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双藍の箱  作者: ジニー
第二章 「破滅の眼」
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2ー2 「始まりの鐘」

まず出久が外に出て思った事は、どこの看板にも日本語が書かれている事だ。(それに中が動いている。)ましてやドイツ語の看板を見つける方が一苦労だろう。

それを見る度に彼は、自分は今日本にいるのだなと思う。

しかし、そんな事は彼が単に外に出て最初に思った事である。住宅街を出て、ビルの並ぶ街の中心部に来て驚いた事は、はかり知れない。


まず1つ。

道に通る車の数が尋常ではない。

道の真ん中を通っていたら、車が、ぶーっ!!と大きな音を出してきた。

"お前がどけば良いのに"、などと思う自分の考えの誤りに彼が気づいたのは、数日後となる。

そして2つ、さらに3つと彼のこの時代での新発見は止まらない。


気がつけば夜になっていた。

空は黒く淀んでいるのに、下界はまだまだこれからとばかりに明かりが灯る。今度はしっかり歩道で、彼は歩いていた。

「……………。」

彼は阿嘉音にもらった袋を顔の前に持ってくる。

結局もらったお金は1度も使わず、只々右左も分からない街をうろうろしていただけだった。

「大分、変わっちまったんだな、日本は。」

外見だけ見た彼の、2093年の感想だった。

冷たい風が吹く。

「しっかし寒いな………。」

と、寒さで彼は、体を細めた。

無理も無い。コート1着だけを着て、中は下半身に布1枚と、普通の人なら泣き叫ぶレベルの格好で、2月の夜の街を歩いている。

ここで、ふとある事を思って足を止める。

「そういえば、帰り道分かんないな…………。」

と、出久は困って腕を組む。

すると突然、

「うわぁーー!助けてくれーーー!!」

悲鳴をあげた男が前から走って来て、出久の横を勢いよく通り過ぎた。

「なんだなんだ?」

と思ったその時だった。


ギュンッ!


何かがまた、出久の横を通り過ぎた。悲鳴をあげていた男の2、3倍のスピードで。

「……………っ!」

危険な気がすると勘で分かっていながらも、好奇心に負けた出久は、2人が走って行った方に向かった。



さっきの2人が走って行った先は、ひと気のない公園だった。その公園は木々に囲まれていて、外の街と遮断されていた。

「確かここらへんだよな?」

出久は周囲を見渡す。しかし公園内には誰もいなかった。

(しかし、この血生臭い匂いはなんだ………?)

出久は鼻をたてて、匂いのする方に足を進めた。

歩いて分かったのだが、自分の向かって行く方向からは、何やらガシュッ、ガシュッと奇妙な音が聞こえてきている。

「木の裏か…………?」

公園の端に生えている、1本の木の後ろで人の背中が見えた。

出久は回って見た。

そこには…………

身体の肉を引きちぎられ、既に意識の無い男と、その男の肉を食い漁る、もう1人の男がいた。

獲物を無我夢中で喰らう男は、後ろにいる出久の存在に気付いていない。

出久は驚き、男から離れようと1歩後ずさりした。

すると、


カンッ!


彼は誤って、後ろに転がっていた空き缶を蹴ってしまったのだ。

「あ…………っ!」

出久は、やっちまったと頭を抱える。

さっきまで肉に喰らいついていた男が、出久に気付き、ゆっくりと振り返った。

「おマエ…………見タな?」

男は次の獲物を見るような目で出久を見た。

「……………っ!」

「見たカラにハ、お前も生かシて帰ス訳にハいカナい……………。」

男は、完璧に出久と正面で向き合った。

「死ネぁーーーっ!!」

言葉にもならないような奇声をあげながら、男は出久に飛びかかった。

出久は反応が遅れ、男に飛びつかれると、左手を咬まれた。

「うっ!」

しかし咄嗟に男を手から引き離し、その胴体を蹴って、ばっと後ろに飛び下がった。

男はそのまま、猛ダッシュで出久に近づいた。そして右手を出久に伸ばした。

「させるか!」

次は捕まらないと、彼は身をかがめて男の手を躱し、右斜め前に転がって逃げる。

男は目だけを出久に向けて、不思議そうに見た。

「その動キ……普通ノニンゲンじゃなイ……。キ様、何モノだ……?」

「それは俺が聞きたいよ…………。」

出久は手の痛みに耐えながら、男に顔を向けている。

両者睨み合っていた時、

「シャドウ・チェーン………」

そんな小さな声で、何者かが呪文を唱える。

すると、公園の電灯によって出来た人喰い男の影が、もごもごと動き出したと思えば、すぐさま黒い影が鎖の様に飛び出して、男の身体を拘束した。

「な、ナに…………?」

男は体を動かし、拘束をとろうとする。

「どうしたんだ?」

出久は男に何が起こっているか、さっぱり分からなかった。

「早速出たか…………。出久の後をつけて来て正解だったみたいだ。」

出久の後ろから聞こえたのは、数時間前に聞いた声だった。

「っ!、阿嘉音か!?」

出久は振り返る。

「ごめんな、出久。コーヒーの中に、小型探索機を仕込ませてもらった。」

ごめんと手を合わせる阿嘉音。

しかし、出久はそんな事は聞き流した。

「阿嘉音、あいつは………?」

「あいつがこの街の怪奇の1つだ。【ブラッドオーブ】って言ってな、それが人の中に入ると、入った相手の中の欲求を爆発させるんだ。」

「じゃあもうあいつは…………。」

「ああ、死んでるだろうな。」

「……そうか……………。」

話していると、男が影の鎖を引き裂いた。

「おいおい、なんて馬鹿力だ……!?」

阿嘉音が驚いている。いや、呆れている。しかし、その顔には大分余裕が見えた。

彼女が新たな呪文を唱えようとすると、

「待て阿嘉音。こいつは俺がやる。」

「ほう…………。」

阿嘉音は身を退くと、それと同時に出久は前に出た。

「阿嘉音。あいつ、もう死んでるんだよな?」

「そうだ…………。」

「そして、生きていた人を殺したんだよな?」

「そうだ…………。」

「…………そうか。分かった………。」

出久が男を見ると、男はもう完璧に理性を失っている様に見えた。

「じゃあ……容赦はいらないな!」

男は、出久に向かって走り出した。

「出久!」

男が走り出すと同時に、阿嘉音が後ろから刀を投げた。

出久は後ろに手を伸ばしてそれを受け取り、鞘からすらりと引き抜いた。引き抜いたと同時に、彼の眼は黒い三日月型の瞳に変わった。

男の右腕が出久に伸びる。彼はその右腕を横に受け流し、腕を斬り落とした。

そしてすぐに、心臓に刃を突き立てる。突き立てた刀の刃は、易々と男の心臓を貫いた。

すぐに男の体から力が抜ける。出久は刀を心臓から引いた。



「まだだぞ出久!奴の体に宿っていたブラッドオーブが…………」

阿嘉音はそう言いかけたが、すぐに声を静めた。先程までの、ここ一帯に流れていた重圧が消えたからだ。出久は、男の身体の中で動き回るブラッドオーブがどこに動くかを予測して、ちょうど心臓に来たところに刀を刺したのだった。

阿嘉音の渡した刀は特別製で、ブラッドオーブを封印する力があるのだ。

「なるほど。仕事の早い奴だ。」

阿嘉音は感心する。


出久は刀を鞘に納めた。それと同時に気になった。先程彼は、刀の鞘を左手に握りしめながら戦ったのだ。なぜ咬まれて使えなくなったはずの左手を使えたのかと。

出久は、左手を見た。しかし、さっきまであった傷が、嘘の様に無くなっていた。

しかし今は、それより気になる事がある。

ブラッドオーブを失くした男の体は、灰の様に消えた。

「終わったん………だな?」

「ああ、終わった。お前はちゃんとオーブを刀に封印してくれた様だな。」

「ああ。まあ、原理は知らないけどな。」



その後2人は、阿嘉音の家に戻って来ていた。

出久は、刀を机の上に置いた。

そして帰る途中に買って来た服に着替え始めた。

「どうだった?」

阿嘉音が唐突に話しかけて来た。

「どうだったって……なにが?」

「久し振りに人を殺した感想は?」

「…………殺してない。あいつは元から死んでいたんだ。それにもっと………」

出久は一瞬間を空けた後、先程よりも小さな声で呟いた。

「本当に誰かを殺した後は、もっと悔いが残る。」

「まあ、それもそうか…………。」

阿嘉音は椅子に腰をおろす。

それから少しの間沈黙が続いていた。

着替え終わった出久が、家を出る前に座った位置に寄りかかる。そして尋ねた。

「…………なあ、今日の奴って後何体いるんだ?」

「後?………いや、分からない。だが、数はそう多くないはずだ。」

そう聞いて、出久は決めた。

「いいぜ、やる。その仕事、俺に任せてくれ。」

本に向けていた阿嘉音の顔が、彼に向いた。

「お、引き受けてくれるのか?」

「ただし………、和泉が起きるまでだ。」

「何故だ?」

「………なんでもだ。」

阿嘉音は、「まあ良いや」と言い、椅子から立ち上がった。

「よし。じゃあそれまでの間だが、よろしく頼むぞ、出久。」

「分かってるよ。」

「そうか。なら私はもう眠らせてもらう。お前は2階の1番目と3番目の部屋以外、好きに使って良いからな。」

と言って、部屋を後にした。

しばらく経ってから、出久も2階に上がると、部屋が3つあった。

「ここに入れって事じゃないか………?」

2番目の部屋に入ろうとした時、出久は1番目の部屋が気になって、中を覗いた。その部屋は電気が消えていた。

奥を見ると、窓側のベッドで誰かが寝ている。阿嘉音は3階で寝ているので、当てはまるのは1人しかいない…………。

出久はその部屋に入り、彼女の寝顔を見下ろした。和泉は、まるで人形の様に、手足はピクリとも動かず、そして人間の様に小さな寝息を立てていた。

「和泉………。出来れば早く起きてくれよな?」

出久は、彼女のベッドの横に敷布団を敷いて、その部屋で寝てしまった。

最初は戸惑った阿嘉音だが、日が経つにつれて何も言わなくなった。

筆者です。次回から次の章に入ります。

誤字・脱字がありましたら教えてください。よろしくお願いします!

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