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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第二部
29/52

新たな物語の始まり




東の空が赤く染まる。



今日も…昇る太陽。いつも通りの日常。



東の果てから差し込む朝日は、此処…『エルサイド王国』の王都を今日も照らす。



そのエルサイド王国の王都内の少し外れ…小高い丘のようになっており、人気が無い場所にぽつんと立つログハウスのような一軒家。



その中から一人の人物が眠そうに玄関を開けながら現れた。



黒髪黒目のその人物の手には、鞘に収まった剣。




「ったく…まだこの時間は少し肌寒いな……」



腕をしきりに擦りながら、気怠そうにそう呟くと、鞘に収まっていた剣を抜き放ち、素振りを始めた。




決してイケメンではないこの青年。名は鬼灯拓也。


元異世界人であり、次期『時空神』というなんとも奇妙な人物である。



そんな彼はある一人の人物を護るためにこの世界へやってきた。今では縁があり、その人物とは恋人同士。





そして…彼は、大好きで愛おしい彼女を護るため…こうして今日も鍛錬を積むのだ。




「あぁ~…今日の朝飯なんだろうな……」



「今日は拓也さんの好物のサバですよ。味噌汁もあります」



「……それは実に楽しみだ」




いつからそこに居たのだと驚きの表情を浮かべながらも、素振りは止めずにそう返す。


この銀髪蒼眼の美少女こそ…彼の護衛対象であり、恋人の『ミシェル=ヴァロア』


実にクールな雰囲気を帯びている彼女。そんな彼女がほほ笑んだその表情は、表現が出来ないほどに美しい。



「ちなみにお弁当は?」



「ふふふ~、内緒です。拓也さんはいつも楽しみにしてくれていますから」



「なるほど、ミシェルは楽しみは後に取っておくタイプか…」



他愛も無い会話を繰り広げる二人。


最早その姿はさながら新婚夫婦のそれであるが…勘違いしてはいけない。彼らはまだ恋人同士である。



「それでは私は戻りますね。まだやることがありますので」



「あいよー。俺も6時ごろに戻るわ~」




現在時刻は午前5時30分。彼の毎朝の日課の素振りは、今日も欠かさず行われている。


ミシェルはまだやることがあると言い、家の中へ戻って行った。




拓也は再び一人になった庭で、ポツリと呟く。



「俺たちももう3年生か…早いなぁ……」











オーディンとの激戦からおよそ一年。拓也たちはエルサイド国立学園の3年生になっていた。


拓也、ミシェル、ジェシカ、アルス、メルは変わらずSクラス。


拓也はジェシカが何故か進級試験が近くなると天才的な頭脳を発揮することにとにかく驚いていたが、本人が言うには『やればできる子』のようである。


セリーはSクラスを目指してはいたが惜しくもAクラス。それでもAクラス内で最上位に位置するほどの実力者ではある。



そして…ビリー。



なんと彼は……拓也の非人道的とも言える特訓に次ぐ特訓で、Bクラスまで上り詰めた。


まぁ…彼のことについては後で詳しく説明することにしよう。





剣を振り続けている内に、太陽は少しだけ高く上る。拓也はそろそろか…などと内心で呟くと、剣を鞘に納めて家の中へ戻って行った。



こうして…彼らの一日は、また幕を開ける。



・・・・・



「いただきま~す」



「はい、どうぞ」



素振りを終え、軽くシャワーで汗を流した拓也はミシェルが待つ食卓に着き、そう挨拶をして食事を始めた。


ちなみに今日の朝食は彼女の宣言通り、メインがサバの塩焼きである。




しかし拓也は真っ先にそれには手を付けず、とりあえず椀に注がれた味噌汁に手を伸ばした。


椀の中で対流を引き起こす、まだ熱々の汁をそっと口の中へ流し込む。



「やっぱ美味しいなぁ…ミシェルまた腕上げた?」



「拓也さん直伝ですからね、上手にもなるでしょう」



ミシェルはその褒め言葉に対し、自分も味噌汁を啜りながらクールにそう返す。


しかし、内心…実はちょっと照れているのだった。




拓也はそうあしらわれながらも、二ヘラ二ヘラとしただらしのない表情筋が緩み切ったような笑みを浮かべる。


仕方がない。決してイケメンではない自分が、こんなに家事が出来て、ホントはとても優しい美少女が、自分の彼女なのだから。



すると拓也のそんな緩み切った笑みに気が付いたミシェルが首を傾げる。



「どうしたんですか?」



「いや……なんでもないさ…」



菩薩顔でそう言われても逆に怖い。


しかしミシェルはそれ以上追及することはせずに、食事を続けた。



・・・・・



食事を終えた二人は、学園へ向かう通学路へ着く。



4月の始め。つい最近3年になりはしたが、これといって変わりはない。



変わったことと言えば、朝食と弁当はミシェルが作るようになったということぐらいだろう…彼女曰く、『彼女としてのせめてもの務め』だそうだ。



「なぁ、ミシェル」



「なんですか?」



「今日のパンツ何色?」



「ぶっ飛ばしますよ?」



そんな他愛もない会話を出来る幸せ。彼女は相変わらずクールで済ました表情だが、拓也は隣のそんな彼女へ視線を向けてニコリと微笑んだ。



「淡い水色」



予想で適当に言ったのにもかかわらず、次の瞬間拓也の顔面にめり込むミシェルの拳。


この一年間で彼女の突きも中々強化されてきたと拓也は内心喜んでいると、次第に学園が見えてきた。



いつもの学園。そこそこ早い時間な為か、生徒の姿はまばらである。



すると、茶髪セミロングの可愛らしい人物が、拓也たちに話しかけてきた。



「あ、鬼灯君とミシェルさん!おはよう!」



「セリーさん。おはようございます」



「…鬼灯君、鼻血出てるよ…?どうしたの?」



「なぁに、ちょっとしたジョークを言った結果さ……」




この少女は拓也たちの友人の一人。セリー=ランス。


拓也の天敵のリリー=ランスの実の妹であり、姉とは違い基本優しい。



…が…しかし、少々天然のようなところがあり、特に考えない発言で人を傷つけることもある。ちなみに拓也もよく被害を受ける人物の一人だ。



女性二人が会話している内に拓也はティッシュを取り出して、垂れた鼻血を拭き取りながら、物思いに耽っていた。



彼女が進級試験の結果発表でAクラス残留が決まった時に、かなり落ち込んでいたのは記憶に新しい。


しかしどうやらもう持ち直しているようで、その表情に暗い部分はない。


拓也は彼女のそんな強さに安堵すると同時に感心し、ポケットティッシュを鞄の中へ片付けていると、ちょうど彼女たちも話が終わったようだ。



「じゃあまたお昼に。バイバイ」



「えぇ、また後で」





「…その会話を最後に…彼女の姿を見たものは誰もいない…」



「変なモノローグを挟むのは止めてください」




・・・・・



教室に入れば…居た。



いつものようにニッコリとした笑みを張り付けた青髪のイケメンフェイスのアルス。



拓也は迷わず彼のもとまで歩みを進めると、鞄からある物を取り出し…ミシェルに気が付かれないようにそっと彼に手渡した。



「サンキュー。面白かったぞ」



そのブツの正体は…本。それも結構小さいサイズ。恐らく小説だろう。



そしてその本のタイトルだが……




「この『深夜の~遊び』シリーズは結構お気に入りなんだよね。良かったら今度新作の方を持ってこようか?」



「是非に…」



拓也が今手渡した小説は『深夜の人形遊び』といったタイトル。



一見ホラーのようなタイトルだが…実は違い……。



「この本…メイドさんが主人と人形プレイってのが堪らなく良いよね!」



「ちょ、アルス声大きい…」



本当はただの官能小説である。



一年ほど前に発覚したこの衝撃の事実。当時は拓也も驚愕し、取り乱したが、今となっては同じ趣味を共有する貴重な友人だ。ちなみに拓也の愛読シリーズ…『賢者への道』は、アルスもお気に入り。


彼らのそんなやり取りを遠巻きに眺め、ミシェルは何をやっているのだろうと首を傾げるが…世の中には知らなくてもいいことはあるのだ……



「あら、今日はいつにも増して早いですわね」




「あぁそうだアルス。今日ってなんか課題ってあるっけ?」…」



「今日は特に無いよ。明日は数学の課題があるけどね」



「ちょ、ちょっと…人の話を」



「うへぇマジか…やってないな」



「い、いい加減に」



「仕方ねぇ、今日帰ってからやるか…ッああぁぁぁ!!?!?



な、なんだ!?隕石か!?!?」



「なんだ…ではありませんわッ!!!人を散々無視するとはどういうことですの!!?」



更にそこに現れたのは、この国…『エルサイド王国』の王女にして、拓也たちのクラスメイト。ハイメルシューラルム=エム=エルサイド。



通称メル。ちなみに巨乳である。



彼女は拓也の脳天に辞書で致命攻撃を加えると、感情を剥き出しにして怒ったようにそう発言した。



「何か言うことはありませんのッ!?」



「お、今日はサイドテールじゃん。というか今日も影薄いね、ぜんぜ~ん気が付かなかった」



次の瞬間彼の脳天に第二撃が打ち込まれたのは言うまでもない。






そして彼女と口論している内に、時間はあっという間に流れ、現在時刻は8時30分。


もうすぐホームルームが始まる。



すると教室に勢いよく、金髪の巨漢が突入してきた。



「やあ!皆おはよう!!今日もいい天気だね!!」



明るく爽やかな笑顔と共にテリーは模範的な挨拶をクラス中に響かせる。もうあらかたクラスメイトが揃った教室は、ガヤガヤと賑やか。皆が口々に適当に返事をし、教室は再び騒がしくなる。



テリーは名簿を手に、生徒が全員揃っているかを確認し始めた。


そこで独りが足りていないことに気が付く。最早”常連”のその人物。テリーは苦笑いを浮かべて時計へ目をやった。現在時刻は8時34分。



「もうすぐかな…」



この学園は、朝のホームルーム開始のチャイムは8時35分に鳴るように設定されている。テリーはそんなことを呟きながら、時計から目を離し、教室の後ろのドアへ視線を向けた。



時計の針は時を刻み…そして秒針は遂に頂点へ達しようとしている。




その刹那…テリーの視線の先のドアから、教室の中へ影が滑り込むようにして侵入した。


それと同時にチャイムが高らかにホームルームの開始を告げる。




「ハァ…ハァ……せ、セーフだよね!?ぎりぎり間に合ったし!!」




「あぁ、今日はギリギリだったね!さぁ席に着くんだ!ホームルームを始めるよ!!」




肩で息をし、勝利の笑みを浮かべるのは…赤髪のショートカットの少女。


ジェシカ=ミルシーである。



彼女は遅刻しなかったことに安堵し、呼吸を整えながら席に着くと、彼女は一メートル程度の感覚で離れた隣の席の拓也に話しかける。



「たっくんおはよー!」



「おはよう。ちなみに俺は今日、朝からミシェルに殴られたぞ」




彼のそんな意味不明な話の広げ方と話題のチョイスに、ジェシカは盛大に腹を抱えて笑う。



「ハッハッハ―!相変わらず仲良いねぇ!」



「いやぁ…それほどでもぉ」



一体どこに照れる要素があるのか…。彼らの斜め前の位置に居るミシェルは心底疑問に思うが、今はホームルーム中なので黙っていることにした。


いつも通りのホームルーム。黒板には連絡事項が書かれたりしている…が、テリーの巨体で黒板が非常に見辛い。



しかしそんなことにももう慣れたクラス一同だった。



・・・・・



そして放課後…。鞄を手に、教室を出た拓也はある場所に向かっていた。



同じ階にある教室。目的はある人物を確保するため。



すると、拓也が見つける前に、彼は向こうから現れた。



「あ、拓也君!」



「よぉ、じゃあ今日もとりあえず帰るぞ。そっから修行な」



「う、うん…」



茶髪のフツメン…ビリー=ラミルス。


一年前に彼は、拓也に弟子入りしてからこうして平日はほぼ毎日、放課後彼の下で鍛錬を積んでいる。



基本的には拓也たちの家の前の庭で筋トレ等々…。



そして彼は今日も、非人道的とも言える過酷なメニューをこなすのだ。



・・・・・



「た、拓也君…重いよ……」



「大丈夫大丈夫、たった120キロ程度の重りじゃないか」



防弾ベストのようなごつい重りを付け、そう弱音を吐くビリーに拓也は涼しい顔でそう返した。


ミシェルは心配そうな視線をビリーへ送るが、彼はそれどころではない。



それより…ジェシカは相変わらず笑っているあたり、やはり鬼畜である。



「だって…昨日までの100キロの重りじゃ軽いんだろ?負荷は常に掛けておかないと…」



「す、少しだけ慣れてきたって言っただけじゃないか!!」



「慣れとは恐ろしいモノだぞ、ビリー」



深刻な顔つきでそう言う拓也。ビリーは彼のその顔つきから深い物を感じていたが…



「(あれ絶対適当に言いましたね…)」



ミシェルだけは彼が適当を言ったことを見抜き、ジトっと湿った視線を向ける。


すると拓也は彼女から贈られてくる冷ややかな眼差しに気が付き、彼女とは別の方向へ顔を逸らした。



そんなやり取りと、ビリーは遅れて歩きながら眺め、一言ボソッと呟く。



「でも…この一年間走り込みと筋力トレーニングとストレッチばかり…僕はいつになったらこれを卒業できるんだろう…」



「バカめッ!」



次の瞬間、彼の顔面を砲弾のような空気の塊が直撃した。


思わず怯んで仰け反り、120キロの重りを身に付けたまま尻餅をついてしまうビリー。


何事かと慌てて視線を上げたその先には、拓也が半身で、拳を突きだした姿勢でニヤけ面を顔に張り付けていた。



「肉体の強化を卒業?バカを言ってはいかんなぁ…。魔武器がグローブのお前は鍛えぬいた肉体こそが武器。


それを磨くことを怠るなど…言語道断である」




拓也はニヤニヤしながら自分のカバンに手を突っ込み、ビリーに近づくと、素早く鞄の中から何かを取り出し彼のカバンの中に突っ込んだ。



何をされたのか分からないビリー。しかし彼は次の瞬間、自分が支える重さに耐えきられなくなって膝から地面に崩れ落ちる。



「愚かだなビリー。罰として重り20㎏追加だ」



「そ、そんなぁ…」



そう拓也に言われ、ビリーはようやく鞄の中に重りを入れられたということに気が付くのだった。




・・・・・



なんとか拓也とミシェルの家までたどり着いたビリー。



しかし…次に彼を待っていたのは……



「た、拓也君……あと何回?」



「よろこべ、あとたったの200回だ」



地面に打ち付けられた巻き藁に片手逆立ちでの腕立て伏せ。


拓也は掃き出し窓の外に増設されたウッドデッキに腰掛け、お気に入りの小説『賢者への道5』を開いてページを捲っていた。



するとビリーは彼の言葉に耳を疑い、声を張り上げる。



「ちょ、ちょっと待ってよ!最初に150回って言ったじゃないか!」



「おぉ、まだまだ元気だな。じゃあ250回で」



「な、何で増やすんだい!?」



「元気そうだから」



なんの気なしにそう言い放つ拓也。


ビリーはもう何を言っても無駄だと諦め、黙々と腕立てをする道を選ぶのだった…。



軋む筋肉が悲鳴を上げ、肉体の疲労は汗となり顔を伝う。



この一年間、一度も本来の目的で使用したことのない巻き藁は、この腕立てのせいで上部がすり減り、巻きつけられた藁には彼の汗が染み込む。



時刻は4時前後だろうか?まだ太陽は顔を出しており、彼の疲労を加速させる。



そして指示された250回を終わらせた彼は、崩れるように巻き藁から落下した。




すると拓也が小説を閉じ、彼の下へ歩み寄ると…そっと彼に手を伸ばした。



「お疲れさん、よく頑張ったな」



「た、拓也君……」



美しき師弟愛…ビリーは目を潤ませながら彼の手を縋るように求めたが…拓也の手は伸ばした彼の手をすり抜けて……



「よし、次はこれ引きずって王都3週な。あ、もちろん魔力は使用禁止だから」



彼の腰に丈夫そうなロープを結び付けた。


ロープの端には、幾重にも吊るされた…ブロンズ像。


彼の中で何かが大きな音を立てて崩れ落ちる音がした。



・・・・・



颯爽と走り去るビリーの後姿を笑顔で見送る拓也。


ミシェルはそんな様子の彼に心配そうに声をかけた。



「ビリーさん…大丈夫でしょうか?」



拓也は彼女のそんな問いに、大して心配などしていないといって様子でけろっと返す。



「大丈夫大丈夫。あいつああ見えてもちゃんとしてるから身体強化なんてしないさ」



「違います、ビリーさんの体が心配なんです。」



やれやれといった様子で額に手をやるミシェルは、彼の無茶とも言えるようなやり方で鍛えられるビリーを哀れむようにそう発言した。


確かに明らかに色々とおかしい拓也の修行法。しかしちゃんと彼にも考えがある。



拓也は斜め後ろで眉をひそめる彼女に振り向くと、にこりと笑って一言。



「俺ならあの程度余裕」



「拓也さんの常識でモノを言わないでください」



いい笑顔で何を言うのかと思えば…。


加速するミシェルの頭痛。そろそろ頭痛薬が必要なレベルだ。



拓也はまだ何かを企んでいるような笑みを浮かべている…が、これ以上彼の思考を読むと、さすがのミシェルでもパンクしてしまう。



だから彼女はあえて何も考えないようにして、家の中へ戻っていった。



すると拓也も何故か彼女の後をついてくる。



「何でついて来るんですか?」



「ミシェルのお尻が魅力的……はいなんでもないですさーせん」



最早慣れたものだ。


寸分の狂いもなく、拓也の額に突き付けられる光の魔方陣。


そして流れるような拓也の謝罪。



年中見られる、ヴァロア家の光景である。



ミシェルはいつもながらセクハラをしてくる彼にため息をつくと、ジトッとした目で彼をじっと見つめた。



「なんでもないなら外に戻ってはどうですか?ビリーさんの修行中なんですし」



「ビリーは果て無きランニングへ行っちゃったからなぁ…暇」



「そうですか、じゃあ巻き藁でも突いていてはどうです?」



彼女のその提案に、拓也は考え込むような仕草を見せる。


そして何か閃いたように手をポンと叩くと、人差し指をピンと立てながら満面の笑みで口を開いた。



「いや、ミシェル。お前に魔法を教えることにしよう。最近ビリーばっかりで時間が取れてなかったし」



「……そうですか」



ミシェルは彼のその言葉がちょっぴり嬉しく、。そっぽを向いて小さくそう返した。




すると拓也はそっぽを向くミシェルに笑みを向けると、特に意識せずに口を開く。



「それに…俺はミシェルが一番大切だからな」



なんだか最近はビリーのことばかりで、放置されていたように感じていたミシェル。


一応彼女なのになぁ…などと思ってみてもそれを言葉にすることはできなかった。


自分の恋人のはずなのに…。


それは可愛い嫉妬というものなのだろう。



しかし…彼は意識してはいないのだろうが、たまにこうして歩み寄ってきてくれる。



「(ホント…ズルイです)」



そんな彼の意図しない行動に、面白いように翻弄される自分。


ミシェルは内心でそう呟くことで、赤くなる頬をなんとか誤魔化すことに成功した。


・・・・・


時間は流れ、現在時刻は午後9時


極限まで痛めつけられ、鉛のように重たくなった体を引きずるように動かすビリー。彼が向かった先はシャワールーム


疲れた肉体に当たる温水が心地良い


外傷は全く無いが、その代わりに筋繊維はズタズタ。何度彼の元から逃げ出そうかと考えたことだろう


「ふぅ…今日もなんとか生きてる…」


シャワールームから出て、タオルで体の水分をふき取りながらしみじみとそう零し、安堵の表情を浮かべる。



ふと視線を落とせば、一年前よりかなり鍛えられ、筋肉がついてきた肉体。


一瞬形として現れるそんな成果に少し喜んだ彼だったが、明日も待っているであろう素敵なトレーニングメニューを想像して絶望から表情を真っ暗にするのだった。



しかしそんなことをしているとせっかく温まった体が冷めてしまう。


ビリーは少し慌ててタオルで全身の水分を拭き取ると、そのタオルを首から提げながら寝室のほうへ移動した



最早娯楽などしているほどの余裕は無い


彼が修行を開始してからの生活スタイルは



起床→学校→修行→就寝というなんとも簡単なものになってしまったのだ。



そして…彼には寝る前にもう一つやらなくてはいけないことがある…



「ハァ」



ビリーは溜息をつきながらベッドサイドテーブルの上に置いてある、謎の黒い球体に触れた。



すると…次の瞬間、その球体に全身の魔力を一瞬で吸収されてしまった。


拓也曰く、『魔力は限界近くまで放出→回復を繰り返すことで上限が上がる』のだそうだ。


そして彼は魔力をギリギリまで吸い取られ、倒れるようにベッドに沈み込んだ。


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