 その時、障子の向こうから御珠様の声が聞こえてきた。


「い、いえ! こちらこそ気が利きませんでした!」


 慌てて謝ると、御珠様はそれを遮って、言う。


「よいよい。くくく……おぬし、案外真面目じゃのう?」


 きっと御珠様は今、障子の向こうで妖しく微笑んでいるのだろう。

 どうやら、今まで考えていたことは、とっくに御珠様に見透かされていたみたいだ。


「今はまだ、休んでいても良いんだぞ?」

「でも……」


 昼過ぎまで寝ていたからか、体の疲れはすっかり取れてしまっている。

 とにかく、何か手伝うなりなんなりして、気を紛らわせたいのだ。することが無いのが一番辛い。


(よもぎ)にはもう会ったか?」

「はい」


 俺は、たった今、台所で出会ったばかりの狸の(よもぎ)さんのことを思い浮かべる。 


「ならば話が早いな。そういう時には、まずは蓬に訊くと良いぞ。必ず何とかしてくれるはずだからのう」


 どこか誇らしげなその口調から、御珠様が蓬さんに信頼を置いているという事が伝わってくる。


「分かりました」


 確かに御珠様の言う通り、もう一度蓬さんに尋ねてみるのが一番早いだろう。

 あの雰囲気だと、多分この家の家事は蓬さんの管轄だろうし。


「では、頑張るがよい」


 ばっ、と御珠様が扇を開いた音がする。


「ありがとうございました。失礼します」


 そうして俺は一歩下がって、障子の向こうの御珠様に、それから後ろで待ってくれていた十徹(とうてつ)さんにお辞儀をする。十徹さんは会釈を返してくれた。

 廊下を戻りながら考える。蓬さんに聞いてみるのが、やっぱり一番手っ取り早そうだ。

 それなら、すぐに探した方が良いな。きっとまだ、台所にいるはずだ。

 階段を降りて、そっちの方向へと、一歩踏み出した。


 ……けれど。足はそこで、ぴたりと止まってしまう。

 ――心の中に、何かが引っかかっていた。

 思い出してみれば、当の蓬さんは、今は手伝わなくて良いと言ってくれたのだ。

 それに御珠様も、まだ休んでいて良いと言っていたし。

 それなら、何も自分から無理に手伝いを頼まなくても良いんじゃないか?

 そもそも冷静になって考えてみると、俺が家事を手伝う必要――義理が有るかどうかも怪しい。

 お屋敷に住まわせてくれたのは確かに有り難いとはいえ……そもそもの発端は、御珠様が俺をこっちの世界に連れて来たことなのだ。

 別に、俺が自分の意思でここを選んで来た訳ではない。

 この屋敷での俺の仕事が、家事だったとしても……知ったこっちゃないと言えばそれまでだ。

 それなら……。


「……」


 俺は行く方向を変えて、台所ではなく自分の部屋へと歩き出す。

 少しずつ間取りを覚え始めているからか、昨日の様に迷うことは無く、水無月の間の前にはあっさりと辿り着いてしまう。

 少なくとも御珠様に何か言われるまでは、部屋でゆっくりしていよう。

 二度寝するのも良いかもしれないな……とぼんやりと考えながら、ふすまに手をかける。


 ……。

 ……でも。

 そこで俺の動きは止まる。

 思い出すのは、野菜を洗うちよさんの後ろ姿。

 俺よりも一つか二つ年下なのに、昼間からちゃんと家事を手伝っていた。

 それから、薪を運んできた蓬さんのことを。煙を吐き出すかまどの周りは高温で、とても蒸している様に見えた。


 俺はふすまを開けずに、手を離す。

 ……やっぱり、手伝おう。

 義務とか仕事とかから考えるのは一旦置いといて。

 そう決めると、俺はすぐに再び台所に向かったのだった。

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