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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第二部
32/52

王国最高戦力



・・・・・



4月某日、帝の定例から約1週間ほど経ち、今日は帝たちと約束した金曜…食事の日。

なんでも遂に同僚が正体を明かしてくれるらしい。



まぁ前に闇帝の言ったとおり拓也は全員の情報を既に持っているが…そんなことを言うのは野暮だろう。



開始時刻は定例会と同じ午後7時。街中でも知る人ぞ知る居酒屋。


店のセレクトは炎帝がしたに違いないと拓也はビリーの相手をしながら苦笑いを浮かべた。


すると気を抜いてしまっていたせいか、うっかり少し手加減が抜け、そこそこ強力な肘が、組み手をしていたビリーの顎を強襲してしまう。



「うぐっ!!」



「あっ…」



綺麗に放物線を描きながら宙を舞い、地面を転がるビリー。


しまった…と冷や汗を滲ませる拓也。しかし地面に転がる彼の意識は既に遠い何処かへ行ってしまっていた。


そこで拓也は言い訳なのか何なのか、誰に言うでもなく苦しいジョークを口にする。



「き、きたねぇ花火だ」



すると気がつけば、ウッドデッキに腰掛けていたミシェルが彼の一連の大人気ない攻撃にジトッとした冷たい視線を向けていた。



「なにしてるんですか…」



「い、いやぁ…ほら、ちょっとした茶目っ気サァ☆」



「茶目っ気で人の意識を落とす人は始めて見ましたね」



拓也は彼女のそんな視線に耐え切れなくなったのか、慌てて水入りバケツを取り出して引きつった笑顔を浮かべながら解説を始める。



「だがしかし!心配ご無用!!ほぅらこのバケツの水をぶっ掛ければッ!!」



「ヘァッ!!?」



「元通り!」



荒療治過ぎて声も出ないミシェル。水をぶっ掛けられたビリーは錯乱状態で辺りを頻りに見回し、明らかに大丈夫そうではない。


とりあえずどこが元通りなのかを説明して欲しいミシェルだった。



「ぼ、僕は…一体…」



「大丈夫大丈夫、十数秒意識とさよならバイバイしてただけだから。

戦いの中ではよくあることだよ」



「それって大丈夫なの!?」




目を覚ましたビリーが拓也にそう投げかける。


すると拓也は、ゆっくりと彼に歩み寄り、引きつった笑みを浮かべながら何度も何度も頷いた。




「大丈夫大丈夫…大丈夫!」



「根拠の無い慰めは余計怖いよ!!」





「うるせぇ!格闘の世界において気絶や記憶がぶっ飛ぶことなんて日常茶飯事なんだよッ!!ツベコベ言わずに続けるぞ!!」



「ま、待ってくれよ!!」



「断るッ!!」



怯えたように後退るビリー。しかし逃げ道が無限なわけはなく…



「ひぃ!」



後ろを確認せずに逃げたせいで背に巻き藁が当たってしまった。


彼が動揺するその間に、拓也はスルリと距離を詰め、彼の頭の位置に鋭い蹴りを放つ。



「ッチ…外したか」



だが惜しくも蹴りは空を切る。舌打ちをした拓也の眼下でビリーは血色の悪い表情で自分の頭上を見上げた。


すると、繊維質なはずの巻き藁の切り口は、まるで日本刀で斬ったように綺麗。きっとあんなもの喰らったらひとたまりもない。一歩間違えば、ビリーの首上に真っ赤なお花が咲くことになるだろう。



そしてこの一方的な虐めとも取れる修行は、今日も数時間続けられるのだった。



・・・・・



「確かこの辺だよな…」



現在時刻は午後6時50分。


本日、7時から開始されるという帝の飲み会的なものの会場を探し、拓也は街を闊歩していた。



定例会の時に渡されたメモの地図を頼りに進み…そして一軒の店の前で足を止め、店に掲げられた看板を見上げる。




「ここか…」



視界に映るのは小洒落たバーのような建物。人目のつかない場所にひっそりと立つその店は、確かに『知る人ぞ知る』という雰囲気をかもし出していた。


看板の名前からしても間違いなくこの場所。



拓也は、今回の会場である二階部分に繋がる外階段に足を掛け、階段を上り始めた。

段を上るたび、カン、カンと金属の階段が音を鳴らす。



ー…多分俺が来たこと気が付かれただろうな~…-



そんなどうでもいいことをぼんやり考えながら遂に上りきり、室内へ繋がるドアのノブに手を掛けた拓也は、何故か少しの緊張を抱きながらドアを前に押し込み開いた。



「……」



そして無言で閉める。



ー…なんだ…今の……-



今見た光景にとにかく困惑していた拓也は、とにかく状況を整理しようと思考を巡らす。



ー…なんでホワイトマスク付けた集団が微動だにせず鎮座してんだ……-



しかし目にした光景があまりにもカオス過ぎて、如何せん脳がロクに働かない。




だがいつまでもこうして立ち尽くしているわけにもいかない拓也。


彼は悩みに悩んだ挙句、もう一度ドアノブに手を掛けた。


そして先程見たものは幻覚的なものだったのだろうと自分に言い聞かせ、恐る恐るドアをゆっくり押し開け…



「…」



閉めた。




仕方が無い。三人と四人が向かい合う形で微動だにせず鎮座していたはずなのに、何故かドアを開けた瞬間、全員が同じタイミングでこちらへ振り向いたのだから…。



「帰ろう…」



きっと疲れているのだ、店を間違えたに違いない。そうに決まっている。というかそうじゃなきゃイヤだ。


二度に亘ってカルト宗教団体の儀式的な光景を見てしまった拓也はそう結論付けて踵を返す。



ー…なんなのアレ…なんなの……というかなんで全員ホワイトマスクなの?マジで意味分かんねぇ……-




そして拓也が何より認めたくなかったのは、もし彼らが同僚たちだったとして…



「あんなクレイジー奴らが同僚なんて絶対ヤダ…」



7人…それは自分を抜いた帝の数。そしてよく見れば一人はマスクをしていなかった。もし彼らが帝たちだったとして仮定するならば、それは恐らく自分と同じく顔を既に知られている光帝だ。



そうなると、帝唯一の良心とまで謳われた水帝までもが……ということ………



イヤだ、信じたくない。それが拓也の本心。



帰ろう…心の中でもう一度そう呟く。すると彼が階段を下り始めた時だった。




「アンタ何してんだい?とっとと入んな」



現実とは非情である。


いきなり背後から聞こえるすっごく聞き覚えのある声。恐る恐るそちらへ振り向けば…ホワイトマスクを被った女性が腕を組みながらこちらを見下ろしている。



「いや…何してんだってこっちの台詞なんだけど……」



「仮装だけど?」



「……その何聞いてんの?って声色止めてくんない?たぶんの今俺のほうが戸惑ってるから」



そして声を聞いて確信する。彼女が帝のまとめ役的存在…そして帝唯一の良心と謳われた水帝だということを…。



・・・・・



そして部屋の中に招かれ、大人しく席に着く。


長いテーブルの上には既に大皿に盛り付けられた料理が大量に並べられ、その隙間には余すとこなく置かれた酒類の瓶。


ふと目を部屋の隅にやれば、氷が敷き詰められたケースに突き刺さるこれまた酒類の瓶。

そして周りには、ホワイトマスクを着用した正体不明(嘘)の邪神のような者たち。



ー…俺はバッカスの酒宴に迷い込んでしまったのか……-



某神話のワインの神を呪うように内心で呟いていると、水帝…であろう人物がまず口を開いた。



「それじゃあ皆揃ったし始めようかね、まずは一応素顔を晒して自己紹介するよ。


じゃあ私から…」



そう言いながら背まで伸びる水色の長い髪をした女性が自分のホワイトマスクを外し、名乗る。



「私は水帝こと『ルミネシア=ケルディアス』


気軽にファーストネームで呼んでくれて構わないよ」



すると彼女に続くように、他の者たちも順番にマスクを外し、名乗り始めた。



「炎帝の『カレル=フォーリバー』だ!趣味は酒ッ!!」



次に名乗りを上げたのは炎帝。真紅のベリーショートの髪に赤い目。そしてやはりというかなんと言うか豪快そうな顔つきである。


そして彼の発言に対し、皆が『知ってるよ』と心の中でハモったのは言うまでもないだろう。



「はいはーい!地帝の『シェリル=パラメキア』だよ!交際相手絶賛募集中だよ!!」



次は地帝。何処かジェシカに似た雰囲気を感じる彼女は、顔立ちはかなり整って美女の部類に入るはずなのにどうやら男日照りのようだ。


ルミネシアほどの長さの茶髪をポニーテールにし、目の色も同じく茶色。



「雷帝の『ヴェルム=セルキッド』だ。趣味は…そうだな~…楽しいこと全般ってことで」



逆立った金髪で、少しの髪の束を額に下ろしたチャラそうな男。

簡単に説明するならば、どこぞの超野菜人と言えば分かりやすいだろう。


しかしこんな彼でも帝の中では案外常識的なのは意外である。



「じゃあ次はワシじゃな。『バノン=バロン』…風帝じゃ」



それだけ言うと眠そうに欠伸をする爺。何故かまだふさふさの髪は鮮やかな緑色。そしてきっと時間を遡ればイケメンだったことを伺わせる堀の深い渋い顔。



「闇帝…『シャロン=ペンテグレム』…本が好き」



続いて名乗ってくれたのは、暗い紫色の髪の毛を肩ほどで切り揃えた美女。


しかし彼女の視線は拓也ではなく、手元の分厚いハードカバーの本に向けられていた。



だが彼女のその行動はやはり少しマズかったようで……



「こらー、今日は食事しに来てるんだよ?本を読むときじゃない」



「ぁ…あぁー……カエシテー」



ルミネシアに本を取り上げられてしまった。


消え入る声で本の返還を訴え、隣の彼女が掲げる本に涙目で手を伸ばすが、彼女もどうやら返す気はないようだ。


結局取り返せないことが分かると、諦めて自分の席に座り直し…どこからともなく新しい本を取り出し表紙を開く。



「カ、カエシテー」



だがしかし…またもやルミネシアに取り上げられてしまい、今度こそは諦めて椅子に座り直した。




「僕は光帝『アルディム=ライアロック』だ。最近の趣味はチェスだね」



「ハハッ!相変わらず笑わせてくれるね。趣味がチェスとか言っちゃう奴始めて見たわ~」



そして何故か光帝のときだけ煽る拓也。小声でそう言ってクスクスと笑い声を上げながら口元を手で覆って隠し、横目でチラチラと眺めては時折吹き出す。


光帝も彼のその発言と行動にこめかみに青筋を浮かび上がらせ、明らかに苛立った表情を浮かべて拓也に食って掛かった。



「何か文句があるのかッ!!」



「いや、別に独り言なんですけどー。それともなんですか?煽られて恥ずかしいってことは自分でも本当はちょっと恥ずかしかったんじゃないですかー?」



「そ、そんなことはないッ!!」




余談だが、昔、焼き払ってしまった光帝ことアルディムの髪の毛だが、現在ではすっかり元通りのロンゲイケメン。


きっと拓也も、少しだけ罪悪感が拭われたことに違いないだろう。



・・・・・



そして遂に始まってしまった帝の食事会。



「ガハハハハ!!うめぇぞッ!!」



「やっべぇ!これなんて最高だぜッ!!」



まるで吸引力の変わらないただ一つの掃除機の如く食べ物と酒を飲み込みまくるカイル。


それに負けず劣らずの勢いで続くヴェルム。



「…」



そんな彼らとは対照的に、静かにワイングラスを傾けるシャロン。


まぁ彼らが騒がしいなんてことははなから分かっていたことなので、他の面々も特に気にせず各自好きなものを頬張っていた。



「…なんで………」



しかし…楽しそうな彼らの中に、一人だけ絶望の表情を浮かべているものが居た。


そう…王国最強メンバーの中でも異色の強さを誇る、剣帝…拓也である。



彼は周りを見回し、もう一度全員の顔を確認すると、顔に浮かべる絶望の色をさらに濃くし、テーブルの上の拳を固く握り締め、目尻からツーっと一筋の涙を流してこの世の全てを呪うような声色で呟いた。



「…なんで…なんで皆そんなに顔立ち整ってんだよ……」



定例会のときに闇帝が言っていた通り、拓也は彼らの素顔と名前程度のプロフィールは既に知っていた。


しかし改めて目の当たりにしてみれば、もしかして写真写りが良いだけかも…という淡い希望は儚くも打ち捨てられ、味わう苦汁。


もういっそのこと顔面の皮を剥いで、着脱可能な仮面にでもしようかと考え始める拓也。彼の目からは滝のように涙が溢れ始めていた。



ー…あー、でもそれ案外良いかも…たくさん種類を用意すれば爽やかハニカミスマイルがカッコいいイケメンからハードボイルドな冷徹イケメンまで…ウフフ………ー




この場に彼の抑止力であるミシェルが居ないことが非常に悔やまれる。




楽しいはずの食事の席。そんな中で拓也だけが静かに涙を落としていたことに流石に気がついた他の帝たち。


非常に声をかけにくいが、そこは流石のルミネシア。


若干の躊躇が感じ取れる声色だったが、ちゃんと口に出して拓也に尋ねた。



「ちょ、ちょっと、いきなり泣き出すなんて…一体どうしたってんだい」



まるで自分を慰めるような声色。涙はさらに勢いよく溢れ出す。



そして拓也は、流れ落ちる涙を手の甲で拭いながら小さく呟いた。



「なんだよ…なんなんだよこの顔面格差……じーさん適当な仕事しすぎだろぉぉ!!」



嗚咽を漏らしながらそう発言した拓也は、遂に感情のダムが決壊したのか涙の量をさらに増やし声を上げて号泣し始める。


彼のそんな妬みには流石に帝たちも励ましようがない。



というかさり気なく、ほとんど関係ないじーさんに怒りの矛先が向いているのは何故だろうか?


するとルミネシアがなにやらいい手段を思いついたのか、パッと表情を明るくし、号泣する拓也に見えるように指をピンと立てた。



「ほら!でもアンタあんなに可愛い彼女さんがいるじゃないか!


きっとミシェルちゃんはそんなこと気にしてないって!」



ルミネシアのその発言に、面白いくらいに沈黙した拓也。



しかし次の瞬間その沈黙は破られ、今の今までの泣き顔は綺麗さっぱり消滅し、その代わりに今度は緩んでだらけきったニヤケ面が浮かぶ。


そして先程までの悲愴感漂う雰囲気はどこへやら…照れたように少し頬を染め、髪を掻きながら口を開いた。



「えぇ~そうかな~」



『うぜぇ…』…他の面々のほとんどが心の中でそうハモったのは言うまでもない。



しかし……



「なんで…なんでこんなのにすら恋人がいるのに………私にはできないのぉぉぉ!!?」



ただの一人だけは拓也のその発言に『苛立ち』ではなく『悲しみ』を駆り立てられていた。


”彼女”が発生させる大号泣…



その泣き声の発生源は…シェリル。ワインのボトルをブンブン振り回し、空いたもう一方の手でテーブルをガンガンと殴りつける。


…テーブルに少しヒビが入る辺り流石帝だ。






拓也の次はシェリル…



なんだかもう胃が痛くなってきたルミネシア。しかし彼女の中のリーダー精神が、この状況を何とかせねばと小さな炎を燻らせた。



「だ、大丈夫だって!アンタ今年27だろ!?ほら!30まであと3年もあるじゃないか!」



「あと3年しか無いんだってぇぇ!!」



「…い、言い方を変えればそうかもしれないけどさ……」



だがルミネシアの説得も空しく、シェリルはそう反論して彼女を閉口させ、しっかりと握ったワインのボトルを直に口につけ、一気に呷った。


その光景をなんとも言えない目で眺めるルミネシアは悟った。『これは何を言っても効果は無い』と。



「男ォォ!どっかにいい男はいないのォォ!!?」



そんなことを考え諦め果てた彼女の視線の先では、シェリルが口の端から零れたワインを手の甲で拭う勇ましい姿。


男よりも男らしく見えるのは多分気のせいだろう。



「お、イイ呑みっぷりじゃねぇか!!俺も負けてられねぇぜ!!」



そして彼女がワインをボトルのまま呷ったことに対抗心を燃やした炎帝が勢いよく立ち上がり、両の手にボトルを構え…同時に一気飲み。


だが生憎、帝唯一の良心兼抑止力のルミネシアの姉御はただいまダウン中。


故にこの混沌とした空間を解消へ導くものはいなかった。



「おいシェリル、とりあえず落ち着いてこれでも食え。何も食わずに呑んでばっかだとすぐに酔うぞ」



ただ一人…雷帝ことヴェルムが彼女の隣の席へ腰掛け、なにやら骨付きの肉を差し出しながらそう言った。


するとボトルを振り回しながら暴れまわっていた彼女が一体どうしたのか、急に静かになってヴェルムの顔をじーっと目を細めて見つめると…



「アンタ…私のこと好きなの?」



唐突にそう発言した。



これには流石の炎帝も静まり返り、皆の注目がそちらへそれる。



しかしヴェルムは一見回答が難しそうなこの問いに、慣れたようにヘラヘラと笑いながら返す。



「ハハハ、笑えねぇジョークだな」



「んだとぉぉ!!」



他の帝たちもその光景を見て、そこから二つのことを察する。


一つは、きっと彼らは帝として以外にも交流があること。




そして………






「悪いな、コイツは男と目が合うだけで自分に気があるとか思い込む勘違い野郎なんだ」



彼女の恋路が上手くいかないのは”コレ”のせいだと。




そしてヴェルムの返し方が気に入らなかったのか、彼の胸倉を掴んでガックンガックン揺らすシェリル。しかし残念、彼にとってこの程度の攻撃…効果は無いようだ。



炎帝以外の周りの面々は、とりあえず自分に被害が及ばないようにスッと静かに椅子ごと身を引き、距離をとる。



「なぁに逃げようとしてんの?」



しかし彼らのその行動をまるで野生の獣のような眼光で鋭く一瞥。


そして化け物のように首をグリュンと回転させると、その中の一人を鋭く睨みつける。



「鬼灯拓也…なんでアンタみたいなのにも恋人がいるのに……私には……」



あろうことか、八つ当たりの白羽の矢は拓也に立ってしまった。



というかさっきから、理不尽にこんなのなど不名誉な呼ばれかたをされているのだろう?拓也が一体何をしたというのか…。



いや…きっと彼女は今、恋人がいる者達が全員憎たらしいのだろう。




「…分かるよ……分かるよ、その気持ち…」



そして…かつて同じ心の痛みで苦しんだことのある拓也はそう共感し、目尻に涙を浮かべながらシェリルに力強くそう返した。



「分かるよ…俺にもそんな時代があった。


学園祭…なんでか知らんがカップルが増える……俺はそれを…そのクソみてぇな光景をッ!!指を咥えて見ているだけだったッ!!!


とにかく憎かったッ!全部ぶっ壊してやりたかったッ!!まるで…深いくて真っ暗でとても寒い深淵から天上を見上げているようだったッ!!」



突如として始まった謎演説。シェリルは八つ当たりした相手がいきなり語り出したことが少々予想外だったのか、面食らったような表情を浮かべている。


しかし拓也が止まる気配は無い。彼は机を叩きながら更に続けた。



「だけど…俺は壊さなかった……なんでか分かるか?」



シェリルの回答を待つ彼の表情は真剣そのもの。



彼女は、無言の彼が放つプレッシャーに似たようなものを敏感に感じ取り、必死に思考を巡らせる。



だが答えは出ず…結局、首を傾げるだけ。




すると拓也は一つ苦笑いを浮かべて、”正解”を口にした。




「希望を捨てなかったからだよ…深淵に沈んでいた俺に……いつか手が差し伸べられると信じていたんだ。



だから…どんなときでも希望は捨てないで……今は辛いと思うけど…頑張ろう?」




そして彼女を勇気付けるように言葉を締め括った。






「うん…グス……頑張るよぉ……」



すると、拓也のそんな言葉に心を打たれたのか、シェリルはもういい年だというのにもかかわらず、嗚咽と鼻水を流しながら床にへたり込み、目から滝のように涙を落とす。


号泣。しかし彼女の目には先程とは違い、憎悪の変わりに決意が浮かんでいる。

どうやら拓也の言葉で考えを変えてくれたようだ。


コレには他の面もホッと一息。



そして皆が心の中で同じことを思った。



『誰か早くもらってやれよ…』と。



「さぁ!じゃあこっからはパーッと行こうじゃないか!」



「いいなそれ!」



そしていつものようにルミネシアが仕切り、ようやく落ち着いた飲みがスタートするのだった。



・・・・・



同刻、ヴァロア邸。



この家の家主、ミシェルが玄関で客人の対応中。相手は赤髪のショートカットの元気少女。


夜だというのに相変わらず太陽のような笑顔を浮かべている彼女に、ミシェルは呆れたように溜息を吐いて見せた。



「…なんの用ですか?」



「今日たっくんが居ないって聞いたから、代わりにミシェルを護衛しに来たよ!」



「…まぁとりあえず入ってください」



おなじみ…ミシェルの親友、ジェシカ。


彼女は一体どこからその情報を手に入れているのか…そして自分より圧倒的に強いミシェルを護るとはどういうことなのだろうか…。


まぁジェシカの性格的に考えて、自分一人だと寂しいのではないかとでも考えた結果の行動なのだろうとミシェルは勝手に予想し、とりあえず家の中に招き入れた。



ミシェルがスリッパを揃えて床に置くと、ジェシカは珍しくそれに足を通した。


ちょっとした驚き。ミシェルは思わず少し目を見開いた。



「ミシェルの家っていっつも綺麗だよね~!」



「…そうですか?これくらい普通です。



それより、晩御飯二人分作っちゃったんですけど食べて行きませんか?」



「え!?食べる食べる!」




しかしそんなことを思っていたのも束の間、いつもの彼女らしく飛び上がって大げさに喜んで、ミシェルの手を引っ張る。



ミシェルはその顔に、僅かな苦笑いを浮かべながら彼女に誘導されるままキッチンへ向かった。




慣れた手つきで食事を盛り付け、テーブルに運ぶ。


ミシェルのそんな手際の良さに、ジェシカは感心したようにポツリと呟く。



「お母さんみたいだね…」



「……私まだ18歳なんですけれど」



「いや!外見じゃなくて手際の良さのことだよ!?」



ミシェルはジェシカのそんな何気ない発言に、地味にショックを受けたのか、僅かに表情に暗いものを浮かべた。


ジェシカは慌てて自分の発言にそう付け足すと、ミシェルはホッとした笑みを見せる。



「…じゃあ食べましょうか」



「いただきまーす!」



そして食事が始まった。


メニューは米を主食にしたバランスの良い料理の数々。汁物、野菜、煮物、漬物、肉料理etc…


一体これだけの料理を作るのにどれだけ時間が掛かっているのだろうか…ジェシカは頬張りながら小難しいことを考えていたが、そんな思考も結局ミシェルの料理の味に呑まれて消えてしまうのだった。



「相変わらず料理上手だよねぇ~、こんな美味しいご飯食べられるたっくんが羨ましいよ!!」



「?…料理は拓也さんのほうが私より数十倍上手いですよ?」



「ミシェルみたいに可愛い子が作った料理は五割り増しで美味しいんだよ!!」



「……別に私は可愛くなんてないですよ」



「またまた~そんなこと言う~」




しかしそんな素っ気無い返し方もまたミシェルらしい。ジェシカはそんなことを考えながら煮物を口の中へ放り込む。


というか彼女が可愛くないのなら、きっと世界の大半の女性は可愛いを名乗れなくなるだろう。



そしてジェシカは口の中の物を飲み込むと、自分自身かなり気になっていたが、その内容故に、今まで聞く機会が無かった純粋な疑問を口にした。



「ねぇねぇミシェル。たっくんとは…その…どうなの?」



「どう…とは?」



ジェシカにしては珍しく、少し恥らうような仕草でモジモジしていることにミシェルは首を傾げながらその質問の真意を確かめるためそう聞き返す。


するとジェシカは、その疑問を口に出すことを恥じているのか、少しだけ紅く頬を染め、本当に珍しく小さな声で呟いた。



「その………夜…とか///」




ジェシカの言わんとすること…きっと年頃の少年少女なら誰でも分かることだろう。


しかし…ミシェルは彼女が聞きたいことが理解できず、困惑してただ首を傾げるだけだった。




そして考えに考え抜いた結果…



「う~ん…お風呂から上がって少しリビングでくつろいで、10時くらいになったら自分の部屋に行きますね。拓也さんも大体そんな感じです」



結局ミシェルの口からジェシカの期待していたような答えが零れることはなかった。



絶句し、黙り込むジェシカ。


質問の意味を理解していないのか…はたまたただ誤魔化そうとしているのか…それを彼女に確かめる術は無い。



「え、えっと…たっくんと一緒に寝たりはしないの?」



「……は、ハァ!?そ、そんなこと出来るわけないですッ///」



面白いくらいの取り乱し方。真っ赤に上気した顔。声の裏返り。それらの要素から見て、ジェシカは確信した。前者だったのだ…と。



「え…じゃあ……付き合いだしてから一度も一緒に寝たことないの?」



「当たり前ですッ!!いきなり何を言い出すかと思えば///」



「…たっくん……アンタ聖人だよ……」




羞恥から顔を真っ赤に染め上げ、怒ったようにそう声を荒げるミシェルの傍らで、拓也に同情し、目を瞑って黙祷するジェシカ。



ちなみに言っておくと拓也は聖人など高貴なモノではなく、ヘタレ道免許皆伝の超絶ヘタレなだけである。



「ね、ねぇミシェル…一つ聞きたいんだけど…いいかな?」



「ハァ…ハァ……。えぇ、いいですよ」



そう切り出すジェシカ。はっきり言って直接的な質問過ぎて、尋ねる自分もかなり恥ずかしいが…この質問で決定的な部分が掴めるかもしれないので仕方が無い。

腹を括って上気して熱を帯びた顔を引き締めると、幾分かクールな表情に戻った彼女に向けて口を開いた。



「たっくんと…その……




…………エッチってしたい?」




それはあまりにも単純で、あまりにも品が無い。


そんなことは重々承知。自らが恥を頭から被る覚悟で放ったその言葉。



すると、『夜』という隠語で気が付かなかったミシェルにも流石に意味は伝わったようだが、肝心のミシェルは、まるで銅像のようにピキリと硬直し動きを止めてしまう。




「……………」




だがそんな状況も長くは続かない。


クールな表情は一瞬で煙が噴出しそうなほど真っ赤に染まり、耳まで茹蛸のように真っ赤に染め上げたミシェルは半ば叫ぶように声を荒げた。




「は、ハァ!!?にゃ、にゃ、にゃにをッ///はぁッ!!?」








面白いほどに取り乱した彼女は、羞恥の感情に駆られ喚く…が、その生で舌を噛んでしまい、口を押さえてうずくまる。


そんな彼女を前にしても、ジェシカはいつものようなからかうことは出来なかった。


ただただ拓也の聖人っぷりに感銘を受け、心の中で手を合わせる。



すると舌を噛んだ痛みから復帰したミシェルが、羞恥で顔を真っ赤に染めたままテーブルを叩いて立ち上がると、ジェシカ向かって怒ったように声を荒げた。



「いきなりなんてこと聞くんですかッ!!下品です!最低ですッ!!」



「ご、ごめんごめん…でも単純に気になってさ」



苦笑いを浮かべて謝罪するジェシカ。


ミシェルは彼女のそんな言葉に腕を組んでそっぽを向くと、今度は別の意味で頬を朱に染めながらなにやらブツブツと呟く。



「そ、そういうのは…………その…………………してから…」



「ん?なんて言った?」



いつもはサバサバしていて、言いたいことはハッキリと口にするミシェル。


しかしそんな彼女の何故か口篭ったような発声の仕方に、ジェシカはただ純粋にそう聞き返す。


するとミシェルはただでさえ赤面していた顔から、煙が出んばかりに真っ赤に染まった顔を俯いたことで垂れた銀色の絹糸で少し隠し、その隙間から覗く蒼く美しい瞳を伏せながら、まるで独り言のように小さく零した。



「だ、だから…そういうのは………け…結婚……してから…赤ちゃんを作るために…///」



「(可愛いッ!!)」



モジモジとして髪を弄りながら、恥ずかしそうにそういった彼女を前にして内心で鼻血を噴出し、気絶しそうなほどのダメージを受けたジェシカ。


しかしジェシカは彼女のその発言で確信した。


彼女の性への認識は、一般と少しズレている…と。



するとジェシカは、大親友のそんな部分にすら気が付いていなかった自分が少し嫌になったのか、自嘲的な笑みを浮かべた。


そして溜息を付きながら机の下からある一冊の本を取り出し、まだ真っ赤に赤面しているミシェルに向けてその本を滑らせる。



「……これは?」



「おすすめの恋愛小説。一般的な恋人とのスキンシップなどが分かりやすく描写されている。恋愛とは何か…知りたいのならそれを読むといい…」



「…」



口調がいきなり哲学者のようなそれになったことに少々疑問を抱いたミシェルだが、あえて何も口にしなかった。




・・・・・



場面は戻って、帝の飲み会。


全員いい感じに酒が入って、先程に比べれば落ちつた雰囲気が漂っていた。


すると他愛無い世間話が繰り広げられる中、拓也がポツリと疑問を口にする。



「そういえばお前らの正確な年齢って調べてなかったわ。皆って正確には何歳なの?」



素朴な疑問。別に正確な年齢まで知る必要は無かったため、何十代としか調べていなかった拓也は他の面々にそう尋ねた。


そして真っ先に答えてくれるのはこの男…



「俺か!?俺ァ今年で38歳になるぜ!!」



バカみたいに酒を呷りながらそう答えるカイル。


そして彼に皆が続々と続く。



「私は”まだ”27だよッ!!」


「俺はシェリルと同い年~」



「…25」


「僕は23だ」


「…はて…長い間生きてきたからのぉ…そんな細かいこと忘れたわ。大体80後半じゃろぃ」



「そういえば私ももう36だね。あぁヤダ、年は取りたくないよ」



何故か強調してくるシェリルだが、皆ももう慣れてきている為、大した反応は見せずにスルーされる。


するとルミネシアが拓也に聞き返した。



「というかアンタは何歳なんだい?天界って場所でものすごく長い時間修行してたんだろ?」



「ん、あぁ。ざっと数えて100兆と18年だから…100兆18歳だな」



「………まぁアンタの事だし、もう一々驚かないよ」




何の気なしにそう答える拓也。


彼が異世界から来た存在だということはこの場に居る全員が知っている事実。

しかし天界に居た正確な年数を聞いたことのなかった一同は彼の回答に少々驚きの色を浮かべるが、いまさら声を荒げて驚愕するものは誰一人としていなかった。



「そういえば拓也…ヌシは『帝』という集団の始まりを知っておるかね?」



突然まったく別の話題を振ったのはバノン爺さん。


片手に持つゴツゴツとしたグラスに並々のウイスキーを注ぎながらそう切り出した彼は、拓也が首を横に振ったのを確認する、手に持ったグラスを見つめながら語りだす。



「歴史はそこまで深くない、今の国王…『ローデウス』が国王になるのと同時に発足した組織だ」



すると…他の帝たちが纏う空気が少しだけ冷たいモノに変わるのが感じ取れた。




「話は32年前にまで遡る。まだローデウス国王が18歳の頃じゃ」



そんな空気の中で、バノンは静かに語り始めた。



・・・・・




時は32年前、場所は王国。


大陸でも指折りの力を持つ、ここ…『エルサイド王国』


季節はちょうど暖かくなり始めた初春。



当時、他の兄弟たちも居なかったため王位継承権1位だったローデウスは、花で綺麗に彩られた棺を見つめていた。


その冷たい石の棺に納められているのは…彼の父。


その表情は、未来の彼同様、厳格な中に優しさを含んだとても穏かなものだった。



死因はごく単純、流行病に罹ってしまったのだ。




するとそんな彼の肩に、そっと手を置く人物が一人。



「王子、そろそろ始まります」



「…あぁ、悪い…僕が無能なばかりに…」



苦虫を噛み潰したように、整った顔を歪めるローデウス。


その彼の肩に手を置いている人物は…未来の風帝、バノン。



彼はかつて、ローデウスの側近として働いていたのだ。



『愛する国民たちよ、心配することはない!!この私が王位を継承し、更なる国の繁栄を約束しようッ!!』



そして始まった。バノンもローデウスも音魔法の拡声で王都中に響き渡るその演説に舌打ちを零す。


その声の主は…



「あのクソ爺め…狡いやり方で王位を奪うとは……」



彼…ローデウスの祖父。




そう、彼がまだ20に達していないことなどを理由にし、一部の貴族と手を組んで彼から王位を奪ったのである。


当時は彼もまだ若かった。故に成す術は無かったのだ。



・・・・・



「なるほどな、確か国史について調べてたらそんなことも見つけたっけ」



「あぁ、一度ヤツに王位が戻ってしまったのじゃ。それからの王国は酷い有様じゃったよ」



当時のことを思い出しているのか、顔に明確な怒りの表情が浮かぶバノン。


拓也は粗方予想が出来たのか、ポツリと彼に問う。



「確か…その2年後に敵国と大きな戦争がある。それが関係してくるのか?」



「あぁ、その通りじゃ」



そして、怒りの表情を浮かべたまま話を続けた。




・・・・・



王国と同じほどの規模の大国相手の戦争に、大勢の男の国民が戦場に借り出され、その多くが死んだ。



ある日、そんな光景を見続けるのが耐えられなかった20のローデウスはある日、着の身着のまま王国を飛び出した。



三日三晩走った…ただひたすらに。



気が付けば、そこはもう王国の領土ではなく、名前も知らぬ荒れた荒野。


ただ周りを見渡せば、転がっている白骨化した人間や馬。目を凝らせば廃村も目に映る。


その光景から、ここがかつて戦場だったことは容易に予想が出来た。



それにしても地図すら持って来ないとは…彼は自分のアホっぷりに心底参ったローデウスは大きな溜息を付いて、近くの切り株に腰を下ろす。



「腹が減った…死にそうだ…」



そんなことをポツリと呟いてみるが、当然誰からの返事も無い。



「…む?」



しかし…返事の代わりに、自分の袖をちょいちょいと引っ張られる感覚。


そちらへ視線を向けてみれば…映るのは、水色の髪を腰まで伸ばし、ボロ着を身に付け、薄汚れている小さな女の子。



「おじちゃん…お腹すいてるの?」



「こら、僕はまだ20だ。お兄さんと呼びなさい」



「これ食べて!困ったときは助け合うんだよ!!おじちゃん!」



「……」



そんな少女が差し出した一切れのパン。


自らに向けられた優しさ。しかし…見るからにやせている彼女がから食べ物を受け取るなんて事は出来なかった。



「いいや、僕はお腹なんて空いていないさ。だからそれは君が食べなさい」



だが現実とは時に上手く行かない。


次の瞬間、景気よく大絶叫するお腹。水色の髪の少女はニコリと微笑むと、楽しそうな声色で口を開いた。



「えー、でもお腹鳴ってるよ?」



「…違う、これは僕のお腹が昼の十二時を教えてくれただけだ」



「じゃあお昼ご飯の時間だね!」



まさかいい大人になってから子供に言い負かされるなんて…また深く溜息を付くローデウス。



すると、背後から声が掛かった。



「アッハハハ~。ルミネシア!それ誰!?」



「カイル!」



どうやら声を掛けられたのは自分ではなく、小さな彼女の方らしい。



ルミネシア…カイル…



そう、この二人こそ…後の水帝と炎帝。



カイルと呼ばれた少年は、炎のように真っ赤で短い髪をガシガシ掻き、何故か大笑いしながらルミネシアの下まで足を進めた。



「えっとね!飢え死にしそうなおじさん!!」



「おじさんじゃ…」



「そうか!ならアジトに連れて帰ろう!!」



そして半ば強引に引きずられるようにして彼らのアジトに連れ帰られたローデウス。


どうせ子供の作ったものだ。そのアジトとやらもしょうもないモノに違いない。そう高を括っていたローデウス。


しかし彼が目にしたものは、彼の想像を遥かに超えるものだった。



川が流れる岩場の影。緑もそこまで少なくは無い。



「凄いね…君たち二人だでこれを作ったのかい?」



「うん!凄いでしょ!!」



誇らしそうに胸を張るルミネシア。


しかし…一つだけ異様な部分があった。



ここにくる途中に”有った”幾つもの死体。それもまだ腐敗しきっておらず、異臭を放つもの。

おまけに装備から、倒れている死体は…『エルサイド王国』の兵だということが分かる。


なんともいえない感情がローデウスの中で渦巻く。彼はそれを誤魔化すように彼らに尋ねた。



「君たちはいくつなんだい?親御さんは一緒じゃないの?」



まずは適当にジャブ…のつもりだった。



「俺は8歳!ルミネシアは6歳だぜ!!」



「お父さんもお母さんも村の皆も死んじゃったの。えるさいど王国?ってところの兵隊さんに殺されちゃった。


でも私たちだけは村から逃げて助かったの!!」



帰ってきたのは…そんな衝撃の事実だった。



思わず開いた口が塞がらないローデウス。まさか…無邪気に笑う彼らから…自分の国の民が…彼らの大切なモノを奪っていたなんて…。



そして、驚愕で硬直するローデウスを気にせず彼らはまだ続けた。



「でもね…たまにここにも兵隊さんたちが来るの。


すっごく怖いの。私たちを見つけるとすっごく怖い顔して魔法や剣や弓を向けてくるのよ」



今度は少し辛そうに表情を歪めながらの発言。


彼女のその言葉を聞いていたローデウスは、気が付けば聞き返していた。


『それはどうしているの?』と。



すると彼女は辛そうに笑いながらその質問に答えた。



『殺した』と。



そして次に彼の頭の中を埋め尽くすのは、一体どうやって子供の彼らが訓練された兵を殺害しているのか…その方法。


するとそんな彼の心の中を見透かしでもしたのか、ルミネシアが無邪気な笑顔を浮かべると、アジトの中で一番高い場所に彼の手を引きながら案内した。



「えっとね、どうしてもやらなくちゃいけないときはね…」



そう呟きながら…ルミネシアは少し力み、掌を空中に掲げ、200メートルほど先の大岩に狙いを定め…



「この綺麗なのを出すの!!」



なんと、その手の中に、水属性の魔方陣を展開した。



そしてローデウスが驚愕していたその刹那…



「えい!」



魔方陣から鋭利な水の刃が二本、高速で十字架のように飛び出し…


狙った大岩を綺麗な四等分にしてしまった。



『ズズズ…ドォォン!』



低い音と共に崩壊する大岩は、小高い岩の山を作った。



すると今度はカイルが飛び跳ねながら手を上げる。



「俺も俺も!俺も出来るよ!!」



まるで褒めて欲しい純粋な子供のそんな仕草。


しかしそんな発言とは対照的に…小高い岩山に向けて放たれたのは、バスケットボールサイズの火球。


着弾したそれは、とんでもない爆風と轟音を巻き起こし、岩の山どころか周囲の地面まで大きく抉り取る。



ローデウスは開きっぱなしの口を精一杯動かし、平然を取り繕って彼らに尋ねる。



「き、君たち…これはどこで?」



「戦ってる兵隊さんたちのを見て覚えたの!」




規格外のセンスと、あの威力から裏付けられる恐ろしいほどの魔力量。


これで訓練された兵士たちが簡単に殺された理由は、何一つ不可解な点なく理解できた。




ローデウスは自分の実力にはそこそこ自信があった。


それは、幼い頃からやってきた王宮剣術や優秀な魔法使いによる魔法の教育。


きっと王国の中でも10番内に入るほどの実力はあると自負していた。


…それ故に悟る。



こんな小さな彼らだが、殺り合えば死ぬのは恐らく自分だと。




「ねぇねぇ!凄いでしょ!!」



「う、うん…」



それに彼らの両親と村の住民たちを殺したのは、自分の国の兵士たち。


きっと彼らの中に渦巻く、エルサイド王国に対する憎悪は深い。


ならば、自分がその仇の国の王子だと知られれば、彼らはきっと自分を殺そうとする。


そうなるとここは自分の身分は伏せておくのが得策だろう…。




だが……




「…ごめん……」



「?どうしたの?」



「アッハハハ!腹減りすぎて限界なんじゃねぇのか!!?」



彼はそんなに器用な人間ではなかった。


目の前で無邪気に笑う幼い彼らの大切なモノを奪い…そして、彼らにもまた…奪わせてしまっている。


心優しいローデウスは、責任を感じずには居られない。


気が付くと、二人の脇にそっと手を回して彼らを強く抱きしめ、整った顔をグチャグチャに歪めてまるで子供のように嗚咽を漏らしながら泣き始めた。



「ごめんよぉ…僕のせいだ……僕が王位さえ守れていれればこんな戦争なんて……」



「お、おじちゃん!?」



「…おじちゃんじゃない……



グス…僕は…僕は『ローデウス=エム=エルサイド』。



君たちの……両親を殺した兵士たちの国の…王子なんだ…」




頭では分かっていても、どうしても謝らなければいけない気がした。それで許されるはずが無いことはよく分かっている。


だから…ここで彼らの仇討ちの標的となって死んでも仕方が無い。



ルミネシアとカイルは、幼いながらにも彼の言っていることを理解したのだろう。驚いたように大きな目をさらに大きく見開く。



するとルミネシアはゆっくりとローデウスの頭の上に手を伸ばし…



「そんなに辛そうに泣かないで。大丈夫。こんなに素直な人が、悪い人じゃないことは分かってるから」



彼の頭をそっと撫でながら、ふわっと優しく微笑んだ。




予想外すぎる彼女のそんな行動に、力が抜けて抱きしめていた彼らを放した。


幼い彼らの瞳には多少の驚きが伺えるが、怒りはどこを探しても見当たらない。



「アッハハハ~、そうだよな!こんな子供っぽいヤツが悪人なわけが無いよな!!」



「こ、子供っぽい…?」



「うん!大人の格好した子供みたいだよ!」



彼らの発言に少々精神的ダメージを受けたローデウスだが…子供らしく笑う二人を見ていると、そんなことも忘れ、自分も笑ってしまうのだった。




・・・・・



「とまぁこんな感じじゃな。で、数時間後…いきなり家出したローデウスを追ってたワシがようやく見つけたときには…なんかスッゴイ仲良くなってたんじゃよ…。


んで国を取り返して王位継承。護衛部隊として帝が成立。


初期のメンバーはカイルとルミネシア、そしてワシじゃ」



思い出してきて若干頭痛がしてきたのか、額を押さえるバノン。



するとルミネシアとカイルたちは楽しそうにグラスを傾けながら、当時のことを思い出したように語り始めた。



「あ~そんなこともあったねぇ…アレからもう三十年も経っちまったのかい。


確かあの後って…」



「そうそう!あの後って確かまだ国作ってなかったときの『ミーリタリア王国』の国王と仲良くなって、俺たちとめっちゃ少人数の兵でエルサイド王国を爺から取り戻すんだよな!!」



ー…コイツらそんな小さい頃に反乱軍として活躍してんのかよ…規格外もいいとこだなホント…ー



なんだか話を聞いていて拓也も頭が痛くなってきた。


そして盛り上がり始めるルミネシアとカイル。思い出談義に火が付いた今、きっと彼らはしばらく自分たちの世界に入り込むだろう。



そこで拓也はバノンとルミネシアとカイルの次に年長者の、ヴェノムとシェリルに声を掛けてみた。



「二人はどういう経緯で帝に?」


「俺たちも戦争孤児だぜ。なんかよく分からんが旅してたあの人に拾われた」



「あぁ、そのことじゃが…実は、城からいきなり姿を消したと思ったら自室に『世直しの旅に出るので探さないでください☆』って書置きがあっての。

流石にめんどかったからあの時は放置したわい」



「なんかスッゴイしつこかったよね~!親は死んだって言ったらボロボロ泣き出して、一緒に行こう!って言い出すし。


まぁ行く所も無かったから別にいいんだけどさ!」






話を聞いているだけで分かるローデウスの人柄。


きっとバカが付くぐらいお人よしで優しいのだろう。



そして…多分、彼にだから帝たちは付いていくのだ。



「じゃあ闇…シャロンは?」



「…10歳くらいのとき…私は………書斎に忍び込んで…本を読み漁ってた……



…そしたら見つかって………逃げたけど…泣きながら追いかけられた」



その光景が容易に予想できてしまう。



「それで……逃げてる途中に…本なんて…いくらでも読ませてあげるって………言った。



そして…今に至る」



「なるほど…こんな小さな子が勉強すら出来ないなんて…的なこと言いながら追いかけられた?」



「!…よく…わかったね」



何気なく思ったことを尋ねてみると、どうやらその通りだったようだ。


驚いたように目を丸くするシャロン。



「あ、確かその後だったっけ?王都の国立学園にもっと沢山の生徒が通えるように建て替えて、郊外の各地にも勉強を教える施設を完備したのって」



そしてヴェノムが付け足す。


きっとローデウスは優しいのだろうが…まさか一人の子供を見て、ここまで大きな行動を起こすとは…何という行動力。



そして成功という結果を収めているのがなお恐ろしい。


だがそれも恐らくは、彼の人望あってこそのものなのだろう。



拓也は少し感心したように息を吐き、ワインの入ったグラスを傾ける。


すると、くつろいでいた拓也の耳にルミネシアとカイルの会話が流れ込んできた。



「あれ?アンタの息子って今年で16だっけ?」



「ガハハ!そうだぞ!!お前の娘は何歳になる!?」



「ッブッホァァッ!!?!?」



予想外すぎる二人の保護者トークに思わず盛大にワインを口から噴水のようにぶちまけてしまう。


カイルとルミネシアが奇怪なモノを見る目で拓也を見つめるが、彼はそれどころではなかった。



「え!?なに!?お前ら既婚者なのッ!!?」



「あ、当たり前だろ!?」



「ガハハハハ!!なんだ、独身だとでも思われてたみたいだな!!」



ただただ驚愕。


開いた口が塞がらないとはまさにこのこと…帝唯一の良心、ルミネシアはともかく…慢性アルコール中毒患者に嫁がいて、そしてまさか子供もいるなんて……




「ちなみに今年お前も通ってる国立学園に入学したぜ!一年Sクラスだ!!」



やはりというかなんと言うか…流石は帝の息子。


きっとかなりハイスペックに違いない。



するとルミネシアが、横から一枚の写真を拓也に見えるように差し出した。


写っているのは、母親同様水色の髪を揺らし、ビニールプールで水遊びをする小さな女の子。



「5歳のときの娘さ、どうだい?可愛いだろ?」



「ほぉ~、目元とかそっくりだな」



「そうだろ!?よく言われるんだ!」



嬉しそうに顔を綻ばせるルミネシア。やはり自分の子供とは可愛いのだろう。


すると今度はカイルが豪快に笑いながら話題を変え、拓也に振った。



「ちなみに学園祭の魔闘大会相当楽しみにしてたぜ!もしかしたらお前も戦うことになるかもな!!」



まるで自分のことのように楽しそうにそう発言する彼。


拓也はそんな彼に合わせてヘラヘラ笑いながら口を開く。



「いや、俺は魔闘大会に出るつもりは無いぞ。というか去年も出てないし」



なぜ?という表情を浮かべる一同。


だがその答えは単純。自分が出て行っても面白くないからである。



しかしカイルは彼がそんなことを考えているとは知らず、ちょっとだけ慌てたように彼を説得し始めた。



「で、でも、言っておくがアイツ結構強いぜ!?」



やっと出た、説得の為のその一言。


しかし拓也はカイルのその言葉にニヤリと口角を不気味に大きく吊り上げる。


そしてグラスの中のワインに視線を落としながら楽しそうに呟いた。



「残念だけど…うちの大将は半端じゃない」



その言葉が指し示す人物を、彼らは知っている。



今や帝を除き、王国の中でも最強クラスの実力を誇る、ギルド『漆黒の終焉』所属。

二年生に上がると同時に異例の速さでのSSSランク昇格を果たし、今後の帝候補として国の上層部が注目している存在で、二つ名持ちの彼女。


しかし残念ながら本人が気に入っていないため、彼女が二つ名を名乗ることはほぼ無い。というか最近は改名を考えている始末だ。



だがその実力は確か。



「ミシェル=ヴァロア…確かに相手にとって不足は無いな!!」



「クックック…ミシェルは日々進化する。果たして勝てるかなァ!!?」



結局この宴は、次の日…土曜の朝日が昇るまで続いた。




・・・・・



翌日…時刻は午前9時。



「…拓也君……大丈夫?」



いつも通り修行をしに来たビリーは、ミシェルに招かれ家の中へ…


いつもは家の前に到着しただけで現れるはずなのに、なにかおかしい。


そんな疑惑を抱きながら、リビングのドアを開けると…拓也は居た。



思わず口から零れる彼を気遣う言葉。



無理も無い。



「はい……じゃあいつも通りブロンズ像引いて王都3週な…」



「う…うん…」



真っ青な顔をしてソファーに横たわる彼のその声に元気は無い。


どうやら相当しんどいのか、手の甲を額に乗せてうな垂れる彼の姿にいつもの余裕は全く無かった。



一体どうしてこんなことになっているのか…非常に気になるビリー。


しかし今彼をこれ以上疲れさせるのはマズイ。だから聞くわけにはいかない。



すると彼のそんな心境を読み取ったミシェルが、隣の彼に小声で解説をしてくれた。



「昨日、帝の皆さんと飲み会があったんです……そこでどうやら、炎帝さんとのゲームで相当飲まされたみたいで…」



「あぁ…そうなんだ……」



「オェ…せ…正確には『お兄ちゃんもお姉ちゃんもみ~んなアル中にしちゃうぞ☆目指せ☆ウォッカ3ガロンイッキゲーム☆』…だ…ッウ!」



「無理して喋らないほうがいいですよ」



1ガロンはリットルに換算すると3.8リットル。つまりイッキしたのは11.4リットル。


おまけにウォッカはアルコール度数95度を超える、王国の中でも最強のモノで行ったらしい。


ちなみにアルコールは度数60以上になると火を近づけただけで発火する。



「じゃ、じゃあ僕は走ってくるよ…」



とりあえずそっとしておこう…そう脳内で結論付けると、ビリーはそう言い残し、足早に玄関から出て行ってしまった。


取り残されたミシェル。彼女は軽く溜息を吐きながら、ソファーに沈み込む拓也に視線を向ける。



「…結構前に、酒は飲んでも呑まれるなって私に言いませんでしたっけ?」



「返す言葉が見当たらねぇ…」



「ハァ…水でも飲みますか?」



「…悪い、頼む」



二日酔いでダウンしている拓也には悪いが…ミシェルは、体調不良でいつになく素直な彼が可笑しく、少しだけ面白そうに笑みを浮かべた。


ニコニコと笑みを浮かべながらキッチンへ向かい、水差しに水と氷を入れて、棚からコップを取り出す。


すると苦しそうに呻きながら身を捩った拓也の目に、ある物が止まった。



「…ミシェルが恋愛モノの小説なんて珍しいな」



それはリビングのテーブルの上。彼女が昨日ジェシカから受け取った、恋愛小説。


拓也はきっとタイトルからジャンルを予想したのだろう。

彼は、いつも推理やミステリーしか読まない彼女にもちゃんとそういう一面があるのだと、嬉しそうに顔を綻ばせた。


しかし彼のそんな表情とは対照的に、マズイ…といった表情を浮かべるミシェル。



「こ、これは………ジェシカが貸してくれたんです…」



彼女はこの小説を、夜を明かしながらも読み終えていた。


規則正しい生活を送る彼女が、何故徹夜なんてマネをしたのか?



答えは簡単…色々と……衝撃的だったからである。



そして彼女は知った。彼が酔って帰ってきてぶっ倒れたのが衝撃的すぎて今の今まで忘れていたが…彼女は男女の付き合いとは、一体どういうものなのかを知ってしまったのだ。



生々しいその内容を思い出しただけで顔から煙が出そうなミシェル。


とりあえず冷静になろう。そう自分に言い聞かせるように視線をそっとシンクに落とした。




「ふ~ん…でも今活字なんて見たら確実にもどすな……止めとこう」



「…は、ハハ……」



しかし…冷静になろうと見つめる先のシンクに、ボンヤリ写る自分の顔。


その色は予想通り…真っ赤だった。



冷静でいようとすればするほど、何故か鮮明に思い出してしまう本の内容。


最早パンク寸前のミシェルだったが、そんな彼女を拓也の苦しそうな呻き声が引き戻す。


そして既にキンキンに冷えて表面が結露で湿ったガラス製の水差しと、同じくガラス製のコップを手に小走りで拓也の下へ向かった。




フローリングの上に引いた絨毯に両膝を突き、コップに水差しの水を注ぐ。


水が異様に冷えているのか、それとも自分の体温高くなっているのか…ミシェルにはそのコップが非常に冷たく感じる。



「はい、どうぞ」



「すまんな……どうしたミシェル、顔…赤いぞ」



どうやら後者だったようだ。


辛そうに上体を起こし背もたれに沈み込む拓也は、黒い瞳に彼女の上気した顔を映し心配そうにそう呟く。



「え、ぁ…そ、そうですか?」



動揺するミシェル。きっとさっきシンクに映った赤面っぷりから変化していないのだろうと思考を巡らすが、今はそんなことどうでもいい。


適当に誤魔化しながら水差しをテーブルの上に雑に置き、彼に顔を見られないようにするためか、彼の隣に腰掛け、自分から話題を振った。



「というか拓也さんなら、二日酔いくらいすぐに治せるでしょう?」



もっともなその質問。


というか拓也は以前、ミシェルの前で一瞬で酔いを解消する技術を見せたことがある。



しかし…拓也は彼女のその問いは、まるで愚問だと言わんばかりの様子で口を開いた。



「クックック…ぁ、甘いな…オェ…」



「無理して喋らないほうがいいんじゃないですか…?」



彼女のそんな呆れ顔のアドバイスに、拓也はとりあえず喋るのを止めて呼吸を整え始めた。


やはりかなり辛いのか、肩で息をする拓也。


彼が呼吸をする度に、酒の匂いがミシェルの鼻を擽る。



そしてそうしている内に楽になってきたのか、拓也は先程の続きを謎のドヤ顔で語り始めた。



「…た…体調不良だと……こうやって…ミシェルに優しくしてもらえるッ!!」



「…なんですか?私は普段優しくないと?」



「…いつもにも増して…と……言うべきだったな……」



彼のその言葉に少しだけ不服そうにしているミシェル。


するとどうやらちょっとしたすれ違いが起こっていたのか、自分の言葉に、拓也はすかさず補足を加えた。


まぁ…ミシェルも軽いジョークのようなものだと理解していたので、別に機嫌を悪くしたりはしていない。




「ハァ…アイツ化け物過ぎるだろ……」



「炎帝さんのことですか?」



「あぁ…物理法則的に……人間の体には3ガロンの液体なんて入んねぇよ……アイツの胃袋は異次元にでも繋がってんのかね……」



昨日、小さな樽を傾け一滴たりとも中身を零さず、まるでこの程度の樽はジョッキと何ら変わらないとでも言うが如く大量のウォッカを飲み干した炎帝…カイル。


一方、拓也はそれを半分も飲まないうちに力尽きてしまったのだ。



悔しそうに歯を食いしばる拓也。ちなみに一応言っておくと、カイルが異常なだけであって拓也は普通…というかかなり善戦したほうである。




それと酒のイッキ飲みはマジで生命の危機に関わるので、良い子も悪い子も絶対にマネしてはいけない。



「当分酒は止めとこう…」



拓也は懲りたようにそう呟きながら、ミシェルから受け取ったコップを傾けた。


冷たく冷えた水は火照った体に速やかに流れ込むと、熱暴走を起こした体をクールダウンするように全身の隅々まで染み渡み、心地よい感覚が全身に広げる。



ミシェルは、隣で彼が大きく息を吐いてリラックスする姿が面白かったのか、口元を押さえて軽く笑う。



「そういえば…ミシェル最近全然お酒飲まないよな。やっぱり自粛してる?」



水を口にしてだいぶ楽になってきたのか、口調の軽くなった拓也が、隣のミシェルに笑いかけながらそう尋ねた。


彼女は、飲酒による過去の自分の行いを次から次へと思い出す。



まだ恋人ではなかった拓也に…抱きつき、甘え、頬にキスをして…挙句にはベッドに引きずり込んで一夜を過ごす。


彼が究極のヘタレだったために何事も無かったが、アレは今思い出しても顔が焼けるほど恥ずかしい。



「…自粛というか…なんというか……色々と迷惑をかけるので……」



そう呟きながら少しだけ恥ずかしそうな表情を浮かべるミシェル。


拓也が、そんなちょっと珍しい彼女の表情を隣から覗き込もうとするが…彼女はそれに気がついて、ふいっと顔を拓也が居ない方の隣へ逸らしてしまった。




きっと彼女自身も自分が今顔を紅くしていることが分かっていて、顔を逸らしたのは多分、そんな表情を拓也に見せたくないのだ。


拓也はいつものようにいじらしい彼女の紅くなった耳を眺めて軽く笑うと、モモに手を付き力を込めてソファーから立ち上がる。



「ちょっと軽くシャワー浴びてくるわ…」



「?…朝お風呂入ってましたよね?」



「熱いシャワー浴びると血行促進できてアルコールを早く分解できるんだ」



「へぇ…知りませんでした」



ふらついた足取りでリビングと廊下を隔てるドアへ向かう。


ミシェルがそんな彼の後姿を心配して見つめていると…案の定、立ち上がったことで軽い貧血による立ちくらみでも起こしたのか、彼はドア近くの壁にふらりともたれ掛かった。



「世界が揺れている……」



「ハァ~…」



そして壁に体を預けたまま訳の分からない独り言。


ミシェルは呆れたように溜息を付くとソファーの淵に手を掛けながら立ち上がり、彼の隣まで移動してグロッキーな顔の彼を人差し指でツンツン突きながら声をかける。



「肩ぐらい貸しますよ、掴まってください」



「…自分より華奢な女の子に……何という屈辱ッ!!」



と、言いながら、拓也は嬉々として彼女の方に手を回す。



ミシェルは、彼が壁から飛び移るように絡まってきたことに少々驚いて力んだが、拓也もちゃんと考えてはいるのか彼女は彼を支えてもそこまで重くは感じない。


ミシェルは歩を進めながら冗談半分で呟いた。



「まったく…世話の掛かる護衛さんですね」



「クックック…ミシェル、そこは『ダーリン(はぁと』だろ?」



そしてすかさず返ってくる拓也のそんな冗談。声帯模写もしているので非常に質が悪い。


一瞬鳩尾に肘でもぶち込んでやろうかと悩んだミシェルだったが、そんなことをしてはここでリバースされかねない。


すんでのところで思い止まり、結局無視をするという選択肢を選んだ。



すると拓也はそれが面白くなかったのか、今度は彼女の方に回した右手をワキワキと気持ち悪く動かすと、妙に真剣な表情で口を開く。



「この状態って…もしミシェルのお○ぱい揉んでも二日酔いのせいってことで見逃されるんじゃないか?」



「捕まってください」



「クゥゥゥゥ辛辣ゥゥッ!!!」






某カード会社のキャラクターを髣髴させる声を上げる拓也。


イラッとしたミシェルはこめかみにピキリと青筋を浮かべるが、一応体調の悪いらしい彼に物理攻撃を加えることはしなかった。


何の制裁もないことに拓也は少しつまらなさそうに唇を尖らせるが、体勢的に彼女は気が付かない。



すると拓也は何か思い出したような様子で目を少しだけ見開くと、隣のミシェルに向かって口を開いた。



「そういえばさ、水帝と炎帝って既婚者だったんだ。驚きだろ?」



「へぇ、そうなんですか」



「あ、一応これ個人情報なんで内密に頼む」



「…分かりました」




なら何故言った…理解に苦しむミシェル。



しかし拓也は彼女のそんな心境などまるで察さず、今自分が持ち出した話題に関連した出来事を記憶から引き出し、その中でも印象に残っているものを楽しそうに語りだした。



「それでさぁ、水帝と炎帝が息子と娘の小さいときの写真見せてくれたんだよ。それがめっちゃくちゃ可愛くてさ!」



にこやかな笑顔で語る拓也。



一方…彼の隣のミシェル。


一瞬放心したかのような完全な無表情に表情を変化させると、その一瞬の間に脳内から引き出す昨夜読んだ小説から得た知識。


その中でも最も鮮明に思い出したのは、子供を作るという過程に絶対的に必要な…行為のシーンだった。


非常に濃密に描かれていたそれは、まだ初心な彼女の羞恥心の上限を突き抜けるには十分すぎる刺激。



「…」



数秒の無言の後、やはり耐え切れなくなった彼女は真っ赤に赤面しながら



そして…彼女がこうなるトリガーとなったのは、恐らく拓也の発言。



だがそうとは知る由も無い拓也は、まだ楽しそうに話を続けている。


彼女には最早…彼のそんな話を理解している余裕など無かった。



「ッ///」



「ヘアァッ!ッグェ!?」



ミシェルは頬を真っ赤に染めたまま彼を前方へ投げ飛ばし、そのまま踵を返し階段を駆け上がって行ってしまった。


いきなりの理不尽な攻撃に晒され、フローリングに叩きつけられた拓也は潰れる蛙のような呻き声を上げ、伸し餅のように床にべったり張り付く。



そして胸部と腹部を強打したことで勢いを増す強烈な吐き気。


しかし…長年の修行の賜物か……幸いにも力尽くで捻じ伏せることができ、惨事には至らなかった。






一人…まるでゴミのように放られ、冷たい床に転がる拓也は静かに呟く。



「…おかしい……まだ乳は揉んでなかったはずだが……」



とりあえず乳から離れろと言ってやりたいが、生憎この場にはそれをツッコんでくれる優秀な人材は居合わせていなかった。


拓也は仕方なくフローリングの上をロードローラーのように転がりながら脱衣所を目指す。



そして…その途中で、とんでもないことに気が付いてしまった。




「床…気持ちいい……」



二日酔いのせいの火照りでじんわりと熱い体に、冷たいフローリングはまさに砂漠の中で見つけたオアシス。


そんな世紀の大発見をしてしまった拓也は、脱衣所に向かうのも忘れ、ぐて~っとうつ伏せのままフローリングに頬を付いた。


その姿はまさにスライム。





「おぉ…この硬さ…冷たさ…そしてこの質感……実に良いッ!!」





この後、床に熱烈な頬擦りしていた現場を訪問したラファエルに目撃され、非常に残念なものを見る冷たい目を向けられたのはまた別のお話。


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