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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第二部
48/52

VS王国最強



一時間と少し経った頃…闘技場は、決勝戦よりも大勢の人々でごった返していた。


その理由は…やはり、鬼神の名を冠する王国最強の剣帝の闘いが見られるという所が大きいのだろう。


『さぁて!!選手たちの準備が整ったようです!!


早速登場していただきましょう!!今年の優勝チーム!!三年生の選手たちです!!』



そこそこの歓声とともに迎えられる、ミシェルを始めとした三年生の選手たち。


観客席は、彼らの登場にはあまり関心を占め居た様子は見せない。


そう…まだ何か別のモノを待っているような静けさが……そこには流れていた。


そして三年生の選手全員がフィールドに出た後…しばらくたってからアナウンスがまだざわめきが残る闘技場に響き渡る。



『では…登場していただきましょう!!!


彼ら優勝チームの前に立ちはだかる……我らが王国最強!剣帝です!!』



三年生のベンチのと対角辺りに位置するゲートに立ち込める煙。


会場の全員の視線が、そちらへと注がれる。




「大々的に登場してくれますね、腹立たしいです」


「まぁまぁ、拓也だし大目に見よう」



アシュバルには聞こえないように、腹立たしいと表情を歪めながら……しかしちょっとだけ楽しそうに小さくそう呟いたミシェル。


偶然彼女の隣でそんな言葉を聞いていたアルスは、いつものように微笑むと、立ち込める煙の方をじっと眺めながら、彼女と同じように小さな声量でそう返した。


しかし…彼女は何かがおかしいと、煙を注視しながらも感じていた。



「…気配がないですね」



煙の中に人の気配がないのだ。


彼が意図的に気配を消しているのならば感知できないのは当然だが……別に隠す意味も必要もないはずなのに……煙の中からは何も感じない。


頭に疑問符を浮かべながら…数秒後。



『…おや…?剣帝の姿が…見えませんね……』



煙の中には…誰もいなかった。



会場の皆の視線が注がれる場所に剣帝が現れなかった。


日照りが続いていた砂漠のような熱気は少し冷め、闘技場全体にどよめきが走る。



「……たく……どうしたんだろうね、剣帝様」



思わず出そうになった個人名を慌てて呑み込み、あたかも他人を装った発言をしたビリーは、首を傾げて誰もいない向かい側のゲートの方をボーっと見つめる。


彼の周りの選手たちも、大方そんな反応だった。



「あのバカは……」



額に手をやるメル。


彼の正体を知っている彼女からすれば、ただただ頭が痛くなるだけなのである。



「剣帝はバカなのか?」



「あっ…そ、その……」



彼女の隣に陣取っていたアシュバルには彼女のその発言が聞こえていたのか、王族ということで剣帝の正体や詳細を知る彼女にそう尋ねる。


心の声が漏れてしまったと目に見えて焦った様子のメル。もちろん彼の正体をばらすようなことをするわけには行かない。


過去にそう言ったことを一度やってしまっているため、彼女の顔には過去への反省の色が見て取れた。



「言えませんわ!」



「知っている」



すると……その時だった。


ゲートの方に向いていた者の中で、唯一。ミシェルだけが何かを察知し、彼女は視線を雲一つない快晴の空に向ける。



「ミシェルさん……どうかしたの?」



「……多分ですけど、もうすぐ現れますよ」



彼女の視線を伝うようにして上空を見上げるビリーは、視線はそちらへ向けたまま、一人だけ何かを感じ取った様子のミシェルにそう尋ねた。


すると、彼女がそう口にしたその次の瞬間だった。



「来ましたね」



ミシェルとビリーが見上げる空に……きらりと光る謎の物体が現れた。


徐々に視界の中で大きくなって行くその物体は……フィールド上の選手たちの前方20メートル当たりの場所に墜ちる。



周りの砂を少量巻き上げながら地面に深々と突き刺さったそれの正体は……白銀に冷たく輝く一本の剣。


ざわめきすらも消え失せて、すっかり静かになってしまった闘技場。



そんな中……彼は、剣の柄の上に降り立った。


そこだけ空間が抜け落ちたと錯覚するほどに黒いローブを翻す男の正体は…王国最強。


ヒラヒラとローブの裾が揺れ、上品に施された金の刺?がチラリと見え隠れする。


数秒感覚を開けて、会場中が再びとんでもない熱気に包まれた。



『あ、現れました!!!剣帝の登場ですッ!!!』



地鳴りのような歓声。


堂々とした様子で柄から降りた剣帝…拓也は、何やら右手に持っていた板状のものを顔に持って行く。


仮面のようなモノを付けたようだったが……目深に被ったフードのせいで、詳細は定かではない。



「遅れてすまない、少々準備に手間取っていた」



前へ歩み出ながらそう謝罪の言葉述べる拓也。ミシェルもハッと思い出したような表情を浮かべると、慌てて彼女も前へ歩み出る。


ある程度近づいたところで…拓也の方からミシェルに手を伸ばした。



「よろしく、可愛らしいお嬢さん」



「…顔面晒さなくていいからって止めてもらえませんか、不愉快です」



「辛辣すぎ泣いた」



距離的に他の者に会話が聞かれることがないからかそんないつも通りの会話を握手をしながら交わす二人。


仮面の下が涙で濡れていたのは最早言うまでもないだろう。



若干籠ったような声。よく見れば、顔全体が白い板で覆われていた。


影になっていて薄っすらとしか見えないが、白い仮面の赤い色の口のペイントが目に映る。



「その仮面…何のつもりですか?」



その問いに、仮面の下で彼がニヤッと笑うのはミシェルには容易く分かった。


一しきり仮面の下で笑みを浮かべた後……拓也はその問いに対する返答を口にする。



「いや~このローブの防御性能ヤバいからな、流石に学生相手にこれ着て戦うのはフェアじゃないかと思いましてはい」



「はぁ……まぁ何でもいいですけど」



彼がそういうのも無理はない。何故なら、このローブは常に彼の体の強度の8割の防御性能を誇る。


おまけに自動温度調節機能付き。オールシーズンこれ一枚で行けるという優れ物なのだ。


そんなものを着ていては、本体にダメージを与えるどころではな

と考えた彼の気遣いだろう。



「で、なんで遅れたんです?」



「これの下に着る服探しに帰ってたら…ね」



「…バカですか」



口ではそう罵りながらも、ミシェルは柔らかく笑って見せた。


仮面の下で、いつもとは違った表情を浮かべた拓也だったが、それを悟られないように踵を返し、ローブを留めている胸元のブローチに手を掛けて外し……纏っていた黒い幕を一気に脱ぎ捨てた。


ぴちっとした首まで覆う黒い半袖のインナーとアームカバー。脛をレッグカバーで絞った黒のカンフーパンツ。


かつてオーディンと戦った時の衣装から、白いカンフーシャツを引き算しただけの簡易な格好。



『ど、どういうことでしょうか!!?剣帝がローブを脱ぎました!!仮面で顔は隠れたままですが……す、凄まじい肉体です!!!』



鍛え抜かれた無駄の一切ない体。


背後から彼の美しい逆三角形の背中を眺めるミシェルは……かつてのボロボロになった彼を照らし、少しだけ表情を顰めるのだった。


普段は絶対に見ることのできないローブを脱いだ帝の姿に……会場は一斉に沸きあがる。



「じゃあ……やろうぜ」



体勢はそのまま…首だけで後ろを振り向き、そう呟く拓也。


ニッコリと赤いペイントの三日月型の口、右目の下の黒い滴のマーク、左目の下の銀のダイヤのマーク。


その仮面が何を意味しているのか…はたまた特に意味はないのか。


真意は拓也のみ知るところである。


剣を引き抜いて鞘に戻した剣帝に向かい合う三年生優勝チーム5人。


審判の合図を確認して……アナウンスが流れた。



『いよいよです!!剣帝対三年生優勝チーム!!


それでは……始めッ!!』



試合開始の合図が流れたその瞬間……フィールド上の空気が変わった。


それは観客席の者たちには分からない変化。


フィールド上にいる者にだけピンポイントに当てられる、微量の殺気。


心臓にゆっくり手が添えられて行くような…不気味な感覚に、三年生チーム全員の脚が止まっていた。


「どうした、来ないのか?」



首を傾げて尋ねる剣帝。


そうは言われても……彼の放つ異質で不気味で…且つ、圧倒的なプレッシャーに彼らはじっとりとした汗を浮かべ、喉を鳴らす。


剣帝の実力は、言わずもがなエルサイド王国民ならば誰もが知っている。

それどころか彼のその異常なまでの強さは、国外にも広がっている。



まだ一手を交わしてすらいないのに……こうして対峙しただけではっきりとした実力差を三年生側のほぼ全員が唇を噛みしめて痛感していた。



「無際限の光線(アンリミテッド・レイ)



ただ一人を除いては……。


展開された光属性の魔法陣から勢いよく放たれる、無数のレーザー。


それらは一度大きく広がり、数秒後に剣帝目掛けて軌道を変える。


発動した術者…ミシェルの顔には、何故だろうか……笑顔が浮かんでいた。



「ミシェルめ……」



沈黙を破るその一撃に拓也は仮面の下でニヤリと微笑むと、重心を後ろに倒しながら地面を蹴って飛びあがる。


次の瞬間には地面に衝突するはずだったその光線…だが………拓也は見た。


ミシェルの光の魔法陣に、一つの精霊語(エレメントワード)が追加されたのを。



目を凝らし、読み取れたその精霊語は……『追尾』。


「はっ!!?」



刹那…地面に向かって照射されていた光線が旋回し、空中へ逃げた拓也へ照準を合わせた。


ー…な、なんで魔法起動中に精霊語ツッコめるんだ…!!?


ミシェルの奴そんな練習もしてたの!!?…ー



風属性の魔法を発動し、飛来する弾幕の隙間を縫うように回避行動をとりながら拓也は内心でそんなことを呟いて、彼女の実力を称賛した。


しかし流石はミシェルか…すぐに光線の軌道を修正し、壁のように隙間のない弾幕に拓也はすぐに窮地に追い込まれた…が。



拓也もまた、流石である。



「…まだまだ」



水の魔法陣を作り上げ、その青く輝く円形を中心に水蒸気の爆発が巻き起こった。



数で押す攻撃手段ではあるものの、術者の実力が高ければそれに比例して出力も上昇する。


ミシェルが放った高出力のレーザーは、霧の中でその威力の大半を失いながらも拓也の体表まで…到達していた。


じりじりと上腕が焼けるような感覚が脳に到来……そんな中、拓也は仮面の下に笑みを浮かべていた。



「さてさて……他の奴らは一体どうやって攻めてくる?」



これだけ視界が悪い中でも…彼の瞳は、未だに立ち尽くしている4人を捉えていた。


恐怖からか、緊張からか……理由は定かではないが、彼らは未だ硬直したまま。


風属性の魔法を解除し、霧の立ち込める地面に降り立った拓也は、顎に指を当ててしばらく考えるような仕草をすると……何か閃いたのか、魔力を纏わせた右の人差し指を振るって空中に…雷属性の魔法陣を描き、更にその中雷属性の魔法陣の中に、水属性の魔力で数個の精霊語を描いた。



「喰らえ、【荷電粒子砲】!」



拓也がニヤリと悪い笑みを浮かべたその刹那…霧の中から一直線に飛び出すレーザーのような物体。


もちろん狙いは…ビリー。



「はぁッ!!?」



まさに間一髪。


すんでのところでその攻撃を回避したビリーは、次の攻撃を予測して選択肢の多い空へ飛び上がった。


そのレーザーのようなモノが直撃した闘技場の壁は……綺麗に貫通している。



「まだ出力が強すぎるか…注意だな」



「(あんなの当たってたら……やめよう……考えただけで恐ろしいよ……)」



ようやく霧が晴れて露わになった剣帝のその思考するような仕草を見て、威力などについて色々と怒ってやりたいビリーだったが……とりあえずはこの試合に集中しようと意識を整理し直す。


すると、今の剣帝の攻撃を皮切りにようやくミシェルとビリー以外のメンバーも、魔武器を取り出すなり魔力を練り上げるなり動き出した。



彼らも動いていなければただの的になると悟ったのだろう。



「ごめんねミシェルさん、足が止まってたよ」



「いえ、大丈夫です。それより…どうやって攻めますか?」



「真正面から…ってわけには行かないよね。近接型のアシュバル君、ビリー君。中距離の僕とメルさんで時間を稼いで、ミシェルさんが止めの一撃を撃つっていうのが理想なんだけど…」



「そんな簡単にやらせてくれませんよね…アレが」



降り立った場所で動きを止めている剣帝から視線を外さないようにじっと凝視しながら作戦を練るアルスとミシェルだったが……彼らは普段彼の身近にいる分、彼がどれだけ規格外か分かっている。


額から流れた汗は……絶望色に染まった顔を伝った。



「とにかく…まだ私たちが誰も倒れずに残っているということは、まだ拓也さんが手加減してくれているということです。


腹立たしい話ですが、そこに付け入るしかないですよ。多分」



「だよね。拓也がその気なら……きっと開始直後に全員地に伏せてるよ」



苦し紛れに笑みを見せあう二人だったが……その笑みは、二人とも例外なく引き攣っていたのは最早言うまでもないだろう。


するとそんな時だった。



『おぉっと!ビリー=ラミルス選手!!果敢に攻め込んでいくぅぅぅ!!!!』



ビリーが単騎で剣帝に突っ込んで行った。



ジェット噴射の如きバックファイアを発して、一直線に剣帝目掛けて飛来する。


常人ならば視認もままならないそのスピードだが……生憎相手は王国最強。



「うぁっ!!?」



そのスピードに乗せて突き出された右拳は軽くかわされ、手首を掴まれて上空へ放られる。


回転を付けて投げられたせいで、ビリーは空中で制御を失った。



「まずは一人…か」



彼を放るのに使った右手に練った魔力を送り、魔法陣を展開。


半分が光で、もう半分が闇入り混じった…神々しくも禍々しくも見える…そんな魔法陣。


フィールド上の選手たちは、全員が思う。アレを喰らったらヤバい…と。



「くっそ…ッ!!」



グローブから放出した炎でようやく体勢を立て直したビリーだったが……既に剣帝の攻撃の体勢は整ってしまっている。


ビリーも…この魔法陣を見た瞬間、背筋に氷を突っ込まれたような感覚に陥り、思わず一瞬体が固まった。



…が、その魔法が発動することはなかった。


理由は…剣帝に接近していたもう一人の選手。強固な金属で覆われた拳は、軽く片手で止められてはいたが……魔法の発動を阻害することには成功していた。


キッとビリーを睨み付けて、彼は叫ぶ。



「馬鹿が!何を焦って一人で突っ込んでいるんだ平民ッ!!」


「ご、ごめんよ!!」



「へぇ……俺の前でよそ見とはね」



ニヤリ。仮面をつけているのにもかかわらず、アシュバルはその仮面の向こう側を見たような気分。


ヌルリとした殺気が全身に纏わりつく……アシュバルの本能が全力で警鐘を鳴らし、今すぐにコイツから離れろと訴えかけた。



「ッ!!」



息をするのも忘れてその本能の警告に従い、アシュバルは思い切りバックステップを踏んだ…が、剣帝のターゲットは同時に彼へ移る。


腰を低く落とし、剣の柄に手を掛け、一歩。たった一歩、地面を蹴る。


その一歩だけで…



「速ッ!!?」



視界の中であっという間に小さくなっていた剣帝は…いつの間にか目の前に迫っていた。


距離はおよそ2メートルもない。本能的に生命の危機を感じているのか…見開いた瞳には目の前の光景がスローモーションのように映った。



「(死ぬ…)」



もちろん拓也は彼を殺すつもりなど微塵もないのだが……彼の殺気を間近で浴びたアシュバルが直感的にそう思考するのも仕方ないことなのだろう。



ー…やっと一人か…ー



内心でそう呟き、剣を鞘から抜き放った…その次の瞬間。



「させませんわッ!!」



聞き慣れた怒鳴り声と共に地面を走る電光が、アシュバルと剣帝を引き裂いた。


そちらへ目を向ければ…映るのは時折稲妻が走る、恐らく帯電しているであろうカマを握るメルの姿。


楽しそうにクック…と笑った拓也は、剣の切っ先を彼女に向けた。



「ったく…ステルスお○ぱいの分際で」



「き、聞こえていますのよッ!!!」



そう咆哮すると同時に、大鎌を横に思い切り薙ぎ払うメル。


すると…帯電している青白くも見える稲妻が完全に消失したかと思うと、刃の色が雷属性の色から…代々に似た色に変色し、今度は雷撃ではなく、灼熱の炎が大鎌から出現した。


大鎌の延長線上を焼き払うように迫る炎。



そういえば彼女の魔武器の能力はあまり気にしたことがなかったなと、内心で自分のリサーチ不足を悔いて…しかし笑いながら、剣を軽く上空へ放った。


クルクルと回転して放物線を描きながら、その剣はメルの方へ飛んで行く。


一体何のつもりだろうかと首を傾げたメル。別に近くに落ちてくるというだけで直撃するわけではない為、その剣を意識から外し掛けた……その時。ミシェルが急速に魔力を練り上げながら叫んだ。



「メルさん離れてくださいッ!そこに”飛んで”きますッ!!」


「え…あっ!」



そう。彼は大体、自身の武器に瞬間移動の術式を組み込んでいる。


かつてオーディンとの戦いでも見せたように、そうすることで攻撃の幅を広げ、回避にも役立つのだ。



メルもミシェルのその呼びかけのおかげで自らに迫った危機を感じ取ったのか、その顔に緊張と焦りを浮かび上がらせて慌ててその剣が落ちてくる方向とは逆の方向へ跳ねるように移動した。



「っち…流石はミシェル鋭い……だけどちょっと遅かったな、メル」



「そんなッ!!」



…が、拓也は本来は地面に突き刺さってからのつもりだった空間移動のタイミングを早め、まだ空中を舞っている剣に飛ぶと、空中に空間魔法の結界を張り、それを足場にして回避行動をとったメルに向かって飛び、剣……ではなく、フリーになっていた左の手を伸ばした。



「させないッ!!」



…が、また邪魔が入った。


今度は炎を纏った拳が顔面目掛けて飛んでくる。


拓也はそれを少し仰け反るような形で難なくいなして手首を掴むと、彼を投げ飛ばす刹那の間、最高に挑発するような声色で呟いた。



「顔面狙い過ぎるとかわされるっていつも言ってんでしょうが」



次の瞬間、彼は堅い地面にクレーターを形成するエネルギーと化した。


「ぅ……いったぁ……」



「ホントは痛いじゃすまないはずなんだが……流石俺の弟子、頑丈」



クレーターの中心で顔を顰める弟子をチラと一瞥し、呆れ笑いを浮かべてそう呟いた拓也。


確かに、常人がアレを受ければ潰れたトマトになること必至だろう。


すると…一瞬地鳴りがしたと思うと、次の瞬間拓也の真下の地面に亀裂が走り、大地が隆起する。



「地母神の祈り(ガイアズ・プレイングハンズ)



一年生の副将が使ったの同じ魔法。しかし…発動速度、規模、威力、正確さ。すべてにおいて…こちらが勝っている。


ミシェルを振り向き見るのと同時に関心や誇らしい気持ちもも抱きながら、拓也は剣を投げ捨て、両の手を突っ張るように横へ開き、伸ばす。


拓也の手から離れた剣は、少し遠い地面に突き刺さる



「おっと危ない」



「…ッ!?」



そのままそこへ飛ぶかと思われた拓也だったが……あろうことか、彼は突っ張った両手で、その何十倍も巨大な岩の手にも見える壁を……止めて見せた。


面積の関係のせいか手が若干岩の中に食い込んではいるが……止めている。


あまりの怪力に目を見開き、驚愕の表情を浮かべるミシェル。どれだけ追加で力を籠めようとも…まったく動かない。それどころか……押し返され始めた。


その事実が、更に彼女を熱くさせる。



「潰れてくださいッ!!」



練り上げる魔力をもったいぶらずにつぎ込み、拓也を潰さんとさらに魔法を強化した。


その甲斐あってか……何とか拓也は押し返すことができなくなった……が、ミシェルも押し切ることができず、岩の手は動きを止めた。



「まだ足りない…ッ!?」



「いいや…動きが止まればこっちのものだッ!!」



しかし…また拓也自身も動きを止めていたのは事実。


それを好機と見たアシュバルは、迷うことなく一直線に剣帝へ向かって跳ぶ。



傍から見たら完璧な連携。




だが何故か……ミシェルは、仮面の下で拓也がニヤリと意味深に笑ったのを感じ取った。



「……まずは一人だな」



「ッ…!?


待ってくださいアシュバルさ…」



ミシェルが言い終わる前に…拓也は空間移動で先程投げた剣へ飛ぶ。


アシュバルは……拓也というストッパーが無くなって両側から岩の壁が迫ってくるプレス機の中。



「ッ!!」



咄嗟に魔法の動作を停止させるミシェルであったが…あの岩の壁の収縮は、本来拓也を圧し潰そうとして動作しているもモノ。


車は急には止まれないのだ。



解除と共に粉々に砕け散った岩と一緒に地面へ落ちるアシュバル。彼が地面に叩き付けられる前に空間移動で彼を一年生側のベンチへ飛ばした拓也は、地面に刺さったままの剣を引き抜きながら呟く。



「まずは一人だな。んで…あと4人」



ミシェルの方へ切っ先を向けた拓也のその姿は、不気味な仮面も相まって一級の不審者である。


多分これが日本ならば銃刀法違反とついでに猥褻物陳列で警察署でかつ丼を頂くハメになっていたに違いない。


存在自体が猥褻物な拓也だけの特権だ。



「…どうするミシェルさん!このままじゃ…」



「分かっています。ただ……打つ手がないのも事実です……」



「そんな…何か……何か有効な作戦はありませんの…!?」



ミシェルの傍に降り立ったビリーの顔に浮かんでいるのはやはり焦りの表情。先程喰らったはずのダメージを感じさせない機敏な跳躍と飛行は、流石拓也の修行を受け続けている賜物か。



彼からそう問いを投げられたミシェルであったが…彼女の経験値と実力、柔軟な発想をフルに活用しても……突破口が全く見つからない。


彼女の脇にいつの間にか移動していたメルは、この中で間違いなく一番強いであろう彼女のその発言に、思わず顔に絶望の色すら浮かべた。



するとそんな時……彼らの耳元で、非常にうざったい聞き覚えのある声がした。



『君たちにヒントだ。俺には色仕掛けが効果抜群だぞ』




「……ウザいですわね」



「音魔法の無駄遣いですね」



「……まぁ…拓也君らしいけど…」



「メルさん、出番じゃないかな?」



「あ、アルスさん!?何を言い出しますの!!?」



「………………おっと…冗談だよ」



「い、今の間は何ですの!!?」



アルスのそのセリフのせいでミシェルがちょっとだけムスッとして、理不尽に拓也が睨まれるのであった。



「まぁ……とりあえず攻める以外の選択肢はないですね。守りに入っててもじり貧です」



「…だね。じゃあ…ビリー君、先陣は任せたよ」



「えぇ僕…?」



「大丈夫です、私とアルスさんで援護しますわ」



「じゃあミシェルさんは最高火力の一撃を用意してて。僕たちで何とか動きは止めるから」



「分かりました」



メンバーが一人欠けてしまったが…取り乱すことなくすぐに作戦を練り直し、それぞれが持ち場につく。


すぐに態勢を整えてきた彼らを前にした剣帝は、仮面の下で感心したような笑みを浮かべると…手にしていた剣を空へ投げた。



「じゃあそろそろギアチェンジってことで」



宙を舞う剣は、ぼんやりと輝いたかと思うと……その光が粘土のように形を崩し、無数の剣となって地面に向かって降り注ぐ。


一々避けずとも、その剣がミシェルたちに突き刺さることはなかった。



一定の感覚で地面に生える剣。


彼女たちは……似たような光景を、見たことがあった。



ビリーが真っ青な顔をして、誰に言うでもなく呟く。



「これって……」



「……最悪ですね」



いつもながらにクールな表情のミシェルだったが……よく見ればその表情の中には焦りと恐怖が浮かび上がる。


他の面々も、それらの感情が色濃く浮き出ていた。



何故なら……この光景は、彼がかつてオーディンと戦った時に見せた最後の技。


鬼神の剣の最終奥義『天地無双』に、非常に酷似しているのだ。



「こ、これって…!


だとしたら…!!」



「うん…この全てに瞬間移動の術式が組み込まれてる……ハズだよ。


遂に本気になったかな…?」



違いといえば、結界を張って三次元的な攻撃に対応させるということはしていないという点と、武器の種類が直剣の一種類だけということ。


だが…絶望的な状況だということには変わりなかった。


剣帝が纏う雰囲気が……変わった。


例えるならば、今まではチョロチョロと漏れていた水が止めるモノを失い、一気に決壊したような変化。


いきなり彼が纏い始めた桁違いのオーラのようなモノに畏れ戦く彼らだったが、何とか戦意を喪失することなく全員が正面に剣帝を捉える。


足を竦ませながらも威勢の良い彼らを目の前に、拓也は仮面の下でクック…と低く笑うと、威圧するように両手を軽く広げながら…一言呟いた。



「これにて終局」



・・・・・



歓喜に湧く観客席。


彼らの視線が注がれるのは……フィールド上に倒れる選手たち。


その中でも、両手を挙げて降参の意を示すミシェルと、その彼女の背後で剣を彼女の首筋スレスレの所で止めている剣帝に向けられていた。



『剣帝の勝利です!!


やはり強い!強いです!!優勝チームの三年生を先鋒から大将まで全員を同時に相手にしても…!!


余力を見せての勝利です!!!』



ほぼ確定していた敗北。しかしやはり負けるのは悔しい。


溜息を吐き、ミシェルは後ろの拓也に向けて小さく呟いた。



「やっぱり馬鹿みたいに強いですね、ホント」



「当たり前じゃん。俺っちマジ最強」



「……まぁ確かに強いですけど…。



というかどうしてビリーさんだけ剣の腹で殴ったんですか?他は全員闇魔法で意識を奪ったのに…」



「なんとなくだな、あと俺の弟子だし」



背中越しにケタケタと笑い声が聞こえる。


若干イラっとしながらも、ミシェルは続けた。



「それなら私だって……」



あなたの弟子じゃないですか。そう続けようとしたが……なんだか照れ臭くなってその言葉は結局口にすることはなかった…。


すると拓也は急に黙り込んだ彼女の背中を見て何を思ったのか、手を引いて剣を鞘に納めると、その手をそのまま彼女の頭に置く。



「大切で大好きな恋人に…手なんて上げれるわけないだろ?」



仮面でその表情は分からない。


だがミシェルは……どうしてか、彼がこの仮面の向こう側でいつものように笑っていると確信していた。


頭に置かれた手が雑に髪を撫でる。



「……なんですか、イケメンのつもりですか」



周りから見れば、この善戦を称えた剣帝の行動と取れるのだろうが…。


よく見れば若干赤らんでいる彼女の表情を見れば、きっとその考えは間違いだと気づくだろう。

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