3ー6 「狂気の錆」
利則は阿嘉音からマグカップを受け取ると、近くのソファに腰を下ろした。
「話は大体分かった。ありがとう、坂田君。君の言っていた質屋の店主という男も、今日行方不明の情報が来た所だ。これで4人目だ。」
「そ、そうですか…………?」
「うーん………。しかし、妙だな?殺された4人の死体は見つかっていないようだが…………坂田君、君は確かに死体を見たんだな?」
「はい、間違いありません。俺、この目でしっかり見たんです………!」
「なるほど、見間違いではないか…………。」
阿嘉音は手帳にメモを取りながら眉をひそめる。
「あの最初のやつみたいに、殺した奴を捕食している可能性もあるぞ?」
出久が話に入る。
「いや、それはない。現場には血だけが残されていて、肉片は残っていなかった。トチ狂った奴がそんなに綺麗に食べられるとは思えないな。」
「な、ならどうやって…………!?」
坂田の問い掛けに部屋は静まりかえる。
それから数分後、阿嘉音がパッと頭をあげた。
「……よし、分かった!」
「ん、どうした?」
「出久、坂田君。2人に頼みたい事がある。」
翌日。
出久と利則は、都会から外れた少しさびれた商店街を歩いていた。
「情報が少ないから近所で聞き込みって…………。相変わらずの人遣いの荒さだな……。」
「…………。」
「なんだ坂田?お前、学校休んだ事まだ気にしてるのか?」
「いや、そう言うわけじゃなくて………」
「ん?」
「さっき見せてもらった前の被害者リストの3人………。俺、どっかで見た事があって………。」
利則は頭を押さえて呟く様に言った。
「そうなのか?被害者達はみんなこの街出身らしいが…………お前、ここに来たのは初めてか?」
「あ、ああ………。」
「そうか………。ま、とりあえず、被害者の聞き込みを始めるぞ?」
1時間半くらい経っただろうか。街は年寄りばかりで、未だに有力な情報は出ていない。
「はぁ………中々にだるい………。」
出久はリュックの中から水を取り出して、口に含む。
「………最後、あの人に聞いてみよう!」
「おう。本当に最後だぞ?俺はもう疲れた…………。」
2人は散髪屋の前にいた男に話しかける。
坂田は、阿嘉音から預かっていた被害者リストを見せた。
「ああ、こいつらか………。」
「この人達について知りませんか?」
「俺の同級生だ。」
「え!?」
「この質屋の奴は知らねえが……、こっちの3人は仲が良くてな、集団で固まっていつも動いていたのを覚えているぞ?これがもし偶然だとしたら、少し解せねえな…………。」
「そうだったのか…………。あ、ありがとうございました。」
出久と坂田が街を後にしようとすると、「ちょっと待て」と、男がひきとめた。
「確かこの集団の中に、あともう1人いたな?」
「え?……名前とか分かりますか?」
「女だったな?いつもあいつらの後ろを静かについていってた。………あ、確か名前は………「坂田」とか言ったっけか?」
「え、坂田?」
「………………っ!」
出久と利則は「坂田」という名前を聞いて眉をひそめた。
「俺が知ってるのはそれくらいだな?もういいか?」
「あの、その女ってもしかして、「坂田 翠」という名前ですか?」
「え?…………あ、そーだった!そーだった!翠だ!」
「やっぱり…………!」
「兄ちゃん、なんで知ってんだ?」
「それは………」
利則が話そうとした時、彼の手を出久が握って制止させる。
「坂田、もう行くぞ。ご協力どうもー。」
「あ、おい!出久!」
出久は強引に利則の手を引き、商店街を後にした。
「お、おい!痛いからいい加減放せって!」
利則は必死に振り解こうとするが、出久の握力が強く、一向に手が放れない。
先程から街を行き交う人の視線が気になって仕方がない利則に、出久はやっと手を放した。
「やっとか………!」
「なあ、これからお前の家に行けるか?」
「あ、ああ。良いけど………。」
「じゃあ連れてってくれ。」
「………分かった。」
「ただいま。」
坂田が入るのに続いて、出久も中に入る。
靴を脱いであがると、床がミシミシと音を立てた。坂田の家のアパートはかなり年季が入っており、外装からもそれが見てとれた。
「ただいま、母ちゃん。」
利則はタンスの上に置かれている母親の写真に話しかける様に言った。
「これがお前の母親か?」
「ああ、そうだ。俺が13歳の時にビルから飛び降りて死んじまったんだ………。」
出久はふと、母の写真をじっと見つめ続けている利則の姿が目に入った。
「………母親の私物は残ってるか?残ってたら見せてくれ。」
「ああ。あそこに全部入ってる………。」
利則は写真の置いてあったタンスを指差した。
「それではご拝見。」
出久はタンスを開けて、1冊のアルバムを取り出した。
「あった。」
出久は、利則の母親とその友達の4人組で写っている写真を見つけた。その真ん中には、何かが刺さった様な切れ跡があった。
「この写真………。…………っ!?」
利則もその写真を見ると、途端に俯いて、頭を押さえた。
「お前が被害者の顔に見覚えがあったのは、これを見た事があるからじゃないのか?おい、坂田…………?」
利則は出久の問いに答えず、俯いたままであった。すると、
「思い出した……思い出した…………っ!」
利則はパッと頭を上げる。そして、出久を押し退けて、タンスの中を漁り始めた。
「おい、どうしたんだ!?」
「無い………やっぱり………………!」
「何が?」
「ハサミだよ!あいつが持っていたハサミ!」
「ハサミ?そりゃ、あいつが持ってるんだから、ここに無いのは当然だろ?」
「いや思い出したんだよっ!あのハサミは、俺が小遣いを貯めてサプライズで特別に作ったハサミなんだ!」
「誰の為に?」
「母ちゃんだよ!」
「じゃあ、なんであいつがそのハサミを持ってんだよ?見間違いじゃないのか?………てことは、あのハサミ女って……………」
「まさかそんな訳………。………そうだ……っ!」
すると次に、利則は数は下がると、先程まで自分が立っていた畳を勢いよく引き剥がした。
「おいおい暴れんなって。」
出久はそう言いながら窓を開け、部屋に立ち込める埃を外に送る。
「やっぱりあった………!」
坂田はそこにあった1冊の薄汚れたノートを手に取ると、畳を元に戻す。
「ん、なんだそれ?」
「知らない。母がいつもここに何か閉まってたのは覚えてたんだ。」
汚れを払いながらノートを見つめる坂田の横から、出久は覗く様に見る。
ページを開くと、そこには規則的に日にちと文章が書かれてあった。
「日記か…………?」
「日記だな。」
書いてある月日から、その日記は、学生の頃から使っている事が分かった。
「2075年5月16日………今日は「彼ら」に靴を川に捨てられた。急いで取りに行ったけど間に合わなかった………………?」
「……彼ら………?」
出久と利則は互いに首を傾げながら、続きを読み上げる。どれらも、奪われた、殴られたなどのマイナスな事ばかりだった。
「く…………っ!やっぱり、アイツらは母ちゃんの友達なんかじゃなかったんだっ!」
「アイツらって、……もしかして被害者リストの奴らの事か?」
「そうだろ………!?母ちゃんアイツらからずっと酷い扱いを受けて来た。それで、きっとあの写真の傷は母ちゃんがつけたんだ。」
「怨みって奴か?」
出久の言葉に利則は無言で頷く。
「確かに、その可能性が高いな。」
「くそっ!」
利則は全てを読まずに日記を閉じ、床に叩きつける。出久は利則の手から本を取り、再び開いて読み始めた。
「…………………。」
全てを読み終えた出久は、顔をノートから離して言った。
「なあ、坂田………?」
「…なんだ………?」
「お前、父親は…………?」
「父親?……いや、俺には父親はいないが………?」
「そうか…………。」
出久は俯いて、持っているノートをリュックに閉まい、散らかした部屋を片付け始める。
「おい、どうしたんだよ?」
「もう帰るぞ………。」
「なんか分かったのか?」
「………………。」
「おい………っ!」
利則は自分の言葉を無視してリュックを背負う出久の肩を掴む。彼の様子からして、あの日記に何か重要な事が書いてあったのは分かった。
肩を掴まれた出久は、静かに首だけ回して利則を見る。
「………………っ!」
だが、出久を見た利則は、思わず掴んでいた手を離して硬直する。彼の眼光は普通の人とは違い、三日月型になっていたからである。
出久は静かに口を開く。
「やっぱり…………。」
「……………?」
「「アレ」はお前の母親かもしれない…………。」
「………は…………………っ!?」
「……早く行くぞ……………。」
「………おう………………………。」
出久が玄関から外に出るのを見て動揺を隠せないまま、利則も後をついて言った。