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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第二部
44/52

仇なすモノ




9月某日…王城の一室。円卓の会議室。


時刻は午後6時頃。



王国の最高戦力が集ったこの一室には、珍しく普段の定例会とは違うピリピリとした緊張感が走っていた。



「じゃあ始めようか……」



心なしかローデウスのその言葉も、いつもより重苦しく感じる。


まずは水帝がコホンと一つ咳払いをし、場の空気を整えると、彼女は手元の資料を数枚捲って、部屋中に響く通った声で喋りだす。



「まずは剣帝に殺害予告を出した犯罪組織『ルティアーノファミリー』についてだ。


この王国に一番近い支部は剣帝により壊滅した。捕らえたのは支部長一人、しかし情報は何も吐かず」



「あぁ、その影響か最近はめっきり現れなくなったな」



黒いフードを被った王国最強の男、剣帝拓也が普段のふざけた様子など全く感じさせない様子で、指で世話しなく顎をいじりながら水帝の言葉にそう続けた。


先日自分が殲滅した構成委員のことでも思い出し、きっと彼はそんな表情を見せているのだろう。


命のやり取りをした相手に対しての、せめてもの敬意の現れ。



すると…拓也のその言葉を最後に静まり返っていた会議室に国王の声が響いた。



「敵の勢力がはっきりしない現段階では十分脅威になると言っていいだろうね。剣帝をはじめとして、皆も十分注意しておいて」



現段階では、情報が少なく手を打ちようがない。


無い物ねだりをすることなく、綺麗にそう締め括った国王。帝全員が静かに頷く。


普段の会議では見られないような真剣なその態度に、国王は苦笑いしながらも次の議題……本日のメインの議題を自ら口にした。



「知っている者もいるかもしれないけど……隣の聖国が先日、うち領有権を主張している土地に簡易な兵士の駐屯所と見られるモノを設置しているのを発見した」



聖国とは…その名の通り宗教を元に国が作り上げられ、神様大好きな信仰に熱い国家である。


そんな彼らが、今まで王国が領有権を主張してきて周りも特に異論はなかった場所に、突如として小さな仮設の拠点が作ったのだという。


相手側のこの一つの行動だけでもかなり多くの仮説が立てられるのだろうが、


椅子に深く腰掛けて背もたれに背を預けて若干天井を仰ぎ見るような姿勢の雷帝が導き出したのは……。




「侵略じゃね?


まぁいきなり兵を置いて来たんなら随分とあからさまだけどな」






雷帝のそのセリフをきっかけに、部屋の空気が一段と重くなった。


するとそんなピリピリした会議室のドアが数回ノックされ、ゆっくりと開く。


室内の全員の視線がそちらへ集中する中、入室してきたのは一人の政務官が姿を現す。



「し…失礼します。たった今『ヤハクバル聖国』の使者が参られ…これを……!」



拓也を除く帝全員が無意識の内に醸し出してしまっている気迫の前に圧倒され、脂汗をダラダラと流しながらも、その政務官は一つの手紙のような物を国王へと差し出した。



そそくさと逃げるように部屋を後にする政務官から完全に注意がそれた一同が次に注視するのは…やはり国王が無言で読んでいる手紙。


今しがた王が話題を振り…雷帝が侵略だと意見を述べた『聖国』。


ローデウスの表情の僅かな変化も見逃さないようにと帝たちは彼を食い入るように見つめていた。


彼らのその気迫も全く気にしないでいる辺り……流石一国の長と言うべきか。



そして手紙を読み終えた国王はゆっくりと視線をローブの集団の方へ戻し、手元の手紙を丁寧に畳む。



「ヤハクバル聖国がエルサイド王国の領土内に兵士の駐屯所を作ったのにはどうやら理由があったようだね」



「もったいぶらずに教えなよ」



ニコニコとした笑みを取り戻しそういう国王に、水帝が早く言えと諭す。



「どうやらこの付近の街道に凶悪な魔獣が出現するらしい。


討伐隊を組んだのはいいんだけど聖国側は見晴らしが良すぎて本陣を潰されかねない。だから小規模な林を抜けたうちの領土内に拠点を作らせてほしいということらしいよ。


急を要する故、事後報告の謝罪も一緒にされていた」



ハッハッハと豪快に笑った国王。


しかしその次の瞬間、彼の表情の裏側から…鋭い光が浮上した。


笑ってはいるが……なんとなく怖い。そんな表情。



「なーんて…この情報の全てを鵜呑みにするわけには行かないな。


理由はどうであれこの国の領土を侵していることは事実。早急な事実の確認と対策、対応が必要だね」



彼は普段親バカでお人よしで抜けた面が多く、皆から愛されるような男。


しかしそんなでも一国を統べる王。


国王として最優先するべきは自分の国の民がどれだけ幸せに暮らせるか。



当然だが、同盟関係も結んでいない国相手がいきなり寄越した手紙にはいそうですかと頷くわけがないのだ。



「事実確認と言ってもどうするの~?


そこの国境線まで行くとなると……私たちがどれだけ急いだとしても1日は掛かるよ」



「地形を無視できるワシが飛んで行ってもそんなに変わらんじゃろうな」



「向こうで戦闘が発生したことを想定して……魔力と体力の温存を考えるともっと時間が掛かるな」



地帝、風帝、炎帝がそれぞれ意見を口にする。


普段は会議中だというのにもかかわらず甘味ばかり頬張っている地帝、寝てばかりいる風帝、酒を浴びるように飲んでいる炎帝。


彼らがここまで真面目に会議に参加しているというのは非常に珍しい。それこそ旅客機が墜ちるレベルで珍しい。



「僕に考えがある……会議は少し中断させてもらうよ」



・・・・・



国境付近。ヤハクバル聖国がエルサイド王国の領土内に勝手に設立したの臨時駐屯地。


簡易なテントなどが立ち並ぶ小規模なその拠点。太陽が地平線の下へ潜り込んでしまい、辺りはだいぶ暗くなってきていた。



「はぁ~…見張りとかつまんねぇな……」


「何を言う、これも我々騎士にとって立派な仕事だ」



見張りを任された若い騎士の一人が、駐屯地の中央辺りで旨そうな食事に舌鼓を打っている上官たちの方を横目で見ながらそんなことを呟いた。


すると隣の騎士が失言をした彼を咎めるような言葉を口にする。



「我々は神に仕える身、我々の行いの全ては…」


「あー分かった分かった。俺が悪かったよ」



めんどくさくなることを察したダルそうな態度の男は自分から謝罪の言葉を口にして、相変わらず曲がった背筋のまま視線を前に戻した。





「……ん?」



「…あれは……誰だ?」



見張りの二人の視界の中心にポツリと点のように映り込む影。


ゆっくりとこっちに歩いてきているその影を凝視する二人はお互いに顔を見合わせたが、自分たちに与えられた仕事を思い出し、表情を引き締め直した。



「「ッ!!」」



徐々に近づいてくる二人の影が、ローブをまとっていることを確認したその瞬間……二人はまるで背中に氷を突っ込まれたかのような錯覚に陥った。


心臓に冷たい手がそっと当てられているかのようなそんな感覚に、焦点がずれた視線を地面に落としているそのうちに……ローブの二人は彼らの眼前まで迫っている。


固まる二人に、青いローブが一つの手紙を取り出して彼らに喋りかけた。



「エルサイド王国から参った。水帝だ。



この手紙の件で用がある。責任者を出していただきたい」



「しょ、少々お待ちください…すぐにお呼びいたします!!」



帝。その言葉を聞いて彼らは分かりやすいほどに震え上がる。


逃げ出すようにその場を後にした二人は、みっともなく呼吸を乱しながら言葉を発した。



「な、なんで帝がなんかが…!!?」



「わ、分からない!」



後ろをチラチラと振り返りながらそんなことをやり取りをする二人。


すると真面目そうな騎士が、水帝の隣に立つもう一人の正体に気が付いたのか…思わず足を止めて目を見開く。



「お、おいどうした…?」



不真面目そうな騎士がいきなり歩み止めた彼を気掛かりに思い、自分も足を止め彼の顔を心配そうに覗き込んだ。


彼の凝視する先へ視線を這わせると……薄い夕焼けを背景にしたことでより一層黒さが栄えたローブの人物が映る。



「アレは……まさか………」



噂は聞いた事がある。


エルサイド王国には鬼神がいると。


その人物とは…黒いローブを身に纏っており、帝の中でも飛びぬけて異質な強さを誇る最強の存在。



「あ、あれは…え、エルサイドの鬼神…剣帝じゃねぇか…!!?」



噂に聞く王国最強の化け物が今、自分たちの目の前にいる。


純粋な恐怖と同時に沸く尊敬の念。



すると剣帝はそんな二人に気が付いたのか、口角を少しだけ釣り上げて笑って見せた。



彼のそんな仕草に彼らはビクッと体を震わせると、慌てたように振り返り、責任者がいるであろう方へと脱兎のごとく駆けだしていった。



折角笑って見せたのに、そんな反応をされた拓也が分かりやすいほどにショボーンとしていたのは言うまでもないだろう。



すると…そんなブルーな気持ちになりながらも拓也は隣のルミネシアに語りかける。



「ルミネシアっち…なんでそんな威圧してんの?」



「なんとなく」



「いやそのせいで最初あいつら生まれたての小鹿よろしく震え上がってたんだけどね?」



「領土を侵した奴らに慈悲があるとでも?」



「把握」



ケタケタと笑う拓也とルミネシア。年の差はかなりあるが中々楽しそうである。


二人がそんなやり取りをしている間に、複数の騎士に囲まれたいかにもリーダーという男が現れた。


茶色い短髪の男は、拓也とルミネシアを交互に見ると、その顔に申し訳なさそうな表情を浮かべて口を開く。



「この度は事後報告になってしまって申し訳ない。


詳細は手紙に記した通りで…どうか今しばらく貴国のこの領地をお貸しいただきたい」



責任者の男のその言葉にはルミネシアが答えた。



「そのことに関しては問題ありません。我が国王も承諾しました」



「ほぉ……それはありがたい。感謝致します」



「そこで一つ提案なのですが……」



一先ずは自分たちの要求が飲まれたということで安堵する男を前に、ルミネシアは今までの素っ気なく若干冷たい声色を、ふんわりと柔らかいものに変化させ…右手の人差し指をピンと立てる。



「よろしければ我々王国が魔獣討伐に協力致します。


参戦できるのは私と彼、剣帝だけですが…僅かながらですが力になれるとは思いますので」



噂に名高いエルサイド王国の帝。


10人に満たないその集団だが、戦闘能力は計り知れない程に強大。


それこそ僅か数人の集団である彼らだけで一国を落とせてしまうと言われているぐらいだ。


そんな化け物集団の二人が手を貸してくれるというのだ。


今から魔獣と戦うという聖国側からすればこれ以上ない程に良い話。



「……折角のお申し出ですが、私の一存では決めかねます」



しかし茶髪の男は少し眉を潜めて見せたかと思うと…明言こそしなかったが、その口で仄かに拒否を匂わせるようなセリフを吐いた。


確かに王国側が提示してきたその提案に甘んじることで、自国が彼らからの恩を受け、外交などで不利な状況に陥ることを考慮してそう判断を下したという可能性もあるだろう。


だが……王国側の領地に侵入し、大義名分があるとはいえ勝手に拠点を作るような彼らが、果たして今更そんなことを気にするのだろうか?



「本国へ書簡を送るにも時間が掛かりますし……指示を仰いでいる間に魔獣が出現するかもしれません…。


急を要して少数精鋭でここまでやってきましたので、戦力を削るようなことは指揮官として出来かねます。領地をお借りしている身で厚かましいとは承知ですが、今回は我が聖国に任せては頂けないでしょうか?」



今度ははっきりと否定を口にした。


ルミネシアの口角が吊り上がる。あざけ笑うかのように。



「なるほど、それは大変失礼致しました。


ですが…何か問題があればいつでも仰って下さいね。すぐに伺いますので。


ではご武運を」



一礼し、そう言葉を締め括ったルミネシアは、拓也にチラリと目配せをして二人同時に踵を返す。


固唾を飲んでその光景を一歩引いた場所から見守っていた騎士たちからドッと気迫が剥がれ落ち、まるで久しく呼吸をしていなかったと思わせるように数回大きく深呼吸をした。



「あれが王国が誇る帝……とんでもない迫力だったぞ……」



実際には威圧していたのはルミネシアだけで拓也はただ彼女をここまで運んできただけで、この場では案山子の如くただ突っ立っていただけ。


単体でここまで彼らの精神力を削るとは……流石は曲者揃いの帝を統率する姉御である。



・・・・・



場面は移り王城、円卓の会議室。


国境付近から帰還した水帝と剣帝が超高速で作成した資料に目を投資た国王は興味深そうに唸り、髭を弄っている。



「なるほどなるほど……二人ともお疲れさま。じゃあ二人が持ち帰った情報を元にして続けようか」



・・・・・



時間は流れ、午後8時30分。


ようやく定例会を終えた拓也は王城の門を出てしばらく行くと、ローブを脱いでゲートの中へ放り込む。


相変わらずの謎センスのTシャツとジーンズという装いの彼は、その足で帰路についていた。



「ミシェル何作ってるんだろうな~」



想像するのは…エプロン姿でキッチンに立つミシェルの姿と、テーブルに並べられた温かい食事。


少し遅めだが彼女のことだ。きっと拓也が帰るのを待っているだろう。




するとその次の瞬間、ぐ~っと盛大に大絶叫する腹の虫。



「ミシェルもお腹空かせてるよな…よし」



彼女も自分と同じく昼食を採ったきり何も口にしていないはず。


それならばと拓也は一つそう掛け声をかけ、ジーンズのポケットに手を突っ込みながら石畳を強く踏み、弾丸のような勢いで星々が輝く黒いキャンパスへ溶け込むように消えて行った。


空気を切り裂きながらグングンと上昇する拓也は、その高度から目的の場所を目視。


空気抵抗などを巧みに利用しながら明かりの灯る一軒家に向かって降下して行くと、家の近くの丈夫そうな木の枝に手を伸ばして体操選手さながらに大回転。


その後に無音で地面に降り立った。




……相変わらずの奇行である。



「さてさてミシェルはどこかな~」



拓也がまず視線をやったのは、掃き出し窓。


まだレースカーテンしか閉めていない為、家の中の明かりがボンヤリと外を照らし、ウッドデッキを幻想的に彩っていた。



同時に光度差のせいで家の中の光景が拓也の視界に映る。



彼の視界の中心にいるのはやはりミシェル。



「おやおや、読書中ですかな?」



リビングのソファーにゆったりと腰を下ろした彼女の顔には、何故か普段の冷たくクールなモノとは違った色が浮かんでいた。




拓也も彼女のその様子には気が付いているようで、その顔に浮かべるのは興味深そうな怪しい笑顔。


やがてミシェルは一つワザとらしく咳払いをすると、読んでいた本をリビングのテーブルの上に置くとソファーから立ち上がってリビングから出て行った。



「これは……なにやら面白そうな匂いがするぜぇ……」



持ち前の嗅覚でイベントの香りを嗅ぎつけた拓也は、三日月のように口をパックリと開き空間魔法を発動させて室内へ移動。


ミシェルが今まで読んでいた本を手に取る。



全く物音を立てないその様はまさにゴキブリである。



手に取った本のページをパラパラパラと捲ること数秒……その小説の内容を完全に把握した拓也の顔には……



「なるほど……これはこれは…………ちょっと突っついて遊んでみるか……」



悪魔なんて生ぬるい……大魔王の如き凶悪で不気味すぎる笑みが浮かんでいた。



「あ、拓也さん帰ってたんですか」



そんなタイミングで戻ってきたミシェル。


拓也の手の中に既にミシェルが読んでいた小説は無く、元通りテーブルの上。


今の今まで浮かんでいた凶悪な笑みもすっかりと抜け落ち、なぜか彼はその顔に影を落としていた。



「……どうしたんですか?黙り込んで」



沈黙する拓也に首を傾げたミシェルはゆっくりと歩み寄り、何してんだこいつと言いたげな冷たい視線を向ける。


しかしそこまでされても拓也は何のアクションも起こさずただただ沈黙を貫く。



流石のミシェルも、いつもうるさい程に賑やかな彼が真剣な表情で黙り込んでいる様子には違和感を覚えるのだろう。


それに彼は辛いことがあるとこういった姿を見せることもある。



「……何かあったんですか?」



気が付けば彼女の声色は、彼を気遣うようなモノに変化していた。



俯き加減だった顔をゆっくりと上げた拓也。


その表情はやはりいつものように呑気そうなモノではなく、憂いを含んだような少し悲しそうで、辛そうなモノ。


それを見ているミシェルは得も言われない不安が募って行く。



すると……拓也が静かに口を開いた。



「……ここから逃げよう」



「…………は、はい?」



一間隔置いてミシェルの口からそんな音が零れ落ちる。



しかし演技派俳優拓也は止まらない。


内心は大爆笑だが、それは表には一切出さずにシリアスな演技を続けた。



「俺と逃げて……どこか平和な田舎で暮らそう!!」



「い、いきなり何言ってるんですかッ!!?」



迫真の演技で迫る拓也。そんな彼に少し怖気づいたように後退るミシェル。


ここまですべて内容通り。


彼女を逃がすまいと小説の内容を忠実に再現し、拓也は両手で彼女の肩を掴む。



「二人で逃げて…奴らの手が届かない場所で暮らそう。


二人きりで星を眺めて…笑いながら毎日を送る……ただそれだけでいいんだ」



「ほ、本当にどうしたんですか拓也さん!!何があったんですか!!?」



ワナワナと震えながら演技を続ける拓也。ミシェルは彼のそんなプロポーズとも取れるようなセリフに、彼を宥めようと必死に言葉を紡ぎながらも思わず頬を染めてしまう。


ミシェルが拓也の演技に気が付けない理由としては、彼の圧倒的な演技力と自分に向けれられる甘いセリフが思考回路を麻痺させているのが主な原因なのだろう。



「ちょ、ちょっと待ってください!いきなりそんなこと言われても…ッ!!」



「…ッ!」



拓也の拘束を振り払い、一歩大きく下がって距離を取るミシェル。



「一度整理して話してください!ちゃんと聞きますから…ッ!」



話し合いを求めるミシェルに詰め寄った拓也は、自分を突き放そうとする彼女の両手の手首を離さないように強く握り締めた。


そして不安と羞恥などの様々な感情が入り混じって何とも言えない表情を浮かべる彼女に自分の顔がピントの合うギリギリの所まで近づけ、彼女のサファイアのように美しい瞳をじっと見つめながら小さく言葉を紡ぐ。



「時間が無いんだ……。


君を愛している、心の底から。それが理由じゃダメ?」



「にゃ、にゃにを…///」



ミシェルがゆでだこのようになっているのは最早言うまでもないだろう。





「ここを離れて幸せになろう。


時々喧嘩したり…その度に仲直りしたりして……。



子供だって作ろう、男の子と女の子1人ずつが良い」



「こ、子供って…そ、そんなのまだ…///」



拓也の拘束を振り解こうとする力も徐々に弱まり、それに伴ってより色濃くなって行く頬を染める朱の色。


内心爆笑している拓也だったが……持ち前の演技力でそんな様子はおくびにも出さずに真剣な表情の仮面を張り付けたまま、彼女の手を軽く引いて自分の体に引き寄せる。


ビクッと一瞬肩を震わせたミシェルだったが、彼女は彼に身を委ね、次第にされるがままになって行った。




「で、でも……逃げるって……ジェシカたちはどうするんですか…?」



一体何から逃げるのか。拓也は明確な理由は口にしていないが、ミシェルは彼のこの真剣な様子を目の当たりにし、並々ならぬ理由があるのだと勝手に推測しているのだろう。


自分の両手首を握っている彼を上目遣いで見つめながらそう尋ねた。


当の拓也本人はただミシェルで遊んでいるだけなのに……。



「……」



上気した頬、潤んだ蒼い瞳。


普段の冷たく尖った態度からは想像も出来ないほどに弱々しいその姿に、不覚にも加虐心を掻き立てられてしまった拓也は思わず彼女の細い腕を握る手に力が入ってしまった。



「痛ッ…」



「……」



無言のままの拓也。


驚いたような怯えたような表情を顔に浮かべながら拓也を見つめるミシェルは、何も口にすることなくただ拓也が口を開くのを待っている。


いつもの剽軽な様子は全く見せずに沈黙を続ける拓也。



ー……可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い……ー



静かな様子に比べて中身は雑念だらけである。



「とりあえず飯にしようぜ、腹減った」



今にも鼻血をスプラッシュしそうな精神状態に陥った拓也は……にっこりといつものようなぶん殴りたくなる表情を顔に浮かべて彼女の手を放すと、そそくさと食卓に着くのだった…。



「………………は?」



案の定……ミシェルの口からはそんな素っ頓狂な声が零れ落ちた。




純粋を装った最高にムカつく表情でキョトンとしている拓也。


ミシェルは自分が自分が置かれた状況が分からないような様子だったが、次の瞬間には…彼のセリフと……さっきまで自分が読んでいた小説の内容を脳内で辿り……。



「あぁ……なるほど……」



頬の赤さ…照れたような表情をすっかりその顔から落とし、いつも通りのクールな表情を浮かべた。


しかし……その仮面の裏には、隠しきれていない激昂の片鱗が見え隠れしている。



「……そういうことですか………」



ユラリ……。そんな擬音が似合う非常に恐怖をそそる動作で、拓也へ一歩踏み出したミシェル。


全身に彼女の覇気を浴びて流石に拓也も自分に迫っている危機をビンビンと感じ、マナーモードのように震え上がって椅子から転がり落ちた。


きっと彼も彼女がここまで怒るとは思っていなかったのだろう。



「い、いや…その……ちょっとした可愛げってヤツでおま……」



言い訳を述べる。しかし彼女が纏う覇気と練り上げられる魔力は凄まじい勢いで高まって行く。


ゴキブリも真っ青な動作と速度で後退る拓也だったが、あっという間に逃げ道はなくなった。



キッチンの方へ逃げた拓也。ミシェルも当然拓也の後を追ってくる。


しかしその足取りは至ってゆっくり。



だがそのゆったりとした動きは、拓也により濃厚で純粋な恐怖を与えているのだった。


ダラダラと汗を流しながらプルプルと震える拓也に……ミシェルが小さく語りかける。



「なんでこんなことしたんですか?」



「え、ちょ…ほんと……あの……あれ……」



目の前に君臨した大魔王。


情けなく震える拓也は今にもチビリそうである。



「わ、悪かった……」



謝るしかない。拓也の天才的な脳が導き出した究極の一手は……土下座というジャパニーズ謝罪法だった。




ナイアガラ状態の冷や汗。体の震えは止まらず、ただただ深く頭を下げて、許しを請う。


だが……大魔王は許してなどくれなかった。


スリッパを履いたまま拓也の頭を踏みつけたミシェルは、全体重を拓也の頭に乗せながらグリグリと踏みにじる。



一見ご褒美のように見えるかもしれないが……ミシェルは身体強化を掛けているので尋常ではなく痛い。



「答えてください。なんでこんなことしたんですか?」



謝罪よりも先に理由を述べろと要求してくるミシェル。


ふざけたら間違いなくエンド。ふざけなくても理由が気に入ってもらえなければエンド。そして答えずに沈黙を貫いてもエンド。


とどのつまり逃げ道は無い。THE END。



「え、えっとですね……その…ですね……」



しかし人間とはなんと醜いモノだろうか…自分が助かる為ならば、嘘を吐くことすら厭わない。


彼もまた…人間。自分が生き残るための道を必死に探し、そう言葉を濁すのだった。



するとそんな時だった。



「……」



大魔王越しに拓也の視界に、先日彼を地獄の一丁目へ案内した赤と銀の壺が映った。


本来の用途とはかけ離れ、一輪の美しい花が穴に突き刺された文明の利器…オ○ホ。


ミシェルに嘘を吐いてまで…生き永らえた自分。



あの時彼女が自分に向けた笑顔は……本来あってはならないモノ。



自分が付いた嘘が原因でそんな偽りの笑顔を彼女にさせてしまったのならば…ならば自分は……せめてこれからは正直に生きなくてはいけないのではなかろうか?


もう彼女に嘘を吐かずに…正直に話し、罰を受けなければいけないのではないか?



「……ミシェルが…ミシェルがこんな小説読んでるのが珍しいなって思って………俺……俺…こんなカッコいいことできないから……せめて演技でも……ミシェルを喜ばせたくって……。


で、でも……焦ったミシェルを見てみたいって悪戯心が無かったわけじゃなくて……」



「……」



緊張と恐怖で詰まりながらだが…ゆっくりと語りだした拓也を、ミシェルは静かに見下ろしていた。





「で、や、やってみたら……ミシェルがあんまり可愛くて…涙浮かべながら上目遣いとかもう……それでつい熱が入っちゃって………本当に申し訳ありませんでした…」



もう一度深く頭を下げ、額を床に擦りつけて自分の非を詫びる拓也。


返答することもなく黙りこくるミシェル。



「…?」



いつまでたっても覚悟した戦慄の一撃が来ないことを不審に思った拓也は、彼女の顔色を窺おうとそっと顔を上げようとした…その瞬間。


またもや頭が踏みつけられる。



しかしその一撃は、先程のように悪意と衝撃に満ちてはおらず……とりあえず拓也が顔を上げることを阻止するかのようなモノだった。



「……正直に謝ったので、今回だけは特別に許してあげます。でも罰としてそこで10分くらいそうしててください」



「え…え……許してくれるの?」



彼女が吐き捨てるように冷たくはなったそのセリフに含まれていた情報。許された。


思わず飛び上がって喜びそうになった拓也だったが、自分が置かれている状況と彼女の機嫌を考慮して危ないところで堪え…顔を上げるだけにしておこうとしたのだが……。



「顔は絶対に上げないでください。額は床につけたままで10分です。いいですね?」



「は、はい…!」



ピクリと首を動かしたその瞬間に、若干上擦ったような声のミシェルに頭を力強く踏みつぶされた。


しかし……ここで彼女の言うことを聞いておかないと挽き肉になりかねないと判断した拓也は、全身全霊を込めて床に額を擦りつけているのであった。



「……」



ミシェルはその間にリビングの方へ移動。視界を塞がれている拓也でも容易に知ることができた。


それにしても10分間耐久土下座とはミシェルもなかなか乙なモノを考えたものである。



「(可愛いって……拓也さんが…可愛いって…///)」



しかし……こんな状態の拓也では、真っ赤に赤面してソファーに倒れ込み、クッションに顔を埋めるようにして悶えているミシェルの姿やその息遣いも知ることはできないのだろう。何とも悲しいことである。



・・・・・



「よっしゃー。基礎トレも終わったことだし今日も自由組手をするわけだが……なんと本日からは私が得物を手にします。やったね!」



「いや全然よくないんだけど!!?」



ケタケタと愉快そうな笑い声を上げながら、数本の剣でジャグリングをするという危険極まりない行動を始める拓也に怒鳴るビリー。


しかし拓也はそんな弟子の反乱に、やれやれといったように首を振って見せると、不注意で頭部に生えた白銀の剣をそのままにチッチッチ…と舌を鳴らした。



「何を言うかバカ弟子。今までお前が戦ってきたのは素手だからよかったものの……実戦になったらズルいもクソも無いんだ。誰だって勝つための最善の手段を選ぶ」



「そ、そうだけど…」



「安心しろ。俺のイケメンな太刀筋なら例え斬り落とされてもすぐにくっつく。というか腕の一本や二本すぐ生やせる」



「なんで斬られること前提なんだ…ッ!!」



刹那…彼の頬を掠める鋭い銀色の筋。


背後から聞こえてきた子気味良い音と、筋が掠った箇所に走る痛みで自分が拓也に攻撃されたことをようやく認識したビリーは、一間隔遅れて血を蹴り空へ飛び上がった。



「このバカァァァ!!もういい!うだうだ言うなら叩ききってやるんだから~!!」



グローブに炎も灯したビリーは視界の中心に気持ち悪い女性ボイスで喚く残念な自分の師匠を映す。



これまでは、彼は自分に拳での超近接戦を教えるという理由もあって拳で戦ってくれていた。


しかし今日でそれもお終いらしい。


拳の代わりに向けられた、一振りの剣。



ゴクリと喉を鳴らしたビリーは……いつものように攻め込むことはせずに、炎を下へ噴射しながらその場でホバリングしていると……視界の中心に捉えていたはずの拓也の姿が一瞬ブレ……完全に姿を見失ってしまった。


その次の瞬間、背中に走る鈍い衝撃と、鼓膜を揺らす聞きなれた声。



「う゛ッ!!?」



「攻めないと勝てないぞ~」



ビリーが自身の背に感じたのは、固く冷たい感触。


剣の腹で打たれたことはすぐに理解できた。そして同時に理解する……今のが実戦だったら自分は綺麗に上半身と下半身がサヨナラバイバイしていたということ。



思い切りスパイクを打たれたバレーボールのように地面へ向かって一直線に堕ちて行くビリーだったが、何とか途中で体制を整え、地面に掌を向けて炎を噴出し、落下の勢いを殺すと同時に骨盤の辺りを軸に体を半回転させて空へ体の前面を向けた。


必然的に視界に映るのは自分をここまで叩き落した拓也の姿。


薄ら笑いを浮かべた彼が空中を素早くなぞったその刹那、浮かび上がる数個の魔方陣。



「ッんな!!」



危機感を感じたビリーは一気に炎の出力を高め、弾丸のように空気を切りながら瞬時にして距離を稼ごうとする…が…。



「待て待てー」



当然のように走って追いかけてくる拓也。


マックススピードに近いスピードが出ていても、引き離すどころか二人の距離は見る見るうちに縮まって行く。



「ふざけんなよ!なんでそんな速いんだよォォッ!!!」



「クックック!口を開いている暇があるならもっとスピードを上げたらどうだい?」



そう言い、次に地に付けた足を少しだけ強めに沈みこませた拓也は……その次の瞬間にはビリーの眼前まで迫っていた。


驚く暇もなく顔面を掴まれたビリー。



「ちょ、ま、待って!!」



「待たぬァァァァァァァッ!!」



『ドォォォォンッ!』と凄まじい轟音と土煙が舞い上がり、地面はまるで何かに喰われたかのように深く抉り取られている。


そのクレーターの終着点には、開始早々ボロボロになったビリーが全身の傷が生み出す様々な痛みに顔を顰めながらもなんとか立ち上がろうと地に手をついていた。



「ハァ…ハァ……」



モノの数十秒でこの有様。周りを見渡してみると映るのは果て無く見える荒野。


一瞬で大ダメージを受けた自分になんだか情けなくなりながらも、こんな所まで数十秒で来れるようになった自分の成長も感じてしまい、何とも言えない気持ちに陥って苦笑いをその傷だらけの顔に浮かべるビリーだった。



「はい獲ったー」



背後から聞こえてくるぶっきらぼうな調子の勝利宣告と、首筋に当てられた冷たい刃。


降参の意を示すように両手を頭の上にあげると、今にも命を刈り取らんと当てられていた得物は下ろされた。



「さてビリー、明確な弱点が見えたと思うんだが」



剣を鞘に納めながらいつもの呑気な表情を浮かべた拓也は、若干暗い表情のビリーにそう問い掛けた。


対するビリーは若干苦笑いにも似た表情をその顔に映し出す。



「うん。


僕は遠距離の敵には何もできない。遠距離攻撃の手段を持っていないんだ……」



落ち込むビリー。無理もない。


彼の戦闘スタイルは、グローブから噴射される炎を推進力として利用した超スピードの立体的な高速移動からの近接格闘。


炎を扱えると言っても、有効な射程は自身から数メートル程度。



おまけに魔力増強だけはしていたものの、魔法の訓練は全くと言っていいほどしてこなかった。



暗い表情をして落ち込むビリー。自分の弱点が露わになって落ち込まないわけがない。


すると拓也はそんな彼の肩を軽く数回叩き、ケタケタと豪快に笑って見せた。



「まぁ実践じゃなくて訓練中に気が付けて良かったよ、ホント。いやマジでね」



確かに彼の言う通り。もしこの弱点が発覚したのが戦闘中だったとしたら、相手にこの弱点を突かれて間違いなく死んでいる。


今までの相手が近接主体だったということは、本当に偶然のラッキーだったのである。



「自分の弱点が分かったなら克服すればいいだけだ、そんな落ち込むなよ~気持ち悪いなー。



ただ…………少し焦れよ」



「……焦れ…って?」



「そのまんまの意味だ。自分が起こすもの以外の戦いは待ってくれはしない」



腕を組んだ彼のそんな言葉には何か思うところがあるのだろう。


それに感付いたビリーは、彼にじっと視線を向ける。



するとその視線に込められた疑問に拓也は、隠すことなく正直に答えた。



「近々…大きな戦いが起きるかもしれないってこと」





腕を組んで空を見上げてそう呟いた拓也の黒い髪を、吹き抜けた風がふわりと揺らす。


ビリーが見たのは、悲しみのような感情の混ざった彼の横顔だった。



「ど、どういうことだい!!?神が……オーディンたちがまた攻めてくるのかい!!?」



「違う。つーか少なくともその戦いにはお前らを巻き込みはしないから安心しろ」



安心しろと言われても、戦いなんて物騒な単語を出された直後でとてもそんな気分にはなれないビリーは、多くを語ろうとしない拓也に焦ったような様子で詰め寄って声を荒げる。



「じゃ、じゃあ一体敵は誰なんだいッ!!」



「……」



「な、なんで何も言ってくれないんだよ…ッ!!」



無言の彼の肩のあたりを掴んで軽く揺すってみるが、拓也は依然として黙り込んだままじっと空の向こうへ黒い瞳を向けていた。


一体彼の目には何が映っているのだろう。


気が付けば…拓也の思考を読もうとでもしていたのだろうか……いつの間にか手が止まっていたビリー。



すると拓也はようやくその空の向こうから、ビリーの方へと視線を向け直した。



「お前は自分の守りたいモノを明確にして課題を克服しておけ。


悲しいことだが……力がなければ何もできない。何も守れない」



「……」



突き付けられた現実。


今の自分では、彼が力を得る目的として掲げた大切な人たちを護るどころか……自分の身を護ることすらままならないのが事実。


今の手合わせで痛感した自分の決定的な弱点は、実践をして行く上で絶対に克服しなければいけない点。



ミシェルを始めとした人々を護る為に力を振るい続ける拓也のその発言は、ビリーにとって非常に説得力のある一言だった。



「ただ………絶対に見失うなよ」



「……?」



独り言のように…しかし、ビリーにしっかりと聞こえる程度の声量でそう零した拓也の表情は、まるで踏み込んではいけない領域へ踏み出そうとしている人物に対して忠告でもするかのように険しく…恐ろしい。


結局拓也の発言の真意に気が付くことのなかったビリーは、疑問符を浮かべて、表情で説明を要求したが、彼はそれに気が付きながらも…自身の発言に対しての解説を述べることはなかった。



・・・・・



「ということでビリー君が欠点を克服するために戦うといいと思われる修行相手を連れてきました~!」



「なんなんですか急に連れてきて……」



明らかに不機嫌な様子のミシェル。


発言から察するに、家で他の事をしていたのにも関わらず拓也に無理やり連れてこられたのだろう。


ケタケタと笑い声を上げている拓也とは対照的に、彼女はその端整な顔を不機嫌そうに歪ませていた。



「だってあれだろ。ミシェルって魔法にステータス極振りしてるようなもんだし、遠距離で戦ってるうちにビリーが何か掴むんじゃないかな~って思って」



「ご、ごめんよミシェルさん……」



「いえ、ビリーさんには別に怒っていませんよ。問題はノックもせずに人の部屋に入ってきた拓也さんです」



「悪かったとは思ってる。ただ後悔はしていない」



次の瞬間彼が極太のレーザーに焼かれこんがり肉になり果てたのは言うまでもないだろう。



彼をおいしそうな状態に追いやった張本人、ミシェルはビリーの方へ向き直ると…自身の魔武器である杖を取り出し、その顔に微笑を浮かべて見せた。



「手合わせ…私は構いませんよ。


しばらく思いっきり動いてなかったのでちょうど良いです」



「お手柔らかにお願い……」



黒焦げになりながらも立ち上がり、片手を天へと掲げる拓也。


ミシェルは右手に握る杖に…ビリーは両手のグローブに若干の力がこもったその刹那、審判のような役割を率先して引き受けている拓也の手が振り下ろされた。


まず動いたのはミシェル。手にした杖で軽く地面をなぞると…瞬時に無数の魔方陣が浮かび上がる。



「まずは小手調べです…!!」



おまけにそれらの全てが無詠唱。彼女の魔法への理解の高さと、純粋な腕前が可能にしている技なのだ。


突然前方から押し寄せる魔法の波に驚いたビリーは、炎を推進力として巧みに操りながら後方へと下がって行く。



しかし……魔法を主体にして戦うミシェルを相手にして、距離を取るということは愚か過ぎた。





「【アイススパイク】【アンリミテッド・レイ】」



ミシェルにとっての最適な交戦距離はやはり遠距離。


彼女を開始地点に地面から凄まじい勢いで生える氷の針が地面を這うようにしてビリーへと急接近。


同時に放たれた無数の光のレーザーは、空への逃げ道を封鎖した。



このまま地面にいれば氷で串刺し。空へ逃げれば光に焼かれる。



「ビリー、その光魔法の単体威力は大したものじゃない。最高速で空へ離脱しろ」



「ッ!」



突如として耳元で聞こえてきた拓也の声。


慌てて声のした方へ振り向いても彼の姿はなかったが、ビリーに迷っている猶予はなかったため、自分の師匠の言葉の通り、地面へ炎を最大出力で噴射して超高速で離脱を図った。



しかしいくらビリーの移動が速くても、ミシェルの攻撃は光速。



「熱ッ!」



それにいくら威力が低い系の魔法とはいえ、使用者の技量が高ければ当然威力は底上げされている。


腕、腹、腿。不可避の光魔法の数々がビリーに直撃……服が焼け、肌が焼け……針で刺すような鋭い痛みにビリーは表情を歪めた。



ようやく収束された光の密林から抜け出したころには、ビリーの体のあちこちには、円形の火傷の跡がしっかりと刻み込まれている。



「なんでそういうこと教えちゃうんですか……」



「だって教えなかったらアレで詰んでんじゃん」



不満そうに隣に立つ拓也に文句を垂れるミシェルに、拓也は相変わらずケタケタと愉快そうに笑いながら氷の中に閉じ込められるのだった。


有害分子を無力化したミシェルは、何やら含みのある笑みを浮かべると……杖で地面をトン!と軽く叩く。


その刹那、ビリーの頭上に光属性の二重の巨大な魔方陣が出現した。



「【暗闇を照らす閃光ホーリーブラスト)】」



次の瞬間、天から降り注いだ光の柱がビリーを呑み込んだ。






ミシェルが発動したのは光の究極魔法。


長時間の詠唱が必要なはずの魔法なのだが…彼女は詠唱破棄で発動させて見せた。



「ッう…ぐぅ…!!!」



だが詠唱破棄で発動した分、威力はかなり落ちているようだ。


撃墜されたようにフラフラと地面へ降下して行くビリーがまだ一応意識を保って居られているところを見てもそれは彼女も分かったようで、自分の力量不足からその顔を歪める。



まあ法を主体で戦う彼女にとって、やはり魔法においての失敗というのは精神的にも来るものがあるのだ。



「そこまで~!」



エンジンを故障したヘリコプターのように墜ちて行くビリーを空中で見事にキャッチした拓也は、さらに魔法を発動して追い打ちをかけようとしていたミシェルを手で制しそう声を張り上げる。


風魔法を発動させてゆっくりとミシェルの前に降り立った拓也は、今にも意識を手放してしまいそうなビリーを雑に地面へ放り投げた。



「ご、ごめんなさい!やりすぎました!!」



彼のその惨状を目の当たりにしたミシェルは……明らかにやり過ぎてしまった自分の行いを反省しながら、すぐに回復魔法を展開してビリーの幹部を淡い光で照らした。


それにしてもこの状態のビリーにまだ追い打ちをかけようとしていた彼女……やはりバーサーカーである。


拓也も回復魔法を展開し、ミシェルと一緒にビリーの治療を開始した。



「ぁ……や、やっぱり……強いなぁ………」



「おいビリー、変な川とか見えてない~?大丈夫か~?」



遠距離特化のようなミシェルと、近距離特化のビリー。


相性の問題もあるだろうが、やはり二人の間には純粋な実力の差が存在していた。



光に照らされる患部がまるで時間を巻き戻しているかのように治癒されて行くのを見ていれば、そこからも彼女の実力を伺いすることができる。


痛みが徐々に引いてゆく感覚にビリーが心地良さを覚えていると…あっという間に彼の肉体は完全に元通りになっていた。



「はい、じゃあもう一戦なー」



「は、はぁッ!!?ちょ、ちょっと待ってよ!!僕じゃまだ無理だって!!!」



「大丈夫。ミシェルがちゃんと手加減してくれるから…………タブン」




「多分ってなんだよォ!!!」



ちなみにミシェルが手加減を覚えるのはこれから10年後の事だった(適当)




・・・・・



結局あの後、ミシェルに幾度となくボロ雑巾にされたビリーは拓也に引きずられながら帰路についていた。



「やっぱり強いよ…ミシェルさんって」



「当たり前だろ。センスがある上に努力してるんだ」



なんだか自分の事でもないのに誇り高そうな拓也。きっと自分の恋人として誇らしいのだろう。


しかしビリーはそこにツッコむとめんどくさいことになると察したので、あえて適当に相槌を打つ。



「だって学園から帰ったらいつも魔法の勉強してるんだぜ?」



「………うん……」



だがそれでも彼の惚気話は始まった。


まぁこの程度はいつもの事。ビリーも慣れたように返し、彼の発言に対して相槌を打つだけの機械と化す。



「分かんないとこあると聞きに来るんだよね~。それがめっちゃ素直でまた可愛いんだよ~」



「へぇ…凄いねぇ……」



「でもさ~……集中してる時に話しかけると凄い塩対応されるんだよ……」



「……それは悲しいね。そういう時はどうするんだい?」



予想外にいきなり始まる悲しい話に、心優しいビリーは食いついてあげた。


ビリーが拓也にそう尋ねると……彼はなんだか…どことなく悲しい表情を浮かべて天を仰ぐ。



「ウザい絡み方するとスッゴイ嫌がるから……大人しく引き下がるしかないんだ」



「……なんだかすごく予想通りだよ」



心なしか襟首を掴む彼の手から力が抜けているような気がしないでもないビリーだった。



「でもやっぱり可愛いんだよなぁ!!」



「……うん」



しかし次の瞬間にはいきなり惚気始める。



心配して損をしたと言わんばかりの表情をその顔に浮かべたビリーは、またただ相槌を打つ機械に逆戻りするのだった。



「それにしてもどうしてミシェルさんが僕の修行相手なのさ。ただでさえ遠距離は苦手なのに……」



「そりゃお前、あれだ。うちのミシェルたんの強さをひけらかしてやろうと思ってね」



「……」



何の迷いもなくそう言い放った拓也にビリーは溜息と沈黙で返すと、今の彼の発言を軽く流して続ける。



「本当は?」



「だってお前の課題は遠距離なんだ、近距離で戦ってちゃ身に付くものも身に付かんだろう。


知っての通りミシェルは遠距離……もとい魔法関係はマジでエキスパートだから、戦ってるうちにお前のなけなしのシックスセンスが遠距離の攻撃について何かを感じ取るかもしれないという淡い期待に掛けてみたってわけさ」



「今さりげなく罵倒したよね、気が付かないとでも思った?」



「気のせい、僕は森の精」



一体何が言いたいのかは全く分からないビリーはとりあえず無言とため息で反応すると、あっという間に終わってしまった先程のミシェルとの手合わせを思い出しながら、いろいろと考えてみた。


思考の中心にやって来るのはやはり自分の遠距離攻撃手段の構想。



しかし…どれだけ考えてみても、自分が遠くの敵を倒すというビジョンは見えてこなかった。



「ビリー、一つイイことを教えてやる」


「…なに?」



そんな時に妙に真剣味を帯びた声色でそう呟いた拓也。


彼の口は三日月のように怪しく吊り上がり、顔は何か悪だくみをしているかのように歪んでいた。



体勢的に彼のその外見を目にすることができないビリーは、そう素直に聞き返す。



「セリーはCカップだ」



拓也の口から零れたのは……友人の胸の大きさだった。



「ホント何してるんだよ……セリーさんに言いつけるぞ」



「そんなことをしようものならともに破滅の道を進むことになるけど…?」



「やめておこうか……」



自分の先のビジョンは見えてこないというのに……セリーが赤面して涙目になるという未来は簡単に見えてしまったビリーは、拓也と共にこの秘密を胸の内にしまっておくことにしたのだった。



「いやまぁ冗談はさておき」



「冗談かよ…」



「いやセリーの胸のサイズは冗談じゃないぞこのむっつりめ。というか元気そうだから自分で歩け」



肩を落としたビリーに対して、口元を手で隠しながらプププーと鬱陶しく笑って見せた拓也は、引きずっていた荷物の首根っこから手を離し、指輪を剣に戻して腰から下げる


自分を引っ張っていた手が急に離され、後頭部を地味に強打したビリーは打った所を摩りながら腰を上げ、開いた距離を埋めるように小走りで彼の隣へ移動した


すると隣へやってきた弟子の姿をチラと一瞥した拓也は、右の手で剣の柄を軽く握る。



僅かな金属音と共に鞘から放たれたスラっとした一振りの剣。


拓也は自身の目の前に軽く掲げるようにした銀の輝きを放つそれをじーっと見つめながら語りだした。



「ミシェルは昔、肉薄しての格闘戦を苦手としていた。


そこで覚えたのはナイフ術。


これみたいに他の芸を覚えて自身の弱点を補うという克服方法は結構ポピュラーだろう?」



「…うん。というか普通そうだよね?他の方法なんてあるの?」



疑問符を盛大に頭の上に浮かべながらのビリーのそんな返しは拓也の予想通りだったのか、彼は満足そうに口角を釣り上げて笑って見せると、一つだけ大きく頷いて彼の返答に肯定の意を示す。


そしてもったいぶるように少しだけ間隔をあけると…右の手に握った剣の先を天へと向け、左の手の人差し指を顔の前でピンと立てた。



「一芸を”極限まで極める”


これがもう一つの…」



拓也がそう言った刹那……天へ掲げるようにしていた彼の右腕が消えた。



「ッ!?」



次の瞬間、ビリーの鼓膜を引きちぎらんばかりのけたたましい音と共に全身を凄まじい振動と風圧が襲う。


さらに遠くの方で爆発にも似た音がしたかと思うと…何かが崩壊するような轟音が荒野全体に響き渡った。



いや、一つ訂正だ。


拓也の腕は消えたわけではない。ビリーの目にも、彼の右腕はしっかりと映っている。


目で追うことは到底叶わなかったが、いったい彼が何をしたのかぐらいは流石にビリーも察していた。



片手で剣を最上段に構え、振り下ろした。ただそれだけ。



「弱点克服の方法だな」



たったそれだけのごく単純な動作で生み出された衝撃波と剣風は、荒野に無数にそびえていた大岩の内の一つを粉々に吹き飛ばしていた。




魔力も何も一切使用していないただの素振りで大岩を容易に粉砕する彼の剣撃に、ビリーは言葉と共に歩くのも忘れてその場に立ち尽くし、砂埃が上がる方を呆然と眺めていた。



「それに魔法が得意じゃなくても、魔力が操れるなら無理に魔法にして放つ必要はない」



そんな弟子の隣で、拓也は更に何かするつもりなのかそう口にしながら右の腕を体に引き寄せるようにして剣を引き絞る。


すると、銀の剣の周辺に透明だが…ユラユラと揺れる陽炎のようなものが纏わりついた。



「……無属性の魔力…だっけ?」



「そうそう、プレーンヨーグルトな」



無属性の魔力とは、属性の魔力に変化させる前の純粋な魔力のこと。


ちなみに拓也が魔闘大会で使った後にどこかの学者がこの魔力の存在を発表し、世間でも結構ポピュラーになりつつある。



ビリーのその答え合わせのような問いに頷きながら返した拓也は、剣を斜め上へと薙いだ。


風を斬る音と共に、拓也の剣に纏わり付いていた無属性の魔力は剥がれたのか、地面切っ先を向けている剣はすっかり元通り。


先程のようなとんでもないレベルの剣速ではなかったので、ビリーは細かくそう観察することができるのだった。



「俺の場合は斬撃として飛ばしたりして使うのが多い。コツを掴めばかなり使える」



そう解説した拓也は粉々にした大岩の斜め奥に見えるさらに巨大な岩を指さして、ビリーの視線をそちらへ誘導。


すると彼の視線がそちらへ向いたと同時に、斬撃によって斬り裂かれた滑らかな切り口を滑るようにして大岩の斜め上部が落下した。



「しかし残念ながらお前の武器は火が出たり湿ったりするグローブと体術だけだ。俺のを丸パクリしようとしても無駄だからなザマァ」



「…わ、分かってるよ……」



自分がビリーに合う技を考えて教えるということも当然できる。


しかし拓也はそれをせずに、敢えて自分の場合を見せるのだった。



その真意は拓也のみぞ知るところである。




・・・・・



数時間後…自律ボロ雑巾と化したビリーが帰った後。


夕食を待つ拓也がリビングでソファーに体を預けている時に…事件は起こった。



「あ……」



小さくそう零したキッチンのミシェル。


そんな彼女の手の中には、何らかの調味料が入っていると思われる小瓶。



「ん、どうしたミシェル?」



「いや……今日の夕食の分でコショウが無くなってしまったみたいで……買ってこないといけませんね」



その中は空になっていた。


朗らかに笑った彼女を見て、大したことじゃなくてよかったと安堵した拓也は、ふと壁に掛けてある時計に目をやった。


長針と短針…二つの針が示すのは、午後7時前という情報。



頭の中で今後の予定を一覧に出した拓也は、その中に急ぎのモノはないと判断し、軽やかにソファーから腰を上げてミシェルに向かって仁王立ち。



「任せろ、俺が一っ走りしてくる」



「え、でも…明日買いに行けばいいですから…」



「想像してみてほしい。明日の朝の目玉焼きにコショウが掛かっていないという凄惨な光景を……」



遠い目をしてそんなことを宣う拓也。一体キレイに焼けた目玉焼きのどこが凄惨なのか非常に尋ねてみたいと考えたミシェルだったが、恐らく彼は適当に喋っているだけだと瞬時に理解するのだった。


今、彼が買ってきてくれれば、明日の放課後に無駄な時間を使わずに済む。


それになぜかやる気満々な彼の申し出をバッサリと切り捨てるのもなんだか忍びない。というかそんなことをしようものなら絶対にめんどくさいことになる。



だが……何か厄介な事をするのではないだろうか?


そんな疑念が湧いたのも事実。



「………」



「報酬はミシェルたんのパン……そう、明日の朝はミシェルたんが焼いたパンがいいな!」



「その呼び方は止めてください」



危うく申し出を断る理由を自ら作りかけた拓也だったが、彼女から向けられた生気の無い氷のように鋭い視線で何かを察したのか…危ないところで話のベクトルを捻じ曲げて事なきを得るのだった。



・・・・・



「よし、注文があったものはすべて購入。ミッションコンプリートだ。俺すっげー」



いつも愛用している雑貨屋を出た拓也は、今しがた購入してきた商品の入った紙袋を覗き込み、ミシェルに頼まれたものが全てそろっていることを確認すると、スキップをするように夜の街道を一人で進む。


しかし彼のやったことは、ただ行きつけの店に言って買い物をするということだけ。


これだけならば『はじめてのお○かい』のちびっこたちの方が内容的には凄いことをやっていると思うのは多分間違いではない。



だが……某有名なテレビ番組とは明らかに異なる点が、彼のお使いには一つ存在していた。



「おう兄ちゃん、なんか楽しそうだな」



どこからともなく…それこそゴキブリのように湧いて出てきたのは、見るからにやんちゃそうなお兄ちゃんたち。


彼らが形成する十数人の集団にあっという間に囲まれた拓也は、残念なことに逃げ場を失ってしまっていた。



ー……ひ、ひえぇぇ……もうこの王国ヤダ……なんなんだよこの不良とのエンカウント率…ポケ○ンじゃないんだから……むしよけスプレーとかあったらいいのに……ー



内心では結構ビックビクの拓也だが、そんなことはおくびにも出さずに紙袋を片手に抱えたまま仁王立ち。



「な~兄ちゃん、俺らこれに困ってんねん。ちょっと金貸してくれんか?」



ー…なんでこいつら関西弁なんだよ…ー



1人でどうでもいいことにツッコみながらだが、拓也はこの状況を切り抜けるためのプランを立て始めた。



「な~頼むでー」



自分たちが絡んだ男がなにも発さないことに徐々に苛立ちを覚えてきたのか、先程から拓也に話しかけているそこそこガタイの良いお兄ちゃんの口調から気さくさが消え始め、にこやかな表情も僅かに曇った。



「えーもう無理やりもらっちゃおうよー」



拓也を囲む柵の一人がマッチョメンにそう提案。


自分たちが一体誰に絡んでしまったのかも知らずに放たれるそんな言葉と威圧的なその態度。


もしもビリーがこの場に居合わせたとしたならば、全力で逃げろと彼らに教えてやるだろう。



「……」



拓也にとって…彼らを全員殴り倒して帰路につき、ミッションをコンプリートすることなど造作もない。


それこそバク宙しながら着替えるぐらい造作もない。



しかしそれでは…………面白くない。





日本生まれ日本育ちの彼は生粋のエンターテイナー(笑)。


故に彼は追い込まれたこの状況すらも(主に自分の)笑いに変えようとしているのだった。


そして…そろそろマッチョ1号がブチギレるという辺りで、拓也の脳が一世紀に一度の革命的なエンターテイメントを閃く。


彼は空いている手で自分の顔を鷲掴むようにして不気味な笑い声を口から漏らし始めた。



「クク……クククク………あぁ、ホント。お前らみたいなやつって好きだわ」



「あ、あぁ?なに言ってんだこいつ……」



「金…?悪いけど今はこれだけしか持ち合わせてねぇんだ」



ごそごそとズボンのポケットを漁った後、拓也が彼らに見えるように晒した掌には、合貨がたったの数枚。


これには不良たちも落胆である。



「まぁいい、それだけでも寄越せや…」



はぁ…と、あからさまな溜息を吐いて落ち込むマッチョさん。


口角を微妙に釣り上げて微笑む拓也の手の中へ伸ばした手だったが……マッチョの手が僅かな硬貨を掴むことはなかった。



何故なら……拓也が拳を握り、手を引いたからである。



「おい、なんのつもりや?」



「なぁに。最近国の取り締まりが厳しくってよ~。商売相手が少なくて困ってたところなんだわ。


生憎、この通り金は持ってねぇ……というか今から稼ぎに行くところで丁度持ってなかったってわけ」



「はぁ…?


ど、どういうことや…」



拓也の纏う闇の人間の香り。それを敏感に嗅ぎ取ったのか、マッチョリーダーは僅かな恐れを含んだ表情をその顔に浮かべたが…きっとこの人数差で逃げるのは情けないと思ったのだろう。


発言と雰囲気から明らかに常人ではないと思われる彼に、果敢にもそう尋ね返した。



すると…ニヤリと三日月のように口を歪ませた拓也は、紙袋の中に手を突っ込む。



「俺はこういうモノを売っていてね…」



彼が袋の中から取り出したのは……白い粉の詰まった小瓶だった。



「こ、これって……!!」



「あぁ、そうだ……」



意味深な笑みを浮かべた拓也だが、この小瓶の正体はラベルを剥がした、ただのガーリックパウダーである。




「テメェらその反応だとまだコレはやったことねぇんだろ?どうだ、ちょっと試してみるか?」



「え、えぇ…いや…あの……」



「心配すんな、金は取らねぇ。俺としても新しい客が増えてくれるなら少しぐらいの投資は惜しまねぇさ」



(注※ただのガーリックパウダーである)



完全に委縮しているマッチョに、拓也はどこからともなく取り出した厚紙の上に、小瓶の中の粉末を少量乗せると、ストローのようなものでその粉を綺麗な一直線に並べた。



「ほら、このストローで鼻から吸うんだ。あそこの店主はいいもん揃えてるからなぁ…この純度なら…ハハ、2秒でぶっ飛ぶぜ」



「す、すんませんしたぁぁぁぁぁ!!!!」



(注※ただのガーリックパウダーである)



差し出されたヤバいブツと拓也の顔とで何度か視線をを往復させたかと思うと、その刹那…マッチョ御一行様は全員が踵を返し全力ダッシュで夜の闇の中へ消えて行ってしまうのだった。


彼らの背を見送ってから……拓也は高笑いしながら小瓶を紙袋の中にしまい直す。



「これもうボーナスポイント獲得だろ。俺天才」



・・・・・



翌朝。


何やら小難しい顔をしながら新聞を広げるミシェル。



「昨日の夜、王都内で危ない薬物の売人がうろついてたみたいですよ」



「……ふ~ん」



皿の上に一つだけ残っていたソーセージを口の中に放り込んだ自分の目の前の人物がその売人などとは知る由もないミシェルだった。


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