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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第二部
36/52

想像力

リディアを家に迎えてから数日。日曜の午前9時半頃。


拓也の正体と強さの秘密について、彼女には既に話した。


しかし…彼女が『並の人間の精神力では不可能に近い』と発言しているところ…拓也に対する興味はまだ失せていないようだ。



そして現在彼女はヴァロア家の庭での生態調査に勤しんでいる。本人曰く『近場にこそ鬼灯拓也の強さの秘密があるかもしれない』とのことである。



だが…白いワンピースに身を包み、虫かごを肩から提げ、網を抱えて庭を走り回る姿は…最早完全に子供にしか見えない。



「…ああしてると、本当に子供みたいですね」



「そうだなぁ…いっそのことずっと虫でも取っててくれないかねぇ……」



その光景をウッドデッキに腰掛け見守る拓也とミシェル。


傍から見れば非常実微笑ましいことこの上ない光景なのだが…一つだけ…一つだけミシェルはツッコみたかった。



それは彼が大事そうに…両手で握っている…フワフワと柔らかそうな白い巨大な塊。


おまけに…一応食品だからだろうか?ゴム手袋をしている。


そしてそれに力を込め、押してみたり変形させてみたり…しきりに揉んだりしているのだ。それも朝から。



彼の奇行には慣れていたつもりだが…流石に数時間この用に同じ光景を見ていると中々精神に来るモノがある。


ミシェルは遂に意を決し、拓也の手の中のそれを指差しながら口を開いた。



「拓也さん…朝からずっと聞こうと思っていたんですけど…いいですか?」



「ん、あぁ。なに?」



拓也は首を傾げながら、いつものようにそう返す。


一瞬、こんなことを気にしている自分がおかしいのか?と考えたミシェルだったが…どう考えても異常なのは彼で、自分は正常。


瞬時にその思考を押しつぶし、彼に問い掛けた。



「その…なんで…巨大なマシュマロなんです?」



彼が手にしていたのはそう…お子様から紳士淑女の皆様までに大人気の…マシュマロ。それも直径30センチはある。


数日前に彼とリディアの間でどんなやり取りが行われていたかを知る由も無いミシェルにとっては当然の質問だろう。



「……………………気にするな、男には知られたくないこともある」



長い沈黙の後のその発言。何かあると確信したミシェルだったが…追及するのもめんどくさいのでとりあえず見逃すことにして小さく溜息をついた。



「この間、ミシェルの乳の柔らかさを鬼灯拓也にマシュマロのようだと表現したのじゃ。


多分そのせいじゃろう」



「り、リディアさん!?何を…………というか…拓也さん、本当ですか?」



しかし彼女が折角そう思ってくれたのにもかかわらず、わざわざ密告しにきたリディア。


一瞬取り乱して頬を紅く染めたミシェルだったが…次の瞬間には、隣で見事に硬直し、冷や汗をダラダラと流しながらカッと目を見開く拓也を冷たい目で見据えていた。



「黙ってちゃわかりませんよ、冤罪を掛けられたくないのでしたら…正直に言ってみてください」



拓也は分かっている。これは冤罪などではない…と。


故に口を割っても、このまま黙っていても…刑の執行は免れられない。


ならばどうするべきか…その答えは明白。



「り~でぃあ!弾力はいい線行ってると思うけど…ミシェルのお○ぱいはもっと柔らかいぞ☆」



彼にできるのは…彼女の怒りを解放させ、それを一手に引き受け、この怒りを後に残さないことだけだった…。



・・・・・



「拓也君…またミシェルさんに何かしたのかい?」



「決め付けよくない」



数分後。修行の為にヴァロア家を訪れたビリーを出迎えてくれたのは、仰向け且つ黒焦げの状態で庭に埋まる拓也。


彼も最早こんな光景は見慣れているので、苦笑いを浮かべながらそう軽く話しかけた。



「俺はマシュマロを揉んでいただけ…マシュマロを揉んでいただけなんだ。


なのにミシェルは俺をレーザーで焼き、氷で刺し…そして止めに杖でぶん殴りやがった……。


マジ許すまじ……ただ水色のパンツチラッと見えたわクッソ可愛い…ニギャァァァァァァ!!?!?!」



そしてまた口を滑らせて、上空から降り注ぐ追加のレーザー。


いきなりのそんな攻撃を、拓也は避けられず直撃した。




プスプスといい音を立てて焼け焦げている拓也を、ウッドデッキから冷たい目で見つめるミシェル。


彼女の手には更に追加するつもりであろう水と光の魔方陣。



次の瞬間、ゴミクズのように地面に伏せる彼が無謀な逃走を始めたのは言うまでもない。



・・・・・



異様にホーミングしてくる氷の礫と高速のレーザーから逃れられるわけも無く、結局捕まって十数分サンドバックにされた後、ズタボロの拓也はボッコボコに腫れ上がった顔面で精一杯クールな表情を作り、それをビリーに向けた。



「では…本日も始めようか」



「う、うん…」



最早この程度彼にとっては日常。のでビリーもこれといってツッコまず、そう返す。


すると拓也は欠伸をしながらだが彼に一つ尋ねた。




「そういえばお前…この前俺と戦ったときなんで魔武器使わなかったんだ?」



「……………っあ」



「存在を忘れてた…的な?」



「…」



「マジかよ…」




恐らく最近は拓也との修行で体術しか行っていなかった為、存在自体を忘れてしまったのだろう。


そして恐らく…存在を忘れてしまうということは、彼の中でその魔武器の性能は……



若干予想はできていたが、拓也は一応尋ねてみた。



「確かグローブだったよな?能力は?」



「えっとね…」



そう呟きながらビリーが呼び出したのは…黒が基調の皮手袋のような魔武器。


手首と指の部分は金属光沢を持つシルバーの素材。手の甲には刻印が施された金属の縁取りの中に、僅かに丸みを帯びた板の水晶のようなものが埋め込まれ、その中には五芳星が浮かぶ。


ビリーはそんな自身の魔武器であるグローブ装着すると、掌を下にして拓也によく見えるように突き出した。



「僕の属性は火と水。


このグローブにはその属性を灯すことが出来るんだ」



そう言いながらビリーはグローブに魔力を送った。


すると…水晶の中の五芳星が火の属性色…赤色に輝き始め、中心の五角形の中に、小さな火が渦を巻きながら発生する。


その小さな火は一瞬にして水晶全体に広がり…次の瞬間、グローブ全体からゴゥ…という音と共に、勢いよく炎が溢れ出した。








立ち上る橙の炎を見つめながら拓也は彼に尋ねた。



「…で、お前はこの能力を使ってどう攻撃するの?」



「え、えっと……叩いても効果は薄いから………掴んだりするのかな……」



「………そうか、じゃあ次。水を宿すとどうなるんだ?」



拓也のその問いにビリーは頷き灯した炎を消すと、今度は水属性の魔力を練りグローブへ流した。


すると今度は五芳星が水の属性色…鮮やかな青色に輝き始め、中心の五角形に小さな水流が発生し、それが瞬く間に水晶全体に広がって……



次の瞬間、彼のグローブ全体を湿らせた。



「…」



火に比べて地味すぎる。言葉も出なかった拓也。



「しかもこれやっちゃうとグローブが湿っちゃって火が出せなくなっちゃうんだよね…ハハハ」



しかもバッドステータス付だった。


閉口する拓也の前で、決まりの悪そうに笑うビリー。


ポタポタと水滴がグローブから滴る。拓也はそんな光景をに深く溜息を吐くと、いつの間にか元通りのフツメンになった顔をビリーに向けた。



「わかった。まずはそのグローブでは水は使うな。最初に炎の使い方を考えよう」



「う、うん…わかったよ」



拓也はそう言うと自らの拳にも炎を灯して見せた。



なんだか自分の魔武器の存在意義が無くなった様な気がしてならないビリーだったが、何とか気を持ち直す。



「まぁ…炎だから確かに接してる時間を長くしないと効果は薄いよな。

でもたくさん他にも使い方があるんだぞ。


例えば…」



掌を地面の方へ向けると…勢い良く炎を噴射し、その推進力を利用して大空へと飛び上がった。


そのまま自由に空中を飛びまわり、ある程度のところで炎の噴射を一定の出力で固定し、その場に停滞しながら地上のビリーに向けて口を開いた。



「こんな感じで飛んだり出来るじゃん」



「で、でもそんなに派手に魔力を使ったらすぐに魔力切れになっちゃうよ!」



「お前は何の為に毎晩寝る前に魔力スッカラカンにしてたと思ってるんだ…」



「…………っあ、そっか」



魔力は限界まで使って回復することで上限が上がる。そんな大切なことを忘れている彼。


若干の頭痛に襲われた拓也は、なんだか普段、自分に手を焼くミシェルの気持ちが分かったような気がしたのだった。





「まぁいいや、とりあえずお前もやってみろ」



「やってみろって言われても…グローブが濡れてて炎が出せないよ」



「炎は灯せなくても熱は出せるはずだ。それでグローブが吸ってる水分を蒸発させればいい」



「あ…そ、その手があったか!」



「…」



我が弟子ながら心配になる拓也だったが…一々ツッコんでいては進まないので、とりあえず黙って、ビリーがグローブを乾燥させるのを待つことにした。


空中に停滞しながらジーっと待つ事数分…ようやく乾燥したらしく、グローブに再び炎が灯り始める。


ビリーは何度か手を開閉させて感触を確かめるような仕草をすると、拓也がしたように掌を地面に向けて集中し始める。



「いくよッ!!」



そしてそう叫ぶと、拓也がしたときより強い炎を地面に向かって勢い良く噴射し…



あっという間に拓也のいる地点を飛び越して、宇宙空間へ向かって一直線に突き進んでいってしまった。



「…ハァ」



しかし彼は人間である以上、宇宙空間になんて行ってしまったらかなりマズイ。


拓也はそう溜息を零すと両手に灯した炎の出力を爆発的に引き上げそれを下方向へ噴射し、ビリーのそれより遥かにとんでもない速度で彼を止めるべく後を追った。



そして地上で虫取りをしながら、小さくなって行く彼の姿をキラッキラとした目つきでマジマジと見つめる少女が一人。



「おぉ、鬼灯拓也め…新しい魔法でも思いついたのかのぉ?」



非常に興味深そうにそう呟いたリディア。


彼女の虫かごの中には既に大量の…虫。腰に下げた麻袋からは何やら植物が覗いている。



・・・・・



「ハァ…ハァ……。拓也君…ありがとう、助かったよ」



「…気にするな……とりあえず今日はその炎をコントロールすることを目標にしよう…」



拓也は大気圏を突破しようとしていた彼を何とか連れ戻した。



そしてビリーの当面の目標は、自分の魔武器を使いこなすことが出来るようになることに決定したのだった。







・・・・・


一方その頃…



「まったく…拓也さんは性欲に負けすぎです!」



拓也から巨大なマシュマロを押収したミシェルは、とりあえずマシュマロを皿に移し、一人キッチンでそんなことをぼやいていた。


しかしこんな見てくれでも一応食べ物である以上、劣化が進む前に食さなくてはいけない。


彼女はどう調理したものかと思考を巡らせながら首を傾げていた。



「チョコと一緒に固める……それともココアに………あ、拓也さんとビリーさんは修行でお腹空かせているでしょうし…トースト?」



う~ん…と唸りながら小首を傾げるその様は、クールな彼女の雰囲気と相まって非常に可愛らしい。


すると彼女は中々いい案が出ないのか、首を傾げながら皿の上のマシュマロを軽く指で突いてみた。


指が吸い込まれる…まるで雲に指を差し込んでいるようなふわっふわなその触り心地。


そんな心地よい感触に思わず勝手に手が進み、マシュマロの角の方を摘んでしまった。



「…」



柔らかいながらも程よい弾力に、手を離すと押し込んでいても元に戻る程のハリ。


市販されているマシュマロよりも明らかに質の良いそれ。



自分の胸に見立ててこんな物を作るより、もう少しマシなことに時間を使えばいいのに…と溜息を吐くミシェルだったが……。




彼にとって彼女の胸の触感を追求するということは、非常に有意義な時間の使い方なのである。


すると…この巨大なマシュマロを触っているうちに、ミシェルの脳裏にある疑問が過ぎった。



「そんなに…似てるんですかね…?」



そう呟きながら視線を自分の胸元に落とす。


自分の胸と同じ程度の触感だと表現された目の前のこのマシュマロ。


本当に…このマシュマロと似ているのだろうか?…それはそんなごく単純な疑問だった。




もちろん普段、自分の胸を特に意識して触ったことの無いミシェルだった為、それを確かめるには…今実際に触り比べるしかない。


そんなことをするのにはなんとなく若干の抵抗があったが…人間とは探究心には勝てないのだ。それは某駆逐少年のパパも言っている。



「す、少しだけ…」



誰に言うでもなく良い訳を呟くと、彼女は左手を自分の胸部へと伸ばし、指先で摘むように力を込め、優しく膨らみを押し込んでみた。



「…」



柔らかな触感…且つ弾力とハリがあり、確かに表現としては間違っていなかったのだろう。と、冷静な分析をするミシェル。



「でも…私のほうが…」



しかしなんだか…少しだけ不満でもあった。


だがそこで遂に冷静になったからだろうか。傍から今の自分を見たときの姿を想像したのだろう。この行いがバカらしくなったのか一つ鼻で笑い飛ばし、彼女は自嘲気味な笑みを浮かべた。



「って…何してるんですかね、私…。



それじゃあトーストに…で…………」



次の瞬間、彼女の動きは完全に停止した。



それはどうして?簡単…ウッドデッキに立つ……拓也の姿を視界に収めてしまったからである。


ニタリ…不気味に口角を吊り上げて微笑む彼。右手にはカメラ。




見られた。



その結論に辿りつくまでに大して時間は掛からなかった。




「ぁ…///…こ、これ!これは!!…そ、そのち、違う///」



キッチンに立つ彼女に窓を介して笑みを向ける彼。


その距離はそこそこ開いている上に、窓を挟むため、そのいいわけは当然届かない。


真っ赤に赤面して小刻みに震え、目に薄っすらと涙を浮かべるミシェル。


そしてそんな彼女を…パシャリ。もう一度フィルムに収める拓也。





・・・・・



「う~ん…上手くできない……」



グローブに炎を灯しながらそんなことを呟き、不満そうに唸るビリー。


すると次の瞬間…『ゴッ!!』という物凄い音と共に、背後から凄まじい爆風が彼の体を襲った。



「な、なんだ!?」



慌てて振り向く彼の目に映るのは…両手から尋常ではない勢いの炎を溢れさせ、迫り来る無数の氷の槍を溶かして身を護る拓也の姿。


さっきの爆風と轟音は彼が炎を出した音だったのだ。



だがビリーは原因が分かった為かもう慌ててはいなかった。


ここに通っていれば、頻繁に見られる光景。


まだ彼を攻撃している人物は姿を現していないが、ビリーは既にその人物が誰かなどは分かっている。



「ふぃ~…相変わらず恐ろしい発動速度…おまけにこの威力……」



庭の真ん中で氷を溶かし終えた拓也は、頬を伝う冷や汗を手の甲で拭いながらそんなことを呟き、ウッドデッキから姿を現した人影を見据える。



「あ、あれは…ちょっとした出来心で///」



「おいおい、ミシェルだってお年頃なんだ。良い訳なんてしなくてもいい…拓也さん、ちゃんとわかってるから☆」



「だから違うんですってば///」



現れたのはミシェル。その顔は真っ赤に上気している。彼女のそんな表情と、拓也の口調から見て…ビリーはこうなるに至った状況を大体察した。



「(大方…拓也君がミシェルさんをからかったんだろうな)」



しかしミシェル…魔武器を出しているあたりかなり本気である。



「おぉっと危ねぇ!」



隆起し、まるで意思を持った生き物のように襲い掛かる岩の触手。だが拓也は手に宿した炎を推進力に、岩が作り出す僅かな隙間を縫うように飛び回りながら彼女の攻撃を回避していた。


それにしても自分の魔武器の能力を再現された上に、それを自分以上に巧みに使いこなしている彼を見ていると、なんだか自信というものが根こそぎ持っていかれるような気がするビリーだった。



「こ…ッの!」



半ばやけになって魔法を発動し続けるミシェル。土、水、風…そして光。


ありとあらゆる属性の魔法を放ち続ける…が、拓也は一向に被弾しない。


すると彼女はこのままやっていても魔力の無駄だと判断したのだろう。杖で地面をトン!と小突くように叩く。



「ッグゥ!!?」



刹那…拓也を中心にした約半径8メートル程が勢い良く突き上がった。


流石にこれは直撃。拓也は上空に打ち上げられた。



「ッしまった!!」



間隙開けず襲い掛かる無数の氷の槍。しかし…それらは一本たりとも拓也目掛けて飛んでこない。


そして何かがおかしいことに拓也は気が付いた。



「これは………」



それは……この氷の槍が拓也を中心に、円状に放たれているということ。


つまり…これは拓也を逃がさない為の”檻”




本命は…



「っちょ、み、ミシェル!?待ってッ!!?」



地上付近に展開された…大小二つの光の魔方陣。


焦って声を上げる拓也だが…彼の声など、羞恥のあまりに取り乱す彼女には届いてなどいなかった。


そして下に展開されているのは…ヒュドラを消し飛ばした超威力の光属性の究極魔法。あんなもの食えばこんがり上手に焼けてしまう…程度ではすまないだろう。


しかし彼女が止まる気配はない。おまけに避ける隙間も無い。


次の瞬間、一切の慈悲無く放たれた極太の光線は…



「ヌヲォォォォォォォォォォォッ!!!?」



悪魔を浄化するが如く、断末魔を上げる拓也を飲み込むのだった。




・・・・・



「なぁ~ミシェル悪かったって」



「…」



「ほら、写真は燃やして捨てるからさ~」



「…」



数分後…あの後、案の定撃墜された拓也だったが、彼女の杖の振り下ろし攻撃によってすぐさま現世に呼び戻され、散々ボッコボコにされた後、現在に至る。


彼女は、自分のあんな姿を目撃されたのが相当恥ずかしかったのだろう。


珍しく、まだ目に涙を溜めたままウッドデッキの上で体育座りしていた。



拓也は何とか彼女の機嫌を取り戻そうと、背後から声を掛けてみたり、現像した写真を燃やしたりしてみるが…ミシェルは黙りこくったまま一向に彼の方を振り向こうとはしない。



目の前の庭ではビリーがグローブから炎を噴出しながらフラフラと空を飛び、隅ではリディアがまだ生態調査に勤しんでいる。



すると拓也は何を思ったのかニヤリと悪戯な笑みを浮かべると、彼女のすぐ後ろに腰を下ろし…



体全体で彼女を包むように後ろから抱きしめた。



一瞬驚いたように振り向こうとしたミシェルだったが、すんでのところで踏み止まる。



「……何の…つもりですか?」



「いや~、最近リディアの件で三日間ぐらい会えなかっただろ?


それにここ数日もリディアの身辺整理でゆっくり出来なかったし…



んで今ミシェル成分を補充してるってわけだ」



「…………………なんですかそれ」



口ではそんなことを言っている彼女だったが…若干いつも通りのクールなモノに戻ったその表情は…


少しだけ嬉しそうに綻んでいた。





するとミシェルは少し恥ずかしいのか、閉ざしていた口を照れ隠しの為にようやく開く。




「……ビリーさん、新しいこと始めたんですね」



「ん、あぁ。あのグローブがアイツの魔武器なんだ。


あいつ自身はあの能力の有用性を認識してないみたいだけど……実はあの魔武器すっげぇ使い勝手いいんだよな~」



「そうなんですか?」



「うん。ビリーの場合、自分の持ち属性…って言っても修行すれば増やせるんだが…、まぁいいや。あの魔武器はそれぞれの属性を灯せるんだ。あいつが今やってるように火を灯し、それを推進力に使えば空中を自由に飛び回ることが出来たり~ってな」



まぁ能力的にかなり…某イタリアンマフィアのあさり貝ファミリーの十代目ボスに似てしまっているが…そんなことはどうでもいい。


彼の魔武器の持つポテンシャルを最大限に発揮する方法が、現在アレしかないのだ。



「それに…俺がさっきミシェルから逃げ回るときにやってたのは、ビリーの魔武器を再現しているが…根本的に違う部分がある。分かる?」



「拓也さんがやってたのは魔方陣を展開していなくても魔法である以上『精霊語エレメントワード)』 を必要とする。


それからこれは憶測ですが…対してビリーさんの場合は、魔武器がそれらの処理を行う為、『精霊語』を必要としない。…ってところですか?」



「さっすが~。正解だ、故にビリーが灯す炎は純粋にアイツがどれだけ魔力を送るかで変化する。


簡単に言っちゃえば、あのグローブ自体が魔方陣みたいなもんだな」



淡々とそう解説する拓也だが…ミシェルの良い匂いにそろそろ卒中しそうになってきているのは言うまでもない。













「こうしてると分かるけど……ミシェルってホント良い匂いするよな」



そして彼は…いつものようにうっかり口を滑らせた。


みるみる顔を紅く上気させるミシェルは、取り乱しながら少しだけ声を荒げる。



「は、はぁ?いきなり何なんですか気持ち悪い」



後ろを振り向きながらそんなことを言う。


拓也はマズった…と一瞬表情を歪め、恐らく諦めを付けたのだろう。


背にぴったりとくっ付くと、彼女の肩の上に顎を置いて、楽しそうな笑みを浮かべた。



「いや…俺匂いフェチでもあるし…」



「き、気持ち悪いです!放してください!!」



「それはダメだ」



拓也を振り解こうともがくミシェル。しかし拓也は離れるつもりが無いらしく、きっぱりとそう言い放ち、彼女にがっしりとしがみついたまま。


男であり、且つ異常に鍛えている拓也の拘束は尋常ではないほどに固い。


ミシェルは依然、赤面しながら腕の中で暴れるが…効果は無いに等しかった。


すると彼女は諦めたように一つ溜息を吐くと、荒くなった息を整えつつ口を開く。



「ハァ…ハァ…ハァ…。もう…好きにしてください」



乱れた髪やらが妙に色っぽく感じてしまい息子が反応しそうになった拓也だったが…何とか理性を働かしてそれを抑え、彼女の発言に少し驚いたように目を見開いた。



「え?マジで?このお○ぱい好きにしていいのッ!!?」



「ッ///」



否…、理性など働いていなかったのだ。


ワキワキと指をくねらせ、それをミシェルの胸へ向かわせる…



が、流石にミシェルも我慢の限界だったのだろう。次の瞬間…身体強化をフルで掛けた彼女の裏拳が拓也の顔面にめり込んだ。


だが…拓也の動きはまだ止まらない。



ミシェルは彼の手をガッシリと掴み、自分の胸への接近を阻もうと全力で応戦した。



「ちょ、ちょっと何でそんなに本気で力込めてるんですか!?」



「だ、だってミシェルがお○ぱい好きにしていいよ(はぁと)って言ったんだもん!!」



「そこまで許したわけじゃないです!!というかそんな気持ち悪い言い方してないですよッ!!」



両者一歩も譲らない攻防が続く。




「何をしておるのじゃ?」



するとそんな場面に虫取り網を抱え、白いワンピースを纏う少女が突如現れ、二人に視線を送りながらそう発言した。


肩から提げる虫かごのを見る限り、大漁だったようである。


声の主を探すように動じにリディアの方を向いた拓也とミシェル。




「見て分からんか?イチャついてる」



「あぁ、ソナタらは交際関係にあるのじゃったな」



「ちなみに現在は…ッ!」



そしてミシェルは拓也が会話に集中して生じた隙を見逃してはいなかった。


瞬時に手を持ち替えると一気に立ち上がり、見事な一本背負いを決めて拓也をウッドデッキに叩きつけると、地面へ降りる為の階段を転げ落ちて行った拓也に構わずすぐさま踵を返す。



「そ、そろそろお昼ご飯の準備してきますね///」



そう言い残すと、彼女は吐き出し窓から家の中へ戻って行ってしまった。


取り残されたリディアは、ウッドデッキから落ちて庭に転がされた拓也を虫取り網で突いてみる。



「鬼灯拓也、生きとるか?」



「…フルネームは止めろ、拓也でいい」



鬱陶しそうに網を腕で払いながら上半身を起こす。


リディアはラファエルが浮かべるようなニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべると、ススス…と彼に近寄り肘でツンツンと小突いた。



「悲しいのぉ、拓也。恋人とすらろくに触れ合えんとは…不憫じゃ」



「黙ってろ、お前みたいなロリっ子に恋愛のことをとやかく言われて堪るか」



拓也は鼻で笑い飛ばしながら『お子様には分かるまい』と言わんばかり子バカにするような表情を浮かべた。


ー…あぁ…悔しそうに表情を歪めるコイツが浮かぶ…-



彼が謎の優越感に浸りながら隣に寄ってきた彼女に視線を向けると…


彼の予想と反し、彼女はキョトンとした、まるで何言ってんだコイツ…と言いたげな表情を浮かべていた。



「ん?何を言うか。ワシはそっちも経験豊富じゃぞ?」




「…………………………………嘘乙」




ありえない。それが拓也の抱いた率直な感想だった。



ー…ば、バカな…こんな幼女が恋愛?…ッハハ!ありえないありえない!…-



そして…遅れてやってくる敗北感。拓也は最早、内心で『ありえない』と連呼するしかなかった。


おまけに口調が少々、某ネズミのように裏返ってしまっているのは、きっと動揺の表れだろう。


口の中は乾燥し、目も焦点が合わない。



しかし彼女は、そんな不安定な状態の彼に止めを刺すが如く…更に一歩踏み込んだ。




「嘘ではない。ワシは今までに数え切れない程の男とまぐわっておる」



「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………嘘乙」



口では嘘だ…そう言いながらも……敗北を確信してしまった拓也の瞳からは、彼の負った精神ダメージを物語るように真っ赤な液体が流れ出る。


それを見てリディアはようやく彼が認めたことを確信したのだろう。


誇らしそうに腕を組みながら踏ん反り返って、眼前で両膝と両手を地に付く拓也を見下ろす。



すると敗北者…拓也は、赤い水溜りを作りつつ、小刻みに震えながら呟いた。



「リディアの身長は…125cm……この世界では…この世界ではそんなにペドフィリアが溢れかえっているというのか…」



「阿呆。抱かれるときにこの姿のままなわけがないじゃろ」



余談だがリリーの身長は136cm。初見で140cm程度だと思っていた拓也だったが、彼女、実は…かなり厚底の靴を履いて身長を盛っていたのだ。


ちなみに発覚したのは結構最近である。



「この世界は腐ってやがるッ!!ロリコンアリコンペドフィリアッ!!そんな異常者が蔓延る世界なんて…俺が…俺がぶっ壊してやるッ!!!」



「だからこの姿で抱かれるわけじゃないと言っておるじゃろうが。


神はある程度自由に姿を変えられる。それにワシの場合、成長させる薬でも何でも作ればいいのじゃ」



「ヒャッハーッ!汚物は消毒だぜェェェェッ!!!」



それにしても拓也…ショックで全く聞こえていない。




すると彼はいきなり手に炎を灯す。


そして何を思ったのかそれを勢い良く放出した…覚束ない様子で炎を操り、空を飛ぶビリーに向けて…。



「ッちょ!は!?」



回避の隙すら与えられず迫り来る炎に呑まれたビリーは、なす術無く撃墜され、ゴミムシのように地に這い蹲った。


しかし日頃のトレーニングの賜物か…彼はすぐに起き上がってしまった。



「何するんだよ拓也君!!痛いじゃないかッ!!」



「うるせぇ!!こんだけ時間やったんだ、空を飛ぶくらい当然モノにしてるんだろうな!!?」



「そ、それは…」



「はい、じゃあ組み手な。


魔武器は使ってもいいけど俺も炎は使うから」




ヤツ当たり。


だがどうか彼を責めないで上げて欲しい。ただ彼は…ここまで強烈な敗北感など…それも、自分よりこんなに小さな幼女相手に…味わったことなどないのだ…。



・・・・・



「はい、じゃあ午前はここまでだ。手洗って昼飯にするぞ。



さ~ってお昼何かな☆」



「……あぁ…………ダメ…だ」



30分後…炭素の塊と化したビリーを気に叩きつけ、踵を返す拓也。


ビリーには厳しい表情を浮かべていた彼だったが、スキップしながら家へ戻る後姿を見る限り、きっと今は表情も綻んでいるのだろう。



一方…ヤツ当たりの対象となって、修行と称してボッコボコにされたビリーは、頑丈な木に背を預け、小さく呟いた。



「なんで…なんで即興で作った魔法の筈なのにあんなに使いこなせるんだよ…」



「それは俺が天才だからだな」



「…いつの間に……もう慣れたけどさ」



いつの間にか隣で胡坐を掻いている拓也の姿。


ビリーはまたか…と言いたそうな表情だが、もう毎度のことなので深く飲み込んだ。



「ほら、早く行くぞ。ミシェルが作ってくれたお昼ご飯が冷める」



「いつもお昼ご飯用意してくれて…ミシェルさんにはホント頭上がらないなぁ…」



「じゃあ今日からお前ミシェルの下僕一号な」



「なんでそうなるのさ……」



「まぁいいや、行くぞ」



腕を掴んで立たせると、肩を貸しながら二人は昼食を目指して家へ戻って行った。




・・・・・



「ワン!ツー!サン!ハイィィッ!!!!」



「っグぉエ!?」



食事を終えた拓也たちは、景気良く炎を噴射しながらまた庭で飛び回っている。


刹那、拓也渾身の一撃がビリーの腹部にクリーンヒットし、彼はまるで弾丸のような勢いで遥か後方に飛ばされて行ってしまった。


拓也もすぐにそれを追って飛び去って行く。



「いや~、ここは実に賑やかじゃ~」



「ハハハ…まぁ賑やかというよりうるさいだけなんですけどね…」




残されたリディアがウッドデッキに座りながら、小さく整形されたマシュマロを口に放り込むと、隣に腰掛けて彼らが飛び去って行った方向を眺めながら、日々の様子を頭の中に浮かべながら苦笑いを浮かべた。


そんな彼女もマシュマロを一つ摘むと、それを自分の口の中に放り込む。


すると隣で寛いでいたリディアが唐突に口を開いた。



「のぉ、ミシェル。ソナタは拓也のどんなところに惹かれたのじゃ?」



「い、いきなり何をっ!」



「まぁまぁ、本人はもうここからでは見えん。減るモンじゃないんじゃし、教えてくれてもいいじゃろ?」



いきなり始まった色恋の話。しかも標的は自分。


ミシェルはクールな表情を少し歪めて動揺を浮かべながら声を荒げるが、彼女のそんな抗議の声もニヤニヤとした笑みを浮かべるリディアに掻き消されてしまった。


しかし…自分より幼い見た目の彼女に恋愛の話を振られるというのは、非常に違和感を覚えるミシェルだった。



すると、いつまでたっても話し出そうとしないミシェルに痺れを切らしたのか、リディアの方がまた口を開く。



「やはり…あの尋常ならざる強さかえ?」



興味津々といった様子でミシェルの顔を覗き込むリディア。


しかしミシェルは彼女のその問いには一切悩まず答える。



「いえ、強さがどうのこうのってわけじゃないんです」



「ほぉ…?」



渋い反応を見せる彼女に苦笑いで返すと、ミシェルはクールな中にも穏やかなモノを含んだ笑みを浮かべた。


そして…静かに、彼との思い出を語り始める。



「知ってると思いますけど、私は一部の神に命を狙われています。


自分がこの世界に来た理由は結構簡単に喋ったくせに、あのバカは…神に狙われている人物が私だってことを隠してたんですよ。


でも…それも私を怖がらせない為だったんですけどね…」



軽く笑いながら拓也との過去の一部を話したミシェル。彼女の表情からは徐々にクールなものが抜け落ちて行き、それに反比例するように穏やかな微笑が増して行く。


まるで聖母のような微笑。リディアは思わず発言を忘れてしまっていた。



「拓也さんのことは…気が付いたらいつの間にか好きになっていました。理由は、このときは良く分からなかったんです。そして私はこのとき、まだ彼が、私を護る為にこの世界に来たんだと知らないままでした。


そしてある時…ふと思いました。そんな大きな役割を持った拓也さんに惚れてしまって……彼の迷惑に…邪魔になるのではないかと。


ふふ…情けないんですけど、そこで泣いてしまったんです。そうしたら拓也さん……いつもは絶対見せないような真剣な表情を浮かべて、ようやく真実を明かしてくれました」



やや恥ずかしそうに…しかしリディアにこうして話すことにもだいぶ抵抗がなくなってきたのだろう。


非常に嬉しそうに顔を綻ばせながら、皿から摘み上げたマシュマロを指先で弄りながら彼女は更に続けた。



「確かに怖かったのもあります。だって神に命を狙われているのが自分だと分かったんですから。


でもそれ以上に嬉しかったんですよ。何故か…拓也さんと……言い方は悪いんですけど、ある意味…特別な関係に成れた気がして。


もう怖くなんてありませんでした。拓也さんと一緒にいられる理由が出来ただけで、そんなものは吹き飛んじゃいました。


そして、拓也さんは…その場で跪いて、私を…自分の命と引き換えにしてでも護ると約束してくれたんですよ。


出会って、一緒に生活して…たった数ヶ月の私に…ですよ?



そのときに確信しました…私は……



拓也さんの、度が過ぎるくらい優しいところが……大好きになったんだなって…ふふふ」


言葉の最後に照れたように小さく笑うと、弄っていたマシュマロを頬張って伏せていた顔を上げ、後ろに両手を付きながら雲一つ無い心地よいほどの快晴な大空を見上る。


春も終わりに近づく五月。吹き抜ける風は非常に心地よい。



「拓也さんと長く一緒にいれば、リディアさんも分かると思います。



普段は、あんなふざけてる人ですけど……


あの人は…目の前で誰かが困っていると、手を差し伸べずには居られない…そんな…とっても優しい人なんですから」




隣でそう話してくれたミシェルを見上げるリディア。


身長差の関係でミシェルの表情は、僅かな横顔しか伺えないが…下から見上げるリディアには、彼女の顔にはどんな表情が浮かんでいるかがは、容易に予想できた。



「ほぅ…」



楽しそうに小さく声を上げたリディアは、意味有りげな笑みを浮かべると、ちらと空の方へ視線をやった


彼らが飛んで行った王都外の遠くの空では、時折橙の光が浮かんだり消えたりしている。


きっと今頃、修行と称した壮絶なバトルを繰り広げているのだろう。



・・・・・



一方、その橙の光の下。



そこでは案の定、拳に炎を灯した男二人が宙を舞いながら殴り合って…否、よく見れば一方的な暴力だった。



「自滅を恐れて炎の出力が落ちているザマスッ!!そんな貧弱な炎じゃこの私にダメージを与えるなんて不可能ザマスよッ!!?」



一方的にビリーに連打を打ち込むのは拓也。ゴテゴテの見るからに硬そうな鎧を纏う彼曰く、この鎧は究極魔法すらものともしない一品だそうだ。


隙間の無いような拳の弾幕を張られるビリー。一見なす術がないようにも見えたが…彼は見つけた。



彼が拳を引いてから、次を打ち出すまでのほんの僅かな隙を。



「ッデヤァァァッ!!!」



その一瞬の隙を突き、彼は炎を纏った己の拳を彼の鎧の腹部に全力で叩き付けた。


燃料が切れたロボットのように動きが止まる鎧姿の拓也。



「や、やったか!?」




ビリーがそう発した刹那…硬い金属の籠手で覆われた拓也の拳が、彼の頬を捉えた。



「効かんわァァァァッ!!!」



フラグとは本当に恐ろしい。



「そんな鎧着込むなんて卑怯だぞッ!!」



「うるせぇ!戦いに卑怯もクソもねぇんだよッ!!!」



彼の発言をねじ伏せるようにそう叫ぶと、拓也はまた彼を仕留めんばかりに連打を始めた。


ビリーはこの攻撃からから逃れる為、炎を前方に噴射して一気に後退。


拓也も透かさず後方に炎を噴射し、後を追う。


瞬時に追いつく拓也はニヤリと表情を歪めると、ビリーに強烈なドロップキックをお見舞いしながら彼に思い切り叫んだ。



「次の一撃は絶対避けろッ!お前が”効果が薄い”言ったこの状態での突きがどれだけ恐ろしいものかを見せてやるッ!!


ホントに避けろよッ!!」



拓也の蹴りの威力で後ろに弾き飛びながらもその叫びが辛うじて耳に入ったビリーはすぐさま炎を後ろに噴射し、一度地上に降り立って体勢を整えた。


次の瞬間、拓也は炎の推進力を使い、空中からビリーに向かって一直線に飛び掛かる。



「いくぜッ!【名前はまだ付いてないけどすっげぇ強いパンチッ!!】」



滅茶苦茶な魔法名にツッコみたくなったビリーだったが、彼の右拳に灯る炎の変化に気が付いて、彼の言いつけ通り大きくバックステップを踏んで回避する。


今の今までビリーの立って居た位置に着弾する拓也の右拳…刹那、固体だった岩場が、拳を中心にの半径1メートルが一瞬でドロッとした赤い液体に変化した。



「ふぅ…まぁこんなもんか……」



自分あの発言が…いかに無知だったかを知らしめられたような気分で口を半開きにし、目を見開くのビリー。


効果が薄い?岩をも溶かすこんなを一撃を食らえば、きっと無事では済まない。


赤くドロリとした液体から手を引き抜き軽く一息吐く拓也は、目の前で起きた出来事をまだ飲み込めていない様子のビリーに声を掛けた。



「昔のお前が効果が薄いと感じるのは確かに仕方が無い。


だが今のお前の拳は…コントロール次第ではこれほどの破壊力を秘めた必殺の一撃にもなる。



どうだ、覚えてみる?」



「教えて欲しい!!」



間隙開けず懇願したビリー。


その彼の返答の早さに一瞬驚いた拓也だったが、次の瞬間にはその表情をいつも通りのイヤらしいものに戻す。


そしていきなり炎で急加速し、無防備な彼の横腹を蹴り上げながら口を開いた。



「じゃあとりあえず俺に一撃当ててみな。そしたら教えてやるよ」




・・・・・



日も傾き、外はだいぶ暗くなってきた。


リビングのソファーに腰掛けながら、拓也から貰った魔法の本を読み漁っていたミシェルは吐き出し窓の方へ視線を向け、夕焼けでボンヤリトオレンジ色に染まる空を見ながら軽く伸びをした。


リディアは自分の部屋でなにやらやっているようで、ここ数時間姿が見えない。



「ここまでにしておきましょう…」



そんなことを呟きながら本を閉じ、名残惜しいがソファーから立ち上がる。


小さく欠伸をして、目尻に涙を浮かべながらふと壁の時計を確認すると、針が示しているのは午後五時。



「そろそろ晩御飯の用意をしないと…」



家にある食材で大まかに今晩の献立を組み上げると、彼女は吐き出し窓の方へ歩を進めた。


目を凝らして庭を見渡すが…やはり拓也たちの姿はない。



一体今頃どこで修行をしているのだろうか?そんな純粋な疑問を抱く彼女だが、夕食の時にでも聞こうと結論を出し、レースのカーテンに手を掛けた。



するとそんな時だった…。



「……あれは…」



庭の端からこちらへ向かって歩んでくる影が一つ…いや、その一つが人型の影を引きずっているから二つか?


光の加減で詳細までは分からないが…ミシェルは、その片方のシルエットだけで彼の正体を把握した。


小走りで玄関に向かうと、鍵を開け、更にこちらからドアを開く。


するとその人物もちょうど玄関の前まで来ていた。



「お帰りなさい…って…その炭?みたいなのって…ビリーさん?……ですよね?」



「ただいま~。そしてYESと返答しておこう」



きっとあの鎧は脱いだのだろう。現在の彼の格好は、シンプルな白Tシャツにジーンズ。


しかし毎度のことだが…現在彼が着ているシャツに描かれているこの『もやしMAX』のような文字とそれらに関連した絵。


彼のオリジナルのTシャツには絶対描かれる文字にはどんな意味があるのだろうか…。それは本人のみぞ知るところである。



「…治療しないと」



そして…ニヤニヤといつものように呑気な表情を浮かべる拓也が引きずってきていた炭化した何かは…どうやらビリーのようだ。


弟子をそんなぞんざいに扱って良いのかと少々疑問に思ったミシェルだったが、彼女は密かに彼らの修行にはあまり口を出さないと決めているので、とりあえず何も言わずに、いつも通り光の回復魔法を準備する。




「それにしても今日は随分と重症ですね…一体どうやったらこんな風になるんですか…」



「ミシェルも気をつけろよ、火加減を間違えると料理も人もこうなっちゃうから」



「はぁ…」



何故か料理に例えられるビリー。そして拓也はひっそりと”日頃のレーザー照射止めて!”という意味を込めてこういう表現をしたのだが…残念なことにどうやら彼女には伝わらなかったようである。



そうこうしている内にみるみると人間の色を取り戻してゆくビリー。遂に意識を取り戻したのかピクッと指先が動いた。しかし流石に服までは元通りにならず、黒焦げのまま。


すると拓也は何を思いついたのか乱暴に靴を脱ぎ捨てると、家に上がり、小走りで二階へ上がって行ってしまった。



「ぅ…こ、ここは…?」



「おぉビリー。元気そうで何よりだ」



果たしてうつ伏せに倒れ込み、炭化した衣装を纏い、半開きの目でこちらを見上げる彼のどこが元気そうなのか…。


ともかく二階から戻ってきた拓也は、自分のクローゼットから持ってきたモノをビリーの頭の上にそっと置いてニヤリとした笑みを浮かべた。



「……これは?」



「いや~、お前の服そんなんになっちゃったし…まぁ良い機会だから一着やるよ。ありがたく受け取れ」



ビリーは膝に手を置きながらゆっくりと立ち上がり、頭の上に置かれたそれに手を伸ばす。



「服…?」



濃紺のジーンズと、白いTシャツ。



「あぁ、拓也さん特製『七転八起』Tシャツだ」



「…」



しかし…白いTシャツを裏返してみると…恐らくこちらが前面なのだろう。


その前面には『七転八起』とでかでかと描かれた黒い文字と、赤い達磨の挿絵。


なんとも言えない表情でそれを見つめていたビリーだったが…。



「あ、ありがとう…貰うよ」



非常に謎センスだが…全裸で帰るよりはマシだと思ったのだろう。


苦い笑顔を拓也に向けて感謝の意を伝えると、真っ黒に焦げた自分の上着に手を掛けた。



彼の上半身が露になるその刹那…拓也がスッとミシェルの目の前に手を滑り込ませたのは言うまでも無い。



「こら、人妻の前で脱ぐな」



「っあ…ご、ゴメン!」



「誰が人妻ですか」




その発言と共にクリーンヒットするミシェルの肘。


しかし、彼女に自分以外の肌を見せまいと拓也も必死なのだろう。


口の端から血を流しながらも、彼女の顔の前に差し出した手は一切のブレを見せない。



「それにしてもビリー…そこそこ筋肉ついてきたな」



「え…そ、そうかな?」



「あぁ。ただ少し全体のバランスが悪いか…。今度もっと精密な筋トレのメニュー組むわ」



「ありがとう…頼んだよ」



視界を封じられたミシェル。自分は見えないのにそんな会話をされると妙に気になってしまう。


すると拓也は彼女の心境を瞬時に悟ったのか、瞬く間に彼女の背後まで移動すると、より強固な守りの体制に入った。



「させんぞミシェル…諦めろ」



「…」



おまけにこうもピッタリと背後にくっつかれると攻撃手段が無い。


そこまで考えてのことだったのか…と、なんだか少々してやられたような気分になるミシェルだった。



彼女が内心でそんなことを思っているうちにビリーは手早く着替えを終わらせ、彼女の視野もようやく解放される。


着て見てもやはり謎センスなのに変わりは無いが、これで先程よりは幾分かマシになった。


拓也だけが満足そうに頷いているのは多分無視で良いだろう。



「じゃあまた明日、学園で!」



「じゃあなー、精々夜道には気をつけろよー」



「怖い事言わないでください」



手を振りながら駆けて行くビリーを見送り、玄関を閉める。


玄関に埋め込まれた擦りガラスの外は既に暗い。ミシェルは踵を返しリビングへ向かい歩を進める。拓也も彼女の後ろを付いて歩く。


いつもの水色のエプロンを纏い、キッチンに向かう彼女。拓也も黒いエプロンを纏ってニヤニヤとした笑みを浮かべながら彼女に続いてキッチンに入った。



「あの…夕食は私が作りますよ?」



「俺はアシスタントだ。駒のように使ってくれて構わないぞ」



「…はぁ、分かりました。じゃあジャガイモの皮を剥いてて下さい」



「それは俺の得意分野だぜェェ!!」




この後、滅茶苦茶ジャガイモの皮を剥いた拓也だった。




・・・・・



翌日、月曜。


いつも通り学園で授業を受ける拓也は、既に理解している内容が描かれる黒板から視線を逸らし、窓から覗く空を仰ぎ見ていた。


拓也の席は、学園に通い始めてから始めての最後列窓際。所謂主人公席である。


しかし案外日差しがキツイ上に、太陽光が机に反射して眩しい。



おまけに何故か何度席替えをしても、必ずジェシカが隣に来るのは一種の呪いのようなものなのだろうか?


そして彼女は本日も絶賛睡眠中である。



「…暇だ」



天界の修行時代のガブリエルの教育により様々な知識を頭に叩き込まれている拓也は最早授業を受ける必要はない。


現在の授業は2時間目、数学。



結局拓也はいつも通り、新しい魔法の製作に取り掛かった。



起こしたい現象をイメージし、精霊語を組み合わせ形を作る。


そうこうしながら新たな魔法を2,3個作り上げた頃、授業の終了を告げるチャイムが響き渡った。



号令を終え、生徒たちはそれぞれ思い思いの方へ散らばる。



拓也は教室の外へ向かう人の流れに乗り、廊下へと抜け出ると、なんとなく適当な方向へ歩を進めた。



「ダメだ…暇すぎる」



・・・・・



「ジェシカ…いつまで寝てるんですか?」



「うへへ~……もう5時間~」



「ハハハ、そんなに寝てたら授業が全部終わっちゃうよ」



机に突っ伏したまま幸せそうな表情のジェシカを囲む、ミシェル、アルス、メル。


廊下からビリーとセリーも姿を現した。


すると、ジェシカの隣の机の人物がこの場にいない事に気が付いたビリーが口を開く。



「あれ…拓也君は?」



「さぁ、授業が終わると同時にふらっとどこかへ行きましたわよ」



「トイレじゃないかな?」



他愛も無い話を繰り広げ、盛り上がる。


まさに学園生活というヤツだろう。





「メルさん、今日はツインテールなんですね」



「あ、えぇ。今日はそんな気分で…」



「いいよね~髪の毛長いと!いろんな髪型できるじゃん!!」



「おはよう、ジェシカさん」



「おっはよ~アルス!」



拓也の席に腰掛けていたミシェルは、メルの髪型が今日はツインテールだということに気が付いてそんな発言をする。


すると彼女のそんな発言がトリガーになったのかジェシカがいきなりムクリと起き上がり急に会話に加わった。


いつ起きたのだ…とツッコみたくなった一同だったが、まぁよくあることなのでとりあえず放置する。


セリーはジェシカの鮮やかな赤色のショートヘアを眺めると、小首を傾げて彼女に尋ねてみた。



「ジェシカちゃんは髪の毛伸ばさないの?」



「え~、だって髪の毛伸ばすと手入れが大変じゃん!」



「実にジェシカさんらしい理由だね」



「アハハ~!アルスは髪の毛サラサラだね!私少し癖毛気味だから羨ましいな~!」



「ハハハ、くすぐったいよ」



ジェシカは軽く背伸びをしながらアルスの髪を手櫛を掛けるように弄ると自分の髪を弄り、少しだけ不満そうな顔をした。


そんな彼女の仕草を見たアルスは何を思ったのか、拓也には到底出来そうも無い爽やかなスマイルを浮かべながら、彼女の髪に優しく触れる。


そして少し指先で弄るように髪を弄ぶと、より一層爽やかさを増した笑みをジェシカに向けて口を開いた。



「そう?僕はとっても素敵なヘアスタイルだと思うけどな」



普通の年頃の女の子なら、彼のこの行動でドキッ!と来ちゃったりするのだろう。


いつでも太陽のように笑って周りに元気をお届けするジェシカ。


誰に対しても分け隔てなく接して、本当に笑顔以外の表情を見せることはほとんど無い。


そんな彼女も一応年頃の少女。


ということは…もしかしたら今、超レアな照れた表情を拝めるのかもしれない。


周りの一同は顔を見合わせ、ゴクリと喉を鳴らすと…静かに見守ることにした。



「キャー!アルス君ったらイッケメーン!」



「ハハハ、褒め言葉ととっておくよ」



しかし…一同が目にしたモノは……想像とはまるで別物。


アルスの肩を平手でパンパンと叩きながら、まるで若い男の子にお世辞を言われた時のおばさんのような反応をするジェシカ。


なんとなく肩透かしを食らった気分の一同だった。




それにしてもアルスが一体どんな考えでこのような行動に出たのか…しかしそれも全て、彼の爽やかな張りぼて100%の笑顔の裏に隠されてしまっている。


なんだか詮索するのも気が引けたので、一同は追求はしなかった。



そこでふと、休み時間の確認をしようとセリーが時計の方に注意を向ける。


そんな時だった。



「ね、ねぇ…なんだか……騒がしくない?」



なにやら教室がざわついている事に、彼らはようやく気が付いた。


教室内の生徒たちのほとんどが窓の外…教室錬に入る為の石畳で綺麗に舗装された入り口の方を見下ろしている。


釣られるように彼らも窓からそちらを見下ろすと…皆が同時に苦い顔をした。



「茶髪の小僧ッ!!出て来いやァァァァッ!!!」



「ついでに黒髪の師匠もじゃッ!!ぶっ殺してやるッ!!」



総勢100名程。先頭には…先日、ビリーに伸され、続けざまに拓也に辱められた(変な意味ではない。断じて)ヤンチャな金髪&茶髪。


後ろにはズラズラと配下らしき人物たち。



一応全員がバンダナで口元を覆うようにしているのは、今やっていることは法的にマズイことだと自覚しているからだろう。



「ど、どうしよう…」



彼らの姿を目視して、真っ青になるビリー。



すると、顔面蒼白で小刻みに震えて涙目のビリーの肩に、突如何者かの腕が回される。


大げさにビクッと驚き、慌ててそちらへ振り向くと…


いつもながらのニヤけ面でカラフルなペロペロキャンディーを舐める拓也がそこに居た。



「お~、面白いことになってるな。ビリー、指名だぞ。逝って来い」



「い、イヤだよ…」



眼下には、思い思いの武器を持った危なそうな人たちがズラリ。


ビリーは怯えたように顔を伏せると、消え入りそうな声でそう呟いた。


無理もないだろう。彼は強くなったとは言っても…アレだけの敵の数。

ここで飛び出していけば多勢に無勢。敗北は必至。



そんな怯えた様子の彼を見て、何故か穏やかな笑みを浮かべる拓也。


ざわつく教室の中、彼は自分の弟子にだけ向けて静かに呟く。



「この中に…お前の護りたい人はいないのか?」



拓也のその言葉を耳にしたビリーの表情は、彼の言葉に反応してピクリと動いた。


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彼は何も言わずに眼前の金髪と茶髪を凝視し続ける。


拓也も返答を急かすことはせず、彼が自分の中で結論を出すのを静かに待っていた。


彼らの間で沈黙が続くこと数十秒。


ビリーは決意を固めた光を瞳に宿すと、眼下を見据えて隣の拓也に向けて静かに呟く。



「いるよ、護りたい人は…」



「そうか…覚悟は決まったみたいだな」



「うん」



いつもの面子も彼らのやり取りを静かに見守っていた。


セリーは、自分が絡まれたせいで…という自責の念に駆られ、苦い表情を浮かべた。


しかし今の彼にどんな言葉を掛ければ良いのか…分からず立ち尽くす。


そんな時、外の金髪が雄叫びを上げながら…絶対に口にしてはいけない”禁忌”を口にしてしまった。



「オッラァァァッ!!!出てこいあの黒髪のブサメンッ!!ぜってぇ許さねぇからなァァッ!!」



「あ゛ぁ?」



食い気味にその発言に食いつき、周りにいる人物の肌がピリッとする程に殺気を垂れ流す拓也。



カラフルなぺろぺろキャンディはいとも容易く噛み砕かれ、彼の瞳には明確な怒りの色が浮かんでいた。



彼の周りの一同が『あーあ…やっちまったな』と思ったのは言うまでもないだろう。



「やっぱいいわ、俺が行く。



そういえば学園の警備は俺の仕事だった」



「え、あ、…えぇー」



自分が決めた覚悟とは一体…


拍子抜けした気分のビリーは、他のクラスメイトに気が付かれないように教室を出て行った拓也の後姿を眺めながら、なんとも言えない声を漏らした。


そこで一連のやり取りを傍観していたミシェルが彼の隣に歩み出て、苦笑いを浮かべる。



「多分拓也さんのことですから、最初からビリーさんに相手させる気は無かったのでしょう。


学園内で暴力沙汰なんて起こせば、ビリーさんの立場が無くなりますから」



「あ、あぁそっか!よく考えればそうだよね!」



ミシェルにそう説明され、ビリーがそう気分を持ち直した時だった。


教室の窓の前を一瞬、何かが上から下へ通り過ぎた。



”ソレ”は黒いローブを風に翻しながら金髪たちとそれの進行を阻止する為に外へ出た教師たちとの間に着地する。



「お、おい!あれって『剣帝』じゃねぇか!?」



「う、うわぁぁ!!本当だ!!」



”ソレ”の正体に気が付いた生徒たち。


教室は途端に騒がしくなった。




現れたのは…王国最強と謳われる人物。


生徒たちの不安は一瞬にして消え去り、まるで見世物でも見るような愉快なテンションに変わってしまっていた。


一人の登場でここまで場の雰囲気を変えてしまう辺り…流石、王国の最高戦力といわれる帝である。



「今なら住居侵入罪だけだ、大人しく投降しろ」



普段とは一変した真面目な声色で静かにそう言い放つ剣帝…拓也。


すると数で有利に立っていた流石に彼らも、王国最強と謳われる人物の登場で怖気づいたのか、仲間同士顔を見合わせながらざわつき始めた。


そして心なしか拓也から殺気が漏れている気がするが、たぶん気にしてはいけない。



「あ、兄貴…どうしやしょう、相手が悪すぎますぜ…」



「ッるせぇぇ!!もう引き下がれねぇんだよッ!!!それにアイツは今丸腰だッ!!剣帝が剣を持ってねぇなら余裕だろッ!!」



まぁ指輪のジョニーを元に戻せば良いのだが…生徒たちの精神衛生上、血がドバドバ噴出すような血みどろな戦闘は見せられないので、拓也に端から剣を使う気はないのだが…彼らはそこまで頭が回っていないのだろう。


すると金髪は仲間から鉄パイプを受け取って、それを肩に担ぎながら剣帝を挑発するように中指を天に向けて、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。



「ほら来いよ剣帝さんよォ、この数相手にまさかビビッてんのか?」



「投降する気は無いということでいいかな?」



「あるわけねぇだろッ!ぶっ殺してやるから覚悟しやがれッ!!」



次の瞬間…鉄パイプを手にしていた彼は単身、身体強化を掛けて飛び出した。


まず魔法で牽制してこないところをみると、恐らく魔法自体が得意では無いのだろう。


だが身体強化はそこそこの錬度。しかしこの学園にでもザラにいるレベル。


拓也が小さく溜息を吐いていると、金髪は彼の眼前で鉄パイプを最上段に構えていた。


そして感情のままに雄叫び、ソレを剣帝の頭目掛けて持てる限りの全力で振り下ろす。


同時に三時間目の授業開始を告げるチャイムが学園内に鳴り響く。



「おら死ねやッ~ッオゴォ!!」



試合開始のゴングが鳴ったその刹那…金髪の脇腹に、剣帝の右脚がめり込んだ。


サッカーボールの如く遥か左方向へ弾き飛ばされた彼は、何度も勢い良く地面との衝突を繰り返しながら減速。


その動きが停止する頃には、彼の動きも停止していた。



視認すらままならない程の初動の速さと、圧倒的な威力。


静まり返った生徒たちだったがそれも一瞬。次の瞬間には驚嘆の声が校舎中から沸き上がった。


そして剣帝の正体を知る人物は、彼のそんな容赦の無かった攻撃を目にして悟る。


『彼はブチギレている』…と。


きっと今、彼のフードの下には憤怒の表情が浮かんでいることだろう。



「だ、だから言ったんだッ!!勝てるわけがねぇッ!!」


「うるせぇもうどうせ逃げられねぇんだよッ!!やるしかねぇだろッ!!!」


「そうは言ってもどうすんだよ!?相手はあの剣帝だぞッ!?」


「魔法だ魔法ッ!!使えるヤツは何でも良いからぶっ放せッ!!


それ以外はとにかく殴りかかるんだッ!!」



いきなり金髪という頭を失った彼らは取り乱しながら騒ぐが、残された茶髪が何とか仕切り直し、統率を取り戻す。


約三分の二が剣帝に向けて駆け出し、残りが魔法の詠唱を始める。


恐らくアレだけしか実戦レベルの攻撃魔法を扱うことが出来ないのだろう。



「ッらぁ死ねッ!」



駆け出した中でも一際足の速かった者たちは既に剣帝の眼前にまで迫っていた。まずは先頭の一人。武器は角材。


振り回される凶器。


「~ッ!!」


刹那…それまで棒立ちだった剣帝はダッキングで振り回される角材を回避すると、メルが放つような強力なリバーブローを打ち込み、続けざまに頭を掴んでカウ・ロイ。受けた相手は堪らず鼻血を噴出しながら地面に沈み込む。



「よくも!」



倒れた彼の向こう側から現れる新手…数は二人。手には鉄パイプと金属バット。


しかし…彼らは次の瞬間、気が付けない程素早く顔面を掴まれ、後頭部から石畳に叩き付けられた。



「情けねぇなぁちっくしょう!」



更に背後から現れる敵。武器はナックルダスター。


彼は瞬く間にやられた三人を毒づくようにそう叫びながら、金属の輪をはめ込み、破壊力を増加させた右の拳を剣帝の顔面に突き出す。


一度小さくバックステップを踏み、その突きを、直撃する寸前でじっくりと”視る”剣帝



そして彼の突きに最も威力が乗った瞬間を見計らって後ろへ向いていたベクトルを急速に逆方向に変化させ、まっすぐに伸びた腕に沿って、前傾姿勢をとりながら自分の体重を乗せた拳を彼の顔面に叩き込んだ。


お手本のようなクロスカウンターに、ビリーは思わず息を呑む。


「行くぜぇ…」



すると今度は、一人小さく…そして何より気持ち悪くそんなことを呟いた剣帝の方から動いた。


接近する近接戦闘隊の間を縫って疾風の如く駆け抜ける彼の標的は…魔法の詠唱をしていた者たち。


一番近くにいた術者を蹴り倒すと、唖然とその光景を眺める彼らの視線の先で人間とは思えない動きで次々と術者たちを撃破して行った。


そして十数秒後には攻撃魔法を扱える者は全て無力化される。



「後はアンタたちだけだ」



気を失った最後の一人の術者の胸倉を掴み上げ、邪魔にならなさそうな所へ放り投げると、剣帝は小さく殺気を当て、口角を不気味に吊り上げながら彼らにそう声を掛けてみた。


『こんな筈ではなかった…』彼らはそう思ったことだろう。


しかし…現実とはそんなに甘くはない。現に100名近く居た仲間たちはたった一人相手に、ものの数十秒で既に三分の一が戦闘不能。



「ば、化け…物…」



震え上がる茶髪の近くで誰かがそんなことを呟いた。


殺気を当てられた彼らの本能が全力で警鐘を鳴らす。目の前の”アレ”にはどう足掻いても勝てない。逃げろ…と。


僅かに残された人間の野生的な部分が、それを痛く理解していたのである。



「さて…警告を無視して実力行使に出たんだ。それなりの覚悟は…もちろんしてあるんだろ?」



悠然と歩み寄ってくる剣帝。


金縛りにでもあったかのように体がガチガチに硬直し、全く言うことを聞いてくれない。


バタ…バタ…。妙な音が鼓膜を揺らす。眼球だけ動かして回りを確認すれば…引き連れてきた仲間たちが力なく地に倒れ込んでいた。


口から泡を吹く者。白目を剥いている者。



しかし一番恐ろしいのは……ニヤリと不気味な微笑を浮かべる剣帝が………自分に向かってきているということ。


震え上がり、涙をボロボロと零しながら後ずさろうとする茶髪。しかし、言うことを聞かない足を無理やりに動かした為、縺れて尻餅を付いてしまった。


そんな僅かな間に剣帝との距離は…既に埋まっていた。



心臓が異常なまでに脈打ち、汗が止まらない。



捕食者に睨まれた小動物のように怯えきった茶髪を、剣帝はゆっくりと覗き込むようにして、静かに…且つ口角を更に吊り上げて、心底不気味に呟いた。



「腕とか千切れたらゴメンね」



次の瞬間、茶髪の意識は闇へと落ちて行った。



・・・・・



あの後、連絡を受け駆けつけた騎士団に彼らは身柄を拘束され、事後処理もスムーズに行われ、授業もすぐに再会された。


そして放課後…。



「いや~たっくん今日は大活躍だったね!」



「クックック…おいおい、今日”も”だろ?」



学園の敷地内にある屋根付きの休憩所で、拓也はいつも通りのうざったい発言を垂れ流す。


生徒間では王国最強の剣帝の生戦闘の話題で持ちきりで、非常に騒がしい為彼らはこうして外に来ているのだ。


ちなみにビリーは時間を有効活用するべく、5倍だァァ!!Tシャツを着込んで拓也のすぐ隣で腕立て中である。



「それにしても…どうして剣を使わなかったんですの?」



「…石畳を真っ赤に染めるわけにはいかんだろ。


それとも野郎の脱衣ショーでも見たかったの?」



「ち、違いますわッ!!」



ヘラヘラと笑いながら言った拓也冗談を真剣に受け取り、バンッと机を叩きながら顔を真っ赤にして椅子から立ち上がるメル。


揺れるお○ぱいに目を奪われるのは男の性だ。


毎度ながら感情の起伏が激しい彼女は弄っていて非常に面白いと思う拓也だったが…放置していると殴られかねないので、両掌で彼女を制す。



「まぁまぁ、本当はコイツの為でもある。


全く…俺の弟子やってるくせに。腹括るのに何秒掛かってるんだか…」



「ぅ…るっさいなッ!!」



「はい、口答えしたから50回追加な」



「聞いてないよそんなの!」



「今決めた」



ただでさえしんどそうなビリーの背を強く押し込みながら追加の宣言をした拓也。


目を丸くして反抗したビリーだったが、何とか地面に胸は付けずに堪えた。


そして何を言っても無駄だと思ったのだろう。また黙々と腕立てを開始する。



「でも鬼灯君はホントに凄いよ。勉強も出来るしとっても強いし」



「止めてくれよ天才なんて……まぁ天才なんですけどね」



「…相変わらず調子良いですね、ホント」



ふざけた調子の彼に頭痛を感じるミシェルは額に手をやる。


その時、額に向かわせる手の隙間からほんの一瞬…彼が真剣なことを思考する時に見せる表情が覗けた。


慌てて手をどけ、もう一度確認するが…見間違いだったのか、彼の表情はいつも通りのニヤケた呑気なものに戻っている。



「(……見間違い…………?)」



周りの会話など耳に入らず、自分の思考に浸り、今しがた目にしたモノは一体なんだったのか…考える。



「ミシェルミシェル!たっくんがとっておきの特技を見せてくれるって!!」



だが次の瞬間、ジェシカが自分の体を揺らしたことで現実世界へ引き戻された。


特技を見せる。そう宣言したらしい拓也は休憩所の屋根の下から出て数歩歩を進め、踵を返し一同の方へ振り向く。


そして妙に真剣な表情をその顔に浮かべると、ビリーだけが腕立てを続けていることを確認してから口を開いた。



「この”特技”はかなりの危険を伴う。主に俺が。



多分…みんなの前で見せることができるのはこの一度きりだろう。



あ、ビリーはそのまま腕立て続けてて良いよ。こっち見たら追加1000回な」



「な、なんでだよッ!!!」



「そしてこの特技を披露するには…アシスタントが必要だ。


その役は俺が最も信頼を置くミシェルにやってもらうことにしよう」



「わ、私ですか?」



「あぁ、早く来たまえ」



信頼を置いてくれるのは嬉しいが、口調にはなんだか腹が立つ。


しかしまぁ怒るほどではないので言われた通り休憩所から出て拓也の傍まで歩み寄ったミシェル。


一瞬彼のニヤケ顔が何かを企んでいるようにも見えた彼女だったが……気のせいだろうと特に気に止めなかった。




…そして彼女のこの油断が、お互いの命取りとなる。



「じゃああっち向いて楽に立ってて」



「こ、こうですか?」



「うん、そうそう」



拓也に皆の方を向くように指示され、言われた通りの姿勢を作る。


そして隣に立つ拓也は一つ大きく深呼吸すると…



「行くぜ…」



ミシェルの隣に立ち、彼女の背にスッ…とこっそり手を回した。



そして次の瞬間…本当に小さな音が……ミシェルの鼓膜を揺らす。



『パチン…』



その小さな音の発生源は…自分の背中。



「……え?」



聞き覚えのある音に、ミシェルは思わず素っ頓狂な声を漏らした。



胸に違和感。ミシェルは何をされたか一瞬で理解した。


瞬く間に赤面し、左手で胸を隠すように抑え、その場にしゃがみ込む。



爆笑しながらもアルスの視界を手で隠すジェシカ。同じく赤面し目を逸らすセリー。そして彼を仕留めるべく立ち上がるメル。



ー…クックック……恐らくミシェルは残された右手で物理攻撃の後、魔法で追撃。メルの脅威も視野には入れておくか。まずはバックステップを踏んで回避…ー



「…え?」



次の瞬間、素っ頓狂な声を上げたのは拓也のほうだった。


僅かに暗くなる視界。何者かの拳がバックステップ踏むよりも早く迫っているのに気が付く頃には…直撃。


100kgを優に超す拓也の体が宙を舞い、まるでおもちゃの様に吹っ飛んで校舎の壁に叩き付けられた。


肺の中の空気が無理やり排出されるような感覚に目を見開き、何とか顔を上げ、ぐらつく視界で前方を見る。



彼の視界に真っ先に映ったのは、驚愕するジェシカたちではなく…俯き加減でブツブツと何かを呟き、ゴミを見るような目でこちらを睨みつけるミシェルの姿だった。



「ククククク…そうだ、それで良い。これは対価…俺の紳士的行為に対する対価なのだからッ!!」



そしてこの男、全く反省の色が見られない。


ミシェルは依然としてブツブツと何かを呟いている。すると次の瞬間いきなり地面が隆起し、磔のように拓也を拘束した。


彼女は追加で拘束をより強固にすると、静かにこの場から立ち去り、トイレがあるほうへ向かった。



きっと拓也に外されたブラのホックを直しに言ったのだろう。


彼はしめたと言わんばかりにイヤらしい笑みを浮かべると、目の前で暴力事件が起こったのにもかかわらず言われた通り腕立てをしていたビリーに向かって声を掛ける。



ー…ハッハッハ!今こそ師弟愛を確かめるときッ!!…ー



「ハッハー!!バカめ!!折角捕まえたのに目を離してしまうとはなッ!!!


さあビリー君!尊敬する師匠である私を助けたまえ!!」



「え…ヤダよ。どうせ拓也君が悪いんだろ?そんなことしたらミシェルさんに怒られるじゃないか」



「……師匠に向かって生意気な………まあいい、アルス。助けてくれ」



「アハハハ、放っておいた方が面白そうだから僕は手を出さないよ」




少々顔に焦りの色が浮かぶ拓也。


しかし彼は冷や汗を流しながらも笑い飛ばすと、続いてジェシカに声を掛ける。



「ジェシカ、お前は俺を見捨てないよな?」



「私は大体いつもミシェルの味方だよ!!」



「ふ、フフフ…まぁここまでは予想通りさ。セリー、助けて欲しい」



「…い、いきなりブラのホック外すのはダメだと思うよ!」



セリーよ…たぶんそれはいきなりじゃなくてもダメだと思うぞ……と一同が思ったのはいうまでもない。


誰も助けてくれないという予想外の展開に、流石に焦りの色が隠せなくなってきた拓也。


消去法で残される人物はあと一人。


彼女を頼るのはなんだかイヤだったが…四の五の言っていてはもう彼女が戻ってきてしまう。


…手段は選んでいられない。



「メル!助けてくれッ!!このままじゃヤバイッ!!」



「知っています。そのままボッコボコにされればいいですわ」



そして最後の頼みの綱は容易く千切れた。



おまけに汚物を見るような目で見てくるメル。小刻みに震える拓也。その震えの原因は恐怖か、それとも仲間に見捨てられたという絶望からか。



「メル!俺はお前の親の命の恩人だぞッ!!そんな俺を見捨ててもいいのかッ!!?お前はそんな非情な奴だったのかッ!!?」



「そ、それは………い、今は関係ないですわッ!!」



自分が生き残る為にはどんな手段でも使う…それが拓也。


そう、この震えも、頬を伝う涙も…演技でしかないのである。



「そうかよ…俺とお前の信頼関係は……嘘だったってのかよ…」



「……そ、そんな事言われましても………ミシェルさんも友達ですし………」



ー…ヤッベェ!コイツちょれぇ!!…ー



それにしても拓也、迫真の演技の裏で彼女を嘲笑っていくこの姿勢。


まさにクズである。



「あぁ、いいよ。友達は裏切れないよな…わかった。俺のことは見捨ててくれ。




…でも……なんだか………ちょっと悲しいな。


俺も…メルの友達だと思ってたんだけど………」



「ッ!!」



優しい表情を見せ、同時に悲しげな側面も見せると、見捨てろと言った後に小さくそんなことを呟く拓也。


メルは表情を歪めながら、思わず顔を伏せた。




彼女は普段ツンツンしていることが多いが…根は心優しい少女。



「あ、謝りましょう…?今ならまだ間に合うかもしれませんわ。


…私からも説得しますから……」



「そ、そんな…そんなの悪いよー」



彼は最低なことに、彼女のそんな優しい部分につけこんだのである。


口では彼女に申し訳なさそうにそう言う拓也だが…内心では計画通りとほくそ笑む。


すると背後で爆笑していたジェシカが、とんでもないサイズの横槍を突っ込んだ。



「そうそう!この前たっくんが『メルって将来絶対垂れ乳になるよな~』って爆笑してたよ~!」



「……………………」



「ちょ…な、なんだよ!や、やめろ!!無言で鎌を取り出すなッ!!」



俯いていて表情は分からない。しかし、拓也に向けられた大鎌から彼女の心境を悟ることは容易。


そして…そんな最悪のタイミングで校舎の影から銀色の髪を揺らす美少女が帰還した。



手には魔武器の杖。両手で握り締めているところを見ると、魔法でいたぶろうとしているわけではなさそうである…。



「ま、待てミシェル。そうだ、話し合おう。暴力良くない」



「…」



彼女も俯いていて表情は分からない。しかし、拓也に向けられた杖から(ry


そして次の瞬間…一切の容赦なく、彼の腹部に杖がフルスイングされた。


拘束する土が背後を覆うようになっている為、威力が逃がせない。


声にならない悲鳴を上げる拓也。しかし続けざまに顔面を襲うメルの大鎌の背。刃の部分でないだけ良心的と言えるのだろうが、生憎痛すぎて拓也にそんなことを考えている暇はなかった。



「鬼灯君…大丈夫かな?」



「大丈夫なんじゃないかな?いつも大体あんな感じだし」



「い、いつも!?」



これが…王国最強と謳われる剣帝だと言われ、一体誰が信じるだろうか?


いや、誰も信じないだろう。


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