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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第二部
47/52

弱さ




三年生が一年生にリードを許している。ある意味番狂わせなこの状況に、闘技場全体が湧いていた。


もしかしたらこのまま一年生チームが優勝してしまうのではないかという思考が、観客をはじめとした見物人たちの脳内で渦巻き、熱狂した歓声に変換される。


勝者にとっては凱旋の声援。敗者にとっては何となく居心地の悪い罵声にも聞こえるそれ。



後者のアルスは、いつも通りの張りぼてスマイルをその顔に浮かべたまま踵を返し、数歩行く。


それから何かを思い出したようにバーフルの方へ振り返った。



「あぁ、そうだ。一つイイことを教えとくよ」



「イイこと…ですか?」



不思議そうな表情…しかし興味を示した様子の彼に、アルスは一つ頷いて見せると、人差し指をピンと立てながら口を開いた。



「次に出てくる二人には注意した方がいいよ、本当に強いから」



ニヤリと吊り上がった口角。


それがただのホラなのか……それとも真実なのか。


彼のその言葉の真意は分からないバーフルであったが……彼の本能が何かを感じ取ったのか、背筋が一瞬だけ冷たく凍り付くような感覚に陥った。


だが彼が返す言葉はただ一つ。



「油断はしません。忠告ありがとうございます」



キリッと引き締まった目。クスクスと楽しそうに微笑んだアルスは、三年生のベンチへと戻って行った。



『さてさてさて!!三年生の中堅まで破れてしまいました!!


一年生チームはまだ次鋒!!三年生チーム!これは中々厳しくなってきたのではないでしょうか!!!?』



実況の煽りが闘技場中に響き渡る中……生まれたての小鹿よろしく小刻みに震える黒髪の男が、三年生のベンチから一歩足を踏み出した。



『続いてフィールドに現れるのは三年生の副将!!


ビリー=ラミルス選手です!!』




「……え?」



三年生のベンチから現れた相手の選手を視認し、バーフルが最初に口から零したのはそんな言葉とも取れないような意味のない音だった。


顔に浮かぶのは、困惑と少々の驚き。



『三年生チーム唯一のBクラスからの出場のビリー=ラミルス選手!!

一体どんな戦いを見せてくれるのでしょうか!!?』



「ぁ……ぁぁ………」



生まれたての小鹿のようにガクガクと忙しなく震える膝に、血の気が引いたような真っ青な顔。


表情も緊張からとは思えないほど引きつり、今にも心臓麻痺で倒れてしまいそうな様子。


そんなどう見ても戦える様子ではないビリーを前にして、バーフルは何だか戦意が削ぎ取られるような感覚に陥るのだった。



『それでは行ってみましょう!!……始めッ!!』



Sクラスの生徒しか出場できないという制限が解除され、初めての魔闘大会。


しかし実際に本戦にSクラス以外で出場していたのは、すべての学年の中でもビリーただ一人だった。


期待に沸く観客席。凄まじい歓声がフィールドの中の二人へと降り注いだ。



「……ぁぁ……」



更に青く……群青色に顔を染めていくビリー。


彼の心境を知る由もないバーフルは、なんだか申し訳ない気持ちになりながらも剣を鞘から抜き放つ。


この場に立っている以上、手加減は相手にとって失礼だ。そう考える彼は、剣の切っ先をビリーに向けて構えて小さく深呼吸した。



「やっぱダメか……アイツヤバいぐらい緊張してやがる」



「えーそうは見えないけどな~!」



「ビリー君真っ青だよ……大丈夫かな……」



「………まぁアイツ無駄に耐久力だけは高いし…緊張も攻撃されまくってるうちに解けてくるんじゃないかな~…多分」



観客席の一角では、拓也たちが初戦に臨むビリーを見つめて雑談をしていた。




「それって大丈夫なの…?」



「ん、なにが?」



「だって殴ったり蹴られたり斬られたりするんだよ……絶対に痛いよ……」



心配そうに顔を歪めてそう呟くセリーがフィールドに視線を戻したのその次の瞬間……何やら高速で吹っ飛んだ物体が、闘技場の壁にとんでもない勢いで衝突し、粉塵を巻き上げた。



『おぉっとビリー=ラミルス選手!相手に先制攻撃を許してしまった!!


斬撃主体かと思っていたのが仇になったか…突然の蹴りに対応できません!!!』



「ビリー君がッ!!」



実況の言葉を認識するが速いか観客席最前列手前の壁から身を乗り出すセリー。


ビリーが最初に立っていた位置には、攻撃を終えたバーフルが着地している。


すぐさま壁の方へ視線を滑らせるセリーの視界に映ったのは……瓦礫の中から二本の脚が生えている光景。


あの脚がビリーのモノだということは間違いないだろう。


様子から見て直撃。青ざめるセリーを尻目に、拓也は怪しく微笑んでいた。



『顔面に膝がクリーンヒットです!!果たして三年生の副将は立てるのでしょうか!!?』



「あぁ……」



まるで先程のビリーの緊張が映ったかのようにカタカタと小刻みに震え始めたセリー。


するとそんな状態の彼女の肩に拓也がそっと手を置いた。


ビクッと驚いて肩を一際強く震わせたセリー……彼女が驚いたのは、拓也がいきなり肩に手を置いたからではない。


要因は彼の浮かべている表情。



「大丈夫さ…」



視線はバーフルへ向き、浮かぶのは凶悪な笑み。


まるで今から彼が陥るであろう絶望にも似た驚愕に期待しているかのような……そんな表情。



「アイツが普段戦ってる相手はこの俺だぞ」



次の瞬間…崩れ落ちた瓦礫が全体的に蠢くと……巨大な壁の一部が軽々と持ち上がった。



「いてて……」



軽々と……まるで紙きれを払い捨てるかのように壁を持ち上げて這い出したビリーが、服についた砂やらを払いながら最初に零したのはそんな言葉だった。


強打を喰らった顔を摩りながらそう零した彼を見てバーフルはただただ驚愕する。



「…は?」



何故ならば、それはビリーの口から零れた言葉から、全くのダメージが感じられなかったから。


その言葉はまるで、子供の相手をしている大人が手心を加えて行っているような……。


ビリーにはもちろんそんなつもりはないのだが、どうしてかバーフルは……恐怖していた。



「こんなことが……」



上段からの剣の振り下ろし。ギリギリまで近づいてから慌てて自分の存在に気が付いた相手は、すんでのところで回避した。


だがそれはフェイク。剣の柄をそのまま手放し、焦燥が浮かぶ相手の顔面に膝を叩き込んだ。


結果…相手は吹き飛び、壁にぶつかってダウン……。



したはずだった。



それなのに、全くのダメージが感じられない。


刈り取る側から、いきなり刈り取られる側に回る恐怖。



「…ッ!!」



中段に剣を構えたバーフルは、姿勢を低く落として”受け”の姿勢に入ってビリーの出方を見ることにした。


それは愚行なのかもしれない。


しかし……一度味わった戦慄で、”攻め”の姿勢に入るのが躊躇われたのだ。


下手に飛び込めば、あの意味の分からない耐久力で自分の攻撃を受けながら…一撃を叩き込まれるかもしれない。


相手の攻撃力が未知数で、あの耐久度がある以上……再び懐に飛び込むのは躊躇われる。



故に、消去法でこの体制を取るのは仕方がないのである。



「あ、そうだ魔武器付けなきゃ……」



極度の緊張状態で複雑な思考をするバーフルとは対照的に、一発ぶん殴られた……というか蹴られたビリーは、少々冷静さを取り戻していた。



魔武器のグローブを装着したビリーは、相手が攻めてこないことに首を傾げながら数回手を開閉し、感触を確かめる。


慣れた皮が鳴る感触…よし。と自分を鼓舞するように小さく零して視界の中心にバーフルを捉えた。



ゴォッという音と共に拳に灯った炎。それを見たバーフルはさらに警戒の姿勢を高める。



「はぁ~…緊張するなぁ……よしッ!!」



決して明るいとは言えない表情でそう零したビリーは…身体強化を施し、視界の中心のバーフル目掛けて駆け出した。


日々の基礎トレーニングのおかげか、その速さは明らかに学生のそれじゃない。


だが目で追えないほどではなかった。



「これなら…ッ!」



スピードが分かった今なら対処できる。バーフルがそう思ったその刹那。



「…ヵハッ!!?」



両掌を自身の後方へ向けたビリーが一瞬爆発を起こしたかと思うと…途端に視界から彼の姿が消え去った。


見失った。そう思い索敵しようとした次の瞬間、腹部にから全身に響くような恐ろく重たい衝撃。


吐瀉物のように口から零れた音は、その打撃音に掻き消され体は後方へ弾丸の如く弾き飛ばされた。



咄嗟に体を丸めたバーフル。彼は次の瞬間闘技場の壁に衝突。


彼が衝突のコンマ数秒前に、掠れた視界に辛うじて捉えたのは…低い体勢から直立へ戻る対戦相手、ビリーの姿。


腹部への強打から間隙開けず背中から入ったダメージで、体はとたんに鉛のように重くなり、崩れ落ちる瓦礫を交わすことは叶わず…埋まる。



『なんということでしょうか!!!


凄まじい!!凄まじいスピードです!!!


一瞬姿を見失ったのは私だけではないでしょう!!!』



「(あのグローブは魔武器……最初に炎を灯していたから、操る属性は火………そして爆発……あの炎を推進力にしたということか……?)」



甚大なダメージに体が警鐘を鳴らしていたが……バーフルは自分自身でもびっくりするほどに冷静だった。





「やっぱり初見じゃあの速さには対応できないみたいだな…」



「や~ビリー君スッゴイ!!!」



はしゃぐジェシカと、彼女ほどではないが興奮しているセリー。


彼女らに便乗して笑みを浮かべていた拓也であったが……内心では少しだけ顔を顰めていた。


地面を滑るように高速移動したビリーが狙ったのは……相手の腹部。



ー…顔面をぶん殴れば一発だったろうに……ー



確かに…わざわざそこを狙いに行けば交わされる可能性もあった。


とりあえず相手に警戒させる為に確実な一発が欲しかったなら…今の判断も分からなくはないが……拓也はビリーがその判断を下したとは考えていなかった。



ー…確かに決闘は相手を殺す為のモノじゃない……けどな……ー



フィールドでは、起き上がったバーフルとビリーが格闘戦を繰り広げている。


しかし……やはり拓也との修行の成果や得意なレンジということもあってか、軍配はビリーに上がった。



『勝者!ビリー=ラミルス選手!!


スピードと近接戦闘の技術で相手選手を終始圧倒しての勝利です!!!』



一気にボルテージが上がる観客席。最早近隣住民の方々に迷惑がかかるのではないかというレベルの大歓声が巻き起こる。



「拓也君!ビリー君勝ったよ!!」



「…まっ俺の弟子だし当然だな!」



拓也は内心のその思考を彼女らに悟られないように、務めていつも通りに振る舞った。



『さぁ次は一年生の中堅!ライ=ゴルアル選手の登場です!!


一体どんな戦い方をするのでしょうか!期待で胸が高鳴ります!!!』



初戦を終えて、緊張も少しだけ解けてきたビリーの前に現れたのは…緑髪の男子生徒。


戦闘服を下から押し上げるような筋肉の発達の仕方からして、恐らく彼も近接格闘を主体に戦ってくるタイプだろうと容易に予想ができるビリーだったが、それだけとは限らないと自身に言い聞かせて警戒は怠らないように努めるのだった。



「落ち着いて…いつも通り………」



『それでは……始めッ!!』



先程の戦闘を経て緊張は大分解れてきたのか、若干固い面持ちながらも、今度はビリーの方から動き出した。


右の手を開き、掌が地面に対して垂直になるようにピンと立て…一気に炎を放出。


炎は爆発的な勢いで運動エネルギーに変換され、一年生チーム中堅であるライの視界からビリーの姿を消失させる。



そしてその次の瞬間……。



「ッ!!?」



第六感が彼に囁いたのか…それとも何かを感じ取ったのか、突然左へ跳躍するライ。


慌ててそんな緊急回避を取った彼だったが…自分が地面を踏んで生み出した運動エネルギーにさらに上乗せされるようにして、わき腹からダメージと共に入って来たそれによってさらに高速で弾き飛んだ。



『おぉっとビリー=ラミルス選手やはり速いぃ!!!』



肋骨が軋み…数本逝った。


感覚だけでそれが分かる程の大ダメージ。


油断していたわけではない…体だって鍛えているし、身体強化だって抜かりなく掛けていた。


それにもかかわらず……受けたダメージは深刻。


ベンチから見ていた時とは違い…ビリーの移動がさらに数段速く感じるライ。


それはビリーが本気を出していなかっただけなのか…それとも緊張が解れてきたからなのかは、ビリー本人のみぞ知るところである。



「…っよし!まず一発!」



グッと拳を握り気合を入れ直すように一声を張り上げるビリーは、地面を両手と両足で必死に捉えて何とか壁際で止まっていたライに注意を戻すと、今攻撃に使った右の脚に残った感触に何とも言えない高揚感にも似たものを感じ、思わず顔に浮かびそうになった笑みを何とか殺す。



しかし……ライもまた選考会を勝ち抜いて出場してきた強者。


もちろんやられてばかりではない。



地面についている両手に練り上げた魔力を流し、地面に…土属性の魔方陣を多重に展開。



「【追う石柱(チェイス ピラー)】ッ!!」



その魔方陣一つ一つから飛び出した強固そうな妙ににゅるにゅる動く気持ちの悪い石柱が飛びだした。


その数およそ十数本。



詠唱破棄を当然のように使ってくる辺り、流石と言えるだろう。



「うわビリー相手に触手プレイかよ止めてくれ……」



「たっくん、それは絶対に違うと思うんだ」



「冷静なツッコミをありがとう」




拓也とジェシカがそんなふざけたやり取りを繰り広げる中、セリーだけは真剣にビリーに向かって声援を送っていた。


ライが魔法によって出現させた石柱は、まるでそれぞれが意思を持っているかのようにビリー目掛けて一斉に飛来する。



「危なっ!!」



間一髪バックステップを踏んで回避したビリーは、そのままグローブに炎を灯し、空中へ。



『ビリー=ラミルス選手!!なんと炎の力を利用して空中へ飛び上がりました!!!



なるほど!!先程の高速移動もこれを利用していたんですね!!!』



「逃がさんッ!!」



「ッ!!?」



今度は空中にいるビリー目掛けて突き進む石柱。


炎の推進力と体の捻りで十数本の触椀の攻撃を回避し続けるビリー。


彼の視界に……ライが新たな魔法を準備している光景は映らなかった。


ライが新たに作り出したのは水の魔方陣。



「【津波タイダルウェーブ)】ッ!!」



「え、ちょっ!!」



ビリーの魔武器の特性を知ってか知らずか……ライが展開した魔方陣から生み出されたのは、超特大の津波。


一度グローブが湿ると…数分は炎を灯せなくなってしまう。


ビリーは慌てて炎を地面へ叩き付けるようにして急上昇。瞬間移動にも見えてしまうその速さ故に、何とか波にのまれる前に離脱することができた。


遥か下に見えるライの表情は歪んでいる。



今の津波のせいで湿り、ぬかるんだ地面に着地して…ビリーは思考した。


目の前の相手をどうやって倒せばいいか。



「………」



相手に最小のダメージで…なるべく手傷を負わせず…。


そのために自分はどうやって動けばいいのかを。




しかし同時にこんな考えが思考回路に滲み出す。


”自分の力を試してみたい”



「……」



普段、彼が相手にしているのは…王国最強や鬼神の異名を持つ剣帝…拓也。


勝てないのは当たり前で、一撃を与えることすら難しい。


圧倒的に格上の彼を普段から相手取っているからか……久しく勝利の感覚など味わっていなかった。



それが…先程の圧倒的な勝利によって増長される…ある種の”渇き”にも似た感覚。



「……」



一体自分はどちらを取るのか。はっきりとした答えが纏まらないまま……ビリーは炎を操り、上空へと昇って行った。


一年中堅ライは、下手に魔法を使ってくる気配はない。



やるならば今が好機…。


そう思うが早いか…ビリーが下した決断は……。



『ビリー=ラミルス選手!炎を消して降下!!



いや…待ってください!!右の拳に炎が灯されています!!!!』



「(……全開の出力じゃなければ大丈夫なはず……!)」



右の拳にぴったりとくっつくような真紅の炎。


彼のこの技の正体を知るものは…数間隔後に襲い掛かるであろう衝撃に備えて身構えた。



「【岩の円蓋(ロックドーム)】ッ!!」



ライも…アレを喰らえばただでは済まないと直感的に感じ取ったのだろうか…野性的な反応で、岩の障壁で自身を覆い尽くす。


重力加速に従って落下するビリーは、頭が下に向くように空中で体を捩じるようにして態勢を入れ替え、右の拳を背中の方へ引き絞った。


そして……最高のタイミングで拳を振る。



「『強打(スマッシュ)』ッ!!」



カッと闘技場全体に走った閃光。


一瞬遅れて観客席全体を襲う熱風と凄まじい爆音、衝撃波。



それらが全て晴れ、観客たち全員の視界に映ったのは……。



フィールドの中心近くの爆心地にポッカリと空いた巨大なクレーターと…所々融解し、真っ赤になっている地面。


そして……爆心地から少し離れた場所に立つビリーと……焦げた戦闘服を纏い……意識の糸が途切れたライの姿。



『しょ、勝者!!ビリー=ラミルス選手!!!!』



きっとかつて彼をいじめていたヤツらがこの光景を見ていたとすれば、全力で自らの行いを悔い改めることだろう。




Bクラスの生徒の彼が……一年生とはいえど、Sクラスの生徒を二人も倒してしまった。


目の前で起きたそんな事実に、観客席は今日一番と言っても過言ではない程に一斉に沸きあがる。


それはその歓声の発生源の観客席の中心に取り囲まれるように位置しているビリーが最も感じていた。


肌にビリビリと伝わる空気の振動。更にそれらは地響きにまでなっていた。



「……」



担架で運び出される対戦相手をじっと見つめるビリーは、無言のまま自分の拳を解いて…掌をへ視線を移した。



『えー……ただ今の戦闘によって、フィールドの状況が変わってしまいましたので、修正するために少しの間休憩になります!!


フィールドの中の選手と審判の方は一旦引き上げてください!!』



そんなアナウンスによって現実に引き戻され、周りを見回してみれば……大きく破壊されたフィールド。



普段この拳を向けていたのが、拓也と言う化け物染みた最強の人間だったからなんということはなかったが…いざこうして普通の人間に向けてみれば……防御態勢を取っていたはずの相手が全身ボロボロになってしまった。


もう少し出力を上げていたらと思うと……ゾッと背筋が凍るような感覚に陥ったビリーは、小さく息を吐く。


生きている人間が吐いたとは思えない程…自分でも分かるくらいにその吐息は冷たかった…。



「お疲れ様です、流石ですね」



「み、ミシェルさん…。ありがとう…」



「……?」



明確な敵ではない相手への攻撃。


それがこんなに難しいことだとは……思ってもいなかった。



「……」



ミシェルは彼の返答がどこかぎこちなかったせいか、首を傾げているが…ベンチに腰かけた彼の横顔が、いつも拓也と修行している時とは比べ物にならないほど険しく、集中しているような感じだったため、彼女はそれ以上何も喋りかけることはしなかった。


もし…こうして俯き加減でベンチに腰かけているのがビリーではなく拓也だったのならば……ミシェルはその異変に気が付いていたのだろう。




しばらくしてフィールドの修繕が終了し、アナウンスが流れる。



『修繕が完了したので両チームの副将はフィールドへお願いします!!』



重たそうに腰を上げたビリーは、じっと背中を刺すように見つめるミシェルの視線に気が付かないままフィールドへと向かっていった。



「大丈夫…でしょうか………」



心配そうに声を零すミシェルだったが…そんな彼女の思いとは裏腹に、ビリーの心境は複雑なままであった。



『三年生からは引き続きビリー=ラミルス選手!!


一年生からはシャルロット=カルソーラ選手の入場です!!』



続いてビリーの魔の前に現れたのは……オレンジ色の髪を縦ロールにしたツンデレを絵に描いたような女子生徒。


男子生徒と戦う時とはまた違ったプレッシャーが、ビリーにのしかかった。



『さぁ!それではいってみましょう!……始めッ!!』



「【エクスプロージョン】ッ!!」



開幕直後、自身の手前の空間に炎の魔法陣を展開したシャルロット。


その魔方陣から飛び出す、5個の火の玉。


彼女が叫んだその魔法名から、あの火の玉の危険性を察知したビリーは、バックステップに炎を合わせて上空へ飛び上がる。


数個の火の玉のうちの一つはビリーの立っていた場所に着弾し、凄まじい轟音と爆風を生み出した。



「……ッ!!」



残りの4つは、上空へ飛び上がったビリーを追跡する。


それらを持ち前の高速移動と機動力で回避し続け、攻撃の隙を窺うが……流石Sクラスでこの場に出てくるだけの選手はある。


魔武器である杖を呼び出した彼女はまた新たに数個の魔法陣を展開しているシャルロット。属性は炎と…光。



このまま避け続けても…さらに濃い弾幕が襲い掛かり詰む。素早くそう思考をまとめたビリーは、2.2に分かれて自分を挟撃しようとしている爆発する火の玉を視認すると…敢えて空中でホバリングするようにその動きを止める。



幸いなことにシャルロットの魔法はまだ発動準備が整っていない。


ちょっとした賭けであったが……ビリーは待った。


待って待って……火の玉が自分に着弾するその一歩手前……。



「ッ!!」



グローブに灯した炎を一瞬だけ強く吹かした。


揺らめいた炎を残し、瞬間移動の如き素早さでシャルロットの視界から姿を消失させる。


ビリーが飛んだ方向は……



「速ッ!!?」



当然、シャルロットの方。


一瞬にして間合いを詰められ焦りの表情を浮かべるシャルロットだったが、彼女はただ驚いているだけではなかった。


予めこうなることは予想していたのか、潔く展開していた魔法陣を放棄すると後ろへ大きく飛び退き、無詠唱で魔法陣を展開し、ファイアボールを発動する。


雨のように降り掛かる火の粉のようなその魔法。



大したダメージにはなっていないが……大事を取ってビリーは一旦バックステップを踏んだ。



「……魔法主体タイプ…」



そう思考したビリーは、低く舌打ちを漏らす。


何故なら…彼にとってこのタイプの相手は、一番戦いづらいからだ。


近接タイプならば、攻撃の為に向こうから近づいてきてくれる。


だが魔法を主体に戦うタイプは、遠距離から一方的に攻撃を仕掛けてくるからだ。



あいにく……彼は遠距離攻撃手段を持っていないのである…。



ビリーがそうして自分のないものを羨ましがっている間に……目の前には光と炎の魔法の弾幕。


そんな無駄なことをやっている時間はなかったはずなのにと苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべながらも、この攻撃の嵐から逃れようと上空へ飛び上がった。



次々と襲い掛かる光と炎。


かわせどもかわせども襲い掛かってくる魔法。そのうちにビリーもかわしきれなくなり、次々と被弾し始めた。



一つ一つの威力は低い。しかし、積み重なれば…話は別。


それにいくら彼の耐久力が高いと言っても、当然だが限度はあるのだ。



「痛いなぁもう!!」



先に痺れを切らしたビリーは、光弾と火球で埋め尽くされた壁の中へ突っ込んでいった。



シャルロットとの距離はかなり開いてしまった…。


ビリーは光弾と火球をできるだけかわしながら前進するが……やはり眼前を埋め尽くさんばかりのこの物量のせいか、どうしても前への動きが遅くなってしまう。



「くそ…ッ!………?」



全身に襲い掛かる魔法。しかしビリーは…気が付いた。


戦闘服を燃やし、その下の鍛え抜かれた肉体に円形の火傷のような爛れを残していくこの魔法……確かに熱くて痛いが…。



「こんなの……拓也君やミシェルさんに比べたら何でもないッ!!!」



普段相手にしている規格外のヤバい人や、その恋人の攻撃で黒焦げにされることと比べるならば……言ってしまえば、シャルロットの攻撃など取るに足らないのだと。


ちなみに余談だが、最近ミシェルは拓也の焼き過ぎで一般人への火力調整ができなくなってきたらしい。



「行くぞッ!!」



「は、はぁ!!?」



目の前の障害物を意に介さず…ビリーは加速した。


視界が悪く、流石に瞳だけは護らなければいけない為少々スピードは落ちるが、この程度の攻撃は全く効かないと言わんばかりにシャルロットの猛攻の中を突き進む。



光弾、火球の僅かな隙間。あと数十メートル先にビリーが見たのは……驚愕し、明らかに焦っているシャルロットの表情。


ニヤリと口角を吊り上げた彼の脳裏に浮かんだのは、恐らく勝利の二文字だっただろう。



「……」



が、本当に焦らなければならなかったのは…どうやらビリーの方だったようだ。


彼が笑ったのとほぼ同時か…それより一間隔開け、シャルロットは……彼よりも凶悪な笑みを浮かべていた。


まるで自分の作戦が上手くいったとでも言いたげなように…。



『シャルロット=カルソーラ選手!猪突猛進なビリー=ラミルス選手を前に後退します!!!』



シャルロットは光弾と火球の魔法を切り上げ大きくバックステップを踏み、着地と同時に彼女の胸まではある大きな杖で軽く地面を小突いた。


その刹那……ズズンッ!と大地が大きく揺れる。



「な、なになに!!?」



ようやく何かを感じ取ったのか…ビリーが動きを止めた。



…が、彼がそうなるところまで……シャルロットは読んでいた。彼女の浮かべている表情がそれを物語っている。



「【地母神の祈り(ガイアズ・プレイングハンズ)】」



そう魔法名が唱えられると同時にビリーを中心に浮かび上がる土属性の魔法陣。



すると出現した魔法陣がトリガーになったように、地面が激しく揺れる、地に足を付けていたビリーも思わず体勢を崩す。


しかし今度のその揺れは一瞬だけでは収まらず、ズズズズ…と継続的で強烈な地鳴りと地震が引き起し、更にそれらは秒を追うごとに規模を増していっていた。



「(と、とにかく逃げなきゃ!!)」



何かが”来る”ことは明白。それならば足を止めている暇などなかったと今更になって自分の行っていた愚行に気が付いて、地を思いきり踏んで飛び上がると同時にグローブに炎を灯して、その場を離脱しようとした……その刹那。


彼今まで彼が立っていた場所の地面が…裂けた。ビリーの腹から背へ抜けるその一直線は、パックリと口を開いた地獄の門さながらである。



一瞬その光景に目を奪われたビリーだったが、すぐに我に返って灯した炎の出力を一気に引き上げ、離脱を図る…が。



「逃がしませんのッ!!」



裂けた一直線を軸にして隆起して、ビリーを挟むように起き上がった二枚の大きな岩。


というより、フィールドの表面が数メートルの単位で剥がされたといった方が近いだろう。



「速いッ!!?」



剥がされた二枚の大岩はお互いの幅を一気に縮める。


その中心には……両側から迫りくる壁に驚愕して、若干固まっているビリー。


彼はすぐさま逃げ出そうと退路を探して辺りを見回したが…視界に映ったのは全方位を囲むように設置されている無数の魔法陣。


きっとシャルロットは先の二名との対戦で、ビリーの戦闘のタイプはもちろんの事…きっと彼のもっと根本的な部分。癖のような要素まで見抜いていたのだ。



「しまッ!!」



ビリーは案外崩れやすい。おまけに崩れると、それに連動してあらゆる場所が崩れ落ちて行く。


結局逃げ場を見いだせなかったビリーは…自身を挟むように迫っていた大岩にプレスされる結果となってしまった。




『あぁーっとビリー=ラミルス選手!!岩の中に閉じ込められてしまったぞッ!!』



全ては計算通り。


ニヤッと笑みを浮かべたシャルロットは、杖をひと振りし、ビリーを閉じ込めた…まるで大きな二つの手が合掌しているようにそびえたつ岩山の周辺の地面に土の魔法陣を展開した。



「【岩塊】」



出現した無数の大岩は、次々とビリーが閉じ込められている岩に追突し始める。


岩は固い材質。ぶつかっていくその一つ一つが凄まじい質量と運動エネルギーを持っているため……中にいるビリーに伝わるそれは彼に相当のダメージを与えていることだろう。



「ビリー君逃げてぇ!!」



「まぁまぁ落ち着けってセリー」



「だ、だって…!!」



その光景を見守ることしかできないセリーは、苦渋の表情を浮かべながらキッとビリーの対戦相手のシャルロットを理不尽に睨んだが、拓也はまぁまぁと、そんな彼女を窘めながらいつもの調子で微笑むと…ビリーが埋葬された岩山の如き岩石の塊を指さして言葉を続ける。



「アイツは俺が鍛えてんだ。そう易々とダウンするほどヤワじゃないかr……ほら、見てみ」



言い終える前に言葉を詰まらせた拓也。みるみるうちに凶悪な笑みになって行く彼の表情の変化に気が付いたセリーは、彼の視線を辿り、その終着点を見た。


途端に視界に映ったのは…眩いばかりの……橙色の炎。



『炎ですッ!!岩の隙間から…炎が…!!!』



僅かな岩の隙間から顔を出すオレンジ色。


その色が噴き出す場所は、その熱から岩が融解し、真っ赤に変色していた。


その光景は……形容するならば、封印されていた魔物が…力ずくで封印を解き……



『ッ!!


ビリー=ラミルス選手!!岩を炎で吹き飛ばして復活ですッ!!』



這い出して来るような…そんな光景。



擦り傷、切り傷。その他諸々、その体にダメージは見て取れる……が、シャルロットは驚愕し…そして同時に恐怖していた。



「ど、どうして…そんな……一体どれだけ頑丈なんですの…!!?」




相手に思ったようにダメージを与えられていない。それは彼女にとって、大きなストレスであった。



魔法に関しては自信があった。それが……目の前でことごとく打ち破られて行く。


正直に言って、この一連のやり取りで、相手は倒れると思っていた。


しかし……結果は自身の予想と反し、ビリーはまだ倒れない。それどころか、比較的元気にすら見えてくる。



「ッく…!!」



ギリリッと強く歯を食いしばったシャルロットは、乱暴に杖を振るい、目の前に光の魔法陣を展開し、練り上げた魔力を流し込む。



「『神聖なる光はあらゆる全ての障害を焼き払い!我が進む聖道を切り開かん』ッ!!!


【聖なる閃光(ホーリーレーザー)】ッ!!」



放たれたのはミシェルの得意技でもある極太の光のレーザー。


光の性質を生かした光速の一撃は、回避の隙すらもビリーに与えず、彼の体を呑み込んだ。



照射が終わり……肩で息をするシャルロットの視界に飛び込んできたのは…。



『ビリー=ラミルス選手!シャルロット=カルソーラ選手の放ったレーザーを両腕でガード!!!袖が全て焼け落ちています!!!』



両腕で光線を防ぎ切ったビリー。


両腕をクロスして防いだため、戦闘服の肘から下の部分が全て焼け落ちてしまっているが、自身には身体強化を念入りに掛けていたのか、肌はそんなに派手に焼け焦げてはいなかった。


低く舌打ちをしたシャルロットは、地面に降り立った彼を睨みつける。



体がズッシリと重く……怠く、寒気すらしてくる。


この戦闘でダメージは負っていないはずなのに…と、彼女は内心でボヤキながらも、その症状の正体に気が付いていた。


それは……自分の思ったように戦況が運べないことに対して発生したストレスなのだと。



「…取り乱してはダメ……落ち着くのです……」



その言葉とは裏腹に、彼女が杖を握る手や浮かぶ表情は…非常に強張っている。



自身に言い聞かせるようにして冷静さを取り繕い、目をカッと見開くシャルロットは、杖を一振りして目の前に無数の炎の魔法陣を展開。


そこから打ち出された炎の槍は、攻撃対象であるビリーを貫かんと唸りを上げて彼へと飛来する…が、ビリーは再び空へと舞い上がり、襲い掛かる脅威をヒラリヒラリと回避し始めた。


炎を纏い、踊るように炎の槍を掻い潜るビリーのその姿……多くの観客は思わず目を奪われた。



「…っく!!」



焦るシャルロット。表情に、仕草に…そして攻撃に…。


その焦燥は如実に表れ始め、ビリーへ迫る弾幕を形成している炎の槍の配分が徐々に単調になり始めてしまっている。


しかし……彼女は自身の内に湧くその焦りの感情からか、自分の攻撃の穴に気が付けていない。



「…あそこを左、また左……一間隔開けて…ッ!!」



そして……ビリーはその隙を見逃してはいなかった。



視界で得た情報。画像のように脳内に表示した目の前の光景を上から白いペンでなぞるように創ったのは……自身がこの弾幕の中を抜け出る為のルート。


炎の槍一本一本の速度を計算し、作り上げたその道筋。



いやに冷静だなと自分でも何だか可笑しかったビリーは、戦闘中だというのにもかかわらずその顔に微笑を浮かべると、空中で姿勢を捻り、自身の描いた通りの動きをするべく行動を開始した。



「まずは…!!」



一本目。飛来した炎の槍を紙一重で半身になって左にかわしそのまま加速。二本目も空中を高速で滑るように移動しながら左へかわし……シャルロットが焦ったせいで生まれた、波状に飛来する弾幕の間の僅かな直線的な隙間を確認すると……ビリーは一気に炎を吹かして猛攻の中を掻い潜り、煙の中から飛び出すように弾幕から離脱した。



「なッ!!」



抜け出た先でチラと視線を横へずらしたビリーの視界に映った、シャルロット。彼女の表情は言わずもがな……愕然、驚愕。そういった類の感情が浮かんでいた。



「魔法……鬱陶しいな……」



弾幕から抜け出たビリーはその異様に冷静な頭で考えた。


近づこうとすると容赦なく魔法が飛んでくる。その全てを受けても大して問題ではないが…もし抜けた先で一撃で仕留められなければ、また同じことを繰り返すことになってしまう。


ならばどうするべきかと思考したときに……思いついたのは……。



『おぉっと!!ビリー選手の右の拳に紅蓮の炎が…!!


またあの攻撃が来るのでしょうか!!』



「なッ!!」



高威力、広範囲の攻撃で確実に戦闘不能にしてしまうこと。


それができる手段は…今のところ自分には一つしかない。


右手に真紅の炎を吸着させるように圧縮し、左手の炎を一気に吹かしてシャルロットの視界から消え去った。


爆発的な攻撃力を秘めたその右の拳に注意が逸れていた彼女は、低く舌打ちをして首を左右に振って視界から消えたビリーを探すが……どういうことか、彼の痕跡すらも見つかりはしなかった。



しかし次の瞬間……彼女の鼓膜を揺らした炎が燃え上がる音と風を斬る。極めつけに背にヒシヒシと感じる…熱。


背後を取られたと理解するまでに、時間はいらなかった。



「ッ!!」



前へ飛びながら体を捻って背後を向いたシャルロットの視界に映ったのは、予想通りビリーの姿。


狙いをつけるように左手を軽く前に突き出し、充填された大砲を引き絞ってタイミングを窺っている



シャルロットにとって……それは純然たる恐怖だった。



先程の試合を見ていた彼女が、彼のこの技に抱いた感情。それは…恐怖。


地面を深く抉り、融解させるほど高温、高威力……仲間の中堅がちゃんと防御していたのにもかかわらず、吹き飛ばされて意識を失って重傷を負った。


そんなものの直撃を生身で受ければ……どうなるかは想像に難くない。



「これで…決めるッ!!」



自信を鼓舞するようにそう叫んだビリーの猛る表情を見て、全身の力が抜けるような感覚に陥ったシャルロットが次に抱いたのは……



「(イヤ…だ…)」



負けたくない。そういったニュアンスではなく、彼女が内心で呟いたその言葉の本質は……保身。



痛いのは嫌だ。



覚悟を持ってこの場に臨んでいるはずだった彼女だが、避けようも防ぎようもない超高威力の攻撃を目の前にして…そんな覚悟は脆くも崩れ去ったのだ。




「(…あ、死ぬ)」



刻一刻と迫る拳。


スローモーションのようにゆっくり光景が流れる視界。



回避できるものならばしたいが…認識したのがやっとで、体はついてきてはくれない。


シャルロットは整った美しい顔を恐怖に引き攣らせて、せめてもの抵抗か顔を逸らした。


目を瞑ったのは…今から来るであろう痛みに対する逃避だろうか。



闘技場内の全員がビリーの勝利を確信したその瞬間…。



「…ッ!!」



対戦相手…シャルロットへ向かうと誰もが思っていたビリーの拳が、軌道を変えて彼女の足元の地面に落ちた。



刹那…巻き上がる砂と、引き剥がれるようにして根こそぎ持っていかれる大地。



「え…な、なにッ!!?」



予想していた痛みがやってこなかったシャルロットは、その爆風と衝撃、熱風を至近距離で受けて慌てて目を開く。


体は風に飛ばされた紙のように宙をクルクルと舞う。平衡感覚を失いそうになりながらも、彼女は何とか体勢を立て直し、自身の体が落下を始める頃には着地点を見定めた。



爆炎とそれによって巻き上げられた粉塵。


目の前に球体のように盛り上がった煙の中心をじっと眺めたシャルロットは、若干混乱した頭で考えた。



「どうして……」



どうして…自分はまだここに立っているのか。


頬にそっと手を当ててみても…当然目立った外傷はない。つまり直接攻撃はされていないということ。



「一体…なにが……」



思考しても……辻褄が合うような答えは見つからない。


そして……自分がこうして突っ立っているのにもかかわらず、攻撃してこない相手はどうなったのか……。


それについても思考するシャルロットだったが、やはり答えは見つからなかった。




やがて、舞い上がった煙が徐々に晴れてくる。



「……ッ!!?」



瞳に飛び込んできた光景に…シャルロットは思わず目を疑った。





『あぁーっとこれはどうしたことか!!


ビリー=ラミルス選手!!割れた地面に足が挟まって身動きが取れないようです!!!』



爆心地と思われるクレーターの中心。先程の一撃でパックリと開いた大地の亀裂に右の脚が太ももまで?み込まれたビリー。


唖然と言った様子で少しの間フリーズしていた彼だったが、ふとシャルロットと目が合った瞬間、自身が置かれた最悪の状況を理解し……凄まじい焦燥に駆られた。


戦闘中に身動きができなくなることが意味するのは……敗北。



「(クソ…しまった…ッ!!)」



分かっていた。甘いなんてことは。


しかし……恐怖し、戦意を失った相手を目の前に…自身の持つ最大火力の攻撃を叩き込むなんてことは……できなかった。



そしてその結果……自分は今窮地に追い込まれている。



「ッ!」



二人が見つめ合っていたのは時間にして数秒だっただろうか。先に我に返ったシャルロットは形成が一気に逆転し、自分に有意な状況が転がってきたことに気が付いて瞬時に…大量の魔力を練り上げた。



「消えなさいッ!!」



迷いがなかったと言えば?になる。


あれだけ条件が整っていた中で、攻撃を外すなんてことがないなんて……シャルロットにはちゃんと分かっていた。


相手…ビリーが意図的に攻撃を外したことは明白。


ギリィッ!…そんな擬音が聞こえてきそうなほどに歯を食いしばる彼女は、手を抜かれたという明確な事実を前にして…… 純然な怒りを露わにした。


ビリーを取り囲むようにして展開された大量の魔法陣が……彼女のその怒りを如実に表している。



「やば…ッ!!」



火、土、光。色とりどりの魔法陣。最早幻想的にすら感じたビリーは、次の瞬間……超火力の閃光の中に姿を消した。



ビリーが『強打(スマッシュ)』放った時よりも凄まじい爆風が観客席を襲う。


観客席でこれだけの衝撃なのだ。誰もが……あの爆発の中心のビリーーがただでは済んでいないことは理解しただろう。



流星群のように降り注いでいた魔法が打ち止められ、土煙が晴れた後……彼らの予想通り、ビリーはクレーターの中心に沈んでいた。



「ハァ……ハァ……」



『流石にあれだけの集中砲火を浴びてしまっては、タフネスさを見せ付けたビリー=ラミルス選手も耐えられなかったようです!!


勝者!!シャルロット=カルソーラ選手!!』



肩で息をするシャルロットが浮かべていたのは…勝利の喜びをかみしめるモノではなく、ただただ怒りと悔しさに溢れていたものだった。


すると低く舌打ちを漏らした彼女は、審判に何かサインを送る。



『……えぇ~、シャルロット=カルソーラ選手ですが…魔力が残り少ないようなのでここで退場となります!!』



飛び回って回避し続けるビリーに魔法を討ち続け、止めの弾幕にも大量の魔力を消費して、とても相手の大将とやり合えるだけの余力は残っていないと判断したのだろう。



かくして……遂に本日一番注目されていると言っても過言ではない試合が幕を開ける…。




『さぁ!!遂にやってまいりました大将戦!!



一年生チーム大将!!マルコ=フォーリバー選手が登場です!!戦闘能力に関しては折り紙付きの彼に、観客席も湧き上がります!!!


対する三年生チーム大将!!ミシェル=ヴァロア選手が登場します!!!

頭脳明晰!容姿端麗!おまけに戦闘能力も高いまさに天才!!!



果たしてどちらが最後にこのコートに残り、チームを勝利へと導くのでしょうか!!?』



両チームの大将の登場で、先程のビリーの試合の歓声を塗り替えてしまうレベルで観客席が一気に沸き上がった。


『さぁそれでは……始め!!!』



アナウンスの高らかな宣言と共に、ミシェルとマルコが両者ともに自身の魔武器を取り出す。


ミシェルは杖、マルコは…グローブ。


しかしグローブと言っても、ビリーの魔武器に似通った形状のモノではなく、ボクサーが付けるような形状のモノ。



「ッしゃぁ行くぞおらッ!!!」



そして……やはり先に動き出したのはマルコだった。


グローブを装着した拳を叩き合わせると、一際深く沈み込み……身体強化を施した全身を前傾姿勢にすると、一気に地面を蹴った。


バネのような動きで跳躍し、一直線にツッコんでくる彼。



「…!」



少々予想よりも速い。


驚いた表情のミシェルだったが、彼女はすぐに杖を振って目の前に巨大で重厚な岩の壁を形成することで対応した。



「んな!!」



突如目の前にそびえたつように出現した石壁を仰ぎそんな声を漏らしたマルコ、しかし…次の瞬間には再び楽しそうな笑みが顔に映る。



「でも……関係ねぇ!!!」



地面スレスレを滑るように飛ぶマルコは…右の拳を引き絞り…自身の体は宙に浮いたままだったが、岩の壁にその拳を叩きつけた。



刹那……拳が着弾した部分を中心に、岩の壁が裏側まで弾け飛ぶ。


崩壊という域を超えたその様に……ミシェルは顔色一つ変えずに今度は杖を振ることもなくもう1枚、自身を覆う岩の壁を作り上げた。



「おせぇッ!!」



だが……マルコは既に前方ではなく、ミシェルの側面に回り込んでいた。


飛び散った岩の破片で気が付かなかったのか、反応が遅れてしまったミシェルは……マルコの右のストレートの顔面への直撃を許していしまう。



「……はぁ!?」



そしてその攻撃によって、彼女の首から上は……消し飛んだ。




見開かれるマルコの目と口。この程度で……。


だが…手に伝わってきた感触で、すぐさま意識は現実に引き戻される。


それと同時に、からくりは明らかになった。



「偽物ッ!!?」



一瞬ミシェルの姿にノイズが走り、色が抜け落ち、残ったのは……首から上が無くなった土くれの人形。



「あ、あれってたっくんがよく使う魔法だよね!!?」



「おん、土属性の魔法で中身を作って光魔法で映像を投射する『身代わり(スケープゴート)』って魔法だな」



「流石たっくん。ミシェルに仕込んどいたんだね!」



「いや俺は教えてないんですけども……」



苦笑いの拓也。自分の技を見ただけで自分のモノにしてしまうほどの魔法センス。放っておいてもどんどん強くなって行ってしまう彼女に嬉しいような悲しいような彼であった。



「じゃあ…本物はどこに…!!?」



そんな呑気なやり取りが繰り広げられている観客席とは対照的に、フィールドでは非常に張り詰めた空気が流れていた。


対戦相手であるミシェルを見失ったマルコはとりあえずその場に足を止めて辺りを見回してみたが……彼女の姿は一向に見つからない。



するとその次の瞬間……彼は頭上のとある物体に気が付き、思わず背筋を震わせた。



「光魔法ッ!!」



自身の頭の上に展開された直径5メートルはありそうな光の魔法陣。



『もし三年生の大将と戦うことになった場合は、光属性の魔法には十分気を付けること。


彼女は魔法を得意とする選手ってことはみんな知ってると思うけど、光属性の魔法に関してはさらに凶悪らしい。


それこそ…彼女の異名にもなってるくらいだし』



彼の脳内で、試合前のミーティング時のチーム員たちの会話が再生されるが早いか……マルコはその場を離脱する為地面を蹴った。


一秒も経たない内にとりあえずその魔方陣の直下から離脱……したその刹那…。


彼の視界の端……地面に赤色の魔法陣が浮かび上がった。



「なッ!!?」



咄嗟に防御の体勢を取ったマルコはその次の瞬間、爆炎の中に呑み込まれる。



『これは…火属性の魔法『地雷(ランドマイン)』です!!行方知れずのミシェル=ヴァロア選手が仕込んでいたのでしょう!!』



「クソ!いつの間に…ッ!!」



爆炎の中から飛び出したマルコはそう呟きながらもう一歩地を踏んで加速。


彼が目指したのはとりあえず壁際だった。



「(壁際なら…攻撃の方向は限られる…!!


そうすれば出てこざるを得ないはず…!!!)」



悪くない作戦。しかし…ミシェルはさらに上を行く。



「ッまた!!?」



またもやキラッと赤色に光った地面。先程の爆発が脳内でフラッシュバックされたマルコは瞬時に体を捻って爆炎を背中に最小限に受けて最小限のダメージで済ませると、その爆発の威力を体に蓄えたまま地面を転がった。



『おぉッとまた爆発だ!!ミシェル=ヴァロア選手は一体いくつの罠を仕掛けていったのでしょうか!!?フィールド上はまさに地雷原です!!』



「…なるほど……これじゃあ動けねぇな…」



頬をグローブの甲で拭いながらそう呟くマルコだったが…その表情に絶望は浮かんでいなかった。


むしろその逆。好戦的な獣のような笑顔を浮かべると……彼はその場で軽く飛び上がり、そのまま天を仰ぎ見た。


そしてあることを確認すると……ニヤリと悪そうな笑みを浮かべ、バク宙をするような要領で空中で体を捻って頭部が地面へ向くような姿勢を作ると…大きく右の拳を背へ引いた。



「やっぱ空にはいない……それならッ!!」



放たれる寸前の矢のように引き絞られた彼の拳に…紫色のような光が宿る。



「こっちしかないよなァッ!!!」



そんな確信めいた笑みと共に残像を残すほどの勢いで放たれたグローブは、着弾した箇所を中心に一際強く地面にめり込む。


そしてその次の瞬間その場所を中心に、フィールド全域にわたって大きく亀裂が走り、少し遅れて着弾点が大きく窪み、小規模な隕石でも落ちたのかというほどの巨大なクレーターが形成された。





「もう一発ッ!!」



そのクレーターの中にいるマルコは、またもや右の拳を大きく引き、地面に叩き付ける。


自身のような揺れと共に、クレーターの中心にさらにもう一つ深い窪みが作り上げられた。



すると……ギリギリ最初のクレーターの半径には入っていなかった場所の地面が不自然な動きで…僅かに割れる。



そしてマルコはそれを見逃していなかった。



「そこッ!!」



野生の獣のような目つきでそれを視認したマルコは、認識したとほぼ同時に四肢で地面を押し一気に加速。


瞬間移動とも錯覚するような素早さで嫌疑をかけたその地点まで高速移動すると、その次の瞬間にはその場に左の拳を叩きつけて粉砕していた。



「ッチ…」



…が、大きくえぐられるようにして消え去ったその地面の中にも…ミシェルの姿はなかった。


すると……彼は背後に何かを感じ取り、咄嗟にその場から逃げるようにして離脱する。



それと同時に、彼のいた場所に無数の氷の針が突き刺さる。



その射線を辿って行くと……マルコは遂に見つけた。



『ミシェル=ヴァロア選手!ようやく姿を現しました!!!』



杖の先を向けて、火、水、風、土、光。5属性の無数の魔法陣を背後に携えたミシェルの姿を。



「アレはフェイクで本体は逆側ってわけか…アンタやるな!!」



「それはこっちのセリフです。あの魔法をあの至近距離で喰らってその軽症……長引きそうですね」



彼の素直な賞賛に、いつものようにクールにそう返すと…ミシェルはすべての魔法を起動した。


火の玉、水の槍、風の刃。それぞれの魔法陣から、それぞれの魔法が射出される。


つまり飛来する魔法の種類は魔法陣の数だけあるということ。



「うわやっべぇッ!!」



一年生の副将よりも濃く、強く、速く迫る弾幕に、そんな感想のようなモノをこぼしたマルコはすぐさま回避するべく横へ跳躍した。




流石は一年生の大将というべきか……フィールド上を駆けるマルコの速さはあのミシェルですら捉えきれておらず、数秒の間彼女の魔法は彼を追うようにして大地を削っていた。



「速い。でも……拓也さん程じゃない」



が、それも束の間。ピカピカしてる実を食べた黄色いスーツのおっさんもびっくりなレベルのスピードで移動するとある身近な人物を引き合いに出して少しだけ笑みを浮かべると、ミシェルはすぐさま魔法の軌道を修正して弾幕を横へ薙ぐように移動させる。


その移動によって変化した魔法の流れと、規則的な動きをしていた先程とは違い、僅かなズレ。



「あっつ!!いってッ!!!」



それに対応しきれなかったマルコに次々と攻撃がヒットし始める。


無数に飛来した魔法。幾らかならば当たっても大したダメージにはないと高を括っていたマルコは、たった二発で自身の体に刻まれた甚大なダメージに驚愕すると同時に自身の浅はかな読みと判断を悔い、屈託のない笑みを浮かべていた顔を始めて少しだけだが歪めて見せた。


そして僅かだが鈍くなった彼の動き。ミシェルは当然それを見逃してはくれない。



杖を一振りし、新たな魔法陣を形成。属性は…光。



彼女のそんな動きを視認したマルコは、咄嗟に全身を使って地面を蹴り、跳ねるようにその場を離脱しようと試みたが……。



「逃がしませんッ!!」



「なぁッッ熱ッ!!!」



光速の一撃…レーザーはマルコの半身を呑み込んだ。


肉が焼ける。針で刺されるような鋭い痛みが脳内で暴れ、ジュゥ…と皮膚の表面が焼ける音が鼓膜を揺らす。



正直言って……ナメていた。きっと勝てるだろうと。



「ハァ…ハァ……やるな…ぅ…!」



どこから湧いて来たのかマルコのその根拠のない自信は、自分よりも強い相手を前に儚くも崩れ去った。



「(魔法主体タイプの弱点は大体近接だって父ちゃんが言ってた。


だけど…そもそも近づけねぇ…!


魔法を使って応戦するってのはどうだ……いやダメだ…魔法に関しては向こうの方が数段上手…打ち負けてダメージ貰うか魔力を消費してくだけだ……)」



半身を焼かれたダメージは相当のモノ。マルコの痛みに歪んだ表情からそれは見ている者には容易に伝わってきた。


蓄積されたダメージは…動きを…果ては恐怖として人を蝕み、思考・判断すら鈍らせる。


いくら強いと言っても、それはマルコにとっても例外ではなかった。


現に彼は有力な案を出せずに動けずにいる。



「(あの外傷から考えて相手はもうすぐ倒れる。あと一押しってとこですか)」



動かずに、じっとこちらの出方を窺っているマルコを眼前に、ミシェルは冷静にそう思考すると、次の作戦をすぐさま脳内で組み立てて実行に移す。



「(まず…数で動きを封じる。


そして……動きが鈍くなったところを狙ってあと一撃で仕留める…)」



杖を一振りしたミシェルの背後に出現する大量の魔法陣。次の瞬間、その無数の魔法陣から様々な属性の魔法が発射された。


一撃の威力は低いが…密接するそれらは、回避不能の壁となる。



『ミシェル=ヴァロア選手!ここでもう一度弾幕を張ります!!一年生大将マルコ=フォーリバー選手いよいよ絶体絶命かぁぁ!!?』



「ハハ…こりゃすげぇわ」



どう足掻いても回避は不可能。絶体絶命のこの状況の中だったが……マルコは何故か笑っていた。


諦めなのか。いや…違う。


その笑みは……何かしてやろうという企みにも似た色を孕んでいた。



「でもこのままじゃ終われねぇ……まだ…アンタに一発も当てれてねぇ!!!」



あろうことかマルコは弾幕に向かって突っ込んだ。全力で全身に身体強化を施し、一切の躊躇すらなく…。



「ッ!!?」



全身に高火力の魔法を浴びながら、瞬く間に視界の中心で大きくなって行くマルコに、ミシェルは思わず目を疑った。


観客席は彼のその無茶すぎる行動に一瞬にして静かになってしまう。




一見愚行にも思われたマルコのその行動だったが……僅かな間、呆気に取られて次の手を出すのが遅れたミシェルにとって…それは結果的に彼女にとって致命的な数秒を作り出すことになった。



「(届く…ッ!?)」



手の届く範囲に…。ここまで接近できたことにミシェル以上に驚いているマルコだったが、ようやく手にしたチャンス。彼は咄嗟に右の拳を引き絞る。


フィールドに大きなクレーターを作り出した時と同じように……彼の右の拳に紫の光が不気味に宿った。



「ッ!!」



アレは当たってはいけない。先の地面の大崩壊を直接見ていたわけではないが…動物的とも言えるようなそんな直感的な感覚であの攻撃の危険性を感じ取ったミシェルだったが……彼女が現在手にしているのは魔法の諸々を強化するための杖。


よくこれで拓也をぶん殴ってはいるが……もちろん近接専用のモノではない。



「ミシェル避けてッ!!」


「ミシェルちゃん危ないッ!!」




観客席のジェシカもセリーも、ミシェルに迫った危機に叫んだ……が、立ち上がって叫ぶ彼女らとは対照的に隣に腰かける拓也は全く取り乱してはいなかった。


むしろ…何故かその顔には笑みすらも浮かんでいる。



「甘い、それは甘すぎるぞマルコ君とやら…。



確かに…威力はヤバいし発動は気持ち悪いほど早い。ミシェルの魔法は大きな脅威だ。


魔法主体の奴らは確かに近接が弱点ということが多い。お前のその判断は、一般的に見たら間違いじゃないのかもしれない。


だけどな……残念ながらミシェルはその一般には属さないんだ。ミシェルは……自分の欠点の克服を疎かにするほど甘くない」



拓也がそう言い終えると同時にミシェルは魔武器の杖を手放すと、右手を背後…腰の辺りに持っていき…マルコが右の拳を突き出そうとしたその刹那……。



「なッッ!!?」



自身から…一歩踏み込むと同時に、彼の腹部に銀の筋を一閃。薙いだ。



少量の真っ赤な赤い液体が……飛ぶ。


一瞬何が起こったのか理解できなかったマルコだったが、次の瞬間、自分の腹部を襲う鋭い痛みと、下腹部へ垂れて行く生暖かい感覚。そして…血の匂いで我に返り、視線を滑らせるように自身の腹部へ落とした。


映ったのは…真一文字に切り裂かれた戦闘服とその下の肌。ジトッと血に濡れたそれらは、僅かな間彼を現実世界から遠のける。



「もう一発…ッ!」



「ッぶねぇ!!」



左肩の方へ流れていた右手の中でナイフを逆手に持ち替え、放心状態のマルコの胸目掛けて振りかぶるミシェル。


しかし…危ういところで我を取り戻したマルコが咄嗟に出した手によってそれは彼の体を捉えることなく流されてしまった。



「まッだぁ!!」


「ッ!!」



体ごと地面へ倒れかけたミシェルだったが、自身からワザと地面へ飛び左手で体を支えると、そのまま体が流れる勢いを利用しマルコの頬に蹴りを叩き込んだ。


これにはたまらずよろけるマルコ。


だが…ミシェルは更に、右手の中でナイフを順手に持ち直す。



「っ!!」



「なぁッ!!?」



側転をするように上体を起こしてその流れのまま…ミシェルが狙ったのは彼の顔面。


マズい。極限の状態の中、スローモーションのように見える視界で自身に迫る白銀の刃を捉えたマルコは…魔法とはまた別の恐怖を感じながら、何とか体を仰け反らせミシェルのナイフでの一撃を回避……したと思ったが、その刹那。



「はッ!!?」



刀身は確実にかわしたはずなのに……頬が深く切り裂かれた。


走る痛みと流れる鮮血。



それらに思考が乱される中……マルコは見た。


ミシェルが振るったナイフの刀身に……透明な陽炎のような何かが纏わりついているのを…。



「ミシェルのヤツ……いつの間に…」



観客席の拓也も、呆れたようにそう呟く。



拓也が扱う剣術。鬼神の剣…《三ノ型・一式》…剣影桜のように武器に魔力の刃を纏わせることによる攻撃範囲の拡大。


流石にまだ斬撃を飛ばせるまで極めることはできていないようだったが……それでも十分すぎる。


というか何故習ってもいないのにできるようになっているのかが不思議なくらいだ。



「(あのモワモワしたのになんか仕掛けがあるのか…!


なら…アレを含めて避けちまえば……)」



瞳だけで刃を追い、そう結論付けて視線を前方へ戻すマルコ。すると…彼の視界の右側に赤く光る何かが映る。


何か…いや、彼は直感的に気が付いていた。



「(マズいッ!!)」



そう思った時には既に遅かった…。


次の瞬間、彼の顔の左側で発生した大爆発。とてつもない規模のそれに、マルコはもちろんミシェルもその場から吹き飛んだ。



「っ!ちょっと火力を上げ過ぎましたねっ!!」



予想以上に魔力を込めてしまっていたのか、ミシェルの口からそんな言葉が漏れた。


しかしそうは言いながらも、彼女は風属性の魔法で空中で姿勢を立て直し、更に、今の爆発でフィールドの上を転がっていた自身の魔武器の杖に指を向けてちょいと振る。


すると枝の進行方向に風の魔法陣が出現し、それに触れた魔武器の杖は、まるで意思を持っているようにミシェルの手の中へ戻った。



目を凝らす彼女の視界に映るのは爆炎の中から転がるようにして飛び出したマルコの姿。


辺りを見回しているところから察するに、どうやらまだミシェルを発見できていないようす。それに…体に刻まれたダメージ量は、既に…彼の限界に近かった。



それはミシェルも分かっている。だから……彼女は大量に魔力を練り上げた。


生半可な一撃では…彼は立ち上がって向かってくる。


それならば…確実にあと一撃で仕留めてやるのが、彼にとって最善だろうと…ミシェルはそう考えたのだ。


練り上げられた膨大な魔力は…無駄なく、効率的に、ミシェルの手によって組み上げられる。



そして…マルコが上空に浮かぶ彼女の姿を視認したのとほぼ同時。


彼の頭上に、光属性の巨大な魔法陣が出現する。



「【天の裁き(ヘブンリージャッジメント)】」



その刹那……闘技場中が、太陽が落ちたと錯覚するほどの光に包まれた。


『強い…強い…強すぎるぅぅぅ!!!!



このフィールドに最後まで立っていたのは……三年生チーム大将!ミシェル=ヴァロア選手!!!


一年生チーム大将!マルコ=フォーリバー選手の攻撃を一撃も被弾することなく…!!圧倒的な力の差を見せ付け、文句なしの完勝です!!!


今、この瞬間!!三年生チームの優勝が決定いたしました!!!!』



そろそろ脳の血管でも切れそうな勢いでまくしたてるように実況するアナウンサー生徒。


その放送と同時に盛大に闘技場を囲むように幾つもの花火が打ちあがり、あらかじめ設置されている場所から紙吹雪が噴き出し、フィールド上に舞い落ちた。


しかし…ミシェルはガッツポーズどころか、嬉しそうな表情一つ見せることすらせず、担架でフィールドから運び出されていくマルコをただ目で追っていた。


やがて彼の姿が見えなくなると……彼女は観客席の一角に視線を向ける。



「さぁて…そろそろ出番だし行ってくるわ」



拓也は楽しそうにクックック…と不気味に笑い声を零すと、ゆったりとした動作で席から立ち上がり、ジェシカとセリーにそう言い残して二人に背を向けた。



「いってらっしゃ~い!!面白くなることを期待してるよ!!」


「あ、いってらっしゃい。頑張ってね!」



振り返ることはせずに、手を振ることでその声援への返答とし…拓也は観客席の階段を下り、静かな通路へと降りて行く。


しばらく冷たい廊下を進み…関係者以外立ち入り禁止と注意書きされている重厚な金属製の扉を開いた。



「お、剣帝。遅かったじゃねーか」



そこには…王国の最高戦力…色とりどりのローブに身を包んだマジキチ戦闘集団。帝が、拓也を除いて勢揃いしていた。


拓也の入室にいち早く気が付いた雷帝ヴェルムが彼にそう声をかける。


手を挙げてそれに答えた拓也は、部屋の隅のパイプ椅子に腰を下ろす大男を見つけると…ニヤニヤといやらしい笑みをその顔に浮かべ、何故か非常に珍しく落ち込んだ様子の彼の肩を叩きながら口を開いた。



「賭けは俺の勝ちみたいですねぇぇ炎帝さぁぁん!!!」



「あーうるせぇ!!なんだよアレ強すぎるだろ!!?」



息子のマルコと同じ赤い髪を?き毟りながらそう声を荒げる炎帝に、拓也はまた気分を良くして誇らしげに胸を張りながら爆笑する。



「はい、じゃあ次の飲み会はカレルの奢りだね」



「いや~二人が勝手に始めた賭けだけど、私たちにはおいしいだけだね~!!」



「ただの親バカ…と……恋人バカ…?」



水帝ルミネシア、地帝シェリル、闇帝シャロンがそれぞれ拓也とカレルを馬鹿にして、場はまた笑い声に包まれた。


以前としてムスッとしているカレル。



「まぁ飲む機会が増えるからいいもんね!ふ~んだ!!」



「アンタそろそろ嫁さんにキレられるよ。あと最後のそれは気持ち悪い」



「大丈夫!アイツも酒は大好きだから!!はいはい!もう行くぞ!!」



首の後ろ。ローブに備え付けられているフードを目深に被り、彼は誰よりも早くこの部屋を後にした。


デカいなりをして子供のような言動の彼に、同僚たちはみな苦笑いを顔に浮かべながら、彼と同じようにフードを目深に被り、閉じ掛けていた扉に手を掛けて次々と外へ出る。



「のぉ光帝」



「ん、なんだ?」



「もし…ヌシに指名が来たらどうする。ひょっとしたら負けるのではないか?」



「ッな!!!」



「いや、ひょっとしなくてもミシェルの方が強い」



風帝バノンのちょっとした煽りに敏感に反応する光帝アルディム。拓也も風帝側として加勢して、また集団の中で笑いが巻き起こった。



「ふ、ふざけるな!!僕は…絶対に負けない!!今からそれを証明してやろうじゃないか!!!」



「いや、選ぶのはアンタじゃないでしょ」



水帝の冷静なツッコミが飛ぶが、頭に血が上っている光帝の耳には届いていない。


たった一つの冗談でここまで面白いことになるとは思っていなかったのか……風帝のじーさんは笑い過ぎで痙攣を起こして地面に倒れ込んでいる。


流石にこのままではご老体に触ると考えた拓也は場を沈めるように手をぱんぱんと叩き、光帝の発言を塗りつぶす程度の声量で口を開いた。



「まぁまぁ落ち着けって冗談だから。相性的な問題もあって今のところは多分まだお前の方が強いから。


もうすぐ出番だからちょっと落ち着け」



『優勝した三年生チームの選手にはそれぞれ商品が贈られます!!


さぁ…では恒例となりました!三年生チームの大将は前へ出てきてください!!』




目の前の階段を上った先、フィールド上へ繋がる大口を開けた入場口から差し込む光。


そこから溢れんばかりに聞こえてくるのはけたたましい歓声と実況。



「出番だな~。行くか~」



雷帝のその発言とほぼ同時に、光が差し込んでいた門を覆い隠すように一気に煙が発生した。


それはその場だけに留まらず、次々と発生する煙に押し出されるようにして広がり続け…やがて闘技場の壁際のその門を中心に10メートル程度の半円を描くような形になる。



階段に煙は流れ、帝たちの足元を這う。



そして彼らはぞろぞろとその足を踏み出し、一歩一歩…石造りの階段を上り、フィールドの土を踏みしめた。



「……」



無言で煙の中を凝視するミシェル。


しばらくすると彼女が見つめていた煙の中の一点に、ぼんやりと人の影が浮かびだし……さらに数秒後、その影の正体は観客席の者たちのも明らかになった。


色とりどりのローブを身に纏い…目深に被ったフード。


幻想的に煙をその装束に引かせながら現れた彼らの正体。



『我がエルサイド王国が誇る最高戦力!!『帝』の登場です!!!』



赤いローブの大男を先頭に扇のような陣形を作りながら現れた彼らを、観客席の轟音とも取れるような大声援が迎えた。



「すげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


「今年も来たああああ!!!」


「うわああああ光帝様こっち向いてぇぇぇぇ!!!!」


「見ろよ地帝さんがこっちに向かって手を振っていらっしゃる!!」


「ひゅー!いいぞー脱げェェ!!」


「いや俺だ」


「いいや俺だな」


「雷帝さんカッコいいぃぃぃ!!!」


「闇帝様ァァ!!」


「水帝さんの佇まい…なんと上品……流石は帝ぉぉ!!!!」


「ふぃぃぃぃぃぃ脱げェェェェェェ!!!!!!」


「炎帝様も風帝様も渋カッコイイぃぃぃ!!!!」



拓也とミシェルが同時に溜息を吐いたのは、きっと観客席に天界の超紳士が生徒たちに混ざってチラッと見えてしまったからに違いないだろう。




「本物の剣帝だァァ!!!すげぇぇぇぇぇ!!!!!」


「あのよくわからない奴らが学園に来た時以来だよな!!?」


「びやあああああああああああああああああああああああ!!!剣帝いいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」



その歓声の一つ一つを聞き分ければ…やはり一番多いのは剣帝への声援。


王国の最高戦力と呼ばれる帝の中でも頭一つ飛び抜けた戦闘能力を誇る彼。


その強さは、王国最強や鬼神の異名が付くほど。当然一番人気だと言っても過言ではないだろう。



「キャー!!!剣帝様素敵!!抱いてぇぇぇぇ!!!!」



女子生徒から飛んだそんなヤジに、思わずローブの下でニヤける拓也だったが……次の瞬間、自身の正面から飛んできた殺気にも似た尋常ではないレベルの精神的な威圧を感じ取り、思わずチビりそうになった…が、何とか堪えて平然を装い、その圧力の発生源をチラと一瞥してみた。



「…」



一瞥。ほんの一瞬視界に写しただけだったが……無言で圧力を掛けているミシェルの恐ろしい程に冷たい表情が彼の脳内にクッキリと刻まれることになったのだった。


ローブを深くかぶっていなければ、流れる冷や汗で剣帝としての威厳は根こそぎ無くなってしまう所である。



『なんと!!三年生チームは過去の二回の大会でも優勝!!!つまり!!三年連続の優勝です!!!


これから先こんなチームが現れるのでしょうか!!!?




さて…優勝チームの大将ミシェル=ヴァロア選手には、帝への挑戦権が与えられます!!


この中から一人…手合わせをしてみたい人物を選んでください!!!!』



拓也たちが一年生だった頃に始まった、魔闘大会での優勝チームの大将には帝への挑戦権を与えるというこの行事。


去年も一昨年に続けて行われ、どうやら今年も行うようだ。


ちなみに去年はミシェルが案外イイせん行っていたが、結局闇帝に負けて終わっている。まだ若いということもあり、まぁそれは妥当な結果だろう。



光帝が俺に来いというオーラを全力で醸し出す中、ミシェルが選んだのは…。



「剣帝様でお願いします」



やはりというかなんというか…剣帝、拓也だった。



ー…え、なにミシェルやっぱり俺がニヤケたので怒ってんの…怖すぎるんだけどそんなミシェルと対戦とか絶対嫌なんですけど、俺挽き肉確定じゃん…ー



周りには伝わらない程度にプルプル震えながら彼女の前に歩み出た剣帝は、無表情の中にも怒りを感じさせる表情で見つめてくるミシェルの手の届かない辺りで足を止める。



「分かった。君が望む通り、私がお相手をしよう」



凛々しい声色でそう言った拓也だったが、実際の所、今にもチビりそうなのは最早言うまでもないだろう。


彼は考える。どうすれば自分が助かるのか…。



そして…1000年に一度の天才と呼ばれた拓也は……気が付いてしまった。


まさに脳に電撃が走るというのはこのことだろう。必死ににやけるのを抑えた彼は、右手の人差し指をピンと立てながら口を開く。



「そうだ。君だけとは言わず、君のチーム全員が私の対戦相手…というのはどうだろう?」



「……いいんですか?」



「もちろん。そっちの方が…楽しそうだろう?」



意味深にそういう拓也。ミシェルはしばらく考えるような仕草を見せた後、首を縦に振ってそれに承諾した。



「では一時間後、またここで」



優雅にローブを翻し踵を返した剣帝は、他の帝たちと一緒に来た道を引き返していった。



・・・・・



場面は移り、医務室。



「こんなに怪我してる……大丈夫?」



「拓也君の修行に比べたら…全然平気さ」



擦り傷、切り傷、火傷で爛れた肌。


心配に顔を歪めたセリーが彼に触れるに触れられず、行き場を失った手を揺らすなか、ビリーはいつものような穏やかな笑みの中に苦笑いを混ぜながらそんなことを口にした。



アルスとメルの方にはジェシカが付き添っている。アシュバルは先鋒だったということもあり、治療は既に済んだのかこの場にはいなかった。


そんな中、医務室のドアが勢いよく開け放たれる。


部屋の中の全員の視線がそちらへ集まる中…現れたのは、縦ロールにしたオレンジ色の二本の髪の束を揺らす少女だった。



「…あの子…ビリー君と対戦してた子だよね?」



「う、うん」



そう発言するビリーの声が緊張した固いモノだったのは、今部屋に入って来た彼女が原因だった。


何故か彼女の表情は…怒っている者のそれだったのだ。


小心者のビリー。彼の性分的に、怒りを露わにしている者を前にすると、どうしても少々びびってしまうのである。



すると…しばらくきょろきょろと部屋の中を見回していた彼女…シャルロットは、ある人物を視界に収めると…顔に浮かべていた怒りの表情をさらに濃厚なモノに激化させ……敵意などを隠すことすらせずに彼の下に歩み寄った。



「…え……え?」



ビリーの下に。


ベッドの上で上半身を起こしたまま困惑するビリー。


無理もないだろう。先程戦ったというだけで、面識もない人がいきなり自分に詰め寄ってきたのだ。


おまけに彼女の表情は…明らかに……ブチギレている。


彼は言葉を喉に詰まらせて窒息しそうになりながらも、精一杯笑顔を作っていた。


いつもは騒がしいジェシカもその不穏な空気を察してか、珍しくその口を閉じアルスもメルも含め静まり返っていた。



そんな中……シャルロットはキッとビリーを睨み付けながら口を開いた。



「ビリー=ラミルス……あなた………手を抜きましたわね…?」



「……え?」



頭が真っ白になるとはまさにこのことだろう。素っ頓狂にそう返したビリー。しかしそれは悪手だった。



「とぼけないでください!!」



怒りに握った拳をワナワナと震わせながら、困惑して固まるビリーにシャルロットはそう叫んだ。



「あなたが地面を叩いたあの一撃!最初の狙いは私だったはずです!!違いますの!!?」



「え、えっと……その……えぇ…えっと……」



すぐ隣の椅子に腰かけているセリーにすら遠慮することをせずに、ビリーのベッドに膝を乗せて彼に更にグイッと詰め寄ったシャルロットは、整った顔を怒りに歪ませる。


彼女のあまりの剣幕に、冷や汗をダラダラと滝のように流して眼球をジャイロ回転させているビリー。元々争い事を好まない彼の性分。これだけの怒声で捲し立てられればそれは冷静でいられないのは当たり前だろう。


予想外すぎるシャルロットの乱入に、気の弱いセリーやメルはもちろん。あのコミュニケーションお化けのジェシカですら何も声を掛けられずにいた。



「そうですわよね!!?」



「ひゃ、ひゃい!!」



結局彼女に押し切られる形でビリーは…認めてしまったのだった。


すると……彼女が纏う憤怒のオーラと表情が、途端に一層険しいモノへと変貌する。



「理由を述べなさいッ!!私が納得する理由を…ッ!!



もしくだらないことを言うようでしたら……ただでは済ましません……」



一触即発。ビリーは全く敵意や戦意といった感情はおくびにも出していないのだが、シャルロットが一方的に暴走し始めそうな程怒っている。


このままではマズい。医務室の中の誰もがそう思ったその時だった。


ビリーの窮地を救わんと声を上げたのは……非常に意外な人物。



「ちょ、ちょっと…!ここは医務室だ…ですよ!?もうちょっと静かに…」



やはりこれだけ怒りを露わにした人物に物申すのには非常に勇気が必要だったのだろう。セリーの表情には明白な恐怖と緊張。それは体の震えと真っ白に変色した顔色が表している。


最後には今にも消え入りそうな程度の声量であったが……彼女は、そう発言したのだ。



「あなたは黙っていてくださいッ!!」



「はいぃ…」



…が、彼女はやはり小動物という表現が似合う。荒れ狂う猛獣の一声で、あっさりと静まり返った。


「おーっす、お前ら元気してる~?………あら?」



そして…一番厄介そうなのが、よりによってこの際柵のタイミングで参上してしまった。流石の彼も、ただ事ではない雰囲気が部屋の中に流れていることは察したのか…自身の発言の最後に疑問符を付けて動きを停止させる。


……隣にミシェルというストッパーが同伴しているのがせめてもの救いか…。


一瞬にして彼の方に視線が集まる。それはシャルロットとて例外ではない。


全員の視線が一挙に彼に注がれる中…拓也はまず一番この部屋で面白いことになっていそうな場所……つまりビリーとシャルロットへ視線をやる。


そして……一体その残念な思考回路で何をどうやって思考したのか、最高のニヤケ面を顔に張り付け、身を抱き、気持ち悪くクネクネと捩りながら……言葉を発した。



「えぇ~ビリー君ったらまだお昼よぉ~!お・さ・か・ん!なんだからぁ♪




………………………え、今そういうんじゃなかった?」



おまけに……よりにもよって気色悪く裏返ったカマボイスで。


しかし流石の彼も周りの反応から、自分が空気を読み違えたということは察せたのだろう。


咄嗟にノーマルの声に戻して真剣な声色で彼らにそう尋ねた。



ちなみにここでジェシカの腹筋が崩壊したのは言うまでもないだろう。



「早く答えなさいビリー=ラミルスッ!!!」



「ひぃ……」




「ミシェル…なんか俺、無視されてない?」



「気が付きました?じゃあそのまま空気読んで黙っててください。あとついでに息もしないでください」



「いつになくミシェルが辛辣な気がする」



「気のせいでしょう」



こんな時でもこの二人はいろんな意味でマイペースである。



「……俺は呼吸しなくても皮膚で呼吸ができまぁぁす!!!」



「黙っててくださいってのは無視ですか?」



「あっ……」



結論。拓也はバカ。



拓也とミシェルのそんなやり取りを完全に無視するシャルロットはまたビリーを睨み付け、先程の自分の問いに対する彼の返答を待つ姿を見せていたが……それも十秒程度。


彼が言葉に詰まっていると見るやいなや、ワザとらしく大きな溜息を吐き、右手の人差し指と共にキッと鋭く突き刺すような視線をビリーに向けた。



「もういいです、分かりましたわ…ではもう一度です……もう一度私と決闘なさいビリー=ラミルス…ッ!!


さぁ!!!闘技場に出なさいッ!!!」



「え、えぇ!?む、無理だよ…」



完全に頭に血が上っている。周りから見ても彼女が怒っていることは明白であったが、ここまで怒り心頭だとは誰が思っていただろう…。


彼女は今からもう一度ビリーと戦いたいようだが…生憎、彼はこの後に剣帝との試合を控えている身。折角回復してきている体力を消耗するわけには行かない。


無理だという意思を、首を横に振ることで表してみたが……シャルロットはそれを全く意に介することなく、挙句には彼をベッドから引きずり出そうと彼の腕に手を伸ばした……が、



「決闘ならまた今度にしてくれるか?


今は荒れに荒れたフィールドを全力で整備中だし、邪魔するわけにもいかんでしょうに」



流石に彼女の行動を見かねた拓也が、シャルロットの手首を掴んでそれを止めた。


救いの神が舞い降りたと言わんばかりの表情のビリーと隣のセリー。


いつも通りのニヤケ面からは、やはり余裕しか感じられない。


そしてやはり……シャルロットの怒りは、自分の行動を彼に止められたことで更に増幅して行く。



「……誰ですかアナタ」



「イーサン=スタッカートだ」



「スタッカートさん、あなたはどうして私の邪魔をするのでしょうか…?」



一応学年が上ということと初対面ということもあり、更に拓也が落ち着いた様子で論理立てた発言のせいか……一応敬語でそう尋ねたシャルロットだったが、表情から伝わってくる怒りは先程と何ら変化していない。というか少し感情的になったというだけでいきなり怒鳴られたセリーは涙目である。


何故拓也が偽名を使ったのかは定かではないが…何か考えがあるのだろうとミシェルは魔力を練らずにおく。



「いや、今行ったら整備中の人の邪魔でしょ?










あと俺の名前は鬼灯拓也だ間違えんじゃねーぞ。イーサンって誰だよ」





あぁなるほど、煽る為か。


そう理解したミシェルは、次の瞬間には大量の氷の針を発射していた。



次の瞬間、拓也の後頭部がファンタジックなことになったのは言うまでもないだろう。


いきなりの不遜な拓也の態度に一瞬ポカーンとした表情のシャルロットだったが、彼の発言を脳内で理解すると同時に怒りの炎は更に規模を増して燃え上がった。



まさに火に油……いや、火にガソリンである。



「じゃあその鬼灯拓也さんが何の用ですか!!?フィールドなら別で用意いたしますので邪魔しないでいただきたいですのッ!!!」



「なんと!彼は一時間とちょっと後にあのイケメンフェイスで有名な剣帝と戦わなくてはいけないのでしゅ!!


ということで決闘はまた今度ね!」



中の人を知っている者は何がイケメンフェイスだと揃って思ったのだが、シャルロットという剣帝の正体を知らない彼女がいるこの場でそのツッコミはできない為、失笑や嘲笑、蔑む眼でそれに代えて彼を罵倒する。


しかし…シャルロットの相手で大変な拓也はそれらに気が付くことはない。


ギリリ…と歯を噛みしめたシャルロット。流石に学園のイベントに……しかも帝たちが関係するイベントを蔑ろにさせ自分の欲を優先させることは躊躇われたのか、そんな怒りながらも思考するような仕草を見せると、ビリーの方に振り返る。



「ではそれが終わった後ですッ!!それならば文句はありませんわよね!!?」



「あー残念だけどこの後お稽古があってですね~」



「あなたには言っていませんッ!!ビリー=ラミルスに喋っているんですの!!!何の権限があって…」



「あーうん、俺そいつの師匠だから」



「…………はぁ?」



シャルロットが顔に浮かべたのは、訳が分からないといった表情だった。


『師匠』という単語を理解していないわけではない。ただ純粋に…言ってみれば、何言ってんだコイツ。といった表情である。




得た情報を頭の中で整理し、シャルロットは笑った。


ただしそれは綺麗なモノではなく、師匠といった拓也を嘲けるようなモノ。


口元に手を当て、クツクツと押し殺した笑い声を漏らし、それを必死にこらえながら、彼女はニヤケ面の拓也に向かって口を開いた。



「師匠…?魔闘大会にも出場できないアナタが、三年生の選手の師匠?笑わせないで…」



「拓也さんは私よりもずっと強いですよ」



「…え?」



シャルロットの言葉を遮って、若干強引に唐突に割り込んだのは…いつも通りのクールで冷たさを感じさせる表情を顔に浮かべているミシェルだった。


またもやシャルロットの口からそんな疑問符付きの言葉が漏れる。


そして次の瞬間彼女の表情に浮かんだのは、またもや嘲笑だった。



「は、ハハっ!嘘ですわね、それなら魔闘大会に出ているはずですもの!!」



「一年生の時に出ていますよ、私が副将で彼が大将でした」



だんだんシャルロットの表情が曇って行く。



「で、でも…それで強いとは限りませんし…」



「強いですよ?


当時私が簡単に負けた三年生の大将を余力を残して倒していましたし。今の三年生に聞けば分かることです」



淡々とシャルロットにそう返して行くミシェル。


突如として舞い降りた救世主に、ビリーは一先ず胸を撫で下ろす。



ー…矛先が俺に向かなきゃいいけど……ー



一方で……拓也は自分に被害が及ぶことを恐れてガクブルなのであった。


最初の威勢はどこへやら…すっかり静かになってしまったシャルロッ

ト。


すると……アルスがベッドから降り、彼女へと歩み寄ると、優しく笑い掛けながら肩に手を置き、一言。


彼なら言葉巧みに彼女を納得させられるだろうと…誰もが思い、ミシェルも次に用意していた言葉をすんでのところで止めた。



「まぁ拓也は君みたいに力を誇示したいという欲求が無いんだよ」



「なッ!!?」



しかし予想に反して彼の口から発されたのは……最大級の煽りだった。



一瞬の硬直の後……そんな素っ頓狂な声を上げるシャルロット。


穏やかな微笑みから放たれた毒は、自分勝手なことを口走っていた彼女を放心させるには十分であった。


アルスはそれをチャンスと見て…更に追い打ちを掛けるように彼女の肩をポンポンと叩きながら少々強引に背を押し、彼女を医務室の出口へと押し出す。



「とにかく…今日はもうお引き取り願うよ」



「…な、な…ちょっと…!」



まだ何か言いたげなシャルロットだったが…アルスが強引にドアを閉めたことで、扉の向こうで先程の様子とは打って変わって静かになった。


そしてしばらく扉の向こうで思考する様子を擦りガラス越しに拓也たちに見せたシャルロットは、一体しばらくの思考の末どんな考えに至ったのか、ようやくこの場から去って行くのだった。



「な、なんだったんだろう……」



呟くセリー。ジェシカもメルも彼女と同じ感想を抱いていたが……残りの面々は何となく彼女の言いたかったことが分かっていた気がしていた。


一つ溜息を吐いた拓也は、ベッドの上で上体を起こしたまま放心状態のビリーに問いかける。



「ビリー、お前…分かってんのか?」



いつもは見せない真剣な表情でそう問うた拓也の顔を、驚いたような表情で見つめたビリー。


彼のその驚きの表情は……次第に萎れ、終いには何とも言えない悲しいモノに変わり果てる。



拓也の口から紡がれたその言葉。その言葉の真意を……彼が何を言いたいのか……ビリーは分かっていた。



「あの一撃……」



「あぁ、お前が意図的に外したのはもちろんバレてる。


あの子はそれを侮辱ととったんだろうな。だからあんなにブチギレてんだ」



自分がやったことは、最低だと……ビリーはちゃんと分かっていた。




「おまけに今回は試合だったからよかったものの……これがもし実戦だったらお前が命を落とすばかりか、お前が護りたいモノも失うことになるんだぞ。


お前は可愛い顔した女の子が怯えたからって、そんな状況でもあんな判断を下すのか?」



「……それは……」



ビリーはそう前置いたきり、バツの悪そうな表情をしながら口を噤み黙り込んでしまった。


彼にはすべてお見通しだったのだ。


普段へらへらと笑って呑気にやっている彼が、そんな表情を顔から抜いて咎める。


周りで二人のやり取りを見守る者たちにとっても、それは圧倒的な強者の威厳や厳格を感じさせた。



「まぁ…あとであの縦ロールにちゃんと謝っときな。




さて…柄にもないお説教はこんなとこにしといて……流石ミシェルたん圧勝でしたね!」



「急にこっちにシフトしてくるの止めてくれませんかね……あとその呼び方は気持ち悪いのでやめて下さい」



手短にそう締め括った拓也は目標をミシェルに変更するといつも通りのニヤケ面に戻って、冷たい表情の彼女へ詰め寄った。


そんな彼に対し、ミシェルはいつものように距離を取って冷たい言葉を吐きかけるが……いつもの如く彼には効果がない。



「ミシェル相手の魔武器の能力分かってたでしょ?」



「込めた魔力でグローブの重さを変化させるってとこですかね?あとにじり寄ってこないでもらえますか?」



「半分正解。正解はグローブに掛かる重力の比率の増減だ。えげつないよね」



最初に座っていた椅子から腰を上げ、近づいてくる拓也から逃げるように壁際に追い込まれたミシェルは、不審そうに彼を見つめながら問う。


あまり良い答えが返ってくる気はしていなかったが……それでも彼女は問うた。



「なんで近づいてくるんですか?」



「汗で蒸れたミシェルの体臭をクンカクンカしようと思って」




「うわぁ」


「…」


「流石たっくん」



ジェシカを除いた女性陣がドン引きしたのは言うまでもない。



そして言わずもがな…ドン引きした表情のミシェルによって彼には天誅が下された。



「まぁ冗談はこのぐらいにして…」



「冗談でそこまで黒焦げになった人は初めて見たかな」



「アルス君ちょっと黙ってて」



炭素の塊と化した拓也が地面からむくりと起き上がり喋り出す。


その光景を目撃してしまったジェシカは爆笑し、行動不能。見かねたアルスが彼女の代わりにとツッコミを入れる。


それは拓也にとって意外だったようで、彼も笑いながらそう返す。


しばらく拓也とジェシカが腹筋の筋トレを続けた後…ようやく復活した彼が口を開いた。



「実際…お前らと戦うのは初めてだな。ちょっと楽しみでもある」



ギラリと黒い瞳を怪しく光らせるその様は…例えるならば猛禽類。


獲物を見定めるようなその眼光に、出場選手の4人はもとより…関係のないはずのセリーやジェシカまでもが思わず息をのんだ。



またもや普段は見せないそんな側面。笑っているはずなのに……彼らにとって、今の彼は本能的に畏怖の対象となっていた。


腕を組み、笑っていた拓也だったが…ミシェルを始めとした全員の表情が強張っていることに気が付き、疑問を表情に表した後…ようやく自分が無意識で威圧してしまっていたことに気が付き、慌てていつもの呑気なニヤケ面を張り付け直して彼らの緊張を解くべく口を開く。



「まぁミシェルには普段からレーザー撃たれてるんですけどね!初めて会った時も頬に掠ったし!!」



「………そのことはもう忘れてくださいってば」



突如として紡がれた冗談。


数秒、いきなり様変わりした様子の彼が発したそれに最初に反応したのは、やはりミシェルだった。


そんな彼女を始めとし、各々もいつも通りに戻って行く。



内心で何となくほっとした拓也であった。



「いいや忘れない。未来永劫…語り継がれて行くだろう」



「誰にですか」



「……ビリーの子孫」



「な、なんで僕なんだよ!!」



何故彼に白羽の矢が立ったのかは定かではないが…拓也にも何か考えがあってのことなのだろう。


微妙そうなその表情が、その何かを物語っていた。


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