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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第一部
23/52

想い

・・・・・



「た、拓也君… その傷はどうしたんだい?」



「…気にせんで下さい……」



ボッコボコに腫れ上がった顔面に視線を送りながらそう尋ねる王。拓也は俯いたままスープをスプーンですくい、ちびちびと飲みながらそう答える。


そんな状態の彼の隣で、メルは一目でご機嫌斜めと分かるくらいツンツンしながらそっぽを向いた。


王妃はそんな二人を方をにこにこしながら眺めると、満足そうに無言で頷く。



自分に非がある分、拓也は彼女に話しかけづらい。結局ギスギスしたまま食事は終わった。



・・・・・



「はぁ~…」



時刻は午後10時。メルは自室でそんな溜息を吐きながら、仰向けでベッドに倒れ込んだ。


しかしその溜息は負の意味を孕んだものではなく、その逆のものである。



彼女はフカフカな素材に沈み込みながら、今日の出来事を思い起こす。



「…楽しかったですわ」



拓也と一緒に行った街。喫茶店を巡ったり、劇を見たり、手品を見たり…様々なことをした、実に濃厚な一日だった。



「……やっぱり…拓也さんはすごいですわね……」



また、彼の優しさに触れた一日でもあった。


寒さをしのぐ防寒グッズ、子どもの風船、さり気なく荷物を持ってくれたりする気回りの良さ。


そんなことをぽつぽつ思い出しながら、メルは羞恥で熱くなった顔を枕に埋め、呻き声を枕で掻き消し、足をバタつかせた。



その時、不意に部屋のドアが何者かにノックされる。



「ハイム、どうかしたの?呻き声みたいなものが聞こえたのだけれど」



「な、何でもありませんわ!!」



慌ててベッドから起き上がり、乱れた髪と服を手で直す。頬はまだ仄かに赤い。




赤面しながらそんな言い訳で誤魔化すメル。


拓也は苦笑いで首元に巻かれたマフラーを握る。



「はいはい、仕方ねぇから受け取ってやろう」



「せ、折角人が気を使ってあげましたのになんですかその言い方は!…ッ!!」



「ッハ!いつからマフラーが一つしかないと錯覚していた!」



わざと彼女を怒らせるようにそう言うと、彼は新しく取したマフラーで彼女の顔をぐるぐると巻くと、両端を固結びで止めて、彼女の視界を塞いでしまうと、煽るようにそう発言した。




「むぅぅ!!…うぅ~!んぅ~!!」



「え?なに言ってるかわかんない」



両腕を伸ばしてバタバタと動かし、拓也を探すメルだが、拓也はその手を軽々と躱しながら、更に煽る。


次第にメルは作戦を変え、マフラーを外そうとするが…何故か外れない。


拓也は彼女のその愚かな行動を蔑むような目を向け、嘲笑する。



「無理だよ。そのマフラーは、後頭部、顎、その他色々な顔の凹凸を利用して外しにくいように巻いているのさッ!!」



「むぅ゛ぅ゛ッ!!」



親切に説明し、倒れない程度に背後から背を押す。


彼女は前方に重心を移動させられ倒れそうになったが、踏ん張って留まると、振り向きながら怒った呻き声を上げて早くはずせとジェスチャーをした。



「あ、というかそっちの方が注目集めるしいいんじゃないの?お前影薄いんだし。


今日も一日出歩いてて、お前のこと誰も王女だって気が付かなかったしな。

それどころか存在自体が気が付かれてなかったような…1時ごろの昼食でも水が一つしか運ばれてこなかったし、人とぶつかりそうになるし…やっぱり認識されにくいんだな!俺もそう思う!!背後に立たれた時なんて絶対気が付かないもんな!!」



そこまで言っていて彼はようやく気が付いた。彼女の手に、魔武器である大鎌が握られていることに。


目が見えていないはずなのに、一歩、また一歩、かのっ所は正確に彼の下へ近づいて行く。拓也は思わず後退りする。


そして彼女がダッシュに移行したと同時に、彼も踵を返し猛ダッシュで逃走した。


掴まれば刈り取られるデスゲームの開始である。


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・・・・・



「た、拓也君… その傷はどうしたんだい?」



「…気にせんで下さい……」



ボッコボコに腫れ上がった顔面に視線を送りながらそう尋ねる王。拓也は俯いたままスープをスプーンですくい、ちびちびと飲みながらそう答える。


そんな状態の彼の隣で、メルは一目でご機嫌斜めと分かるくらいツンツンしながらそっぽを向いた。


王妃はそんな二人を方をにこにこしながら眺めると、満足そうに無言で頷く。



自分に非がある分、拓也は彼女に話しかけづらい。結局ギスギスしたまま食事は終わった。



・・・・・



「はぁ~…」



時刻は午後10時。メルは自室でそんな溜息を吐きながら、仰向けでベッドに倒れ込んだ。


しかしその溜息は負の意味を孕んだものではなく、その逆のものである。



彼女はフカフカな素材に沈み込みながら、今日の出来事を思い起こす。



「…楽しかったですわ」



拓也と一緒に行った街。喫茶店を巡ったり、劇を見たり、手品を見たり…様々なことをした、実に濃厚な一日だった。



「……やっぱり…拓也さんはすごいですわね……」



また、彼の優しさに触れた一日でもあった。


寒さをしのぐ防寒グッズ、子どもの風船、さり気なく荷物を持ってくれたりする気回りの良さ。


そんなことをぽつぽつ思い出しながら、メルは羞恥で熱くなった顔を枕に埋め、呻き声を枕で掻き消し、足をバタつかせた。



その時、不意に部屋のドアが何者かにノックされる。



「ハイム、どうかしたの?呻き声みたいなものが聞こえたのだけれど」



「な、何でもありませんわ!!」



慌ててベッドから起き上がり、乱れた髪と服を手で直す。頬はまだ仄かに赤い。


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・・・・・


一方その頃、拓也は何故か王城の一番高い場所に居た。


恐ろしい寒さの中なのに大した防寒もせず、屋根の上に腰を下ろした彼は、何をするでもなくただただ虚空を見上げる。



「……ハァ~…」



メルと同じように溜息を吐くが、彼女とは対照的にその溜息には負の感情を孕んだそれは、今の彼の心境をはっきりと映し出す。



そんな彼の背後から、声を掛ける者が一人。



「どうした、溜息なんて珍しいな。柄にもねぇ」



「…許可なく王城に侵入するとかお前も立派な大罪人だな。じーさんも喜んでるんじゃないか?」



「俺は天使だから人間の法には縛られませ~ん!!」



現れたのは、6枚3対の純白の翼を背に生やす天使。セラフィム。


彼の姿を視認するべく拓也は振り向いた。


煽るようにそう言ってきた彼だったが、足を滑らさないように、ビクビクと引けた腰を無理矢理動かし、屋根を伝うその姿に拓也は思わず吹き出した。



ー…なんだよこいつ高所恐怖症かよ!まぁ分からないでもないけどさぁ

!!…-



荒ぶる腹筋を抑え、声に出せない叫びを内心でぶちまける。


その内にセラフィムはなんとか拓也の隣まで来ると、その場でドカッと腰を下ろした。



「んで?何しに来たのお前」



「なに、お前が俺を呼んだからだ」



「呼んでねぇよ、帰れよ」



毎度のことだが、何の予告も目的も無く表れるセラフィム。やはり今回もそうかと拓也は額に手をやる。



「まぁなんだ…お前の新しい場所での生活が気になってな。見知ったミシェルちゃんの所じゃないからあんまり遊びに行けないし」



「そんなことか…そんな変わんないよ。…あ、でもやることが無さ過ぎて辛い。家事とか全部使用人がやってくれるし…」



「何それ超羨ましい」



拓也の生活環境を羨むように、セラフィムはギリギリと歯ぎしりをし、妬みを露わにした。


「そんないいもんじゃない。俺は…………」



「なんだよ、続きは?」



「…………忘れてくれ」




言葉に詰まった拓也を、セラフィムがそう追求し続きを語ることを催促する。


しかし拓也は自分の発言を取り消すためにそう言い、視線を泳がせた。



ー…あれ…今俺、何考えてた……?-



自分しかわからない思考。しかし拓也は自分が何を考え、何を発言しようとしたかを忘れてしまっていた。いや、無理矢理抑え込んだという方が近いのだろうか?


それを知ってか知らずか、セラフィムは含みのある笑みを浮かべる。



「ここが暮らしにくいなら、やっぱりミシェルちゃんと住んでた時の方がお前に合ってたんじゃねぇの?」



「……ん~、確かに家事とか出来ないとちょっとむず痒いんだよな……。なんか半年間やってたから、習慣になっちゃってて」



いい言葉が思い浮かばず唸りながら顎を指で弄る。そして以前の生活と現在を比較しながらそう言った。


セラフィムも適当に相槌を打ち、次に新しい話題を振る。



「というかお前、この国の王女と結婚すんの?そんなことを小耳にはさんだんだが」



「…別に……ただ話が出たってだけだ。決まったわけじゃない」



拓也はぶっきらぼうにそう返す。


彼はセラフィムから視線を外しながら、数日前のことを思いだしていた。



『そこまで嫌というわけでは……ありませんわ』



食事の席で、メルが拓也との結婚をそこまで否定しなかったあの時のことだ。


100兆年もの間、色恋沙汰に全く無縁だった拓也は、確かに人から向けられる好意に鈍いかもしれない。


しかし拓也もそこまでバカではない。あの場面、いつもの調子の彼女なら、間違いなく全否定してくるはずなのだ。だが彼女はそれをしなかった。

更に思い起こせば様々な場面で、小さな心当たりもある。



つまり、それらが指し示す答えは…



ー…メルは…俺に好意を持っているかもしれない……ー



導き出したその答えが、彼を悩ませる種の一つである。


彼女のその言葉に対し、彼は『それは母親の命を救われた恩義に負い目を感じているだけだ』…そんなことを言った。


自分でもそれは逃げだと分かっていた。



ー…待てよ…何で俺は逃げた?……俺は別にメルが嫌いじゃない。


というかむしろ人間として好きだ……ー



今度は理由について自分に問いかける。



ー…俺がいつ死ぬかもわからないから?………いや、違う。あの時はそんなこと考えてなかった……ー



では何を考えていたのだろうか。しかし何故か思い出そうとしても思い出せない。



ー…それなら、別に結婚も悪い話じゃない。…今は恋愛感情がなくてもこれから好きになればいい…幸いメルもそこまで嫌がっていない……ー



そんな考えが頭の中に浮かぶ。


同時に自分の使命、この世界に来た理由。それが頭の中を駆け巡った。



ー…でも………ミシェルを護るのが俺の役目。そんな自分が…………傍を離れてもいいのか?ー




「あぁ、クソ…考えが纏まらん」



苛立ちを隠せない拓也に、セラフィムは笑い掛ける。


微笑みながらポケットを漁り、彼がよく食べている柑橘系の飴を二つ取り出し、それを一つ彼に手渡した。


それを彼が口にしたのを確認すると、自分も一つ口に放り込む。



「まぁ…悩むのは人の常だ。よかったな、どうやらお前も人間らしい」



「なんだそれ、俺は最初から人間だっての」



軽く笑みを交わし合う。


飴のおかげで落ち着きを取り戻した拓也は、何気なくふと空を見上げた。


次の瞬間、思わず感嘆の声が口から自然に零れる。



「おぉ~、すごいな」



「ほんとだなー」



瞳に飛び込んできたのは、満天の星空。


青みを帯びた黒を背景が、一つ一つ異なる光を放ち煌めく星たちをそれぞれ優しく包み、神秘的なほどに美しい光景を作り出していた。


昼が終われば夜が来て、月が昇る。エネルギッシュに燃え盛る太陽とは対照的に、静かに銀色の輝きを放つ月。


その銀色の月は拓也の目に、比類ない程美しく映るのだった。


・・・・・




「ジェ、ジェシカ…。あなたの部屋はここじゃないですよ?」



「え、そうだっけ?」



同時刻頃、ヴァロア家。



ミシェルは苦笑いと共に疑問符を浮かべ、首を傾げてジェシカに向けそう発言する。


対するジェシカも首を傾げて見せる。


彼女のその手には枕がしっかりと握られていた。



「もう寝ようよミシェル。今夜はちょっと寒いから暖かくして寝ないとね」



彼女はいい笑顔のままそう言うと、ミシェルに飛びつき彼女をベッドに押し倒す。



「…ちょ、ちょっとジェシカ!」



成す術も無くベッドに仰向けに倒れ込んだミシェルは慌てたように声を上げ、拘束を振り解こうともがく。


単純な力では勝てないので、ジェシカは大人しく拘束を解くと、彼女の枕の隣に自分の枕を置き、そのまま横になって寝る態勢を作った。



「ほら、一緒に寝よ?」



「………ハァ……それなら最初からそう言ってください」



無抵抗の彼女を前に、ミシェルは頭を抱える。


突拍子もない彼女の行動は、こうして様々な意味で、いつもミシェル感情を動かす。


溜息を吐きながらベッドに入り、毛布を首まで被る。すると肌寒さの一切が消え去り、隣からジェシカの体温が伝わってくる。


そんな温もりを感じていると、いきなり腹部を何かが這った。



「ミシェルスッゴイスタイルいいねぇ~」



「ひゃぁ!!じぇ、ジェシカ止めてください!!」



「いいじゃない少しくらい!」



ミシェルの腹部を這い回るジェシカの手。


ミシェルは身を捩って背後の彼女にそう呼びかけるが、止める気配は一切ない。


この後、こんなやり取りが30分に亘って続いたのはまた別のお話。


・・・・・



「へぇ、そうだったの。楽しんできたようで何よりだわ」



一方こちらはメルの部屋。


今日、拓也と出かけた感想を嬉々として話すメルに、彼女の母親であるミラーナは相槌を打ち、まるで自分の事のように楽しそうに頷いた。


彼女も、自分の娘が楽しそうでうれしいのだ。



「それに…拓也さんはやはり……その…優しいですわ………べ、別に変な意味じゃないですわよ///子どもが離してしまった風船を取って差し上げたり………私が風邪をひかないようにと…色々配慮してくれました!」



まだまだ話足りない様子でそう語ってくれるメルに、優しく微笑みを向ける。


青春しているなぁ…と内心で思い、自分の昔を思い出して物思いにふける彼女は、自分の青春時代を思い出すと同時に、歳を取ったことを自覚して、自嘲気味な笑みを浮かべた。



「ハイムは本当に拓也さんのことが好きなのね」



若さを羨むと同時に、母親として娘の成長を嬉しく思いミラーナはそう言う。するとメルは分かりやすく取り乱す。



「べ、別に!!そういう意味で言ったわけじゃ///」



慌てて弁解しようとするが、何も思いつかず、結局赤面して閉口。


そんな娘の様子を更に明るい笑顔で見つめると、ミラーナは片手の人差し指をピンと立てて口を開く。



「ふふふ、恋とはいつの時代も面白いモノね。


いいこと?ハイム…もし彼のことが好きなら、その想いはちゃんと言葉にして伝えなさい。

あなたのペースで、あなたのタイミングで、ここぞという時。時間は掛かってもいいから、相手の目を見てしっかりと伝えるの」



それは年長者からのアドバイス。


メルは母親の言葉を聞き逃さないように背筋を伸ばしてそれを聞き終えると、真剣な面持ちで何度も頷いて見せた。



「結果がどうなるかなんて分からないわ…でも待ってるだけじゃダメ。


頑張ってね、応援しているわ」



「…はい!お母様、ありがとうございます!」



アドバイスを受けたメルは、元気良く返事をし、感謝の意を述べる。


綺麗に咲いたその笑顔。しかしいつもとは違い、その表情からは、ほんの僅かであるが悲哀を感じる。


母親であるミラーナですら見落としかけた程に、些細な変化。



「……ではまた明日。お休みなさい、ハイム」



だが彼女はあえてそのことを追求せずに、部屋を後にするのだった。


・・・・・



一日が終わり、現在時刻は深夜の午前三時。



自分の部屋で考え事をしていた拓也は、銀の懐中時計を開いて時間を確認すると、大きな欠伸をする。



「…そろそろ寝ないとなぁ……」



パタン、時計の蓋を閉じてサイドテーブルに置き、自分はベッドに倒れ込む。


ミシェルの家で使っていたベッドよりもかなり大きいそれは、拓也の体をしっかりと受け止めてくれるが、拓也は何処か物足りなさを感じる。

しかしその正体は分からない。結局答えは出ないまま、目を瞑り、眠気が意識を呑み込むのを待つことにした。



ー…明日は日曜か。ミシェルに謝りに行きたいけど……ー



「………顔合わせ辛い…ギルドでも行こうかな」



だが思ったように眠気は来ない。閉じていた目をパチリと開き、そんなことをぼやきながら溜息を吐く。


すると突然部屋のドアがノックされた。


ノックをした人物は拓也が起きていることを知らず、遠慮がちに叩いたのか、ノック音はだいぶ小さい。



「起きてるから入っていいぞー」



拓也はドアの向こうの人物にそう呼びかける。ちなみにこの抜けたような喋りかたは、ドアの向こうの人物の正体が分かっているからである。


案の定、彼の予想通り、開いたドアから覗くのは、綺麗な金髪を下ろしたエルサイド国王女、メル。


少々恥ずかしそうに、躊躇いながらドアを開けた彼女は、何故か体の半分ほどをドアに隠してそこから動こうとしない。



そんな彼女の不可解な行動に拓也は首を傾げて奇妙そうに口を開いた。



「……………メル、後ろにゴキブリ」



「イヤアアアアアァァァァッ!!」



飛び跳ねるようにしてダイナミックに入室した彼女は、後ろを振り返らずに全力で疾走。


拓也のベッドに飛び込むと、人間にイジメられ、怯えきった犬のように丸くなってドアの方を凝視する。



「まぁ嘘だけど」



「ッ!!あなたはッ!!!そういうことは心臓に悪いですわ!!止めてください!!!!」

軽やかに彼女の突進を回避した拓也は、ベッドの端で嫌みに笑みを浮かべておちょくる。


メルはそんな態度を取ってくる彼にグッと歯を噛みしめながら、講義するが、彼はまともに取り合う気が無いらしい。ヘラヘラと笑っては、彼女を軽くあしらうのだった。



「というかこんな時間になんだよ。遂に常識まで失ったかこの駄王女」



「誰が駄王女ですって!?」



「いやお前しかいないだろ」



弄れば弄るほどギャンギャン喚きながら噛みついてくる彼女を、拓也は面白そうに弄ぶ。


様々なバリエーションでやればやるほど、その都度噛みつき方を変える彼女を心のどこかで少し尊敬しながら、拓也は彼女に尋ねた。



「それでお前本当に何しに来たんだよ?夜這……分かった、冗談だからそのサイドランプ離せ…




いや、離してください!!」



おもむろにサイドテーブルに置いてあったベッドサイドランプを手にしたメル。


若干焦った拓也だが、冷静に説得を試みようとする。


しかし言い方が命令形だったのが気に入らなかったのか、それともただ彼の言い掛けたことに腹が立ったのか、ランプを思い切り彼の頭目がけて振り下ろした。


拓也は、直撃するすんでのところで白刃取りの要領でそれを止めると、懇願するように彼女にそう呼びかける。



「…ハァ、まったく。いい加減にしてほしいものですわ」



メルも拓也が止めることは予想していたのだろう。溜息を吐きながら力を抜き、ランプを元あった場所に戻す。



「それはこっちのセリフだ。なんで毎度毎度良く育ったおっぱいを目の前で揺らされなくちゃならんのだ。


健全な青少年には刺激が強いんだよ!少しは時間帯考えろやこの魔乳!!」



どこが健全な青少年なのかは全く持って理解できないが、一つ分かったことがある。



それは次の瞬間彼は顔面にファイナルエ○スプロージョンをくらうということだ。




「………そんなこと言われましても……………どうすることもできませんわ」



しかし、予想していた激昂した表情と反し、帰ってきたのはいつもの彼女らしからぬ、落ち込んだような迷ったような、シュンとした表情。



「お、おぅ…」



拓也は戸惑い、返答とも取れないそんな相槌を打った。


しばらくの間、沈黙が部屋の中に流れる。


拓也も困惑して何も発言できない。なのでとりあえず場を和ませようと、サイドテーブルのバスケットから飴を二つ取り出し、それをシャツの中に入れた。


そして胸を思い切り張り、渾身のドヤ顔で一言。



「乳首」



とうとう彼の顔面にファイナルエ○スプロージョンが炸裂した。



「ッいってぇぇぇぇぇ!!!」



あまりの衝撃にベッドからぶっ飛んで床に叩きつけられる。鈍い痛みが背中から内臓を揺らす。


肺の中の空気が押し出され、それと口から吐き出すのと一緒に、拓也は血反吐を吐き出して、それきり動かなくなってしまった。



王国最強を地に沈めるとはこの王女…恐ろしい攻撃力である。



「ッ…あなたは!人が真剣な話をしようと思っている時にッ!!」



「え?真剣な話って何?」



「そ、それは……」



拓也がそう聞き返すとまた押し黙り、そっぽを向いて沈黙するメル。


もう一度やろうかとサイドテーブルまで歩き、飴玉を手にした拓也だったが、彼女が拳を握ったのを目にして、手に取った二つはそのまま口に向かわせるのだった。



「ハァ~…黙っちゃわかんないぞ。笑わないから言ってみろ」



バスケットの中を手でガサガサと漁り、取り出した一つをメルに投げ渡す。



「……ありがとうございます」



また元気がなくなってしまった彼女。


拓也は少し眉を顰めて腰に手をやると、もう一度溜息を吐いて見せた。



「……………」



しかし彼女も喋ろうと努力はしているようだ。言葉こそ出ていないものの、口を時々動かしかける。だが、メルはそのたびに溜息を吐いて頭を抱える。


拓也は、何かを考えているのだろうと思考を巡らすと、彼女が喋り出すのをじっと待つことにした。




10分……15分……時間が流れる。


メルは相変わらず何を喋り出すでもなく、先程のような行動を断続的に繰り返す。


拓也も隙を見て飴を服の中に入れようとするが、何故かメルはそれだけは阻止するべく、睨んだり拳を握ったりとその都度アクションを起こすのだった。


しかし、それはまだ拓也の本気ではない。



ー…クックック、甘いなメル…そう、俺には秘策があるのさッ!!-



考えてみて欲しい、拓也の得意な魔法を…そうである。



「メル…僕の勝ちだ!!」



彼は高らかにそう叫び、思い切り胸を張った。


勝ち誇った表情の彼は、同時に満足そうな顔で天を仰ぎ気分は最高潮。


思わず零れる笑い。











「ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!ッ~!~~!!?!」



そして胸部の二か所に放たれる正拳突き。


身体強化を施して的確に放たれた二つの拳は、確実に二つの飴を砕いた。


砕け散った球体の破片は拓也の乳首に深々と突き刺さる。


尋常ではない痛みに深夜なのもお構いなしに大絶叫して床を転がり回る彼の白いシャツの胸の二か所には、しっかりと赤い染みがついていた。



「バカじゃないのッ!!!?バカじゃないのッ!!??!?バカなんだろこのバーーカ!!!!」



「バカバカうるさいですわッ!!なんですのさっきから!!」



「黙れ!!再生しなかったらどうすんの!!?乳首再生しなかったらどうすんだよッ!!」



「男性に使い道などないでしょう!!全く問題ありませんわッ!!!第一何故飴玉を服の中に入れるのです!?」



メル。中々ヤバいことを言っているが、本人も拓也もヒートアップしているのでそのことに関しての指摘はない。


大事なモノを傷つけられた拓也は、患部を辛そうに押さえ涙目になりながら続ける。



「使い道とか普通にあるし!お前がお子ちゃまなだけで全然あるし!!!ていうかマジでふざけんなこの野郎ッ!!再生しなかったらお前の乳首もらうからなッ!!!!」



「それ以上その口を開くようでしたら今度は顎の骨を砕きますわよッ!!」


「ッハ!出来るもんならやってみッ!!っぶねぇ!!」


痛みを必死に堪える拓也は虚勢を張るようにそう叫ぶ。すると空気を切り裂きながら、メルの拳が顎を目がけ高速で飛んできた。


かろうじて回避した拓也だが、思わず背筋を凍らせる。



「本当にやる奴があるかッ!!!というかてめぇのせいで乳首から大量出血なんだが!?そのうえ追い討ち掛けるとか悪魔かこの野郎ッ!!」



「うるさいですわッ!あなたがやってみろと言ったのでしょうッ!!」



プロボクサー顔負けのアッパーを繰り出したメルは、そう講義しながらも、彼が膝を擦り剥いていることに気が付いた。すると、あることを偶然思い出し、ポケットに手を突っ込む。


そこから絆創膏を取り出し、拓也に投げつけた。


それを受け取った拓也は、一言。



「乳首絆創膏とか分かってんじゃねぇかッ!!」



「そっちに貼るのではないですわああああ!!!あなたは一度頭の医者に診てもらいなさい!!」



そして拓也、今更であるが酷い言われようである。



一通り言い争いは終わり、二人は肩で息をしながら疲弊しきった姿を見せる。


拓也はおぼつかない足取りでベッドに倒れ込み、メルは椅子に座り、背もたれに項垂れた。



「まったく…疲れた……」



体の面をひっくり返し仰向けに寝転がると、ぜーぜー言いながら拓也はそう言う。


しかしメルは、長い髪をカーテンのように垂らしたまま動かない。


…ただの屍のようだ。



「…ホント……こんな時間に何の用だったんだよ。お前のせいで城の使用人絶対起きちゃっただろ」



真冬なのに寒くない。むしろ少し熱い。


それほどヒートアップしていたのだと拓也は改めて思う。



メルは以前動かない。あまりの動かなさに拓也は彼女が息をしているかが心配になるが、その心配はいらなかった。




「……拓也さん」



「んー、なに?」



珍しく名前で呼ばれたことに少し首を傾げた拓也だが、その程度のことに一々ツッこみを入れるほどの気力はもう無い。


適当にそう聞き返し、天井を見上げていた。



そして、それは突然訪れる。




「私の……私の想い。…あなたに抱く想い。聞いていただけますか?」


・・・・・


翌日、8時少し前。



「ったく、もう!少しは片付けなさいよねあの酔っ払い共ッ!!」



ギルド『漆黒の終焉』では、受付嬢の可愛らしい幼女が、朝の掃除をしていた。


ギルドと言えども24時間営業ではない。深夜に閉まり、朝にまた開くのである。


長い茶髪をポニーテールにたリリーは酔っ払い共がいつも占領しているテーブルの頑固な汚れと格闘中。



するとまだ開店していないのにもかかわらず、ギルドのドアが静かに開いた。



「あの~まだ…っげ…」



あからさまに顔を顰めるリリー。それもそうだろう。扉から登場したのは彼女の仇敵…拓也。


咄嗟に万年筆を手に構え、見事なスイングで投擲する。



それにしても拓也に対してのこの扱いは何とかならないのだろうか?



ともかく、側頭部目がけてまっすぐ投げ放たれた万年筆は、一直線に拓也のこめかみに向かう。リリーは勝利を確信して口角を釣り上げた。



「…」



しかし拓也はそれを視認せずに軽く手で掴みとる。


いつもなら直撃した後に口論になり、ロイドが止めに入る…というのが一連の流れなのだが…リリーは少し首を傾げる。



「(王国最強って言われてるくらいだからこのくらい防ぐのは余裕だろうけど……いつもなら自分から当たりに来るのに……)」



そう。もしギルドに入った時にリリーが何をしなくても、拓也はわざわざ彼女を煽ったりして、なにかと争いを起こすのだ。


それが今日は何故かそうしない。


調子でも悪いのだろうか?などと考えていると、彼の方から声を掛けてきた。



「なんか仕事をくれ」



いつもと変わらない声のはずなのに、何故か少しだけ違和感を感じるリリー。


拓也はそんな疑問を持つ彼女に万年筆を投げ返しながら、彼女が返答するのを待った。



「む、無理よ。8時にならないと受注の登録は出来ないわ」



そう言われ、拓也はポケットから銀の懐中時計を取り出す。



「あと10分くらいか、待たせてもらっていいか?」



「…別に構わないわよ」



いつもの拓也らしからぬ雰囲気に、リリーは何も尋ねられずにそう返した。


許可がを出された拓也は、指輪を剣に戻し、カウンター近くの壁に腕を組みながらもたれ掛る。


リリーは普段とは違う彼の様子に少し戸惑いながらも、受付嬢としての仕事を続けた。



黙って布きんでテーブルを擦りながらも、時々拓也に視線を送る。拓也はその視線に気が付いているのかそれとも気づいていないのかは分からないが、微動だにせず時間が来るのを待つ。



そしてギルドの営業開時間。8時になった。



「…はい、もう大丈夫よ」



リリーはカウンターの方へ小走りで移動し、受付業務を開始。


拓也は彼女の対面に静かへ静かに移動する。



「な、なによ。依頼ならボードに貼ってあるでしょ?」



「……いや、オーバーランクのクエスト入ってないかなって思って……」



「そんなに簡単に入るわけないじゃない。…今あるので難しいのは……はい、SSSランク」



リリーはそう言いながら、ボードに張り出す前の依頼書を引き出しから取り出し拓也に突き付け内容を確認させる。



拓也は内容に一通り目を通すと、帝のカードを提示して、呟くように口を開いた。



「火山一帯の敵性魔物の殲滅か…じゃあこれお願い」



「…分かった、登録はしておくわ」



「ん、頼んだ~」



そう言い残し、拓也はギルドのドアを開けて外へ出ていく。冷たい風が入れ替わりで入ってきて少し寒くなる室内。



「なに…どうしちゃったのアイツ」



リリーは受付側の椅子に座りながら、不思議そうにそう呟いた。



・・・・・




「ッあぁ!」



場所は移り、肌を焼くような熱が容赦なく人体を攻撃してくる火山。



拓也は魔物の群れの中を駆けながらそう叫ぶ。同時に双剣を振るい、自分の進路上でブレスを吐こうとしていた大きな犬型の魔物に瞬時に近づき、一瞬で絶命させる。



「…ハァ……」


『私は……私はあなたのことが……好きなんです』



人から好意を向けられることは、慣れてこそいないがもちろん嫌ではない。それもあんな美少女にだ。



『確かに……きっかけは、お母様を助けられたことかも知れません。


ですが…この気持ちは、絶対に負い目などではありませんわ』



昨晩の出来事を頭から掻き消すように、拓也は魔物の群れの中を駆け、剣を振るう。



『私は……あなたの人柄を好きになりました。



普段はふざけた態度をとっていますけれど、本当は誰よりも真面目で……誰よりも優しい。あなたは困っている人を見捨てない。そんなあなたのことを好きになりました』



椅子に座ったままの彼女が向ける金色の瞳が脳内で呼び起される。


同時に茹蛸のように真っ赤にした顔を、いつもなら背けているはずなのだがそれをせずに、真っ直ぐ自分を見つめる。何かを決心したような表情のメルは、一度深呼吸。


そして彼女が抱いていた想いを紡いだ言葉は拓也の頭の中にしっかりと刻み込まれた。




『だから……だから…私と……




私と結婚してくださいませんか!?』



エルサイド王国王女、告白という手順をすっ飛ばして、一世一代のプロポーズ。


しかし拓也はこのとき、何も言えずにただ茫然としていた。



そのうち彼女は羞恥の感情に教われ部屋を飛び出して自分の部屋に戻って行ってしまった。


拓也は結局返事をしないまま現在に至っているのである。




「あぁッもう!!なんなんだよッ!!!!」



八つ当たりだと分かりながらも、背後の魔物の群れを睨み付けて尋常ではない濃度の殺気を当ててしまう。


そのせいで大半の魔物はショックで気を失ってしまった。




自分がしている愚行に、拓也は更に腹が立つ。


彼女からされたプロポーズが嫌ではない。むしろ人に好意を向けられるのは嬉しい彼。つい先日も、今は恋愛感情がなくてもこれから好きになればいいと前向きな意見を自分の中で出したはずだ。




「…ハァ……なんなんだよ」




しかし自分の中で、それが何かは分からないが、自分の中の”ナニカ”がその意見を否定していることにも気が付いている拓也だった。


・・・・・



「ハイム~、どうしたの?」



同時刻ごろ、使用人たちが忙しく動き回る朝の王城。


メルの母親、ミラーナは、その娘の部屋のドアをノックしながら中に居るであろう娘にそう呼びかける。


日曜日でもいつもと変わらず早起きをしている彼女が、8時を過ぎても起きて来ないのだ。



「どうしたのかしら…」



「心配なのはわかるけど、少しそっとしておいてあげようミラーナ。


何があったのかは知らないけど、ハイムは強い子だよ」



「それもそうね…分かったわ。お仕事がんばって頂戴ね」



「ハハハ、出来ればサボっちゃいたいねぇ」



娘がなぜこうなっているのか知らない両親は、部屋の前でそう会話を交わすとお互いの予定の為にその場を後にした。



・・・・・



「じぇ、ジェシカ…もう8時半になります。早く起きましょう」



「うぅん…もう8時間」



「そ、そんなに寝ていたら夕方になっちゃいます!」



ベッドの中で後ろから抱き付かれた状態のミシェルは、まだ寝ているジェシカにそう呼びかける。


普段なら休日でもいつも7時までには起きるミシェルは当然今日もその時間に起きていたが、一緒に寝ていたジェシカがまだ熟睡だったため起きるまで待ってみた結果がこれだ。


流石のミシェルもしびれを切らし、体に力を込めると、思い切りベッドから這い出した。



するとジェシカもしたかなくベッドから出て、自分の足で

立ち上がる。



「まったく…相変わらず朝が弱いですね、ジェシカは」



「なにすんのさ~、折角気持ちよく寝てたのに~!」



「寝すぎです、あと8時間も寝たいなんてふざけすぎです」



ブーブーと文句を垂れるジェシカに対しクールにそう言い返すと、スリッパに足を通すとミシェルはリビングへ降りて行った。


ジェシカはスリッパを履かずに彼女を追い、そして嬉々として口を開く。



「ねぇねぇミシェル!今日は何するの!?」



「私は魔法の勉強をします。ジェシカも一緒にしますか?」



「…………いや、私はいいや」


・・・・・



「じゃあ次これお願い」



「…はい、分かったわ」



時間は流れ、午後1時少し過ぎ。


受付嬢リリーは拓也が渡して来た依頼書を確認するとそう口を開く。



拓也はギルドのドアを開けてクエストの開始地点まで向かって行った。



「うん、リリー君の言う通り、確かに様子がおかしいね」



「やっぱりマスターもそう思いますか…」



その彼の様子を、裏の方から眺めていたギルドマスターのロイドは、そう発言する。



「何よりリリー君をバカにしないというのがおかしい」



「もう!マスターまで私を子ども扱いするの!?」



「ハハハ、ちょっとした冗談さ。君は大人の魅力のある女性だよ」



「…大人の…魅力!」



そう褒められたことの目を輝かせて喜ぶリリーだが、実は、マズいと思ったロイドがお世辞でそう言ったということは知る由もなかった。



「流石リリー君だね。ギルド員の異変に真っ先に気が付くなんて。有能な部下を持って僕は嬉しいよ」



「え、えへへ……//」



これでもかというほどの社交辞令。確かに仕事のことに関してリリーは申し分ないほど働くが、恐らく拓也の異変に気が付けたのは、普段からのコミュニケーション(物理)のおかげだろうと推測し、苦笑いを浮かべるロイドだった。


しかしリリーは照れたようにニコッとはにかみ、人差し指で頬を掻く。


そんな彼女の姿を見て、なんだか心が洗われるロイドだった。


・・・・・



更に時間は流れ、午後3時。


リビングに設置されたデスクで精霊語エレメントワード)について勉強していたミシェル。


ふときがつくと、習慣的に魔法の勉強をしていた自分に気が付き、少し自嘲気味に微笑む。



「(……やっぱり…一人でやるより、拓也さんに教えて貰った方が分かりやすいです)」



内心でそう呟きながらも、ペンを走らせる。



するとそこへ、先程から何やらキッチンで作業していたジェシカが、出来上がった何かを盛り付けた皿を高々と掲げて声を張り上げた。



「ミシェル!おやつ出来たよ!」



どうやらおやつを作っていたようである。


キッチンの方へ目を向ければ、ジェシカが満面の笑みでこちらを見ている。



「へぇ、何を作ったんですか?」



彼女は忘れていた…ジェシカは基本的に料理をしない。


そして、ミシェルの中で咄嗟に幼少の頃の記憶が呼び起される。


ジェシカの母が留守だった時に、ジェシカが昼ごはんと称し、作った卵焼き。



「(で、でもまさか…全く上達していない訳はないですよね…)」



温かい室内のはずだが、背筋が冷たい。ミシェルは気を確かに持ってキッチンへ足を運ぶ。


恐る恐る覗いた皿に鎮座していたのは…



「どう!?結構上手に出来たと思うんだ!」



それは幼き頃、彼女が作ったモノと何ら遜色のない、炭の塊であった。



上手いも下手もないただの炭。彼女はきっとありとあらゆるものを炭化させる能力の持ち主なのだろう。



「な、なるほど…クッキーですか」



「もう!何言ってるのミシェル!どう見てもホットケーキじゃん!」



「いやどこをどう見ればホットケーキなんですか!?」



あまりにひどすぎる彼女の料理の腕前に、ミシェルも思わず声を荒げてそうツッコんでしまう。


そしてこの後、これを処理するために始めてセラフィムが使い魔として正式に呼び出されたのはまた別のお話。


・・・・・



「も、もうSランク以上の依頼はないわよ」



時刻は午後6時ごろ。カウンターの向こう側のリリーは、依頼がないかと尋ねてきた拓也にそう返す。


なんと拓也はこのギルドにあったSランク以上の依頼を全て片付けてしまっていた。



周りにはいつもと変わらず飲んだくれている酔っ払い共。ソイツらの騒ぎ声のおかげで、リリーと拓也のやり取りは誰にも聞かれていない。



「別にAランクでもBランクでもなんでもいい。貰える仕事はないか?」



拓也は相変わらず仕事を求めてリリーにそう尋ねる。



「あるにはあるけど……でも、他の利用者のことももっと考えてよね。アンタが全部仕事やっちゃったら他の人の仕事無くなっちゃうじゃない」



リリーは困ったような顔を見せた後、少し怒ったようにそう言う。


拓也は一瞬少しだけ目を大きく開くと、そこまで考えがいたっていなかった自分が情けなくなる。



「あぁ、うん…そうだよな」



そんな自分が嫌になりながら拓也は目を伏せた。


するとカウンター席にどっしりと座り、両肘をついて項垂れ考え込むような仕草で、リリーに向けて口を開く。



「じゃあ……なんか適当に酒でももらえるか?」



普段彼が酒を飲まないことを知っているリリーはその注文に異常さを感じ取る。


今日一日の彼を振り返れば、確かにいつもより元気もない。



「…アンタ、今日なんだかちょっとおかしいわよ」



そこでリリーは、今まであえて尋ねなかったことをストレートに聞いてみた。


しかし拓也はその問いに、これといった動揺は見せずに答える。



「そんなことないさ。俺はいつも通りだ」



「いやさ、腹立たしいけどアンタ私に対していつも失礼よね?それもない上にジョークの一つも飛ばさないのがおかしいって言ってんのよ」



ジョークの一つでも…リリー説教されるようにそう言われ、拓也は少しの間考えるように顎を親指と人差し指で弄る。



「……脳みそのレベルはお子ちゃまでしゅか?拓也君お酒注文したんだけどなぁ…流石幼女」



その言葉から間隙開けずに鋭く突き出される万年筆。というかこれはジョークではなくただの悪口である。


しかしリリーが突き出した万年筆は、拓也の顔に届くことはなく、難なく止められてしまった。


するとリリーは溜息を一つ吐いて見せる



「アンタやっぱり、今日ちょっとおかしいわ」


本当はちょっとどころではないのだが、オブラートに包んでそう言う


万年筆から手を離したりリーは一度裏へ下がる。しばらくすると厚手のコートに身を包んで裏から出てきた


どうやら彼女の今日の業務はここまでのようである



「え…あの……注文した酒は…」



オーダーしたはずの酒。しかしそれを出す前に帰ろうとするリリーに向かって拓也はそう口を開く

そんな彼の言葉を受けながら、リリーは西部劇に出てきそうなスイングドアを手で押して、受付席の方からホールの方に出てきた


ちなみに腰辺りで開閉するはずのこのスイングドアも、彼女にかかれば視線とほぼ同じ位置である


リリーはそのままギルドの出入り口前まで移動すると、顔が半分見えるくらいちらりと振り向き、呆然としている拓也に声を掛けた



「お酒、飲みたいならついて来なさい。いいとこ紹介してあげる」



そう残すと、彼女は扉を開けギルドから出ていった


残された拓也は疑問符を浮かべながらもとりあえず席を立つ


そして彼女の後を追う様に歩みを進め、ギルドから出た



ここ最近より一層ひどい寒さに、出た瞬間思わず身を縮こまらせ身震いする拓也。


しかしこんな寒さというのに、辺りを見回せばそれに理に出歩いている人たちが居る。ある者は買い物鞄を手に歩くもの。またある者は亀のように、マフラーの中に首を引っ込め、ポケットの中に手を突っ込んで歩いている。



それぞれの生活の色が見えるこの景色に、少し面白みを感じながら、拓也は辺りを探すようにもう一度よく見回した。



「…そりゃあれだけ小さけりゃ、この人だし見つかんねぇか」


「誰が小さいって?」



左斜め後ろから、鋭く放たれるローキック。しかし拓也は軽く跳び上がりそれを回避する。


着地の後、声の方へ振り向くと、そこにはギルドの壁にもたれ掛っているリリー。どうやら拓也が出てくるまで待っていたようだ。



「というか今の私が居ること分かってて言ったわよね?喧嘩売ってるの?」


「いや、いつでも探知してると思うなよ。今のはホントに気が付いてなかった」



すぐさまこめかみに青筋がピキリ。きっとリリーは彼が冗談を言ってバカにしてきていると思っているのだ。


しかし彼女の怒りに反して彼は素直にそう言った。



「ハァ~…まぁいいわ。ついてきなさい」



最後に拳を拓也の腰に向かいひと振り。しかしそれもやはり止められる。

これ以上ここでこうしていても寒いだけなので、リリーは溜息を吐くとそう言い歩き始めた。


拓也は彼女の行動を疑問に思いながらも、渋々後ろを付いていく。



「なぁ、どこに行くつもりなんだ?」



「私のおすすめの…バー?みたいな所よ」



「なんで疑問形……」



「まぁ行けば分かるわ」



そのまま歩き続けること十数分。時折リリーを見失いそうになりながらもなんとか後を追っていく拓也。


場所的にはエルサイド通りから少し離れた辺り。そこで彼女は、目的地であるであろうある店のドアを開けて店内へ入って行った。



拓也も続けて入店する。



「あ~ら!リリーちゃんいらっしゃい☆





…あ!あなた拓也君じゃない♪久しぶりねぇ、いらっしゃい!」



185はあるかというほどの身長に、色黒の肌。


発達した筋肉。


そして何より………この厚めの化粧。




「あれ?ママこいつと知り合いなの?」



「そりゃあもう!」



拓也は慌てて店のドアを開き、看板を確認する。


すると視線を向けた店先には、『しまうま』と書かれた看板が鎮座していた。



ー…まさか…こんな魔境に案内されるとはな……ー



「ほーら☆寒いから早くドア閉めちゃって!」



遠い目をしながら言われるままにカウンター席に着く拓也。


隣のリリーは何やら注文をしている。



ー…そういえば前にミシェルと来たっけ。あの時は驚いたなぁ、店主これだし…ー



秋ごろの記憶を呼び覚まし、そんな感傷に浸る。



「アンタはどうすんの?注文しなさいよ」



「え、ん~…お任せで」



「は~い♪お任せね!」



注文を受けた店主…もといママは、厨房で忙しそうに動き始める。


すると隣に座るリリーが拓也に話しかけた。



「それで?アンタどうしたの、今日一日ずっとおかしかったけど」



「しつこいな……別におかしくないって」



「じゃあ今日ミシェルちゃんはどうしたの?いつもなら一緒に来るわよね」



「…関係ないだろ」



「ハーイ☆リリーちゃんのジントニックね!拓也君はとりあえず赤ワイン♪」



そこへ異様な異様なテンションで割り込んできたママが、それぞれの酒を二人に差し出す。


拓也は運ばれてきた赤ワインをとりあえず一口煽り、それからじっと一点を見つめたまま黙りこんだ。


リリーはそんな彼の様子を眺めて自分のグラスを揺らしながら口を開く。



「アンタと関係がなくても私にはあるの。ミシェルちゃんとはかなり長い付き合いなんだから。アンタの態度から察するに、ミシェルちゃんと何かあったわね?」



「………別に」



「ハァ~、丸分かりよ。大人しく白状したらどう?」



諭すようにそういリリー。しかし拓也頑なに言おうとしない。いつもの彼ならここで冗談でも言って有耶無耶にするのだろうが、それが無いことでリリーは、ミシェルと何かがあったということをほぼ確信していた。


しかし拓也は、自分の中でも整理が出来ていないからかそのことに関して喋ろうとはせず、ただ黙ったままテーブルを見つめる。


するとリリーは嘘か真か、こんなことを言う。



「………ごめん…嘘ついたわ、アンタのことも少しは心配なのよ」



流石にこの言葉には反応を示した拓也。視線を少しだけ上げ、隣のリリーに送る。


彼女も拓也の目をしっかりと見つめ、もう一度後押しするように口を開く。



「安心して、私は嘘はつかないわ」



「嘘乙。今の今嘘ついたって言ってたじゃねぇか」



そこで拓也が、今日初めて始めて笑った。


それを見たリリーは少し安心したのか、彼女も穏やかな微笑みを見せる。



「お待たせ☆店主おすすめ『天使の気まぐれ♪ドキドキ!ロシアンルーレットフライドチキン』よ☆」



「なにその料理、怖すぎるだろ」



「安心して、この中の一本が激苦なだけよ」



「いや、それならまだ激辛の方がいいんだけど!?」


天使の気まぐれというよりは、悪魔の気まぐれといった方が正しいであろうその料理。


リリーは臆することなくそれを口へ運ぶ。味はどうやらハズレのようで、普通においしそうに食べた。



拓也も恐る恐る一つを口に運ぶ。



「…よかった、ハズレか……」



味は普通。心の底から安堵する拓也だった。



ー…なんだかんだでコイツいい奴だな……いつもはスッゲー攻撃的だけど…ー



同時にそんなことを思う。そして気が付けば警戒も無く口が自然に動いていた。



「実は……王女との結婚の話が出てさ。今、ミシェルの家から出て、王城で食客として住んでるんだ」



リリーは口をはさむこと無く、ただ食事をする手を止めて、大人しく拓也の話を聞く。



「それで…王女の方が多分俺との結婚は嫌がるだろうって高を括ってたんだけど………今日、正式にソイツからプロポーズされて…」



頷きながら自分のグラスを傾けてアルコールを摂取するリリー。


拓也は項垂れて、深く悩み込んだように暗い表情を見せた。


いつも能天気な表情をしている彼からは考えられない表情。良くても真剣な表情しか見たことのないリリーは少しばかり驚愕していた。



「俺どうすればいいんだろ」



真剣に思い詰めている様子の彼に、リリーもいつもの軽口を飛ばす勇気は流石に出ない。


慎重に言葉を選びつつ、会話を成立させるために口を開く。



「…アンタは王女様のことが嫌いなの?」



「いや、むしろ人間的に好きな部類に入る」



「……そっかー、それならアンタの好きなようにすればいいんじゃない?

王女様のことが嫌いじゃないなら悪い話じゃないと思うけど」



リリーがそう言うと、拓也は目に見えてさらに暗くなった。そして訪れる沈黙。


慌てて何かマズいことを言ったかと焦る彼女。しかし先に沈黙を破ったのは拓也の方だった。



「リリー、お前はミシェルとどのくらい親密なんだ?」



落ち込みながらも何処か迫力のあり、真剣なその声色。


突拍子もないそんな問いにリリーは少し動揺を見せ、少し考えるような仕草を見せてから口を開いた。



「そうねぇ…私が13か14歳で、ミシェルちゃんが10歳くらいの時かな?」


昔懐かしい思い出を語るような様子のリリー。



「当時は私もギルド員でね。ミシェルちゃんが登録しに来たのが初めての出会いかな。


あ、そういえば一緒に来てた赤髪のおばさんが最後の最後までギルド登録させまいと説得してたなぁ…」



ー…その赤髪のおばさんって間違いなくジェシカママのことだよな…ー



恐らくミシェルの身を案じて止めてたのだろうと続けて予想し、その場の情景を想像して少しだけ面白くなって微笑む。



「ミシェルちゃん当時から優秀でね。その時から魔力量は250万、属性も光持ち。いきなりAランクからのスタートだったわね」



「当時で250万!?じゃあ今は…」



「えぇ、測定し直せばもっと増えてるでしょうね。



歳も近かったし、私たちはすぐに仲良くなった。ミシェルちゃん、年の割にすごく礼儀正しくてびっくりしたのはよく覚えてるわ。


そうそう、当時はロイd…マスターもギルド員でね。18か19歳でSSSランク。『漆黒の終焉』のエースだったのよ。今ではその実力をかわれてギルドマスターになったの」



途中からロイドの話に変わっているが、リリーは楽しそうに話を続けているため拓也はとりあえず放置しておくことにした。


話を聞けば確かにリリーはミシェルとかなり親しいようだ。



これを話すのはただ仲が良いから。それだけでは理由として足りない。


しかし拓也はリリーの語りを聞いて彼女なら大丈夫だろうと判断し、少し詳しい部分は伏せて、話すことにした。



「リリー、俺はお前を信用して話す。だからこれから聞くことは、口外しないでほしい」



「…え、えぇ。分かったわ」



一片のふざけた態度の見られない拓也にリリーは少し気圧されながらそう返す。


彼女の承諾を拓也は見届け、一度頷くと、とても小さな声量で彼女に語る。



「俺だけの問題じゃないから詳しくは言えないんだが……



ミシェルはある連中に狙われている。ソイツらからミシェルを護るのが俺なんだ」



拓也の口から語られる驚愕の事実。


リリーは目を大きく見開き、あまりの衝撃に思わずフリーズした。



「ミシェルの護衛の問題は、渡してある指輪に付加してある空間魔法と防衛システムでほぼ問題ないんだが、役割上俺がミシェルから離れるのも……って聞いてんのか?」



「え、えぇ…ちょっと話を整理するわね。


なに?ミシェルちゃんが狙われてて、アンタはそれを阻止するために傍に居るってこと?」



「そうなるな」



突然打ち明けられたバカバカしいようなそんな話。しかし拓也が嘘を吐いてるようにも見えないリリーは、状況の整理ができず額に手を当てながら要点を復唱する。


拓也はあっさりとそう返し、彼女の頭痛をさらに悪化させた。



「何それ…どんなファンタジーよ…」



「俺に言われてもなぁ…」



「…その話は本当なのよね?」



「俺がここで嘘を吐くメリットがない」



「確かにそうね…」



最早頭痛が痛いリリー。この際文法の間違いなどどうでもいいほど彼女は酷い頭痛に悩まされる。しかし拓也の言う通り、今彼がこの場で嘘を吐くメリットがない。故にその話が真実だと思わざるを得なかった。



「それでミシェルちゃんを護るにあたって、具体的にどんな細工を施してるの?その指輪に」



「あぁ、やっぱりちゃんと聞いてなかったのね……


ミシェルに命の危機が訪れた時に空間魔法が発動。俺が強制的にそこ場所に飛ばされるようになってる。


防衛システムは……なんか…こう、スッゴイの仕込んでる」



「何よそのスッゴイのって」



「簡単に説明すると攻撃を加えようとした相手が一瞬で消滅する程度もんさ」



そんなことを簡単にやっている拓也にリリーは呆れたように笑いながら、グラスを傾けて一気にアルコールを摂取する。

文字通り飲まずにはやっていられないというやつだろう。


すると、アルコールが入ったからか思ったことを遠慮なしにそのまま口にした。



「というかそこまで備えてあるなら、アンタが傍に居る必要はないんじゃないの?」


刹那、拓也の動きが止まる。


しかしそれも一瞬の内。みるみる表情を暗くしていくと、席に着いた時と同じように項垂れて黙り込んでしまった。



「なによ、黙り込んじゃって。他に問題でもあるの?」



「………いや、無いけど…」



「…けど?」



リーはそう問い詰める。拓也はテーブルの上で視線を泳がせ、適当な返答を探し始める。


彼が口を開くのをじっと待つリリー。拓也は隣から送られるその視線に耐えきれなくなり、焦ったように口を開いた。



「ほ、ほら…俺って、ある人物から護る役目を引き受けてるわけよ。……だから、その対象であるミシェルから離れるってのは倫理的に…ね?」



「アンタの口から倫理という言葉が聞けるなんて驚きだわ」



軽く毒づき、またグラスを傾ける。


すっかり中身のなくなり軽くなったグラスをリリーはゴン!と豪快にテーブルに置き、彼の発言を聞いた感想を率直に伝えた。



「まぁそれは単純に、アンタがミシェルちゃんから離れたくないってだけでしょ」



その言葉を聞いて今度は拓也の方がフリーズした。



「あ、ママ―。次ジンリッキーで、ライム多めね」



「そう言うと思ってもう準備してるわ☆」



見事なフリーズを見せる拓也の隣でそんなやり取りが行われる。


ママはリリーが注文する品が分かっていたようで、すぐさまトニックのグラスを下げ、既に注いで準備していたリッキーのグラスを彼女に差し出した。


それを一口煽り、口内を掛ける炭酸の爽快感を堪能する。横へ目をやれば拓也は未だ絶賛硬直中。


しかし彼も頑張って頭を回転させていたのか、しばらくしてからようやく喋り出した。



「HA☆HA☆HA☆hey girl,いや、だから倫理的に…」



「アンタのそれは難しい言葉並べて、ミシェルちゃんの傍に自分が居るもっともらしい理由を作ろうとしてるだけ。


倫理的に?ッは、ふざけんじゃないわよ。何悩んでるかと思えばそんなこと?…心配して損したわ」



遠慮なしにそう語るリリーに、拓也は何も返せずにただ沈黙する。


しかし、アルコールが入っているせいかリリーは遠慮せずにどんどん続ける。


隣の拓也を睨むように見つめながら、彼女は彼に一つ質問をした。



「それでアンタはどっちなの?一緒に居たいのか居たくないのかはっきりしなさい」



「………………一緒に居たいです、はい」



小さい姿に似合わない、物凄い迫力に押され、正直に自分の本心を話した拓也。


リリーはその回答に頷きで返し、今度は拓也のその態度が気になったのか、彼の背を思い切り叩き、喝を入れた。



「そうやってウジウジしないの!自分の言いたいことはしっかりと口にだして言う!」



「…うっす」



「ほらまた!」



また俯き加減でそう言った拓也にリリーは容赦なく背を叩きまくる。


若干背が痺れてきた拓也だが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。



リリーに指摘されたことを内心で考え、また悩む。



ー…俺は…俺は…………ー



考えても考えても答えは掴めない。いや、心の中のナニカが否定し、掴もうとしないのだ。


そのナニカの正体は以前分からない。


少し前から続いているこの妙な感覚。ミシェルと目が合うたび、微笑まれるたびに様々なモノが入り混じった複雑な感情が襲い、なにがなんだか分からなくなっていた拓也。


セラフィムにも茶化され、あまり深く考えないようにしていたソレ。


ー…あの時は確か…立場なんて言葉を使って…ー


しかし思い返せばこの数日、彼女と離れた自分の脳内を埋め尽くしたのは、紛れも無くミシェルの事だった。


考えがまだ纏まらず、軽い混乱に陥る拓也。そんな中リリーは全てを悟ったように語り出す。



「アンタ、根は真面目だからね。きっと今はミシェルちゃんを護るという”立場”や”使命感”縛られ過ぎてるの。

だから頭で考えすぎて、自分の素直な気持ちを押し殺しちゃってる。


だけどそろそろ気が付いてもいい。いいえ、いい加減認めなさい」



まるで拓也の心を代弁するように語るリリー。


全てを見透かしたような彼女の発言に、拓也は思わず驚愕に目を見開いた。


隣を向けば、彼女が頬杖を付いて穏やかな笑顔を浮かべてこちらを見ている。


そしてその笑顔を見つめる拓也に、リリーは彼の心の最下層に隠されていた”気持ち”を掘り起こし、彼に確認するようにそれを伝えた。



「アンタ、ミシェルちゃんのこと好きなんでしょ?」


・・・・・



時間は少し流れ、午後7時ごろ。王城。


灯りも付けずとても暗い部屋の中、自分のベッドに深く沈み、毛布でグルグル巻きで毛虫のようになっているこの人物、エルサイド国王女メル。


想い人に自分の気持ちを伝えてからずっとこの調子である。



「ちょっといいか」



その声の発生源は真っ暗な部屋の中。


ドアが開く音がなかった所から考えると、メルの頭の中にはその人物は一人しか浮かばない。いつもなら慌てるはずなのに、なぜか不思議と冷静に話しかける。



「拓也さん…ですね」



「あぁ。…お前に聞いてもらいたいことがある」



彼女はその聞いてもらいたいということがなんとなくわかった気がした。


思わず溢れそうになる涙を堪え、更に力強く毛布に包まり、返答する。



「なんですの?」



答えを悟ったということに気づかれないようにそう返す。


すると拓也はしばらく黙った後、口を開き言葉を紡ぐ。



「メル、俺はお前と結婚することは出来ない」



彼が導き出した答え。自分の意志をはっきりと言葉に乗せた拓也には、もう逃げようという考えはなかった。


メルは彼の本心を伝えられ、悲しくなる前に納得してしまうのだった。



「…そうですの…」



しかし時間を置いて襲う失恋の悲しみ。



「お前に好意を向けられて、正直嬉しかった。でも同時に何かが心の中で引っかかったんだ。


それがナニカが分からなかった。でもついさっき気が付かされた」



涙をこらえたメルは、毛布から顔の上半分だけ出して彼の居る方向を見る。

部屋が暗い上に月が隠れているため、その表情は良くわからない。



「それと…ありがとう、お前のおかげで自分の本心と向き合うことが出来た。俺一人では絶対に答えには辿りつけていなかった」



部屋が暗いため表情は分からないが、声色からして微笑んでいるのだろうと推測するメル。


フラれたばかりだというのにこんなことを冷静に考えている自分を意外に思い自嘲的に微笑んだ。


「…実は……こうなることは、薄々分かっていましたわ。


あなたは皆に平等ですけれど、本当によく見ればそうではありません。


あ、べ、別に差別をするとかそう言う意味じゃありませんわ!」



自分の失礼な発言に気が付き、慌てたように取り消すメル。こんな時でもそんな様子の彼女に、拓也も暗闇の中で笑った。


メルは咳払いを一度して落ち着くと、もう一度仕切り直して続ける。



「あなたは本当は平等ではありませんわ。ある一人にだけ心の底から優しいのです。この数日間、あなたを見ていてそう思いました。同時に自分ではあなたとそんな関係にはなれないと痛感しましたわ。


…その相手には?」



「あぁ、それももう気が付いた」



自分がダメだった。それならば自分は友人を応援するべきだ。勘違いだったとはいえ、自分がそうされたように。


ようやく雲間から覗いた月は、神秘的な光を窓から差し込ませ、メルと拓也を照らす。


涙目のメルの瞳に映るのは、いつもの通り呑気に微笑む拓也。だが、その表情は何処か強い決意に引き締まっていた。


メルはその表情から読み取る。自分の完全敗北と、彼の想いの強さを。



だからせめて最後に……。零れそうになる涙を堪えながら口を開いた。



「そうですか…気が付かれたのですね。だってあなた、その人と話している時が、心の底から楽しそうなんですもの。


ありがとうございます。短い間の恋でしたが、とても楽しかったですわ。


……本当に……本当に…あり…がとう……」



しかし堪らず、結局涙は零れた。


ベッドの上で脚を折り、嗚咽を漏らして手で目元を拭う。しかし大粒の涙がとめどなく溢れ、シーツを濡らす。


拓也はその様子を見るやいなや落ち着いた様子でハンカチを取り出して彼女の下へ歩みより手渡しながら感謝の言葉を紡いだ。



「俺の方こそありがとう、大切なことに気が付かせてくれて」



「ふふ、やっぱりあなたは優しいですわね」



そのハンカチを受け取ると、目元を抑えるように涙を拭く。


そして拓也に向日葵のような笑顔を向けると、ベッドから出て彼の脇を抜けて部屋の入り口で足を止めた。



「でも…もう私は大丈夫です、行きなさい。お父様とお母様には私から話しは通しておきますわ」



「…ありがとう、恩に着る」



そう感謝の意を残すと、拓也は音も無く彼女の部屋から姿を消した。



・・・・・



「アンタ、ミシェルちゃんの事好きなんでしょ?」



刹那、また停止する拓也。


リリーは酒を一気に呷り、グラスを掲げて揺らしてママに御代わりを要求した。



「ハ~イ☆」



すぐさま道具一式を持って現れたままは、カウンター席の前で制作を開始する。


拓也は未だにフリーズ中。しかしリリーは言うことを言ってどうでもよくなったのか、続けて話しかけようとはしなかった。


するとママが拓也の硬直を不振に思ったのか、疑問に首を傾げながらリリーに尋ねる。



「ねぇ、拓也君大丈夫なの?なんだか銅像みたいに固まってるけど…」



「大丈夫よ。まぁこれもコイツにとって青春の一ページってやつなんじゃないかしら」



「アハハ~☆リリーちゃんがそれ言っちゃう?」



「なによそれ、どういう意味?」



オネェ独特の仕草を垣間見せながらカクテルを差し出したママがそう発言すると、リリーは首を傾げて見せ、出された御代わりを一口。そしてその言葉の意味を追及した。


ママはその純粋なリリーに対し嬉々とした視線を向けて口を開く。



「えぇ~、だってぇ…6年近く片思いで、恋焦がれてる愛しのロイドに未だ告白できてないリリーちゃんがそれ言っちゃうのは…アッハッハ☆おもしろぉ~い!」



「ッちょ!ママッ!!?なんでこ、このタイミングでそれを言うのッ!!?折角大人らしくアドバイスしてたのにッ!!!」



「アッハッハッハッハ!よく聞こえなかったけど、あなた達がだいたい何を話しているかは分かったわよ♪6年近く片思いのリリーちゃんがッ!人の恋のアドバイス☆♪」



カウンターの向こう側で大爆笑するママに、リリーは怒りと羞恥に顔を赤く染めて叫ぶ。


しかしただでさえ短い手足は、ママには届かない。安全圏に居るママは更にリリーを弄って遊び出す。


思わぬ争いが始まったその隣。拓也は黙り込んだまま思考だけを巡らせていた。



ー…そうか……そうだったんだ……………コイツはある意味俺と同じ……でもリリーは俺と違って役割に縛られていない………ー




「ハハ…………ハッハッハッハッハ!」



気が付けば拓也も笑っていた。


争いを止め、いきなりどうしたのかと心配そうな目を向けるママ。


遂に気が狂ったのだと残念なモノを見る目を向けるリリー。



「なんだ、簡単なことだった」



二人が黙ったことで生まれた沈黙の中で拓也がポツリとそう零す。


すると彼はリリーの方へ軽く拳を突きだした。



「ありがとうな、ロリー」



軽いジョークを口にし、リリーに笑顔を見せた拓也。


彼女はその笑顔を見て、彼はもう大丈夫だと確信する。



そして彼の顔面に自分の拳をめり込ませた。



「誰がロリーじゃ、ぶん殴るぞ」



「もう殴ってるんですがそれは…」



「そんだけ冗談が言えればもう大丈夫よ、私の機嫌がいいうちにとっとと失せなさい」



口ではそう言うが、リリーの口角は上がっている。


拓也は内心で彼女に感謝しながら、席を立つ。



「おー怖い怖い。じゃあとっとと退散しますかね。…やらなくちゃいけないことがある」



そう残し店を出た拓也。彼の座っていたテーブルには、銀色に輝く硬貨が一枚置かれていた。



・・・・・



現在時刻は午後8時30分頃。



「ミシェル…寒い」



「そうですね、もう少し薪を足しましょうか」



場所はヴァロア家。ミシェルは冷え込んできた室内を温めるため、暖炉に薪をくべるべくソファーから立つ。


今この場に居るのはジェシカとミシェル。この家には親友であるジェシカしか居ないからか、ミシェルは拓也と住んで居た時とは違い、部屋着ではなくもう寝間着である。


ミシェルは小高く積まれた薪を、数本隣の暖炉に放り込む。


新しく入れた薪が、パチパチと音を立てて燃え始めたのを確認した後、ミシェルはソファーに戻った。



「ミシェル~、寒いよぉ」



「今薪を入れたばかりです。もうしばらくすれば暖かくなってきますよ」



クッションを抱いてソファーに横たわるジェシカに苦笑いを向けて自分もソファーに腰掛ける。


すると彼女が座ったのを見計らったかのようなタイミングで、何者かに玄関がノックされた。



「?こんな時間に来客ですか…マズいですね、もう寝間着なんですけれど…」



少し顔を顰めてキョロキョロと辺りを見回すと、ハンガーラックに掛けてあった焦げ茶色のナイトガウンを羽織る。


ちょっとだらしないが、玄関口だけでの対応ならまぁ許容範囲だろう。



来客を待たせているため、ミシェルは小走りで玄関に向かった。


下の寝間着が見えないように、ガウンの胸元を押さえながらドアを開ける。



「はい」



ドアを開けると、吹き込んでくる冷たい風にミシェルは身を縮こまらせギュッと目を瞑る。


しかしそれも束の間、来客の姿を確認するために瞼をゆっくりと開いた。


次の瞬間彼女は言葉を失う。



「ミシェル~、やっぱり薪もうちょっと………た、たっくん!?」



リビングから現れたジェシカは驚きながら来客した人物の名を叫んだ。


玄関の外で立っている黒髪黒目の青年、拓也は真剣な眼差しで銀髪の美少女、ミシェルを見つめると、思い切り頭を下げながら口を開く。



「すまなかった。もう一度ここに住まわせてください」



ミシェルは一瞬何を言われたのか分からなかった。自分から頼みに移行とも思っていたことを、彼の方からこうして言ってきたのだ。





ミシェルは嬉しくて仕方なかった。



「ぇ……は、…え、…」



しかし嬉しすぎて言葉にならない。すると隣のジェシカが慌てて口を開く。



「え、た、たっくん!メルちゃんとは…その……大丈夫なの?」



「あぁ、プロポーズも断った。国王と王妃にはメルから説明してくれるそうだ」



キッパリとそう言い切り、もう一度ミシェルの方を向く。真っ黒な瞳で彼女を見つめる彼は、答えを催促しているようにも見える。


じっと見つめられるミシェルは自分の中で沸き上がる喜びを抑えながら、穏やかな微笑みを作り、彼に言葉を贈る。



「もちろんです。そこでは寒いでしょう?上がってください」



彼女の答えはもちろんYESだった。


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「あ、ミシェルちょっと待って」



そう言う拓也にミシェルは動きを止めて首を傾げる。


すると拓也は玄関近くの壁に立てかけてあったであろうモノを手に取ってミシェルに差し出した。



「…これ……私に…ですか?」



「う、うん。迷惑かけたから…せめて気持ちだけでも」



「め、迷惑だなんて思ったこと無いですよ!」



拓也が手渡したのは色とりどりの花束。ミシェルはそれを嬉しそうに受け取った。


ジェシカはそんな光景を微笑ましく眺めると、近づいてまじまじとその花たちを見つめる。



「へぇ~ロマンチック!冬に出回らないのもいっぱいあるねぇ…どれどれ~?ベゴニア、ブーゲンビリア、ペンステモン……!」



ミシェルは気が付かなかったが、ジェシカはその花束に込められた”意味”に気が付き、目を煌めかせた。


しかし同時にあるものを発見する。


ジェシカはにっこりとほほ笑み、拓也に目を合わせながら、ミシェルの手の中にある花束に手を伸ばす。



「でもね~たっくん。黄色いチューリップはちょっと要らないかな!」



花束の中にポツンと一輪だけあった黄色いチューリップに手を伸ばすと、ジェシカはそれを勢いよく外へ放った。


一瞬呆気にとられた拓也とミシェル。しかし拓也はすぐにフリーズから帰還し、ジェシカに微笑みかける。



「ありがとうな、ジェシカ」



「いえいえ~、どういたしまして!」



拓也のその反応を見て、ジェシカは、彼がちゃんと意味を考えて作った花束なのだと確信してさらにニヤニヤとした表情を強めた。


異様に通じ合っている二人を見て、ミシェルはなにがなんだかわからないといった顔で尋ねる。



「な、なんですか?二人とも何について話しているんですか?」



「ミシェルがもうちょっと賢くなれば分かるかもね~」



しかしジェシカに軽くあしらわれ、ミシェルは更に首を傾げる。



更にジェシカはこっそり拓也の耳に顔を近づけて、彼をおちょくるように耳打ちする。



「(それにしてもたっくんがこんなに”ロマンチック”なことするなんて驚いたよ!)」



「(やかましい、余計なお世話だ)」



少しだけ赤くなった拓也を見てジェシカは更に面白そうに笑うのだった


「まぁとりあえず入りなよ!開けたままじゃ寒いからさ!」



「あぁ、そうだな。お邪魔します」



ジェシカにそう言われ、拓也は苦笑いを浮かべてそう言いながら家の中に入り

花束を抱えるミシェルの脇を抜け、上がり框に腰を下ろして靴を脱ぐ。


するとミシェルは彼の方へ振り返り、少し頬を染めながら口を開いた。



「拓也さん、お邪魔します…じゃないですよ?」



大きな花束で顔を隠すようにそう発言したミシェル。意味が分からず暫く呆けていた拓也だが、その意味が分かると照れたように目を伏せた。



「あぁそっか………ただいま」



「…おかえりさなさい」



ジェシカそっちのけで展開されたこの空間に、彼女は聖水をぶちまけられた悪魔のように身を抱えて悶える。



「(これは…胃の中身が全て砂糖に変わっているッ!!?)」



しかしそんな空間も長くは維持されず、恥ずかしさに負けたミシェルが先に口を開いた。



「あ!晩御飯もう食べました?」



「いや…まだだけど」



「そうですか、じゃあ今から作りますね!」



そう言うとミシェルは花束で顔を隠したままリビングの方へ消えて行っってしまう。


玄関に取り残された拓也とジェシカは顔を見合わせた。



「…たっくん、中々やるじゃない!」



「俺だってやる時はやるんだ」



「それにしてもたっくんがまさかねぇ…ラファエルさんからたっくんは100兆年間色恋沙汰から遠のいてたから、認めようとしないだろうって言ってたのに!」



「いつの間にラファエルと仲良くなってんだよ…」



「たっくんが居ない間にちょっと…ね」



楽しそうにそう言うジェシカ。拓也はスリッパに足を通すと、リビングに繋がるスライドドアに手を掛けた。



「この数日考えて考えて考え抜いて、ようやく認めることが出来たよ」



すると拓也はにっこりと穏やかな微笑みを浮かべ、ドアのすりガラスの部分からぼんやりと見えるキッチン。そこに居るであろうミシェルの方に視線を向けながら、本人にはけっして聞こえないように口を開いた。



「やっぱり俺…」



「はいは~い!言わなくても分かってるよ。だからその言葉は然るべきときの為にとっておいて!」



「……そうだな、そうするよ」



しかしジェシカにそう止められた拓也


彼は一つ微笑むと、ドアを開けてジェシカと共にリビングの方へ向かった


・・・・・



「ミシェル…これはちょっと……作り過ぎじゃない?」



「そ、そうですか?」



テーブルに用意された料理の数々。和洋が混同しているがこの際気にしてはいけない。これが彼女の思いの丈とでも言うべきなのだろう。


物理的に胃の許容量を超えている眼前の料理の山を目にして、流石の拓也も狼狽えた。

しかし、これを残してしまったら、わざわざ作ってくれた彼女に申し訳ない。そう思い、強い決心をして席に着く。



「いただきます」



箸を手に取って、まずはサラダから食べ始めた。



「それじゃあお邪魔虫はこれで~!バイバイまた明日~!」



「あ、ちょっとジェシカ!」



するといつの間にか荷物を纏めていたジェシカはそう残し、まるで風のように玄関を開けて行ってしまった。


恐らく自分の家に帰って行ったのだろう。



「相変わらず嵐のような奴だな」



拓也もそう苦笑いして見せる余裕を見せる…が、到底なくなりそうもない目の前の料理に、やはり少しグロッキーになってしまう。


するとミシェルは唐突にエプロンのポケットからあるものを取り出して、拓也の前に差し出す。



「…はい、こんな物受け取れません」



「ハハハ、ごめん。俺の中では家賃のつもりだったんだけど」



その正体は、拓也が居なくなったその日に部屋に置かれていた金貨数枚。

ミシェルは呆れたように溜息を吐きながら口を開く。



「ここは私の家でもありますが…拓也さん、もうあなたの家でもあるんです。

遠慮、気遣いは無用です。



……そ、それより本当によかったんですか?…メルさんとの結婚のお話…」



「あぁ、いいんだ。俺はようやく気が付いた」



少し…ほんの少しだけもじもじしながらそう尋ねるミシェルに、拓也は食事を続けながらそう返す。


意味のあるのかないのかそんな言い方をする彼に、ミシェルは疑問符を浮かべながらも微笑みながら口を開いた。



「?…そうですか。でも、拓也さんが戻ってきてくれてよかったです。…ちょっと寂しかったですから……


ッて大丈夫ですか!?なんでいきなり掻き込むんですか!!」



「ゴホッ!ッゲホ!!ッゴホゴホ!」



そんなことを言われ、照れくさくなったのか拓也は思い切り料理を掻き込んだ後、むせる。ミシェルは彼の背を慌てて摩る。


なんだかんだこうして、拓也はヴァロア家へ戻ってきたのだった。

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