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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第一部
19/52

真冬の海水浴

クリスマスの悲劇、ミシェル飲酒事件から数日。



時刻は午前10時、リビングにある庭を一望できる掃き出し窓に目をやれば、白い雪がチラチラと降っている。


地面にこそ積もっていないものの、見るからに寒そうな外の光景に、この住人二人は暖炉に火を灯したリビングで暖を取っていた。



「ミシェル~ミカン取って~」



暖炉の前で顔以外の全てを毛布で包み込み、芋虫のようになっている拓也は寒そうにそう声を出す。



彼のその発言に、リビングのソファーでいつもより少し厚着をしているミシェルは、テーブルの上に備え付けてある籠からオレンジ色の球体を一つ取ると、暖炉の前に転がっている拓也の顔の前にそれを一つ置く。



「そんなに寒いですか?」



「俺様体脂肪少ないから寒さに弱いのよ、本気出せばなんとでもなるけど。


あと熱いのも嫌い。つまり普通がいい」



拓也はそんなどっちつかずなことをいいながら、ミシェルが運び目の前に置いてあるミカンに、毛布に包まったまま齧りついた。


一口で全て口の中へ吸い込むその様はまさにブラックホールである。



「だから……ぅん…それを補うためにはより多くのエネルギーが必要になるわけだ」



「…皮も食べるんですか……」



「貴重な栄養素、これこそエコだよ」




何度か咀嚼をし、皮もろとも胃の中へ放り込んだ拓也にミシェルは呆れたように口を開いた。


まぁ普通は皮なんて食べないだろう。


しかし実は皮にも栄養素がたっぷりということを知っている拓也はあえて今回は食べてみたが…



ー…あまり美味しくはないな…ー



やっぱり味はいまいちだったようで、心の中でそう漏らすのだった。






「…何もすることないですし……ギルドでも行きますか?」



暖かい部屋の中で本を読んでいるだけというのも暇と感じていたミシェルが、思いつきそう提案するが、拓也はあからさまに嫌そうな顔をする。



「えぇ…何でこのクソ寒い時にわざわざ水被りに行かなくちゃいけないんだよ…」



「なんでギルドで水を被ることが前提なんですか…」



「ミシェルも毎回見てるだろ?アイツホント容赦なさすぎ。この前なんて『妹のことありがと~』的なこと言いながら水球に押し込めやがったからな」



外に出るだけでも寒いというのに、拓也にとってはギルドに行く=冷水を浴びる。ということなのだ。


確かに行きたくないのも無理はない。



「だがしかしミシェルのお願いは聞かないとこの暖かい家を追い出されかねない。ということで仕方ないからついて行ってやる、感謝したまえ」



「そんなことしませんよ…というか結局拓也さんも暇してたんですね」



「否定はせんよ」




・・・・・



「こんにちは」



場所は移り、ギルド『漆黒の終焉』。



ミシェルは悴む手でドアを開け、酒飲みたちがうるさく騒ぐ室内に入りながらカウンターに座る見知った茶髪の受付嬢に挨拶をする。


すると彼女はミシェルの存在に気が付いたのか、頬杖をついたまま、首だけをミシェルへ向けた。



「いらっしゃい、今日もお仕事?」



「はい、暇だったので」



リリーの対面の席に腰掛けながら仕事に来たという皆を伝えるミシェル。


ちなみにギルドの入り口辺りに人間入りの水球が形成されている事は気にしてはいけないのだ。

それがこのギルドの暗黙のルールの一つである。



しばらく中でもがき苦しんでいた拓也だが、しばらくすると全く動かなくなる。


そのタイミングで魔法は解除されると、彼は陸に打ち上げられた魚よろしくピクピクと震えていた。



拓也はそんなあんまりな仕打ちに、口には出さずリリーを毒づく。




ー…やっぱ幼女ってクソだわ…ー




次の瞬間彼の頭頂部に万年筆が突き刺さったのは言うまでもない。




「あー、アンタも居たの」



「気が付いていなかった割には妙に正確な攻撃だな腐れ幼女」



「…これ以上その口を開くなら舌を引っこ抜くわよ」



万年筆を頭部から抜きながら立ち上がり、悪態をついて罵倒する拓也。


しかしリリーももう慣れたものだ。彼の額に3本の万年筆が新たに追加される。



するとそこにこの二人の保護者というか監視役というか…とにかくまとめ役という人物が現れた。



「おや?拓也君が来てたのかい。通りで騒がしいはずだ」



「マスター!」



「どうもロイドさん。早速で悪いんですがこのロリロリクソビッチを成敗しちゃってください」



「誰がビッチだこのチェリーが。年長者は敬えよ礼儀知らずのクソ野郎」



「ん?あ、ごっめぇぇん!!見た目が幼女過ぎて…年上に見えませんでしたァァァァ!!!」



「…君たちは相変わらずだね」



言い争いを続ける二人を前に、苦笑いを見せながらそう言うギルドマスターロイド。


この二人が揃うといつも見られるこの光景。最早ギルドの風物詩である。




「つーかテメェ俺のことチェリーって言いやがったな……へぇ、そんなこと言えちゃうあなたはさぞかし経験が豊富なんでしょうねぇ?」



「………っぐ!」



カマを掛けた拓也。対するリリーはバツの悪そうな顔をし、目を伏せる。


するとしめたと言わんばかりに拓也はニヤリと顔を歪め、〆に掛かった。



「あっるえぇぇぇ??おかしいなぁ!!まさか経験が無いなんて言わないよねぇぇ!!?」



「………ま、マスタぁ~」




どうやら今回は拓也が勝利をその手に収めたようだ。



リリーは涙目になりながらマスターに縋り付きに行くが、身長差のせいで完全に親子にしか見えない。


拓也はその光景を勝ち誇った表情で見つめていた。



「はい、大丈夫大丈夫」



ロイドは子供をあやすように彼女の頭をなでながら、何やら励ましている。


ちなみに余談だが、勝率は両者共に五割である。





「あぁそうだった、仕事だね。それじゃあ……これなんてどうだい?」



そう言いロイドがミシェルに手渡したのは一枚の依頼書。


ミシェルは手に取り内容を確認する。




「…炎竜1体の討伐ですか」



「すまないね、いつも討伐依頼ばっかりで」



「いえ、全然構いません」




ミシェルほどのランクになると採取のクエストはあまり無くなってくる。


その代わりに増えるのは凶悪な魔物の討伐依頼や捕獲依頼。まさに命がけである。



「この依頼はSランク、報酬は金貨8枚だね。受けるかい?」



「お願いします」



「わかった、じゃあ登録しておくからもう行っていいよ。拓也君はどうする?」



拓也にそう尋ねるロイド。水濡れ状態になったせいか、拓也はガクガク震えながら口を開く。



「ミシェルの付き添いで~」



「わかった、そっちも処理しておこう」



・・・・・



拓也の空間移動で飛んだ先は、ごつごつした岩が転がる火山地帯



「…熱いですね、服を変えていけばよかったです」



あまりの暑さにジワリと汗が滲む。



拓也は先程の寒がりかたとは打って変わり、地面に力なく倒れていた。



「あのクソ幼女のせいで………蒸し焼き…じゃねぇか…」



服を濡らしている水分が温まり、蒸発する。そのせいで拓也はミシェル以上に熱さを感じているのだ。



しかしこんなことをしていても仕方がない。そう判断し、倒れる拓也を背にミシェルは歩き出す。



「早く仕事を終わらせて帰りましょう」



「あぁ、ちょっと待てミシェル」



「…?」



ゆったりと振り向くと、拓也が何か黒い物を投げた。


慌ててそれを受け取り、その正体を確認する。



「これって…拓也さんがいつも着てる黒ローブ…ですか?」



「それ着とけ」



「え…でも…いいんですか?これって大切なモノじゃ…」



「いいから」




拓也に押され、これ以上厚着をするのは嫌だなぁと思いながらも、彼に何か考えがあるのだろうとも考え、言われた通りそのローブを羽織った。


するとその瞬間から、纏わりつくような熱さが体から消え去る。



「熱さが………このローブのおかげですか?」



驚いたようにそう口にするミシェル。


拓也は後ろで上着を脱ぎ捨て、ゲートの中に放りながら得意げに口を開く。



「聞いて驚け、そのローブ…なんと内部を快適に保つ機能が備わっているのだ!今ならお買い得銅貨1枚、おまけに送料無料でお届けします!」



「こんなとんでもない物が随分とお値打ちですね…」



彼が放つそんな冗談に適当に返しながら、ローブを触って凄さを実感する。


肌触りは結構よく、通気性も良い。



ミシェルは背中に垂れていたフードを被って微笑み、拓也に喋り掛けた。



「ありがとうございます、でもいいんですか?拓也さんだって熱いでしょう」



「ん~あぁ、俺は本気出せば大丈夫だから…………というかミシェル、後ろ」



拓也は気にするなという様にそう返すと、ヘラヘラしながらそう言い彼女の背後に向けて指を指した。


ミシェルはその指が指す自分の背後をゆっくりと振り向く。



「ゴア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァァ!!!」



そこには血走った金色の瞳で自分たち二人を見据える赤い鱗の巨大なドラゴンが、大きな岩を足場に鎮座していた。


鋭利な牙が覗く口の間からは激しい炎が溢れ出ている。


ミシェルはそんな光景を呆気にとられて眺めていると、ドラゴンがいきなり口を大きく開き、炎のブレスを吐き出した。



迫る炎は地面や岩を軽々と融解させ、赤くドロドロした溶岩にしながら二人へ迫る。



「よっしゃ任せろ!!」



拓也がいきなり元気よくそう叫ぶ。ミシェルは首だけをそちらへ向けると、彼は既に何やら魔法陣を手に構えてドヤ顔を披露していた。


きっと彼にも考えがあるのだろう。



「…任せます」



ミシェルはこの状況の打開を拓也に託す事にした。



拓也は一瞬で発動準備を整えたのか、高らかに魔法名口にする。



「行くぜ!改良魔法!!【ジャイロ・ウォータースピア】!!」





魔法陣から放たれたのは、水の槍。


改良魔法と言っていたが、パッと見ただのウォータースピアに見える。


しかしよく目を凝らして見れば、通常のこの魔法とは違い、槍がジャイロ回転をしていた。



「説明しよう。この魔法は、進行方向を軸に回転させることで貫通力を向上させた魔法なのだ!」



その説明を聞き、ミシェルは思う。



迫りくる炎の壁に対して、一点集中型の魔法を当ててどうするのか?と。



しかし彼女の予想以前の問題だった。




何故なら【ジャイロ・ウォータースピア】は炎の壁に当たる前に気化してしまったのだ。




「あ、あの…拓也さん。大丈夫ですよね?」




「……」



ぎこちない動きで背後を振り向くミシェル。拓也は何故かいい笑顔のまま固まって動かない。


その無言が成す術はないということを表しているようで、彼女には非常に怖かった。


しかし拓也もノーリアクションというのはマズいと思ったのだろう。熱さからなのかそれともこの状況からなのか、ダラダラと汗を掻き、自分の頭を軽く叩いて見せ、ジョークでも言うかのように口を開く。



「ッタハー!そりゃそうだよな、炎だもの蒸発ぐらいするよ!やっちまったZE!」



「ッ!!」



もう間に合わない。ミシェルは咄嗟にそう判断し、身体強化を限界まで施すと、その場に屈み腕で顔を隠した。


次の瞬間二人を飲み込む紅蓮の炎、焼け焦げるどころか跡形も残らないこと間違いなしの火力である。



「…?」



しかしミシェルは自分の体のどこにも痛みが無いことに気が付いた。


やがて炎が過ぎ去ると、また背後から拓也が語り始める。




「説明しよう、なんとそのローブは使用者を常に俺の体の8割の強度で護ってくれるんだ!やったね!!」



背後にはいい笑顔でグッドサインを作る拓也。


一体このローブがどういう仕組みでできているのかが気になるミシェルだったが、とりあえず目先の問題を指摘する。



「シャツの端…燃えてますよ」



「うわホントだ!体の強度上げ過ぎてスルーしちゃってたZE!!」







慌ててシャツを脱ぎ捨て、地面に叩きつけると慌てて炎を踏みつける拓也。


しかしあっという間に燃え広がり、彼の文字入りシャツは灰になってしまうのだった。




だがそんなことをしている間も当然相手は待っていてはくれない。



ミシェルが視線を元の位置まで戻すと、ドラゴンは翼を大きく広げ、空中へと跳び上がる。



間隔を空けて襲う風圧が体に掛かり、ミシェルは地面を強く踏み、身体強化を掛け直し、踏ん張ってから魔武器を取り出して魔法を唱えた。



「【ハイドロランス】」



詠唱破棄で唱えたのは水属性の魔法。


杖の前に展開された魔方陣から、ウォータースピアの比にならない威力の水の槍が、目にも止まらぬ速さで数本射出され、ドラゴンの飛膜を数か所に渡り貫いた。



これには堪らずバランスを崩したドラゴンは、勢いよく地面へ落下。


その隙を逃さず、ミシェルは続いて茶色の魔法陣を展開する。



そのまま無詠唱で杖を大きく振り上げると、それに呼応し勢いよく突き上がった地面が、落下するドラゴンの胴体に直撃した。



「ガアアァァッ!!」




苦しそうな呻き声を漏らし、地面へと向かって降下し始めた。辛うじて羽ばたき地面へ落ちる速度こそそこまでないが、このままでは確実に地面に追突する。


ミシェルは止めの魔法を発動する為、光の魔力を練り上げ始める。



すると突然背後でなにやら拓也が魔法陣を展開していることに気がついた。


慌てて振り向くとそこには片手を前に突き出し、雷の魔法陣を展開する拓也の姿がある。




「互いに引き合え【電気の連星エレクトリック・バイナリースター】」




果たして前の言葉は詠唱なのか、それともただ適当に言っているだけなのか定かではないが、魔法はしっかりと発動しているようだ。



魔法陣の前に、電気で形成された二つの球体が現れる。


物凄い音を放ちながら、まるで二つの球体の間に軸でもあるかのように高速回転をするそれは、次の瞬間ドラゴンへ向けて飛んで行く。






「開け…ごま塩!」



拓也のその掛け声と共に間隔を広げた二つの球体は、ドラゴンの進行方向でトンネルの様に口を開けると、回転を続け……



放電ディスチャージ)



次のその掛け声を引き金に、お互いを青白いとも紫ともとれる電気の糸でお互いを繋いだ。



「ゴアアァァ!!ギイイイィ!!!」




繋がった電気の筋。そのラインに突っ込んだドラゴンは、一瞬苦しそうに呻く。


体表を走る電気のせいでただ表面を軽く焼くように見えるが、実はこの魔法目には見えていないが、体の中の隅々まで電気が走っている。臓器、神経、血管。体内の全てを焼き切るこの魔法は、頭、胸、胴、尾、と順に通り過ぎ、一瞬のうちに絶命に追いやった。



落ちる勢いのまま地面に激突したドラゴンはそれ境に全く動かなくなる。



凄まじい威力だった彼の魔法に思わず目が離せなかったミシェルは、何度も頭の中で今の映像を繰り返しながら口を開く。



「…オリジナルですか?」



「答えはyesだ」



「……いつの間にこんなものを作ったんですか」



「そりゃあ…自室でちょいちょいっと」




軽くふざけてそんなことを言う拓也。ミシェルは呆れたような感心したような絶妙な表情で口を開く。



「いつもながら凄いですね…」



「やめろよー褒めても飴ぐらいしか出ないぞ~!」



いつの間にか手に握らされている飴。きっと拓也が渡したものだろうとミシェルは口の中にそれを放る。


拓也も自分の分を口に含むと、ドラゴンのもとへ足を進めた。




「お前に個人的な恨みは無いが…近隣住民の皆様のご迷惑だったようだ。悪く思わないでくれ」



モノ言わぬ死体と化したドラゴンに軽く手を合わせると、指輪を剣の戻し、頭部に軽く走らせる。


そこで何かを手に取ると、布でくるんでミシェルに投げ渡した。




投げ渡されたミシェルは、布を開き中を確認する。



「…牙と鱗数枚ですか」



「それで証明にはなるだろ」





・・・・・



「はい、じゃあこれが報酬ね」



「ありがとうございます」



ギルドに戻ったミシェルと拓也は、受付でリリーから報酬を受け取っていた。


拓也は完全に居ない者扱いされているが、そんなことを気にしていては賢者になどなれない。


そこで些細な抵抗として、プラカードに幼女と書いて、リリーに見えるように掲げた。



「じゃあまたね、いつでも来て頂戴」



しかし華麗にスルーされてしまう。




仕方ないのでギルドを後にするミシェルの後を追い、外へと出た。



再び体を襲う猛烈な寒さ。拓也は身を震わせながら先を行くミシェルに小走りで追いつく。



「…ミシェル寒くないの?」



横目で覗いた彼女の顔は、いつものクールな無表情。


コートのポケットに手を突っ込みながら拓也はそう尋ねてみた。



「寒いに決まってるじゃないですか」



「ですよね~」



当然そんな返事が返ってくる。どうやら彼女は正常なようだと安堵した拓也だった。




・・・・・



翌日。午前8時。



朝食を終えたミシェルは、リビングでいつものようにくつろいでいた。



拓也もいつもの如く暖炉の前で、アザラシよろしくゴロゴロと転がっている。



昨晩降り続いた雪のせいで、庭は白く染まり、昨日より更に冷え込んでいた。


ヴァロア家の暖炉もいつもより二割増しで薪がパチパチと音を立てながら燃えている。



「寒い…このままではフローズン拓也君になってしまう…」



そんなことをぼやきながら転がり続けるが、やがて家具の角に頭をぶつけ、ようやくその動きを止める拓也。


ズキズキとする痛みに軽く涙目になりながら、こんな寒い時に行ったら楽しいであろう場所を思い浮かべていた。



ー…あぁ…こんな時こそ真夏のビーチではしゃぎたいものだ…ー



何気なくパッと思いつき、そんなことを内心で呟いてみる。




刹那、拓也の目がカッと大きく開かれた。




「………閃いたッ!!」


いきなりそう叫ぶ拓也に、ミシェルは呼んでいた本を閉じて不満そうに口を開く。



「さっきから一人で何を言っているんですか」



「おぉ、すまんすまん」



どうやら本の方が結構いいところだったようだ。


拓也はそう謝罪し、くるまっていた毛布から抜け出すと階段を上り二回へと上がっていく。


すると二階から物音が聞こえ始め、ミシェルは一体何事かと首を傾げた。




しばらくすると、階段を勢いよく駆け降りてくる足音。


その音が一階に着くと同時にリビングのスライド式のドアが勢いよく開け放たれ、拓也が大きめのカバンを背負って姿を現した。




「海へ行こう」



「ドア閉めてください。寒いです」



「あ、はい。すみません」




本から視線を離さずにそう叱られた拓也は、素直に振り返りドアを閉める。


一応シャツも『外出禁止』から『here we go』というプリントに変わっているのだが、ミシェルはツッコんではくれなかった。



しかし拓也はこの程度の素っ気ない扱いをされたくらいではめげない。




「海へ行こう!」




元気よくポーズを決めてそう言ってみる。



しかしミシェルはまたもや本から視線を動かさずに口を開いた。



「嫌です」



「私の提案には、はいかyesで答えなくてはいけない。







海へ行こう!」



「嫌です」



「…強情だなぁ」



やれやれ、参ったぜといった仕草をして非常に腹の立つ顔をする拓也。



そこまで来てミシェルはようやく書物から視線を離すと、拓也に呆れた目を向けた。



「だいたいこんなに寒いのに海なんて行ってどうするんですか?


凍り漬けにでも成りたいんですか?」




ごもっともな指摘だ。こんな季節に海とはバカげている。下手すれば凍死するだろう。



しかし拓也にもちゃんと考えがあった。


ミシェルに対して浅はかだと言う様に声を漏らして笑うと、煽るように片目を瞑り天を仰ぐようなポーズをとって口を開いた。



「クックック、誰がエルサイド王国付近の海に行くと言ったのだね?



私の得意な空間魔法で飛んでしまえば、常夏の楽園まで一っ飛びさ!」



「日常生活で魔法はあまり使いたくなかったんじゃないですか?」



「…………………あれ?そんなこと言ったっけ?」




自分が言ったことを忘れたふりをし、無かったことにしようとしているこの男。クズである。




「ッ今はそんなことどうでもいいんだよ!!単刀直入に言おう!俺は海へ行きたい!」



「へぇ…じゃあどうぞ」



読書に戻って、片手間の様に拓也の相手をするミシェル。



拓也は背負っていたバッグをボスっと床に落とし、ワナワナと震えて地面をはいずりながらミシェルに近き、説得を始めた。




「……………ミシェルちゃん今日冷たい!なんでなん!?海だよ!?鮫いるよ鮫!!」



「…鮫なんていたら危ないです。私は留守番しているので拓也さんは行って来て下さい」



「小生にはミシェルを護るという使命がある故、あなたから遠く離れることは出来ませぬ」



なんとかしてミシェルを連れ出そうと頑張る拓也だが、彼女も中々折れない。


いつもならこの辺りで彼女が折れるのだが、今日はそうもいかなかった。


何度か辛辣な態度もとって拒否を続ける彼女。そこまでして行きたくない理由があるのだろうか。



ミシェルは拓也に気が付かれないように、口には出さずに心の中で呟く。



「(拓也さんに……み、水着姿を見られるなんて…絶対に無理です!///)」




そう、彼女にも譲れないものはあるのだ。





「……泳ぎたくないの?」



「はい」




「………安心してください!そんなあなたの為にパラソルにチェアー、ハンモックをご用意致しました!」



はっきりと断られ、すっかり意気消沈した様に見えた拓也。


しかしすぐに切り替えてゲートからカラフルなパラソルに加え様々なアイテムを取り出して再び説得に掛かった。



「しつこいですね…」



「それに今回はな・ん・と!この日焼け止めもセットでお付けいたします!!」



呆れたように眉を顰め、溜息を吐きながら読書をする手を止めたミシェルはそう零し、不満を露わする。


しかしその不満は恥ずかしい思いをすることを防ぐために作り出したものであることを拓也は気が付かない。



ともかくミシェルはこの後も海へ行くことを拒否し続けた。




・・・・・




蒼い空、白い雲……




そして




「イヤッフウゥゥゥッ!!!」



海。




結局1時間に及ぶ拓也の説得…もとい泣き落としに結局根負けしたミシェルは、仕方なく拓也たちと共に、どこともわからない夏の海に来ていた。



「まったくあのバカは……いきなり海に連れてくるなんて…それとここは何処ですの!?」



「いや~たっくんの空間魔法ってホント便利だねぇ」



「ハハハ、まさか真冬に海を楽しめるとはね。これは嬉しい」



「海なんて久しぶりだ~」



「ジェシカさんの言う通り便利だね、空間魔法」




学園に居る時と同じ顔ぶれが揃う。


一人だけ怒っているような口ぶりのメルだが、本心ではそんなことは思ってなどいない事は、この場に居る全員が分かった。



あまり波の入ってこない周りが崖のような岩で囲まれたこの入り江。真上に煌めく太陽が、澄んだ海水に反射し、それぞれの顔を照らす。




「……どうしたのミシェル?乗り気じゃないね」



ふとミシェルにそう問いかけるジェシカ。長年の付き合いから些細な事でも分かってしまうのだろう。


拓也が早々に海に向かって突っ込んで行ったのを見計らってそう尋ねた。



「…まぁ…色々あるんです」



そう言うミシェルは白いパーカーを羽織って諦めたような目をしている。


下に着ているのは、黒と白のシンプルかつ可愛らしいビキニ。ちなみにフリルスカート付である。



ジェシカはその一言で色々と悟ったのか、ニヤリと微笑んだ。



「なぁるほど……たっくんに見られるのが恥ずかしいんだねぇ~」



そして彼女にしか聞こえない程度の声量でそう発言した。


ジェシカは少し赤くなって俯く彼女を見て満足そうに微笑むと、ターゲットをべつの人物へ移す。



「わぁ~メルちゃんおっきい!!」



「ちょ、ジェシカさん!?何をするのですか!?」



水色基調のビキニを着ているメルに後ろから抱き付き、パーカーの上からチャックの中に手を滑り込ませ、発達した胸部をその手で思い切り揉みしだく。


女性人の中でビキニを着ていないのはジェシカ。彼女だけはフリルスカートのタンキニ。


きっと彼女にとって巨乳を揉むということは、持たざる者の復讐なのだろう。



「や、やめてくださいジェシカさん!!」



「ウへへへ…良いではないか~!」




最早おっさんのセクハラのような口ぶりで揉み続けるジェシカ。後ろのビリーは突然展開されたR18ワールドから目を背けるが、アルスは普段通りの笑顔のままその光景を眺めていた。



彼は一体何を考えているのだろうか…。


隣のセリーはそんなことを考えるが、その表情からは何も読み取ることは出来ない。





「ほぅ、これは中々…よし。私も揉ましてもらおう」



そこへいつの間にか戻ってきていた拓也が、両手をワキワキと動かしヘラヘラと笑いながら、前方からジリジリとメルとの距離を詰めていた。



「ッ!?な、何を言っているのです!!私は王女ですわよ!?そんなことをしてただで済むと…」



「なに、ちょっと感触を楽しむだけだ。減るもんじゃないだろう」



「そうだぜ、お互いwinwinの関係で行こうぜ」




「……何故呼び出しても居ない使い魔が出てくるんですか」




何故かいつの間にか拓也に混ざってメルににじり寄るイケメン、セラフィム。



またしても呼んでも居ないはずなのに、勝手な彼の登場に一応主であるミシェルは頭を抱えた。



背後から揉んでいるジェシカのせいで上手く後退りできないメルは口でなんとか抵抗するが、拓也は止まる気配が無い。



それを少し遠巻きに見ていたミシェルはそろそろ止めるか…と魔力を練り上げる。




その時だった。




「「ギィヤアアアァァァァッ!!!」」




幼気な少女ににじり寄る変態二名を上空から降り注いだ光の柱が呑み込んだ。



光が収まれば黒焦げアフロに変わり果てている変態達。その彼らの傍に一人の人物が降り立つ。




「まったく…いきなり飛び出していったと思ったら何をしているのですか」




この変態二人に対しての最大にして最強の抑止力。


大天使ラファエル降臨。




にっこりとした笑顔を貼り付け、二人を見下ろす彼女は無言の圧力を掛ける。




「ッ何故だ!?いくらなんでも早すぎる!ちゃんと身代わりを作ってきたはずだぞ!!」




「…いや、起きてしまったことは仕方がない。問題はここからどう解決に導くか…だ」



取り乱すセラフィムと対照的に、落ち着いて状況を整理して切り抜ける補法を探す拓也。



しかし彼の冷静さも彼女の次の言葉で完全に消え失せることになる。




「まぁ、拓也さんやっぱりいい筋肉してますね。ちょっと…ちょっとだけでいいので触らせてくれませんか?」



「ッ!!」



次の瞬間天界時代の悪夢が拓也の中で勢いよく蘇る。


反射的に全身の毛を逆立て、腰を少し落としていつでも逃走できる体勢を作る拓也の顔にはジワリと汗が滲んでいた。



「…ミシェル~、あの美人さん知り合い?」



「…凄くスタイルがいいね」




そう発言するジェシカとセリー。



ミシェルは三つ巴の戦いに巻き込まれない範囲まで皆を誘導すると、口を開く。



「…私の使い魔の……部下?のような立ち位置の天使です」



「……先程その部下が上司に思い切りレーザーを直撃させしていましたが………」




的確な彼女のその指摘にミシェルは思わず閉口してしまうのだった。


良く考えればラファエルは、セラフィムに対しての攻撃に一切の容赦が感じられない。


しかしミシェルはそこで信頼関係という言葉が頭をよぎる。


だが目の前で繰り広げられている光景…強者が弱者を威圧するその光景を見る限り、そうは見えなかった。




「ねぇ拓也さん、少しだけですから」



「嫌だッ!絶対俺は体を許したりはしないぞッ!!」



「拓也落ち着け!焦ったって状況は悪くなるだけだ、お前持常々言っているだろうが!!」



生まれたての小鹿よろしくガクガクと震える拓也を激しく怒鳴るセラフィム。


そんな彼の体をラファエルは一通り眺めると、にこりと口角を釣り上げ何かを思いついたように一言。




「あぁ、でもまぁ…セラフィムさんで時間を潰すのもいいかもしれませんね」



「…………………拓也助けてェェェェッ!!!!」



「お前も落ち着けェェェェェッ!!!」



お互いに向けて、やり場の無い気持ちをぶつけ合う二人だがそんなことをしていても貴重な猶予を無駄にするだけ。


彼らの目の前にそびえ立つ筋肉フェチの天使…もとい悪魔は止めていた足を動かし、ジリジリと距離を詰め始めた。





ー…どうする……ただ単純に逃げた所できっと掴まる……何か…何かどうにかしてラファエルの注意を引かないと……ー



そんなことを考え、いつ動き出すか細心の注意を払って彼女に視線を固定した拓也。


その彼の視界の端に映る……セラフィム。次の瞬間彼の頭脳はある一つの答えを導き出した。




「さぁ、まずはどちらが…」




次の瞬間拓也の取った行動は、この場においての強者であるラファエルですら思わず言葉を失うものだった。



「拓也なにをッ!!」



隣に立つセラフィムに足払いを掛けるといつの間にか取り出した荒縄で彼を簀巻きにすると、地面に体が付く前にラファエルに向かって蹴り飛ばす。



「なんのつもり…きゃ!」



「バヌアツ!!」




やがて二人は衝突し、セラフィムとラファエルはお互いに声を上げて砂浜に倒れ込む。


拓也はそれを確認したと同時に勢いよく切り返すと、猛ダッシュでこの場から離脱を開始。あっという間に見えなくなってしまった。



安全圏から見守る傍観者一同はその光景をただただ眺めている。



「いってぇな拓也の奴……まさか俺を囮に逃げるとは……もう諦めたよ、ラファエル…煮るなり焼くなり好きにしてくれ」




セラフィムは拓也が居なくなったことで既に諦めたようで、ラファエルの上に被さるように倒れながら静かにそう呟いた。


だがラファエルの表情はえ笑顔でこそあるものの、圧力を感じる重いモノ。


やがていつもより低いトーンでセラフィムに向けて口を開く。



「…いつまで私の胸に顔を埋めているつもりですか?」



その問いに対し、セラフィムはいい笑顔で更に力強く彼女の胸の中に埋まる。



そしてひとしきり楽しむと首を上げ、軽くウィンクをして見せた。



「いいだろう、最後の晩餐みたいなもんさ。やっぱりおっ○いは最高だな」




次の瞬間彼がどんな目にあったのかは言うまでもないだろう。



・・・・・



砂浜に一つ不自然にぽつんと立つ木製の十字架。


それに縛り付けられたイケメンは、ボコボコに腫れ上がった顔を項垂れ、シンボルである翼を全て一つに縛り上げられている。


当然意識は無い。



「筋肉……筋肉………え、えへへ…」



その十字架に向けて、砂浜を引きずられる新たな十字架。その十字架にも人が縛られていた。


セラフィムと違い目立った外傷は無いが、虚ろな目から憔悴しきっているということは簡単に分かった。


妙につやつやしているラファエルを見れば、何が起こったのかは容易に予想できる。



やがてイケメンの隣に十字架ごと立てられると、ラファエルは彼らの足元に藁や枯れ木などを敷き詰め、火をつけた。



魔女狩りのようなその光景。しかしその傍らでは少年少女が楽しく遊んでいるという光景、ひょっとしてこれは社会の縮図なのではないだろうか?



「…これでよし」




濛々と煙が立ち上り、意識のある拓也はゴホゴホと咳き込んで苦しそうに眉を顰める。


なんとも惨たらしい光景であろう…




「ミシェル~、助けなくていいの?」



ジェシカは浮き輪と共にプカプカと海面に浮かびながら、隣で立ち泳ぎをするミシェルにそう尋ねてみた。


しかしミシェルは当然だと言う様に言い放つ。



「たまに見れる光景なので大丈夫です。それにラファエルさん曰くあの二人、実はその気になればいつでも抜け出せるらしいですし」



「えぇ……そうなの?」



そう返すジェシカの目に映るのは、十字架に縛り付けられた哀れな罪人たち。


そのうち一人はわいせつ罪、そしてもう一人は仲間を売ったという裏切りの罪に掛けられ、それに応じた刑の執行が行われているのだ。




「…で、でも……凄い勢いで燃えていますわ」



そこへボートタイプの浮き輪に乗って漂流してきたメルが心配そうにそう発言する。



しかしミシェルはまたも大した反応を見せずに口を開いた。




「まぁあの程度いつもと同じ光景です。きっと灰の中からの復活でも見せるつもりでしょう」



「何それスッゴイ見たい!」



「…?」



いつもという言葉に少し反応を示したメル。


二人はそこまで親しい仲だっただろうかなどと考えながらも、思考を続ける。




砂浜では、罪人二人の傍でセリーとビリーがビーチボールで遊んでおり、なんだか微笑ましい。だが少し視線を横へやれば地獄絵図。



しばらくすると十字架ごと燃え尽き、縛り付けられていた2人は足元に溜まっていた灰の中へ突っ込んだ。



「うわぁ…あれじゃあ灰塗れになっちゃうね!」



「ジェシカさん…喜んでませんか?」



「全然喜んでなんていないよ!」




明らかに嬉々としているジェシカにそう指摘するメルだが本人は楽しそうに笑い転げながらまともに取り合わないので、仕方なく思考をすることに集中する。



すると灰の山の方で何か動きがあった。



「アイヤアアアアッ!!!」



「ホワァッタアァァァァッ!!」




世紀末覇者のようなシャウトがいきなり灰の山からしたと思うと、次の瞬間、真紅の炎と青白い電撃が灰を全て吹き飛ばした。


それどころか近くに居たセリーとビリーをも海へ吹き飛ばす。



「きゃあぁぁ!!」



「うわぁぁぁッ!!」



その凄まじい爆風はミシェルたちの所にまで届き、海を荒立てて波を起こす。


飛ばされた二人はいつの間にか現れたラファエルが見事キャッチし、ミシェルとジェシカとメルの近くに集めると結界を張った。





「…あの阿呆二人は……本当に手が焼けます」



ラファエルが視界にとられる先には雷の属性神と融合して、尚且つそのシンクロ率を100%にした拓也。


髪のが色が緑を含んだ白色に変化して少し伸び、逆立つ。いつもは黒い瞳はエメラルドグリーンに変色、服装は大きく変わっている。


何より鱗でビッチリ固められた太い尾が生え、彼の意志にも基づいて動いていた。




もう一人セラフィム。



特に外見は変わっていないが、体表からありえない温度の熱を放ち、炎を吹きだす。


強いて変わった所と言えば、金髪が少しだけ赤みを帯びていると言うことぐらいだろう。



まずはセラフィムの方が先に口を開く。



「俺は…不死鳥。何度でも蘇るさ」



その言葉を境に一層炎は勢いを増す。


それに呼応するように拓也が放つ電撃も激しさを増した。



「俺は……………………名前はまだない」




「(きっと不死鳥みたいないい例えが見つからなかったんですね…)」




言葉に詰まった拓也を見て、そんなことを考えるミシェル。彼の心中を察することが出来るとは流石である。




「二人ともいい加減にしてください。痛い目を見ないと分かりませんか?」



暴走を続ける拓也とセラフィムにラファエルは笑顔のまま口を開く。



しかし二人ともまともに取り合わず、鼻で笑い飛ばす。非常にぶん殴ってやりたい。


そしてセラフィムの方が嘲笑しながら返事をした。



「痛い目を見る?その言葉…そっくり返してやろう。なぁ拓也」



「クックック、分かんねぇか?この圧倒的な力の差が……あと筋肉フェチは最低だと思います」



明らかに先程受けたことに対する私怨が顔を出してこんにちはしているが、その辺りは触れない方がいいのだろう。


ラファエルは大人の対応をしようと心に決めると……







一気に魔力を練り上げた。








・・・・・





「…拓也、だからやめようぜって言ったじゃん」



「バカ野郎、だから言っただろ?圧倒的な力の差があるって」



「あぁ、やっぱり俺たちの方が弱者って意味で言ってたのね」




砂から頭だけ出して会話をしている拓也とセラフィム。



結局彼女の出す光の鎖によって魔力を封じられた彼らは、鎖に縛られたのち砂に埋められたのだった。



近くでは既に昼食のバーベキューが始まっており、彼ら以外はそれに舌鼓を打っている。



「お姉さん名前は!?背中の翼があるからミシェルの使い魔と同じ天使の人なの!?」



ミシェルやメル、アルスたちは既にラファエルとも打ち解けている。



ジェシカに至ってはカノジョの背の翼に掴まって遊んでいる。ラファエルもワサワサと翼を動かして彼女の遊びに付き合っていた。



「その通り、私も天使です」



「ふわふわして良い匂いがするねぇ~!」



「ふふふ、ありがとうございます」



「そういえばアルスくんさっきは何処に居たの?」



「あぁ、海底に潜っていたんだ。底なら波の影響は受けないからね」




流石アルス。先程姿が見えないと思ったらそんなことをして凌いでいたようだ。




その楽しそうな光景といい香りに思わず腹の虫が大絶叫を起こす拓也とセラフィム。



そこへある人物がゆっくりと近づいてきた。



「…まったく……何をしていますの?」



メルである。今日の彼女は金髪をポニーテールにし、拓也たちの前に仁王立ちした。



「………下から見上げる乳もまた一興だな」



「同感だ」




しかし懲りていない彼らは彼女に対してそんな言葉を何の躊躇いも無く放つ。




「なんでッ!?」



次の瞬間見事なローキックが拓也の頬を捉え、捩じ切れんばかりに首が回転した。



メルは顔を赤らめ、後ろ手に隠していた皿か何かを拓也の顔の前に置くと、ツンツンしながら踵を返し、戻って行ってしまう。



「…これは」



拓也の目の前に置かれたもの……それは盛り付けられた肉、野菜。



食べやすいように串から外されているそれは、拓也の視覚と嗅覚を介して涎を分泌させた。



「ちっくしょう!!このままじゃ食べらんねぇ!!!」




拓也は彼女を怒らせたことを非常に後悔し、なんとか砂の中から抜け出そうとジタバタともがく。



必死に首を伸ばして見るが、あと少し届かない。


このもどかしさに拓也は無理矢理に首を振ってみるが、物理的に無理なのだ。



彼が諦めかけたその時、メルが再び拓也の前に歩み出る。



自分に更なる追い討ちでも掛けに来たのではないかと考えた拓也だったが、彼女は彼の予想とは別の行動をとる。



「お腹…減っているんでしょう?」




どうやら彼の足掻きを見て哀れに思ったのだろう。手にした串で適当に食材を刺すと、それを拓也の口の前に差しだした。




「え?俺は!?」



すぐ隣で拓也が食事にありつこうとしている光景を見てセラフィムがそう喚く。


するとラファエルが手に皿を持ち彼に近づく。



目を煌めかせるセラフィム。彼女は彼の目の前に皿を置くと……




皿を巻き込んで、彼の顔面に思い切りサッカーボールキックを御見舞した。



「はい、どうぞ召し上がってください」



「………おいひぃでひゅぅ」



きっと彼女も胸を触られ相当頭にきているのだろう。感情が行動に乗せられた結果がこれだ。



メルは少し頬を赤らめ、そっぽを向きながらぼそぼそと口を開く。




「た、食べなさい!折角持って来てあげたのですから!」



「……何?急に優しくして…私はその程度じゃ堕ちませんわよ!!」



「ッ!親切でやっているだけですわ!!別に他意はありません!!」



ムキになって喚くメルを、拓也はしばらくジトっとした目で見つめる。


しばらくして溜息を一つ吐くと、根負けしたのか大きな口を開け先端に突き刺さる肉に齧りついた。



何度か咀嚼し、飲み込むと彼女にニコリと笑い掛ける。



「焼きが甘い、俺はウェルダンが好みだ」





「ッまっへ!!ごえんジョーク!!(まって!!ごめんジョーク!!)」



勢いよく付きだされた金属製の串。それが拓也の喉を貫通せんと勢いよく進撃するが、拓也は間一髪のところで白刃取りの要領で串に噛みつき難を逃れた。


メルはかなり力を込めて突き刺しているのか、腕がプルプルと震えている。



「あなたは……折角気を使いましたのにッ!!」



「だからごえんってッ!!ほんほはおいひかっはから!!(だからごめんってッ!!ホントは美味しかったから!!)」



そう弁解するが、串を咥えているせいもあってうまく伝わっていないらしく力は全然緩められない。



ー…仕方ねぇ、…ラファエルはこっち見てないし、…少しなら手を出してもバレない…はず!…ー




見つかれば刑期が伸びる。しかしやらなければこのまま喉を串が貫通する。


拓也は仕方なく砂から手を出そうとした…その時。




「やあ二人とも、楽しんでるようだね」



暗い青髪、顔にはニッコリとハリボテ100%の笑顔を張り付けたアルスが登場した。



「これのどこが楽しそうに見えるのですか!?」



「いやぁ、なんとなくさ」




「アルフ!ちょうろいいたふけへ!!(アルス!ちょうどいい助けてッ!!)」



助けを懇願する拓也に、アルスは視線を向けると一つ頷いた。


意図が伝わった。そう確信した拓也は安堵から串を咥えたまま溜息を吐く。




「うんうん、なに…あぁ。




メルさん、拓也は『今すぐその手を引っ込めるんだ、さもなくばその乳ごとぶっ飛ばすぞ』って言ってるよ」



「なんですってッ!!」



「ッ!!!??!?!?」




唐突なアルスの裏切り。拓也は真っ青になりながら首を横に振ってみるが、激昂したメルにそんな意思表示は伝わらなかった。




「この変態ッ!!何を考えているのですか!!」



「ひがふ!!ほんなほほいっへない!!(違う!!そんなこと言ってない!!)」



「ふむふむ、『まったく、胸にばかり肉を付けやがって…揉むぞ!!』だってさ」



「ッ!!?~!?ッ~--?!???!?」




「………ふ、…ふふ……もういいですわ……話すだけ無駄でした」




引き続きアルスは行ってもいないことを拓也が言っているとメルに通訳し、吹き込む。


遂に彼女の中で何かが吹っ切れた。


串から手を離すと、魔武器の大鎌を呼び出し、構える。




「待てメル!!俺はそんなこと言ってない!!俺よりもアルスを信じるっていうのか!?」



誤解解くべく必死に彼女の説得を始めた拓也。その額からは尋常ではない量の汗が流れ出る。



拓也がそう言うと、メルの動きが止まった。



「そ、それは…」



彼女の脳内で、最近自分の母親を助けるために奮闘していた拓也の姿が呼び起される。


今の彼からは似ても似つかないような真剣な態度と表情だったと思い出し、そこであまり考えないようにしていたことまで思い出してしまうのだった。




「ッ!!///」



「痛ってぇ!!」




彼女は結局鎌は使わずに、思い切り足で顔を踏みつけ踵を返し戻って行ってしまった。


ふと隣を見てみれば、セラフィムが幸せそうな表情で天を仰いでいる。もうコイツはい一回堕天した方がいいと思う拓也だった。




・・・・・



「イイィィィイイヤッヒィィィィイイイ!!!」



「ヒァウィイイゴォォォォォオオオオ!!!」




海から聞こえる変態二名の大絶叫。



男性陣は全て海で遊んでいる。しかし遊びなのかは知らないが、ありとあらゆる魔法が飛び交い、海が波立つ。


砂浜に即席で作った休憩所に腰かけた女性たちは、ラファエルがどこから取り出した紅茶でティータイムである。



海を荒らす2名に対してラファエルは笑顔のままこめかみにピキリと青筋を走らせると、そちらへ軽く手をかざし、光の槍を拓也とセラフィムの額にお見舞いした。




素晴らしい神スナイプである。




二人がすっかり大人しくなったことを確認すると、一つ溜息を吐いてからカップを傾ける。



「ラファエルさん大変だね!」



「ホントですよ、アレが上司じゃなかったら外出させずにデスクに縛り付けて仕事だけさせている所です」



すっかり彼女に慣れたジェシカはいつものように笑いながらそう言うと、ラファエルは恐ろしいことをサラッと言って見せた。


それでは会社の奴隷…まさに社畜である。




「今日は大丈夫なんですか?お仕事の方は」



「えぇ、珍しく終わらせていたので外出を認めました。…まぁちょっと後悔はしましたが」



「あぁ、さっきのね!セラフィムさんも明らかにわざと触ってたよねぇ~!」



「……………思い出したらなんだか腹が立ってきました。





ってまたうるさくなってきましたね」




今しがた静まらせたばかりの海からまた二名の騒ぐ声が聞こえる。


そちらへ視線を向けてみれば、頭が痛くなる光景がラファエルの目に飛び込んだ。




「……凄く…飛んでますわね」



「お魚の真似かな?」




彼女らの視線の先にはドルフィンキックで泳ぎ回り、時折水面から大ジャンプを見せる拓也とセラフィム。おまけに馬鹿笑いしているため入り江に声が反響し非常にうるさい。


思わずそう零すメルとセリー。傾げる首がシンクロし、ジェシカが吹き出した。

こちらもこちらでなんだかんだ騒がしい。




「まぁいいです。止めるのも面倒ですから後でまとめてやることにします」



あぁ、なんとういことだろう。彼らの断罪は今ここで執り行われる方向で決定してしまったのだ。



内心で手を合わせるラファエル以外の女性一同。



ジェシカは楽しそうな表情を見せると、隣に座るメルの肩をチョンチョンと突き、彼女の注意をこちらへ向ける。



「なんですの?」



疑問符を浮かべ、首を傾げるメル。ジェシカはそんな彼女を満面の笑顔を向けると、軽い口調で巨大な爆弾を投下した。




「メルちゃんたっくんのこと好きでしょ」




刹那、メル…そしてミシェルの動きが面白いほど完全に停止する。



しばらくしてメルの方がプルプルと震え始めた。ミシェルは全然興味が無いといった素振りをして見せるが、周りに気が付かれないようにそちらへ全神経を集中して耳を傾ける。




「な、何を言っているのですかジェシカさん!!誰があの無礼者のことなんかッ!!!」




「あれ~?ちょっと前に似たようなこと聞いた時には全然動揺してなかったのに何でそんなに慌てるのかな?」



机を叩き、必死に否定を始めるメル。顔が真っ赤になっているため殆ど答えを言っているようなものだ。



そして追い打ちをかけるようにジェシカが前の出来事を引っ張り、そう返す。


その記憶力を少しは勉強に生かせと言ってやりたいところだ。




「………別に…特に理由はありません…」



「ほぉ~、それじゃあ12月24日たっくんを遊びに誘おうとしてたのは?」



「…あれは……そうです!皆さんで何処かへ出かけようと思いましたの!!」



「それだったらお昼に皆が集まってる時に言えばいいんじゃない?」



「……うぅ」




完璧だと思った言い訳、しかし覚醒したジェシカの前ではそんなモノ子ども同然の浅はかなモノでしかない。


自分の言い訳を、上手く返され追い詰められたメルは、終いには赤面しながら閉口してしまうのだった。



ジェシカはそれを見て疑問が確信に変わったと言わんばかりにに笑みを浮かべる。


そして自分では気が付いていないのだろうが、ミシェルは紅茶を嗜みながら深刻そうな表情を浮かべ、思考に浸り


セリーは何故か両手を顔の前で合わせ、一人目を輝かせている。



各自が黙り込み、それぞれの思考を巡らせ生まれた沈黙。



それを破ったのは、微笑みながらカップを置いたラファエルだった。




「これでミシェルさんにも恋敵が現れたってことですね」



「ラファエルさんッ!?」




そして彼女もまた超特大サイズの爆弾を投下していった。



「あ!やっぱりラファエルさんも気づいてたんだね!!」



「み、ミシェルさんもなんですか!?」



自分以外に気が付いていた同志が居たことに歓喜するジェシカ。


メルも同志ではないが、同じ人を想う者が居たことに驚きを隠せずにそう発言した。

それが確信的な答えになることを良く考えもせずに。



「やっぱりメルちゃんたっくんのこと好きなんじゃん!嘘は良くないよ」



「……あ…あぁ…!!」




顔を茹蛸のように真っ赤に染め、顔から煙を吹きだしたメルはグルグルと目を回してがくんと力なく首を倒し俯く。


ラファエルはそんな彼女の様子を見てより一層微笑むと、彼女をおちょくる様な事を言う。



「でもミシェルさんは拓也さんと同棲していますよ?きっともっともっと派手にアプローチしないと難しいでしょう」



「ら、ラファエルさん!?何サラッとそののこと言っているんですか!!?」



「な、何かマズかったですか?」




ミシェルと拓也とジェシカしか知らない秘密を簡単にばらしたラファエルはミシェルに詰め寄られ、涙目で訴えられる。



それを傍で聞いていたセリーは驚愕の表情を隠すために口元を手で覆い、目を大きく見開き震え、口を開く。




「ど、同棲!?鬼灯君とミシェルちゃんが!?」



「ち、違います…いえ、違わなくはないんですが……これには深い事情があって!!」



「ということは同棲してるんだね!!」



「………結果的に…………そうなります…」




何故か目を輝かせるセリー。ミシェルは静かに俯いて黙り込む。



何故こんなことになったのか…考えても仕方なと言うことは分かっているが、一番バレるとめんどくさくなる事がバレてしまった。


その事実はもう消えなどしない。ミシェルはこの現実を受け入れるしかないのだ。



必死に自分を落ち着かせ、乱れた呼吸を整える。ジェシカはそんな状態のミシェルに追い打ちをかけるべくサッと隣に腰掛ける。



「あらら~遂にバレちゃったね!!まぁいずれ気づかれてただろうしそんなに気にしないでいいんじゃない?」



「………他人事だと思って」



「アハハ~!私はミシェルを他人なんて思ってないよ!!昔からの仲じゃない!!」




「じゃ、じゃあミシェルさんは…その……交際されているのですか?」



ショート状態から帰還したメルは恥ずかしそうに目を泳がせながらミシェルにそう尋ねてみるが、本人は首を勢いよく左右に振りそれを否定した。



「ホントおかしいよねぇ!男女が同じ屋根の下暮らしてて、そのうち一人は相手に好意を持ってるのに何も起きないなんて!!


私、過ちの一つや二つあってもいいと思うんだ!!」



「あ、過ちって……拓也さんはそんなことしません!」



「あぁジェシカさん大丈夫ですよ、この前お酒を飲んで酔っていた時に、一晩同じベッドで過ごしていましたから」




それにしてもジェシカとラファエル…息がぴったりな上にノリノリである。


ラファエルの爆弾発言に場の空気が一瞬凍る。


彼女の遠慮のない発言に、ミシェルは声を出すことも忘れ、涙目で彼女の服を引っ張る。


そしてジェシカは次第にニヤニヤと、セリーは目を輝かせ頬を染め、メルはセリー同様、いやそれ以上に赤面し、その話題に食いついた。



「ッ!!?それはどういうことですの!?」



「~ッ!!?~」



「……ミシェルが喋れなくなっちゃったから私が代わりに説明するね!



ミシェルは酔うと凄い積極的になるんだ!それでこの前一緒に晩御飯食べた時にお酒飲んで…そしたらたっくんに情熱的なアタックを仕掛けたんだよ!!



…写真見る?」



「み、見たい!」



「見ますわ!!」




いつもならジェシカのその行動を阻止するはずのミシェルだが、今はそれどころではない。


故に止められらなかった。ジェシカはどこからか取り出した写真を一枚、皆が見えるようにテーブルの上にスッと差し出す。



映っていたのは、仰向けに倒れる彼の両方の鎖骨あたりの服をキュッと手で掴み、彼の胸にコテンと頭を置いて眠るミシェルと、世界の心理でも見たというような遠い目をし、悟りを開いた拓也の姿だった。



「可愛い…」



写真をじっと見つめながらセリーがそう呟く。


メルは目を覆って赤くなったり、不安そうな表情で青くなったりと何やら忙しそうだ。


しかしなんとか落ち着かせると、少し不安を織り交ぜた真剣な表情で取り乱すミシェルに尋ねる。




「それじゃあ…ミシェルさんも………好きなのですね、拓也…さんのこと」



ミシェルはピクリと体を震わせると深呼吸をし呼吸を整えると、その蒼い目で真剣に、彼女の髪と似た金色の瞳を射抜くように見つめ、口を開く。



「はい、大好きです。メルさんも…なんですよね?」



「…はい…お母様を助けてくれて…真剣な時は本当にカッコいい拓也さんに惹かれました。…好きです」



何やら二人以外の外野が騒がしいが、真剣な会話を交わす二人にはどうでもいいことだった。



そして二人の少女がは同じ決意を瞳に宿し、遂にここで自分の意志を固める。



お互い言葉を交わさずとも分かった。その瞳が何を意味しているのかが。



そこへちょうど戻ってきた拓也たち男性陣。ジェシカは素早く写真を隠す。



「ふぃ~、いやぁ大漁大漁」



「まさかこんなに取れるとはな、驚きだぜ」



拓也が背中に担ぐ網には結構な量の魚が入っている。


まだピチピチ動いているのできっと今捕まえてきた奴だろう。



「随分と沢山捕まえましたね、何に使うつもりですか?」




先程までの取り乱し様は何処へやら…ミシェルはいつもの調子で拓也にそう尋ねる。


隣でメルがやられたと横目でチラとミシェルを見る。




「俺たち昼食まだみたいなもんだから食べようかなって…どうするセラフィム、串焼きにでもするか?」



「そうだな、簡単だし美味しいしそうするか」



「私としてはあなたたちを串に刺して火炙りにしたいですね」



「…どうしたのラファエル怖い」



いつもの仕事中の彼女の姿が脳内で蘇ったセラフィムは笑顔でそんなことを言うラファエルがどうしようもなく怖かった。



そんなことをしている間にも拓也は手際よく準備を進めていく




薪を組み上げあっという間に火を起こすと、串に刺した魚を周りに刺して焼いていく。


その背後ではセラフィムが正座させられ、ラファエルのお説教を受けていた。

顔を見る分には反省しているようだが、実際腹の中ではきっとめんどくせ―早く終わんねーかな的なことを考えているのだろう。


それが分かっているラファエルはとりあえず膝蹴りで彼の顎を砕いておいた。




適度に焼け、表面がこんがりしてきたところで拓也は一つ串を引き抜き、ミシェルに差し出す。



「食べる?お腹空いてないなら無理しなくていいけど」



「…ちょうど小腹が空いていました。いただきます」



本当はあまりお腹が空いていないミシェルだったが、差し出された焼き魚を笑顔で受け取った。


焼けたばかりで非常に熱いそれを息で冷まし、一口頬張って飲み込む。



「美味しいです。ありがとうございます」



笑顔を向けてそう感謝の意を述べると、二口、三口と進めていった。


拓也は彼女が美味しそうに食べている姿を見て数回頷くと、満足そうな笑顔でグッドサインを他の者たちにも見えるように作ると…



「ハッハッハ!いい食べっぷりだ!!さぁ皆も食べよう!毒は入ってないみたいだから!!」



「……………私に毒味をさせたってわけですか」



そんな一見危ない冗談を飛ばしてくる拓也だが、

まぁ彼がその辺りを怠る訳はない。有毒か無毒かなどちゃんと把握してからの行動なのだ。


それが分かっているミシェルは特に気にせずに食を進める。



その光景をボーっと見ていたメルはハッとし、自分が出遅れたことにようやく気が付いた。


何故か足音を出さないようにそ~っと拓也の斜め後ろまで接近し、声をかける。



「わ、私も一つ頂いてもよろしいですか?」



「ッ!?…ビックリしたなぁもう!!いきなり背後に立つとかお前は死神か何か!?



まぁいいや、一つと言わず沢山頂いちゃってください」



「で、では頂きます!」



別に拓也は許可など必要としていないが、律儀にそんなやり取りをすると火の回りに突き刺さっている串の一つに手を伸ばす。


しかし取ろうと思っていた串が瞬時に姿を消した。



「なんて言うの?ジューシー?」



「死神乙」



それを手にしていたのはセラフィム。某死神の真似をしてくれたが、残念ながら食べているのはリンゴではなく魚である。…惜しい。


「ほれ、食べろ」



横取りされた彼女が哀れに見えたのか、拓也が一つ引き抜き、メルに手渡した。



「あ、ありがとうございます!」



それを丁寧に受け取るメルは、逆にセラフィムが邪魔をしてくれて良かったと思うのだった。



拓也も一つ手に取ると、ようやくありついた昼食であるそれに豪快にかぶりつき、淡泊な白身とジューシーな油に舌鼓を打つ。



すると枯れて乾燥した丸太に座りながら一匹目を食べ終えたセラフィムが、骨をゴミ袋に捨てながら拓也に向けてそっと呟く。



「拓也」



名前を呼んだだけだが、拓也にはその意図が分かっていた。



「あぁ、分かってる」



素早くラファエルに目配せをする拓也。しかし彼女も既に気が付いていたようだ。



ーでもどうすっかな…ミシェルと俺と天使しか知らない事情だし……ー



”ソレ”に一番早く気が付いていた拓也は口には出さずに、崖の上の林に意識を向けながらそう考える。


ソレはきっと気配を消しているつもりだろうが、この場に居るのは、神と互角に戦う力を持つ人間、天使の階級の最上位である熾天使。そして四大天使の一人。



一介の天使風情の隠密が気付かれないわけないのだ。



ー…俺がやるのは…ジェシカやアルスたちも居るからマズい……それなら…ー



周りが変わらず楽しんでいる中、拓也はセラフィムにそっと目配せをした。


セラフィムは拓也の考えをすぐに読み取ると金属製の串を背後にポイと捨て…




一瞬姿がブレたかと思うと、座っていた丸太から姿を消した。



特に音も無く姿を消したため、周りの者は誰も彼が居なくなったことに気が付かない。



次の瞬間彼は入り江の周りを囲む崖の上の、木々が生い茂った林の中で、二枚一対の翼を持つ一人の天使の喉に、鋭く光るナイフを突き付けていた。



「大人しくしろ、俺の指示以外でなにか動きを見せたらその瞬間喉を掻っ切る。俺の質問したことにだけ分かりやすく簡潔に答えろ。いいな?」



「ぐっ…熾天使、いつから」



身動き一つとれないほどの拘束に、苦しそうに天使はそう呟く。


セラフィムはその言葉に少し目を細めると、一瞬だけ首からナイフを外し…彼の右腕を斬り落とした。



「あ、あぁぁああ!!!」



「俺はまだ何も質問してない、勝手なことをするな。



じゃあ最初の質問だ、お前は俺たちの敵対してる奴らの偵察だな?」



切り口から流れ出る真っ赤な血液が地面にボトボト落ち、木々の良い匂いがしていた辺りを、血生臭い空間へ変える。


苦悶の表情を浮かべる天使は、セラフィムのその質問に対して何のアクションも起こさずに、覚悟を決めたのかただじっとしている。


セラフィムは一つ溜息を吐くと、その天使の喉を静かに切り裂いた。



「何にも話さねぇのか、使えねぇ」



拘束を解いて前蹴りを放ち、力なく地面にうつ伏せに倒れた天使の心臓を確実に刺す。


そして絶命したことを確認すると、拓也たちのもとへ戻って行った。




戻るとまず拓也とラファエルに目配せをし、解決したことを伝える。


集団からあえて離れて座る二人にセラフィムはケタケタ笑いながら声をかける。



「そんなに心配しなくても大丈夫だって、俺結構強いし」



「俺はいつでも最悪を想定して最善を尽くすからな。まぁ万が一の時の為だ」


「同じ考えです」



一応二人とも集団からあえて孤立し、いつでも動けるようにしていたようだ。

心配性と言うか、抜け目のない拓也とラファエルに思わず笑ってしまったセラフィムは、集団には声が届かないことを確認すると二人に報告をする。



「恐らく敵対してる神たちの偵察と見て間違いない。情報を吐かなかったから殺しておいた。問題ないか?」



「あぁ、状況が状況だしそれで大丈夫だ」



「ですがやはり…強いて言えば情報欲しかったですね。私達は敵に対してあまりにも無知ですから」



普段は色々とぶっ飛んでいるこの3人だが、真面目な時はそれなりに有能なのである。




「あれ~?ラファエルさんたち何やってるの~?」



「あらジェシカさん。私に何か御用ですか?」



「一緒に魚食べようと思ってもってきた!!」



「そうですか、ありがとうございます。向こうで一緒に食べましょう」



突然登場したジェシカがラファエルを攫って行く。


取り残された拓也とセラフィムは二人が十分離れていったことを確認すると会話を再開する。



「てか最近少し増えてきてんだよな…偵察。ジェシカたちはもちろん、何よりミシェルに精神的疲労を感じさせないために気が付かれないように排除してんだが…ぶっちゃけめんどいわ」



「大変そうだな…手伝おうか」



「あぁ、もし見つけたら排除するだけでもいい。随分と助かる」



「分かった。任せといてくれ」



セラフィムはそう会話を締めくくると、伸びを一つし、パチパチとはじける焚き火し視線を向け、腹の虫を大絶叫させた。



「じゃあ俺たちも戻るか、腹減ったし」



「いいね!ついでに写真も撮らねぇと!!」



「グヘヘ…ラファエルの水着なんて久しぶりに見るなぁ…脳に焼き付けとかないと…」



「あわよくば…クックック…腕が鳴るね!」



「さあ行くぞ拓也!聖戦だ!!!」



「あいよ相棒!!」



緩み切ったニヤけ面を浮かべる拓也とセラフィムは、猛ダッシュでミシェルたちのもとへ駆けて行った。



この後彼らの頭が、スイカ割りのスイカ代わりに使われたのは言うまでもないだろう。



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