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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第一部
22/52

休み明けはやる気が出ない

「は~い!提出物はそれぞれの教科担任に出してね!じゃあホームルーム終わり!!」




教室中に響くテリーの元気な声。


相変わらずの巨体は天井に頭が届きそうな勢いだ。



そして拓也の隣の席でぐったりと机に項垂れるジェシカ。仕方ないのだ、テリーのその指示は、彼女にとって死刑宣告であったのだから。



「結局終わらなかったみたいだな」



「……たっくん……私、頑張ったんだよ…けど……やっぱり駄目だった…」



隈取のように目元にクッキリと浮かぶ隈。きっと徹夜したのだろう。



「ハハハ、まだ諦めるのは早いよジェシカさん。幸い今日提出する課題は3つ。

全然やってないわけじゃないだろうから、休み時間を駆使すれば終わるんじゃなかな?」



そこへ現れたのはアルス=クランバニア。


彼はそう提案すると、ジェシカに笑い掛け、机の上に高々積まれた課題を5分の1程手に取った。



「ホントは駄目だけどちょっとだけ僕も手伝わせてもらうよ」



「あ…アルス様ぁ!!」



「かくして…これが後の世に伝説として語り継がれるアルス教が誕生した瞬間である」



「何をわけの分からないこと言ってるんです?寒さで頭でもやられたんですか?」



続いてミシェルも現れ、なんの恨みがあるのか拓也をそう罵倒するとジェシカの課題をアルスと同じだけ手に取る。


キラキラと輝く目で彼女を見つめるジェシカ。ミシェルは呆れたように溜息を吐き苦笑いを向ける。



「今回限りですよ」



「そう言いながら長期休暇明け毎回だよね、これ」



「ハハ、まぁジェシカさんだしね」



「そうですわね」



「!?メルいつから居たんだよ!!居るなら居るって言えッぐあ”え”え”え”え”え”!!」



「さっきからずっと居ましたわ!!このッ!!」



拓也の背後からいきなり現れたメル。持ち前の影の薄さに、この場に居た誰もが気が付けず、驚き最初にそう発言した拓也は、怒った彼女に背後からヘッドロックで首を絞められる。


しかし彼女はそれが自分の胸を押し付けているということに気が付いていなかった。





だらしなく顔を緩め、幸せそうに鼻の下を伸ばす拓也。


それに呆れた視線を向けるミシェル。相変わらず何を考えているのか分からない笑みを浮かべるアルス。


心底楽しそうに声を上げて笑うジェシカ。



しかし流石に苦しくなってきた拓也は、ギブアップと数回腕を叩く。するとようやく彼女は拘束を解いてくれた。



「ジェシカさん、私も手伝いますわ」



「ありがとおぉぉ!!!」



「あーこれ俺も手伝わないと駄目なやつですわー」



今までジャレ合っていた二人ともが、ジェシカの課題を手にするとそれぞれが自分の机へ戻る。


それと同時に一時間目の開始を告げるチャイムが学園に鳴り響いた。



・・・・・




「…ありがとう……本当にありがとう皆!!」



「あの…僕たちは何もしてないんだけど…」



「あ、アハハ~」



放課後、一同は街の一角にある喫茶店に来ていた。


課題消化を手伝ってもらったジェシカが、お礼ということで今まで内緒にしていた穴場の喫茶店を紹介したのである。


そんな中、課題消化を手伝っていない手前ビリーとセリーは居辛いと苦笑いでそんなことを言った。



「べ、別にここを紹介したかったわけじゃないんだからね!」



「気持ち悪いですよ拓也さん」



しかし誰もそんなことを気にしてはいない。なんとも優しい世界だ。


そして通常運転の拓也とミシェル。キャピキャピした動きと可愛らしい声を合わせた究極の技。


しかし彼女にただ気持ち悪いと罵倒され、意気消沈した拓也は暗い表情で目を伏せる。



「……そうだよ、俺は気持ち悪いよ。同じ男なのにアルスイケメンだし、なんか近くに居ると俺の存在が霞むっていうの?とにかくアルスは人当たりもいいし顔もいいし完璧だよ…………


その点ビリーってやっぱ最高だわ」



「おい、それどういう意味だよ」



「どうもこうもあるか、ようやく見つけたフツメンフレンドなんだ。お互い仲良くしようぜ~フへへッ」



隣に座るビリーに不気味な笑みを向け、手をワキワキとさせて喜ぶ拓也。


残念なモノを見るような目でソレを見つめる一同は、なんとも言えない悲しい気持ちになるのだった。


「ビリーは髪の色が明るい茶色だからパッとするけど、たっくんって目の色も髪も色も真っ黒だからかな?ビリーに比べてパッとしないよね!」



「嬉々としてそんなこと言われると流石の俺も泣きたくなるからやめて」



「拓也の場合は表情にも問題があるんじゃないかな?常に表情筋緩んでるし」



「あぁ、それすごい分かる!なんかいつもニヤけてるか呑気に笑ってるもんね!」



上から順に拓也をさりげなく罵倒するジェシカ、アルス。そして何気に止めを刺したセリー。

彼女は思ったことに賛同しただけなのだが、それが結果として彼を痛めつける。



心無い言葉に、そのプリンのような脆く柔らかい心を深く抉られた拓也はにこにことした表情は変えずに、目から滝のように涙を流した。


するとセリーはようやく彼を傷つけたことに気が付いたのか、慌てて手を振りながら弁解を始める。



「ご、ごめんね鬼灯君!そんなつもりじゃなかったの!!」



「クックック…構わんよ……やはり血は争えんということか、リリー」



ロリロリ受付嬢が拓也を肉体的に傷つけるとしたら。セリーは内面から精神を攻撃する。ランス家の秘められたポテンシャルに軽く戦慄した拓也。彼女らは姉妹揃って彼の天敵になったのだ。



「貴様らがそこまで言うなら………よし、いいだろう。来い『トール』」



「お待たせだぜ!!」



「よっしゃいくぞ!」



「あいよ!」




いきなり使い魔の一人の名を呼んだ拓也。すると突如現れた雷の属性神トールは、拓也の指示を受け彼の体に一筋の電撃となって吸収された。



「…これで……俺は黒髪でも黒目でもない」



髪の色は白色に翠を少し混ぜたような色。それが伸び、どこぞのスーパー野菜人を彷彿させる髪型になる。


目は綺麗なエメラルドグリーン。


しかし海に行ったときに見せたそれとは違い、変化はその部分だけである。


きっと黒髪と黒目であることをパッとしないと言われたことに対して、彼なりの抵抗なのだ。




ドヤ顔で髪を弾いたり、とにかく次々とポーズをとる拓也。



必死の抵抗に、反応に困る一同は、とりあえず苦笑いを向けておく。


その中でミシェルとメルだけが口を開いた。



「?…私は黒髪の方がいいと思いますよ」



「そうですわね、あなたらしくありません」



「人が必死に考えて使い魔まで呼び出したのにひどくない?」



最早そんなことを言われても嬉しくないと言わんばかりに返答する拓也。


ジェシカは彼女にニヤニヤとウザったい笑みを向けて、左隣に座るミシェルの耳元で妙に低く囁いた。



「(あぁ~、ありのままの君が好きだよ…的な?)」



「……」



「(ッ痛いよ!)」



結果、皆の目が届かないテーブルの下で足を踏まれるジェシカだった。


しかし彼女はこの程度ではめげない。



続いて、右隣のメルの耳元で、ミシェルとは対照的に可愛らしい声で囁く。



「(なるほどねぇ…私は自然体の拓也さんが好きですわ!って意味?)」



「な、何を言っているのですか!?」



「いやそれはこっちのセリフだ。店内ではお静かに」



ジェシカの狙い通りメルは感情を思い切り表に出してくれた。


バン!とテーブルを叩き、立ち上がる。すると拓也が白髪のまま、人差し指を口元に立てて冷静にそうツッコむ。



店内で使い魔を呼び出して融合までしてるやつが何を言っているのだという話だが、彼の指摘はまぁ正しい。


メルはお預けを食らった犬のようにシュンとして、恥ずかしそうに頬を赤らめ、大人しく席に着いた。



「うわぁ…すごい綺麗な眼の色だね」



「フッフッフ、そうだろうそうだろう。まるでエメラルドのように透き通るこの瞳…我ながら美しすぎて恐ろしい…」



うっとりと拓也の目を見つめながらそんなことを言うセリー。


拓也は誇らしげに胸を張るが、勘違いしてはいけない。この目の色は、雷の属性神トール由来のものであるということを。





「おまたせしました~」



そこへ流れを断ち切るように現れた女性の店員。


オーダーを取った時とは明らかに変わっている点を凝視して目を丸くする。



「(さっきあんな人いたっけ?)」



フツメンとは人の記憶にも残りにくいのである。



・・・・・



「いやぁ~美味しかったねぇ!」



「確かに……まぁ今までジェシカが隠していただけのことはありました」



「べ、別に隠してたわけじゃないよ!……ただ皆の予定がうまく合わなかっただけ!」



それぞれ注文した品を食べ終えた一動は、店の外でこれといった目的もないが足を止め、雑談を始めた。


ミシェルにジト目で見られそんなことを言われたジェシカは慌てて弁解を始めるが、何処か怪しい。


それを今度はメルが指摘する。




「…今の間にどういう意味があったのか気になりますわ…」



「メルちゃんまでひどいよ!私がそんな女に見える!?」



「い、いえ!そんなことありませんわ!!」



ジェシカも休みの間はあれだけ学園がめんどくさいといっていながら、結局始まってみればこの通り。


拓也はとりあえずトールとの融合を解く。すると白かった髪の毛は元の長さまで縮み、逆立っていた髪も元通り平凡なショートに戻る。エメラルドグリーンだった瞳も黒色に戻った。


「(お疲れさん、なんかすまんな戦闘でもないのに呼び出して)」



「(構わないんだぜ!じゃあな!)」



こっそりそんなやり取りをするとトールを帰す。



視線を皆の方へ戻すと、そこではいつものようにメルがジェシカの餌食となっていた。



「や、止めてくださいまし!!」



「ぐへへへ~良いではないか~!」



豊満なブツを揉みしだかれるメルはなんとかジェシカを引き剥がそうとするが、ジェシカの方が力が強いため、抵抗虚しく弄ばれ続ける。



ー…なんでコイツが古き良きジャパニーズカルチャーを知ってんだよ…ー



しばらく話し込んでいた一同だが、セリーが帰路に着いたのを皮切りにポツリポツリと減って行く。


 

「私達も帰ろっか!」



「ちょ、ちょっと!危ないです!」



終いにはミシェル、ジェシカ、拓也、メルだけが残った。


ジェシカはタイミングを見計らってそう言うと、ミシェルの手を引っ張る。


拓也も無言で歩き出そうとする…が、



「ん~、どうした~メル」



歩き出そうとした彼の制服の袖をメルがちょこんと掴んだ。



振り返る拓也の目に映るのは、少し恥ずかしそうに目を伏せ、頬を赤くする彼女の姿。



その光景既に歩き始めていたため、を少し離れた位置から眺める二人。


そのうちの一人ジェシカは目を爛々と輝かせ、ミシェルは想定していなかった事態に思わず固まる。




「あ…あの…………お父様とお母様が…じっくり話がしてみたいらしく…食事を一緒にどうかって……」



目を合わせず、泳がせながらそう伝えるメル。拓也はそんな彼女に嫌みなく笑い掛け、答える。



「あぁ分かった。いつでも招待してください…って伝えといてくれ」



帝として定期的に王に合い、この前の一件で王妃とも抵抗なく話せるようになった拓也。


特に何も考えずにそう言い、再び歩き出そうとするが…



「そ、それなんですが!」



ガシッといきなり両手で腕を掴まれ、またしても進行を阻止される。



「な、なに?」



思わず聞き返す拓也。


バツの悪そうな顔でそっぽを向いたメルは、申し訳なさそうに口を開いた。



「それが…実は…………今日」



「……………ハァ~…何故今まで言わなかった……」



「だ、だって……話そうと思って近づくとあなたが私を!……いえ…私が悪いですわ…ごめんなさい」



一瞬言い訳しそうになったが、改めて謝罪した。



遠巻きに見守るミシェルたち。


ジェシカは自分の隣で硬直するミシェルをツンツン突きながら、面白そうに悪い笑みを浮かべる。



「(ほらほら~だから言わんこっちゃない!メルちゃんも遂に本領発揮し始めたみたいだよ!!)」



「……」



ようやく感じ始めた危機感。


目の前で繰り広げられる光景に、ミシェルは何も発言できずただただその場に立ち尽くす。



拓也は溜息を一つ吐き、少しだけ遠くに居る彼女たちの方へ視線を向けて声を張る。



「ミシェル~、なんか食事に誘われてるみたいなんだけど俺はどうすればいい?」



余談だが、海水浴の後、同棲の事は今集まっていた者たちには見事に全員にバレた。というかセラフィムとラファエルがさり気なくばらした。


そしてその時のアルスの一言。



『え?知ってるよ?』



彼がなぜ拓也とミシェルが同棲していることを知っていたのかは未だに謎である。



「え、ぇえ!いいんじゃないですか?楽しんできてください!」



精一杯動揺しないように笑顔を作ると、拓也にそう返す。



拓也は了解したと頷く。



「という訳でオーケーだ。こういうことは事前に言えよな」



「申し訳ありませんわ…」



「俺も比はあるからそんなことも言ってられんな…。まぁいいや、そうと決まったら早く行こうぜ。



そう言う訳でミシェル、今日は先に帰っててくれ」



そう言うと掴まれた手を引っ張り、メルを連れ王城へ進路を取って歩き出す。


彼の背を寂しそうに見つめながら、ミシェルは軽く右の手を振りながら見送った。



「…わかりました、失礼の無いように気を付けてくださいね」



明らかに声のトーンがいつもより低い。拓也もそう声を掛けられたことに気が付かずそのまま行ってしまった。



「あ~らら、だからとっとと告白して自分のものにした方がいいよ~っていつも言ってるじゃん!」



ジェシカのその言葉にも大した反応を見せずに、拓也たちが消えていった方を立ち尽くしながらて見つめる。


やがて振っていた手の振れ幅をゆっくりと縮める、やがてその手を力なくぶらりと下ろした。



「あの後姿…結構お似合いだったよねぇ~ミシェル!」



「……うるさいです」



ようやく彼女の言葉に反応するが、言葉に棘が隠れていない。


踵を返していつもより2割増しで早く歩いて行くミシェルを、ジェシカは慌てて追う。



「あれ~?ミシェルちゃんようやく焦り始めた?」



「…………黙っててくださいジェシカ。早く帰りますよ」



ようやくライバルが動き出したことで焦りを隠せないミシェルは、鞄の持ち手をギュッと強く握りしめ、ちょっかいを掛けてくる幼馴染を無視して帰路に着いた。




・・・・・



「いやぁ、思えば君と合うことは結構あるけど、こうしてゆっくり話すってのは初めてだよ」



「遠慮せずに沢山食べて頂戴ね」



場所は移り王城。


食事に誘われた拓也はローブを脱ぎ、ハンガーラックに掛けておく。


王と王妃の笑顔が微妙に怖いなぁと思いながら椅子を引き、席についた。



「お招き感謝します」



「やだな~そんな畏まらないでよ、肩の力を抜いて」



「は、はぁ…」



拓也の向かいに座るのは王と王妃。隣にはメルが座る。


テーブルの上には既に様々な料理が並べられ、それぞれがおいしそうなにおいを放つ。


そして王が挨拶をし、食事が始まった。



「ねぇ、拓也さん」



「はい、何ですか?ミラーナさん」



いきなり話題を切り出そうと口を開いたのはミラーナ王妃。


拓也は律儀に食事する手をとめ応答する意思を見せるが、ミラーナは一つ上品に笑掛ける。



「別に手を止める必要はないわ、今日は娘の友人として招待しているんですもの」



「…そうですか、ではそうしますね」



拓也も笑い掛け彼女の言う通り食事を続けた。



ー…ちゃんと元気になってるようでよかった。ー



以前の手術が成功したことを今になって喜び、切り分けた肉を口に運びながら彼女の話に耳を傾けた。



「では単刀直入に言いましょう。エルサイド王家に婿入り…つまりハイムと結婚する気はありませんか?」



刹那、拓也とメルの動きが停止した。


にこにこした表情で衝撃の提案をしたミラーナ。硬直する二人の向かい、彼女の隣に座る王は内心でニヤリとほくそ笑んだ。



「(貴方……言ってやったわ!)」


「(ミラーナ…グッジョブだよ!)」



沈黙が流れる空間で、二人がそんなやり取りを拓也たちに聞かれないようひっそりと行う。なんと仲のいい夫婦だろうか。



「お、お母様ッ!?何を言っているのですかッ!!?」



先に帰還するのは拓也ではなくメル。



ー…なんだ…この二人は何を企んでいる。……悪意は感じない……だとすると俺を何処かへ誘導しようとしていると考えるべきか…ー



どうやら拓也は状況の整理とこの先何が起こるかを予測するのに忙しいようだ。




「あの…何故いきなりそんな話を?」



慎重に選び抜いた言葉を口にする拓也。王はその問いに対し、大いに笑顔で頷くと理由を話した。



「いや、ね。ハイムももうじき17だ。そろそろ跡継ぎのことも考えたほうがいいと思ってね」



「あ、跡継ぎならお兄様でよろしいではないですか!」



「え、なに?お前兄ちゃんいるの?」



今まで知らなかった驚愕の事実。なんとメルには兄がいた。拓也は少々動揺を隠せず目を見開く。


しかし彼女もまた動揺しており、彼のその問いに答えることはなかった。



「そうは言っても彼は今、世界中を旅しているからね…いつ戻ってくるのかすら分からないんだ。


となるとやっぱりハイムに王位を継承するということになるんだよ」



「だ、だからって何故……」



「何故剣帝…拓也君なのかってことだね。



理由は色々あるけど……王国最強と言われるほど強く、誰も治せなかった不治の病を直す方法を数日で編み出すほど賢く、そして何より優しい。彼にならこの国を任せられると思ったのさ」



人に褒められることになれていない拓也は、王がそう思い切りべた褒めしてきたことで少しむず痒い気持ちになる。


それを水を喉に一気に流し込むことで誤魔化すと、割と真剣な声色で話に参戦した。




「俺はこの国に深く関わるようになって、たった1年ですよ?そんな新参者の俺なんかにそんな大役務まるとは到底思えませんが…」




「あら、随分と謙遜するのね。あなたの活躍は夫から十分聞いてるわよ?」




「…偶然近くで起こった事件なので解決しただけです」



メルが喋らないため、実質2対1の状況を作り出されることになる。



拓也も思いつく言葉の中から最適だと思うものを選出して使うが、中々苦しい。




仕方がないので温存していたカードを切ることにした。



「それに…こんな大きな問題、俺一人が頷けばいい問題じゃないでしょう。確かに国の存続は大切ですが、それ以上に、一人の人格者としてメルの気持ちを尊重しないといけません。


国の為とはいえ、好きでもない奴とくっ付けられるのは誰だって嫌です。俺が王族で、もしそういう状況に陥ったなら間違いなく出家して僧侶にでもなりますね。


なぁ、メル」




隣にいるメルにそう振って話を終わる。



二人の視線は喋っていた拓也からメルへ映り、両親から見つめられるメルは少し恥ずかしそうに俯いた。



王と王妃は彼女の想いを知っている。それ故に期待を込めた眼差しで彼女を見つめる。


対照的に彼女の想いを知らない拓也は、承知を確信して内心でほくそ笑んだ。



ー…こう振ればメルはきっと乗っかって来る…王…僕の勝ちだ。-



そしてメルはしっとりとした唇を震わせながら自分の意思を示す。




「わ……わ、私は…………





…そこまで嫌というわけでは……ありませんわ」




「なん…だと?」




策士、策に溺れる。



前を向いたまま静かに目を見開き、驚愕に打ちひしがれる拓也。



見事に自滅。彼の予想を裏切り、彼女は今の自分の精一杯を打ち明けた。



ー待て何かがおかしい!俺メルの好感度なんていつ上げたっけ!?ヘイトならガンガン稼いでるけども!!-



隠せない焦り。目は泳ぎ、口の中はカラカラに乾燥する。


そんな彼を向かい側の席でニンマリと笑い見つめる夫婦。ハメられた。そう悟るのに時間はいらなかった。



焦る彼の隣では、メルが顔を真っ赤にして俯いている。幸か不幸か拓也は乾燥した口内を潤すためにコップの水を俯きながら、チビチビと下唇につけるように飲んでいるため彼女のその状態に気がついてはいない。



「それで…娘はこう言っていますが……拓也さんはどうなんでしょうか?」



ミラーナは拓也が動揺していることを見抜き、一気に畳み掛けに来た。




ー…黙秘権黙秘権…ー



しかし拓也もバカではない。想定外の出来事が起きすぎ混乱している脳内で考えられることなど知れている。


そこで、無理に喋りボロを出すことを防ぐため、かなり失礼だが沈黙を突き通すことにした。




「あら?無言は肯定ということでよろしいのですね?」



勝手にそう解釈する王妃。拓也は悔やんだ。散々ミシェルやメル、リリーを弄って遊んだことを。


きっと今、今までの付けが全部回ってきているのだと歯を噛み締めとにかく耐える。ここで何か言ってしまうのはマズイのだ。


ミラーナの発言にメルが目を輝かせ視線を上げる。しかし拓也は状況整理と脳内作戦会議のため気がつかない。そして反撃の一手を打つ。



「ハハ!今まで色恋沙汰とは無縁だったので突然そんなことを言われましても考えがまとまりません!」



「えぇ、では今この時間を使ってまとめましょうか」



「ひぇぇ………」




食事の手を止めたミラーナはにこやかにそう言いながら拓也に笑いかける。


その笑顔、穏やかなはずなのに、拓也は戦慄し背筋が凍った気分だった。



・・・・・




「ヒドイ目に会った……ったく、なんだメルの奴俺の予測とは違う動きしやがって……」



何とか食事を終わらせ、バルコニーへ出てそんな独り言を呟く拓也。


雪は今は降っていないが、中庭の芝の上には雪化粧。木の枝などには可愛らしく白い綿が積もり、葉の無い枝を軋ませていた。


だがバルコニーは使用人による手入れが行き届いているのか、水滴一つ付いていない。

拓也は数歩前に歩き出し、白い綺麗な石で作られた手すりにもたれ掛かかろうと手すりに背を向けようとした時だった。



「それって私のせいですの?」



「ギヤアァァァァッ!!」



振り向きざまに視界に入る金髪美少女(乳)。拓也は驚き仰け反って腰辺りを軸に、見事に上半身と下半身の場所を入れ替えた。



「危ない!!」



メルが手を伸ばすがもう遅い。拓也の身体は完全に手すりの外。このまま落下は避けられない。





普通の人間ならば。




「落ちる…と見せかけて大丈夫でしたぁぁ!!」



頭を地面に向けたまま、手すりの縦の棒の部分を両手でガッチリと掴み、何の苦も無さそうにいつもの如くふざけて見せた。





「ば、馬鹿なことをやっていないで早く上がって来なさい!危ないですわよ!!」



彼女がうるさいので仕方なく手すりを伝ってバルコニーに戻り、天地を元に戻して足を着く。


しかしこの動き、SAS○KEでも余裕で優勝できそうである。



この程度楽勝だぜ!とドヤ顔で豪語する拓也。メルは相変わらずの彼に少々イラッとしたのは言うまでもない



「それで……どうするんだ?お前の両親はあぁ言ってるが」



「…………あ、あなたこそどうなのですか!?」



「俺は嫌だね」



「…そう…ですか……」



バッサリとそう言われ、メルは隠そうともせずにあからさまに落ち込んだ。


というか彼女にとっては、これでも隠しているつもりなのだろう。



彼女のその反応から、拓也は彼女が一つ誤解していることを察し、違うと手をヒラヒラと振って見せた。



「あぁ、言い方がマズかったな。別にお前のことが嫌いなわけじゃないぞ。


…仕事柄、俺って死ぬ確立は他の奴より高いわけじゃん?だからもしものことがあったときは、配偶者を未亡人にすることになる。個人的にそれは嫌だな~って」



神と戦って死ぬかもしれない…とは言えない。


なので拓也は帝という仕事に置き換えてそう説明した。


それでメルは理解できたのか頷く。



それを確認すると、拓也はいつものように呑気な表情を浮べ、さらに続ける。



「それに…メル、お前はさっき俺と…結婚するのもそんなに嫌じゃないと言ったが……



あれは俺がミラーナさんを助けたことに対する負い目を感じているからじゃないのか?

だとしたらそんなのは止めろ。もっと自分を大切に扱いな」




メルは思わず言葉を失った。


同時に自分の中に怒りが噴火するように湧き上がるのを感じる。




自分の想いを否定されたような気がして。




そして同時に悲しみも滲み出る。




自分の好きな彼が、自分を全然大切にしていないことに気がついて。



学園祭の時に知り合って、彼を見てきたメルは知っている。彼は普段は人をおちょくって遊ぶが、本心は誰よりも優しいということを。


しかし何故、その優しさが他人には向く癖に、自分には向かないのだろう?何故人の事ばかりで自分を粗末に扱うのだろう?



「何故……何故…そうやって自分を大事にしませんの!?」



気がついたら泣きながら拓也の胸倉を掴んで半ば叫ぶようにそう言った。


拓也はいつもより少し目を開き、目の前で自分の服を掴んで揺らす彼女を見下ろす。



彼女が怒っているのか悲しんでいるのか、そんなこと彼には分からない。



ー…確かミシェルにも似たようなこと言われたっけ…ー



呑気に少し前の神の襲撃のことを思い出しながら、しばらく彼女に揺らされ続けた。


しかしじきに三半規管が悲鳴を上げ始める。




「あの…そろそろ……気持ち悪く……」



「ッごめんなさい!…つい手が……」



慌てて手を離し、後退りをするメル。


拓也は乱れたシャツを治して、前にミシェルに言われたことと、今メルに言われたことについて考える。



「……でも……負い目なんかじゃありません……私は………///…ってちゃんと聞いていますの!?」



「ん、あぁすまん。たい焼きとシュークリームの話だっけ?」



考えた末に出てきたのは、少し前にミシェルと繰り広げた議論だった。


折角勇気を出してみたメルだったが、彼が全く聞いていなかったことに、怒る言葉も出ず口を金魚のようにパクパクさせて呆然とする。



ー…確かあれは、目の前でおいしいたい焼き作ってミシェルをたい焼き好きにしたんだったっけ…


今度メルを始め皆にも食べさせてやるか…ー



なんとなく頭の中でそう取り決め、現実の会話のほうへ戻る。



「それで?ごめん、もう一度最初から話してくれるとありがたい」



「もういいですわッ!!」



「ッなんで!?」



理不尽な暴力。照れ隠しの意味もあるそれだったが、受けるほうはたまったものではない。


内臓がいい具合にシェイクされるのを感じながら拓也はバルコニーの冷たい床に沈みこむ。



「コヒュー…コヒュー…コヒュー……」



細い呼吸を繰り返し、何とか酸素を取り込もうとするが、横隔膜がダメージを受けているためそれが叶わない。



メルはそんな中、小さく独り言を呟きこの場を後にする。




「……バカ」





一人バルコニーに取り残された拓也はメルが居なくなったためすっくと立ち上がる。



ー…そろそろ帰ろうかな?…ー



そんなことを考え始めていた時だった。不意にバルコニーと室内を繋ぐドアが開く。




「やぁ拓也君、ハイムと何話してたの~?」



「…別に、ただの世間話です」



現れたのはこの国のトップである国王。しかし王の癖に中々フランクな喋りかたである。


適当にそう返した拓也に、二つ持って来ていたワイングラスの一つを彼に渡し、どこから出したのか赤ワインのボトルの中身を自分のと拓也のものに注いだ。



「まぁ飲みながら話そうよ、さっきはミラーナが拓也君を独り占めしててあまり話せなかったからね」



「…ミラーナさんって結構面白い人ですよね」



「ハハハ!やっぱり拓也君もそう思いうかい!?そうなんだよぉ!」



ー…あ、マズいスイッチ入っちゃったかな……ー



その考えは正しかった。この後結局10分ほど惚気を聞かされるハメになる拓也だった。



「あ、ごめんね!ちょっと興奮しちゃったよ、ハハ」



「あ、アハハ…仲が良さそうで羨ましいですよ」



「なんだいその引き笑いは」



「気にせんで下さい」



おっさんの惚気を聞かされたことを考えれば、このように少々グロッキーになるのは仕方がないだろう。


王は拓也がまともに取り合わないと見ると、詰まらなさそうに溜息を吐いてワイングラスを揺らしながら口を開く。



「う~ん…仲が良いのが羨ましいって…拓也君は一緒に住んでいる女の子とそんなに仲が良くないのかい?」



秘密にしていたはずの情報を王が知っていることで拓也は少し沈黙し、ワイングラスの中の液体に視線を落とし、静かに呟く。



「誰かに聞きました?それとも自分で調べたんですか?」



「後者だね」



「なるほど、国王として国民の事を調べることくらい造作もないと…」



「まぁ、そんなところさ」



拓也も王、勝者共に怪しく笑う。




「調べてる中で分かったよ、君は去年の4月ごろからこの国に姿を現した。一体それまでは何をしていたのか?とても気になるけど聞かないよ。悪いことをしていたようじゃないからね」



「そこまで調べているんですか、流石ですね」



ー…知ってはいたがこの王やはり有能だな…相当頭がキレる…ー



「あぁ、安心して。別に警戒してるわけじゃないから。警戒してるなら娘との結婚の話なんて出すわけないでしょ?」



拓也の雰囲気が緊張したそれに代わったのを感じ取った王はそう発言してカラカラと笑って見せる。


しかし拓也はその話題を王妃の口だけではなく王の口からも聞き、やはり冗談ではないということを痛感するのだった。


王は笑いながらだが少しお願いをするように言葉を続ける。



「そこで話は少し戻るんだけど…王城に食客として住むつもりはないかい?」



「……え?」



突然のその提案に拓也はそう言葉を漏らしたきり黙り込んでしまう。


王は拓也が喋らないからか、もう一度説明を始めた。



「いや、だからさ。王城に住つもりはないかってことさ。君には帝としての地位があり、食客として迎えるのには十分値する。


それに何より年頃の女の子と二人暮らし。精神衛生、少し上良くないかもって思ってね。君にとっても…ミシェル=ヴァロアちゃんにとっても」



詳しくそう説明し、ワインを一気に呷る。


拓也が何も言わずに黙ってるため、彼の返答を待つように無言で自分のグラスに注いで、今度は半量程を喉に流し込んだ。



「……確かに…そうかもしれませんね」



ようやく捻り出したのは共感の意を示すその言葉。


拓也は動揺を紛らわすようにワインを少しだけ口にする。



「うん。その点、ここ王城なら広い。部屋もたくさん空いているからいいんじゃないかと思うんだ。


どうだい?無理にとは言わないけれど……」



「………そうですね…ミシェルと話し合って考えます」


・・・・・



「…ただいまー」



午後8時、拓也はいつものように合鍵で玄関を開けるとそう挨拶しながら家の中へ入った。


家にはミシェルしかいないはずだが、何故かリビングが妙に騒がしい。



すると拓也の帰宅に気づいた者がリビングと廊下を繋ぐスライドドアを勢いよく開けて姿を現した。



「たっくんお帰り~!」



「おぉ、ジェシカが来てたのか。通りで騒がしいわけだ」



「何それ!ヒドイよ!!」



玄関でいつものようにそんなやりとりをしていると、彼女に続いて見慣れた二人が姿を現す。



「俺も居るぜ!」



「あなたは早く帰って仕事をしなさい。まだ終わっていないでしょう」



セラフィムとラファエル。果たして数え方は一人二人であっているのか疑問に思う拓也。しかし今はそんなことどうでもいい。


そして最後に彼女は現れた。



「お帰りなさい」



美しい銀髪を揺らし、3人の一番後ろで微笑む、蒼い目が特徴の美少女ミシェル。


拓也は少し返答に何を言えばいいか迷ったが、少しぎこちない笑顔を作って口を開いた。



「あ、あぁ。ただいま」



「どうしました拓也さん。様子がおかしいですよ?」



しかしミシェルはその些細な変化に気が付きそう指摘した。


拓也は隠しきれていなかった自分の演技力不足を悔やみながら、少し考える。


そして正直に言うことを決意した。



「実は……王から、食客として王城に住まないかと提案された。今ここに住んでいる手前、俺一人では決められない。ミシェルの判断を仰ぎたい」



いきなりの拓也のそんな言葉に、玄関に集まった3人は動きを止める。


その中でも特にミシェルは何か言いたげだが、何言えばいいのかが見つからず口を開けては閉じを繰り返す。






「た、たっくんがミシェルの傍から離れるのはマズいでしょ!護るんでしょ!?」



「その点は大丈夫なんだ。ミシェルの指輪に細工がしてあって、何かあればすぐに連絡が来るし、それが神によるものならば俺が強制転移されるようになってる。他にも結構色々な機能が付いてるから心配はない」




沈黙を破ったジェシカだが、彼の制作した指輪が高性能過ぎ、抜け目がなかった。


拓也は靴を脱ぎ、家の中へ上がり、ミシェルの前へ歩み出る。



「ミシェル、俺はどうすればいい?」



「…ぁ……え?」



他の3人が閉口する中、ミシェルにそう問いかける。


しかしミシェルは頭の中の整理が出来ていなく、口から言葉ともつかない音を漏らした。


拓也はどこか慌てた様子で選択を急かすように彼女の目を見つめると、選択するための情報を増やすためなのか、食事の時に話していた話題をまとめて口にする。



「それと…メルが本気かは知らないが、国王と王妃から、メルとの結婚の話を持ち掛けられた。きっとその点も含めての提案なんだろう。

結構頑張って考えてたんだが、一人じゃどうしようもなくなって…こうして相談に来たんだ」



その言葉を聞いて、彼女たちは固まった。


ミシェルは信じられないようなことを聞いたかのように拓也を見上る。何も言わずにただただ見上げ、何かを言わなくてはと考えた。


しかしどれだけ頭を回し考えても、分からない。



メルが彼の事を好いているということを知っているこの場の一同は、どういう経緯でそうなったかは知らないが、それが本気で言われているということはすぐに理解する。


比較的ミシェル側のセラフィムとラファエルは、何かフォローしてあげたいと考えるが、二人の問題に自分たちが口を挟んではいけないと考え、すんでのところで踏みとどまるのだった。





しばらく黙り込んで拓也を見上げていたミシェル。時間にして30秒ほどだろうか?


周りの注目が集まる中、彼女は精一杯の笑顔を作りながら彼に返答した。



「よかったですね、拓也さん。約束された将来ですよ!」



彼女が選んだのはその答えだった。


拓也は彼女のその返答に少しだけ目を見開く。



周りのジェシカも何を言っているのだと言わんばかりの表情でミシェルを睨むが、ミシェルは気が付かない。



「私と一緒に住んでいたら、折角のそのお話も進みませんもんね。


あぁ!私のことは心配いりません。というかこの指輪ってそんなに凄い物だったんですね!」



いつもなら笑う時も喋る時もクールな雰囲気を纏うミシェルだが、今はそれが消え失せ、ただ精一杯に空元気を振りかざす。


普段の彼女を知る者ならばその違いは一目瞭然なのだが、拓也は先程の状態からフリーズしたままなので、彼女のその変化に気が付かない。


今、彼の頭の中では、彼女に王城へ食客として住み込むということに賛成されたという事実だけが渦巻いていた。



「み、ミシェル…それでいいの?」



「何言ってるんですかジェシカ!友人の幸せは喜んであげないといけないでしょう?」



考え直すように誘導しようとするジェシカだが、ミシェルは無駄に元気にそう言って、自分の本当の気持ちを誤魔化す。


拓也もようやくフリーズから帰還し、いつものように軽く笑みを浮かべると、呑気に笑って見せた。



「は、ハハ…そっか、分かった。今まで半年以上ありがとな」




そう言いながらミシェルの横を通り過ると、こちらへは視線を戻さずに、階段を上りながら右の手をヒラヒラと振った。



「んじゃまた明日、学校で~」



しばらくして拓也の部屋のドアの開閉の音が聞こえる。



何やら物音が聞こえ始め、それを聞いたミシェルは力なく床にへたり込んだ。


すぐさまジェシカが駆け寄り、彼女に激しく問いただす。



「なんで!?なんであんなこと言ったのミシェル!!」



へたり込んだままのミシェルは、特に理由もなく床の一点を見つめ、震えた声で答える。



「…わ、…分かり……ません」




「まぁまぁ、ジェシカさん落ち着いてください。ミシェルさん、本当にいいのですか?このままではメルさんに拓也さんを譲ることになりますよ?」



「……それも…いいのかもしれませんね。


思えば半年間以上一緒に居て、拓也さんが私を意識しているような素振りを見せたことはありませんでした。



…もう……諦めた方がいいのかもしれません」



悲しい笑みを浮かべてそう自虐するように言ったミシェルは、壁を頼りにそっと立ち上がる。


するとそれまで一言も発さなかったセラフィムがようやく閉ざしていた口を開いた。



「あいつは変なところで不器用だからな。理由をハッキリとさせないと行動しないんだ。


今まではどちらかというと自分の中に理由を探していた。自己満足っていう便利な言葉を使ってな。だが今回はその理由を外に求めてきた。ミシェルちゃんという人物を使ってな。


これがどういう意味か気が付かなかったか?拓也はミシェルちゃんに引き止めてもらいたかったんだよ。



まぁ、結局はアイツがバカなだけなんだけどな」



珍しく真剣なトーンで語るセラフィムに、ラファエルも賛同するように頷く。


ジェシカその二人の意見を聞き、前からミシェルの肩を両手でしっかりと掴んで、諭すように語り掛けた。



「今ならまだ間に合うんじゃない?行って来たら?」



「いや、もう遅い」



「ど、どういうこと!?」



「よく耳を澄ませてみてください。二階から物音が聞こえますか?」



ラファエルに言われる通りに動きを止めて耳を澄ませる。


彼女の言う通り二階でしていたはずの物音は既にしなくなっていた。



「……空間移動ですね、拓也さん得意ですから。



っ!ちょっとジェシカ!?なんですか!?」



「まだ居るかもしれない!」



諦めの悪い彼女はミシェルの手を引きながら階段を上る。


そして躊躇もなくミシェルの隣の拓也の部屋のドアを開け放った。



しかしそこには、二人の天使の言った通り拓也の姿は無かった。



ベッドにはこの家に元々あったシーツ類が綺麗に畳まれて置かれ、壁際に設置されていたハンガーラックには何も掛かっていない。


生活の痕跡が跡形も無くなった”元”拓也の部屋。



その部屋の中心の低いテーブルには、この家の合い鍵と共に、金貨が数枚寂しく輝いていた。




・・・・・



「…お、お母様………これは…どういうことでしょうか?」



食事をする部屋のドアを開き、中の光景を見るなり固まってそう言うメル。


王も王妃も食事をしながら恍けるように首を傾げる。



「お~遅かったな。あと1分遅かったら寝起きドッキリしに行くところだったんだが……残念だ」



今彼女が注視している人物が、パンを頬張りながらそんなことを言う。


あたかも当然のように自分の母親たちと朝食を摂っているその黒髪の青年を指差しながら、メルは叫んだ。



「な、何故拓也さんが居るのですかッ!!」



・・・・・



それから時間は流れ、時刻は8時30分。


朝のホームルームが始まる少し前に、メルは慌てた様子でミシェルの机の前に居た。



「た、拓也さんが…城に……お父様たちから理由は聞きましたけど………ミシェルさんはそれでいいのですか!?」



「いいんです」



ミシェルはその問いに考える間も無くそう返し、鞄から小説を取り出した。


メルはそう結論が出されが、しばらく黙り込んでからもう一度口を開く。



「で、でも!…なんだか……遠慮されてませんか?」



ミシェルはそう言われ、苦笑いで溜息を吐くと、諦めたようにこう言った。



「していません。…もう、私には無理かもしれません。ですから私の分までメルさんが頑張ってください」



その笑顔は女性のメルから見ても美しいモノだったが、同時にどこか悲しそうに見えたのは言うまでもない。



・・・・・



「ねぇ拓也、王城の食客になったってのは本当かい?」



「流石アルスだな、情報が気持ち悪いくらい早い」



水道で洗った手をハンカチで拭きながらそう尋ねるアルス。拓也は彼の情報の速さに驚愕する。



「いいのかい?住み慣れた場所を離れちゃって」



「知ってるかアルス?俺ってどこでも寝られるところが特技の一つなんだぜ」



「ハハハ、実に君らしい」





その後、昨日そんなことがあったのにも関わらず何事も無く学園での時間は流れる。


いつも通り皆で昼食を食べ、いつも通りに会話を交わす。


しかしいつもよりミシェルと拓也の1対1の会話はとても少なかった。



・・・・・



学園の帰り、メルと共に帰路についた拓也。迷路のような王城の廊下を案内されながら自分の部屋に向かっている途中、彼は唐突に口を開く。


王城では剣帝として過ごしているため、黒ローブ着用の姿である。傍から見たその様は、王国最強に護衛される王女だ。




「…なぁメル、ホントになんか手伝うことない?部屋でじっとしてるってのはちょっと暇すぎてなぁ~」



「そんなこと言われましても…身の回りの事は何もかも使用人の方たちがやってくれますから…」



「そっかー…まぁそれが使用人の仕事だから、それを取る訳にもいかんしな。大人しくしてますかねー」



「スッゴイ嫌そうですわね……では何かわからないことがあったら呼んでください」



拓也を個室の前まで誘導し終えると、メルはそう残しその場を後にした。


取り残された拓也は仕方なく部屋に入り、制服の上着を抜いでハンガーラックに掛け、消臭スプレーを吹きかける。



「とりあえず着替えるか…」



シャツのボタンを外しながら、部屋の入り口から左に行き当たった先あるクローゼットを開ける。十分広いクローゼットの中にある収納から、とりあえず冬用の長袖白Tシャツとジーンズを取り出した。



それに着替え、フカフカのソファーに仰向けに寝転がると、天井の照明を見上げながら一言呟く。



「……暇だなぁ」



手伝うことは何も無い。一人部屋に居るしかないということは、彼にとって結構な苦痛であった。




・・・・・



一方その頃、ヴァロア家では…



「……何か用ですか?」



玄関を開いたミシェルの目に、見知った顔が映る。


彼女はめんどくさそうに溜息を吐きながらも、大きな荷物を背負って玄関前に立つ元気少女にそう尋ねる。




「今日から私ここに泊まることにしたから!!」



「いきなりですね……」



拓也が居なくなってしまったので、自分が彼の代わりになろうという考えに行きついた彼女。まぁこれが彼女なりに考えた結果なのだ。



「ハァ…まぁそこじゃ寒いと思うので入ってください。おばさんに許可は取ったんですか?」



「もっちろん!」



自分の体より大きい荷物を背負っているジェシカだが、まるでまったく重くないと言わんばかりに軽快な足取りで家へ上がる。


元気な彼女は、ミシェルがスリッパを出す前にリビングへ掛けていってしまった。



そんな元気に元気を塗りたくったような彼女を眺めてミシェルは少しだけ微笑む。



「もう、ジェシカ。フローリングを歩くときはちゃんとスリッパ履かないと足冷えますよ!」



「えへへ~、ありがと!」



小走りでリビングへ向かったミシェルは、カーペットの外のフローリングに彼女の分のスリッパを並べた。ジェシカはそう感謝の意を口にだし、太陽のように微笑む。




・・・・・




「あ、あの…夕食の時間……ですわ」



場所は移り王城。時刻は7時少し前だろうか。


メルは拓也を夕食に呼びに、彼の部屋に訪れていた。




「はい、クラーケンの会社倒産な」



「っあ!イフリート卑怯だよ!!」



「別に卑怯はないだろう。そういうルールだ」



「いやぁ!!借金が!!アタシの借金が!!」



「次は僕の番だね……えっと4進んで……あ、クラーケンの家が火事だってさ」



「いやあぁ!!みんなしてアタシをいじめる!!」




彼女の目の前に広がった光景は、色とりどりの小人たちが、一枚のボードを床に敷いて何やら騒いでいるという異様なモノだった。



すると、一緒になって遊んでいた拓也はようやく彼女の存在に気が付き、彼女へ声を掛けた。



「どうした~なんか用か?」



「こ、この…妖精さん?達はどちら様でしょうか?」



「ん~、俺の使い魔。今皆で人生ゲームしてたとこ」



尋ねてきたメルにルーレットを回しながらそう返す。


無慈悲にも彼の車が行きついた先は、一番借金が多いプレイヤーに暴利で金を貸し付けるというモノだった。


刹那、クラーケンが泣き喚いて地面を転がり回る。



「なんでぇ!マスターまでアタシをイジメるの!?」



「いいかクラーケン、現実とはいつも非情だ。…ルールに則ってお前のターンが回ってくるたびに、今貸した金額の7割を利息としてもらうことにするよ。出来ない場合は…もっともっと貸してあげるから…ね」



これほどまでにないゲス顔でクラーケンに優しくそう言う拓也、彼女は彼のその笑顔からは、慈悲の一切を感じられなかった。


プルプルと震えだし、やがて叫ぶ。



「マスターのバカァァ!!」



「ハッハッハー!もがき苦しむがいいッ!!」



「あ、あの…お楽しみの所悪いのですが……」



非情に言いづらそうだが、メルはなんとか勇気を出して二人の会話に割って入った。


拓也は膝に手を置き、ゆらりと立ち上がる。



「あぁ、悪い悪いちょっとはしゃぎ過ぎた。


じゃあ俺ちょっと外すから…そうだなぁ…ベヒモス君!君に決めた!!」



「めんどくさい、嫌だ」



「はぁーい!これマスター命令ですぅぅ!!」



一人だけ参加せずにベッドで眠っていたベヒモスは、可哀想なことに拓也に目を付けられた。


嫌がって見せるが、半ば強引に拓也の座っていた所に連れて来られると、結局、強制的に彼の代理としてゲームをやらされることになったのであった。



「じゃあオイラ夕食みたいなんで~みんな仲良くやってなさい!



特にシェイドとウィスパー!”仲良く”だよ!?」



「「…………畏まりました」」



ー…え、なに…そんなに嫌なの!?……もうお前ら一周回ってなかいいだろ絶対!何で間の間隔までピッタリなんだよ!!ー




「う、うむ…一抹の不安は残るが、君たちを信じてみようではないか!ではさらばだ!」



拓也はそう言い残し、部屋を後にした。




閉じられた扉の向こうから聞こえる足音は、徐々に遠ざかりそして完全に聞こえなくなる。



すると全員が瞬時に目配せをし合った。



「もう私たちの会話は聞こえない距離でしょう」



「よし…というかやっぱ全員同じこと考えてたんだな」



シェイドがそう口を開き、イフリートが全員を見回しながらそう発言する。


各属性の属性神たちはイフリートのその言葉に頷き、深刻な表情を浮かべた。



「というかアタシはトールが遠慮なしに聞きそうで怖かったわ」



「なんでだぜ!?俺だってちゃんと空気くらい読めるんだぜ!?それに

皆がスッゴイ睨んできたから…」



まだ涙目だが、借金の呪縛から解き放たれたクラーケンはトールをジトっとした目で見ながらそんなことを言って安堵の溜息を吐く。


トールはトールで空気を読んでいたようだ。周りの面々は、だから今日は口数が少なかったのだと、彼がそう言ったことで気づくのだった。


危うく違う方向へ逸れそうになる話題。すかさずウィスパーが止めに入る。



「まぁ二人とも話を逸らすな。ジン、頼む」



「ちょっと待ってね~………よし、出来た」



何やら外野で、大きな紙に何かを書いていたジンは、それを皆に見えるように広げた。


それを取り囲むように属性神たちが周りを固めて覗き込む。



準備は整った。シェイドがペンを取り出して口を開く。



「『何故マスターの住居が変わったのか?』簡単で良い見出しだ。よし、皆の考えを聞かせてくれ」




使い魔に心配される主。捉え方によっては信頼関係が築けているということになるが、また別の捉え方をすると、情けない主という風にも取れてしまうのがなんとも悲しい。



「いやー俺もビックリしたわ。今まで呼び出されてた家じゃないし、あの~ほら、ミシェル?だったっけ?彼女も居ないしさ。いつも一緒に居るのに」



「おいゼロ、話を逸らすなと言っているだろう」



「おぉ、すまんすまん」



道化のような恰好をした空間の属性神ゼロは適当にそう謝罪し、フカフカのベッドに身を投げて沈み込む。






「でも本当にどうしたんだろうね~。たまにアタシたちをお茶とかに呼んでくれたりしてミシェルちゃん見てたけど、マスターとすごい仲良かったよね?それとも本当はそんなに仲が良くないのかな?」



「いや、そんなことはことはないと思う。何故なら私は、以前マスターとミシェルさんが一つのベッドに入っている現場に呼ばれたことがあるからだ」



ウィスパーのその発言に、周りの属性神たちは『ヒュ~』と口笛を吹いて関心を示す。それにしてもコイツら全員息がぴったりである。



「なるほど、光。その続きがどうなったかは分からないのか?」



「……普通に考えれば分かるだろう。男女が同じベッドで寝る、貴様はにはこの後に何が起こるかすらも分からないのか?」



「…普段なら殴り飛ばしている所だが…マスターの言いつけだ、今度にしておいてやる」



危うく喧嘩が勃発しそうだったが、拓也にそう言いつけられている為、シェイドはそう発言し、握った拳を解いた。



「そっか、じゃあ仲が悪いってのは無いのか」



「いや、そうでもないかもしれんぞ~」



「?、ゼロ、どういうことだ?」



イフリートのその発言にベッドにうつ伏せになりながらゼロが横から口をはさんだ。


イフリートは嫌みなく疑問符を浮かべ聞き返す。



「ほら、浮気とか」



「「貴様、マスターがそんなことをする御方だと?」」



発言が被ったウィスパーとシェイド。二人は顔を…というより仮面を見合わせてにらみ合うが、主人の言いつけがあるため舌打ちだけで終わった。



「あーもうめんどくさいんだぜ!!マスターに聞けないんだったらミシェルっちに直接聞きに行った方が早いんだぜ!!」



先程から深く考え込んでいたトールだが、何も分からなかった彼はやけくそになってそう叫ぶ。


しかし彼のその考えを、他の面々は考えていなかったようである。



「あぁ、確かにそれが早いかもしれないな。そこで今に至る原因を探れば、私達が何かマスターの力になれるかもしれない」



「………これに関しては私も光に賛成だ。他の皆はどう思う?」



「俺は異論なし」



「アタシも」



「僕も賛成かな」



「…わかった」



「わ、私も賛成です!」



「俺もいいぜ」



「了解」



・・・・・



「あの…皆さん揃ってどうされたんですか?」



玄関を開けて、視線を下に落としてそう発言するミシェル。


彼女の視線の先には色とりどりの可愛らしい妖精のような者が10人いた。



「ミシェルさんにお聞きしたいことがありまして伺った次第です」



こんなにファンシーな見た目なのに、彼ら一人一人が精霊の頂点に君臨する属性神というのは本当に驚きである。


ミシェルは何度も彼らとお茶をしたことがあり、全員と面識がある。


シェイドからそう聞き、彼女は快く家へ招き入れた。



トテトテ擬音が聞こえそうなくらい可愛らしく走る姿を背後から眺め、表情には出さないが彼女は愛くるしいと思うのだった。



属性神たちが向かった先はリビング。そこではジェシカがソファーに座って退屈そうに体を前後に振っている。


しかし彼女は彼らの姿をその視界に納めると、途端に目を煌めかせ、勢いよく立ち上がった。



「…ん~…!!何この子たち!スッゴイ可愛い!!」



「…この子たちだと?」


「止めろ光、ここに居るということはマスターのお知り合いという可能性が高い」


「……うむ、確かにそうだな」


「アタシたち多分この人と会ったことあるよ。マスターに呼び出された日に」


「あぁ、僕も覚えがあるよ。でもなんで彼女は初対面のように僕たちを扱うんだろう?」


「そりゃあ…俺たちって普段小っちゃいし……前は視界に入ってなかった可能性が高いんじゃねぇか?」



「なるほどー」



小っちゃい彼らがヒソヒソとそんなことを話す。そんな愛くるしい姿にジェシカはゆっくりと近づき手を伸ばし握手を求めた。



「私ジェシカ=ミルシー!気軽にジェシカって呼んでね!!」



「ど、どうやら悪い人ではないみたいです!」


「ねぇ、誰が握手する?」


「…イフリートが行け、私はめんどくさい」


「そう言うお前が行けよ、俺は実は照れ屋なんだ」


「えー照れ屋とかキモチワルイー」


「おいゼロ喧嘩売ってんのか?」


「止めるんだ、話が逸れている」



そんなやり取りをしながら揉め始める彼ら。ジェシカはシビレを切らしたのか、彼らの手を順番に取って行き、全員と握手を交わした。





「まぁまぁ!細かいことは気にしない気にしない!!人間だもの!!」



そんなみ○をのようなことを言ってくれるジェシカだが、生憎彼らは人間ではない。



「えっと……こちらは拓也さんの使い魔さんたちです。属性神でしたっけ?」



「そうだぜ!」



玄関から戻ったミシェルは彼らをソファーに並んで座らせ、自分はジェシカと同じソファーに腰かけた。


ちなみにウィスパーとシェイドの仲の悪さの知っている彼女は、しっかりと、彼ら2人が両端に来るように誘導している。流石だ。




「えっと…私に聞きたいことでしたっけ」



「えぇ、二三聞きたいことがありまして」



「分かりました。私に答えられることでしたらなんでもどうぞ」



ミシェルは微笑みながらそう言った。


質問を許された属性神たちは、全員で顔を見合わせて、誰が話すかを決めている。ジェシカはその光景を愛くるしい小動物を見るような目で眺めていた。


しばらくして誰が質問するかが決まったようだ。ウィスパーが一つ咳払いをして口を開く。



「今日マスターに全員が呼び出されたのですが、何故マスターの住居がここではなく王城になっているのでしょうか?」



その質問は、ミシェルの心にグサリと突き刺さった。彼の使い魔が来訪したということで、彼女もその質問を予想していなかったわけではない。

しかし実際にそう尋ねられ、思わず閉口した。


返答が無いことで彼らは首を傾げる。




するとジェシカがすかさず一つ咳払いをして、ソファーから立ち上がり、彼らの下へ向かい、ソファーの前にしゃがんで、小さな声で事情を説明した。



「なるほど、では喧嘩をしたという訳ではないのですね?」



「は、はい。食客として王城で生活するみたいです」



ミシェルは少し俯いていたが、確認を取るその発言に慌てて顔を上げて、そう返す。




「そうですか……やはりそんな事情がありましたか。でもいいのですか?離れて暮らしていては、会える時間も少なくなるでしょう」



まるでミシェルの想いを知っているかのように、そう言うウィスパー。


ミシェルは思わず隣のジェシカに視線を送るが、彼女は首を横に振る。



「あの…私が拓也さんと会える時間が少なくなると何かマズいんですか?」



仕方なく彼女は彼らにそう尋ねた。


するとウィスパーは疑問符を浮かべながら、メガトン級核兵器を投下する。



「?…この前マスターと子作りをしていらしたではないですか、ということは、お二人は人間の間柄で示すと夫婦というモノなんですよね?」



「……………………………。。。






ッ///はぁ!!?こ、こづっこづ?な、子づく!!??!?ふ、ふう//!!??!?」



次の瞬間、しばらく動きが完全に停止したかと思うと顔を真っ赤にして、勢いよく立ち上がり、パニックに陥ったミシェル。


必死に何かを言おうとするが、パニック状態の為、意味のある言葉が発せない。


そんな彼女の状態を見て、いつもなら子作りという面白そうな単語に反応して彼女を弄り倒すであろうジェシカも、慌てて彼女を座らせようとする。しかしミシェルの体が強張り過ぎて、必死に力を込めても腰などの関節までもがろくに動かせない。



「こ、こづ…子作りなんてそ、っそそ、そんなことししてないですッ!!第一拓也さんと私はふ、夫婦…なんかじゃありません!!!何を言っているんですか!!!?」



「ミシェル!?ミシェルしっかりしてッ!!」



今にも彼らが何故そんな考えを持っているのかを問いただすため掴みかかりに行きそうなミシェル。挙句にはジェシカに羽交い絞めのようにされながらでも、光の魔法陣を空中に大量に形成し、全てを発動準備完了にして属性神たちに向ける。


そんな彼女を必死止めるジェシカは、彼女相手におちょくり過ぎるのはやめようと固く誓ったのだった。




「流石我がマスターの奥様。なんという魔法陣構築スピード…合わせて魔法陣すべてに均等に魔力が当てられている……」



「私が言うのもあれだけど君たちこれ以上は止めろおおおおおおおお!!!」



ジェシカの魂のシャウトも、属性神たちはなんのことやらと首を傾げる。



そんな時だった。


『コンコン』と、素晴らしいタイミングで玄関が何者かによってノックされる。


ジェシカはしめたと言わんばかりに目を見開くと、暴れるミシェルに向かって叫ぶ



「ほらミシェル!お客さん!!!行こうねェェ!!!」



半ば引きずるように彼女を玄関まで引っ張り、扉を開けるように促す。


ミシェルも来客とあっては仕方なく、気を持ちなおすために、一度咳払いを吐いて外へ繋がる扉を開いた。



「…こんばんは」



「ッ!?」



なんと扉を開いた先に立っていたのは拓也。


ミシェルは今にも制御不能に陥りそうな右の拳を左の手で押さえつけ、後退りをした。


そんな様子の彼女を見て、自分がいきなり出て行ったことで、彼女を不愉快な気分にさせてしまったのではないかと心配になる拓也。



「ダメたっくんそこから動かないで!!今近づいたら殴られるよ!!」



さらに、彼の身を案じていっているジェシカのそんな言葉も、状況を把握していない彼は、自分が拒絶されていると解釈してしまった。


少し落ち込みながらも、拓也は要件を伝える。



「あの…俺の使い魔がここにきているはずなんだけど、今いる?」



「おや、マスター。どうかされましたか?」



そのタイミングで奥からひょっこりと顔を出す属性神たち。


拓也は深いため息を吐いて口を開く。



「いやそれはこっちのセリフだ。何やってんだ帰るぞ」



「……いえ…しかし………畏まりました」



一瞬反論を考えたウィスパーだが、拓也が主という立場上彼の考えを尊重すべきだと考え、言葉を改めそう言った。


他の属性神たちに目配せをして、拓也の足元までトテトテと走って集合する。



「騒がせて悪かった。じゃあまた明日」



軽く頭を下げてそう謝罪し、空間移動を発動させ拓也はあっという間にその場から消え去った。





・・・・・



「あぁもうどうすんだよぉ!!ミシェルブチギレじゃねぇか!!!」



逃げ帰った後、属性神たちを帰し、拓也は一人ベッドの上でそう叫びながらのたうち回っていた。

自分がしたことの重大さを今一度振り返り、とてつもない罪悪感に襲われ、彼女を護るという役割上、別に指輪があるため問題は無いが、じーさんやセラフィム、ラファエルを裏切ったような気分に苛まれ、頭を抱えて左右へ転がり回り、挙句にはベッドから落下する。


絨毯が惹かれているとはいってもベッドから落下し、直接頭を打てば痛い。

鈍い痛さを我慢しながら、拓也は深くため息を吐いた。



「ミシェル…あれ相当怒ってたよなぁ……拳握ってたし」



そして何より彼は、ミシェルに冷たい態度を取られたという事実に参っていた。


引き留められなかったこと、そして何より今しがた彼女が示した拒絶。



一応言っておくが、別に彼女は怒っていたわけでもなければ、拓也を拒絶したわけではない。ほとんど属性神たちのせいなのである。



「また明日とは言ったけど……会いたくないなぁ………」



地面を這いずりながらベッドに戻り、力なくうつ伏せに倒れた。



そんな時、唐突に彼の部屋のドアがノックされる。



「た、拓也さん…いらっしゃいますか?」



「……居ませーん」



「居るではないですか!!」



居留守を使おうとする拓也だったが、失敗に終わる。向こう側からは相変わらずのメルが扉を蹴破るようにして現れた。


相変わらず犬のような奴だと内心で微笑み、拓也は怒った表情のメルの方向へ億劫そうに首を動かし、彼女に問う。



「なに?夜這い?」



「ッはぁ!?何を言っていますのバカバカしいッ!!ぶっ飛ばしますわよ!!?」




中々ショックな出来事があったが、彼はいつも通りを振舞うため通常運転である。



乗り込んできた彼女の恰好は、寝間着にナイトガウンを羽織った中々にセクシーなもの。


拓也がそう言うのもまぁ理解できるだろう。



「それでなんだい?用も無く来たわけじゃないだろ?」



めんどくさいが、彼女が来たので、拓也はベッドから離れ、近くにあった椅子を引いて彼女へ寄こす。


自分はベッドの端に腰掛けて、大きな欠伸をして見せた。



「ありがとうございます」



「うむ、飴でも食べるか?」



「い、いえ、結構ですわ」



メルは用意された椅子に腰かけ、そう礼を述べた。


サイドテーブルから飴の入ったバスケットを差し出すが、時間帯が遅いからか、彼女は遠慮する。



「それで?もう11時半よ?なんの用かね?」



「え、えっと……その………」



拓也がそう切り出すと、メルは恥ずかしそうに目を逸らす。



その様子から、彼女が中々話し出さないということが分かった拓也は、ベッドに身を投げ、毛布を首まで被って目を瞑る。



「話せる状態になったら起こしてくれ~」



「…な……ハァ…」



最早彼女には止める気力もないようだ。溜息を吐くだけで、いつものように鉄拳制裁をしない。


目の前で既に寝息を立てている彼に少しドキドキしながら、何故か彼女は本当にどうでもいいことを思いついた。



「…!」



メルは手をサイドテーブルに伸ばし、包み紙で包まれている飴を一つ手に取る。


それをぎゅっと握りながら、彼が起きていないかをちゃんと確認してから彼女は行動に移った。



「…えい!」



彼女は握っていた飴を、彼の顔に向かって投げた。



そう、彼女は、以前彼が寝ている姿を見た時に、睡眠時ですら隙が無かった拓也が、これを避けられるかが何故か非常に気になったのである。



再度言う。非常にどうでもいい。



「…痛いんだけど」



そして彼は避けられなかった。




「ったく……なんやねん」



「ご、ごめんなさい!寝ていても避けられると思いまして!!」



飴が直撃した額を擦りながら起き上がった彼にメルは謝罪して頭を下げた。


「そ、それで……用件なのですが…」



するとようやく喋る気になったのか、もう一度俯くとしばらくの沈黙を生み出し、口を開く。



「あ、ぁ明後日の土曜日!!一緒に何処かへ出かけませんか!?」



それはただのデートの誘いだった。



「ん~……いいよ」



そして拓也はそう答える。



ー……土曜はミシェルの剣術の稽古があるけど…もう一緒に住んでないし、何より怒らせちゃったから会いにくいし…いっか…。ー




一応ミシェルとの約束もあるのだが、状況を整理した結果の答えがそれだった。



「どこ行く?国内外どこでもいいけど」



「そ、それは考えておきますわ!!ではまた明日!!」



そこで恥ずかしさがピークに達したメルは、慌てて立ち上がって茹蛸のように赤面すると、勢いよく拓也の部屋から飛び出して行ってしまった。


拓也は彼女が出ていった扉の方を眺めて呆け、投げつけられた飴の包装を解くと、それを口の中へ放る。



「…まるで嵐だな……」




ポツリとそんなことを呟いていると、また部屋のドアがノックされた。



「どうぞー」



「やぁ拓也君!すまないねこんな時間に!」



「いえいえーお構いなく」



先程までメルが座っていた椅子に座るよう手で指示して、突如部屋に現れた王をそこに座らせる。


本来ならこの国の長である彼の前では礼節を重んじるべきなのだろうが、生憎国王本人がそれを望んでいない為、拓也はベッドの端に腰掛けるのだった。



「どうです、飴でも食べますか?」



「あぁ頂くよ!」



「それで…俺に何か用ですか?



「あぁ…実に申し訳ないんだけどね…」



王は拓也が渡したバスケットから飴を取り、それを指で弄びながら申し訳なさそうに口を開く。


・・・・・



翌日、学園。



銀髪の美少女、ミシェルは、昨日の自分の態度について謝罪しよう吐拓也を探し回っていた。


しかし探せども探せども彼の姿は学園のどこにもない。遂には朝のホームルームにも姿を現さなかった。


そこで彼女は、ホームルーム終了と同時に、彼の行方を知っているであろう人物に声を掛けに行った。



「あ、あの…メルさん。拓也さんを知りませんか?姿が見えないんですが…」



「…それが………どうやら帝の仕事が入ったようでして…」




・・・・・




同時刻、黒ローブの青年拓也は、国境付近に発見された謎の研究施設のような場所に来ていた。




「ここか…結構デカいな」



アスファルトで整地されたを雑草が貫き荒れ果てた研究所らしき建造物。窓ガラスなどが割れ、散らばるガラス片。そこを歩く拓也ともう一人の足音が、冷たい風に乗って消えて行く。



「現在時刻午前8時45分。天候曇り、気温4度。任務を開始します」



「噂に違わず真面目ですねマイルズさん」



現在拓也に同行しているのは、エルサイド王国騎士団副団長。マイルズと呼ばれた騎士甲冑姿の彼は、左手に兜を抱えながら事務的にそう呟いた。


吹き抜ける風が、騎士の証である赤いマントをたなびかせ、ついでに暗い青色の髪を揺らす。


そしてついでに言っておくと、やはり彼もイケメンである。


若干…いや、かなりの劣等感を感じながらも、拓也は頑張って取り繕ってそれを表に出さないように尽くす。



「剣帝様、本日はよろしくお願いいたします」



「あ、はい。よろしくお願いします」



悲しきかな…イケメンを前にすると憎しみを隠しきれない拓也だった。



そして何よりその赤いマントが動きの邪魔にならないか気になる拓也は、自然にそちらへチラチラと視線を送ってしまう。


するとマイルズは拓也のその視線に気が付き、前を向いたまま口を開いた。



「これは防寒用と飾りです。戦闘時は外しますよ」



「…なるほど、ということはここで戦闘が起きた場合は全て私が対処するということですか…」



「そうなりますね」



拓也は内心で、戦闘が起きませんようにと祈るのだった。



それからは特に会話もせずに淡々と施設内の調査を始めた彼ら。


作業を始めてから1時間ほどたった頃だろうか、拓也があるモノを見つけた。



「……似ているな…マイルズさん、どうやらここは結構当たりだったみたいですよ」



そう声を掛けられ、マイルズは拓也の隣へ向かった。


隣から彼の手元を覗き込む。そこには丸められた書類が数本、そして拓也はそのうちの一つを広げて、描かれているモノを凝視する。



ー…似ている…学園祭の時に奴が使った黒い錠剤に……ー



そう、彼らは、あるせいとが学園祭の時に使用し、魔力量を増幅した、あのどれだけ調べても正体不明だった黒い錠剤についての調査に来てたのだ。


王国の優秀な人材が、尋問と名推理の数々で、やっとの思いで掴んだほんの僅かな手がかりからこの場所を導き出した研究所跡。


彼らの働きは多大なるものであった。こうして手がかりを手に入れられたのだから。



「確かに報告書にあったものと非常によく似ています。ではこれを持ち帰ることにしましょう」



そう発言し、持参したポーチに受け取った書類を仕舞い込むマイルズ。


しかし拓也は口元を困ったように噤んで、溜息を一つ吐いて見せた。すかさずマイルズは尋ねる。



「どうかされましたか剣帝様」



「いやなに、どうやら泥棒は許してくれないみたいでしてね」



そんなことを言いながら、背後へ振り返る拓也。それに続いてマイルズも後ろへ振り返る。


それと同時に研究所の中に隣の部屋からガラスのようなモノが割れる音がした。



「確か隣の部屋は…柱状の透明なケース。その中には魔獣などが液体に浸かっていたと思いますが…」



「あぁーこれ絶対動き出したよ…総数は40」



拓也は腰に下げた剣の柄に手を掛け、マイルズはマントの留め具を外してゆっくりと兜を被る。




・・・・・



時間は流れ、時刻は夕方の4時過ぎ。雪が降りしきる中、帰宅したメルは父親の執務室に向かって帰宅したことを伝えると、一つ尋ねる。



「只今戻りました。お父様、その…拓也さんはもう戻られているのですか?」



愛娘の帰宅。王は一度書類を処理する手を止めて、優しい笑顔を彼女に向けながらその問いに答えた。



「おやメル、お帰り。拓也君なら昼過ぎには戻ってきたよ。今は自分の部屋に居るんじゃないかな?」



「そ、そうですか!」



パァァと一気に明るくなるメルのその表情。次の瞬間には王の言葉を待たず、部屋を出ていってしまう。


明るい様子の彼女が出ていった扉を眺めながら、王はしみじみと呟く。



「恋…してるなぁ」



彼女のそんな成長が嬉しいやら悲しいやらで、彼はなんとも言えない気持ちを具現化するため、立派な髭を蓄えた整ったその顔に、とりあえず苦笑いを浮かべておくのだった。



・・・・・



「な、何故ですの!?何故ことごとく負けるのですか!?」



「ハッハッハ―!貴様の考えることなど全てお見通しなのだよ!」



メルが彼の部屋に行ってみると、彼は暇すぎたため、独りでトランプを切って遊んでいた。そんな拓也が非常にいたたまれなくなった彼女は、一緒にインディアンポーカーで遊ぶことにしたのだった。


するとどうだろう。全く勝てない。



「もう一回!もう一回ですわッ!!」



負けに納得できずに何度も挑戦するが、結果は何度やっても同じ。


彼女が強がって中々ドロップアウトしないというのも勝てない理由であるのだろうが……



ー…クックック…計算通り…ー



それを差し引いても、彼女は絶対に拓也には勝てない。



「何故ですの!?あなたは自分のカードが分かるのですか!?」



「あぁ、見えているとも…心眼でな」



心眼…それの正体はメルの死角。


そう、彼がここまで連勝できるのは、ただ空間魔法で彼女の斜め後ろ辺りに鏡を配置し、自分のカードを見ているだけなのだ。




「あっるぇぇぇぇ!!?随分と浅い考えですぅぅぅ!!!」




やはりこの男、クズである。




・・・・・


「ミシェル…そんな落ち込むこと無いよ!月曜日謝ればいいんだからさ!」



「……別に落ち込んでません」



珍しくジェシカが気を使いそんなことを言うが、ソファーにうつ伏せに倒れ込み動こうとしないミシェルは彼女のその労いを否定する。


拓也が仕事で学園に姿を現さなかった為、ミシェルは昨日の非礼を謝罪することが出来なかったのだ。



同時に仕事ということで拓也のことが心配でもあった。彼は強いが万が一ということが無いとは言えない。それは常々彼も言っていた。



「(……きっと大丈夫なんでしょうけど………やっぱり心配です。どうにかして連絡を付けられないでしょうか)」



今日、拓也に会い謝罪することが出来なかったということより、彼女は彼の身の心配をしていた。


帝という職業上、割り当てられるのは超が付くほど危険な仕事ばかり。


生きるか死ぬかの命のやり取りをするその仕事、神と戦えるほどの実力を持つ拓也がその程度で死ぬとは思えないが、やはり心配は心配なのである。



「ハッハーン。さてはたっくんのこと心配してるな!?」



彼女のその考えは、すぐにジェシカにも分かったようだ。


おちょくるようにそう言うと、向かいのソファーから立ち上がり、彼女の手を取って無理矢理立ち上がらせる。



「な、何ですかジェシカ」



「心配なんでしょ?なら行って確かめればいいの!」



やはり彼女はいい意味で直情的なのだろう。こうして消極的なミシェルのサポートが出来るのは、ジェシカぐらいだろう。



「で、でも王城ですよ?そんな簡単に入れてくれるとは思えません…」



「…あっ」



しかしこうして無計画にとりあえず突き進んでみるというのは考えものである。



そんなところへ救世主が現れた。



「おやおやお嬢さん方、お困りのようですねぇ」



「…なんでセラフィムさんが出てくるんですか?」



「レディーが困っていると聞いて飛んで来たのッさ!」



また鬱陶しい奴が来たと言わんばかりに苦い顔をするミシェル。ジェシカはいつものお笑い要員が来たことで早々に笑い出す。


ともかく決めポーズを解いた彼は、ミシェルの疑問に素早く回答してくれた。



「拓也は普通に無事だぜ、現在…王女とお部屋で楽しく……おっと、ここからはR18だぜェェェ!!」



ウザったいことこの上ない。ラファエルの登場を心待ちにするミシェル。


すると彼女の願いが天に通じたのか、次の瞬間セラフィムは背後に開いた光の門の中から伸びた綺麗な手によって門の中へ引きずり込まれた。



「あれ絶対ラファエルさんですね…」



ミシェルはセラフィムを引き摺り込んだ手の正体を突き止め、そんなことを呟く。そして今頃デスクに座らされているであろう彼に、少しだけ同情するのだった。


ジェシカは今の流れるような動きに爆笑し、地面に倒れ込む。


しばらくすると彼女は立ち上がって、キッチンの方へ向かった。



「じゃあたっくんの無事は確認できたし、晩御飯の準備しよ!今日のメニューは何!?」



「…はいはい、そうですねぇ…メニューはあるもので適当に決めましょう」



・・・・・



「あぁ!何故勝てませんの!?」



「クックック…言っただろう、貴様の考えていることは手に取るように分かるのだと」



もう一度言おう。彼女の後ろに鏡があるのだ。



現在時刻午後6時。外はもうすっかり暗い。部屋の中の灯りがレースのカーテンを透け、ガラスを一枚隔てた外で降りしきる雪を少しだけ照らしてみせる。


雪の積もった広い庭では外灯が、積もった雪と、綿のように降りしきる雪を照らし、幻想的な風景を生み出していた。



「もう一回!もう一回ですわ!」



「分からんかね?何度やっても結果は変わらんよ」



一歩外へ行けばそんなロマンチックな光景が広がっているというのに、メルは彼をそこへ誘おうともせずに2時間ぶっ通しで勝ち目のないインディアンポーカーをしていた。なんとも可哀想である。



まぁきっと彼女も拓也とこうしているだけで楽しいのだ。






「なんかメル弱すぎるしぶっちゃけ飽きてきたぞ…なんか他のゲームやらね?」



「まだ!まだ私は諦めませんわ!!」



「はいはい、わかったよ」



彼女の根気に負け、諦めたようにそう言うと拓也はカードを切って山を作って、その一番上の一枚をメルに見えるように自分の額に掲げた。


彼女も同様にカードを一枚を自分の額に掲げる。



そしてゲームが始まろうとしていた時だった。



「ハイム、晩御飯の用意が出来ましたよ」



王妃ミラーナが二人を呼びに来た。


普通なら使用人が呼びに来るのだろうが、生憎拓也はここに剣帝としているため、ローブを着用していないことが多い自室に使用人たちに来られるのはマズいのだ。そこで、体が治って動きたい盛りのミラーナがこうして呼びに来るという訳である。



「あ、お母様!今行きますわ!……………………………」



大好きな母親の声に勢いよく振り返ったメル。刹那、彼女は面白いぐらいに黙り込んだ。


彼女の視界に飛び込んだのは大きな鏡。そこに映る拓也は、彼女と目を合わせながら、バカにするように口角を思い切り釣り上げる。


そして彼女は理解した。自分が何故今まで全く勝てなかったのかを。



「ぁ……あ、あっ!あなたッ!!今までこれで!!」



あまりの怒りにプルプルと震えながら拓也に向かって叫ぶように言い放つメル。


しかし拓也はそんな怒りの感情をぶつけられてもヘラヘラと笑い、そして止めの一言を放った。



「エヘ!バレちった☆」



軽くウインクしながらテヘペロのポーズを取った彼の胸倉を、彼女は力任せに掴み自分も突進する。


その勢いは彼をベッドに押し倒すのには十分だった。



「私が…私がどんな思いで勝負していたと思っているのですか!?絶対に許しません!絶対に許しませんわ!!」



「だって…だって拓也さん負けるのが嫌いなんだもん…」



頬を赤く染め、フッと顔を横に逸らす。まるで仕草でそんなことをのたまう拓也を、涙目で必死になって前後に揺するメル。


そして異常なほど首がガックンガックン動いているが、拓也なので問題ないと言っておこう。



(※よい子の皆は真似しちゃダメだぞ!)




仲からいきなり聞こえ始めた怒声と物音、ミラーナは慌てて部屋の中に入って見てしまった。


拓也をベッドに押し倒す自分の娘の姿を。



「…あらあら………あらあらあら!」



上品だが不気味さも帯びたその笑み。拓也はやってしまったと軽く後悔していると、いきなり胸元の服が離され、柔らかなベッドに後頭部から落下する。


メルは今度は羞恥に震えながら、顔を真っ赤にし目をグルグルと回す。



「これは…どうやら邪魔をしてしまったようですねぇ。失礼しました」



ミラーナはそう言い残し部屋のドアを閉め、そそくさとその場を後にした。


残された二人。その内一人は顔を真っ赤にしたまま動かない。



そしてもう一人、拓也は、珍しく来ていたシャツのボタンを数個外し、胸部を露出すると、放心状態のメルに向けて一言を口にする。



「あの…僕…初めてだから……優しくしてくださいね」



次の瞬間、彼の顔面に今年に入って一番の威力のメガトンパンチが叩き込まれたのは言うまでもない。



・・・・・



「た、拓也君…どうしたんだいその顔は…」



「気にせんで下さい……」



「ック……クスクス………ッフフ」



そして拓也はその後、顔面がボッコボコのクルミのような状態で晩御飯を食べたのだった。



それにしても王妃ミラーナが楽しそうである。



・・・・・



時間は流れ、昼間は何かと騒がしい王城がすっかり静かになった午前0時頃。



メルは部屋で明日のことについて考えながら、金色の長く美しい髪を櫛で梳いていた。



「明日は…拓也さんと……で、デート///」



自分でそう言いながら、顔から煙を上げてオーバーヒート。実に乙女である。





・・・・・


翌朝午前6時、彼女は昨晩同様美しい金色の髪を櫛で梳いていた。



「…落ち着いて……落ち着いていつものように振舞うこと……」



解き終わって用済みの櫛をドレッサーの上に片付けて、立ち上がる。


現在の彼女の格好は、白のニットに黒のスカート。その下に少し厚手の黒のタイツを履いた、冬の女性のコーディネートにありがちなものである。



彼女はブツブツと独り言を呟きながら、ハンガーラックからベージュのダッフルコートを手に取り部屋を出る。


使用人たちが静かに…しかし忙しく歩き回る長い廊下を、まるですり抜けるように通って行くメルは、さながら幻の6人目である。



しばらく歩き続けると、使用人たちの姿は減り、やがて一人さえ見えなくなった。


そんな寂しい王城の一角にある部屋の扉を、メルはきわめて遠慮がちにノックする。



………しかし中から返事は無い。



『コンコン』もう一度ノックする。だがやはり返事は無い。まぁそれも当然だろう。





今日は土曜日で、現在時刻は午前6時。だれだって少しくらい朝寝坊したいだろう。


おまけに拓也と出発の時間を決めていない為、彼はきっと昼頃に出発だと思っているのだ。



しかし二度のノックで目が覚めたのか、ガチャリとドアノブが回って扉が開く。



「…なに?……夜這いは夜だけにしとけ、今は朝だ」



仲から現れたのは、寝間着の拓也。黒い髪は寝癖でボサボサで、起きたばかりからか目は半開き。


傍から見れば、情けないニートの完成である。



「よ、夜這いなんかではありませんわ///」



だが、どうしてかメルの目にはその姿すら魅力的に映るのだった。



「あ、あなた!今日は私と……街へ…出かけると」



「…あぁ、そういえばそうだったな。…てか早くね?昼くらいから行くのかと思ってたんだけど……でももうお前準備しちゃってるし…まぁいいや、廊下寒いだろうしとりあえず入って」



拓也は大きな欠伸を掻きながらとりあえず彼女を部屋に入るように促し、踵を返す。


メルは新鮮な彼の姿を後ろからうっとり眺めながら、彼の後に続いて部屋に入った。



ふと目を横へやれば、飛び込んできたのはデスクの上に整理されている書類。


メルは恐らく昨晩何か研究をしていたのだろうと考察する。こういう見ていないところでちゃんとしている彼に、少し感心してしまう。



「…寒ッ……とりあえず軽くシャワー浴びてくるから、ちょっと待ってて」



「は、はい!」



気怠そうな彼は、両手で逆の上腕を擦りながら、シャワールームに繋がるドアを開けて行ってしまった。


残されたメルは、とりあえずベッド付近の椅子に腰かけた。



待てと言われ、本当に何もせずにボーっと虚空を見上げる。これで拓也が普段彼女のことを犬みたいと考えるのも分かるだろう。



そのまま特に何もせずに待つこと5分。彼女の視線に、ある場所に釘付けになり、止まった。



「…ここで…先程まで拓也さんが……」



拓也のベッドである。



まだシャワーの音が聞こえる扉の向こう側。そこで彼女の中の悪魔が囁く。



「…いいえ!駄目ですわ!!…ここに包まってみるなど……そんなことは絶対に!!」




とは言いながらもメルはキョロキョロと辺りを見回す。そしてしばらく悩んだ後、誰も居ないことを確認すると、罪悪感を感じながらも、そっとシーツに手を触れてみた。


包まらなかったのは、流石に彼女もマズいと思ったのだろう。



「…暖かい」



掌からは拓也の温もりがじんわりと伝わり、長い廊下を歩いてきたメルの冷たい手を暖める。


しばらく一人きりの幸せな時間が流れる。しかしそんな時間も長くは続かない。



突然シャワールームとこの部屋を繋ぐドアのノブが回る音が聞こえた。今まで夢中になっていてそちらのもの音を感知していなかった彼女は慌ててシーツから手を離す。


次の瞬間、タオルをで髪をガシガシと拭きながら、拓也が部屋に戻ってきた。



「ふぃ~、やっぱり朝から温まるのは実に気持ちがいい」



「べ、別に温まってなどいませんわ!」



「…ごめん、何言ってんの?」



あなたのシーツの温もりを感じていましたとは口が裂けても言えない。メルは仕方なく押し黙る。


拓也も彼女が何も言わないことで、これ以上追求しても無駄だと考え、それ以上はなにも聞かなかった。



脱衣所で着替えてきた彼の格好は、薄いベージュのスキニーに白のタートルネック。シンプルイズベストだ。



「そう言えば朝ご飯はどうするんだ?メルもまだ食べてないだろ」



「…あ、…わ、忘れていましたわ!」



「…ハァ、お前って結構バカだよな」



溜息を吐いて、思わず髪を拭く手を止めた拓也。


メルは少しバツの悪そうな顔をする。



「まぁいいや、喫茶店かどこかが空いてるだろ。そこで食べようか」



「…いいですわね!」



その提案に勢いよく食いつき、拓也に苦笑いをされ、メルは少し恥ずかしくなるのだった。



しばらくタオルで髪の水分を拭き取っていた拓也は、あらかた湿り気が無くなったことを確認すると、脱衣所へ続くドアを開き、籠の中へ使用したタオルを投げ込む。


そして、手に風と火の属性が混合した魔法陣を浮かべ自分の髪に熱風を送り、完全に乾かせた。所謂ドライヤーである。




「よし、じゃあ行くか……気乗りしないけど」



「な、なんでそんなことを言うのですか!?」



ハンガーラックの方へ歩みを進めながら、拓也はそんな冗談を呟いてみる。すると彼女は面白いほどに食いつき、いつものようにギャンギャンと吠える。


しかしそれは一瞬だけで、次第にその表情を暗いモノに変えていった。



何事かとハンガータックに掛かった黒のPコートに手を掛けながら、拓也は動きを止める。



「…わ、…私と出かけるのが……嫌ですか?」



見るからにシュン…とし、落ち込む彼女。


拓也には、彼女が髪と同じ色の犬耳と犬しっぽをしょんぼりと垂らすというSAN値がピンチな幻覚が見えてしまう。



ーなにこれ忠犬?…ー



内心でそんなことを考え、こみ上げる笑いを必死に堪えながら手を掛けていた黒のPコートを肩に掛け、彼は微笑みながら一言言ってみた。



「メルよ、その程度の萌え要素で俺を攻略できるとは思わん事だ。ついでに言うと俺は猫派である」



「も、もえ?…萌えとはなんですの!?」





「…」



「ちょ、ちょっと!何故無言で歩き出すのですか!?」



質問に答える気はないと言わんばかりに拓也はそのまま彼女を無視して歩き出す。


その彼の後ろを駆け足で追うメル。何度でも言おう、犬みたいであると。



「ぅむッ!!」



すると拓也は急に歩みを止めた。背中に勢いよくメルが衝突し、情けない声を上げた。



「なッ、急に止まらないでください!!危ないですわ!!」



今のせいで少しだけ赤くなった鼻を擦りながらまたギャンギャン吠える彼女は犬みたい(ry


そして拓也はようやく閉ざしていた口を開いた。



「いや、ここから出るわけにはいかんから飛ぶぞ」



そう言うと、彼女に返事をする暇すら与えず肩を掴み、空間移動で王城を抜け出した。



視界が一瞬で切り替わり、おまけに肌を突き刺すような寒さが襲う。


メルは瞬時に外に出てきたということを理解した。



「…って何故空中に出る必要があるんですの!?ぅ、うわあぁぁぁ!!」



そして偉大な大地という支えを失った体は、重力の働くままに自由落下を開始する。


風の抵抗を全身に浴びて加速しながら、彼女の悲鳴はエルサイド王国、遥か上空に響き渡る。



「ったく、うるせぇな。お前は靴を履かずに外に出るのか?ほれ、お前の靴持って来ておいてやったぞ」



しかし拓也は、この程度のことどこ吹く風といった態度でくつろぎながら、どこからともなく彼女の靴を取り出した。


恐らく空間移動でも使ったのだろうが、今、彼女にとってそんなことはどうでもいい。



大声で叫び、激しく取り乱し空中で手足をバタバタしたり捩ったりしてみるが効果なし。


薄い雲をとんでもない速度で突き抜けて、彼女たちは確実に地面に近づいていた。



「た、拓也さん!早く止めてぇ!!」



「ん、ちょっと待って。紐が上手く結べない」



「いい加減にしてくださいィィィ!!」




そりゃそうだろう。この速さで落ちているのだから、紐が暴れすぎて結べるわけがない。


そして遂に落下するであろう場所がはっきりと見えてくる。場所は人通りのない空き地。このまま行けば潰れたトマト確定。



幼少期、少女期…自分の成長を追うような映像が頭の中で流れ始める。そんな人生初めての走馬灯が見え始めたメルは、もう目を瞑って身を委ねることにした。




しばらく落下感が続き、そしてそれが無くなると同時に尻餅をついてしまった。


メルはゆっくりと目を開く。



「いやぁ、フリーフォールは何回やっても楽しいよな」



まぁ怪我しないことは分かっていたのだ。ジェットコースターに乗ると、安全なのは分かっていても怖いというアレである。



「…は、ハァ…怖かったですわ!」



「はいはい、すまんかったな。立てる?立てないならおいてくけど」



「べ、別にこれくらいなんともないですわ!!立てます!!」



「そっすか、じゃあはい、靴」



拓也は彼女がそう言ったのを確認すると、彼女の靴を並べて置いた。


メルはその靴を履き立ち上がると、舗装された道路から腰を上げる。



「それじゃあまず朝飯からだな、腹減ったからとっとと飲食店探そうぜ」



スタスタと先に行ってしまう拓也は、外気の寒さに震えて両手をポケットの中に突っ込む。


メルはしばらく自分を置いていこうとした彼の背中を呆けて眺めていたが、ある程度距離が開いたところでフッと我に返り駆け足で追いかける。



「ま、待ってください!置いて行かないで!!」



「置いて行かないから走るな、危ないぞ」



隣まで追いつくと呆れたように彼女のそう言う拓也。


その言葉に、なんだか暖かい気持ちになるメルだった。



・・・・・



「ミシェル、今日は土曜日だよ!」



「そうですね、土曜日ですね」



「何その反応!?土曜日だよ!?」



「…土曜日がどうかしたんですか?」



場所は変わりヴァロア家。


朝日が昇りきった午前8時頃、ジェシカとミシェルは朝食を摂りながらそんな会話をしていた。



「土曜日といったらお出かけでしょ!!食べ歩き!!」



「……元気ですね」



どうやらジェシカはお出かけがしたくて仕方がないようだ。



土曜日、そのワードを聞いてミシェルは少し心が痛む。


彼女にとっての土曜日は、拓也と剣術や魔法の勉強をするはず。だがしかし彼がこの家へ来る気配はない。



「(当たり前ですよね…もう一緒に住んでいないんですから)」





内心でそんなことを呟きながら、目の前のジェシカにそれを悟られないように顔には微笑みを浮かべる。



「ハァ、仕方ありませんね。もう少ししたら出かけましょう」



「やった~!!」



何より、ここに居るといつまでも拓也と暮らしていたことを思い出してしまう。それは苦しく、辛い。


そう考えたミシェルは、溜息を一つ吐いて、ジェシカと出かけることにしたのだった。



・・・・・



「メル、お前ってさ……一応この国の王女だよな?」



「い、一応とは何ですか!れっきとした王女ですわ!」



「いや、さっきから結構人とすれ違うけど、お前全然王女って気が付かれないなって思ってさ」



「よ、余計なお世話ですわ!!」



特に計画もしなかったため、適当に見つけた喫茶店でのんびりとした朝食を済ませた拓也とメルは、人通りが多くなってきた通りを歩いていた。


時刻は8時半頃。


とりあえずの目的地は王国最大の通り、昔拓也がリリーの機嫌を直すために利用したケーキ屋。『アリストス』がある、通称『エルサイド通り』を目指す。


昼過ぎに行くと人通りはピークだが、今の時間ならそこまで込み合っていないだろうという拓也の判断である。



「ん、まぁそれは置いておいてどっか希望の場所はあるか?」



「え、えっと……確か今なら、エルサイド通りに劇団が来ているはずです!きっと面白いと思いますわ!」



「そうか、じゃあ面白そうだしそれ行ってみようぜ。それにしても良く知ってたな」



「ぐ、偶然ですわ!」



どうやら、適当に向かっていた場所でイベントがあるようだ。


その情報を仕入れていたメルを素直に賞賛する拓也。



偶然と言っているが、実は昨晩色々と調べていたとは言えない彼女だった。



その後、数分歩き続け目的の通りに到着。


この時間帯でもやはり、人通りは少し多い。しかしピーク時に比べればこの程度全然マシである。



メルは昨日調べた場所へ向かうため、少しに出て、拓也を誘導し歩き始めた。



そして目的の場所に到着したのだが……




「……開演…10時でしたわ……」



「まぁこんな朝っぱらからやるわけないわな」



会場となる会館の前には、そんな旨の張り紙がされた看板がポツリと立てられていた。


拓也も大方予想はしていたのだろう、ポケットに手を突っ込んだままメルの背後でそう呟いた。


メルはぎこちなく振り向き、どうしようと言わんばかりに、涙目でプルプルと震える。



「まぁ後一時間半くらいだし、適当に時間潰してればすぐだろ。



…と言っても、この時間に暇つぶしできそうなところで開いてるのは喫茶店くらいか…」



「ご、ごめんなさい…肝心の開演時間を調べてませんでしたわ……」



謝るメル。ここで普通に、調べたと言ってしまっているが、拓也は特に気にせず近くにあったベンチに腰を下ろした。


自分の隣をトントンと叩き、彼女にそこに座るよう促す。メルは少し恥ずかしくもあったが、大人しく彼の隣に腰掛けた。


「さっき食べたばっかだし、ちょっと休憩でもするか。


ほい、寒いからマフラーでも巻いとけ」



「わぁ…ありがとうございます!」



拓也は何処からかマフラーを取り出し、メルに手渡す。


動きを止めたことで彼女も寒くなってきていたのだろう。喜んでそれを受け取ると、早速首元にグルグルと巻いて、口元まで蹲った。


更に拓也は彼女がスカートにタイツなのを見ると、またあるものを取り出して彼女に手渡す。



「なんですの?」



柔らかな肌触りの布。


広げてみれば、それは厚手のひざ掛けだった。



「スカートじゃ寒いだろ、良かったらどうぞ~」



今のひざ掛けと同時に取り出した本を片手で開き、視線は文面に落としたままそう発言する拓也。


抜かりのない気遣いに、メルは思わず笑みが零れる。



「…ありがとう……」



小さくそう呟くき、ひざ掛けで太ももから膝を包んで、赤く染まった頬をマフラーに埋めるのだった。



・・・・・


「…ん…ぅん…?…あれ…」



いつの間にか暗くなっていた視界。メルは思わず何かを呟こうとするが、それは意味のない音になって口から零れる。


おまけに暗い視界に加え、頭がぼーっとすることに疑問を感じていると、覚えのある声がすぐ傍から聞こえた。



「…眠かったならそう言えばいいのに。一度王城で仮眠を取ることもできたんだぞ?」



「……私…」



その彼の言葉で、メルはパッチリと目を開く。その金色の瞳に映りこんだ景色は何故か45度ほど傾いている。


それについて疑問を持つと同時に、自分の右隣からじんわり熱が伝わってくることに気づく。


それから彼女が状況を把握するまでに時間はかからなかった。



「ご、ごめんなさい///私ったらなんてことですの!!あぁ…!」



「気にすんな。後人通り多くなってきてるから大声は控えろ、恥ずかしい」



自分が不覚にも眠りに落ちてしまったこと。そして何より、いつの間にか彼にぴったりとくっつき、肩を枕の代わりにしていたことに気が付き素早く距離を取ると、結構な人がいるにも関わらず面白いように取り乱す。


拓也は右手を器用に操り、本のページを片手で捲りながら彼女に静かにするように注意した。



「ご、ごめんなさい……」



「そんな目に見えて落ち込むなって、人間であれば睡眠欲はあるものだ。


でもびっくりしたぜ、唐突に倒れてくるもんだからさ…まぁそれで慌てて寄って肩貸した訳だけど」



「……そういうことでしたの//




そ、それより!拓也さん体温高すぎませんか!?…さっきくっついて居た時にすごい、…な…なんというか……暖かかったのですけれど………///」



くっついて眠り、無防備な姿を見せていたことが恥ずかしく話題を逸らそうとする彼女だが、結局変えたはずの話題でまた恥ずかしくなり、顔から煙を出しそうなほどに赤面する。



「あぁ、それね。シバリングしてただけ。そうしないと風邪ひくだろ」



「?…シバリング?」



聞きなれない単語が出たことで、メルは疑問符を浮かべて首を傾げる。まだ顔は赤いが、口調から恥じらいは既に消えた。



「骨格筋を収縮させて熱を発生させる人間の生理現象。寒い時にブルブル震えるだろ?あれのことだ」



それは、自分を体を完璧にコントロールできる拓也ならではの方法である。




拓也のその説明を聞いて、メルはある一つの結論に辿り着き、隣の彼から遠ざかりながら引き笑いを向ける。



「え…では私が寝ている間ずっとブルブル震えてたのですか?」



「何それキモチワルイ。ちゃんとお前に気づかれないようにしてたっての」



そんな嘲笑うような視線に耐えかねた拓也は本を閉じ、少し離れたメルに体の正面を向けて話し合う姿勢を取った。



「…私はそんなことできませんわ…どうすれば出来るようになるのですか?」



ー…神の下で100兆年ぐらい修行したら出来るようになるよー…なんて言えるわけがねぇな…ー


純粋な疑問を解決しようと自分に向かってくる彼女を、ちょっとだけ微笑ましいく思いつつ、彼は答える。



「安心しろ、本来コントロールは出来ないものだから」



「……………何故あなたにはできるのですか……」



「特別な訓練を受けていますー、皆は真似しないようにねー」



適当にそう答えつつ、ポケットから懐中時計を取り出し、二つの針が指し示す時刻を確認する。現在時刻は9時45分。


拓也はその時計の文字盤を、少しだけ哀愁漂う表情でしばらくの間ぼんやりと眺めると、溜息を一度だけ吐いて、ゆっくりと蓋を閉じた。


子気味のいい音が鳴る。メルは彼の手の中の銀色の懐中時計に気づき、彼に話しかける



「へぇ~懐中時計ですか、綺麗ですわね。


でもあなた、以前体内時計があるから時計は必要ないと言っていませんでした?」



その問いに拓也はピクリと反応する。


ー…そんなこと言ったっけ?まぁ会話の中で言ってるかもしないなぁ…-



動きを止めながらそんな事を考え、彼女の質問から少しだけ間を開けて微笑みを浮かべながら口を開く。



「ミシェルにもらったんだ。綺麗だろ?」



現在彼と彼女の複雑な事情があることを知っているメルは、思わず言葉を失った。マズいことを聞いてしまったと。


彼女の友人であり、同時に恋敵でもあるミシェル。メルの中で様々な感情が入り乱れる。


これは自分の恋を叶えるチャンスなのか?それとも友人の恋を応援するのが正しいのか。





彼女が黙りこくり何も言わない為、拓也はベンチから立ち上がり、苦笑いを浮かべて口を開く。



「あぁ、別にミシェルと喧嘩とかしたわけじゃないからな。



もう開演すぐだし行くぞ」



別にメルが尋ねてもいないのに、彼女と中が悪くなったわけではないと言う拓也。


メルはそんな部分を不可解に思いながらも彼の後を追った。



・・・・・



「ミシェルミシェル!見てよこれ!すごい綺麗な飴細工!!」



「はいはい、はしゃぎ過ぎないでください。危ないですよ」



様々な出店に一々はしゃぎながら通りを縦横無尽に暴れ回るジェシカに、ミシェルは注意しながら後を追う。


日は昇っているが、外の寒さは中々のものだ。ミシェルはアウターのポケットに手を突っ込み、身震いして体を温めた。


しかしそれでは体が温まりきらず、思わずくしゃみをしてしまう。



「ミシェル寒いの~?」



「……当たり前でしょう、冬ですよ?」



「えへへ~、じゃあ…」



「ちょ、ちょっとジェシカ!何するんですか!?」



「温めてあげるよ!」



するとジェシカはミシェルの右側に寄ると、彼女のポケットに自分の手を突っ込んだ。



「だってこうしてたら温かいでしょ?」



彼女なりにちゃんと考えがあったようだ。


満面の笑みを浮かべ、一度手をポケットから手を抜き、今度はミシェルの腕に自分の腕を絡ませ、もう一度ポケットに手を入れる。


そしてポケットの中で彼女の手をしっかりと握ると、腕にピッタリとくっついた。まるで恋人である。


こんな寒さの中でも変わらず元気なジェシカにミシェルは苦笑いを向けて口を開く。



「さっきまで手袋もしないで手を外に出していたからでしょうか…ジェシカの手、冷たいです」



「じゃあミシェルが温めて~」



「温めてくれるのではなかったのですか?」



「むむむ…ミシェル手ごわいね」



「気のせいでしょう」



そんな会話を繰り広げながら、ミシェルはジェシカの元気ぶりに感心しながら彼女の冷たい手を握り返した。




・・・・・



「…とても…とても泣けるお話でしたわ……」



「感情移入し過ぎだろ…」



時間は流れて、現在時刻は10時半。



隣で号泣しながら歩くメルに、呆れたように拓也はそう声を掛けながら考える。


ー…ここまで注目集める行動してるのに、何でこいつは誰からも注視されないんだ?

王女だよな?ー



その手の魔法でも使っているのかというくらい注目を集めない彼女に疑心を抱く拓也だった。



「最後の風船が飛ぶシーン……もちろん拓也さんも泣きましたわよね!?」



「う、うん。泣いた泣いた」



最後のシーン、彼は隣に座るメルにティッシュを渡し続けるという接待をしていただけなのだが、熱意が籠った視線を向けられ言われると、そう答えるしかなかった。


最後に使った風船は、劇団の人の好意で来ていた客に配られた。メルも配られたその一つを握りしめながら泣いている。



そんな時だった。



「ぅう゛…!…拓也ざん゛、あれぇ!」



メルが空を指さす。


そちらへ視線をやってみると、空に風船が昇っているのが目に入った。



マズいと思い、隣へ目をやる拓也。予想通りさらに勢いを増して号泣するメルがそこには居た。


恐らく先程のシーンと照らし合わせているのだろう。



ー…誰が飛ばしちゃったんだ?ー



拓也は、風船の真下へ視線を移動させる。


そして見つけた。



「ママ~私の風船がぁ!」



どうやら風船を離してしまったのは、小さな女の子のようだ。



ー…リリーよりも小さいってことは、幼稚園児くらいかな。うわめっちゃ涙目…ー



拓也が見つけたその女の子は、遥か高くの風船に手を伸ばし目に涙を溜めている。



しばらく考えた拓也だったが、一つ溜息を吐いて隣のメルに尋ねる。



「なぁメル。国立学園のSクラス、尚且つ魔闘大会で大将を務めたことのある生徒なら、あの風船まで跳ぶことは簡単だよな?」



その問いに首を傾げたメルだが、少し考えたあと戸惑いながらだが答える。



「え゛、えぇ。少し…高いような気もしますが……」



その答えに拓也は不気味に口角を釣り上げる。自分の回答の仕方に後悔するメルだがもう遅い。



次の瞬間、彼女の視界から、尋常ではない速度で彼が視界から外れた。



「よいしょ~っと」



地上で彼女が頭を抱えているころ、拓也は既に上空で風船のひもを捉えていた。


彼女が跳べると言ったのは、彼が提示した条件の人間がしっかりと準備をした場合の時である。


あの近接なら学園最強と言われるメイヴィスですら魔闘大会の時、空中の拓也を追撃するのには、身体強化を施し、一度深く沈む予備動作を付けるという準備が必要だった。


その時に匹敵するほどの高さだったのにも拘らず、拓也は身体強化はおろか、満足な予備動作も付けずにこの高さまで跳躍したのだった。



「あのバカは…街中でこんな目立つようなことを…」



メルとは違う拓也はちゃんと注視される。通りを水流の如く、流れるように歩いていた人々は、彼を指さし始める。


拓也は視線を集めたまま、近くの建物の屋根に移り、そして通りに降り立った。



「わぁ~私の風船~!」



「はいどうぞ、次は離さないように気を付けようね~」



「まぁ、わざわざ申し訳ありません。ありがとうございます」



「いえいえ、お気になさらず」



普段の変人っぷりを全く感じさせない微笑みを浮かべると、持ち主の女の子に風船を手渡す拓也。


女の子の母親からそう礼を述べらると、なんてことないとそう言い、注目を集めないようにか、速足にその場を立ち去ろうとする。


だが周りでその一部始終を見ていた人々から拍手が上がった。



「…ちょっと焦りましたけれど、流石ですわね拓也さん」



メルは何事もなかったことにホッと胸を撫で下ろしながら拓也の下へ駆けて行き、彼の行動を称える。


褒められるのがあまり慣れていない拓也は少し照れたように微笑みをうかべていた。



すると女の子は目をキラキラと輝かせながら、拓也を見上げてとんでもないことを口にしてしまう。それは幼さ故か…あぁ、無常。



「お兄ちゃんスッゴイ!騎士様みたいに、そんなにイケメンじゃないのに!!」



・・・・・




「た、拓也さん!元気出してください!!大丈夫ですわ!人にはそれぞれ好みというモノがありますから!!」



「……」



街中をトボトボと歩く拓也の背後から、なんとか彼を元気づけようと声を掛けるメル。しかし彼が心に負った傷は深い。


彼女の呼びかけも虚しく、彼は何ら反応を示さなかった。



幼さとは時に恐ろしい武器となるのである。


そのまま歩き続け、人通りの少ない公園に行きつくと、空いていたベンチに腰掛ける。


拓也はそこで両肘を両ひざに置くと、首を垂れて項垂れる。


そして次の瞬間、彼から抜け落ちて、拓也は真っ白に燃え尽きた。



「た、拓也さん!しっかりしてくださいまし!!」



「…どうぢで……どうぢでみ゛ん゛な゛で僕を゛イ゛ジメ゛る゛の゛ぉぉ…ぉぉぉ」




そして号泣。一人だけ白黒の状態で涙を流す。メルからはその表情は見えないが、見なくても拓也が今どんな顔をしているかくらいは簡単に予想できた。


彼の足元には涙で形成された水たまり。最早彼を止められるものはこの場に居ない。



「だ、大丈夫ですわ!ただの子どもの言葉をそこまで重く受け取る必要はないのです!」



「うわぁぁぁぁぁ!!もうヤダ!!整形する!こんな悲惨な人生嫌だよぉぉぉ!!!」



半ばパニックを起こして叫んだ拓也は、どこからともなくメスを取り出すと、その切先を自分の顔に向けた。


メルは慌てて今にもメスを顔に突き立てんとする彼の腕を掴んで止める。



「な、何をしているんですの!?バカなことは止しなさい!!」



「顔は遺伝!そう、肌なんかはスキンケアで何とかなる!だがな!!骨格や目の形、鼻筋!!上げればキリがない!それらは俺の得意な努力で抗うことは出来ないんだよォォ!!だから!だからもう整形しかないんだ!!」



「だからといって何故いきなりなのですか!?今はきっと気持ちの整理が出来ていないのですわ!いったん落ち着いて考えてみましょう!!」



「えぇい止めるなメル!!俺なんて!俺なんて!!!」



自暴自棄なり、そう自分を卑下し始めた拓也。


メルに抑えられる腕はプルプルと震えながら、均衡を保ったまま動かない。






手術を開始することもままならない拓也は、叫びながらメルに向かって口を開く。



「お前はいいよなメルッ!!お前は…お前は持ってる!!!整った骨格も!!女性らしい胸もッ!!持っている者が持たざる者に施しの言葉なんておくるんじゃねぇェェェッ!!!」



完全に八つ当たりである。


堕天寸前の天使のような顔をして、必死にメスを顔に突き立てようとする彼にそんなことを言われたメルは、思い切り赤面して、ベンチに座る彼の顎に膝蹴りを叩きこんだ。



「な、何を!!バカなことを言わないでくださいッ!!私はあなたの顔が好きですわ!!何がそんなに不満なのですか!?」



刹那、メルは自分の言った言葉を頭の中で再生し直し、動きを止めた。



しまった。彼女はそう思うが遅い。口にした言葉はもう戻らない。



「ち、違います!!そう意味で言ったのではありませんわ!!!…そう!目です!もうちょっとやる気のある目の開き方をすれば!!仕事の時のように真剣な眼でいつもを過ごせばいいのです!」



「そんなに集中力が続くわけねぇからァァァァ!!!



ってことは何?俺って目さえキリッとしてればイケメンなの?」



「……ま、まぁ…ややイケメンにはなるのではないでしょうか?///」



そう返しながら、仕事中の彼の眼差しを思い出す。


イケメンとは言えないが、条件が揃えばややイケメン、所謂ややメンと言えなくもない。メルも彼に惚れる原因の一つとなった普段とのギャップが大きいその表情。


拓也は彼女のその話を興味深そうに頷きながら聞いていた。メルは安心してメスを持つ手を離す。




「そうか………じゃあなおさら整形する必要があるな!」



「ちょっと待ちなさァァい!!!」




第二ラウンド、開始。




「えぇい!止めるなメル!!目さえ…目さえなんとかすれば俺はようやくフツメンの呪縛から解き放たれ、イケメンになれる!!」



「安心してください!!精々ややイケメンになれるかくらいのラインですわ!!」



・・・・・



「これ美味しいよミシェル!」



「…え、えぇ…そうですね。…ジェシカ、ちょっと食べ過ぎなんじゃ…」



「冬は体を温めるために栄養使うから大丈夫!太らない!!」



「いえ…お腹を壊さないかが心配なんですけど…」



時刻は12時少し過ぎ。ミシェルたちは適当な飲食店へ入り昼食を取っていた。


ミシェルはジェシカの食べっぷりに目を丸くする。彼女は思わずそう言うが、ジェシカは平気と言わんばかりに新しく運ばれてきた料理を頬張る。



「ミシェル全然食べてないじゃん!どうしたの?」



「…え、そうですか?私は普通に食べているつもりですけど」



そう言うミシェルは、ジェシカの言う通り殆ど料理に手を付けていない。



「駄目だよ!冬なんだからちゃんと食べないと!」



「は、はい。そうですね!」



ジェシカにそう言われ、ミシェルはフォークを手に取りとりあえずサラダに手を付ける。


その間にも目の前で繰り広げられる大食いショーに思わず苦笑いを浮かべると、シャキシャキとした野菜を咀嚼しながら、彼女はいつかの記憶を思い起こす。



「(…以前拓也さんと行った…『しまうま』でしたっけ?あそこの料理、美味しかったですね。また行きたいです……)」



以前拓也と行った、レストランなのか飲み屋なのか、はたまたスナックなのかよくわからない飲食店を思い出したミシェルは、その時、拓也との外出を思い出しながら少しだけ気分を沈ませた。



「(拓也さん…今頃何をしているんでしょう……)」



先日、彼に失礼な態度を取ってしまった自分。


そんな自分に怒りと情けなさを感じ、悔しさに唇を噛む。




そして、そして今更、自分にこんなことを言う資格はないが…



「………一緒に…もう一度、一緒に……暮らしたいです」



ジェシカに聞かれないよう、小さくそう呟いた。



本当は心の中に留めておくつもりだったその言葉、しかし強い想いがそうはさせなかった。


幸いジェシカには聞こえていなかったようだが、自然に口が動いたことにミシェルは自分が相当追い込まれていると自嘲的な笑みを浮かべる。



ジェシカが今、自分の家に泊まっているのも、彼女が自分の事を気にしてくれてのことだとミシェルは分かっている。


「(…だから…早く気丈な姿を見せて、安心させないといけないですね)」



まるで彼女の好意での行動を否定するような心の声。そう考えているのすら申し訳ないのに、彼女にそれが知られてしまっては更に申し訳ない。だから今度こそ、その言葉は心の中に留めた。



「ミシェル、また手が止まってるよ?」



「…あ、えぇ、ごめんなさい…。それにしても美味しいですね」



「やっぱりミシェルもそう思う!?流石私の親友!!」



親友、その言葉がミシェルの心に鋭く突き刺さる。


申し訳なく思いながらも、それによる動揺をなんとか消しながら、ミシェルは食事を終えた。



会計を済ませ、街へ出る。店の中から出た瞬間、二人を冷たい寒風が襲う。


しかし太陽が出ているので、朝に比べて寒くはなかった。



「ねぇねぇ!次は何する?あ、私花屋さんとか行きたい!!」



「花ですか…私は花は詳しくないですけど、この季節でもあるものなんですか?」



「もっちろん!」



自信満々な顔で通りを闊歩するジェシカ。


ミシェルは興味深そうに耳を傾けながら、彼女の隣を歩く。



「それにね!花にはそれぞれ花言葉ってのがあってね!」



「花言葉…ですか?」



「うん!とってもロマンチックなんだよ!…えっとね」



ミシェルも彼女が持ち出したその面白そうな話題に興味を持ち始める。


ジェシカは彼女が知らなさそうな素振りを見せたので、少し得意げにそう口を開き、何から話そうか考え、そこまで言い掛ける…その時だった。



「まてよ?あの子は『そんなにイケメンではない』と言っていた。では俺はそんなにイケメンではないが、限りなくフツメンに近いイケメン。つまりイケメン界のヒエラルキーで言うと下の中か下の下だが、フツメンではない。そう考えられるのではないだろうか?」



「しつこいですわね…」




彼女らの鼓膜を、覚えのある二人の声が揺らした。





二人の前から向かってくる、黒髪の青年と、金髪の少女。


ミシェルは思わず立ち止まり、目を見開く。


ジェシカも彼らの接近に気が付き、ワナワナと震えながら半ば叫ぶように黒髪の青年の名を呼んだ。



「た、たっくん!?」



するとその呼びかけに気が付いたのか、黒髪の青年、拓也は歩みを止めてジェシカの方を向く。


同時に彼女の隣に居る人物、ミシェルを視界に入れると、彼は少し気まずそうに目を伏せた。



「じぇ、ジェシカさん!?ミシェルさんも!」



「め、メルちゃん!どうしたの!…たっくんとお出かけ?」



「は、はい///べ、別に!そういうわけじゃ…」



そう弁解するメルだが、今ジェシカにとってそれはどうでもよかった。



「(マズい場面に出くわしちゃったな…ミシェル…大丈夫かな?)」



ミシェルのことを心配しているジェシカは、拓也たちを弄るよりも先に彼女の心配をしていた。出来れば詳しく状況を聞きたいところだが、あまりモタモタするわけにはいかない。


メルの目の前で必死に頭を回転させて名案を捻り出そうとするジェシカだが、逆にそれがあだとなった。



「………」



「あっ…み、ミシェル。どう?…元気にしてる?」



よりによって現在少々ややこしいことになっているこの二人を、二人きりにしてしまったのだ。



「(デートですか…。拓也さん、メルさんと上手くいっているみたいですね)」



彼らが街中を並んで歩いていたこと。そして結婚の話を持ちかけられたことを知っているミシェルは、二人のその様子からそんなことを内心で考える。



「(何か…何か友人として、お祝いの言葉を…)」



しかし口は動かず、言葉を発することが出来ない。


緊張で乾いてきた喉を鳴らし、外気に晒してすっかり冷たくなった手をギュッと固く握り込み、なんとかお祝いしようと口を動かそうとするが…動かない。


そして徐々に視界が歪んできたころに…



「え、あ……え?」



「み、ミシェル!?」



「ミシェルさん!?どうされたのですか!?」



足が勝手に、一刻も早く彼から離れようと動き出していた。



「(そこには……そこには私が”居たい”!!)」



頭では友人として…と考えても、心は違うことを思ってる。そう、彼の隣に居たい。

その思いが、考えに勝ったのだ。




自分も賛同した故の結果、それなのにこんな考えが頭に浮かんでしまう自分に嫌気が指し、ひたすら街中を走る。


人の間を縫うよう駆け、城門を潜り、平原を駆け抜け、森を抜け、まだ走る。



気が付けば、いつぞや拓也と訪れた、彼女のお気に入りのあの場所に来ていた。



「……ハァ…」



森を抜けた先にある、王都を一望できる断崖。以前彼と来た時と比べて、すっかり元気のなくなった芝生にゆっくり腰を下ろし、溜息を吐いてみる。


無意識のうちに身体強化を掛けていたのか、ここまで来るのにそう時間はかからなかった。それに体も辛くない。


しかし心はチクチクと痛む。




「…なんで逃げてしまったんでしょう……」



そんなことを言ってみるが、理由は自分が一番理解している。



彼の隣に居たい。メルではなく自分がその場所に居たい。だが彼女は拓也に『帰って来て』と言えるほど勇気はなかった。



両ひざを抱え、目に涙を浮かべて小さく蹲る。



「ハァ…ハァ…ッ!、ミシェル!」



そこへ、後を追ってきたジェシカが、後ろから声を掛けた。


彼女も必死に身体強化を使って追ってきたのだろうが、ミシェルとの練度の違いが明白に表れている。


真冬だというのに顔に汗を浮かべ、肩で息をしている。


別にジェシカが普通より劣っているわけではない。むしろ体力面に関してはかなり優れている方だ。ただミシェルが優秀すぎるだけなのだ。



「今…たっくんと話しにくいのは…その……分かるけどさ……何も言わずにいきなり逃げるのはダメだよ………」



「…そうですよね………私って最低です」



「違う!そういうことじゃなくて……あれじゃたっくん、ミシェルに嫌われたって思っちゃうよ……」



「…そう…ですよね……」



ミシェルはジェシカの言うことに頷き、さらに小さく蹲る。



そんな彼女を見て、ジェシカは一つ呆れたように溜息を吐くと、やれやれといった表情を浮かべながら、彼女に歩み寄り肩に手を置いてしっかりと握り…



「大丈夫だよミシェル!私が付いてる!」



太陽の如き笑みをミシェルに向けると、グッドサインを作って安心させるようにそう言った。




・・・・・



いきなりミシェルに逃げられ、取り残された拓也はその場で呆然と立ち尽くしていた。


ー…怒ってたのは分かってたけど…まさかここまでとは……ちゃんと謝らないと…ー



内心でそう考え、とりあえず溜息を吐いてみる。



「メル、次はどこ行く?」



そして気を紛らわすように隣に居る彼女にそう尋ねた。



「あ、あの!…ミシェルさんのこと……その…よろしいのですか?」



「……後でちゃんと謝ってくるさ。さぁ、行くぞ」



謝る。メルは彼がなぜ謝らなくてはいけないのかが疑問だったが、それを尋ねる間も無く拓也は歩き始める。


メルは慌てて彼を追う。



「ちょ、ちょっと待ってください!」



「待たぬ」




・・・・・



時刻は流れて午後5時。


日が傾き、空は茜色に染まる。心なしか寒くなった外気に身を震わせながら、拓也とメルの2人は帰路についていた。



「あのマジック、凄かったですわ!感動です!!」



「だよな、タネが分かっても魅せ方がすごいからどっちにしろ感動した」



「た、タネなんて無粋なことは言わないでください!」




帰り際にみた手品について盛り上がりながら、二人は笑みを交わす。


すると拓也は何を考えたのか、いきなりポケットから白いレースの布をを取り出した。



「実は俺もできたりするんだぜ、手品」



「ぜ、ぜひ見たいですわ!」



「あいよー……はい、じゃあこれただの布ね」



取り出した布をヒラヒラとメルに確認させると、それをクシャクシャにまとめ、掌に塊にして乗せる。



「よく見とけよ…」



そう言うと、布を持っていない方の手で、指をぱちんと鳴らす。


すると布は勢いよく炎を上げて燃え上がり、次の瞬間その炎の中から黒いステッキが出現した。



「すごいですわ!ほかに何かできませんの!?」



彼の手品が気に行ったのか、彼女は更にやるようにと要求する。


拓也は顎に手を置いて考えながら、どこからともなく黒いシルクハットを取り出した。



「さん…はい!」



その掛け声と共に帽子をステッキでトン!と叩く。するとあら不思議、シルクハットの中から白いハトが3羽ほど、勢いよく飛び立った。



「すごい!すごいですわ拓也さん!」



「まぁ空間魔法使ってるだけなんだけどね!!」



「なんですってッ!!?」



そして、また怒る彼女を軽くあしらい、拓也は歩き出す。


そんな彼の態度にメルは不満そうな顔をしながらも、後を追った。



「…寒いですわ」



「そりゃ冬ですし当たり前ですわ」



身を縮こまらせながら彼女がそう言うと、苦笑いしながら拓也はそう言う。


しかし拓也は口ではそう言いながらも、どこからかマフラーと手袋を取り出して、無言で彼女に手渡すのだった。


それをキラキラとした目をしながら受け取るメル。



「い、いいのですか?」



「構わんよ」



拓也がそう答えるやいなやグルグルと首にマフラーを巻き、冷たくなった手を手袋にすっぽりと収めた。



「あ…で、でもこれだと拓也さんが寒いのでは…」



「俺のことは気にしなくていい、何故なら王国最強の剣帝様だから」



彼はきっと自分に気を使ってそう言っているに違いない。メルは彼の発言をそうとり、慌てて自分の首からマフラーを外すと、歩みを止めない彼の背後から少しジャンプして、マフラーを両手で掴んだまま、彼の頭の上から手を通し、マフラーを首に回した。


必然的に首が勢いよく絞まる拓也。のけ反りながら思わず歩みを止めて首を絞めつけるマフラーに手を掛ける。



「何しやがるこの爆乳大明神!!」



「ば、ばくにゅ……ッ!!ぶっ飛ばしますわよッ!!?」



反射的に煽ってしまった拓也は後悔するが遅い。次の瞬間、彼女は本格的に彼の首を絞めに掛かった。



「じょ、冗談!!ただのジョークだって!!ハハッ!俺がこの程度の寒さで参ると思ってんのか?大丈夫大丈夫!この程度大丈夫だからマフラー巻いてた方がいいと思うようん!!」



話を逸らすため、そんなことを言いつつ、マフラーと首の間に無理矢理腕をねじ込んで気道を確保する。


するとメルは分かってくれたのか大人しく手に込める力を緩め、首に回した凶器を外した。



…そしてそのマフラーを拓也に手渡す。



「はい、これはあなたが使ってください」



「………またなんで?寒いなら付けとけばいいのに。俺は我慢できるから大丈夫だし…」



「こ、これは…あれです!帝を従える王族として、体調管理はしっかりしてもらわないと困るのですわ!」



赤面しながらそんな言い訳で誤魔化すメル。


拓也は苦笑いで首元に巻かれたマフラーを握る。



「はいはい、仕方ねぇから受け取ってやろう」



「せ、折角人が気を使ってあげましたのになんですかその言い方は!…ッ!!」



「ッハ!いつからマフラーが一つしかないと錯覚していた!」



わざと彼女を怒らせるようにそう言うと、彼は新しく取したマフラーで彼女の顔をぐるぐると巻くと、両端を固結びで止めて、彼女の視界を塞いでしまうと、煽るようにそう発言した。




「むぅぅ!!…うぅ~!んぅ~!!」



「え?なに言ってるかわかんない」



両腕を伸ばしてバタバタと動かし、拓也を探すメルだが、拓也はその手を軽々と躱しながら、更に煽る。


次第にメルは作戦を変え、マフラーを外そうとするが…何故か外れない。


拓也は彼女のその愚かな行動を蔑むような目を向け、嘲笑する。



「無理だよ。そのマフラーは、後頭部、顎、その他色々な顔の凹凸を利用して外しにくいように巻いているのさッ!!」



「むぅ゛ぅ゛ッ!!」



親切に説明し、倒れない程度に背後から背を押す。


彼女は前方に重心を移動させられ倒れそうになったが、踏ん張って留まると、振り向きながら怒った呻き声を上げて早くはずせとジェスチャーをした。



「あ、というかそっちの方が注目集めるしいいんじゃないの?お前影薄いんだし。


今日も一日出歩いてて、お前のこと誰も王女だって気が付かなかったしな。

それどころか存在自体が気が付かれてなかったような…1時ごろの昼食でも水が一つしか運ばれてこなかったし、人とぶつかりそうになるし…やっぱり認識されにくいんだな!俺もそう思う!!背後に立たれた時なんて絶対気が付かないもんな!!」



そこまで言っていて彼はようやく気が付いた。彼女の手に、魔武器である大鎌が握られていることに。


目が見えていないはずなのに、一歩、また一歩、かのっ所は正確に彼の下へ近づいて行く。拓也は思わず後退りする。


そして彼女がダッシュに移行したと同時に、彼も踵を返し猛ダッシュで逃走した。


掴まれば刈り取られるデスゲームの開始である。

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