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第十一話 よもぎとちよ

 長い茶髪を腰より少し上辺りで一つにまとめていることや、……御珠様ほどではないものの、それでもかなり大きな胸から、その人が女性だということはすぐに分かる。

 感じからして、年齢は俺よりも年上だろう。恐らく二十台前半、御珠様と同い年だろうか。

 女性ではかなり背が高く、少なくとも俺よりも上だ。大体175センチほどだろうか。

 恐らく身長も、御珠様と同じぐらいの高さだ。

 どの種族かは、こうしてパッと見ただけでは判断できない。


「おや、もしかして君は!」 


 その人は俺のことを見つけて、こっちに近付いた。

 すると猫の女の子は、御珠様ぐらい背の高いその人の背後に、ささっと隠れてしまった。

 仕方ないことだとはいえ、結構心にグサリと来るものがある……。


「こらこら、隠れない隠れない」


 その女の人が、振り向いて笑う。落ち着いていて割と低めの、大人の女性の声。


「君が噂の新入り君かな?」


 嬉しそうな表情をして、その女の人は尋ねてくる。


「はい。浅野景、と申します」

「なるほどなるほど、景君か。良い名前だね」


 それを聞くと、女の人はうんうんと頷いて。

 名前を褒められるのなんて初めてかもしれない。こうも嬉しいものだったのか……。


「私は(よもぎ)。この屋敷の家事を取り仕切っているんだよ。これからよろしくね」


 そして蓬さんはぴしっ、と頭を下げる。思わず見入ってしまうぐらいに、完璧で美しい礼だった。 


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺もそれに合わせて深々とお辞儀をする。

 (よもぎ)さん。気さくで話しやすそうな人だな、と思っていると、


「しかし不思議だねえ、景君」


 ふむ、と蓬さんは首を傾げる。


「私は今日初めて見るんだけど、『人間』って本当に毛が全然生えてないじゃないか!」


 蓬さんはそう言って、驚いた表情を浮かべた。


「まあ、そうですね……」


 確かにその通りなんだけど、どう返事をしたものか。

 確かに、人間はどうして毛深くないんだろう? 生まれ持っての物なので、非常に説明しがたい。


「あの、失礼でしたら、すみません」


 気の利いた答えが思いつかなかったので、反対に俺は蓬さんに質問をすることにした。


「うん、どうしたの?」

「蓬さんは、何の、種族ですか?」


 狐、猫、カモシカ、犬、熊、鹿――。

 街やお屋敷で今まで見てきた種族の、どれにも蓬さんは当てはまらないような気がする。言うならば犬が一番近いけれど……。


「景君は何だと思う?」


 蓬さんから反対に質問が返ってくる。

 その様子から、他の人に種族を聞くことは無礼には当たらないのだと伝わり、一応安心。

 蓬さんは、多分……犬では無い。かと言って耳が尖っておらず丸っこいから、狐でもないだろう。黒い鼻の形も狐に比べると、より丸みを帯びているような気がする。

 全身の毛はふさふさとしていて、色は茶色で、だけど目の周りだけ黒くて。

 ――あっ。


「狸、ですか?」

「ご名答!」


 蓬さんが即答する。当たりだった。

 正直に言えば、あまり自信は無かったけれど。

 太ってて、腹が出ていて、大酒飲み――狸と聞くと何となくそんなイメージが思い浮かぶし、俺も実際そんな風にばかり思っていた。


 けれど反対に蓬さんは、シュッとした端正な顔立ちをしていて、かわいらしさと麗しさの両方を持っていて、良い意味で、典型的なイメージと全く合っていない。

 思い出してみれば、昔図鑑か何かの写真で見た動物の狸も、目鼻立ちが整っていて想像していたよりも遥かにかわいかったような気がする。


「早かったね。少し簡単だったかな?」


 蓬さんが楽しそうに笑う。

 先入観なんて、あてにならないものだなあ……なんて思いながら、その朗らかな笑顔に少し見とれていると。


「ほら」


 後ろに隠れて不安そうに蓬さんと俺の顔を見比べていた猫の女の子に、蓬さんは優しげに声を掛ける。

 すると女の子は、おずおずと前に出てきて、言った。


「……私は、ちよ、と申します」


 ちよさん。綺麗な名前だ……。

 ようやく恩人の女の子の名前を知ることが出来て、ちょっと嬉しくなる。


「……よろしくお願いします」


 こわばった顔のまま、ちよさんはお辞儀をする。その様子に、再び心がチクリと痛くなる。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 怖がられる原因を分かってはいるけれど、だからと言ってそれをどうすることもできない。

 ちよさんを怖がらせないようにと、慎重に出した声も、どこか業務的で……。

 上手くいかない自分が嫌になる。


「うんうん」


 二人のことを見守っていた蓬さんは頷いて目を細めて、ちよさんの頭を撫でた。

 その表情は暖かで。ちよさんもほっとしたようで、俺は安心する。


「よしよし」


 そして何故か蓬さんは、俺の頭にも手を置く。


「蓬さん……?」


 突然のことに戸惑うけれど、蓬さんは気にせず、手を止めない。

 高校生にもなって頭を撫でられるなんて、流石に思いもしなかったけれど……とにかく蓬さんの手はふわっとして暖かかった。

 そして手を離した蓬さんは、ほどけ気味になっていたエプロンの紐をしゅるっ、と結んだ。


「じゃあ、料理に戻ろうか」


 蓬さんがそう言うと、ちよさんは流しに戻って洗い物を始める。

 蓬さんは竹筒を持って、かまどの前にかがんだ。


「あの。俺も何か手伝いますよ」


 一人取り残されたような気分になってしまい、たまらなくなって声を掛けた。


「いいのいいの。来たばかりで景君も疲れているだろうから、ゆっくりと休んでて良いからね」


 明るい口調で蓬さんは言う。

 本心から蓬さんが気遣ってくれていると伝わり、手伝わせて欲しいとこれ以上頼むのを躊躇してしまう。


「では、失礼します……」


 後ろめたい気分のまま俺は頭を下げて、台所を去った。

 ……。

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