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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第一部
21/52

冬期休暇終盤



雪がコンコンと降り続ける、正午のエルサイド王国。


辺り一面雪景色。遠くに見える山々も、白く染まっていた。



「いやぁ~そういえば全然来たことなかったね!結構いい家だねぇ!羨ましいぞ~」



赤髪の少女、ジェシカはソファーにうつ伏せに倒れこみながらそんなことを口にする。



珍しく…というか拓也は、彼女がこちらの家へ遊びに来るのを体験するのは初めて。


いつも何かと彼女の家に世話になっている拓也は、恩返しの意味も込めて、精一杯もてなそうとキッチンで忙しく動いていた。



「ねぇミシェル~、雪遊びしようよ!」



「絶対に嫌です。寒い日くらい大人しく暖かい場所に居ましょう」



「え~…じゃあたっくんは?」



「右に同じ」



キッチンで拓也と一緒に調理をするミシェル。余談だが、最近は二人で料理を作ることが多いようだ。


いつもならこの光景を眺め、ニヤニヤした後必ずといっていいほどからかってくるジェシカなのだが、今はうソファーにうつ伏せているので視線がそちらへ向いていないため、二人は何も言われずに済んでいる。




「なんで~?雪冷たいし楽しいじゃん!」



「皆が皆ジェシカのように元気ではないんですよ」



「俺はあれだ、寒いと白目剥いてブリッジして歩き出すから」



「なにそれスッゴイ見たい!」




逃げるために使った嘘が、自分の首を絞めにかかる。


拓也はマズイことを言ってしまったと目を伏せ、昼食作りに没頭し始めた。



しかし面白いこと大好き悪魔ジェシカは、拓也の気持ち悪い嘘の習性のようなものに興味をそそられたのか、ソファーから跳ね起きるとキッチンへ小走りで掻けて、逸らした視線を無理やりあわせようとしてくる。


こうなれば拓也がやることは一つしかない。




「アッハッハッハッハ!!」



「……何してるんですか?」




「……見れば分かるだろう。白目を剥いてブリッジで歩いているんだ」



期待には積極的に応えていく。それが鬼灯拓也だ。




ひとしきり笑うと、ジェシカは自分だけが何もしていないということに気が付いたのだろう。


拓也から視線を外し、ミシェルに喋り掛ける。



「ミシェル何してるの?私にも手伝えることない?」



「そうですね…ではこれをシンクにお願いします」



そう指示を出し、結構な量の調理器具をボウルに入れて手渡す。


ジェシカは元気のいい笑顔を浮かべ、それを受け取った。



「わかったよ!洗えばいいんだね!」



「お願いします」



「まっかせといて!そのくらいお安い御用だよ!…っあ!」



「っうぅ゛」



しかし次の瞬間、ジェシカはうっかりと手を滑らせボウルを落としてしまう。


中々の質量を持ったそれは少しの間だけ加速し、ブリッジをして歩き回っていた拓也の腹部に深く沈み込んだ。



切ない呻き声を上げる拓也。彼はミシェルが少し笑いそうになっているのを見逃してはいなかった。



「人の不幸を笑うとは…許すまじ……」



「別に笑ってないですよ、少し表情筋が緩んだだけです」



「なんだ、それなら問題ない。というか今日はピンクなんですね素晴らしい選択だと思います」



ブリッジという体勢、今日はというワードから読み取れる日替わりと言うこと。


ミシェルはすぐさまそれが何を意味しているのかを理解し、苦しそうだがまだブリッジを維持する拓也の顔面の上で、漬物石をなんの躊躇も無く離した。



「ッ!?ミシェル!?ゴメン冗談だって!!本当は見てないから!!適当に言っただけだから体重掛けないで!!」



意地なのか何なのかは知らないが、片手を向かってくる石の防御に回し、残りの一本で体を冴えるというこの状況に陥った今もブリッジを維持する拓也。ミシェルは石の上からさらに手をのせ体重をかけ、彼を苦しめる


ジェシカは格闘を続けるミシェルの背後でしゃがみ込み、一言。




「流石たっくん!当たってるよ!!」



「ちょっとジェシカさんなんで火にガソリンぶちまけたの!?」



「ちなみにフリフリが多めでした!」



「……全く、お前は…………………いいぞもっとやれ」



次の瞬間拓也の顔面は漬物石に押しつぶされた。





「痛いんだぜ、止めて欲しいんだぜ!」



「うるさいです」



首を動かし顔に乗った石を横へどけ、そう喋り掛ける拓也。


しかしミシェルは無慈悲に彼への攻撃を続ける。スリッパを履いたまま拓也の鳩尾辺りを思い切り踏みつけたのだ。



「ぐほぇぇあ!?ちょ、ちょっと待って!!痛い!!」



「どうせ本気を出せば大丈夫なんでしょう?それなら体の強度を上げればいいじゃないですか」



偶然とはいえ現在履いているパンツの色と形状をしられたミシェルは容赦なく拓也への攻撃を続ける、息が出来なくなるような鈍痛の中、拓也は、これだけ動いているのにチラリとすら見えないパンツに対し疑問と共に怒りを感じる。そして苦痛を耐える表情を浮かべながらなんとなく思いついたことを一言。



「あ、でもこれはこれでそういうマニアックなプレイみたいでいいかも」



まさに発想の勝利である。



当然こういう状況に笑いの沸点の低いジェシカが絶えられるわけも無い。

地面を転がり回り抱腹絶倒する彼女は、サンドバックよろしくボコボコにされる拓也を視界に収め、荒ぶる腹筋と格闘を開始していた。



「ぉ…お腹が…い、痛いよぉ」



床に倒れ込んだまま、安定しない呼吸をしながらなんとかそう呟くジェシカ。


彼女にとってこの空間はきっと腐○とかそういう類のモノなのだろう。



「ふぇぇ~、ここまでのオプションは頼んでないよぉ」



某アンパンよろしく腫れ上がった顔面。ちなみに言っておけば、この顔は食べられない。



ミシェルは少し眉間にしわを寄せながら肩で息をし、右手に握られた肉叩きをシンクに置いた。


それにしても武器の選択が非常に恐ろしいと思っているのはきっと拓也だけではないのだろう。



「まったく…下着の何がそんなに良いというんですか」



足元に転がる物体Xを見下ろしながら誰に質問しているでもない言い方で独りでにそう呟いた。





「その質問に答えるならば…そう、全て。


下着…主に女性もの下着とは全であり善である。それを手に入れたものは全を知り、そしてさらなる高みを求め無に帰り、次へ次へと高みへ昇って行くのだ」



「やっぱり頭がおかしいみたいですね、応急処置しかできませんが治療してあげます」




「ストォォォップ!!その魔法陣は何だ!俺には分かるそれは【ホーリーレーザー】だろ!?応急処置じゃなくて俺のことデリートするつもりだろうが!!」



「うるさいです、大人しく治療されてください」



手に光も魔法陣を展開するミシェル。拓也は体を捩り、拘束から逃げ出そうとするが、面白そうということでミシェルの方に加勢したジェシカのせいで、身動きが取れなくなってしまった。


最早逃げ出すことは不可能、直撃は不可避。



そんな時だった、



「拓也さん!いらっしゃいますか!?」



この場に居る全員が聞き慣れた声と、玄関を叩く大きな音。



3人とも何事かとじゃれ合いを止め、玄関へ急いで向かったミシェルがドアを開けると、そこにはサイドテールにした金髪を揺らすメルの姿があった。


ここまで余程急いできたのか、肩で息をしとてつもなく寒いはずの外で額に汗を浮かべている。


ミシェルに続いて現れた拓也とジェシカも、そんな彼女を見てただ事ではないと察する。



「どうした?見た所急用だな、俺はどうすればいい?」



真剣な様子の拓也の手には既に帝として行動するときの黒ローブ。



「お、お母様の容体が……!」



「分かった、すぐに向かおう。すまんなミシェル。ジェシカ、折角遊びに来てくれたのに悪い。せめてゆっくりして行ってくれ」



「はい、拓也さんこそ頑張ってくださいね。行ってらっしゃい」



「安心して!留守の間ミシェルは私が守るよ!!」



開いたドアから吹き抜ける寒風に、羽織った黒ローブを翻し、フードから覗く口元の口角を少し釣り上げ、メルの肩にそっと手を乗せ、一瞬のうちに空間移動で姿を消した。



残された二人はドアを閉め、キッチンに戻る。


ほとんど完成していた料理を、二人分皿に盛りつけ、ダイニングテーブルへと運んだ。


そこでジェシカがからかうように口を開く。



「行ってらっしゃいってまるで夫を見送る奥さんみたいだね!」



「お、奥さんって///!止めてくださいジェシカ!!」





・・・・・



「へぇ~…ミラーナさんがどうしたって?」



場所は変わり、王城の一室。ミラーナ王妃の部屋。



バツの悪そうな表情で拓也から目を背けるメル。部屋に備えてある大きなベッドにはミラーナが上半身を起こし、苦笑いを二人に向けていた。



「だから大丈夫だといったでしょう?ただの風邪ですって」



「本当に申し訳ありませんでした!」



頭を下げ謝罪するメル。拓也は安心したような拍子抜けしたような表情で笑みを浮かべ、腕を組む。


彼女が切羽詰まった様子だったので、急いで駆けつけてみれば王妃殿下はただの風邪。実にやるせない。



拓也が駈けつけた頃には既に医師団による診察が終わり、部屋にはミラーナ以外誰も居なかった。そのため拓也もローブのフードを脱いでいる。



「ごめんなさいね拓也さん。娘がお騒がせしたわ」



「いえ、この程度の事気にしないでください。それよりもなんとも無いみたいで良かったです」



苦笑いを浮かべたままそう謝罪したミラーナ。拓也も微笑みを浮かべてそう返した。



「メル、母親のことで焦るのは分かるが、もう少し落ち着きを持って行動しないと、取り返しのつかないようなことが起こるからな。十分気を付けるように」



「はい…肝に銘じておきますわ」



「うむ、よろしい。ということで俺は帰りますかね」



踵を返し、部屋の出口へ向かう。


しかしドアノブに手を掛けた所で立ち止まると、何かを思いついたように手をポンと叩き、メルの方へ向き直った。



「そうだ、今ちょうどジェシカが遊びに来てるしどうせならメルも来るか?

ミシェルのことだ、きっと歓迎だろうし」



「え…い、いいのですか?」



「構わんよ、というか行くなら早くしようぜ。



…ジェシカに俺の部屋が漁られてないか心配になってきた」



拓也がそう危惧するのも仕方がない。彼も一応男だ、嗜みとしてそういった類のモノはちゃんと持っている。


一応それらを仕舞ってあるベッドの下の箱に南京錠、魔力プロテクト、ダイアルロック、そして光魔法で透明化してあるが、万が一気が付かれ、その場にセラフィムかラファエルでも来ていると魔力関係の防衛システムが無効化される可能性が高い。


最悪を想定し、冷や汗を流す拓也。



「で、では…お邪魔しますわ」



そんな状態の彼を見て、メルはそう答えた。




・・・・・



「というわけで連れてきました!」



「お、お邪魔します!」



いきなり玄関へ飛び、そこで靴を脱いでリビングに特攻した拓也とメル。


そこには食事中のミシェルとジェシカが居た。



「あ!メルちゃんいらっしゃい!」



「…どうせそこのバカの仕業ですね」



「バカとは何だバカとは!俺はこう見えても賢いぞ!」



「自分で言ってては世話ないですね。



こんにちはメルさん、ゆっくりしていってください」



「は、はい!」



早速受け入れようとしたジェシカ。ミシェルも一通り拓也を罵倒すると、メルにそう声を掛けた。


内心、友人の更なる来訪が嬉しいのは彼女だけが知るところだろう。



「これからお風呂に行こうと思っていたのですが…拓也さんが戻ったので断念ですね…」



「なにそれ俺への偏見酷過ぎない?」



「自分の普段の行いを悔いてください」



「普段?ッハ!俺は普段下着探してるか風呂覗いてるか下着探してる…か……………なるほど、ミシェル。どうやら俺は変態のようだ」



「今更ですね」



いつもの如く…いや、学園に居る時より2割増しで交わされるボケとツッコみ。


完璧なタイミングで放たれるそれは、いとも容易くジェシカの腹筋を瀕死へ追いやった。



メルは二人の息の合い様に、少しだけ羨ましそうに唇を噛みそれを眺めている。


拓也はそんな彼女が一人だけ取り残されているように見えたのか、そちらへ振り向き、真剣な眼差しを送ると、何か言いたげに彼女の目をじっと見つめる。



「な、なんですか?」



無言で送られる視線に、メルは少々狼狽えながら対応し、少し後ろへ後ずさる。

拓也はメルが怯える中、片目を瞑って口角を釣り上げて爽やかに笑うと、グッドサインを作り一言。



「おっ○い」



「ふんッ!」



「【アイスロック】」



次の瞬間拓也の鳩尾を捉え、深く抉るメルの渾身の右。


その手が彼の体を離れると同時に、ダイニングテーブルに着いたままのミシェルが、詠唱破棄で水魔法の派生技、氷魔法【のアイスロック】で氷塊in拓也を作り上げた。



ー…オーバーキルすぎる…寒いんだぜ…ー



効果は抜群だ!拓也は力尽きた!



・・・・・



「お風呂というモノはいいですわね…心が安らぎます」



拓也を氷漬けした後、屋外の露店風呂へ向かった3人は、並んで湯に浸かりながらのんびりと過ごしていた。


この中で特に髪の長いメルは、タオルで髪を纏め、縛る。



ジェシカはメルの胸元と、自分の胸元を見比べ遠い目をし、ミシェルは目を瞑ってじっとしてくつろいでいた。



「これが…これが胸囲の格差社会ってやつなのね……」



「さっきから何をブツブツ言っているんですかジェシカ?」



「ふ、フフ…持たざる者の気持ちなど、持っている者には分からんだろうさ…」



「なんか喋りかたが拓也さんみたいになってますよ?本当に大丈夫ですか?」



拓也の扱いがなんとも可哀想すぎるのは言うまでもない。まぁ別に本人が居ないからいいのだ。というか居たところでワザとらしく泣きわめき、地面を這いずり回る程度だろう。



遠い目のジェシカはおぼつかない足取りで立ち上がり、メルの前まで移動すると、そこに座り直す。


するとおもむろに両手をまっすぐ前に伸ばし、メルの柔らかなでありつつ、弾力も兼ね備えた魅惑の物体Xを、その手で鷲掴みにした。



「え、ちょ、ジェシカさん!?どうしたんですの!?」



「どうしたのって…クックックこっちが聞きたいよ……どうしたらそんなにおっきく成長するの?ねぇ?」



「っあ、や、止めてください~!」



そしてこれでもかといわんばかりに揉みしだく。抵抗しようとするメルだが、目の前の必死な表情の持たざる者に視線が吸い付けられ、力が入らない。


それを遠巻きに見守るミシェルは、自分には被害が及ばないようにそっとジェシカの射程範囲から外れるのだった。



「み、ミシェルさん!助けてください!!」



「……」



「何か言ってください!」



「この指に吸い付くような肌触り……素晴らしい」



「いやああぁぁぁ!!」




必死の救援要請も、巻き込まれたくないミシェルは見て見ぬ振り。



こうしてしばらくの間メルはジェシカのおもちゃになったのだった…。




・・・・・



数分後…



「うぅ…もう嫌ですわ…」



胸を揉まれに揉まれたメルは、自身の発達した胸部を抱え、涙目になりながら小さくそう呟く。


飽きたのだろうか、こんなことをやっている自分がバカらしくなったのか、それとも虚しくなったのか。

とにかくジェシカは揉むことを止め、大人しくミシェルの隣に座りなおしたのだった。



「ねぇ、ミシェルとメルちゃんは恋敵だよね?もっとドロドロした争いとかしないの?」



「……なんですかいきなり」



「だって…二人の目的が交際相手になることだとしても、たっくんは一人しかいないんだよ?


どちらかは選ばれないわけだし……焦りとかないのかなぁって思って!」



学園祭頃ならこの話題が出た時点で大慌てで取り乱すミシェルだったが、今はもうだいぶ慣れ、少し赤面する程度になっている。


ジェシカはそんな彼女を眺めながら、免疫0だった色恋沙汰に少しは慣れてきたのだと感じ、なんだか嬉しくなる。



「それは………私は今のままの距離感でも十分幸せですし…」



「ミシェル、それ。どうしてか分かる?」



恥ずかしそうにお湯の中で、石造りの浴槽のそこをクルクルと指の先で撫でるミシェルは、そう言った。


今のままで幸せ。そのワードを聞いてジェシカはニッコリと微笑み尋ねる。しかしミシェルは疑問符浮かべる。



彼女のそんな様子に、ジェシカはやれやれといった様子でお手上げするとビシッと隣の彼女に向き直り、人差し指をビシッと突き付けた。



「それは今でも十分カップルしてるからだよ!



もうね、さっき二人が料理してるときホント甘かった。砂糖水に砂糖ぶち込んだぐらい激甘だった。


二人の方見なかったのもニヤけ過ぎて顔が大変なことになってたからなんだよ!?」



「は、はぁ!?別にあれぐらい普通でしょう!一緒に料理してただけですよ!?」



「それはきっとミシェルの中の普通が一般とズレてるだけだよ!


それにあの穏やかな笑顔に『行ってらっしゃい』


あぁもう!聞いててこっちが…///」




自分の体を抱き、くねくねと身を捩ってニヤけ顔を晒すジェシカ。ミシェルもこの仕打ちには耐えられないのか、声を荒げて反論してみるが、どうにも彼女には勝てなかった。



「さぁメルちゃん、二人はそんな感じでか~な~り親密みたいだけど?


どうする?このまま……」



そして次は左隣のメルにまで魔の手が及ぶ。


そう尋ねられたメルは、分かりやすく顔を真っ赤にしながら視線を誰も居ない左側へ逸らし、独り言のように呟く。



「わ、私だって………その…好きですし」



「じゃあ何かアクションを起こさないとマズいね!」



「………何をすればいいのでしょうか」



「とりあえずその胸を使えばいいと思うよ」



「い、いきなりなにを言うのですかジェシカさん!不健全ですわ!!」



元気な様子から一変、ジェシカは胸のワードを出す時だけチベットスナギツネのような目に変わる。


それを見ていたミシェルは、彼女の心の根底に眠る巨乳への憎悪を感じ取り、そっと視線を外すのだった。



それに気が付かないメルは、自分の豊満なモノを大事そうに抱え、ジェシカから隠すように背を向ける。


そしてその一動で揺れに揺れたブツを見たジェシカの目からさらに生気が抜け落ちた。



「……まぁ、私個人としては二人とも友達。ミシェルのほうが付き合いが長いけど、このことに関してはどっちも応援するよ!


出来る限りのサポートはさせてもらうつもりだけど…でも!決定打を打つのはあなた達二人だからね!?頑張りなよ!」



「………そうですか。ところでジェシカには好きな人とかいないんですか?」



「あ、私もそれ聞きたいですわ!最近アルスさんと特に仲がよろしいと思うのですが、彼のことはどう思ってますの?」




一通り二人が関係する話題が終わった所で、ミシェルが次の話題を切り出した。


メルもミシェルの質問の答えが聞きたいらしく、便乗し目を輝かせる。




「う~ん…アルスかぁ。というかアルスに限らず男の子を恋愛対象として見たことが無かった!」



「…へぇ、人に恋愛のアドバイスを散々しておいて…流石ジェシカですね」



「えへへ~照れるよぉ!」



「ジェシカさん!それ褒められてませんわ!」



まぁミシェルにとっては予想通りな答えなわけだが、それでも少しだけ落胆する。


ジェシカは溌剌とした笑顔を見せながら照れているが、ミシェルの言葉の意図が掴めていないようだ。メルが慌てて状況の説明を彼女にするのだった。



「たっくん今頃どうなってるだろ~」



「まぁその気になればいつでも出られるはずですから心配する必要はないでしょう」



「彼はあれでも帝です…それに帝の中でも最強と言われてますわ…」



「ということはやっぱりたっくんが王国最強ってことなんだよねぇ!」



この中で唯一拓也の秘密を知っているミシェルは思う。そりゃ最強で間違いないだろうと。


何しろ神と戦うために鍛えた人間だ。きっと人間に負けるわけがないのだろう。



「ほんと何者なんだろうね!ねーミシェル!」



「え、えぇ…そうですね」




そう同意を求めてくるジェシカに、適当に相槌を打つミシェル。嘘があまり好きではないミシェルだが、これは彼女のことではないのでこうせざるを得ないのだ。


純粋な目で見つめてくるジェシカに目を合わせながら謝罪するミシェルは少し心が痛むのだった。



「そんなことよりミシェル」



少し声のトーンを下げ、視線を下に落としたジェシカ。


その変化はなんだろうと思いつつも、ミシェルは首を傾げ、質問を受け入れる態勢を取る。



「胸、少し大きくなったよね?」



突拍子もない質問にハッとするミシェル。


そして先程まで純粋な輝きを放っていたその目は、いつの間にかチベットスナギツネのように乾き果てていた。




・・・・・



「いや~!お風呂ってのは気持ちがいいね!」



「…」


「…」



意気揚々と風呂場からリビングへ続く廊下を闊歩するジェシカ。


後ろに続く二人は、前を行く彼女とは対照的に弄られ疲れたのかゲッソリと疲れた顔をしていた。



勢いよくリビングへ続くスライドドアを開け、入場。


中では拓也が拘束から既に脱出しており、優雅(笑)に紅茶を片手に小説を読んでいるのが見える。



「お~、お帰り。アイスがあるから食べるがいい」



「わ~い!」



「…ミシェル、メル…どうした?目に生気が無いぞ」



「……ちょっと…色々ありまして」



「…まぁ…色々あったのですわ」



早速異変に気が付いた拓也は二人にそう尋ねてみるが、返ってきたのは何か深い事情がありそうな言葉。


拓也はそれ以上詮索することを止めた。



「ま、まぁそんなことはどうでもいいんだ。とりあえずどっか遊びに行って来いよ。まだ昼過ぎだし、このまま家に居てもやることないだろ?


あれだったら空間魔法で送って行くぜ」



「え!いいの!?」



「あぁいいぞ。今日だけ特別だからな~」



「どこか楽しそうな場所は…」



ハハハと笑い、紅茶のカップを傾ける拓也。ジェシカは楽しそうに飛び跳ねながらはしゃぎ、メルは何処へ行こうか行き先を考えている。



しかし拓也の異変に気が付いていたのはミシェルただ一人だった。



「(特別な理由が無いのに魔法を?…拓也さんは日常であまり魔法を使いたくないと言っていたはずですが…)」



そう、別に拓也自身が行きたい訳ではない。それに誰かに連れていって欲しいと頼まれたわけでもない。


何故か自発的に送ると発言した拓也に、ミシェルは少しの疑問を感じていた。




「う~ん、この季節だしやっぱり雪遊びかな!いっぱい雪積もってそうだしその辺の平原の中心辺りでどう!?」



「帰りはどうするのですか?王都の周辺の平原はかなりの広さですよ?」



「安心しろ、俺もしばらくしたら行くから帰りも任せとけ」



少し焦るように…まるで早くこの場から人を払いたいかの如く。



「(拓也さんは寒いのは嫌い。雪遊びも断っていた、なのに今は後で行くと……それにしばらくしたらということは少しやることでもあるのでしょうか?)」



そしてミシェルは遂に決定的なモノを見つけた。



「!!」



いつもは指輪にして持ち歩いて居るはずの剣、ジョニーが、本来の形状である一本の剣に戻され、ソファーの傍らに立てかけてある。


そして拓也と不意に合った目。その目は彼が真剣になった時にだけ見せるモノだった。



その目が全てを示し、ミシェルは悟る。



「それじゃあ雪で像でも作りましょう。たまには雪遊びもいいでしょう」



「クックック、そう来ると思って全員分の防寒着を揃えておきました!」



恐らく近くに”敵”がいるのだ。だから神のことを知らないジェシカとメルに気づかれないよう、ミシェルにだけが気付くようにしたのだ。



拓也は全員が服を着込んだのを確認すると、メルとジェシカの肩に手を触れ、先に飛ばす。



「……敵ですね」



「あぁ……だが任せろ、奴らはここで始末する。しかし如何せん敵の数が多すぎる…少し時間がかかると思うから、二人は任せるぜ」



「分かりました。でも…」



「ん?なに?」



ジェシカとメルが先に行き、先程とは打って変わり重い空気がリビングを包む。


暖かいはずの部屋も、何故か凍えるように寒く感じるミシェルは、一度目を伏せ、何か思いつめたような顔をし、拓也を真正面からしっかりと見つめ直す。



「無茶だけは止めろって顔してるな。安心しろ、無茶しなくていい相手ならそんなことしないから」



「……なんで分かるんですか」



「そりゃあ俺だし」



「答えになってないですよ」



言いたいことを先に言い当てられ、拗ねたようにそう言うミシェル。


拓也は悪戯に笑って見せ、彼女の肩に手を置いた。



「いやぁ、ミシェルちゃんマジクーデレっすわ」



次の瞬間彼女の視界は、見慣れたリビングから見渡す限りの雪原へと移り変わった。






「アハハ~!やっぱり外は楽しいねぇ!」



「ちょ、雪を掛けないでください!」



到着した平原では既に遊んでいるジェシカとメルが目に入る。


足首辺りまで埋まるほど積もった雪。きっと拓也が配給した長靴が無ければ、今頃脚は濡れているだろう。



しかしミシェルはそんなことはどうでもよかった。ただただ戦いへ向かった拓也のことが心配なのだ。


ずっと雪原に立ち尽くし、俯き加減で目を瞑ってただ祈る。



「どうしたのミシェル?そんなに寒いの嫌だった?」



そんな彼女の様子を見て、ジェシカが自分が出した案がマズかったのではと心配になりそんなことをミシェルに尋ねてみる。


しかしミシェルは目を開き、その蒼い瞳で声の主であるジェシカの方を見た。


その瞳を見るだけで、ジェシカは彼女が今どんな感情を抱いているのかが手に取るように分かる。



「ちょっとどうしたの…」



「あぁ、コレか。本当にこんなのが…クックック」



その時ジェシカの背後から見知らぬ声が聞こえた。



咄嗟に振り向くジェシカ。ミシェルは目を大きく見開き、その声の主をしかと見る。



「本当にこんなのが?…ッハハ、面白いこともあったものだ」



すらりと高い身長に、エメラルドグリーンのオールバック。両目の下には髪と同じ色の稲妻のマークの緑色のペイント。


そして両手には、長短一対、片刃の双剣。



そのうち左手に持つ短の剣は、半月のようなアーチを描いている。


その湾曲した刃に、所有者の顔がチラチラと映り、ミシェルは静かに息をのんだ。


一目見て分かった。これは神だと。



ゆっくりとこちらへ歩いてくる彼。抗い様のない強大な力を前に、ミシェルは硬直し動くことが出来なかった。



「待ちなさい、あなたは何者ですか?名乗ってください」




明らかに怪しい風貌のその男に、メルがそう喋り掛けた。


しかし彼は答えることも無く歩みを続ける。まるで人間にとっての羽虫のように、無価値で無意味な存在を前にしているかのような態度で。



明らかに敵意がある。まだ距離は30メートルほどあるが、相手は神だ。この距離を、気づかれずに一瞬で詰めることなど容易いだろう。



「(これが…)」



ミシェルはまだ固まっていた。いつも神と対峙するときには、必ず拓也が間に入っていた。


それがどうだろう、彼が居なくなるだけでもろに受けるプレッシャー。ビリビリと肌を刺すような威圧に、真冬だというのに全身が汗ばむのがハッキリと分かる。



「…?」



しかし同時にあることを確信し、神に向け、怪しく微笑んだ。


ミシェルのその表情に神が疑問符を浮かべる。この場に居る人間で唯一関心を示すのが彼女だけといういい例である。



「(なんだコイツ…何かを企んでいるのか?)」



その様子に警戒したのか、一度歩みを止める神。無言で思考を巡らせるが、一瞬目を見開いたかと思うと、思い切りバックステップを踏んだ。







次の瞬間、今神が立っていた場所に、剣が地面に深々と突き刺さっていた。



「やれやれ、面倒だな」



ゆらりと剣の持ち手の部分に降り立ったのは、長袖の白いTシャツに濃紺ジーンズの黒髪青年。


ミシェルが絶対に来ると確信していた人物だった。



いつものように間に神とミシェルの間に割って入り、鋭い視線を突き刺すように神へ向ける拓也。


どうやら使用していたのは双剣のようだ。短い方を右手に持ち、剣の腹で肩をトントンと叩きながら長い方の剣から飛び降り、地面から引き抜く。



「…バカな…あの数を一体どうやって」



苦虫を噛み潰したような表情で拓也を思い切り睨み付ける神。



この状況の変化に取り残されるジェシカとメル。ジェシカはミシェルを庇う様に体を置き、メルはおどおどしながらなんとか状況把握を急ごうとしていた。



拓也は振り向き、全員が無事ということを確認すると、密かに眉を顰める。


ー…マズい状況だな……神と対峙しているところを見られることになるとは……どう誤魔化そう…ー




秘密にしておくのも限界か…などと続けて一つ溜息をついて見せ、目の前の神をしっかりと視界に納めた。




拓也は以前に、ミシェルのことを絶対に護ると約束していた。



彼は約束を必ず守る。ミシェルはそこから確信した。つまり敵の矛先が自分に向いた瞬間に、彼が来ることが分かっていたのだ。


実際すぐに駆けつけてくれた。ミシェルは少し嬉しくなって、先程とは違うタイプの笑みを浮かべて拓也の背中を見つめる。



目の前に居る彼には傷一つない。とりあえず怪我をしていないということを確認する。先程まで心配で気が気ではなかったが、ひとまずホッとする。

そして同時にジェシカとメルの様子を窺った。



「た、たっくんの知り合いかなぁ~」



「……」



この状況が只事では無いことに気づき始めている二人。ミシェルは余計なことを言わないように閉口することにする。



すると一瞬にして三人の周りに薄い空色の結界が張られ、同時に戦闘が開始された。



両者急接近し、剣と剣が交じり合う。火花を散らし、思わず耳を塞ぎたくなるような金属音が雪原中に響き渡る。


この三人の中で最も強いミシェルですら二人が行っている動作がまるで見えない。


最早振るう剣と腕が見えないような状態だ。



「ハァッ!!」



おもむろに放った蹴りが神の腹部に直撃。



すぐさま拓也は地面を蹴り追いかける。しかし神も神で、とんでもない速度でぶっ飛ばされながらも、既に魔法陣を数十個展開している。



「解析…、…、…、…、…、…、」



拓也は瞬時に魔武器である銀の片眼鏡を取り出すと、魔法陣を”視る”。そして解除式を作り上げ、次の瞬間自分に襲い掛かったありとあらゆる属性の魔法を音も無く消し去った。




「…!」



しかしその魔法は目くらましだったようだ。辺りを見回せば、更に大量の魔法陣。


それらが一斉に目まぐるしく光を放ち、それぞれが地形を変えるほどの威力の魔法を放った。



…ざっと見て向かってくる攻撃の総数、数百。



ー…今までの神に比べると強いな…ー



拓也はそんなことを考え、薄ら笑いを浮かべたまま大爆発の中に姿を消した。



「どうした人間、この程度か?」



「そういう余裕を見せるのは、相手が死んだのを確認してからにした方がいいぜド三流」



嘲笑を浮かべる神の背後、そこから聞こえた声に反射的に神は上半身を伏せ、地面まで急降下した。


地上に立ち、上空の拓也を見上げる。



「なるほど、お得意の空間魔法ってわけか……だけど」



ニヤリと口角を釣り上げた神、次の瞬間拓也の腹部から二本の鋭利な刃物が飛び出した。


彼の背後には、背に2枚の羽を携えた天使二人。


その光景にミシェルたちは思わず絶句した。そのうちジェシカとメルはようやく把握する。目の前で行われているのは命のやり取りだと。


白いシャツを真っ赤な鮮血が濡らす。



思わず泣きそうになるミシェル。しかし彼女には見えていないが、拓也もまたニヤリと口角を釣り上げていた。



「”やっと”出てきてくれたか、待ってたぜ」



「ぬ、抜けない!?」


「どういうことだ!!」



簡単なことだ、刺された周囲の筋肉で、刃を締め付け抜けないようにしているのだ。


拓也は両手に水の魔法陣を作り、背後に向けて魔法を発動させる。


刹那、二人は綺麗な氷の彫刻へと変化した。



「惜しかったな」



その場で左足を軸に後ろ回し蹴りで一回転、氷の彫刻は粉々に粉砕され、空気中にキラキラと煌めき、吹いた風にのって消え去った




「あーあ、まだ作ったばっかりなのに…」



血塗れになり、計四か所も破けて台無しになってしまったシャツを眺めながら拓也はそんなことを呟く。


そして背中に手を回すと、鋭利な短剣を二本傷口から引き抜き、それを神へ向かって投擲した。



「異常だな、人間とは思えん。この化け物め」



空気を切り裂きながら接近する短剣を軽く弾く神。嫌な汗が額を流れるのがハッキリと分かる。


どうにかして逃げなければいけない。しかし逃げる隙すらない。


ゆっくりと地面に下りてくる拓也をじっと見つめながらどうするべきかを模索するが、生憎いい案は見つからい。しかし拓也もその答えが出るまで待つほど甘くはない。



「【ファイアボール】」



魔法陣からショットガンのように一斉に視界を埋め尽くす量の火球が射出され、それが徐々に間の感覚を縮めながら飛来する。


辛くもその攻撃を回避、防御し、晴れる視界。



「しまったマズい!!」



そこには得物を剣から刀へと変化させ、刀身を鞘に納め、居合いの構えの拓也。


思い切り身体強化し、横っ飛びするが、それと同時に拓也の剣技が発動した。



「【一ノ型・一式、抜刀一閃】」



選択したのは神速の一太刀、技の名をそっと呟き、一歩で最高速まで引き上げる超加速。


この場に居る誰もが彼を目で追えず、ましてや光さえ置き去りにする抜刀など言うまでも無く誰も捉えられるはずもない。



「…あぁ……あ゛ぁ!」



雪の積もった地面へダイブする神、彼の右側を真っ赤に染める液体は、本来腕がある場所から吹き出していた。


神経を介して感じる激痛に、顔を顰める。大絶叫して転げ回りたいほどの痛みだが、敵前という危険地帯に居るということが彼をそうはさせなかった。


痛みに少々呻いたものの、すぐに立ち上がり拓也の方を向くと、既に刀身を鞘に収めた彼は、神に背を向けたまま魔力を練って呟いた。



「これで終いだ」


そう呟くと同時に、神の足元に真紅と翠の部分が所々ある魔法陣が瞬時に書き上げられる。



神は出血の影響か、それとも絶対的な強者を前にした絶望か。


そこで彼の意識は途切れた。



そして拓也はそっと魔法の名を呟く。



「【爆心地グラウンド・ゼロ)】」




一瞬激しく光る魔法陣。次の瞬間、轟音と爆風と熱戦が四方八方へ放たれる。


魔法陣を中心に、一瞬で広がる炎の剛腕は、雪とその下の土を根こそぎ削り取りながらその範囲をさらに拡大していく。


思わず身を伏せるミシェルたちだが、拓也はそこもちゃんと配慮しているのか、彼女らには熱どころか、爆風が届くことも無いようにしっかりと結界が張られていた。



似たような火属性魔法、【エクスプロージョン】を遥かに超える超威力の大爆発。メルは眼前で猛威を振るう炎から目を離さないまま、震えながら口を開く。



「あ、…あれが拓也さんの本気…ですの?」



目で追えないほどの動きに加え、短時間、恐らく詠唱も無しに使用した究極魔法級のこの魔法。


これが拓也の真の力なのだと、メルはそれを目に焼き付けていた。



ミシェルもこれが拓也の本気なのかは分からないが、今、上空に居る彼が刺された部分をあまり気にしていない所をなんとか見ることに成功し、怪我がそこまでひどくないことにとりあえずホッとしたのだった。



ジェシカはその光景を珍しく静かに見つめ、何も口にしない。



やがて炎は収まる。



拓也は敵が消滅したことを確認すると、三人の下に降り立ち、結界を解除する。



彼の背後には巨大なクレーター。辺りの雪は完全に溶け、水分も蒸発し、雪の下の芝も、爆心地に近い場所は削り取られていた。


雪原だった場所は、少し乾燥した土が敷き詰められ、巨大なクレーターがあり、草の禿げた平原へと変わってしまったのだ。



「あ、あなた血塗れじゃないですか!早く医者に…」



メルは白いシャツ真っ赤に染める拓也を見て分かりやすく取り乱す。ここは平原で街中ではなく、医者などいないのに辺りを見回して治療が出来そうな人を探した。


そこでミシェルと目が合い、閃いたように手を叩く。



「ミシェルさん光魔法使えましたわよね!?は、早く治療を!」



しかし拓也はニヤけ面を貼り付け、ジョニーを指環に戻しメルの肩に手を置く。



ミシェルはこの状況をどう乗り切るつもりだろうかと、彼を静かに見守った。




「どう?面白かった?」



「…………え?」



満面のいい笑顔でにこやかにそう言う拓也。メルは意味が分からず疑問符を浮かべる。


拓也は彼女が理解できていないことを小バカにするようにワザとらしく溜息を吐いてケタケタと笑った。



「だから…これ全部演技、セラフィム~出てきてもいいぞ~」



「承知」



「この度敵役を演じてくれたセラフィムです、皆さん拍手を」



そっと近くの地面に視線をやりそう合図をすると、待っていたと言わんばかりに土の中から姿を現したセラフィム。


不意を突かれた女性三人は、その光景に呆気にとられた。



何か余計なことを聞かれないうちに拓也は補足説明を口にする。



「貴様らに俺様の真の力を見せびらかしてやろうと思ってな。それと最近激しく動いてなかったから、運動しとこうと思って」



何処からか取り出した濡れタオルで腹部の血を拭いながらそんな説明を付け加える。



「で、でもその血は!?」



「あぁこれ?血のりに決まってんでしょうが。ほら、傷だってないし」




そう言い、拭った部分をこの場に居る全員に見えるようにする。


彼の言った通り傷などどこにもなく、どういうわけか気になる血特有の生臭くむせ返るような臭いすらもしない。



「ハッハッハ、俺が真剣に戦うような敵がそう簡単に現れて堪るかよ、そんなんが国にせめて来たら居たら今頃この国終わってるって」



ケタケタと笑い、新しいシャツを着る拓也。


メルは俯き、次第にプルプルと震え始めたかと思うと、右の拳を強く握りしめ、それを拓也の脳天に叩き落とした。



「このッバカ!どれだけ怖かったと……どれだけ心配したと思ってるんですの!?それになんですかその態度は!慢心も程々にしなさい!!」



「うへー怒られた~」



「ッ!!少しは反省しなさい!!」



反省の色を全く見せない彼の顔面を捉える左の拳。



のけぞりながらも耐え、またニヤけ面を浮かべる。




「了解っす~、じゃあ俺はお片付けするんでその辺で遊んでてください~」




「…たっくんが全部吹き飛ばしちゃったせいで雪が無くなっちゃったよ!」



「な、なんだって~!?じゃあしょうがない、全員家に飛ばすから適当に過ごしててくれ。…すぐ元通りにする」



「いや~分かってはいたけど滅茶苦茶だね~!どうやったらこれが元通りになるのさ!」



「そりゃあ…俺だし?」



窮地は切り抜けた。そう判断した拓也は内心でホッと胸を撫で下ろし、これでもかというほどのドヤ顔を作ってそう言った。



「私は残りますね、サボらないか監視しないといけません」



「流石ミシェル、俺の行動パターンを読んでやがる」



「あなたはッ!ちゃんと元通りにしておくのですよ!!?」



「おっ○い」



「ッ!?」



またも煽り、メルをキレさせる。襲い来る打撃を軽やかに回避すると、腕に触れて強制的に空間移動させた。



「え~、ミシェル本当に残るの?俺的には一人で作業する方が好きなんだけどなー」



「ちゃんと見ておかないと何を仕出かすか分かりませんからね」



ジェシカはそんな二人のやり取りを遠巻きに眺めながら、満足そうに微笑む。



・・・・・



土属性の魔法を操り、整地を進め、それが終わると草の種を撒き、光属性の魔力を微量当て、活性を進め成長を速めて元の状態に戻す。


それを少しづつ行い、あと少しで地面は元通り。



「体はなんとも無いんですか?」



「あぁ大丈夫。…想定の範囲内だが…あの天使ども武器に毒塗ってやがったなチクショウ」



「お前どっちにしろ毒とか効かねぇだろ」



「分解すんのに結構エネルギー消費するんだよ、それといきなり土の中に空間移動させたことは悪かったから折角生やした草を抜くのは止めろ」



しかしいきなり生き埋めにされ、おまけに一芝居打たされたセラフィムは拗ねたように地面を転がりながら拓也が生やした薄い芝をブチブチと抜いていた。





彼らのやり取りが繰り広げられる中、拓也が用意した監督席に腰を下ろしたミシェルは作業を進める拓也に問いかける。



「…神がこちらへ来たってことは、家の方で何かあったんですか?」



その質問をされると拓也は分かりやすく作業を止め、バツの悪そうな表情を浮かべ振り返る。


そして苦笑いを浮かべ人差し指で頬を掻きながら、申し訳なさそうに口を開いた。



「家を出た瞬間に魔力トラップがあって、危うくあの場所ごと吹き飛ばされかけました。

なんとか結界張って周辺は草の一本まで守りきったけど、その後に待ち伏せしてた天使の総攻撃受けちゃって……んで神がミシェルたちの方へ行っちゃいました………申し訳ない」



「よくそんな攻撃受けて無事ですね…」



「まぁ俺の事はどうでもいいんだ、最後の爆発の時しか結界張ってなかったけど怪我とかしてない?」



「…………えぇ、大丈夫です」



「そうか、それならいい」



目を伏せるミシェル。


拓也は手早く作業を終わらせ、立ち上がり、今度は上空に手を向け、水属性の魔法陣を形成すると、一際大きな水の塊を上空に打ち上げた。


しばらくすると、太陽光を反射しながら、チラチラと白い綿のような氷がゆっくりと降下してくる。どうやら雪を降らす魔法のようだ。


降り注ぐ雪は少しずつ地面に積もり始める。




「さて、俺たちも戻るか」



空間移動をするためにミシェルへと歩み寄る拓也。


いつもながら自分の事を護ってくれる彼。いつも楽しませてくれて、やり過ぎというほどに優しく、何よりカッコいい彼。


ミシェルはそんな彼に一つ不満があった。




「……み、ミシェル?………怒ってる?」




澄み渡った蒼い目で拓也を見つめるミシェル。


その眼力に気圧され、拓也は足を止めてそんなことを尋ねるが、ミシェルは答えない。



そして自分が思ったことを彼にぶつけた。



「自分の事はどうでもいいなんて言わないでください。あなたが傷ついて悲しむ人は居るんです。


もっと自分の事を大切にしてください」




心配そうな声色で、そう拓也に伝えたミシェル。


拓也不意を突かれたようにえ?といった表情を浮かべ、少々動揺しながら返す。



「お、おう?」



何故疑問形なのか分からないが、恐らくただ動揺しているだけのことなのだろう。


そんな適当な返事をした彼に、ミシェルは少しむくれてジトっとした目で自分より背の高い拓也の顔を見上げた。



「本当にわかってます?」



「も、もちろんさぁ!つまりもっと全力で敵を狩れってことだね!うん分かった!!」



ぎこちない笑みを作り、グッドサインを作って頷く拓也は、何故彼女がいきなりそんなことを言いだしたのか分からず、その答えを模索しながらなんとか状況を合わせようとするが、話がかみ合わない。


ミシェルはそんな彼に溜息を吐き、頭を抱えると、再び目を合わせ真剣な顔つきで彼を見つめた。



「…ハァ…聞いてなかったんですね、まぁいいです、何度でも言ってあげます。


いいですか?もっと……」




言葉を一度切り、さっき言ったことを復唱しようと、彼女がそう口を開いたときだった、彼を見つめていたはずの視界がいきなり見慣れた家のリビングの壁に移り変わったのだ。



「あ、ミシェルお帰り!」



「あ…え、えぇ。ただいま?」



「あれ?たっくんは?一緒に帰ってくると思ってたんだけどな~」



「…………………強制的に飛ばしたんですね」



それがどういうことか、ミシェルはすぐに把握する。拓也が空間移動で無理矢理ミシェルをここまで飛ばしたのだ。



何故飛ばされたか分からない彼女だったが、最後まで彼に伝えたいことを伝えられなかったことに、彼女は少々機嫌が悪くなるのだった。




「なぁ拓也、なに照れてんの~?」



「うるさい、そりゃ心配されるのは嬉しいだろ。でもまぁ…心配ばっかりかけるのは良くないよなぁ…」



しかし彼はちゃんと理解していた。無神経な天使にそう返す。


拓也は、ただミシェルに心配されたということが少し照れくさくなっただけだったのだ。



・・・・・



平原のクレーターを埋め、草を生やし、雪を降らすという重労働をした後、彼女らをリビングに残し、拓也と何故かセラフィムは露店風呂に浸かっていた。



湯に浸かれが溶けていくような心地よさに、二人ともがいい意味での溜息を吐く。


なんの気なしにボーっと湯に浸かる拓也に、セラフィムは一つ質問をした。



「ところでお前ってミシェルちゃんのこと好きなの?」



拓也はその質問に、軽く返事をするように答える。



「何をいまさら、好きに決まってるだろ。適切な意味でな」



「あぁ、お前アレか、甘いものが好きとかそう意味で言ってるだろ。



ぶっちゃけ異性としてどうなのよ、やっぱり意識してんの?」



「あのなぁ…俺の立場を考えてみろ」



「とても…居候です」



「だろ?それに第一、ミシェルに俺じゃ釣り合わねーよ」



石造りの縁に両手を掛けて、天を仰ぐ拓也。


セラフィムはそんな彼に呆れたように笑い掛けると、やれやれと首を振りながら口を開く。



「釣り合うか釣り合わないなんてお前が決めることじゃねぇだろうよ、もしかしたらミシェルちゃんはお前のこと想ってるかもよ」



「ハハ、それは無いと思うが、もしそうだったとしたらなおさら嫌だな。俺はいつ死ぬかも分かんないからねぇ」



実はもしかしたらではなく、本当に想われているのだが、セラフィムは拓也にそれを言う訳にもいかない為、言い方を変えてそう伝えた。


しかし拓也は笑いながらそれは無いと否定し、少し現実的な話を始める。



「まぁ確かに親密な奴が死んだら辛いよな」



「あぁ、だから今のままでいいんじゃね?確かにミシェルは綺麗だし家庭的だし優しいし…男からしたら理想だ。


きっと将来はいい人見つけて結婚でもするだろ。その時には俺は影ながら見守るとでもするさ。それが俺の仕事でもある」



「お前ホントにいろんなこと考えるようになったよな」



「そうか?案外昔からこんな感じだった気がするが」



セラフィムは皮肉を言ったつもりだったのだが、拓也に気が付かずにそう返され、少し面食らった。




「え、お前ミシェルちゃん口説き落とす自信ないの?」



「あるわけねぇだろ。どこからそんな自信もって来いってんだ」



今度は少し煽るような口調でそう言い、拓也の対抗心を燃やそうとしたセラフィムだが、拓也は少しこめかみに青筋を走らせ、苛立ちながらそう答えた。



「ッチ…これだからチェリーは」



「おい、翼が6枚もある奇形天使。それ以上その口開いたらラファエルに突き出すぞ」



「すまんかったからそれだけは勘弁」



「許した」



一瞬ブチギレた拓也。しかしセラフィムが頭を下げるとすぐさま許したと言い落ち着きを取り戻す。


相変わらず切り替えの早い奴だとセラフィムは内心思いながら、話しを続ける。



「でも俺はお前にも幸せになってもらいたい」



「心配すんな、俺は今のままでも十分に幸せだ」



「ミシェルちゃんがもし誰かと結婚したら今のままとは行かないけどな」



「それも分かってる。



………………まぁ俺にはまだ難しい話だから、続きはまた今度ってことで。俺先上がるわ」



そう言い残し拓也はそそくさと風呂場を後にした。



一人取り残されたセラフィムは、拓也の出ていったスライドドアを眺めながら湯に浸かり、つまらなさそうに一人呟く。



「あーあ、逃げた」



・・・・・



「いや~、結構おもしろかったよ!」



「わ、私も楽しかったですわ!」



時刻は午後6時ごろ。結局ミシェルの部屋で色々談笑しながら潰れた1日の休日。


そろそろ日も落ち外は暗い。満場一致で帰宅が決定し、一同はとりあえず一階へ向かった。



「拓也さんは…多分リビングですよね」



拓也に挨拶するために開けたリビングへ繋がるドア。


そこにはミシェルの予想通りソファーに腰掛ける黒髪の青年が居た。



彼女らが最後に見た時と変わらず何やら紙にペンを走らせている。集中しているようで少し話しかけづらい。



「たっくん!私たちもう帰るね!!今日はありがとう!」



しかしジェシカは何の遠慮も無しに大きな声でそう叫んだ。その声で拓也はようやく彼女らの存在に気づいたのか、視線を彼女らに向けた。



「そっか、もうそんな時間か。…よし、外も暗いから送ってくよ」





「やったー!」



「え、いいんですの?」



「構わんよ、メルに至っては俺が無理矢理連れてきたようなもんだし」



そう言いソファーから立ち上がると、メルの傍まで歩き、彼女の肩を掴む。



「んじゃちょっと行ってくるわ~」



「あ、今日はありがとうございました!」



メルがそう言ったのを確認すると拓也は空間魔法を発動させ、王城まで飛んでいった。


残されたミシェルをジェシカはとりあえずソファーに腰かける。



特に話すことも無く、沈黙が流れる。いつもならジェシカが何かしら話題を振ってくるのだろうが、何故だか今日は静かである。


ミシェルはそんないつもと違う彼女に疑問を抱きながらも、自分からは何も話しかけずにただこの時間を黙って過ごす。



しかしジェシカという人間はやはり沈黙が嫌いなようだ。それも今回の沈黙は何か意味があってのモノらしく、少し笑顔をぎこちなく歪ませ、ようやく沈黙を破った。



「ミシェル…あのさ」



「?…なんですか?」



聞き返すミシェル、しかしジェシカはすぐには喋り出さない。


30秒ほどの沈黙を経て、ようやく決心をしたようにジェシカはミシェルの目を見て口を開く。



「…たっくんって…やっぱり何か隠してるよね?そしてそれをミシェルは知ってる。

昼の出来事、あれ絶対演技なんかじゃないでしょ?」



核心を突いた疑問形だが質問ではなく、確認の意味で使われたその言葉にミシェルは思わず目を見開いてしまった。


そんな僅かな彼女の仕草からジェシカは少し残念そうな表情を見せ、無理矢理に笑顔を作るとミシェルの手を握る。



「アハハ、二人が何か隠してるって前々から思ってたけど……やっぱりそうだったのね……ちょっと悲しいな」



「ち、違…!そんなつもりじゃ……」



「分かってる、ちゃんとした理由があるんでしょ?私はミシェルのこと誰よりも知ってるから」



幼い時から共に過ごし、時間を共有してきたミシェルとジェシカ。



ジェシカにとって、姉妹とも言えるような彼女に隠し事をされるのは、やはり少し悲しかった。


しかし誰よりも彼女のことを知っているジェシカは、それに悪意はない事を理解し、優しく笑い掛ける。


「やれやれ…やっぱり勘が良いのな、ジェシカ」



「た、たっくん!?メルちゃん送りに行ったんじゃないの!?」



「空間移動すれば一瞬だ」



いつの間にか廊下に居た拓也。驚くジェシカ、今の会話が聞かれていたのは間違いないと後悔するが遅い。


拓也は壁にもたれ掛り、腕を組む。表情には出していないが、彼はこれでも結構動揺しているのだ。



どうしようか?と悩む拓也。そこへミシェルが声を掛けた。



「拓也さん、私は構いません。だってジェシカですから」



握られていた手を強く握り返し、ジェシカに満面の笑みを向けると拓也にも微笑んで頷く。



ー…やはり百合の花とは美しい…ー



こんな時にでもふざけてみる拓也。まぁその真意は焦らないというためにということなので許してあげて欲しい。



「ジェシカ、一応聞いておくがお前は俺が今から喋る秘密を聞いても、今までと変わらずミシェルを大切にできるか?」



いつも通り呑気な顔だが、その言葉は真剣そのもの。ジェシカにもそれは簡単に分かる。


だから彼女も真剣に答えた。



「当たり前じゃん。だってミシェルだもん」



強く握られた手は二人の絆の深さを表している。拓也は口角を釣り上げて大きく頷いた。



「分かった。約束だぞ」



「待ってください」



突然そう割り込むミシェル。


疑問符を浮かべる拓也とジェシカ。それによって生まれた静寂の中でミシェルはもう一つ条件を出した。



「それは拓也さんも同じです。ジェシカ、拓也さんに対しての対応も変えないと約束してください」



面食らったような表情の拓也。ジェシカは大きく頷き、いつものように笑顔を浮かべて頷く。



「わかった。約束する」



恐らく話の中で出てくるであろう拓也の人外染みた部分を聞き、ジェシカが怖がることを予想した結果のミシェルの行動だったのだろう。


拓也もようやくそう理解し、小さく笑い声を上げるとキッチンへ向かって湯を沸かし始めた。



「ちょっと長い話になる。紅茶でも飲みながら話すよ」




拓也はジェシカに全てを話した。


何故自分がここに居るのか。自分が何者なのか。そしてミシェルとの関係。


昼のアイツは何だったのか。ことの重大さ。ミシェルの中に眠っている力。



黙って聞いていたジェシカだが、その目は驚愕に終始大きく開かれていた。



「み、ミシェル殺されちゃうの!?」



「それを阻止するために俺が来たって言っただろう。さっきも言ったが俺はちゃんと鍛えてきてるからそう簡単には負けない」



「た、たっくん100兆年鍛えたって…え、な、なんで!?見た目は普通に若いじゃん」



「それはじーさんが色々と調整したからだ」



「あぁ、もう!頭の中グチャグチャだよぉ!」



信じられないような事実を突きつけられ、頭を抱えたジェシカは、そう声を荒げて唸る。



「ジェシカ、信じられないのは分かりますが…全て事実です。現に私は何度かその敵対する神に命を狙われています」



「ミシェル…死んじゃヤダよぉ」



「だから死にませんって。拓也さんが居ますから」



ミシェルは彼女の傍にそっと移動し、肩を寄せながらそう説明した。


涙目になっている彼女に、ミシェルは少し困ったように微笑むと、彼女の赤い髪を優しくそっと撫でる。


すると遂に感情を抑えることが出来なくなったのか、ジェシカは突然ミシェルの胸に顔を埋めた。



「ジェシカ……」



暖かく湿り始めた胸元。ミシェルはそれ以降何も言わずに彼女を抱きしめると、ここまで自分が大切に思われていたということが少し嬉しく、優しく笑みを浮かべ、無言でジェシカの髪を撫でるのだった。



拓也はその光景をじっと眺め、無言で腕を組み、ソファー背もたれに体を預ける。



しばらく沈黙が続く。



すると突然ジェシカがミシェルの胸から顔を離し、赤く充血した目で拓也を射るように鋭く見つめた。



「たっくん…」



「なんだ?」



その目から涙が頬を伝い床に零れる。


拓也は無表情でぶっきらぼうにそう返し彼女に続けるように促した。


ジェシカは拓也の対面のソファーから立ち上がり、低いテーブルを挟んで彼の真正面に立つと、右の拳を彼に向かって突き出した。



「ミシェルのこと……絶対に護ってよね」




彼女のその言葉。突き出された拳は、約束をしろということだろう。



拓也は口角を釣り上げ、彼女の目を見つめながら、ソファーから立ち上がると腕を組んだまま口を開いた。



「この世に絶対なんてモノは無い。もしかしたらこの先、俺は不覚を取って死ぬかもしれない。


だがあえてその言葉を使ってここに約束する、俺は何が何でも、絶対にミシェルを護ろう」



そして彼女が付きだした拳に自分のそれを軽くぶつけると、いつものように微笑んだ。



ジェシカも彼がそう約束したことに満足したのか、泣きながらだが笑顔を作る。




「…たっくんは約束を絶対に守るからね!期待してるよ!!」



そこまで言うと緊張の糸が切れたのか、そのまま後ろに倒れ込み、ソファーに全体重を預ける。



「通りで強いわけだよ…最早王国最強どころか人類最強でいいんじゃないの?」



「まぁ確かに人間で拓也さんに勝てる人は居ないと思いますね」



「何それ、一応俺も人間だからね?まだ人間卒業してないよ?」



そんなことを言い合い、笑う女性二人。


拓也はちょっと焦りながら自分が人間であることをアピールする。


するとミシェルはきょとんと首を傾げた。



「結構前に人間かどうかなんてどうでもいいと言っていませんでしたか?」



「お、オレソンナコトイッタカナー?」



痛いところを突かれた拓也は苦い顔をし、すっとぼけるが、周りの2人の視線が痛い。おまけに自分もしっかりと覚えているため誤魔化し方がぎこちない。


仕方なく諦め、自分の正直なところを口にした。



「まぁ俺も完全なんかじゃない。だから考えていることなんて結構かわるさ。


人間かそうじゃないかなんかどうでもいいなんて…まるで神にでもなったかのようなとんだ思い上がりだったよ。


それにミシェルやジェシカ、アルスやメルやビリーにセリー。他の皆と

過ごしてて俺も人間なんだって思い知らされたのさ。


些細なことで笑って泣いて、俺も何ら変わりないことが分かった。



それに…ミシェル。お前にはもうあの言葉は必要無いはずだぜ」



「えぇ、私もれっきとした人間です。些細なことで笑うし泣いたりします。


あの時はありがとうございました」




彼も人間、だから成長する


ー…じーさんも言ってたな…。俺は人間だからここまで強くなれた、そしてこれからもどんどん強くなるって…ー




「だから俺はもっと皆と生きる時間を大切にしようと思う。一人の人間として」



「そうだね!これからもよろしくミシェル!たっくん!」



太陽のように笑い、二人にそれを向けるジェシカ


二人はそれに答えるように、ミシェルは微笑み、拓也は口角を釣り上げだ



「こちらこそよろしくお願いします」



「俺のこともよろしく頼むぜ」



秘密を共有した三人はこれからもっと親密な仲になるのだろう。


・・・・・


「たっだいま~っと」



ジェシカを家に送り届けた拓也は、靴を履いていたため玄関に飛び、そう帰宅したことをリビング辺りにいるであろうミシェルに伝えるべく声を上げる


家の前でジェシカと立ち話をして結構時間を取られたが、きっとそこにまだ居るだろう



靴を脱ぎ、リビングのドアを開け、暖かい室内へ入る


暖炉では薪がパチパチと音を立て、必死に熱を放出し部屋を暖めていた



「あ、お帰りなさい。もうすぐ夕食できますよ」



やはり居た。ダイニングはお気に入りの水色と白のエプロンを付けて料理をする彼女の姿、拓也は視線をそちらへ向けながら、ジェシカとの会話を断片的に思い出す


『たっくんって異世界からミシェルを救うためにわざわざ来たんだよね?』


『まぁな、というかこっち来て実際に合うまでミシェルだって知らなかったんだけどね』


『へぇ~!じゃあすごい運命的な出会いなんじゃないの!?これからずっと護ってくわけだし、もういっそのことお嫁さんにしちゃったらどう!?』


『…バカなこと言ってないで早く帰って勉強でもしなさい。もうすぐ冬休み終わるんだぞ』


『…………たっくんのバカーー!!』



最後に理不尽に罵倒されたことも思い出し、少しやるせない気分になる彼だった。



「…あの……どうかしましたか?」



じっと見つめられていたミシェルは、首を傾げながらそう口にする。


そう言われようやく自分が彼女を見つめていたことに気が付き、慌てて視線を少し外すと、自分もエプロンを身に付けキッチンへ向かう。



「なんでもない、それより今日のメニューは?」


「キャベツが余ってましたから、ロールキャベツにしてみました」


「素晴らしい、俺ロールキャベツ大好き」


「えぇ、知ってますよ」



火に掛けた鍋から視線を外さずミシェルはそっと笑って見せた


こうしていつものように一日が終わって行く。


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