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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第一部
18/52

年に1度訪れる悲劇



「…ジングルベール……ジングルベール………鈴が…鈴が鳴っているよ~」



12月20日。あと数日で学園は冬休みに入る。


学生たちは皆友人間で遊びの予定を立てたしている。


おまけに雪が降る幻想的な季節の関係か、カップルが量産されるなどと何かと騒がしい季節だ。



拓也たちの通う学園でもそれは例外でなく、周りには着実にそう言った連中が増えていっているのだった。



「…あの……拓也さんが最近ずっとああなんですけど…何か知りませんか?」



暖炉の前に体育座りし、灰を金属の棒でイジリながら謎の歌を歌う拓也を心配したのかミシェルが対面に座る二人にそう尋ねる。



暇だからと遊びに来ていたセラフィム、そしてそれを追う様にやってきたラファエル。


二人はこの光景を見慣れているのか、さして驚く様子も無く普通に答えた。



「あぁ、この季節になるといつもああですから気にしなくていいですよ」



出された紅茶を美味しそうに飲みながらそう答えてくれたラファエル。


セラフィムも彼女に続く。



「まぁもう12月24日近いからなぁ。


それと2月14日も気を付けた方がいい。その日は多分部屋に引きこもると思うから…せめてそっとしといてやってくれ」




二人の言うことを訳が分からないという表情で聞いているミシェル。


ラファエルはそんな彼女の為に補足する。



「まず12月24日、25日。拓也さんがいた世界ではクリスマスといわれるイベントがありました。まぁ簡単に言えばとある宗教の祭日なのですが、その日は主に恋人と過ごすのが一般的となっています」



「はい、そこで問題だ。


拓也に彼女がいると思うか?」



「おいこの野郎なんだその言い方ちょっと表出ろや」



失礼極まりないセラフィムのその言い方が聞こえていたのか拓也が突如彼の背後に瞬間移動し、涙目でそう言った。


声からして怒っているようだが、涙目の為覇気が全くない。





「ちなみに2月14日はバレンタインデーと言って、拓也さんが住んでいた国では女性が男性にチョコレートをプレゼントするイベントです。


中でも拓也さんが嫌っているのは意中相手に送る本命チョコというやつです。



何故かと言うと拓也さんは本命チョコを女性からもらったことが……というより女性からチョコを貰ったことが」



「もうやめて!!お願いだからもうやめてくださいィィィィ!!!!」




地面に力なく崩れ落ち、聞きたくないといった様子で叫んで両耳を塞ぐ拓也は、地面を転がりながら空間移動でどこかへと飛び去って行った。


こうなることを狙ってやっていたラファエルは、満足そうに笑みを浮かべる。



「(貰ったことが無いんですね)」



ラファエルのその発言からミシェルは簡単にそう読み取ることが出来た。



「あらら~、逃げちゃいましたねぇ」



「拓也…今年も甘いものは嫌いだって言い訳するんだろうな」



拓也の事を散々に言う美男美女二人。



そんな中ミシェルは一人顔色も変えずに考えていた。


バレンタインというイベントに乗じてチョコレートをあげれば彼は喜ぶのではないか?と。




「あれミシェルさん。今何考えてました?何か考えてましたよね?」



「…は、はい?別に何も考えてませんよ?」



表情はほとんど動いていないはずなのに、ラファエルはどうやってミシェルの考えていることを読み取ったのだろうか。


これは最早ミシェルが顔に出やすいと言うより、ラファエルの洞察力がヤバすぎると言っておいた方が良いだろう。



「大方拓也にチョコをプレゼントしようとか考えてたんだろ」



「そ、そんなこと…考えてませんよ」



「アハハ~動揺しすぎですよ~」




否定しようと言葉を考えるミシェル。表情は何とか変えないように頑張るが、頭の中は色々と大渋滞のため、ただただ言葉を詰まらせるだけだった。


それを見た二人の天使…いや、悪魔はより面白そうにニヤリと口角を釣り上げる。



「きっと拓也さん喜びますよ~今までもらったことないですからねぇ」



「そうそう、媚薬とか混ぜたら面白いかもな。多分効かないだろうけど」



とりあえず二人目の方は堕天した方がいいと思うミシェルだった。



「わ、私は…別に……それに渡すにしてもまだ先の話ですから」



「ナンセンスだなミシェルちゃん。一カ月ちょっとなんてすぐに過ぎるぜ?

こういう準備は今からしておかないと」



「そうですよ、何をあげるかなんてことも考えておいた方がいいですよ。


手紙を添えたりしちゃってもいいかもしれませんね!」




こうして悪魔共に絡まれ、結局ミシェルが解放されたのは午後8時を過ぎてからの事だった。




・・・・・



12月23日。クリスマスイブ前日。つまりクリスマスの前々日。



午前の授業の休み時間に、ジェシカがいつものようにミシェルの机に駆けてくる。



「ミシェル!明日の帰り家にご飯食べに来ない?学園が休みに入るし!」



そう提案するジェシカ。


学園が冬休みに入ることがよほどうれしいのだろう。目がいつもより5割増しで輝いている。




「いいんですか?」



「全然いいよ!もちろんたっくんもさそってさ!」



太陽のような笑顔でそう言うジェシカ。


しかしミシェルは対照的に気まずそうな顔をする。



「あ…拓也さんは……今あんな状態なんですが」



そう言い視線を拓也の席の方へ動かすミシェル。ジェシカも追う様にそちらへ視線を向ける。



「こう考えてみよう。俺が誰とも交際をしないことで、他の誰かが交際できる確率が高くなるんだ。なんと素晴らしい事か…俺は他人の幸せを祈っているのだ。きっといつか神様は見ていてくれる。というかじーさん俺にも彼女くれよ平等ってなんだよふざけんなよ俺の100兆年返せよそれだけの時間があれば俺にだって彼女ぐらいできていただろうにあぁ悔しい妬ましい世の中のリア充が羨ましい」




そこには両手の指を顔の前で交互に絡ませ、机に肘をついてブツブツ独り言を言っている拓也の姿があった。





「たっくん!明日ミシェルと家にご飯食べに来ない?」



しかしそこはジェシカである。臆することなく拓也の下へかけていきそう尋ねる。


声を掛けられたことで振り返る拓也。その目はいつもより5割増しで開かれていた。




「明日?あ…うん、はい。じゃあご馳走になりに行くわ」



「わかったー!じゃあ明日楽しみにしてるね~!」



簡単に約束を取りつけるとジェシカはミシェルのもとへ戻ってくる。



「別にいつもと変わんないじゃん!ちょっとテンション低めだけど!」



「………そうですね」



ミシェルは呆れたような感心したような表情で笑顔でそう報告する彼女にそう返した。



・・・・・



その日の帰り道。ジェシカと別れ、ミシェルと拓也が2人きりになる。



「……」



歩いている間も目を5割増しで見開き、架空を見つめている拓也。


いつもの様な会話は一切なく、ただただ沈黙が2人の間に流れていた。



不自然な無言という状況があまり好きではないミシェルは、この状況を打開するために思い出したように小さく口を開く。




「…クリスマス」



「ヒィィィッ!!!」



クリスマス。その単語に過敏に反応する拓也は、額に狙撃でもくらったかのように後ろへぶっ飛び、冷たい地面を勢いよくバウンドを繰り返しながら転がった。



「何故だぁぁ!!何故皆俺をイジメるんだァァ!!」



「…そんなに嫌いなんですか?クリスマス」



「止めろぉォォォォそれ以上その言葉で俺を追い詰めるなァァァ!!!」




まるでエクソシストに悪魔祓いされているかのように苦しそうに地面をのたうち回る拓也。


血の涙を流し、時折口からも血を吐くその姿は悪魔そのものだった。





「クリスマスはなぁ……家族で仲良くケーキ食べてプレゼント交換してりゃあ誰も傷つかないんだよォォ!!

一体誰だ!聖夜を性夜なんかにしやがった奴らは!!」



言葉にすると分からない単語が出てきたことで同じことを二回言ったように聞こえたミシェルは首を傾げる。


同時にもう一つの疑問が彼女の中で浮かび上がった。



「クリスマスは主に恋人と過ごすイベントとラファエルさんが言っていたんですけど違うんですが、他の過ごし方もあるんですか?」



「あぁあるぜ、例えば部屋に引きこもって現実逃避したり…そうそう、アクティブな奴らはサンタ狩りに出かけるな」



「さ、サンタ?」



「そう、サンタだ。奴らはイブの夜中に世界中の子供がいる家に不法侵入する。おまけに航空法違反、他国への不法入国、煙突・靴下の器物損壊諸々の罪を一晩で犯しまくる赤白服で白い髭を蓄えた犯罪者だ。


おまけに乗っているソリを引くのにトナカイに鞭を打っている。これは捉え方によっては動物愛護法に触れる恐れもある。



それを狩るのが選ばれし者の役目なんだ」



「…とんでもない人が居るんですね」



真剣な顔であたかもサンタが極悪人だという風に語る拓也のせいでミシェルに間違った知識が植えつけられていく。


ここにラファエルが居てくれれば訂正が入るのだろうが、生憎今はセラフィムの仕事を監視していてこの場には居ない。


・・・・・


翌日12月24日。5限目の後にある終業式が終わり、これから冬休み


赤髪の元気少女ジェシカはいつものようにミシェルに飛びつきに行った


「ミシェルやっと終わったよぉ!今日から冬休み!!」


「そうですね、でも課題は出てますからちゃんとやらないと後で痛い目を見ますよ」


「うっ……急に頭痛が…」



ミシェルも相変わらずのジェシカに頭痛がしているところだった



そのまま不意に視線を拓也の方へ流すミシェル。そして見てしまった



「あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんまんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんまんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんまんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱん」



ぶつぶつと独り言を呟きながら、ひたすらあんぱんを頬張る拓也を。






「なに…あれ」



「私が聞きたいです」



その光景には流石の万年笑顔少女であるジェシカですら思わず表情がこわばった。




そして皆さんお気づきだろうか?


あんぱんの中にあんまんが混ざっていることに。



ともかくいつまでもこうしている訳にもいかない。ミシェルとジェシカが、どちらが声をかけるか談義していると、予想もしていなかった人物が最初に彼に近づいた。



「…あの…あ、あなた!…何をしているのですか?」



「見れば分かるだろう、あんぱんを食している」



「そ、そうですわね」



王女メルである。



それと正確にはあんぱんとあんまんであるが、この際気にしてはいけないのだろう。



話しかけられているというのに目も合わせずひたすらあんぱんを食べ続ける拓也。



「人が喋り掛けているのですから目を見なさい!」



流石に雑な扱いにイラッとしたメルがそう発言した。


拓也はそう言われ、めんどくさそうに視線を上へやる…しかし視線の移動は途中で止まる。



拓也はその一点を凝視しながら一言。



「へぇ…お前にも美味そうなあんまんがついてるじゃねぇか、それも二つ。これは揉みしだいてから食べろということですよね?」



次の瞬間彼の顎を、彼女の鋭いジャブが捉えたのは言うまでもない。



・・・・・



音も無くあんぱんの海に沈む拓也。


一番派手ではないジャブを選ぶあたり、メルは最早プロである。




「………フン!」



そして今日は下ろしている髪を手で弾き、踵を返して教室から出て行ってしまった。




「ふ~ん」



「…何を笑っているんですか?」



「いや、何でもないよ~。それより早くたっくん起こしてきて~!」



ニヤニヤと笑うジェシカを不審に思いそう言うミシェルだが、とくに追求せずに拓也を起こしに行く。



ジェシカはミシェルが離れたことで先程よりあからさまに笑う。



「これは面白いことになったかもねぇ」




そして独りでにそう呟いた。




・・・・・



「ただいまー!!」



「お邪魔します」




「いらっしゃ~い!さぁさぁ上がって上がって!!」



帰宅時に大声であいさつをするジェシカ。ミシェルも後に続き、控えめにそう挨拶をした。


すると奥から登場するジェシカママ。手には玉杓子が握られている。



ジェシカママは来訪した客が一人足りないことに首を傾げながら口を開く。



「あれ?拓也君は?」



「あぁ、なんかちょっと遅れるって。なんだかんだで忙しいからねたっくん」



「そう、じゃあ先に始めちゃいましょうか!」



そう言うとジェシカママは、ミシェルの背を押しながらダイニングへ誘導する。

テーブルの上には、既に様々な料理が並べられていた。


この4人で食事をする時の席順で着席する3人。拓也が居ないことでミシェルの隣は空いているが、じきに来るだろうということで食事が始まっる。



「いつもありがとうございます。こうやって食事に呼んでもらって」



「いいのよ~、ちょっと前まで一緒に住んでたんだしもう家族みたいなものじゃない!」



微笑んで感謝の言葉を述べたミシェルは美味しそうに焼きたてのパンを頬張った。


その光景を楽しそうに見守るジェシカママは、気にする必要はないと言わんばかりにそう返す。



こうしてよく食事に呼んでもらうミシェルや拓也。良くしてもらうばかりでは無く何か恩返しがしたいと思う。そこで彼女は閃いた。



「そうです、ジェシカやおばさんも家に来ませんか?特に面白い物もありませんけど」



そう提案したミシェル。自分でも納得できるほどの名案に、ミシェルは満足そうに頷いている。


しかし対面に座るジェシカはすかさずニヤけて口を開く。




「そんなのダメだよ~!二人の愛の巣を土足で踏み荒らすなんて~!」



両頬に手を当て首を左右に振りながらそういうジェシカに、拓也がこの場に居ないからかミシェルは思い切り動揺し赤くなりながら反論を試みる。



「は、はぁ!?拓也さんとは…べ、別に!///」





「そうだよねぇ、ただの彼氏でしかないもんね~!」



「あら!ようやくそこまで進展したの!?もう!おばさんにも教えてくれないと寂しいじゃないのミシェルちゃん!!」



ジェシカ一人でさえ大変なのに、ジェシカママという加速装置が着くとさらに厄介である


ミシェルは諦めたようにそっぽを向くと、更に騒ぎ立てる二人を無視して食事を再開した


二人は拓也とミシェルに関する様々な話題を振って、ミシェルを弄って遊ぼうとするが、ミシェルはそれに取り合わない


するとミシェルの興味を引く為、ジェシカがタイミングを見計らい、渾身の一撃を放つ



「ねぇミシェル~いつまで平行線で行くのさー、早くしないとメルちゃんに取られちゃうよ~?」



次の瞬間、不自然に止まるミシェルの動き。ジェシカはしてやったりといった表情で追い打ちをかける



「あれ~どうしたのミシェルちゃん、気になる?」



「…………………別に…気になりません」



口ではそう言うミシェルだが明らかに動揺する。彼女がそのことについて聞きたいと考えているのは明白だった


ジェシカの隣ではジェシカママが『メルちゃんって誰!?恋敵!?』的なことを言いながら盛り上がっている



「え~知りたくないの?じゃあいいや!」



「ま、待ってください!……………やっぱり……その………聞きたいです…」



「素直でたいへんよろしい!」



にんまりと笑みを浮かべるジェシカ


ミシェルは羞恥から頬を更に赤く染める



「今日の帰りさぁ、聞いちゃんたんだよねぇ…メルちゃんがたっくんをノックアウトした後教室から出てくときにボソッと『休みにどこか遊びに誘ってあげようと思っていましたのに』って言ってたんだぁ。それも顔を赤らめながらだよ?流石のミシェルでも分かるよね?」



恐ろしいまでの地獄耳スキル


しかしミシェルはジェシカのそのスキルより、話した内容の方に食いつく



「え、いや…でも…それだけじゃメルさんが…その、拓也さんの事を……好きってことは分からないんじゃ」



「甘いねミシェル。この前たっくんは城に泊まり込んでたよね?前にたっくんが居なくなった時、メルちゃんはたっくんに恋愛感情は無い的なことを言っていたけど……可能性は十分あるよ」



何故か推理するようにそう説明してくれたジェシカ。勉強もこのくらいまじめにやれと言ってやりたい



確かに一理あるジェシカの推測に、ミシェルは思わず黙り込んでしまった。



「大変ねぇミシェルちゃん。遂に恋敵が現れちゃったか~」



「だから言ったでしょミシェル、恋愛は早い者勝ちだって。ミシェルにはアプローチが足りなさすぎる!もうちょっとあざとく行こうよ!」



「ど、どうやってそんな……あ、アプローチなんてすれば!///」



流石のミシェルも危機感を感じているのか、慌ててジェシカにそう尋ねる。


ジェシカはしばらく考え込むと一つ思いついたように指をピンと立てた。



「躓いたふりしてたっくんに抱き付きながら押し倒すとか?」



「我が娘ながら名案ね!」



「そ、そんなことできるわけないじゃないですか!!///」



顔を真っ赤にしながら机を軽く叩きながらそう訴えるミシェル。



「え~でもそれぐらいしないと~!メルちゃんいいもの持ってるからねぇ…あれで迫られたらたっくんどうなるんだろう?」



自分の強調されていない胸部に両手を持って行き、手の平で持ち上げるような仕草をするジェシカ。


それが何を意味するかはミシェルにも分かる。自分の胸に視線を落とし、サイズ的な面では完全に負けていることを痛感した。



「そ、そんなこと言われても……じゃあどうすれば……」



どうすればいいか分からないといった表情で悩んでいるミシェル。


そこへジェシカママが怪しく笑い掛けた。



「なぁに…そういうことはこのおばさんに任せなさい」



ドンとたくましく胸を叩くと、テーブルの下から紫の液体が入った大瓶を取り出した。



・・・・・



「ヒィィ寒い…」




街中を小走りで進む黒髪の青年拓也。その足取りで一軒の家の玄関に立ち、ドアを軽くノックする。



「はーい!」



すると勢いよく中からドアが開け放たれた。ドアを開けてくれたジェシカは、拓也の背を押し、移動させようとする。



「ふぅ寒かった……お邪魔します」



拓也も後ろからの力を借りながらダイニングへ向かった。



暖かい空気に美味しそうな匂い。思わずよだれが出そうになった拓也だが何とか堪えて、先に来ているであろう家主を探す。



「あの…ミシェルは先に来てましたよね?どこですか?」



ダイニングテーブルの付近には居ない。拓也はなんとなくジェシカママにそう尋ねる。




「ふっふっふ…」



怪しく笑っているジェシカママ。


拓也は戸惑いながらもとりあえずコートをハンガーラックに掛けた。



「たっくん…この家に既に逃げ場は無いよ!」



母親同様、娘のジェシカも怪しく笑いながらそんなことを言う。そしてナチュラルに玄関へ繋がるドアを、その体で塞ぐ。


拓也は意味の分からない二人の言動に首を傾げる。



「逃げ場…?何のことを言っているんッだぁ!?」



すると次の瞬間、彼の背中を強い衝撃が襲った。


思わず前のめりに倒れ、額を床で強打する。そして自分の胸に回されている腕に気が付き、体を捩って正面を入れ替える。



「お帰り~たくやぁ!」



まず視界に入ったのは綺麗な銀髪。


動くたびに鼻を擽るシャンプーの良い匂い。思わず意識がベイルアウトしそうになる拓也だが、何とか堪える。


そしてようやく確認が取れた。今、自分の胸部で首を左右に振りながら頬擦りしているその人物は、まさに先程自分が探していた人物その人だった。



「み、ミシェルッ!?」



動揺から普段のヘラヘラとした態度は消え失せ、裏返った声で眼前の人物の名前を叫ぶ拓也。


ミルシー親子はその様子を腹を抱えて見守っている。



「ちょ、ちょっとどうしちゃったのよミシェル!離れなさいってばぁ!!」



「ん~…やだぁ~!たくやあったかいんだも~ん!」



「さ、寒いなら暖炉にでもあたってなさい!ね?いい子だから!」



理性の崩壊を防ぐためにオネェ口調にし、自身の精神面を女性に近いものにする拓也。しかしミシェルの攻撃は強力過ぎた。


鼻からゆっくりと流れ出す赤い液体が鼻の下、上唇、下唇へと垂れ、もう少しで顎を伝い落ちてしまう。


そこへジェシカが颯爽と現れると、拓也にあるものを手渡した。



「はいティッシュ!」



「あ、どもっす。…………っていうかこの状況をどうにかして!助けろよ!!」



「ごゆっくり~」



「ねぇ待って!お願いだからミシェルを剥がして!!」



「え?ミシェルちゃんの身ぐるみを剥がす!?やだ拓也くんったら大胆!!」



「違うからああああああああああああああ!!!!」



受け取ったティッシュで鼻血を拭きながら大絶叫する拓也。その叫びに比例するように勢いよく鼻血が吹き出し、ティッシュを真っ赤に染めた。





「まぁまぁ拓也君、とりあえずこっちに来て座りなさい。ご飯でも食べていったん落ち着きましょ?」



「いやご飯食べて落ち着ける心境じゃないんですけど!?それとジェシカさん!笑ってないで助けてってば!」



「ごめんねたっくん…私もお酒飲んでるからちょっと足元がふらついちゃって~!」




ジェシカがダメ。拓也はジェシカママに視線を送るが、わざと合わせてくれない。


孤立無援。拓也は仕方なく、纏わりつくミシェルをものともせずそのまま立ち上がった。



「わぁ~力持ち~!」



「はいはい、そりゃどーも。それと出来れば離れてくれると嬉しい」



「えへへ~、やだ!」



「………はぁ」




美少女に抱き付かれているこの状況が嬉しくないわけがない拓也。しかし素直に喜べないのもまた事実。


何故なら酔いがさめた翌日、酷い目に合うことが分かっているからだ。


以前も家ごと吹き飛ばしかねない魔法をぶっ放しかけたミシェルだ、きっと今回もマズい事になる。拓也はそう確信したのだった。



ー…今回は事前に結界でも張っとくか……ー



立ち上がったはいいが、このまま歩くとミシェルが手を離したときに怪我をしかねない。そう判断した拓也は仕方なく、離れてくれそうもないミシェルを軽く支えながらテーブルのもとまで歩く。



途中、赤髪親子の視線が痛かったが、拓也は歯を食いしばってなんとかその仕打ちに耐える。



「紳士ねぇ拓也君!」



「…そうです、私が…超紳士です」



「たっくん、いつもみたいに顔に笑みが無いよ?」



いつものようにふざけて見せる拓也だが、彼の顔からいつもの様な人をおちょくるような微笑は失せ、今現在、彼は達観したかのような顔をしていた。


ジェシカは彼にそう指摘する。


すると拓也は、まるで数千年間生きている仙人のような面持ちで口を開く。



「当たり前だ、絶対に集中を切らしてはいけないんだ。俺が紳士であるために」





達観した表情でそう言う拓也にしがみつくミシェル。


椅子に腰かけても当然離れてくれない彼女に、仕方なく隣の椅子を引きよせそこに彼女を座らせた。



「いや~、ぶどうジュースと間違えちゃってさ!こっち飲ませちゃった!」



そう言いジェシカママが取り出したのは赤ワイン。


やっぱりかと頭を抱えた拓也は、くっついて離れないミシェルを押したり、腕を解こうとし、なんとか離そうとするが、彼女が思いのほか強い力でくっついているため失敗に終わる。



「たくやぁ、なでなでして~!」



ー…クッソ!!言ってることはファー○ー人形と変わらないのになんだこの可愛さッ!!ー



頭を突き出し拓也にそう迫るミシェル。拓也は瞳孔を限界まで開きその光景を目に焼き付けながらそんなことを考える。


少し油断すれば暴走を起こしそうなジュニアを理性で何とかコントロールし、食事に手を付け始めた拓也。


しかし当然というかなんというか、味なんて感じている余裕は無かった。



「ねぇ!撫でて~!!」



ムスッと怒ったような表情で更に迫ってくるミシェル。その顔は酒が入っているためか上気している。


彼女の仕草、一挙一動に理性が崩壊しそうになる拓也だが、何とか堪えて平然を装う。


そして周りの親子の目が気になったが、目の前の彼女を鎮めるには仕方がない。そう判断した拓也は、仕方なく食事の手を止めて、彼女の綺麗な銀髪に手を置き、言われた通り大人しく撫でた。




「たくや上手だね~」



「小生、人を撫でることに関して少々自信がありまして…」



満足そうにそういうミシェルに、武士のような言葉使いで平然を装う拓也。しかし徐々にだが、表情の崩壊が始まっていた。



赤髪親子がその様子をにんまりと笑いながら見守る。




その時だった、満足そうな表情で撫でられていたミシェルが突然体を捩ったかと思うと、拓也頬に顔を近づける。



「お礼~!」



そのまま更に顔を近づけ、拓也の頬に軽くキスを落としていった。



「………………………」



無言のまま、蛇口を捻ったかのような勢いで鼻血を量の鼻の穴から流す拓也。


これには流石の拓也も来るものがあったのだろう。小刻みに震え始めると、目から耳から血を流し始める。



そして次の瞬間、ミシェルの腕の中から拓也は姿を消した。




逃げた先はリビングのソファー。日常生活ではあまり使いたくないと言っていた魔法。しかし今は緊急事態と判断したのか仕方なく瞬間移動を使い、彼女の拘束から逃れた拓也は逃げた先で更に大きく震え始め、独りでにブツブツと何やら呟く。



「いいか俺、ミシェルは今酔っ払っている。だからこんなことをするんだ、決して勘違いなどしてはいけない。何故なら後で地獄を見ることになるからだ。

流されるな俺、俺は訓練された戦士。この程度で心を乱す器ではない」



その言葉とは反対に止まらない流血。しかし床を汚さないように空間魔法で落ちる血をキャッチしているあたり流石である。



「こらぁ!たくやぁ!!どうして逃げるんでしゅか~!」



いきなり拓也が消えたことできょとんとしていたミシェルだが、リビングに彼の姿を発見するとムスッとした表情で、ふらつきながら椅子から立ち上がり、怒ったようにそう言った。




「拙者、カレーは中辛派。ちなみに作ったその日より翌日の朝火を入れた後の方が好きである。


食材に旨みが染み込むのは温度が下がっている時であり、出来立てとは実は翌日と比べると劣るということが言えるだろう」




淡々と自分の好きなカレーの状態を語り出す拓也。目的は恐らく理論的に喋ることでの理性の再構築と、それから現実逃避だろう。


しかしちゃんと効果があるのだろう。何故が血が止まりかけている。



「米が主流ではないこの国ではカレーはパンで食べる。なんとも惜しい事だろうか…あぁ米食いてぇ」





拓也がそうしている間にも、ミシェルは椅子の背もたれから手を離し、おぼつかない足取りだが拓也に接近する。


そしてあるところまで近づいたかと思うと…



「つかまえた~!」



拓也を捕まえるため、両手を大きく広げて彼のもとへ飛び込んだ。



「ッ!!これじゃあ受け止めないとミシェルが!!」



地面はカーペットが敷いてあるが、下はフローリング。つまり固い。


もし拓也がこれを回避したら、ミシェルはこの勢いのまま床に激突することになる。


彼女にけがをさせたくない拓也…つまりは受け止めるほか無い。図らずも彼女の作戦勝ちである。






…しかし拓也の頭の回転は速かった。



「っむぅ!」



次の瞬間、ミシェルが激突したのは拓也でも床でもなく…大量のクッション類。


柔らかい素材に埋まりながらそう発するミシェル。その背後で拓也が計画通りと笑みを浮かべた。



「たっくん…空間魔法なんて卑怯だよ!」



「そうだそうだー!」



「ッハ!知ったことか!!戦場ではどんな手段を取ろうが最後まで生き残っていたやつが勝者なんだよ!俺の勝ちだ!!」



ジェシカとジェシカママの罵倒をものともせず、高らかに勝利を宣言する拓也。自身は既に瞬間移動で安全圏に避難していた。


ちなみにこのクッション類。全てヴァロア家の物を空間移動で持ってきたモノである。



ミシェルはクッションの中でしばらくもがくと、拓也の方へ振り向き、何か言いたげな表情でムスッとしている。


彼女のその表情に今度は何をされるかとヒヤヒヤする拓也は、手を前に出し構え、震えながら口を開く。



「む、無駄だミシェル!何度やっても俺はクッションと入れ替わる!大人しく諦めるんだ!」



震えながらのせいで全然決まっていないが、本人は何故か言ってやったぜ!みたいなオーラを出しているのが非常に腹立たしい。



それを聞いていたミシェルは、表情を変えずに何かを訴えるように拓也の目を見つめていた。


拓也はそんな視線を受けるが、そこからは何も読み取れずにきょとんとしている。



「たくやは……私のこと嫌いなのぉ?」



すると、ミシェルが拗ねたように目に涙を浮かべながらそう言った。




思わず固まる拓也、背後に立つ赤髪親子はその光景を遠巻きに眺めながらヤジを飛ばす。



「わ~泣かした~!たっくんさいてー」



「ひっど~い!」



目の前で涙をこらえながらそんなことを言うミシェルを拓也は焦ったような表情で弁解を始めた。


忙しなく手を動かしながら言葉を探すその様から、先程の勝利宣言の時ような雰囲気は無くなっている。



「…ちょ、泣かないで……あの、いや…その……全然…嫌いとかじゃないぞ?」



「じゃあたくやは私のことどう思ってるの!?好きなのぉ!?嫌いなのぉ!?」



「えぇ…二択かいな……」



涙を溜めながら喚くように拓也に選択肢を投げかけたミシェルは、彼が答えるのを見つめながらじっと待っている。



好きか嫌いか、そう聞かれれば拓也に答えは一つしかない。


拓也の性格上、面と向かってこういうことを言うのは少々照れるのだろう。


特に何も考えていないという風を装い、視線を明後日の方向へ逸らして指で頬を掻きながらも、誠意が伝わるように彼女へ返答をした。



「……そりゃあ……好きだよ」



その答えに思い切りニヤけるジェシカ&ジェシカママ。



拓也も後ろからの視線を感じているのか照れたように頬を染め、視線を更に泳がせる。


そしてミシェルは、その答えに満足したと言わんばかりに綺麗な笑顔を浮かべ、拓也に飛びつきながら彼の胸板に頬擦りをしながら嬉しそうに口を開いた。



「私も大好だよたくやぁ!」




「やったねたっくん!相思相愛ってやつだよ!」


「遂にミシェルちゃんにも……おばさん涙が止まらないわ!」



「どうしよう……明日が怖い…あぁ、時間よ止まってくれ……」



娘同様に可愛がってきたミシェルに春が来たと涙を流すジェシカママ。


対して拓也は明日来るであろう逃れようのない恐怖を想像し、涙を流していた。





「~!…ー~!」



何やら胸の上で楽しそうにしているミシェルだが、拓也はそれどころではない。彼は明日首が繋がっているかすら分からないのだ。



ー…あー、なんかミシェル猫みたいだな~…-



そして最早あきらめもついて来たのか一周回ってそんなことを考え始める。




「いい匂いがする~!なんか落ち着く匂いだねぇ…」



「もう……なんとでもしてください…」



拓也の匂いを嗅いでそう言い、そのまま胸の上でコテンと頭を下ろすと、彼女は静かに寝息を立て始める。



ようやく過ぎ去った災厄だが、彼女は一つの問題を残していった。そう、色々と…当たるのである。



ー…これはッ!!……ッいかん!理性を保てここで下手な真似をすれば今まで築き上げてきた俺の信頼が…失われてしまう!…ー



彼女の柔らかい体を、密着する部分が感じ取ってしまい、いい匂いが共に視床下部を刺激する。




「ミシェルちゃん寝ちゃったわねぇ…」



「たっくん…今日はうちに泊まっていきなよ……生憎空き部屋は一つしかないけどさぁ」




計画通りと言わんばかりにニヤリと怪しく笑うこの親子は、拓也とミシェルの姿をフィルムに収めながらそう提案した。



空き部屋は一つしかないということは、泊まっていくと言ってしまえばきっとそこにミシェルと共に押し込められる。そんなことはすぐに理解した拓也は、必死に首を横に振って抗議する。


声を出さないのはミシェルへの配慮だろうか?




「無言は肯定ととらせてもらうよ!じゃあお母さん!早速準備だよ!」



「分かったわ!任せといて!!」




ー…クッソどうする!?言葉で抗議する……いやダメだ…この親子がもう止まるとは到底思えない…



…ならば……やりたくは無かったけど…これしかない!ー




「あ!たっくんが逃げた!!」



「ッ!?……あぁ…やられた、空間魔法ね…」



クッションと共に忽然と姿を消した拓也とミシェル。


ジェシカが逃げられたことに気が付きそういうがもう遅い。二人は空間移動を使用し、家へと帰ってしまった。





・・・・・



柔らかいベッドの感触。拓也はミシェルへの負荷を最小限に抑えながらそこへ沈み込む。


時間も時間なだけあって真っ暗な部屋の中で、拓也は息を切らしながらポツリと呟く。



「っうぅ……なんとか逃げられたな……後は…」



自分の胸に顔を埋めて寝息を立てるミシェルに視線を落とす拓也。


これからの計画を頭の中で組み立てて、最適だと思うものを一つ選出した。



「ウィスパー」



「お呼びでしょうか、マスター」



光の属性神らしくとんでもない速さで現れてくれたウィスパー。


魔力を供給されたことによって元の姿に戻った彼。その顔は仮面で隠されており、何を考えているのかが全く分からない。拓也はそんな彼に対して、慌てて弁解を始める。



「この状態…別にそういうことじゃないからね?ホントだから引かないでください…」



「何を仰いますマスター。いずれにしても私が後に仕える御世継ぎは作っていただかないと困ります」



「…だめだ…この状況じゃ話は通じないか…」



ー…それにしてもコイツ俺の子孫にまで使える気かよ…なんという忠誠心だ……ー



ベッドの前で直立するウィスパーのその発言は、ただの冗談なのか、それとも本気と書いてマジなのか、仮面のせいで全く分からない。


とりあえず拓也は呼んだ要件を彼に伝えることにした。




「とりあえず…ミシェルまだ風呂入ってないと思うから、光の浄化の特性使ってキレイキレイしといて下さい」



別にミシェルが臭うという訳ではないが、外出した後ということで衛生的に良くないと判断した拓也は彼にそう命じた。


『仰せのままに』ウィスパーはそう一言だけ言うと、手際よく作業を始める。


白く柔らかな光が、ミシェルと拓也の体を包む。



「…ん?俺は別にいいぞ、今から風呂入るから」



「……ついでです」



「そうか、さんきゅ~」



ー…さて…ミシェルを今起こすわけにもいかないから作業が完了してから空間移動で飛ぶかね…ー



ウィスパーの手際の良さもあって、作業はすぐに終わった。手を離すと柔らかな白い光が消え、顔色一つ変えないまま口を開く。



「終わりました、マスター」



「ありがとう、それと寒いし出来れば布団掛けてもらえる?」



「お安いご用です」



拓也のその言葉に従い、二人の足元に畳まれている掛布団を丁寧に掛ける。



「他に何かご用は御座いますか?」



「いいや、助かったよ。もう大丈夫だありがとう」



「では私はこれで失礼します」



ウィスパーはそう残すと、一瞬淡い光となりその姿を消した。



残された拓也は、どうするべきか頭を回す。しかし様々な感触や匂いが思考の邪魔をして中々上手くいかない。


それでも何とか自らの中の雑念を消しながら策を練る。



「っと…俺がこの状態で消えると…ミシェル手首捻りそうだな、ちょっと移動してっと…よし。これで大丈夫だろ」



万全な体勢を作り、ミシェルの首を枕に置き安定させると、拓也は魔力を練り上げる。


そして無詠唱で瞬間移動を発動し、自分の部屋へと移動した。




「はぁ……色々と…大変だった」



部屋に戻った拓也は、徹夜明けのサラリーマンの様な動作で来ていた制服を脱ぐ。



「ってウィスパー…服もやってくれてる……しかも滅菌してんじゃんすげぇ」



自分の使い魔の有能っぷりに感心しながら、脱いだ制服をハンガーラックに掛ける。



濃紺のジーンズに、冬という季節もあって長袖の白Tシャツちなみに厚手。しかも何故か前面にはでかでかと『飛び込み禁止』と書かれた謎センスの服だ。



着替え終わった拓也はなんとなくベッドに仰向けで倒れてみる。時刻は8時を少し回ったあたり。



「風呂に入って……それでもまだ寝るには早い時間だな」



誰に話すでもなくポツリとそんなことを言っていると、突然脳内に聞きなれた声が響いた。



『疲れてるみたいだな、拓也』



声の主はジョニー。



「いきなり話しかけんなよ、ビックリすんだろうが」





『でももう慣れたろ?というかたまには俺のこと手入れしろや、砥げ』



「はいはいまた今度な」



適当に会話を終わらせるがジョニーはまだブツブツと言っている。


拓也はそれを無視して風呂に入るために部屋のドアを開け、廊下へ出た。


肌を鋭く刺すような寒さに両腕を抱き、薄暗い廊下を歩く。



隣のミシェルの部屋を通り過ぎようとその時、『ゴト』という物音が彼女の部屋から聞こえた。



「……」



この扉を開ければ、そこにはようやく寝付いて大人しくなったであろうミシェルが居るはず。


もしドアを開けた物音と差し込む照明の光で起こしてしまうのは悪い、そう考えた拓也は物音の正体を適当に本でも落ちたのだろうと解釈し、確認せずに通り過ぎようとしたのだった。




しかしその刹那、彼女の部屋のドアが内側から開かれる。




「うぅん…たくやぁ…どこ~?」



部屋の中から現れたのは眠そうな目を擦るミシェル。


酔いは当然まだ冷めていない。その証拠に頬がほんのり赤く染まっている。



ミシェルは目を擦っていた手を口に持って行き、大きな欠伸を隠すように手を広げた。


そしてそれが済むと、サファイアのような蒼い瞳に拓也の姿を映し、不安そうな表情を消し去ると、続いていつもの落ち着いたものとは違う無邪気な笑顔を浮かべて拓也の腕を右の手でしっかりと掴む。




「見つけたぁ!いきなり居なくなったら…めっ!だからね?」



残った左手の人差し指を拓也に突き付けると、可愛らしく怒りながら彼をそう叱った。



すると右の手に込める力を強め、拓也を部屋に招こうとし始めたミシェル。


拓也は慌てて抵抗し、口を開く。



「あ、あのミシェル様…つかぬ事をお伺いしますが私をどこへお連れになるおつもりでしょうか?」




その質問に、ミシェルは振り向かず、力は緩めないまま当たり前のことを言う様に言い放つ。



「今日は寒いから一緒に寝るの!絶対に一緒に寝るのぉ!」






結構前にも同じようなことがあったと拓也は懐かしげに思い出す。しかしそんなことを考えている場合ではない。



「ダメだ!言っておくが俺も健全な男だぞ!何かあってからじゃ遅いんだ!!」



「私がいいって言ってるんだからいいのぉ!たくやは私の事好きなんでしょ?」



「…っぐ…適切な意味でな」



そう会話している間にもズルズルと部屋の中へ引きずり込まれ、次第に廊下は遠くなる。


ある程度ベッドに近づくと、ミシェルは拓也の手を伝う様に近寄り、彼に抱き付きベッドに勢いよく倒れ込んだ。



「ならいいじゃないでしゅか!私もたくやの事だぁい好きなんでしゅから!!」



「なんでだ…これから朝まで俺は我慢するしかないと言うのか……」



拓也の胸板に縋り付くようにピタリと密着し、強めの口調でそういうミシェル。



言っておくが拓也は美少女にベッドに連れ込まれるという状況が嫌いなわけではない。


というか本人は無茶苦茶興奮しているが、それを表に出すことは許されない。

何故なら翌朝、彼女からアルコールが抜けた後が大変だからだ。


ミシェルは覚えているタイプ。もしここで拓也が粗相をやらかそうものなら後の二人の信頼関係は絶望的なものとなるだろう。


そういうこともあって言動はおろか、拓也は生理現象であるテントを張るということすら出来ない状況に置かれているのだ。




ー…何故かミシェルはさっき俺が離れたことに気が付いた……ということはミシェルが熟睡していないこの状況で、空間移動して抜け出すのはマズい……


ならば今は耐えるしかない…天界で教わった知識と技術、今こそ発揮するとき!


テストステロンの分泌を制限…落ち着け俺…そう、クールに行こうじゃないか。ー



こうして拓也はミシェルが深い眠りに落ちるまでの間、耐えることを決意した。



・・・・・



「…ぅん」



カーテンの隙間から差し込む太陽の光、ミシェルの眉毛がピクリと動き、閉じられていた口からそんな音を漏らす。


徐々に覚醒しはじめる意識。小鳥のさえずりが寝起きの彼女の耳に届く。



「…ここは……ベッド…寒い」



まだ完全には頭が目覚めていないのか、毛布に包まりながら自分の置かれている状況を確認するミシェル。


中にこもった熱が暖かく、晒されている顔に触れる外気の冷え込みもあって彼女はベッドから起き上がることを無意識のうちに拒否し、目をぎゅっと瞑りながら体を縮こまらせた。



それから状況整理を始める。昨日の記憶を脳から探し出し始めた彼女は一つ一つ要点を口に出しながら数える。



「確か昨日は……ジェシカの家でご飯を食べて………それで……」



そして思い出してしまった。昨日自分がどんな状態で、何をしたのかを。…全て。



「(……嘘……夢…ですよね?)」



赤くなるのを通り越し、青ざめて行くミシェル。



昨日自分が行った、自らの想い人へのありとあらゆる言動の数々。


最早嘘、夢。そんな言葉を並べて現実逃避を始めるしかなかった。



それでも自分が荒ぶったとすれば、理由は既に分かっている。


昨日の記憶の中にあった一つの断片。



『大丈夫、ちょっと高いぶどうジュースだから』



「(アレはやっぱり……お酒……あぁ…そんな…)」



ジェシカママが取り出した紫色の液体。美味しかったため何杯か呑んでしまったそれはやはりぶどう酒だったのだとミシェルはようやく気が付いた。



しかし悲劇はまだ終わらない。



「ッ!!」



ミシェルはもう一つ気が付く。

もしこの記憶が夢などというものではないとすれば、目を開けるだけで一つ確認できることがあるいうことに。



そのあまりにも大胆すぎた自身の行動をミシェルは、夢でありますように…そう心の中で懇願してから大きく目を開いた。



「オハヨウ」





鼓膜を揺らす聞きなれた男の声。


慌てて顔を上げるミシェル。すると、蒼い瞳に映るのは、見慣れた男の顔。


しかしいつもの様な表情はその顔には浮かんでおらず、代わりに口を真一文字に閉じ、いつもより目を大きく開いている拓也。


目の下にはクッキリと深い隈が出来ており、寝不足ということをうかがわせる。



「…ぁ………ぁ…ぁぁあ!!///」



今ミシェルは、彼の胸に縋り付くような体勢でベッドに入っている。


顔と顔はもう少しで鼻の先がくっつく程近くまで近づき、体の前面はピッタリと彼の体にくっつき、ベッドの中の温もりを共有していた。


彼女は先程とは打って変わり、現状を認識したからか急速に顔を煙が出そうなほど真っ赤に染め、小刻みに震えはじめる。



拓也は今にも顔から噴火しそうなミシェルにニコリと紳士的に笑い掛け、優しく丁寧に口を開く。



「安心してください。僕は昨晩、自分からあなたに一度も触れなかったから」



拓也のこの説明だと、逆はあったということになる。


それに気づいたミシェルは更に大きく震え、少しだけ涙を浮かべた。



「ご、ごめんなさい!…あぁ……私…!その……あぁぁ!」



謝罪しながら取り乱し、頭を抱えて呻くようにガクリと俯く…しかし目の前に寝ているのは拓也。


結果としてミシェルは再び拓也の胸板に突っ込むことになった。



「違うんです!わ、ワザとじゃ……」



またもや盛大に取り乱し、ようやく拓也とくっついているということに違和感を感じた彼女は少し距離を取って閉口して何を言えばいいか考え始めた。


すると拓也は慌てる様子も無く、焦る彼女を手で制す。



「いや、いいんだ。とにかくまだ落ち着いていないみたいだから下でゆっくり話そう。


体調が優れないならもう少し休んでから下りておいで」



そう言うと拓也はベッドから下りて廊下へ続くドアから出て行った。






・・・・・


椅子に腰かけるミシェル。拓也は慣れた手つきで紅茶を入れていた。


時刻は朝の8時ごろ、にこにこしている拓也とは対照的にミシェルは落ち着かない表情で目を左右に泳がせながら俯いている。



「紅茶に入れる砂糖は一つでよかったよね?」



「ッ!ひゃい!」



「ハハハ、何をそんなに驚いているんだい?」



普段の拓也からは見ることのできない紳士的態度に思わず驚き返事をしたミシェル。

拓也はまたもや普段ではありえないほど紳士的に微笑んだ。


そんなことをしながら紅茶を2つのカップに注いだ拓也はそのうち一つをミシェルの前に差し出す。



「新しい茶葉を使って淹れたんだ、きっと美味しいと思うよ」



「あ、あの…拓也さん………本当にごめんなさい」



ミシェルは差し出された紅茶には手を出さず、テーブルに額が付きそうになるほど深々と拓也に頭を下げた。


その顔は自分のしでかした行動からの反省した表情と、その行動の内容から羞恥に染まる。



「………………………」



彼女の反省の言葉と態度を対面の席でにこにこしながら静かに聞いていた拓也は、無言のまま動かない。


しばらくそんな空間が続き、ミシェルは後悔の念から目を瞑るが、自分の犯した事は消えない。


自分自身それは分かっている彼女は然るべき罰を受けようという覚悟でいた。




そんな空間の中で無言の2人、遂に拓也がその沈黙を破る。




「いや~マジで生殺しだったぞミシェル」



突然元に戻った喋りかたに思わず顔を上げて拓也の顔を見つめてしまうミシェル。


拓也は彼女の疑問を読み取ったようにいつものようなニヤけを張りつけながら口を開いた。




「あぁさっきまでの俺の態度のことね、ミシェルが起きた時にどんな反応されるか分かんなくって怖くなったから咄嗟に脳内でいろんなとこ操作して取り乱さないようにしてたんだ」






「…ごめんなさい…お酒が入って羽目を外しすぎました……これからはお酒は飲みません」



脳内…操作、ミシェルにとっては非常に気になる話題だったが、彼女は先にそう謝罪し改善策を提示した。



極端すぎるその案に拓也は苦笑いを零す。



「別にそこまで縛らなくていいぜ、飲みたいときは飲めばいい。ただ自分の許容量を超えないようにな。


酒は飲んでも呑まれるなだぜ」



「は、はい。以後自重します」



ミシェルは拓也の言葉に反省した表情で首を縦に振った。



拓也も緊張が解けたというように背もたれに片腕を掛け、もう一本でカップを口元に運び、紅茶を一口啜る。


するとミシェルに向けて冗談に忠告を交えて飛ばす。



「でも気を付けろよ?ヘタレ道免許皆伝の俺だからよかったものの…普通の健全な男ならあの状況だったら確実に襲われてるからな?」



ケタケタと笑う拓也をよそに、ミシェルは収まったはずの頬の火照りがぶり返していた。



そのまま静かに俯き、ボソッと…本当に小さく、自分以外の聞こえないように呟く。



「…拓也さんじゃなきゃ…あんなことしません……」



「ん?俺がどうしたって?」



しかし拓也はそんな小さな音も拾っていたようだ。


断片的ではあるが聞こえていた彼女の声に、自分の名前が入っていたことでその話題に食いつく。



ミシェルは口に出してしまったことをくやみながらも、拓也の前ということで取り乱さないよう取り繕う。



「な、何でもないですよ………それより…お得意の空間魔法を使えば抜け出せたんじゃないですか?」



「…あぁ、覚えてないんだな…何回かそれで抜け出したんだけど、ミシェル部屋から出てきて俺の事探しに来るんだもん。


1回目は俺の部屋、2回目はリビング」



「……すみません…多分寝ぼけてて記憶が…」



顔を逸らし、そんなことをしていたのかと驚愕したミシェルはまた熱を帯び始める頬を隠し、拓也にそう返す。


幸いなことに拓也はそれに気が付かず続けた。



「それにミシェル2回目俺探しに来た時階段で足滑らせて頭から真っ逆さまに落ちるし」



「……え、でも…怪我してないですね…………ありがとうございます」



「…何故俺だと思う」



「リビングに居て姿が見えないはずなのに、私が地面に落ちる前に気がついて助けてくれる人は他に思い当たりません」




「……まぁそういう訳でもう逃げるわけにもいかなくなったんだよ、目を離して怪我したら大変だからな」



ヘラヘラとしながら結局朝までベッドに居た経緯を語った拓也は、眠たそうに一つ欠伸をして見せた。



「ごめんなさい、私のせいで寝てないんですよね…」



「ん~まぁ気にすんな。たかが一晩起きてただけだし」



そんな彼の仕草から、ミシェルは眠れない原因を作り出してしまったことに申し訳なく思い、また謝罪の言葉を口にするが、拓也は全く気にしていないといった様子でそう言う。


このあたりでようやく落ち着きを取り戻し、いつも通りに近い会話が出来るようになったミシェルは、先程疑問に思ったことを尋ねてみることにした。



「そういえばさっき脳で操作を…って言ってましたよね?そんなこと可能なんですか?」



先程拓也が口にした脳で色々な所を操作というワード。


それについて知りたくなったミシェルはそう口にする。




「…う~ん、説明が難しいんだけど…簡単に言うと肉体を完全に自分の制御下に置くことかね。


普通…そうだな、例えば手を動かす時は感覚器官、感覚神経、脊髄、脳、脊髄、運動神経、運動器官。この順に通る、んでこれは脳を介して筋肉に信号を送ってる。


だが緊急性の高いもの。例えば熱いものを触った時に無意識に手を引っ込めるよな?この時は感覚器官、感覚神経、脊髄、運動神経、運動器官の順。これは脳を介さずに筋肉へ信号を伝達する。

何故なら一刻も早く手を引っ込めないと火傷の恐れがあったりするからだ。

これを反射と言う。



で、俺は頑張った結果、肉体の全てのコントロールを脳の制御下に置くことに成功した。


反射を無くすこともできるし、ホルモンの分泌まで自由自在だぜ」




ミシェルには分からない単語がたくさん出てきたが、拓也がいつの間にか取り出していた模型と分かりやすい解説付きの図のおかげで何とか理解に追いつく。


そして理解と同時に一つの疑問が頭に浮かんだ。




「でも…反射を無くしたら危ないんじゃないですか?」



彼女の疑問は反射についてのことだった。その意見は通常の考えを持つ者なら当然。


反射を捨てるということは、人間が生きる過程で身に付けた術を捨ててしまう退化としか考えられない。



「確かにその意見は一理ある。だがデメリットばっかりじゃないんだなぁこれが。


例えば瞳孔の開閉、明るいところでは瞳孔は小さく閉じ、暗い場所では大きく開く。

これは瞳に入る光の量を調整するための機能で反射の一種。


…例えば相手の光魔法…『フラッシュ』とかの目くらまし攻撃の際に瞳孔を小さく閉じておけば、光はそんなに入ってこない。だから目が眩んで見えてないと思っている相手にカウンターを打ち込める。


それから目に向かって物が飛んで来た時に目を閉じる。これも反射の一種。


これも例えば、相手の攻撃を限界まで見て動くことが出来たら、戦いを有利に運べると思わないか?」



新たに取り出した図や模型を駆使して説明している拓也に、準備がいいなぁと思わず感心してしまうミシェル。


同時にあまりに人間離れしている彼の技術に感心したり呆れたりするのに忙しい。



「そんな離れ業拓也さんにしかできないでしょう」



「まぁそんな簡単にやってもらっても困るわ、俺だってこれ身に付けるのに物凄い時間かかったし。


でも便利だぜ、これ。反射の消去だけじゃなくて他にもまだまだ使えるから。





…というか喋ってて思ったけど戦闘の事でしか例えてないな俺……分かりにくかった?」



やっちまったという表情でミシェルに感想を聞く拓也。



そんな彼に彼女は優しく笑い掛けて一言。



「いえ、とても分かりやすい説明でしたよ」



「それは良かった」



ケタケタと愉快そうに笑う拓也。ミシェルはいい具合に冷めてきた紅茶で喉を潤した。




紅茶を喉に送りながら、色々やってしまったことを思い出す。



抱き付いたり、頬にキスまでしてしまったり。


自分の想いが彼に気が付かれていないだろうか?と心配するミシェル。


思い出すその過程で、あることを思い出し、顔を真っ赤に染めた。



「あ、あの…拓也さん……私昨日…お風呂に……入ってなかったともうんですけど………その…変なにおいとか…しませんでした?」



「ん?あぁ、別に良い匂いしかしなかったぞ。それにウィスパーが魔法で浄化してくれたから風呂入ってなくても綺麗なはずだ」



「そ、そうですか……よかった」



年頃の女の子なら誰しもが敏感になるであろう体臭。ミシェルも例外ではない。


それに一晩同じベッドで寝ていて、もし変なにおいがしていたら…と不安になった彼女だったが、ちゃんとそこまで手を回してくれていたことを知り、安心と同時に感謝する。



「というかミシェル何であんないい匂いするの?」



「し、知りませんよ…」



拓也にそう言われ、褒められているようにとるミシェルは少しだけ恥ずかしそうにそう返す。


その恥ずかしさを紛らわすために紅茶のカップを一気に傾け、中身を全て飲み干すと何を血迷ったか普段では絶対に口にしないような事をもらした。



「それに…拓也さんも良い匂いしますよ。なんか…こう、柔軟剤の香りとは別なんですけど…落ち着く匂いがします」



「え、あぁ…どもっす。………ミシェルって匂いフェチ?」



「…っな!ち、違いますよ!ただ単純にそう思っただけです」



何故か素直に褒められているような気がしない拓也はそんなことを言ってみると、ミシェルは彼の前というのにも関わらず少し赤くなりそう抗議する。



拓也は取り乱すミシェルの姿を見て満足げにニヤつき、紅茶を啜っている。



もういつもとほぼ変わらない光景だ。




「あ、ごめんちょっと出てくる」



「…?はい、でもどこへ行くんですか?」



「なに、すぐ戻る」



突然有無を言わさない言い方で拓也はそう言い残すと、突然小走りで玄関に向かい外へ出て行く。


ミシェルは思わず後を追うが、玄関に着いた時にはそこにはすでに彼の姿は無かった。



しかしまだ近くに居るはずだ。そう考え後を追おうとするが



『コンコン』



このタイミングでドアが誰かにノックされた。



ドアの一部のスモークが掛かったガラスの部分から赤い色が見える。


ミシェルは早く拓也を追いたいと思っていたが、来客なら仕方ない、とドアを開く。



「はい」



「メリークリスマス」



ドアを開けた先に立っていたのは、白い髭を蓄えた赤い服の男。


背には白い大きな袋抱えたソイツは、先端に白い毛玉の付いた帽子をかぶり玄関に堂々と立っていた。



「何やってるんですか拓也さん」



「ホッホッホ…サンタさんじゃよ」



「サンタ?……あぁ、拓也さんが言っていた大罪人ですね。今衛兵を呼ぶので待っていてください」



「まってまってやっぱり拓也さん、俺ってばサンタさんじゃなくて拓也さんだから衛兵はやめて」



しかしそんな彼の変装もミシェルにはすぐに見破られる。



おまけに自分の与えた情報が悪い方向に繋がり、危うく衛兵を呼ばれかけるという事態にすら陥る。なんと不運なことだろうか。



「それで何のつもりですか?」



「いや、俺が前に居た世界では今日クリスマスだからミシェルとはしゃごうと思って……ほら、プレゼントもあるよ」



そう言って拓也が袋から取り出したのは、赤いリボンが可愛らしい白い箱。



ミシェルは彼の準備の良さと嫌いと言っていたイベントに便乗しているということに思わず笑ってしまう。



「拓也さんって結構イベント好きですよね」



口元を手で隠しクスクスと上品に笑う彼女に、拓也はいつもの様な笑顔で返し、リボンを解き始める。


すると包装が解けた途端中からばね仕掛けの人形が驚かすような表情でミシェルの目の前へ勢いよく飛び出した。



「うん、こうやって人を驚かすのは大好きだったりする」



「ホント…いい性格してますね」



少し驚きながらそう言うミシェルに、満足そうにニコッと笑う拓也。



そんな感じで今日も二人の時間は流れる。


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