表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第二部
33/52

学園と仕事



「ミシェルー、そっち行った~」



「了解です」



五月の頭、春らしい陽気が素晴らしい今日この頃。


そんなポカポカ陽気の中で、拓也、ミシェル、そして…



「おいビリー、そんな攻撃じゃドラゴンの鱗は貫けんぞ」



「む、無茶言うなよ!!」



拓也の弟子…ビリーは、王都の外れにある岩山でドラゴン討伐に勤しんでいた。



クエスト内容は『岩山に出現したドラゴンを全滅させてください』というなんとも単純明快なもの。


ちなみにクエストランクはSSS。拓也とビリーはミシェルの同行者として付いてきているのだ。



拓也はビリーの修行の為に連れてきたのだが…



「アカン…ミシェルがバーサーカーしてる」



八面六臂の大暴れのミシェルのせいで、ヘイトが彼女にしか溜まっておらず殆どの敵が彼女を攻撃中。


結局ビリーの所に残ったのは……炎竜の子供だけだった。大きさは4メートル程度だろうか?



すると、彼はいくら子供といえどもドラゴンを目の前にして怖気づいたのか、近くの岩に腰掛ける拓也に向かって冷や汗を流しながら口を開いた。



「た、拓也君…やっぱりドラゴンはまだ早いんじゃ…」



「何いまさらそんなこと言ってんだ、大丈夫大丈夫。家族には俺から連絡しとくから」



「それって全然大丈夫じゃないよ!!?」



拓也は面白そうにケタケタと笑い声を上げて岩の上を転げ回ると、ミシェルがビリーを巻き込まないように飛び去っていった方を指差した。



「というかそんなこと言ってると獲物全部ミシェルに取られるぞ」



恐る恐るそちらへ視線を向けるビリー。


すると、ここから遥か遠くで…”それ”は起こっていた。


数体のドラゴンに囲まれたミシェル。しかし彼女の表情には焦りの色がまったく伺えない。


刹那、ミシェルより先にドラゴンたちが動き出した。



まずは一体が突進。



しかし…彼女は冷静に魔力を練り上げる。


次の瞬間、空中に突如出現した氷の槍が猛烈な勢いで向かってきた竜の硬い鱗を突き破り、それを見て逃げようと飛翔した竜は、突如として動き出して腕のような形になった大岩に捕らえられ地面へ投げ返される。


続いてビリーと対峙する子竜の親だろうか?炎竜が炎のブレスを吐こうと口を大きく開き、喉奥に紅蓮の炎をちらつかせたのをすぐさま認識すると…風魔法で炎竜の口内の酸素濃度を引き上げ…自爆させた。



唖然とするビリー。



文字通り言葉が出ない。同い年のはずの彼女が何故あそこまで強いのか…。


彼がそのことについて思考している間も、ミシェルの猛攻は止まない。



炎竜がやられている間に大空へ飛び上がっていた一体の竜は、そのまま逃げればいいものを、あろうことかミシェルに向けて降下を開始した。


まるで頭から落下しているようにも見えるその降下。狙いはこのままの体当たりでミシェルを倒すこと。


このスピードのまま突っ込めばこの竜自身も危険だと思う人も居るかもしれないが…それは違う。


この竜は、主食ではないが口から鉱石を取り込むことによって、元々強靭な竜の鱗を更に硬質化させているのだ。おまけにただ硬いだけではなく、その衝撃吸収力もかなりのもの。


まぁ簡単に言えば岩竜ことバサ○モスさんである。




しかし…それでは詰めが甘い。




「以前のミシェルならここで一旦バックステップだろうが……」



岩の上で胡坐を掻いて、ビリーには僅かな人型にしか見えない程遠く名に居るミシェルを眺めて楽しそうに口角を吊り上げる拓也。


その笑みが何を意味するのか…ビリーはまだ知らなかった。




すると、上空から急降下してくる竜に気が付いていたミシェルは、風の最上位魔法で周囲の竜を巻き上げ、吹き飛ばし、急降下中の竜に衝突させた。


だが、それは次の攻撃の下準備に過ぎない。




ミシェルは続けて魔武器の杖を振り上げ、自身の頭上を見上げた。




緊張を紛らわすためか、彼女は一度小さく息を吐くと……次の瞬間、とてつもない量の魔力を練り上げ始める。属性は…もちろん光。



「『魔術の深淵に沈みし我が紡ぐは究極』」



始まった詠唱。同時に彼女の上空に展開される、半径10メートルはあろうかという程の巨大な魔方陣。



「『最早…世に絶対なる善は無く、絶対なる悪も無い。そして…憂う時間も無い。


故に…我は自らが信じた善に従い、自らが思う悪を討つ』」



そしてビリーは思わず驚愕した。


なんと、彼女が先程展開した魔方陣の上に、更に巨大な…半径50メートルはあろうかという超巨大な光の魔方陣が新たに展開されたのだ。



「『今、ここに天の審判は下った。求めるは…暁闇を照らす悠久なる光』」




刹那、二枚のうち下に展開された魔方陣が、もう一枚の巨大な魔方陣に逆円錐上に猛烈な光を放射した。


その光を受ける上の魔方陣は、それに共鳴するかのように仄かに発光する。



そして…ミシェルは静かに魔法名を呟いた。



「【暗闇を貫く閃光ホーリーブラスト】」



次の瞬間…一瞬この岩山全体が眩い光に包まれた。思わず遠巻きに見ていたビリーは目を手で覆った。


目を凝らし、ミシェルの方へ目を向ければ…



上に展開された魔方陣から、恐ろしいほどに巨大な光線が天へ照射されていた。


巨大な光の柱は雲を突き抜け、どこまで続いているのかはわからないが、とりあえず肉眼では捉えられる限界はゆうに超えているだろう。



まるで天の裁き。そんな光景にビリーの口から恐怖なのか賞賛なのか、とりあえず言葉が零れた。



「なんだい…あれ……」



「光の究極魔法。ミシェルってば一撃必殺形がいいって言うから教えてみた」



ケタケタ笑い声を上げながらそう説明してくれる拓也。




彼女が自分と同い年。


目を見開いたビリーの脳裏にシンプルな言葉が浮かんだ。



強さが異次元過ぎる…と。




すると、十数秒の照射を終えた光線は、徐々に細くなり魔方陣と共に消滅した。



その光の柱の中に囚われていた数匹の竜たちは、最早原型は残らず、無残にも焦げ付いた一部の骨だけになってしまっていた。


ミシェルは重力に従って落下してくるそれらから逃げるように地をけって跳びあがってその場から離脱する。



すると拓也は未だ放心しているビリーに向かって、珍しく真剣な表情で口を開く。



「相変わらず恐ろしい…分かるか…ビリー」



「うん…やっぱりミシェルさんは凄いよ……究極魔法を使えるなんて…」



賞賛の言葉。最早、妬みなどの感情は一切沸かない。


ただただ凄いの一言に尽きる。それほどまでに次元が違うのだ。



「あぁ……何か粗相をやらかすと…アレが俺に向くんだ……」



「…そっちかよ」



それにしても、空気を読んで待っていてくれる炎竜(子)。彼はきっと良き社会人になるだろう。



拓也は律儀に待ってくれていた子竜に歩み寄ると、妙になれなれしく彼の鱗に触れ、苦笑いを浮かべた。



「まったく…参っちまうよな、ホント。毎回毎回魔法で焼かれて…俺は生肉かっての」



いきなり言葉の通じない子竜に語り始めた拓也。


意味不明な彼のそんな行動に首を傾げるビリーだったが…



「(いや…拓也君のことだし……もしかして本当に竜とコミュニケーションをとっているんじゃ…!?)」



彼なら…確かに長い間修行を積んでいる拓也だ。直接は戦闘に関係ないことも非常に多く習得している彼なら…可能性はある。


ビリーはゴクリと喉を鳴らし、未知の可能性が見出されるのを見守ることにした。



「でもな…普段ツンツンしてる代わりに…デレた時はもう可愛いのなんのッ!」



そして…拓也の頭部は見事に子竜の口の中に納まる。そう…子竜にとって彼は生肉でしかなかったのだ。


やはり無理だった…というかよく考えなくても人語で喋りかけて理解できるわけがない。



首筋には鋭利な牙が突き立てられ、食い千切ろうと噛み付いたまま振り回される拓也は、子竜のなされるがまま。


まるで人形のように扱われているそんな彼を助ける気はまったく起きないビリーはそれを遠巻きに見守る。



というか噛み付かれているのに首から血が一滴すら出ていない時点で、彼は確実に遊んでいるだけだ。



「【氷槍】」



すると、子竜…と拓也目掛けて降り注ぐ、2メートルはありそうな鋭い氷の槍。


回避不可能な速度で迫ったそれは、子供とは言え頑丈な竜の鱗を易々と貫き、ついでに拓也も易々と貫く。



「まったく…何やってるんですか」



その攻撃の主はもちろんミシェル。


まったく容赦の無い攻撃は、子竜を仕留めるのには十分すぎた。


まるで糸の切れた操り人形のように巨体を地面に沈める子竜。



その衝撃で拓也は子竜の噛み付きから開放された。



ちなみに拓也の方は当然ながら無事なので安心して欲しい。



すると氷の槍が突き刺さったまま拓也が口を開く。



「というかミシェル…これ討伐証明どうすんの……究極魔法で吹っ飛ばしたのは良いけど焦げ付いた骨しか残ってないぜ…」



「…あっ!」



「やっぱり考えてなかったか……」



立ち上がりながら突き刺さる氷を抜き、ミシェルが先程戦っていた場所を遠くを見るような仕草で眺めながらそう言った。


そこには地面に雑に転がる焦げた骨。本来優秀な素材になる竜の骨は最早見る影も無く、ただの動物の骨にしか見えない。


多分これでは討伐証明にはならないだろう。



ミシェルも今になってそれに気が付いたのか、口元を手で覆って小さく声を漏らし、しまった…という表情を浮かべた。



「…この子竜の鱗数枚でなんとか………」



「まぁ…ロリーに要交渉だな」



次の瞬間、彼の頭部にピンポイントで隕石が直撃したのは言うまでもないだろう。



・・・・・



「ん、証明?あぁ、ミシェルちゃんだし別に無くてもいいわよ」



「…え?」



ギルド『漆黒の終焉』。素っ頓狂な声を上げるミシェルにカウンターを挟んで書類処理を進める受付嬢リリーがそう口にした。


すると彼女は一旦書類からを離し、首を傾げているミシェルに笑いかける。



「用は信用の問題なの。ミシェルちゃんは十分に信用が有るから証明は無くても大丈夫。まぁあるに越したことはないけどね」



「は、はぁ…そうなんですか…」



「待てよ、なんで俺は討伐証明ちゃんと持ってくるのにたまに認められないの?一々死体全部運んでくるのって結構しんどいんだけど?」



「信用がないのよ」



「それ絶対私情はさんでるよね?」



二人が口論のようなものを始めたせいか、ビリーが若干オロオロし始めた。



しかし二人にとってこれは日常の一環であり、さしていがみ合っているとかそういうのではないのだ。


というか寧ろ、この二人が目に見えて仲が良い状態なんて想像することができない。



基本お互いに毒を吐きあいながら彼らはコミュニケーションを取り合うのである。





「はい、じゃあこれ報酬ね。それにしても流石ミシェルちゃんね。複数のドラゴン相手にこれだけ早くクエスト完了させるんだから。


もう”帝”になる日も近いんじゃない?」



「い、いえそんな!私なんてまだまだですよ!」



「アハハ~、相変わらず謙虚ね」




そんな会話を繰り広げるリリーとミシェル。拓也もいつの間にか現れたギルドマスターのロイドとなにやら話している。


すると、そのロイドが二人の会話に割り込んだ。



「ミシェル君、少しいいかい?」



「え、はい。大丈夫です」



「じゃあちょっと裏に来てくれるかな?拓也君がやってもらいたい事があるみたいだから」



「分かりました」



ロイドの口から拓也の名が出たことでミシェルは彼に視線を送る。


彼女の瞳に映るのは、いつも通りニヤけたような呑気な表情の彼。


一体何を考えているのかが読めないが、常識人であるロイドを介して伝えられたということは、別に怪しくは無いだろう。


そう判断したミシェルはカウンターと裏とホールを繋ぐドアを開けた。



そして彼女の後を追い、拓也も裏へ行ってしまった。



取り残されるビリーとリリー。



「ビリー君…だっけ?」



「は、はい!!」



するとリリーのほうからビリーに話しかけた。


先程と以前の喫茶店での拓也と彼女とのやり取りで付いたリリー印象のせいで、思わず声が上擦ってしまうビリー。


ちなみにその印象とは、言わずもがな『怖い』である。



ビクビク小刻みに震え、緊張でなんともいえない表情が顔に浮かぶビリー。



「セリーのお友達よね?この間も喫茶店のお手伝いに来てくれてた」



「あ……あぁ…はい」



しかし彼の予想と反して、温厚に微笑むリリー。


拓也と話している時の怖い表情とはまったく別物のその表情と声色に、ビリーは意外そうに小首を傾げながらもそう返した。




「あの子…自己主張とか少ないけど、良い子なのよ。これからも仲良くしてあげてね」



「ぼ、僕の方こそよろしくお願いします!!」



緊張して声を張り上げるビリーを面白そうに眺めるリリー。


するとそこへ裏からロイドと拓也、そしてミシェルが戻ってきた。


何故かミシェルの顔は強張っている。ビリーはそのことに気が付かなかったが、付き合いの長いリリーは気が付き、彼女に直接尋ねることはせず、近くにいた拓也に小さく問いかける。



「ちょっと…ミシェルちゃんどうしたの?アンタの仕業?」



「何でも俺のせいにすんな」



そしてまた無意味な口論が始まろうとした時だった。



「いやぁ驚いた。確かに成長によって魔力量は増加するけど…まさか1000万を突破しているとはね」



ロイドの口から放たれる驚愕の事実。リリーは拓也を罵倒するのも忘れ、驚愕に目を見開いてミシェルへ視線をやった。


彼女がSSSランクで異様に強いのはリリーも知っている。しかし…それだけ強大な魔力量を目の前の可愛らしい少女が秘めているなんて…。



すると拓也がケタケタと笑いながらミシェルに向かって口を開く。



「よかったなミシェル。まぁまだ成長するだろうから…リリーの言う通り、ホントに近い内に一緒に働くことになりそうだな。


『光帝』はもういるから…命名するならば『魔帝』…辺りが妥当か」



「…まさか……でも拓也さんなんで私の魔力量が上がってるなんて分かったんですか?


…自分でも気が付いていなかったのに……」



「あぁ、最近なんとなく気が付いてたんだけど…今日ので確信した。


ミシェルがさっき使った光の究極魔法は魔力量が最低でも400万は必要なんだよ」



「…待ってください……この魔法教えてくれたのって一年生の冬でしたよね?そのころの私の魔力量は250万くらいだったと思うんですけど……」



「は…ハハッ!み、ミシェルならきっと魔力量が増えるって、拓也さん確信してたんだッ!!」



バツの悪そうな顔で一瞬視線を外した後、ぎこちない笑顔を作ってミシェルの肩を叩きながらそう発言する拓也。


ミシェルはそんな彼をジトッとした目で見つめながら、魔力量について考えていなかったのだろうと結論付け、呆れたように溜息をついた。




そして…毎日あれだけ鍛錬しても、自分のように魔力量が増えないビリーに申し訳なく思ったのか、彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべると小さく呟いた。



「それにしても…こんな短期間で随分と跳ね上がりましたね…まさか1250万まで増えているなんて……なんだか…申し訳ないです」



すると拓也は暗い表情の彼女を元気付けるように微笑みかけた。



「まぁ…それは確かに先天的なモノもあるだろうが、何より普段の鍛錬の賜物だ。誇っていいと思うぞ」



いつも自分のことを見ていてくれる彼から送られたそんな嬉しい言葉。


妙に説得力のあるその言葉に、ミシェルは笑顔を取り戻して彼に笑いかけた。



「…はい、そうですね」



「…あぁ、そうそうビリー。結局お前今日ドラゴン一体も倒してないから修行は五割り増しな」



「えぇ!?」






・・・・・




翌日…



「え~であるからしてー…ここはこの公式を~」



学園の3時間目、数学の時間。



前いた世界より科学の発達していないこの世界での理系分野はちょろい。


拓也はボンヤリと黒板を眺めて欠伸をしながらノートにペンを走らせていた。



ー…結局のところ公式ゲーかよ……-



前いた世界でも同じような授業内容だったなー的なことを考え、ペンを走らせていたノートに視線を落とす。


描いていたのは新しい魔法。


属性は光。複数の目標を一度に攻撃するレーザー系統の魔法の『精霊語』と消費魔力量などが事細やかに記されていた。



ー…消費魔力量700万…あー…ダメだ。これじゃあ魔力半分以上消費しちゃって使い所が難しいか………最大捕捉数を一万から千に減らして…出力も少し落とし…


…でもミシェルって地味に威力重視のところあるし……やっぱりレーザーの出力は落とさずにそのままで行こう…ー



授業の片手間に、ミシェルの為の究極魔法を新たに製作していたのだ。


多分こんな学生が容易く究極魔法を製作していることを魔法学者たちが知れば、恐らく辞職した後二度と魔法に携わらないだろう。




おまけに学園での成績も常に学年4位と良好なのが非常に腹立たしい。


というか彼がテストを本気で受ければ、首席になるくらい余裕なのだが…彼は目立つのは嫌だからという理由でそれをしないのだ。





いまいちしっくりこないノートの上の魔法。


拓也は小さく一息吐いて周りを見回してみた。



「zzz…」



真っ先に目に入るのは、広げたノートに突っ伏して爆睡するジェシカ。


辛うじて涎こそ垂らしていないが、その格好と無邪気で幸せそうな表情は、とても年頃の女の子のモノではなかった。



彼女以外のいつもの面々は普通に授業を受けていて、これといって面白そうなことを期待できない。



「…次は水の魔法作ろう……」



独りでにそう小さく呟き、もう一度ノートの方へ視線を落とした。


光の魔法を描いていたページを捲り、新たな白紙のページ広げたその時…


静かに…しかし、教室中の皆が気がつく程度の物音を立てて、教室と廊下を隔てるドアが開いた。



「授業中失礼するよ、鬼灯拓也君はいるかい?」



そこから現れたのは、エルサイド国立学園の学園長。


すると拓也を発見した彼は、教科担任の教師に『ちょっと彼に用事があるので…』

と発言し、手招きをして拓也にこちらへ来るように促した。



拓也は大人しく彼に従い腰を上げて廊下へ向かった。



ドアを閉め、教室内にいた時より小さく聞こえる教科担任の声。



「王からの緊急連絡だ。王国領土内の湿地帯で…オーバーランクモンスター『ヒュドラ』の目撃情報があった。


現在召集できるのは水帝と地帝のみ。他の帝は諸事情で出払っているらしい…」



オーバーランク…帝やそれに順ずる実力者たちが複数で取り掛かる程の事態。


ぶっちゃけ”帝”なら、結構頑張れば一人でも行けなくはないが…あの王様のことだ…きっと依頼のA~オーバーまでのランク付けも少しだけだろうが大げさにしているのだろう。


しかし…あの化け物たちでも、確かに危険なことに変わりは無い。




「もちろん私も向かいます。ですが…戦力不足ならば、私に考えがあります」



拓也は表情を引き締めながらも、あることを咄嗟に思いつき、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。




・・・・・



十数分後…王城の一室、円卓の会議室。



いつもなら席が全部埋まるはずのこの部屋だが…今日は諸事情により五席しか埋まっていない。


まずはエルサイド国国王。続いて皆大好き!帝唯一の良心の水帝…ルミネシア。


その隣で緊張感の欠片も無く、美味しそうにプリンを頬張る地帝…シェリル。



言わずと知れた王国最強、剣帝…拓也。




そして………



「な、なんで…なんで私が…こんなところに……」



美しい銀髪に、陶器のような白い肌。



五人目の”彼女”は周りの面子の凄まじさに怯え、生まれたての小鹿よろしく小刻みにカタカタと震えていた。



拓也以外の周りの面々も、この場に彼女がいることに少々動揺しているようで、チラチラと彼女に視線を送るが…


その度に彼女が怯えたように竦み上がってしまい、中々声を掻ける事が出来ないでいた。



すると拓也が爽やかな(大嘘)スマイルを顔に貼り付け、隣に腰掛ける彼女の肩にポンと手を置く。


彼女はヘラヘラとした態度の彼を、まるでサファイアのような蒼く綺麗な瞳で少しだけ睨みつけた。



「なんでって…面白そうだからに決まってるじゃないか。それ以外に何がある?」



「…どうして…こんなことに……」



五人目の彼女…ミシェルは、また彼の意味不明な行動に付き合わされるのか…と深く溜息を吐いて、周りの国王と帝に軽く頭を下げる。



「このバカが…本当にすみません。私は学園に戻ります」



そして席から立ち上がりもう一度頭を下げ、会議室を後にしようとドアへ歩を進めると、国王が背を向けて帰ろうとする彼女に声をかけた。



「まぁまぁそう言わずに。剣帝のことだし何か考えがあるんだろう?」



そう話を運び、拓也の方へ振った。



一同の視線が彼に集まる。すると拓也は鼻で笑うようにウザったく息を吐く。



「面白そうだと思ったの………ってのは冗談冗談」



再び冗談を口にしたせいか、ジト目で見つめてきたミシェルはドアノブに手を掛け、早々にこの場から離脱しようとした。


それを見て拓也は慌ててそう付け加え、何とか彼女を踏みとどまらせることに成功する。



「帝が現在俺を含め3人しかいない。相手はオーバーランクモンスター『ヒュドラ』確かに戦力不足は否めないかも知れん。


それならミシェルを連れて行って損は無い。


コイツは…魔力量は1000万越えだし、光の究極魔法を使える。



そして何より……この俺の弟子一号だからな」



ニヤリと笑みを浮かべながらそう発言した拓也。一同は、最後の一言はとりあえず無視し思考を巡らせ、彼らのうちの一人の水帝が、拓也ではなくミシェルに話しかけた。



「なるほど…確かに究極魔法を扱う技量…魔力量も十分。


でも肝心のミシェルちゃんはどうなのさ?


相手はかなり手強いよ、私たちでもサシでやったら勝率は6~7割位だろうね」



それでもミシェルは思わず戦慄した。天災と称される凶悪な魔物と一対一でやりあって、勝率が5割を突破するなど…しかもその口調とこの状況から考えて、その発言は虚言ではないことはいとも簡単に理解できた。



「わ、私は………」



考え込むように目を伏せる。



もし付いて行ったら、自分は彼女たちの邪魔になってしまうのではないだろうか?


そんな考えが頭の中を埋め尽くし、返答を遅らせる。


しかし、こんな機会は滅多に無い。そもそもオーバーランクモンスターの討伐など滅多にできることではないだろう。



そして彼女なりに深く考え抜いた結果…



「…皆さんのお邪魔でなければ……是非…ご一緒させてもらいたいです」



やはり自分の内に秘めた闘争心は抑え切れなかった。


拓也も大方予想通りなのか、ニヤリと含みのある笑みを浮かべて、水帝と地帝と国王を一瞥する。



すると彼女らはやれやれと…しかし楽しそうに一息ついて椅子から立ち上がった。



「剣帝が大丈夫と判断して連れて来たんだ、それなら私たちは信じるよ」



「さっすが水帝の姉御ぉ!話が分かるぅぅ!!」



「というかぶっちゃけ剣帝いるし命の危険は無いでしょ!」



「クックック…女の子たちに信頼される俺……あ、でも一人年増いるじゃん」



「窒息したいのかい?」



げらげらと笑い声を上げる拓也。しかし次の瞬間彼の頭はリリーが行うそれより素早く水に覆われた。



「(賑やかな職場ですね…)」



心の中でポツリと独りでにそう零したミシェルは、水の中で白目を剥く拓也は視界から外しながらニコリと控え気味に微笑むのだった。



・・・・・



場所は移り、目的の湿地帯。


魔力を消費しないようにという理由で拓也の空間魔法で一種に飛んできた一行は、まずいやらしくぬかるんだ足元に視線をやった。


おまけに空は曇り、霧のようなものが立ち込めて視界もあまり宜しくない。



すると…まず声を上げたのは地帝だった。



「えぇ!?何これぬかるんでるじゃん!!私地帝だから土魔法が得意なのにこれじゃあ効果減だよ!!


…っていうか今回の仕事ってもしかしてここ!?」



自重で地面に沈み始める足。


地帝はそう叫び、必死に悶えながらとりあえず足が沈まない程度の固さの地面まで避難した。



水帝はいつもながらに個性の塊のようなメンバーに、呆れたように溜息を吐く。



「ハァ…やっぱり王の話し聞いていなかったね……」



でもまぁしかし…他の帝たちがいないだけマシか………。


最早仕事の内容より、メンバーを統率するほうが大変だと思い始めた水帝である。



「コイツプリン頬張ってたじゃん。そりゃ聞いてないでしょー」



「だ、だって…プリン……おいしいんだもん…」



「あー分かる。ちなみに王都の中だと…エルサイド通りあるじゃん?

あそこに店構えてる…」



「あっ!知ってる知ってる!!あのちょっと目立ちにくい所にあるお店だよね!!」



「へぇ…結構なマニアしか知らない店……あぁそっか、地帝はマニアだもんな」



「えっへん!」



「お願いだから…お願いだから仕事前に疲れさせないでくれ」



早くも暴走を始めようとする剣帝と地帝。水帝は左手で額に手をやりながら右手を前に突き出して制して、懇願するようにそう発言した。


そしてミシェルは、今からオーバーランクモンスターと戦うというのに、緊張感のまったく無い二人を眺めながら思う…。



果たして…色々と大丈夫なのだろうか?…と。





「…またまた~そんなこと言っちゃって!でも安心して!今度の定例会のときに差し入れに持ってくるから!!」


「じゃあ俺は光帝にクラッシュする用のシュークリームを持って行こう」


「だからお前ら少しは緊張感を持てよッ!!」


悲痛な水帝の叫びもこの二人には届かない。しかし先程も言ったが、これに他の帝…主に炎帝と雷帝が追加されていないだけ本当にマシである。


そして彼らがそんなやり取りを繰り広げている頃…ミシェルは彼らの背後に悠然と聳え立つあるモノを凝視していた。


「あ、あの…皆さん…後ろ……」


それは9つの太く長い首を持ち、まるで大岩のような胴体から伸びる比較的短い四肢がぬかるんだ地面をしっかりと捉える。


身の危険を感じたミシェルは一足先に身体強化を施して飛び上がり、風魔法を発動させて滞空し、”それ”をよく観察してみた。


9つの首の先には蛇の頭。チロチロと出し入れされる先が二つに割れた舌、金とも取れる様な色の丸い瞳の中央には縦に鋭く割れた虹彩は、明らかに眼前の帝たちを獲物として見据えていた。



すると流石に彼らも背後に迫った化け物に気がついたのか、ほぼノーモーションでミシェルと同じ高さまで飛び上がる。


「でさぁ!この前ちょっと遠出してスイーツ巡りしてきたんだけど……」


ただ一人…地帝を除いて…。


既にヒュドラのほうは臨戦態勢のようで、先程から『シャァァ…』と威嚇するように鳴いている。しかしアホの子は気が付かない


そして次の瞬間、9つの首の内の一つから強力な火炎が放たれた



「あ…あの…地帝さん…直撃してませんか?」



心配そうに声を漏らすミシェル


しかし…彼女の同僚の帝二人は、揃ってフードの下の口元を吊り上げた。


彼らが何故そのような表情を浮かべたのかミシェルはよく分からなかったが、とりあえず火炎が収まったので、地帝の安否を確認するために慌てて地面の方へ視線を落とし、目を凝らした



「……なんて威力…」



火炎で焼かれた地面。先程のような湿り気は一切なく、まるで旱魃したかのように若干ひび割れている


そして地面に地帝の姿はなく、代わりに彼女が立っていた場所に、縦長の乾燥した土のドームが立っているだけ


周りを見回しても上空にも逃げていないようだ。それならば地帝は一体どこへ逃げたのだろう…まさか今ので…


ミシェルは息を呑んで思考を巡らす。



そんな時、不自然に立っていた土のドームにヒビが走った。


それをミシェルの隣で余裕そうに眺める水帝は、隣のミシェルに笑いかける。



「アイツも帝、そう簡単にはくたばらないよ」



そして次の瞬間…土のドームの一部がレンガを砕くような鈍い音と共に内側から”砕かれた”。


すると、人一人が少し背を曲げれば出られそうかというほどの大きさに砕かれた穴の縁を中から出現した手ががっしりと掴み…彼女は這い出した。



「ハァ…せっかちな男は女の子に嫌われちゃうぞ?」



「地帝、そいつメスだぞ」



「うっそ、マジで?」



当然のように生きていた地帝は拓也の指摘にそう返す。


水帝はまた始まった…と呆れたように額に手をやって頭痛と格闘。その隣でミシェルは驚愕に目を見開いていた。



「(…炎に呑まれる瞬間にあれだけの防御壁を……)」



それも地帝にとっては不利な、土という言うより泥と言ったほうが近い地面を操って。


おまけに相手が使用した炎によって泥の水分を飛ばし、二次の攻撃に備えて強固な防御壁としても利用した。



ただ魔法の技量だけではなく、頭まで使っていることに、ミシェルは心の中で素直に彼女を賞賛する。



「シャァァ…」



自分の攻撃に耐えた目の前の小さき者。ヒュドラは彼女を力を持った”敵”として警戒しているのか、先程よりも低く鳴く。



「ほら、間違えたから怒ってんじゃん」



「あちゃー」



そして緊張感の無い剣帝と地帝。最早水帝の胃は限界に達していることに彼らは気が付いていない。



するとヒュドラは隙が出来たとでも思ったのか、もう一度地帝に向けて火炎を吐いた。


先程よりも出力の高い炎は、まだ触れていない地面の水気すら気化させ、彼女を焼き払わんと唸りを上げて迫る。



「流石に二度も当たってあげる程私は優しくないよ~」



しかし地帝はそれを地を蹴り空へ飛び上がることで容易に回避。


だがヒュドラの狙いはそれだったのか、すぐさま火を吐くのを止めると、その大きな口を開いて空の彼女に向かって9つの首の内の2つで仕留めに掛かった。



ターゲットとなった地帝。彼女の手には、いつの間に取り出したのか魔武器と思われる大鎌が握られている。






すると彼女は巧みに大鎌を操り、迫る鋭い牙を持つ二つの頭を見据えてニヤリと笑みを浮かべて呟いた。



「アハハ~!単調だ…ねぇ!!」



その発言と同時に先に突っ込んできた頭の脳天に大鎌を振り下ろす。


飛び散る毒々しい色の血液。



「ギィアァァッ!!!」



耳を劈くほどのヒュドラの悲鳴が湿地に木霊した。


しかし地帝の攻撃はまだ終わらない。


彼女はすぐさま突き刺した頭を蹴り飛ばし大鎌を引き抜くと、迫るもう一つの頭の攻撃を紙一重でかわし、すり抜けざまに首の横から垂直方向に大鎌を薙いだ。



「お~!スパッと行けちゃったね!」



クルクルと宙を舞う蛇の頭…これで一本。


鮮やかなまでに切り裂かれた傷口からは、黒っぽい色の血が気味悪く溢れ出す。



「まだまだ行っちゃうよ!」



彼女はまだ攻撃するつもりなのか、今の今まで頭の生えていた首を足場に軽快に飛び跳ねながら、攻撃を繰り出して来たもう一本の首の根元まで駆け、同じように垂直方向に大鎌を薙いだ。


今度は根元から失われる首。これで残りは後7本。



すると、流石にこれ以上超接近の状態で戦うのはマズイと判断した彼女は、首を足場に使いながら拓也たちが滞空する下の地面まで一度引いた。



「どーよ!思ったより鈍いよアイツ!」



エンカウントして十数秒のやり取りの中で、相手の部位を二つも破壊する。確かに素晴らしい働きだ。


だが水帝は呆れたように溜息を吐き、拓也はケタケタと笑い声を上げている。



「あんた本当に話し聞いてなかったのね…」



「な、なに!?何でそんな反応が冷たいの!?」



水帝のそんな反応に、怒ったように食いつく地帝。


するとそんな時だった。



「キシャアアアアッ!!!」



またもや耳を劈くような叫び声。


地帝と水帝は会話を中断し、ヒュドラの方へ注意を戻した。


思わず目を疑う地帝。見間違いかと思い目を擦ってみるが…やはり間違いではない。



「何あれ、気持ち悪いんだけど」



先程切断したはずの断面が、不気味に蠢いているのだ。


すると疑問に首を傾げる地帝に拓也が解説のため口を開く。



「ヒュドラは異常なまでの再生力が最も厄介。例えば…今お前がぶった斬ったあの首も…」



そして次の瞬間、断面から水柱が立つように勢いよくナニカが伸びた。



「奴が意識してなくても十数秒で再生する」




先程よりも元気よくうねる、新しく生えた首。


拓也は相変わらずケタケタと楽しそうに笑いながら彼女の隣に降り立ち、からかう様に指摘した。



「それに…お前が切り落とした首には元から少し傷があったんだけど……再生したことでそれも完治しちゃったな」


彼の言う通り、再生した首には暗い鼠色の鱗がビッシリと隙間無く張り付いており、その全てが真新しい。


地帝は引き攣った表情でギギギ…という擬音が聞こえそうな動きで顔を拓也に向けて、冷や汗を流し精一杯の笑顔を浮かべて口を開いた。



「や…やっちゃった!」



「シャァァッ!!!」




そしてすぐさま追撃が迫る。狙いは地帝。


素早く地を這うようにして迫るヒュドラの頭、数は4つ。標的となった彼女は一度戦術を練り直すため、バックステップをしようと地面を蹴ろうと力を込めたとき……



「【氷槍】」



空から凄まじい勢いで鋭い氷の槍が数本降り注いだ。



狙い済まされたその攻撃は、地帝へと迫っていたヒュドラの首の脳天を的確に捉え地面に深く突き刺さる。


死角からのいきなりのその攻撃にヒュドラは激痛から悲鳴を上げるが、その悲鳴などまるで意に介さず、今度は大量の氷の槍が雨のように降り注いだ。



「とりあえず動きはこれで封じれましたね……で、拓也さん。どうすれば倒せるんですか?」



容赦ない攻撃をしてくれたのはもちろんミシェル。



彼女のその攻撃のおかげで、ヒュドラは現在、全身に氷の槍が突き刺さり地面に固定され、昆虫の標本のようになっている。


魔力を練り始めてから魔方陣展開、発動まで速さ。そして狙った場所を正確に射抜く正確無比な技術に、流石の帝たちも目を見開いて驚愕していた。



すると水帝は思い出したように声を荒げる。



「ちょ、ちょっと!氷!?そんな魔法見たこと無いよ!!?」



確かに知っていなくても無理は無い。この魔法は拓也がこの世界に来てから編み出した水属性の派生魔法なのだから。


未知の魔法を目の前にしてそわそわする水帝。拓也は自身の上空に停滞する彼女に向かって笑いかけた。



「あぁ、そう言えばミシェルとリリーにしか教えてなかったな。水属性が使えれるなら使えるから…よければ今度教えるよ、




ミシェルが」



「わ、私がですか!?」





すると水帝は隣のミシェルの手を力強く握り締め、フードの下の目を輝かせた。



「是非お願いするよ!!」



「は、はい…」



彼女のその熱意に根負けしたミシェルは流されるようにそう口にし、ようやく拘束から開放される。


すると彼女たちがそうこうしている間に、地面が湿って緩かったのもあってヒュドラも氷の拘束から逃れていた。


氷の槍のおかげで穴だらけになっていた場所も当然のように回復している。



「ありゃー、本当に再生速いねー」



「まぁそれが取り得の魔物だしね。んでどうやって倒すかだけど…」



そう言い残し駆け出す拓也。ヒュドラも自身に向かってくる彼に狙いを定め二本の首を向かわせ、もう二本首の先端の頭で雷と炎の魔法を充填し、目の前の彼に狙いを定める。



「高威力の魔法で消し飛ばしちゃえればそれでいいんだけど…それじゃ面白くないし…」



駆けながら向かってくる首のうち一本を横へ蹴り飛ばし、もう一本の脳天に両手で逆手に持った剣を突き立てる。


白銀の刃が深々と突き刺さった傷口からは毒々しい色の血がドロリと流れる。しかしヒュドラにとってそこまでは予想通りだったのか、首の先端の脳天で動きを止めた拓也向けて充填していた魔法を放つ。



凄まじい速さで迫る一筋の雷と、その後を追うように迫る真紅の炎。



しかし…



「でも折角首をぶった斬ってもすぐ再生しちゃう。それなら…」



拓也はすぐさま剣を引き抜いて余裕綽々に解説しながら、更にその頭を足場にして跳躍した。


彼を狙ってヒュドラが放った魔法は、悲しいことに自分の頭に直撃。


高出力の雷と炎はいとも容易く頭を消し飛ばす。



そして拓也はその隙に、最初に蹴り飛ばした首の根元で剣を半円に振るっていた。


根元から切断された首は重力に従ってぬかるんだ地面へ落ちる。



だが拓也の攻撃はここでは終わらない。



剣を持たない左の手に火属性の魔方陣を展開し、そこそこの高火力でヒュドラの首の切断面を…焼いた。



「キャシャアアアアァァッ!!!」



肉が焼かれる痛みからか、湿地全体に響く大絶叫。



拓也はすぐさま体を捻り、渾身の蹴りをヒュドラの胴体部分に打ち込み遥か横方向へ弾き飛ばすと、自身もバックステップを踏んでミシェルたちの方へ戻ってきた。




彼の着地と同時に、遥か遠くでバウンドするヒュドラは地面を抉りながらようやく停止する。



「…もうあんた一人で十分なんじゃないのかい………」



「まぁまぁ、そうつれない事言わずに。ほら、よく見てみ」


この場にいる全員が水帝と同じ意見だったが、彼にそう言われ視線をぶっ飛んで行ったヒュドラの方へ向けた。


彼女らの視線の先にはもう起き上がった怪物の姿。自分の魔法で吹き飛ばした頭部は既に再生し、拓也の蹴りで陥没した胴体も感知している。


しかし…一部だけ再生できていない部分があった。



それに一早く気が付いたミシェルが、水帝と共に拓也の隣に降り立ちながら呟く。



「焼いた切断面が…再生していない」



「あぁ、まず接近するには首が厄介。それなら十数秒で再生する首を全部切り落として…焼く。そうすれば流石のヤツでも再生まで数分掛かる。


そしてヤツの弱点は胴体の何処かにある心臓だ。首を封じているうちにココを潰す。


だが…個体差があるからこればかりはどこにあるとは言い切れない」




少しだけ真面目な顔でそう解説した拓也。隣からミシェルが『どうせ何処にあるのか知っているのだろう…』というジトッとした視線を送ってきていたが、彼は彼女とは逆の方向へ顔を逸らすことで辛くもそれを回避した。



「なるほど…残念だけど私は火属性は扱えないよ?あのアル中はこんなときに限って居ないし…」



深く溜息を付きながら同僚の赤ローブの豪快に笑うさまを思い出し鋭い胃痛に襲われた水帝。


すると水帝のその発言に、拓也がニヤリと笑みを浮かべると、隣の彼女の背中をポンと叩き、水帝にミシェルの姿が見えるようにすると、何故か渾身のドヤ顔で口を開く。



「おいおい…なんでミシェルを連れてきたと思ってるんだ?


コイツはヒュドラと同等……いや…ヒュドラ以上の再生力を持つ俺を小一時間行動不能に陥らせるほどの火力を出せる。


おまけに超正確だからホント厄介、マジ勘弁。ただリビングでパンツ被ってただけなのになんでそんな仕打ちを受けなきゃならんの?」



「途中からただの愚痴に変わってますよ、それと発言が普通に気持ち悪いので止めてください。気色悪いです」



「言い直すな。というかお前らなんだその目は」



「いやアンタ…流石にそれはキモイよ」



「剣帝キモーイ」



そして…拓也に味方など居なかった。




すると水帝が動いた。



「じゃあ私首を落とすことに集中する。その間に…ミシェルちゃん、断面を焼いてくれるかい?」



「分かりました」



「よし!地帝、アンタは何とかして動きを止める方法を考えておいて頂戴」



「無茶言うね~。分かったよ~」



流石は帝唯一の良心。的確に指示を飛ばすと自身もヒュドラに手をかざし魔力を練り上げる。


そして拓也は考えていた。



ー…何故俺が作戦の頭数に入っていないんだ…-



何故自分だけハブられているのか…そして何故誰もそれに違和感を覚えていないのか…。



しかし彼のそんな思考を遮るように、水帝の魔法が炸裂した。




「【ウォーターカッター】」



ヒュドラの斜め上の上空に展開された水の魔方陣。


そこから地をなぎ払うように放たれたのはごく細い水の刃は、残った首の8本の内、6本をまるで豆腐でも切るように容易に切断してしまった。



「【数多を撃つブランチングブラスト)】」



間隙空けず放たれるミシェルの光魔法。枝分かれ(ブランチング)の言葉の如く、一本だけ放たれたレーザーは6つもの光線に分裂し、それぞれがヒュドラの首の断面を狙う。


…が、ヒュドラは既に対抗策を打っていた。



首の内の一つが水属性の魔法を操り、前方に霧を噴出していたのだ。



光速の光の攻撃も、直進性を失えば攻撃力は殆ど削がれてしまう。



故にミシェルの攻撃は、断面を焼くには至らなかった。




「…あの怪物、頭も切れるんだね…ホント鬱陶しいよ。


ごめんよミシェルちゃん、次は全部の首を落とすから」



「わ、私こそすみません!次は必ず!!」



そうこう会話しているうちに再生するヒュドラの首。


水帝とミシェルは会話をやめて、まだ比較的遠くで敵意を剥き出しにするヒュドラを見据えた。





水帝はもう一度魔力を練り上げ、もう一度ヒュドラの斜め上空に水の魔方陣を展開。


そして放たれる水の刃だが…しかしヤツもバカではないようで今度はかわされてしまった。


低く舌打ちを漏らす水帝。するとヤツはそんな彼女を目掛けて、お返しのつもりなのか4つの首から大量の水弾を発射する。



が、水帝はすぐに水の障壁を無詠唱で組み上げその攻撃を無力化すると、背後の地帝に声を掻けた。



「どうやらお頭もそんなに悪くないみたいだ。地帝、そろそろかい?」



「むっふふ~!もう準備完了だよ!!」



何の準備をしていたのだろうか?ミシェルは首を傾げるが、今はその内容を聞いている暇は無い。


とりあえず視線だけ背後の彼女に向けて…ミシェルは少々目を見開き、彼女の行動に目を疑った。


なんと地帝は、足場が悪いから土属性の魔法は威力が落ちるといっていたのにもかかわらず、手に土属性の魔方陣を展開しているのである。



すると水帝はミシェルの心の中でも読んだのか、ニコリと隣の彼女に笑いかけた。



「大丈夫だよ、アイツも帝。それも土属性を最も得意とする地帝だよ」



目を無って集中している地帝。どうやらかなり高度なことをしているようで、ブツブツと小声で詠唱しておりとても声を掛けられる状況ではない。



少しだが彼女と接してみて、ミシェルが彼女に抱いた印象は…地帝という人間はジェシカに近いような人物だと。


しかし今の彼女は、自分の親友とは似ても似つかない。





「動きは地帝が止める。首は私が落とすよ。ミシェルちゃんは断面を焼く準備をしててくれる?」



『止める』…断言する言い方。



きっと彼女たちの間には、固く揺ぎ無い信頼が結ばれているのだろう。


そして多分それは彼女たちだけではなく…帝全員。




一人一人ですらとんでもない戦闘力を有する彼ら帝…ミシェルは思う。


その彼らがお互いの命を預けられる程に仲間を信頼しているが故に…彼らは、一国を落せるとまで言われる程に強いのだと。



そう思うと同時に強く抱く…自分も彼らのようになりたいという”憧れ”。



ミシェルは自分の中の昂る衝動を抑えつつ、珍しく爛々と輝かせた視線を水帝に向けると、少しだけ口角を吊り上げた。



「分かりました。それと…一つ試してみたいことがあるんですけど……いいですか?」



「…へぇ…”ビジョン”は持ってるかい?」



「もちろんあります。もし失敗しても…ちゃんとカバーしてもらえるって信じてますから」



「ハハハ!言ってくれるね。よし分かった!やってみな!!」



彼女のその蒼い瞳から何を読み取ったのか、水帝はそう許可を出すと、自身はまた無詠唱でヒュドラの近くに魔方陣を展開する。



「さぁ、これなら避けられないだろう?」



しかし…今度は一つだけではない。10…いや、目視できるだけで50もの魔方陣。


一瞬、その数の多さと展開の速さに驚愕したミシェルだったが、今自分のするべきことを考え、軽く空に飛び上がり、詠唱を開始した。



「じゃあ次は私だね」



すると、背後に控えていた地帝は既に詠唱を終わらせたようだ。それを察した水帝はバックステップを踏んで彼女の後ろに飛ぶ。



「【憤激の大地マザーオブフューリー)



魔法名を唱えた地帝。それから少しの間隔を空けて地面が静かに揺れだした。


徐々に強まるその揺れは、途中から立っているのも困難な程強力になり、地面に足を付いていた水帝は風魔法を発動させ、軽く宙に浮くことで対処する。



そして最早岩山すら崩壊を起こす程に揺れが強まったその刹那…




「いや~、かなり深いとこから”持ってきた”から時間掛かっちゃった!」



直径1メートル程で固く頑丈な岩で作られた無数の鋭い槍が、凄まじい勢いで地面から飛び出した。



「ッ!?」



初弾、次弾は音と気配で辛うじて回避したヒュドラ。回避に全神経を集中しているのか、首の再生は遅れているようにも見える。


とりあえず二発は回避したヒュドラだが、それはただ地帝の思い通りの場所に追い込まれたに過ぎない。


その証拠に、奴がバックステップを二度踏んだ位置には既に四方八方から岩の槍が唸りを上げて襲い掛かり、遂に胴を穴あきチーズのように貫いた。



「まだまだ~!」



更に地面から突き出した岩の槍は容赦なくヒュドラの体を貫通し、身動ぎ一つ出来ないほどにガチガチに拘束してしまう。


これで水帝と地帝のするべき作業は終了。



彼女らは、先ほど何か考えがあると発言し、後方へ控えたミシェルの方を振り向くと…



「『求めるは…暁闇を照らす悠久なる光』」



思わず絶句した。



ミシェルの背後に展開される、大小二重の巨大な魔方陣。小さいといってもその大きさは半径10メートルはあり、その前方に展開される大きい方に至っては彼女らの目測でも確実に50メートルはあった。



二人はその強大且つ神秘的とも言えるような光景を目の当たりにして、目を見開き驚愕するだけで言葉が出ない。


すると、それまで空気と化していた拓也が。まるで自分のことのように嬉しそうに語りだした。



「どうだ、凄いだろ?



ミシェルは教えれば教えるだけ…いや、勝手に応用とかも出来ちゃうくらい頭も良くて、且つ魔法のセンスも群を抜いてるんだ。


俺が長い時間掛けて身に付けた技術も…ミシェルに掛かればあっと言う間。


なんだかもう…嬉しいやら悔しいやらでさぁ……」




苦笑いで締め括り、そんな彼女の方を見上げる。



そして…次の瞬間、彼女の放つ必殺の一撃は、槍のように隆起した地面ごと前方にあるもの全てを焼き払った。



「【暗闇を照らす閃光ホーリーブラスト)】」





・・・・・



時間は流れ、王城の広い廊下。




「いや~驚いちゃったよ!まさか動きを止めてた岩ごと消し飛ばすなんてさ!!」



「そ、そんな!凄くなんて……」



「謙遜すること無いよ、私たちでも苦戦するような相手をたった一撃で倒しちまったんだ。もっと胸張りな!」



恥ずかしそうに頬を赤らめるミシェルの両脇で、彼女の働きを称える地帝と水帝。


と、その後ろをトボトボと歩く剣帝。



恐らく彼女の必殺の一撃をもってしても、心臓さえ残れば再生するほどに強力な生命力を持つヒュドラが相手では止めまでは至らないと踏んで、最後の一撃をカッコ良く決めようと思っていた彼だったが…残念なことに予想は大外れ。


昨日のドラゴンに撃った時より魔力を多く込めたのか、放たれた閃光はヒュドラどころか岩すら焼き落してしまい、現在彼はこうして肩身の狭い思いをしている。



「もう本当に私たちと一緒に働かないかい?ミシェルちゃんなら大歓迎さ!」



「い、いえそんな…私なんてまだまだで…!」



「アッハハ!じゃあミシェルちゃん光属性が得意みたいだから今の光帝はリストラだね!!」



そして関係の無いはずの光帝にまで火の粉が降りかかるが、幸い本人はこの場にはいないので問題は無いだろう。


それにしても現在時刻は大体12時30分。とんでもない速さでオーバーランクモンスターを討伐したものである。


王の執務室に到着した一同。水帝がドアをノックすると、中から聞きなれた声で入室の許可が下りた。



「やぁ、やっぱり速かったね。ん、皆ちゃんと無事みたいで良かった」



「討伐は完了、戦闘で荒れた地形は地帝が元に戻しました。こちらの損害はゼロです」



「相変わらず水帝は固いなぁ…。お疲れ様、本当に助かったよ!」



「ヒュドラ?ってめっちゃ気持ち悪いね!!」



「アンタは黙ってな」



昔の水帝…ルミネシアの無邪気な小さい頃を思い出しながらそんなことを呟く王に、敬意もへったくれも無くフレンドリーに話しかける地帝。


普通ならば不敬罪で速攻豚箱にぶち込まれているだろうが、生憎この国王はいい意味で国王らしくない。故に彼女のそんな言葉に興味心身で、しきりに『え?どんな感じだったの!?』と聞き返している始末だった。




・・・・・


その後、拓也とミシェルはまだ学生だからと理由で早々に王城から追い出され、二人は学園へ戻る道を辿っていた。


拓也の隣を行くミシェルの手には、小さな布の袋が握られている。


すると彼女は眉を潜め、申し訳なさそうに小さく呟く。




「こんなお金…貰って良かったんでしょうか?」



そう呟きながら覗き込む布の中には金貨が数十枚。


帝として雇用していない彼女に対する特別報酬だと、王がしつこく押し付けてきたので仕方なく受け取ったが…。


別に報酬目当てで討伐に参加したわけではないのにと、やはり心に蟠りを感じるミシェル。



「勝手に連れてった俺もなんか罪悪感が……でも、まぁ…アイツじゃどれだけ付き返しても渡そうとしてくるだろうからなぁ。



多分ありがたく貰っておくのがいいんじゃないか?」



「そうですか……」



まだ腑に落ちないような表情を浮かべる彼女だが、受け取ってしまった以上引き換えして返すわけにも行かない。


なので彼の言う通り王の厚意に感謝することにして、その袋を静かに鞄の中にしまうのだった。


その後も他愛も無い冗談を飛ばし合ったり…たまに拓也の鳩尾をミシェルの肘が強襲したりなど、いつもと変わらないやり取りをしながら彼らは学園の中の自分たちの教室まで戻ってきた。



「あ、たっくん!ミシェルお帰り!!」



時刻は12時50分少し前。どうやら昼食の時間のようで、教室の後ろの窓側の机にはいつもの面々が、それぞれの昼食に舌鼓を打っている。


その中でも一際大きい声と大げさな身振りで迎えてくれたのは…お馴染み、元気っ娘ジェシカ。



拓也たちは彼女のそれとは対照的に軽く返し、各自自分の弁当を手にその輪に加わった。



「どこ行ってたのさ~?って、まぁ分かってるんですけど!!


でもミシェルも一緒って珍しいよね~!」



「あぁ、まぁ…オーバーランクって結構珍しいし、少し経験してもらうのもいいかな~ってさ」



「なるほどぉ!



それでたっくん……夜のオーバーランクモンスターの方は?」




「生憎…活躍するのはまだ先のようだ……」



「残念…」



「…?」



露骨な下ネタの会話。しかし直接的ではなかった為ミシェルだけはよく理解できなかったようで、首を傾げて疑問符を浮かべている。



というかアルスが笑いを堪えて痙攣しているのを拓也だけが発見したが、大勢がいるこの場面ではきっと触れてはいけない部分なのだろう。


・・・・・



放課後…毎日の日課になっている修行。


ビリーはこれから怒るであろうありとあらゆる惨劇を脳裏に浮かべて小さく溜息を付きながら、内履きを靴箱に仕舞う。



校舎の外には…柱に身を隠しているつもりの拓也が、その柱から半身を覗かせ、まるでヤンデレのような視線を送ってきていた。


差し詰め『早くしろ』とでも伝えようとしているのだろう。




怖い上に気持ち悪いので即座に止めていただきたいビリーだったが、彼のそんな奇行はいつものことなので、最早口に出すなんて無駄なことはしない。



彼は靴に履き替え、キチガイヤンデレとミシェルとジェシカが待つ外へ歩みを進めようとした…その時、



「あ、いたいたビリー君!」



背後から彼を探してる様子のセリーが姿を現した。


目的の人物を見つけた彼女はその顔に柔らかい笑顔を浮かべ、抱えていた白いタッパーを彼に受け取れと差し出す。


ぼんやりと透けるそのタッパーの側面には黄色い色が浮かび、持った感触から液体と固体が両方とも入っていることが感じ取れた。



「レモンのハチミツ漬け作ってみたの、疲労回復に良いらしいよ!」



「これ…僕に?」



「うん!いつも修行で大変そうだから良かったら食べてね!」



そんな彼と彼女のやり取りを、校舎の外から遠巻きに眺める拓也、ミシェル、ジェシカ。

すると拓也が何を思ったのか、ビリーたちの方を凝視したまま隣のミシェルに喋りかけた。



「ミシェル、俺は今…猛烈にレモンのハチミツ漬けが食べたい」



「自分で作ってください」



「……うっす」



一切の躊躇い無く、ズバッと返される返事。



ここまでハッキリ言われては流石の拓也もこれ以上しつこく迫ることは出来ない。

何故ならばやりすぎて彼女を怒らせると晩御飯の時、自分の皿に謎の物体Xが乗って出て来かねないからである。





拓也が内心で涙を流している内にセリーと会話を済ませ駆け足でこちらへ掛けてきたビリー。


彼の顔には少しの照れと喜びが混ざったような表情が浮かんでいた。



「セリーさんって凄く優しいよね…」



そんな発言にソワソワしながら楽しそうな表情を浮かべるジェシカ、相変わらずクールな表情で彼の言葉に対して同意を口にするミシェル。


そして光が消え失せた瞳を向ける拓也。



「ビリー……とりあえず今日のメニューは王都10週な、後ろから俺が追いかけて走るから、俺にタッチされたら2週追加で」



「な、なんだよそれッ!!」



「安心しろ…いつものようにブロンズ像は曳かなくてもいい。その代わり……今回のタッチは刀での一撃とする」



「どこに安心すればいいの!!?危なすぎるよッ!!!」



やり場の無い悲しい気持ちは…非常に可哀想な事に彼に向けられてしまった。


拓也は聞く耳持たんと言わんばかりに踵を返し、家への…もとい、ビリーにとっては地獄への帰路をゆっくりと歩き始める。


事情を知るミシェルはヤレヤレとめんどくさそうに溜息を付いて彼の後を追う。ジェシカが大爆笑しているのは多分気にしてはいけない。



そして会話も無く歩くこと数分。学園から離れたこともあり人通りも少ない。


ビリーたちの目の前には依然振り向かず前だけを見据え歩き続ける拓也。



するとその彼が突如として足を止めると、ニヤニヤと笑った面を張り付けながら後ろへ振り向いた。



「ビリー、先に言っておくと…これ、かなり美味いぞ」



彼の口からはレモンのスライスが半分ぶら下がっている。


ビリーは目を疑った。一度もこのタッパーからは手を離していないはずだ…ならどうやって…。



しかし次の瞬間彼は理解した。



彼は”ソレ”ができる手段を持っていると。



「な、何するんだよ!」


「ん、弟子の口に万が一有害なものが入ったら大変だからな。毒見」


「セリーさんがそんなことするわけないじゃないか!」


「おぉっと!毒見ならこのタッパーの中身全部調べないといけないなぁ!」



ニヤケ面を貼り付けた彼がそう発言した瞬間、ビリーの手の中から消えるタッパーの容器を抱えている感覚。


ハッとして手元を確認するが…やはりタッパーは無い。



「早速帰って鑑識に回そうッ!」



「ま、待てよッ!!」



案の定拓也の手の中である。




そのまま踵を返して全力疾走を始めた拓也。


彼を追い、失ったタッパーを取り戻すために遅れて飛び出すビリー。



「フハハハハ!!まずは全部ミキサーに掛けて…」



「やめろォォォッ!!!」



ちなみに上半身は微動だにしない十○集走りのためタッパーの中身は無事なので安心して欲しい。



徐々に小さくなって行く二人の後姿。


ミシェルはそんな二人をジーっと眺めていたが、彼らの完全に姿が見えなくなった頃、彼女は体の向きを右へ九十度変更すると、そちらへ歩みを進めた。



「ん~?ミシェルどこ行くの~?」



「先に帰ってていいですよ、私はちょっと寄り道してから帰るので」



口では何も分からないような風を装ってそう言ったジェシカだが、彼女が向いた方向と、今まで接してきて得た経験によって、今彼女が何をしたいのかは最早手に取るように分かっていた。


ニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべるジェシカは、方向を変えて歩くミシェルの後ろを追って隣歩きながらおちょくるように口を開く。



「も~!ミシェルってホントそういうとこは素直じゃないよねぇ!!」



「…うるさいです」



ミシェルは、彼女が自分の意図することが分かったのだと気が付いたのか、少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら精一杯の反抗に小さくそう呟き、歩みを速めるのだった。




・・・・・



「成敗!成敗ッ!!成敗ィィィィィッ!!!」



「ひぃぃ!!!!」



王都の周りの草原を全力疾走する拓也とビリー。



先程と変わったところと言えば、追う側と追われる側が入れ替わったくらいだろう。



あの後…とりあえず家に到着し、レモンのハチミツ漬けを何とか取り返したのも束の間、次の瞬間指輪を刀に戻した拓也がいきなり襲い掛かってきたので、タッパーをウッドデッキに放り出し、後ろも振り向かず走り出し…現在に至る。




「拙者の刀が血を欲しているのでござるゥッ!!大人しく斬り捨てられよッ!!」



『アイヤァッ!!』



そしてジョニーもノリノリである。



二人の声に、背筋が凍るような錯覚を覚えながらとにかく足を動かすビリーは、”ヤツ”との距離を確認するため、チラと後ろを振り向いた。



「ひぃぃッ!!」



そして戦慄する。


視界に映ったのは、刀下げ緒に左手を…柄を軽く握り…十○集走りで追ってくる拓也の姿だった。




三日月形に不気味に裂けた口と目。ビリーは振り向いたことを後悔し、地を蹴る足に更に力を込めた。


普段から拓也流の方法で鍛え上げた肉体に身体強化も施しているせいで、傍から見ればとんでもない速度で草原を駆け抜けているビリー…しかし…彼を追走する拓也は彼がどれだけペースを上げても、間の距離は絶対に離されることが無い。



「キェェェェェェェェェッ!!」



それどころか…ただでさえ上半身を微動だにさせないという疲れそうな走り方をしているのにもかかわらず、拓也は奇声を発しながらペースを上げた。


続けてビリーの鼓膜が辛うじて拾う、鞘から刀身が抜き放たれる金属音。



まさかと思い振り向けば…



「成敗」



彼は既にショートレンジであの気持ち悪い走り方のまま、顔には先程よりも凶悪な笑みを浮かべ、銀色の輝きを放つ刀を最上段に構えていた。



そして刀が振り下ろされるその刹那…



「なんッのォ!!」



ビリーは考えるよりも早くありったけの力を足に込め、一足飛びの要領で前に大きく跳び、斬撃を回避することに成功した。



あえなく回避されてしまった拓也は走りながら残念そうな表情を浮かべ…次の瞬間、刀を滅茶苦茶に振り回しながら更に加速。



「許さんぞオオオオオオッ!!!」



「なんなんだよもおおおお!!!!!」



ビリーは自らを鼓舞するようにそう叫び声を上げると、自らを滅多斬りにせんと猛スピードで接近するキチガイに背を向け、全身全霊を掛けた逃走劇を開始した。




・・・・・



時間は流れ、現在時刻は午後10時。良い子はもう寝る時間だ。



「ふぃ~、やっぱり風呂は最高だな…」



今日も一日の日程のほとんどを終えた拓也は、首からタオルをぶら下げリビングへ続く廊下を歩く。


ヒンヤリとした空気が風呂で火照った体をいい具合に冷まし、妙に心地がよい。



拓也はそんな感覚を目を細くして堪能しながら、リビングに繋がるドアを空けた。


そしてソファーに腰掛けて読書中のミシェルに向けて一言。



「やっぱりミシェルの残り湯は最高だな!」



「………」



そして案の定向けられる絶対零度の視線。


彼女の冷たい視線を持ってすれば、お風呂で温まったばかりの体すら瞬時にしてフリーズドライされてしまう。



まぁ無視で無いだけマシなのだが…。




「とまぁそんな話は止めよう、うん」



このまま続ければ、確実に焼かれるか凍らされる。


普段の経験からちゃんと学習している拓也はそう発言して流れを立つと、ミシェルの隣に腰を下ろした。


ぎゅっとソファーが子気味良い音を鳴らしながら浅く沈み、拓也より軽いミシェルが少しだけ拓也の方に傾き、肩がちょこんと触れ合っう。



「いや~今日も楽しかった。特にビリーとの鬼ごっこが楽しかったな~」



話題の方向性を180度切り替えてみる…が、隣の彼女の表情は依然変わらない。


それどころか…彼女は突然、無言でソファーから立ち上がった。



ー…ヤバイ…残り湯発言がマズかったのか?…ー



彼女のその行動は、まるで『触ってくれるな』と言っているようにも取れる。


拓也は内心で冷や汗を掻くが…後悔先に立たず。



現在彼女はキッチンの方で何やらゴソゴソとしている。拓也の冷や汗の量は五割り増し。



ー…ミシェルめ…ついに魔法攻撃ではなく物理攻撃で俺を仕留めに………さぁて何が飛び出す?

包丁?アイスピック?それとも肉叩き?…ー



最早逃れられない…そんなことは百も承知。故に拓也は腹を括ってソファーにしっかりと座り直した。


しばらくしてこちらへ戻ってくるミシェル。先程腹を括ってと言いはしたが、怖いものはやはり怖い。

彼女から目を背け、生まれたての小鹿よろしくプルプルと小刻みに震える拓也。



しかし彼の予想と反して、彼女は手に持っていた”モノ”をソファーの前のテーブルの上に置いた。



いつまで経っても物理攻撃が来ない…おかしい。拓也は恐る恐る彼女が持ってきた”モノ”の方へ視線を向け……



「…これって…」



意外そうに目を軽く見開いた。


少し状況が整理できない拓也はそう声を漏らし、自分の隣に座り直したミシェルを見つめる。


すると彼女は少しだけ拓也から顔を逸らす。



「レモンのハチミツ漬けです」



「いや…それは分かるけど……もしかして俺が食べたいって言ったから作ってくれた?」



「…………さぁ、どうですかね」




素っ気無くそう言い放つと、瓶と一緒に持ってきていた皿にレモンのスライスを数枚取り出して、食べろと言いたげな表情で拓也の前に差し出す


少しの間面食らっていた拓也だが、彼女が差し出してきた皿を受け取ると、皿の上に一緒に乗っていたフォークを使って、ハチミツがいい感じに纏わり付くレモンのスライスを口に運んだ


緩やかに広がる甘味と酸味。その絶妙なバランスに、拓也は目を細めながら天を仰ぐ。



「美味い…」



「…そうですか…」



彼の食べる様子をまるで実験でも観察するように隣でまじまじと見つめていたミシェルは安心したようにそう呟き、綺麗な笑顔を浮かべた。


しかしそれも束の間で、次の瞬間に彼女の顔にはまた羞恥の表情が浮かびあがる。


その変化に気が付いた拓也。咀嚼している為何も言うことはできないが、とりあえず彼女と目を合わせながら首だけ傾げてみた。


するとミシェルは小さく呟くように口を開く。



「セリーさんの作ったのと…どっちが美味しいですか?」



その言葉は…学園の帰りに自分が、セリーが作ったハチミツ漬けを『かなり美味しい』と絶賛したことに対する対抗心からなのか?


生憎女心と言うものが良く理解できない拓也はそんなことを考えながら、彼女の問いに迷わず答えた



「ミシェルが作ってくれた方が美味しいよ」



彼女の抱いていた”モノ”は、一言で言ってしまえば可愛らしい”嫉妬”。


いつも自分の作る料理を美味しそうに食べてくれる彼が、例え友人と言えど他の女性が作った料理に美味しいとコメントしたことが、少々気になっていたが故の問いだったのだろう


しかし珍しく正しく回答を選んだ拓也のその発言により、そんな蟠りもすっかり解消された


彼女は相当嬉しかったのか、滅多に見せないとても綺麗な笑顔を向ける。



「そうですか…変なこと聞いてすみません」


「ん、本当に美味しいからミシェルも食べてみろよ」



拓也はそう言いながら自分の使っていたフォークにレモンのスライスを刺して、笑みを浮かべながらミシェルの口の前に差し出す。


食べるように催促された彼女ははなんとなく気恥ずかしくなったのか、視線を落して彼から外して、差し出されたそれをフォークからそっと啄ばんだ。



「…まだ漬かりが甘いですね」


「そうか?十分美味しいと思うけど」



こうして彼らは何気ない日常を謳歌する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ