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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第一部
16/52

剣帝のお仕事




いつものように王城で行われる集会。


長机に備え付けられた椅子に一列で腰を掛けている王と帝達。それと会議室のかべぎわに立っている大臣たち。


その光景はいつもと変わらず、風帝が眠りこけ、地帝が甘いものを頬張り、雷帝がめんどくさそうに背もたれにもたれ掛ってクルクルと回転し、炎帝が酔いの回った様子ではしゃいでいる。



比較的静かにしているのは水帝、光帝、闇帝、剣帝。


しかし剣帝こと、拓也は今日の晩御飯何かな?などといった場違い極まりないことを考えているのだった。


故に真面目に会議に参加しているのは王を含めた実質4人だけだろう。



「このような事は間違っています!」



その場に響く声。その声は、王でも帝でもない。



察しの良い人達なら既に何かに感付いているかもしれない。


そう、いつもなら円卓の会議室で行われる会議だが、今使われているのはその部屋ではない別の場所。


それにいつもなら自由奔放なメンバーに水帝がブチギレる筈なのだが、それも無い。



おまけに一直線に並び座っている王と帝。そしてその前の前には大勢の紳士淑女の皆様。



つまり……



「何故王国の外まで行く必要があるのです!?」



うるさく喚く紳士っぽい服装の貴族。


彼と同じような考えを持った者が大勢、王と帝の目の前に居るのだ。



簡単に言えば、記者会見のようなものである。



事の発端は、3日前にさかのぼる。



・・・・・



「ということで、これからエルサイド学園の生徒には、校外学習へ行ってもらうことになった」



緊急招集された帝達の前でそう告げる王。


帝の誰しもが、いきなりとなんだといった視線を王へ向ける。しかし本人は何故か得意げな顔をしているのだった。



「だけど一つ問題があるんだよねぇ」



・・・・・




その問題。


そう、王はこの王都から出て、更には友好国である隣国まで行かせ、学ばせると突如言い出したのだ。


しかし貴族連中の親がそんな危険な真似を黙ってみているわけも無く、こういった場を設けたのである。





「知識を与えたいのならば書物で十分でしょう!?わざわざ当でさせる必要など…」



一人の男の王への抗議を筆頭に、所々で共感の声が上がり、同時に王を卑下する声も聞こえ始めた。


帝達はめんどくさそうに各自自由な行動を続ける。遂には拓也も、ゲートからナイフを数本取り出しジャグリングし始める。


王が助けてという視線を帝達へ向けるが、めんどくさいのか誰も口を開くことは無かった。



「僕は…出来るだけいろんなものを彼らに見て欲しい。確かに知識だけなら書物だけで十分かもしれない。けど…


そこで見て知った経験は、これからの子どもたちの人生で掛け替えの無い物になると…僕は思うんだ」



王のその反論に、一時は黙る貴族(親)たち。



「ちゃんと護衛もつける。選りすぐりの騎士達を同行させるつもりだよ」



「…そ、その選りすぐりの騎士とやらで3年生の全生徒を護り切れるのですか!?そんなわけはないでしょう!!」



「…」



確かに親たちの言うことには一理ある。


全生徒が同時に行動する場面もあるだろうが、この王の事だ。きっと友好国王都の中での数人に分けた自由行動でも計画はしている。


黙りこくる王。それは痛いところを突かれたための無言なのだろう。



「じゃあ俺が行くよ」



その時、見かねた拓也が遂に助けを出した。


ジャグリングを続けたままそう喋る拓也に、すぐさま親たちは食いついた。



「いくら帝の剣帝でも300人前後いる全生徒を護れるものか!!それならまだ騎士たちを同行させた方がマシだろうッ!」



自然と口調が強くなるその理由は、拓也が未だにふざけた態度をとりながら喋っているということからなのだろう。


余談だが、最近正体がバレることが多くなってきた拓也。


そのためか、もう紳士な剣帝を演じる必要も無いかと感じてきているのだった。






「いや、騎士たちを複数連れてくより俺一人の方がよっぽどいいぜ」



「な、何を根拠に言っているッ!!」



口角を釣り上げながらできると言う拓也に、保護者は若干怒りを表面に出しながらそう言った。



「出来るよ、例えばッ!」



すると拓也は何を考えたのか、ジャグリングしていたナイフを7本全て、適当な保護者に向けて思い切り投げた。



「ッヒィ!」



迫りくるナイフに怯え、腕で顔を隠す保護者数名。


その刹那、拓也がイスから姿を消した。



「こんな感じで俺は空間魔法でいつでもどこへでも飛べる。おまけに事前に生徒に目印でも付けとけばもっと速く飛べる。300人程度護るくらい造作もないわ」



身体のどこにも痛みがないことに気が付いた保護者たち。恐る恐る目を開けると、長机の前に立ち、投擲したはずのナイフ7本を持つ剣帝の姿が目に入った。



「い、今の一瞬で!?バカな!」



「なんならナイフ増やしてもう一回…」



「いや!もういい!!」



拓也は残念そうにナイフをゲートに落とし、椅子に座りなおす。


隣の王が『いいのかい?』と耳打ちしてくるが、拓也は一度決めたことは絶対にやり通す。


故に首を縦に振った。



「それじゃあ護衛は剣帝にお願いすることにする。


何か他に意見のある者はいるかい?」



「…………ありません」



一瞬反論しようとした保護者だったが、王の隣でナイフを取り出した拓也の姿を見て、その声を押し殺したのだった。



こうして王立学園『エルサイド学園』の校外学習は行われることとなった。



・・・・・



『あっ、あぁ~。え~。この度皆さんと共に『ミーリタリア王国』へ同行します。剣帝です』



11月中旬。満を持して遂にエルサイド学園、3年生の校外学習が行われる。


話し合いの結果、3泊4日の旅となった。隣国といっても移動に半日は使うため、滞在期間は少し長めに設定しているのだ。



『私の使命は皆さんの護衛。私がいつでも皆さんのもとへ駆けつけられるように、ちょっとした術式を組み込みます。


では一人ずつ前に出てきてください』



拓也はそこまで言うと、音魔法の拡声を切り、台から降りる。


一列に並ぶ生徒たちの手の甲をなぞる様にして空間魔法の術式を組み込んで行った。



それが終わると今度は長ったらしい学園長のお話…かと思いきや、案外学園長の話はすぐに終わった。



他に同行する教員達が生徒たちに点呼をとり、それが終わると拓也に視線を送った。



『じゃあ出発します。移動は船ですので、とりあえずそこまでは空間魔法で移動します』



空間魔法と聞き、騒がしくなる生徒たち。


拓也は、気にせず魔法を発動した。



次の瞬間、移り変わる視界。生徒たちのテンションもMAXに突入している。


周りをよく見渡せば、既にそこは船着き場。



魔法の力とは偉大である。



「な、何だあのバカでかい船は」


そこで一人の生徒がようやく気が付いたのか、一際大きな声を上げる。


彼の指差す先には、少し…いや、他の船と比べ物にならないほどバカでかい船が一隻。


他の船も貿易に使われたりするほど大きい物なのだが、それよりも大きい。


そんなものが悠然と船着き場に鎮座していた。


果たしてあの大きさ。その重量で船底が海底に届かないかが心配である。



実はこの戦艦じみた巨船。拓也がこのためにと、王に言い、自ら制作したものだ。


多数の帆が付いているその船は、まさに中世~近世ヨーロッパの戦艦といった風貌である。


見た目はただの武装を取り除いた戦艦だが、鬼灯印のこの船には様々な技術が盛り込まれている。



「じゃあとっとと乗っちゃってください。出港します」



拓也のその指示に従い、生徒がゾロゾロと船に乗り込んでゆく。


まずこの船、3年生全員と、教員。そして船を動かす乗組員。400名余りが乗り込めるほど定員が多い。


無駄なく洗礼されたこの船のフォルムがそれを可能にしているのだ。



全員が乗り込んだことを確認すると、船乗りの大男が、大声で掛け声をかける。



「よぉぉしッ!!碇を上げろ!出港だッ!!」



・・・・・



沖へ出て、しばらく経つ。


潮風が頬を撫で、後頭部の方を回って抜けて行く。


拓也は船首の方でジョニーを腰に差し、腕を組んで立っていた。。



ー…ていうか視線がやばいんだけど…ー



後ろから感じる多数の視線。それもそうだ。強いと言うことが大好きなこの年頃の生徒らの前に、王国最強と言われる帝がいるのだ。


少しでも話がしたいに違いない。


だが緊張して近づけない。



そんな気持ちを組んだのか、拓也は後ろを振り返り、柱などに隠れる生徒たちに向けて口を開いた。



「暇つぶしにトランプでもしようぜ」



・・・・・



「フハハハハハ!!この私にスピードで勝とうなど…100年早いわッ!!」



「な、なんだ!?早すぎてカード出す暇もない!」



優しく声をかけ、生徒たちとトランプをすることになった拓也。


生徒が選んだゲームは何故かスピード。


拓也は、鍛え抜かれた能力を全て生かし、挑んできた生徒を完膚なきま

でに叩きのめしている最中だ。


すぐさまカードを捌き終え、自分が出せるカードがなくなると、ありとあらゆる手段を使って煽ってくる。


なんと大人げないことだろうか。




その後あっという間に手札をなくした拓也は、余裕そうにトランプを切りながら笑っている。



「私達は負けないわ!大富豪で勝負よ!」



今度は女子生徒3人が、拓也を取り囲む。


その挑戦に拓也は怪しく笑うと、ドン、とカードをテーブルに叩きつけた。



「クックック…望むところだッ!」



~数分後~



「なんなの?…未来予知と透視でも使っているというの?」



「甘い、プロならば50手先まで読んでいるものだ」



敗北を期した女生徒たち。ガックリと膝を折って項垂れる。


というか50手先まで読むプロなんて怖すぎるだろと周りの生徒が思ったのは言うまでもない。



その後も賑やかに生徒たちと色々なゲームをした拓也。当初あった生徒たちとの間に会った壁などは、既になくなっているのだった。


気が付けば既に昼過ぎになっている。拓也は樽にから腰を上げ、伸びをしながら歩みを進める。



「お腹空いたなぁ~そろそろお昼だろ、多分」



「乗組員の方々が用意してるみたいですよ、昼食」



「マジか!ラッキー!今日弁当作ってくるの忘れてたんだよね~」



帝としての覇気もクソも無いその態度に、周りの生徒たちもこころを許したように微笑む。



皆も昼食を取るべく、拓也に続いて歩き始めた…次の瞬間。



「ッうわぁ!」


「な、なんだなんだ!?」



ザバァッ!というものすごい音と共に、船が少し種れる。この巨大な船が揺れるということは、その辺の船なら沈む程の衝撃。


生徒たちが悲鳴などを上げる中、拓也はこの騒動を起こした張本人の方へ振り向いた。



「魔物だァァッ!魔物が出たぞオオオオオッ!!!」



船乗り達の掛け声で、ようやく生徒たちも何が起こったのか把握したようだ。


水面から顔を出す巨大な化け物を指差したり、見て叫んだりしている。





「おいおい随分とデカいな、うなぎ?」



「魔物ですぜ剣帝殿!とっととぶっ倒して……」



お惚けてそう笑っている拓也に、乗組員が慌てて駆け寄ってくる。


しかし、言い終わる前に拓也はその場から姿を消した。



消えた剣帝を探すようにあちこちを見回す生徒と乗組員。


その思考も、けたたましい魔物の叫び声で掻き消されることになった。



『グオオオオオオォォォォッ!!…オォ……ォ』



威勢よく叫んだウナギのような魔物は、次第にその声を小さくして行く。



「あ、あそこだッ!」



一人の男子生徒が指を指すその先、ウナギの額の前に拓也は居た。


その発見と同時に、魔物の身体の縦一直線から勢いよく血が噴き出る。



「今の一瞬で……?なんて強さなの……」



先程まで一緒に遊んで、ヘラヘラしていた者とは思えないほどの戦闘力に、女子生徒が思わずそう呟く。


魔物はそのまま勢いよく血を噴出しながら、身体が二つに裂け大きな音と水飛沫と上げて海へ沈んで行ってしまうのだった。



「おっと波が…」



巨大な物体が水面に叩きつけられた事で発生した大波が船に向かう。


それが直撃したところでどうということは無いだろうが、一応消しておくに越したことはないだろう。


そう判断した拓也はその波の前まで移動すると、生徒たちの目には止まらない速さで剣を振るった。



「これでよし…っと」



後始末をし、船の上へ戻った拓也。物凄い物を見てしまったという表情で固まる生徒たち。



ー…なんかまた距離が出来てないか?…ー



折角無くなっていた生徒との壁。それが戻ってしまおうとしている。


それは良くない。そう考え、拓也は懐からあるものを取り出した。



「…これって食えるのか?」



拓也が取り出したのは、新鮮な…というよりなんかまだピクピク動いている肉塊。


恐らく今倒したウナギのようなナニカのものだろう。


それを掲げて、可食な物なのかを海の男、船乗りの男にそう尋ねた。





「まぁ…食べれなくは無いと思いますぜ…」



「ほぅ、それでは…」



食べれるということだけ聞くと、拓也は手から勢いよく炎を出しその一般的な食材なのかもわからない物体をこんがりと焼いた。


そしてそれを…食うッ!



「結構淡白な味だな。食べる?」



「いや…おらぁ遠慮しとく」



こんがりと焼けた肉塊を差し出す拓也。しかしそれを巧みに回避した乗組員は、自分に被害が出る前にそそくさとその場から退散した。



「食べる?」



「「「「いるかッ!!」」」」



ニヤニヤ口角を釣り上げながら生徒に向かって差し出す拓也は、それを完全拒否され、涙した。


それとともに、生徒たちとの間の壁が再び壊れた事に喜ぶのだった。



「あ~あ、そんなこと言っちゃっていいの?俺帝だよ?空間魔法使えちゃうのよ?だからこれをアンタらの昼食に混ぜる程度容易いよ?ん?」



「「「「(うぜぇ)」」」」



「とまぁ冗談はここまでにして早く食堂行っちゃって。昼食用意して待ってるだろうし」



「剣帝さんはどうするの?」



「俺はまだ外に居る。これでも一応護衛だし、今魔物の襲撃にあったばっかりだから。


それに昼食も入手したし」



それを食べるつもりか…とその場に居た生徒たちは思ったことは言うまでもない。


拓也は、船首の飾りの上に飛び乗った。そこで警備をするつもりなのだろう。


その拓也の姿を見た生徒たち。ふざけてはいるが、仕事熱心なのだなと感じたのだった。



・・・・・



昼食を終え、先程拓也とトランプをしていた場所に戻ってきた生徒たち。


しかし、船首に目的の人物の姿は無かった。



「あれ~…どこ行ったんだろう?」



拓也を探し、辺りを見回す男子生徒。それはすぐに見つかった。



「ヴオ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!」



王国最強の男は、船縁から身を乗り出して嘔吐していた。




「クソがッ!まさか毒持ちだったとは…俺じゃなかったら危なかったぜ……」



生徒たちからはフードのせいでその表情は分からないが、本人は死にそうな顔をしているのは言うまでもない。


ナプキンで口元を拭うと、それをゴミ箱へ放って、生徒たちの方へ振り向いた。



「あ、いや、これはその………ちょっと船酔いで」



誰に聞かれもしてなどいないのにそう言い訳のように答える拓也。


生徒たちは、あのゲテモノが自分たちの食事に混ぜられなかったことを、心の底から神に感謝した。



「それじゃあトランプ続け……ヴォェェ…」



にこやかな声でトランプをもって近づいてくる。


しかしすぐに膝を追って跪くと、口を片手で覆うと嘔吐く。


そんな拓也を心配するように、すぐさま生徒たちが駆け寄り、背中をさすり始めた。



「え、いや…無理しないでよ剣帝さん」



「そうよ、護衛に体壊されちゃ困るわ」



「ッ!!……すまねぇ…本当に…」



申し訳なさそうに謝る拓也に、生徒たちは微笑みかける。これが俗に言う友情の芽生える瞬間なのだろうか?



「そうだ、船旅といえばやはり音楽!そうだ、こんな時は…来い」



静かに呼ぶ拓也の声に呼応するように、辺りが一瞬光ったかと思うと同時に、新たな人物のこえがその場に響いた


「お、お呼びですか?」



桜色の髪を後ろで三つ編みにし、それをうなじの辺りで纏めた器用な髪型。


白い羽の付いたおしゃれな帽子を被り、その髪の色と優しい白色を基調にした吟遊詩人のような恰好の大人な女性。


音の属性神、イスラフェルだ。


ちなみに登場と同時に拓也が音の魔力を与えたので、最初からこの姿というわけである。



「久しぶりだな。全然呼べなくてごめんね」



「い、いえ!マスターにも都合があるでしょうし!!それで今日はどんな用事でしょうか?」



「今俺たち船の上じゃん?」



「…確かにそのようですね」



困惑しているイスラフェル


拓也は説明するべく引き続き喋る



「俺は思うんだ、船旅には音楽が付き物だってね!ということで何か歌をお願いします。俺ちょっと船酔いで」



「わ、分かりました!お任せくださいマスター!」



まだ船酔いうと言う嘘を突き通そうとする拓也に、呆れ笑いを浮かべる生徒たち


ともかく承諾されたことに拓也は安堵し、拓也は船で最も高い場所へ移動した




見張り台まで上った拓也。


円形に張られている壁に背中を預け、下から聞こえる心地よい音楽と歌声に耳を澄ませていた。



「…というか腹減ったな…」



そうひとり呟いた拓也。


先程食した物を全てリバースしてしまったため、現在死にそうなほどの空腹に襲われているのだった。



ー…こんなことなら普通に昼飯食べとけばよかったなぁ…ー



バカなことをやってしまったと内心後悔しながら、目を閉じる。



徐々にうつらうつらとしてきて、もう少しで寝られそうな時だった。


拓也の鼓膜を、彼の知っている声が揺らした。



「アンタ、昼食べてないんだろ?…ふぁ~…」



おしゃれカットだが、寝癖が付いて台無しな黒髪。


ダルそうに欠伸をして、拓也にバスケットを差し出すこの男。イケメンである。



「いや、食べたんだけど全部リバースした」



「結果食べてないのと同じじゃん。持って来られそうなもの持ってきたから食べなよ」



「かたじけないでござる」



何故か忍者口調の拓也はバスケットを受け取り、中に入っていたサンドイッチを頬張った。


その様子を眺めながら、メイヴィスが突然拓也に喋り掛ける。



「なぁ、どうすれば強くなれる?」



「ん、あぁ?……ッん!」



彼の質問に答えようとしたのだろう。急いで口の中の物を飲み込もうとした拓也。


食べ物を思い切り喉に詰まらせ、思いっきりむせ込んだ。


慌ててバスケットの中から水を取り出し、それで詰まったものを流し込む。


その後ナプキンで口元を拭って落ち着かせた後、ようやく質問に答えるべく口を開いた。



「強くなりたい?魔闘大会ちょっと見てたがお前もう十分強いだろう。なに?バーサーカーなの?」



「……だが俺は負けた。あの1年生に」



「それはしょうがない、イケメン力でお前が劣ってたんだろ」



適当にそう返した拓也。


しかし現実とは非情である。メイヴィスはイケメン。拓也はフツメンだ。




あっという間に食べ終わった拓也。


水を飲んでから、息を吐き、リラックスして横になった。



「まぁ一食の恩返しだ。一つ技術を教える」



「…ホントか!」



「あぁホントホント」



食い入るように拓也に詰め寄るメイヴィス。


拓也はそれをめんどくさそうに離し、軽く魔力を放出する。



「まずこの魔力を出せるようにしてみろ。何色にも染まっていない無属性の魔力」



拓也の手の平に、陽炎のように漂うユラユラとした何か。


メイヴィスはそれを食い入るように見つめた。



「コツを掴めば誰でもできる。これは属性を付加する前の魔力だ。これといった強みも無ければ弱みも無い」



「…アイツも確か使っていた……」



それを見ただけで拓也が使っていた某必殺技を思い出したのか、メイヴィスはそう呟く。


彼もやってみようと思ったのか、掌に魔力を集中し始める…が、溢れ出たのは薄緑の風の魔力。



「…ダメだ…出ない……」



「まぁ最初から出来るわけないさ、頑張ってくれ、俺は寝る~」



横になったまま、ゲートから取り出した黒いマスクを装着する拓也。


うっかりフードがとれて顔バレすることを恐れたための配慮なのだろう。



軽く欠伸をしたり、寝返りを打ったりして、隣で魔力を放出し続けるメイヴィスを眺め、その意識を闇に落としていった。





・・・・・


瞼の裏側に、薄いオレンジ色の光がぼんやりと広がっている。


それと共に聞こえてきた耳に痛い『キュィィン』という音で拓也は目を覚ました。



「よし!出来たッ!」



「…ん、あぁ……は?」



拓也の寝起きの瞳に飛び込んできたもの。


それは自らが魔闘大会の時彼に見せた、某必殺技だった。



その球体をメイヴィスは掌で乱回転させており、拓也はその光景を信じられないと言う表情で見つめる。



ー…おいおいマジかよ……なんてセンスだ。ー



声には出さないが、メイヴィスの類稀なるセンスに驚愕するしかなかった。



「お前…1を聞いて10を知るタイプの人間だな」



ボソリと零す拓也の声に、メイヴィスは興奮しすぎて気が付いていない。


子どものようにはしゃぐ彼。その声に反応するように下から新たな人物が現れた。



「やっとみつけた。君はこんなところで何をしているんだい?」



風魔法で飛んできたのだろう。ロープも何もない場所で宙に浮かぶ一人の影。


ショートヘアーのその人物に拓也は見覚えがあった。



「あぁ、魔闘大会3年Sの副将の少年」



聞き覚えのある声と、外見。



夕焼けの逆光で黒く浮き上がったシルエットをみてそう言う拓也。


しかしその発言はマズかった。



「……あ゛ぁ?」



明らかに不機嫌になったその声の主。マーシュ。


拓也は、なにかマズったかと焦って、見えるように自分の瞳を調整する。


すると見えてくるこれまた驚愕の事実。




「………女装趣味?」



彼が来ている服は、女子生徒用の制服。


拓也はマスクを外しながらそう質問をするが、その質問に、マーシュはこめかみにピキリと青筋を浮かび上がらせ。その口から驚くべき真実を放った。



「違う!僕は女だ!!」



「なん…だと?」



拓也は思い出していた。


魔闘大会ではライトな戦闘服のようなものが学園から支給される。


戦闘服といっても防御性能などは無く、ただ動きやすさを追求したものだ。


確かにその服装はボディーラインが出にくいとは言え、流石に男女の区別が出来なくなるほどのものではない。


そして何より拓也の目を欺いた。



ー…身長170センチ、顔は中性的、胸………A…ー



なぜか内心で間違っても仕方ないと納得した拓也だった。






「それはすまなかった。悪気は無かった」



謝罪の言葉を述べて素直に頭を下げた拓也。


そんな彼をみて、彼女マーシュは何を思ったのだろう。


いきなり信じられないようなものを見るような目になり、ワナワナと符上始めた。



「………ッ!!剣帝様!?」



ー気づいてなかったんかい…これで俺剣帝じゃなかったらただのローブ着た不審者じゃねぇか…ー



「私は何ということを……。打ち首ものだわ…」



「おいフォルマール君なんとかして、非常にめんどくさい感じになりそう」



冷や汗をかいて謝罪の言葉を並べ始めたマーシュ。めんどくさいスイッチが入ったと感じた拓也は、比較的親しそうなメイヴィスに彼女の事を丸投げしすると、一本のロープに飛び、掴まる。



「もうすぐ目的地だ。俺は一足先に下に行くから、集合遅れんなよ~」




拓也はそう言い終わると、二人の返事は待たずにロープから手を離す。


自由落下を始めた自身の体を制御し、甲板へ着地した。



すると、同時に目に飛び込んできたのは生徒たちに囲まれるイスラフェル。


うっとりとした生徒達の顔を見る所、どうやら仲良くやっていてくれたようだ。



「楽しそうで何よりだ」



「あ、マスター!お疲れ様です!」



「それはこっちのセリフだぜ~。お疲れさま」



可愛らしい笑顔を拓也に向けるイスラフェル。


その表情を見て拓也は彼女も楽しめたと思考を繋げ、内心ほっとしたと同時に嬉しかった。


属性神との間では溶け込めていなかった彼女が、これだけたくさんの人に囲まれることに拓也も少し心配していたのだ。



「それじゃあ私の役目は終わりですね、またいつでもお呼びくださいマスター」



「うん、またすぐ活躍してもらうからな」



「はい!」



そう残すとイスラフェルは音も無く静かに消えていった。


去り際の彼女の顔を思い浮かべながら、たまには属性神と呼ぶのも楽しいと感じながら、ある方向へ振り返る


それと同時に、生徒達が拓也の向いた方向を指さしながら騒ぎはじめた。




「見えたな『海洋国家、ミーリタリア王国』」



そこに王都が丸々一つの巨大な島となっている、ミーリタリア王国が堂々と鎮座していた。


・・・・・



「誰だ貴様!怪しい奴めッ!!」



「え、いや、あの……俺、剣帝…なんですけど…」



「信じられるものか!おい新入りッ!こいつを牢まで連行しろ

!」



ー…何このデジャブ!?なんなの!?俺ってそんなに怪しいの!?…ー



毎度恒例の如く、拓也は門兵に止められていた。



二人の兵士に羽交い絞めにされ、必死の弁解も聞く耳持たれず。


そしてすっかり日が落ちた街の中へズルズルと引きずられていく。



「ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛ど゛う゛し゛て゛な゛ん゛だ゛よ゛お゛お゛ぉ゛゛ぉ…ぉ…………ぉ…」



半ば発狂して叫びながら、街の中へ姿を消したのだった。



「あなたたちはどうぞ。王から話は聞いております」



「あのすみません。あの方は私たちの護衛なのですけれど…」



申し訳なさそうに、先頭の教師が門兵にそう伝える。


しかし予想外にも彼らは笑いながら軽く喋る様に返す。



「えぇ知っていますよ。剣帝殿は牢ではなく城内部の闘技場にお連れしているのですよ」



「なんのために……」



「…皆さんも計画通りに行動すればすぐに分かりますよ」



含みのある言い方の兵士のその言葉に教師は計画表を開き、今後の予定をチェックする。


するとある欄に目が留まる。



「…なるほど~。そういうことでしたか」



そしてようやくその兵士の言いたかったことが分かったのか、面白そうな笑みを浮かべた。





・・・・・



「ちょっとまって、何で俺闘技場に立たされてんの?」



「全てはエルサイド国王と我が国の王の言いつけです」



「そうか…それでアレは何?」



「観客です」



拓也が指差す先を見てそう答える兵士。


その先には、先程まで一緒だった生徒と教師たちが、斜面に並んだイスに腰を掛けているのがしっかりと見える。



そこまできて拓也はようやく自分がハメられたのだと気が付いた。



ー…ふふふ、さしずめ俺は哀れなピエロ……ー



ブルーになりながら自嘲気味に笑うと、顔を上げた。



「分かった。だが俺まだ謁見してないんだけど……挨拶も無しに城の敷地内でこんなことやって大丈夫かな……」



「それなら心配ありません。王はあちらから見ておられます」



兵士はそう言うと観客席のある場所へ視線を向けた。


それを追う様にして拓也も損終着点へ目をやると……居た。



生徒と混ざって観客席に座っている、ミーリタリア王国の国王と思われる人物を。



王らしい立派な金髪に、 これまた金髪で立派な髭。エルサイド王に髪を元気にする方法を教えてあげて欲しい。切実に。



そんなことよりも生徒と混ざって座っていることの方が拓也は気になったのだった。



ー…え……えぇ…一応他国の生徒なのに…護衛も無しにあんなところ座ってて大丈夫なのか…?







あ、兵士に連れてかれた…ー




しかしやはりそれは 一般的な行動ではなかったようで、すぐに二人の兵士が駈けつける。


二人の兵士たちは、抵抗する王を引きずるようにしてすぐさまどこかへ姿を消した。



「剣帝様にはこれから我が国の騎士団。その団長と戦ってもらいます。いわゆる交流戦です」



「騎士団長ということは上司?」



「そういうことになりますね」



そんな質問を受けながら、拓也は半ばあきらめる。最早組まれてしまった戦いである以上、断ることは出来ない。


おまけに会場も既に出来上がっている。生徒達ではなく、自分達の上司の活躍をぜひ見ようと、兵士らしき人たちも集まってきている。



「それと特別ルールと致しまして、今回は身体強化以外の魔法は使用禁止とさせていただきます


剣帝様と騎士団長が魔法を使い始めると周りが危ないと王たちが申しておりましたので」





その判断は正しい。


拓也に限っては絶対にありえないが、例えば彼がもし加減を誤って魔法なんて使えば間違いなくこの国は地図から消えることになるだろう。


それが究極魔法だったのなら……もっとひどいことになることは間違いない。



「分かった。…っと…誰か出てきたな。あれが?」



「えぇ、我が王国が誇る騎士団長です」



拓也の向かいのゲートから出てきた男。身長は190cm程で騎士の鎧を着込み、左手には騎士団のシンボルが描かれた盾。右手には鎧と一式のセットと思われるヘルムが身体と手の間に挟まれており、腰には剣が下げられている。



「貴公が剣帝様でしょうか?」



拓也の目の前まで悠然と歩み寄ると、優しくそう口を開く。


短髪の金髪から覗くこのフェイス。拓也は試合開始前だというのに既に大ダメージを受けていた。



「はい、あなたがミーリタリア王国騎士団長ですね」



「はい。私がミーリタリア王国騎士団長。『ケルビム=ファストリア』です。以後お見知りおきを」



綺麗に一礼するケルビム。


拓也も一礼することで返し、申し訳なさそうに口を開く。



「名乗られた手前私も名乗るのが礼儀なのですが、何分帝は正体を隠す必要がございまして…申し訳ございません」



もう一度謝罪の意味を込めて頭を下げる拓也。


ケルビムは構いませんよと言うと、拓也に頭を上げさせた。



そして拓也。なぜか完全に敬語モードである。



「それではそろそろ始めましょう。


ルールは魔法の使用は禁止。身体強化のみ使用できるものとする。

他は通常の決闘と同じ。



よろしいですか?」



「えぇ、分かりました」



ルールを把握した拓也は、ジョニーを指環から剣に戻す。



「やはり剣帝という名の通り、得物は剣ですか。


それよりよろしければ盾と鎧をお貸ししますが…見たところローブのようですしどうしても耐久力において私が優勢になってしまうかと…」




ー…へぇ…見上げた騎士道精神だな。常に公平を重んじるその態度…嫌いじゃないぜ……









だけどこのローブ……アンタの鎧より硬いんだぜ……それこそ比べればアンタの鎧はプリン同然になっちゃうんだよ………ー



そんなことを考え、危うく笑いそうになる口角を無理矢理下げる拓也。


「いいえ、折角ですが私はこれで大丈夫です。軽い方が私に会っているのでしょうね」



「これは失礼しました。では始めましょう」



・・・・・



二人がスタート位置に付き、彼らの間の距離はおよそ50メートル。


いつもとあまり変わらない闘技場の設計に、何処となく落ち着いた気持になりながら、拓也は前を見据えた。


ケルビムはヘルムを装着し、それを何度か動かし、しっくりくる場所を探す。


そしてそれが決まると、腰にさしてある剣に手を掛け、抜く。



「では始めましょう。合図をさせますので少々お待ちください」



審判に合図を送るケルビム。審判は頷き、魔力を練り上げた。


いよいよ始まる戦いに、静まり返る観客席。皆息をのんで見守っている。



「では……試合開始ッ!!」



「ッ!!」



審判がそう言い切った刹那。


凄まじい金属音が闘技場中に響き渡った。



「…ッ流石の速さですね!」



ケルビムの目の前には既に斬りかかっている拓也。


それをケルビムは何とか鍔迫り合いに持ち込む。


驚異的な拓也の速さに、ケルビムの額に滲む汗。それほどまでに拓也は速かった。



「ッハァ!」



一旦鍔迫り合いを終わらせるため、ケルビムが盾をを思い切り前へ突き出した。



しかしそれすら読んでいたと言わんばかりに拓也は身体を捻り、ケルビムの左側面へ回り込む。


そして回転の勢いをそのまま乗せ放たれる掌底は、ケルビムの土手っ腹にめり込んだ。



「ッう゛……や…やりますね」



反撃を避けるためすぐさま飛び退いた拓也に、腹を押さえながらケルビムがそう言った。


拓也はその返事と言わんばかりに口を開く。



「何でこんな時も丁寧語なんだ?無礼講でいいじゃねぇか、本気で来やがれアンパン投げっぞおら」



いきなり砕けた喋りかたに変わった拓也に、固まるケルビム。


しかし忘れないでほしい。これが彼の本来の姿である。



「へいへ~い、どうした~?」



ヘラヘラと笑い、剣の腹の部分を肩に乗せ、ケルビムをおちょくるようなことを言い遊ぶ拓也





しかし次の瞬間、拓也は思わずその場から思い切り飛び退いた


先程まで立っていた場所に入る大きなヒビ。いつの間に移動したのかその場で地面に剣を突き立てているケルビム



「それもそうだ、俺も本気で行くとしよう。剣帝、覚悟はいいな?」



ヘルムでこもったように聞こえるその声に、拓也は少し背筋が冷たくなるのを感じた。


ケルビムは不気味にどもる声で、ひとしきり狂ったように笑うと、拓也に剣の切先を向ける。



「俺ぁアンタの噂聞いた時からいつか戦ってみたいって思ってたんだよ……


まさかこんな形で叶うとはなぁぁぁッ!!!ハッハッハッハッハッ!!」



ー…ヤベェ…この雰囲気は………ラファエルのそれに似ている!?…ー



拓也が悪寒を感じた次の瞬間。彼の腹部にケルビムの拳がめり込む。


いつの間に移動したのだろうと考えながら、拓也は取り合えず雰囲気を出すために後方へぶっ飛び、分厚い壁に衝突して止まった。



「痛てぇ……こんなに強えぇ奴がまだいたなんてな!オラわくわくすっぞ!!」



「これだよぉ…これ!この肉を叩く感触ッ!!」



ケルビムは拓也の言葉を聞いてなどいなかった。


ようやく表したこの人格こそが、彼の戦闘中人格なのだろう。


そして拓也はそれを呼び覚ましてしまった事を非常に後悔していた。周りの騎士たちの唖然といった反応を見る限り、これがいつもの光景だとは思えないのだ。



ー…おいちょっと待て。こいつ真正のバーサーカーじゃねぇか……もしかして…俺とんでも無いヤツ引っ張り出しちゃったんじゃ…?


いやぁ、まさかそんなこと………-



そんなことを考えながら一人で頷いている拓也。


咄嗟に首を傾けると、先程まで頭があった位置に、銀色に輝く剣が刺さっていた。



しかしケルビムは先程の位置に居る。つまり投擲したということだろう。



「なぁによそ見してんだ?」



「………ダメだ…これマジモンだ……」



ー俺のバカ…なんてことやっちまったんだ………ー



涙を流し、己が犯した罪を悔いる拓也。


しかしバーサーカーはそんなの待ってはくれない。


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真っ直ぐ飛ぶように突っ込んでくるケルビム。


「ハッハッハ!」



「何でこの世界は戦い大好き連中ばっかりなんだい……」



拓也は壁に背を預け座りながらそんな悪態をつくと、右足を軽く上げ、その踵で地面を思い切り叩いた。


轟音と共に地面が大きく割れ、ケルビムは思わずバランスを崩す。



「お…っと危ない。ッどこだ…」



ケルビムの一瞬視線が足元に向いた間に拓也は彼の視界から逃れていた。


次の瞬間、直感的に横へ飛び退くケルビム。すると今の今まで立っていた場所に銀の残影が走るのだった。



「ッチ…惜しい」



「…は、ハハハハ!アンタ最高だぜ剣帝ッ!!」



「そりゃどうも」



軽い会話を交わしながら拓也は剣を、長短一対の両刃双剣へと変化させる。


『鬼神の剣』三ノ型を使うときの武器形態だ。



そうしているうちにケルビムは剣を回収した。


二人の間に妙な沈黙が数秒間流れ、お互いが相手の出方を窺っている。



「ッ!」



「ハァッ!」



それを破ったのは二人同時だった。


お互いが相手に向かって飛び出し、またもや鍔迫り合いか始まる。


腕に盾を固定して、両手で剣を扱い、全体重を乗せ押し切ろうとするケルビム。


拓也は双剣をクロスさせ、掛かる力を分散させて対抗していた。


しかしその鍔迫り合いも、今回はそう長くは続かない。何故なら拓也は今双剣を扱っている。



「もらい!」



一瞬だけ右手の長剣に力を込めて左手に持つ短剣をフリーにすると、それを鎧の接合部に向けて突き出した。


このスピードで繰り出された、相手の意表を突くこの一撃を回避できるものなどそうは居ないだろう。






しかし彼はバーサーカーだ。



「ハハハッ!」



驚くべき反応速度の膝蹴りでその拓也の短剣を弾いた。



それを始まりとし、お互い一歩も譲らない剣の交え会いが始まった。


超高速で入り乱れる剣は、最早分身しているようにも見える。



「へぇ~、このペースでも打ち合えるとはな…驚きだ」



何故かノリノリになってきつつある拓也は、楽しそうにそう呟くとギアを一つ上げた。



「ッハ!?」



刹那、拓也の動きが段違いに速くなった。


ヘルムの下で驚愕の表情を浮かべたケルビムは、対応しきれずに徐々に攻撃をもらい始めた。



「速さが足りないッ!」



キリっとそう言う拓也。完全にふざけているが、その態度に似合わない異常なまでの強さ。


ケルビムの鎧の至る所が、まるで紙でも切っているかのように綺麗に、次々と切り裂かれて行く。



「クッソ!!」



これにはたまらずケルビムは一旦大きく剣を振って拓也の剣を大きく弾くと、後ろへ飛び退いた。




「ッ!?何故!」



後ろへ飛んだはずのケルビムがそんな声を漏らした。それもそのはず、後ろへ飛んだはずなのに拓也がまだ目の前に居るのだ。


本当はそういうわけはない。ただ拓也もケルビムの動きに合わせて同じ方向へ飛んだだけだ。



なんて奴だ。そんな賞賛がケルビムの頭に浮かぶ。


そんなことを考えていると、彼の全身を物凄い衝撃が襲った。



「あぁッガァッ!」



数回バウンドしてから壁に叩きつけられるケルビム。


その衝撃で壁が崩れ落ち、彼の頭上からその瓦礫が襲い掛かった。


生き埋めのような状態になったケルビム。拓也はそこまで歩み、埋まっている相手に向けて口を開いた。



「悪いな、生徒の前で無様な姿は見せられんのでな。ということで降参してくれるとありがた……」



拓也がそう言い切る前に、瓦礫が勢いよく飛散し、中から弾丸のように飛んでくるケルビム。


当たればただではすまなそうな体当たりを繰り出してきた彼に対し、拓也は剣を変形させる。





その形は…大鎌。



「まぁそれはお前も同じだよな。騎士団長」



湾曲した刃の形状が生命の危機を感じさせる。ローブ姿と相まってその姿はまさに死神。




・・・・・



「そこまで!」



審判の声が闘技場に響き渡り、それから一息開けて客席から大きな歓声が上がる。


所々破壊された壁、割れている地面。戦いの凄まじさを闘技場が物語っていた。



「いやぁ、勝っちった」



目の前にうつ伏せに倒れるケルビム。


彼の前で地面に刃が地面に突き刺さっている大鎌。その持ち手に乗りしゃがんでいる拓也。そのローブには切り傷の一つも無い。


結局ケルビムが当てられた攻撃は最初のパンチだけだったのだ。



「よっと…」



持ち手から飛び降りながら、大鎌を剣に戻し、鞘に納める。


担架で運ばれて行くケルビム。結局意識を失うまで戦った彼を拓也は内心で讃頌した。



踵を返し、入場してきたゲートを潜って外へ足を進める。


闘技場から外へ続くトンネルを歩いて外へ向かう。もう少しで外へ出るという所で、不意に見えた空を見上げた。



無数の星が輝く夜空に、拓也は穏やかな気持ちになりながらトンネルを出た。


その時、



「ッきゃ!」



何かにぶつかる拓也。


咄嗟に視界の端で倒れるモノに手を伸ばした。



「すみません、大丈夫ですか?」



「あ、あぁ…申し訳ございません。ありがとうございます」



拓也の視界に入ったのは、薄い水色のロングの美少女。


チェリーボーイで有名な拓也は、思わず握った手をすぐに離した。



「うわッ!」



そのせいで折角体勢を立て直そうとしていた彼女は、思い切り転んだ。


ボーっとしながらその光景を眺めていた拓也。



「あ、…………………すみません」




思いついたようにそう謝罪した。


彼女も腰辺りを摩りながらも起き上がる。



「大丈夫でございます」



上品に微笑みながらそう言うと、彼女は服に付いた汚れを手で軽く払った。



「では私は用事がありますのでこれで失礼致します」



ペコリと一礼すると、少女はあらぬ方向へ歩き始めた。



月が雲に隠れているため、自分が今どちらを向いているかなどがよくわからないのだろう。

おまけに王城の中でも端の方にあるこの闘技場、街灯が少ない。



妙な方向へ速足で歩き……



「痛ッ」



闘技場の壁に額をぶつけた。



痛そうに額を指先で摩る少女は、今度は方向を変えて歩き始める。


速足で歩みを進め…



「痛ッ!」



近くに植えられている木の幹にまたもや額をぶつけた。



ー……なにこれ…助けた方がいいの?…ー



拓也がそうこう考えている内に、今度は池へ向かって歩き始めた少女。


流石に拓也も見ていられなくなり声をかけた。



「あの、……ちょっと少し手を出してもらっていい?」



「?…はい、どうぞ」



拓也の呼びかけに素直に応じ、足を止めて、掌を上にして差し出した。



しかしやはり暗闇に目が慣れていないのだろう、手は明後日の方向に差し出される。


拓也は何も言わずそこまで移動し、彼女の手の平に指を近づけ、それで空中に円を描く。

すると光の魔法陣が形成された。一瞬強く発光した後、それが無くなったかと思えば、優しく発光する球体が彼女の手の平に浮かんでいた。



その球体から放たれる優しい光は、辺りを程よく照らす。



「あらあら、素敵な魔法ですわねぇ」



「どうも。暗闇は危ないんでこれ使って灯りのある所まで行ってください。

15分経過するか、必要なくなれば握りつぶすと魔法の効力は無くなります」



今即興で作った魔法にしては上出来だと、自画自賛しながら拓也は】そう説明した。


光源が出来たことで、歩道もしっかりと見える。これで大丈夫だろう。



「まぁ、ありがとうございます…………あら、剣帝様」



また頭を下げる彼女。


顔を上げながら拓也の姿を確認すると、不意にそう言った。





「………俺のこと知ってるの?」



「知っているも何も、先程に決闘を見させていただきました。とてもお強いのですね」



にこりと首を傾げて微笑み、拓也の戦闘力をそう讃頌する彼女。


拓也はどうもと返し、彼女が言っていたことを思い出し、口を開いた。



「用事は大丈夫?急ぎだって言ってたけど」



すると彼女は上品に微笑む。拓也は頭に疑問符を浮かべて見守る。


そんな拓也の反応をしばらく楽しむと、彼女は拓也のローブの袖を掴んだ。



「お父様に頼まれたのです。剣帝様を謁見の間までお連れしなさい、と」



「なに?俺はもしかして騎士団長への暴行の罪で裁かれちゃったり?」



「ふふ、そんなことしませんよ。面白い方ですね」



微笑みながらそういう彼女、拓也はいつものように軽口を飛ばし翻弄しようとする…が、拓也はあることに気が付いた。



謁見の間。城での場合、基本的にその国の王と階級的に下の物や客人などが王と顔を合わせる場所。



ーお父様…大臣たちの子ども?…いや、その線は薄い。基本的に大臣たちは家族を城下に住まわせて自分たちは王城に泊まり込むはず…。


他の職員もそうだよな……ということは…おいおいまさか……ー



「ぁ、あのぉー…もしかして……もしかして王女様だったり…します?」



「…?あぁ、そういえば名乗りもしないで失礼しました。私はこの国、ミーリタリア王国の王女『エリミリア=ミル=ミーリタリア』です」



「か、数々の非礼をお許しくださいィィィッ!!」



速攻の土下座。掴んだ腕をいきなり離し転倒させたり、砕けた話し方。


それに対しての謝罪の気持ちを乗せた勢いの良い土下座だった。



「な、何をなさるのですか?早く頭をお上げください!」



拓也はエルサイド王国から来た人物。おまけに引率の責任者でもあるのだ。


何か不祥事があれば、エルサイドの友好国であるミーリタリア王国との国交に傷が入りかねない。


それは起こり得る最悪を考えた拓也の行動だった。


「この通りですゥゥゥ」



額を地面に擦りつけ、這いずり回る拓也。一体どの通りなのか全くわからない。

というか明らかにふざけ始めているのだが、エリミリアはそれに気が付けなかった。



「わ、私は全然気にしておりません!それに先程のような方が面白くて私は好きですわ」



必死にフォローを入れる彼女。


拓也もだいぶ飽きてきたのか、意外とあっさり顔を上げた。



「助かった。侮辱罪で打ち首にされるかと思った」



「そんなこと致しませんわ、友好国であるエルサイド王国からいらっしゃった方ですもの」



ようやく解放されたという声色でそう言いながらエリミリアは胸を撫で下ろした。


拓也は拓也で完全にいつもの様な調子である。



・・・・・



「ごめんね~、ホントなら部屋に呼んで話したかったんだけど大臣たちがダメって言ってさ~。ホント頭固いよね~」



「は、はぁ…」



玉座に座る王の前で跪きながらそう相槌を打つ拓也。


闘技場での行動を見ていた拓也は、やはりこういう感じの王だったのか、と思ったのだった。



「え~コホン。エルサイド王国よりご苦労であった、剣帝。初めての教育の試み。我が国の指名嬉しく思う。ありがとう」



一旦咳払いをすると、真面目に王様らしく拓也にそう発言した。



「こちらこそ、快諾していただき感激の至りで御座います。エルサイド国国王も古くからの友人であらせられるミーリタリア国国王であるあなた様の国で生徒達に学習させられると言い喜んでおりました」



「ハッハッハ、そうかそうか!アイツはそんなことを言っていたか!」



流石の拓也も、大臣たちの居る前ではふざけることは出来ないのか、ちゃんとした姿勢を保ちながらそう返した。


それに対し、王は盛大に笑い上機嫌になる。




「では陛下への謁見もすみましたので、私はこれにて失礼いたします。


どうやら生徒は全員宿へ移ったようなので」



「ほぉ、そうかそうか。引き留めて悪かったの」



拓也はそう言い立ち上がると、謁見の間を後にした。


バカみたいにデカい扉を潜り、廊下へと出て王城正門へと足を進める。



ーあの王とどういう関係なんだろうな、この国の王は。ちょっと気にならんでもないが…探る程の事でもないか……ー



一人そんな考え事をしながら廊下を歩く。その途中で使用人たちに、怪しさ故か後ろ指を指されるが、拓也は最早慣れていた。


やはり人間慣れというものなのだろう。



「にしてもやっぱり王城だなぁ…アホみたいにデカい」



王城からもう少しで出られるという所、巨大なホールのような場所に出た。


あと少し進めば、城の外へ出る扉に達することが出来る。


何故か騎士、衛兵は居ない。なんという不用心っぷりだろう。



その代わりに、拓也の視線にある人物が映った。



「あぁ、剣帝様。もうお帰りですか?」



「エリミリア?…俺は今から城下へ下りるよ、それよりどうしたこんなところで」



ちなみに先程許されたため、拓也も砕けた喋りかたで接している。


しかし騎士たちに見られれば色々とマズい事になるのだろう。



エリミリアは上品に微笑み、同時に少し残念そうな顔をした。



「そうですか…。いろいろお話ししたかったのですが残念です」



そう言った彼女。


大臣の頭が固くて中々外へ出られないのです…と悲しそうに続けると、深くため息を吐いた。


拓也はその言葉を聞くと、顎を人差し指と親指でイジリながら困ったように口を開く。



「…話って言ってもなぁ……別に空間魔法使えばいつでも会えるけど、俺面白い話とかそんなに持っていないぞ」



持ちネタがあまり無いと嘆きながらこちらもため息を吐く。



しかしエリミリアは拓也の言ったことから、ある情報を抜き出し、それに食いついた。



「いつでも会える……それは本当ですか?」



「え、うん…空間魔法は移転みたいに距離に魔力量左右されないから別にいつでも来られるよ」



拓也がそう明言すると、エリミリアは顔を輝かせながら嬉しそうにピョンピョンとその場で跳ね始める。


とりあえず愛らしいので拓也は脳内フォルダに映像を保存したのだった。



「あ、私としたことが少し取り乱しました…。申し訳ありません」



「アハハ、まぁ来るときは事前に王へ手紙でも出しておくよ」



それで話を切り上げ、その場を立ち去ろうとする拓也。


しかし、彼の歩みは、次の瞬間完全に停止することになる。



「その必要はございませんわ。空間魔法で何処へでも行けるのでしたら、私の部屋へ直接おいでなさってください」



彼女がそう発言した。拓也はしばらくの間思考が完全に停止し、動きまで完全に止まる。


ようやく頭が元に戻ったかと思うと、この場に使用人たちが居ないことにとにかく安堵し、慌ててエリミリアに詰め寄った。



「ダメ、絶対。そんなことやったら俺絶対打ち首だから!切り取られた後路上で晒されるから!」



それもそうだ。


一国の王女の部屋に、他国の人物が何も言わずに忍び込むのだ。


おまけに黒ローブ。傍から見れば完全にただのならず者or変態だろう。



「大丈夫でございます、お父様はそういったことは気にしません。反対するのはきっと大臣たちでしょう」



「いま、その大臣たちが一番問題だからね?俺見つかったら有無を言わさず有罪判決だよ、きっと!


それにお父様も娘の事になったらマインドチェンジするかもしれないじゃない!


もうちょっと自分の事大切にしなよ!主に貞操とか!」



こうしてエリミリアの身を案じているかのように言っている拓也だが、本当のところ自分へ降りかかるであろう冤罪の嵐を恐れたが故の発言だ。

しかし彼女はそれに気が付いていない。



「剣帝様はそういう人ではないことぐらい分かります。剣帝様のような強さを持つということは、並大抵ではない理性をもってして自分をコントロールできるということ。とお父様が言っておりました」



「だからアンタの部屋へ俺は行くということ事態がマズいんだって!そこんとこOK?」



「むぅ~…強情ですね」



「そのまま返すぜ」



エリミリアは子どものように唸ると、そう言ってみるが、拓也によって自分も強情だと言うことを気づかされる。


とにかく、自分だけならともかく国を巻き込んだ厄介事を起こしたくない拓也は必死に食い下がるが、エリミリアも諦めるつもりは無いように見えた。



「ではどうすればいいのです…」



エリミリアは悲しそうにそう呟くと、近くにあったベンチに座り込んだ。


そんな彼女の仕草を見ていた拓也。やはり彼はミシェルの言う通り優しいのだろう。


自分でもまいったという様に溜息を着くと、彼女の座るベンチの隣に腰かける。



「何か訳アリって感じだな、良ければ話してみろ」



「…でも剣帝様もお時間が…」



「気にすんな、有事の時はすぐ飛べる」



話を聞くと言い、ゲートを開くと中から紅茶を取り出した。


エリミリアも彼のそんな優しいところを垣間見、少し微笑みながら差し出された紅茶を受け取った。



ひと肌には少し熱い陶器のカップを手の平で弄び、少しの間をあけてからようやく口を開く。



「私は…幼い頃よりこの城で育てられてきました」



拓也も珍しくニヤ毛を顔から消し、真面目な表情で彼女の話に聞き入る。



「お父様は好きに出ていい。冒険をするべきだと言ってくれますが…大臣たちがそれを許してくれないのです。


勉強も遊びもすべて城の中、大臣たちも私のことを大切にしてくれているのはは分かります…


けれど…もう少し自由が欲しいのです…


たくさんのお友達を作って……それに人並みに恋もしてみたいのです」



拓也の渡した紅茶には手を付けずに、ゆっくりとだが、最後までそう言い切ったエリミリア。


王族という地位を持つ者故の苦悩。


エルサイド王国の王女は生憎超自由なので比較対象が居ないと一瞬何を言うか迷った拓也。


だが彼なりに力になってあげたいと願い、リスクを覚悟し口を開く。



「ハァ~…仕方ない。それじゃあ今度、話だけじゃなくて街へ連れ出してやる」



ー…もし…もしバレたら…考えるのはやめよう…ー



内心汗びっしょりになりながらそう言った。



拓也の提案に、目を輝かせて彼の顔を見上げるエリミリア。


拓也はまた深いため息を吐くと、仕方ないと言った表情で条件を提示した。



「ただし、万が一の時のために一応国王には許可を取ること。大臣たちに隠れて行動する件も含めてな。


そして城内から出た後は、俺の指示に必ず従うこと。これを約束してもらう」



「わ、わかりましたわ!」



先程までの王女としての振る舞いなど忘れ、子どものようにはしゃぐエリミリア。


隣の拓也は自分より少し年下に見える彼女の、そんな年相応の仕草を見てまるで妹が居たらこんな感じかななど考えながら紅茶を啜った。



「でもいいのでしょうか…私が言いだしたことですけど……」



唐突にエリミリアがそんなことを言い出した。


ここにきて拓也にとって迷惑なことなのではと考えたのだろう。


しかし拓也はもうリスクを背負うことを覚悟して発言している。



「安心しろ、罪状が不法侵入から誘拐に変わるだけだ」



おどけるようにそう言って、彼女の自責の念も含めて軽く笑い飛ばしたのだった。



ー…まぁ一番の問題は国同士の関係の悪化だが……多分なんとかなるだろう…うちの王あんなだしこっちの王も結構フリーダムっぽい人だし…ー



「それでいつ行く?まだ王に許可はとってないけど行ける日を教えといてくれ」



「そうですね……明後日は暇です。ですがそれを逃すと一週間ほど暇な時間は作れないでしょう。


でも剣帝様も明後日はお仕事でお忙しいですよね……」



考え込むような仕草をした後、自分の暇な日を拓也に伝える。


しかし拓也がミーリタリア王国に滞在している明後日は拓也がまだ仕事中だと言うことに気が付き、悲しそうにそう言うのだった。



「いや、別に大丈夫だぞ明後日。


3泊4日だから…今日は1日目。確か明後日はミーリタリア王国内での自由散策だから2日目の団体での行動みたいに俺が常に生徒の近くに居なくていい。


3日目俺も自由に動けるからそれに同伴ってことで」



拓也の出した案に、エリミリアはまた目を輝かせる。


若干職務怠慢という感じもするが、この際そんなことは気にしてはいけないのだろう。




「じゃあ明後日に迎えに来るから、そこで王から許可が下りたかだろうかだけ教えてくれ」



それだけ言うと拓也は紅茶を飲み干し、カップをゲートの中へ放り込み、立ち上がる。


一体仲がどういう仕組みになっているのか非常に聞きたくなったエリミリアだったが、拓也も仕事があることを思い出し、すんでのところで言い留まる。



「ご迷惑をおかけします、そしてありがとう。剣帝様」



「ん、まぁいいってことよ。それよりどこ行きたいかとか考えといた方がいいぜ、当日ノープランで詰まらないようにね」



「わかりましたわ、それではまた明後日」



「あいさ~」



拓也が説明している間、急いで紅茶を飲んだエリミリアは、彼のそのアドバイスに相槌を打つと、カップを拓也に返した。


挨拶をかわし、拓也はそのまま城の庭へ出る扉を開けるとそこから姿を消す。


空間移動で飛ばなかった理由は、ちゃんと帰ったと言うことを知らせるためでもあった。



・・・・・




「…アンタ…何やってんの?」



エルサイド学園、校外研修のために借りた宿舎。


そこそこいい感じの部屋が沢山連なる5階建ての建物。


その一角の浴室、どうやらこの国はエルサイド王国とは違い、風呂が一般的な物のようだ。


集団浴場の巨大な円形の浴槽に湯が張られ、湯気が濛々と立ち上っている。




その中心に浸かる一人の人物。


頭をすっぽりと覆う黒いマスクを装着した男。傍から見れば不審者だが、この場に居る男子生徒達はこの男に心当たりがあった。



「何って……入浴中なんですけど?」



コーホー…コーホー…という不気味な呼吸音。そのマスクはほぼダースベ○ダーと同じもの。


顔を隠すのは分かるが、何故そのマスクを選択したのか?絶対熱いだろうと生徒たちは同じことを考えていた。





「じゃあ俺上がるからのんびりしとけよ~。まぁのぼせない程度に」



勢いよく立ち上がり、湯を滴らせながらマスクの上に乗っけていたタオルを肩に掛ける。


生徒達は、彼の磨き抜かれ、まったく無駄のない筋肉に思わず目を釘づけにされた。


今いる生徒の中にも彼より大柄で彼より沢山の筋肉を付けている生徒はチラホラが、何故か彼らの誰しもが単純な力だけでも彼には勝てないと直感するのだった。



そしてもう一つあることに気が付く。



「…何で水着…?」



しかし拓也はその問いに答えずに歩き去った。


水着を着ている本意は本人のみぞ知るところだろう。



拓也はそのまま脱衣所で体を拭き、服を着る。



「さぁて…今8時くらいか……。よし」



周りをきょろきょろと見回し、人がいないことを確認すると、某暗黒卿マスクを外した。


そして同時に瞬間移動を発動させると、その場から姿を消す。



・・・・・



場所は変わり、エルサイド王国王都内。


小高い丘のような場所に建つ一軒のログハウスの様な一軒家。



その家の家主ミシェルは、風呂から上がった後、リビングで独り紅茶を飲んでいた。


ちなみに今日はいつもとは嗜好を変え、ミルクティーのようである。



「…拓也さんは今頃どうしているんでしょう……」



そんな独り言を零してみるが、当然返事など返ってこない。


少し虚しい気分になりながら、カップを手の中で回していた時だった。



「私拓也さん、今あなたの後ろに居るの」



ミシェルの肩に置かれる手。


ドッキリ大成功と言わんばかりのニヤけ顔の拓也。








次の瞬間、彼の頬にミシェルの裏拳がめり込んだ。



「ッキャアアアアアァァァァァッ!!」



「ぶべらッ!!?」



首がねじ切れんばかりに回り、そのまま地面に倒れ込む拓也。


ミシェルは何が起こったのかわからないといった感じで立ち上がり、今自分がぶん殴った者が何者なのかを確認すべく後ろを振り向いた。




「あ、拓也さん」



「よぉ、皆のスーパーアイドル拓也さんだよ~」




拓也を見つめて何故かボーっとしているミシェル。


すると、彼女はハッとした表情でいきなり拓也に問いかけた。



「お、お仕事はどうしたんですか!?」



「ちょっと様子見に戻ってきただけ~。空間魔法って便利だよね」



口の端を手で拭いながらそう言った拓也は、ゆらりと起き上がり、ミシェルの座るソファーに自分も腰かけた。



「そうですか、てっきり解任でもされたのかと思いました」



「ハハッ!剣帝様に限ってそんなこと!」



拓也は某ネズミの様な口調でそう言った。


この場にセラフィムが居ればフラグ乙とでも言うのだろうが、生憎というかなんというかこの場に彼は今いない。



「拓也さん…少し髪が湿ってますね。雨にでもやられましたか?


ちょっと待っていてくださいね、今タオル持ってきますから」



拓也の髪が少し湿っていることを気に掛けたミシェルは、気が付いたようにそう言い、タオルを取るためにソファーから立ち上がった。



ー…おかしいな、ちゃんと拭き取ったつもりだったのに…ー



彼の髪が濡れているのは別に雨で濡れたわけではなく、ただ風呂から上がったばかりで、しっかりと水分が拭き取れていなかっただけなのだ。


拓也は自分の髪を弄りながらそんなことを考える。


そうこうしているうちにミシェルが白いタオルを手に戻ってきた。



「どうぞ、ちゃんと拭かないと風邪ひいちゃいますよ?」



「おぉ、さんきゅ~。流石ミシェル気が利く」



「……褒めても何も出ませんよ」



恥ずかしそうにそういうミシェルだが、拓也は髪を受け取ったタオルでゴシゴシ拭いているためその声は耳に入ってこなかった。




「この半日で何か変わったことは無かった?」



「大丈夫ですよ、拓也さんの方はどうですか?」



何気なくそう尋ねた拓也。


ミシェルはいつも通りの顔でそう返す。彼女も彼はきっと適当に返すと思っていたのだが、拓也は何故か髪を拭く手を止める。


その動作に、ミシェルは何かあったのかと考えた。そして彼女のその予想は見事的中していた。



「俺…王女誘拐することになっちゃった…」



「………どういうことですか?」



項垂れながらそういう拓也を心配したミシェルは、彼が訳も無くそんなことをするわけがない。そう考え、優しく声をかけた。



「ククク…」



拓也は拓也で、項垂れたまま自嘲気味に笑う。


そんな彼の仕草を見たミシェルは、きっと彼は既に解決策を出したのだと確信し、とりあえず心配を拭い去ることが出来た。



「実はな…」



そして拓也が理由を話し始めようとしたときだった。


彼の声を遮る様にして『グ~』という音がリビングに木霊する。音の発生源は拓也。


ミシェルはその音の正体をすぐさま見破り、軽く笑み零すと、拓也の隣から立ち上がった。



「夕飯まだなんですね、間違えて拓也さんの分も作っちゃいましたから食べながら聞かせてください」



その足をキッチンへと運び、鍋に火をかけるミシェル。


彼女も拓也と一緒の生活していた時間が続いていたためか、いつもの癖で二人分の夕食を作ってしまっていたようだ。


そんな失敗にちょっと照れくさそうに微笑みながら、スープを温め始める。



「…!それは助かった!実は王女の悩みを聞いてたら食べ損ねたんだ。宿行ったら食堂の灯り落ちてて絶望した」



「ふふふ、災難でしたね」



手際よく準備を進めるミシェルの傍で、温まるのを待ちながらそんなことを言う拓也、余程お腹が空いているのだろう。




「よし……温まったのでお皿出してもらえますか?」



「あいよ~」



ミシェルの指示に、珍しく潔く従う拓也。いつもなら一つ二つの寝た発言があるのだが、今日はそんなことをしている時間すら惜しいのだ。


食器棚に仕舞われてある皿を数種類取り、ミシェルに手渡す。



「…」



そこで拓也は何を思ったのか、エプロン姿のミシェルを眺めながら、とんでもないことを口走る。



「ミシェルって将来いい嫁さんになるな、絶対」



「………」



ぽかんとした表情で、拓也が何を言ったのか、一瞬理解できないミシェル。


しかしそれも一瞬のうちだけで、すぐさま思考は物凄い勢いで巡り始めた。



普通の表情を取り繕ってはいるが、肌がじっとりと熱くなっていくのをしっかりを感じる。



「にゃ、なにを言ってるんです…か?」



「だって家事全般出来るし基本的に温厚だしルックスは良いし強いし……言うことなしじゃねーかこんちくしょう」



「そ、そんなこと…ないですよ」



珍しく素直にそう褒めてくる拓也。


彼にとって珍しいその行為は、同時に彼女にとっても珍しい物であり、それについての対処には慣れていない。


故に恥ずかしさの余りに、若干言葉を詰まらせたり、舌を噛んだりするミシェルだった。



「しかもこんな感じで色々気が回るし。





あ、でもミシェルが結婚するってなったら俺どうすればいいんだ?」



「ッ!そんな未来のこと分かりませんよ…」



「きっと庭に鎖で繋がれるのね?そうなのね?…俺っち犬扱い?」



拓也が言っているのは、自分はミシェル護るためにここに居る以上、彼女からは離れられない。


しかし、彼女に将来夫が出来た時には、のうのうと家に居るわけにもいかない。


そこでどうすればいいのかと口に出したという訳だ。



拓也に好意を抱くミシェル。そんな彼からのこんな話題が出て、自分の色々な部分を褒められたことで、ミシェルも遂に限界が訪れ始めたのか、頬がほんのりと朱に染まり始める。



「そ、そういう拓也さんだって家事全般私より出来るじゃないですか!あと強いですし!



それから…優しい所もありますから……」



恥ずかしさの余り、話題の中心の人物を拓也にすり替えてそう話すミシェル。

最後には、自分自身が彼に惚れた理由を彼の長所としてゴニョゴニョと口籠りながら言った。


きっとこうすればいつもの調子でふざけてくれる、ミシェルはそう考えていたのだろう。



「いや、俺結婚するつもりないし」



しかし拓也は以外にも真面目に、あっさりとそう言い放った。



流石にこれにはミシェルも意外だったのだろう。


なにせいつもの彼なら『そうだね、僕ちんモテモテだから逆玉ぐらい余裕っすわ』ぐらい言って見せるはずなのだ。


それにしても意外な答えだとミシェルも思う。と同時に、何故か少しこころが痛くなるのを感じる。


拓也のその言葉。ミシェルは自分が彼の隣に立つことは無いと悟ってしまったような感じがしていた。



「(いいえ…拓也さんとはそういう関係でもないですし)」



交際関係でもない自分が不意にそんなことを考えていたことを自嘲気味に笑い、気持ちを整理するミシェル。



「意外ですね、拓也さんは女好きだと思っていたのですが」



「なにそれ酷い」




八つ当たりでもないが、若干声に棘があるようにも聞こえるその言葉。


拓也はミシェルの言ったことに対して苦笑いを浮かべいつものように軽口を叩きながら、スープを器に注いだ後、ゆっくりと口を開いた。




「だって俺が結婚したらミシェルの傍に居られなくなるじゃん」



「…………………………………は、はぁ?」



「うぉっと!あっぶねぇ!」



ミシェルにしてはかなり取り乱している方だろう。


盛り付けるために持っていた皿が手の平からするりと抜け落ちる。しかしそれを地面に届く数センチ前で拓也が手で止めることで事なきを得た。



「…何してんの?」



皿を手渡す拓也。ミシェルはその皿をすぐに奪う様にして取り上げると彼に背を向ける。


拓也の前だと言うのに構わず赤面して行くミシェル。


受け取った皿で口元を隠すように覆うと、血迷った返し方をする。



「く、口説いてるんですか?」



いつもの彼女からは絶対に出ないような切り替えし。


拓也は拓也でとくに気にしないでへらへらと笑いながら料理を皿に盛りつけている。




「考えてもみろ、俺はミシェルを護るためにここに居るんだぜ?」



ヘラヘラしながら軽口をたたく拓也は、湯気の上がるスープの器をテーブルへと運ぶ。


濡らしたタオルでテーブルを拭くと、いつも自分が座っている場所に器を置いた。



「た、確かにそうですね!



……でも私のせいで拓也さんの幸せを邪魔するのも悪いです…」



ミシェルは、自分が守られる存在ということで拓也の自由を縛っているのではないだろうか?そう考えた。


この発言に、拓也の間考えるようなしぐさをする。



しばらくそうしていると、急に何かを閃いたように目を見開き、手をポンと叩く。



「あれ?じゃあミシェルが俺と結婚したら万事解決じゃね?」



そしてとんでもない規模の爆弾を投下した。



ミシェルの手からまたも皿がするりと抜け落ち、拓也が油断していたこともあって、皿は遂に地面に激突した。


大きな音と共に辺りに飛散する鋭い破片、拓也は慌てて立ち上がりミシェルのもとへ小走りで近づこうとするが



「ッ…こ、来ないでください!」



「み、ミシェル!?危ないから動くなって!」



顔の前で手をぶんぶん振り回し、拓也に近づいてこないようにそう制止したのだ。


拓也は、下手に動けば周りに散らばっている破片で彼女が怪我をしかねない。そのことを考えるのに必死で、彼女の顔が真っ赤なことには気が付いていない。



「ヘイヘイ、ステイ!だから動くなってミシェル!危ない!」



「だ、だから今は近づかないでくださいってば!」



ミシェルは自分のこんな姿を見らたくなく、必死に拓也を静止する。


しかし拓也は一見従順なように見せながらも彼女に動くなと呼びかけながらジリジリと距離を縮めていった。



拓也が近づく度に、ミシェルの動きは更に過激になる



「…あっ!」



そして遂に足を滑らせ、尻餅をつくような形で地面へ両手を付いてしまうのだった。


あ~あ、といった顔で拓也は片手で頭に手を当てる。



「だから言ったろ……まったく」



そしてどうやって移動したのか、音も無く彼女の隣まで歩み寄った拓也は、ミシェルの手をとる。



「見せてみろ…ッエン!!」



次の瞬間拓也の頬にめり込む裏拳。


さっきもこんなことがあったなぁ、とちょっとしたデジャブを感じながら拓也も破片の海へダイブしていった。




「あ、あぁ!ごめんなさい大丈夫ですか!」



「俺より自分の心配をしなさい」



そう言いゆらりと起き上がる拓也。あの危険地帯へダイブしたはずなのに、その体に破片は一つも刺さっていない。



「ちょッ///何するんですか!?離してください!」



拓也は服に付いた破片を丁寧に落とすと、ミシェルを軽々と持ち上げる。


恥ずかしさの余り力の限り暴れるミシェルだが、生憎相手は拓也だ。ビクともしない、そしてそのままソファーまで運ばれ、腰かけさせられる。



「よっこいせっと、動くなよ?」



有無を言わせないその言い方に、ミシェルは黙って頷く。


拓也はゲートを開くと、その中から薬箱らしきものとピンセットを取り出し、何かの準備を始める。



「はい、左手」



「………はい?」



「いや…だから左手、怪我してんじゃん」



拓也が何を言っているのかわからないと言って表情で、ミシェルは言われる通りに自分の左手を確認してみる。


そこにはキラリと輝く白い破片が複数手の平に深々と刺さっており、赤い液体が流れ出ている。

ミシェルは、きっと焦りと羞恥の余り気が付かなかったのだろうと言う考えに至り、それを理由として自己完結するのだった。



「な、何を!///」



「とりあえず破片取ってから…止血。それと縫合…は魔法使えばいいか」



いつまでも左手を見つめたまま動かないミシェルにしびれを切らしたのか、拓也は彼女の手を勝手にとると、よく観察しながらそう呟いた。


落ち着き、痛みを感じ始めていたミシェルだが、手の平の傷口から拓也が掴んでいる手首に感覚が集中しはじめ、またもや痛みは麻酔を打ったかのように感じなくなっていく。


そんな彼女の精神状態に比例するように体温も上がり、身体の火照りが明確になっていくのだった。



「ちょっと痛いけど我慢してね~」



ピンセットを手に取り、それを使って破片を取り除こうとする拓也。


一応そう忠告し、ミシェルの手の平にピンセットの先を伸ばした。



「痛ッ……」



「先が少し返しみたいになってるな…これは厄介な刺さり方をしたもんだぜ」



「…ごめんなさい、迷惑をかけてしまって……」



チクリと走る痛みに、その顔を歪めたミシェル。


拓也は一度ピンセットに込める力を抜くと、眉を顰めてそう呟いた。


ミシェルは様々な面で彼に迷惑をかけてしまっていることに負い目を感じてそう謝罪する。



「あぁ気にすんな、それに俺がふざけた冗談でおちょくったせいってのもあるし。


……空間魔法で取り除くか…ミシェル、手を動かすなよ?」



「は、はい。分かりました」



やはりさっきのあの言葉は冗談だったのかと少し残念な気持ちになりながら、ミシェルは左手を動かさないように脱力する。


拓也は真剣な表情で彼女の手の平の上の空間に、小さな空間の魔法陣を展開し、準備を始めた。



「術式展開……座標指定、x座標…y座標…z座標からx座標…y座標…z座標…へ。設定完了」



ブツブツと独り言のように呟く拓也。ミシェルは黙ってその光景を見守っている。


ふと視線を自分の手へ落とすミシェル。よく見れば傷口から流れていた血液が止まっていることに彼女は気がついた。

恐らく並行して止血のほうもしてくれていたのだろう。その結論にたどり着き、彼のそんな手際の良さに感心するのだった。



「発動……ふぅ、完了。撤去を確認」



「…相変わらず凄い腕前ですね。


でも結構時間掛かってましたね、調子でも悪いんですか?」



「いや、飛ばすときにミシェルの手の組織まで飛ばしちゃったらシャレになんないだろ?

おまけに少しでも破片が残ったら中に入ったままで余計痛いと思うし。


ということで今回は丁寧にやらせてもらいましたって訳ですはい」



刺さっていた破片が綺麗さっぱりなくなった左手、裏表をひっくり返しながらミシェルは感心したように頷いた。




拓也はミシェルの手を離すと、薬箱からガーゼと消毒液を取り出す。


取り出したガーゼに消毒液を染みこませると、ミシェルの手の平の傷口にそれを押し当てた。



「…ッ!」



「ハハハ、染みるだろうな」



苦渋の表情のミシェルをあざ笑うように拓也は笑いながらガーゼで傷口をトントンと叩き、悶えるミシェルを見て更に声をあげて笑う。


消毒が終わると、ミシェルは拓也を恨めしそうな目で見つめるが、拓也は目を合わせようとはせずにまた薬箱をあさり始めた。



「てってれ~、絆創膏~!」



取り出したのは絆創膏。


それをミシェルの手の平に貼り付け…ると見せかけゴミ箱へ放った。



「クックック、こんなアナログな手段を使うほど俺様は過去に生きる遺物ではないのだよ【ヒール】」



じゃあ何故出したのだとミシェルはいつもながらに頭が痛くなった。


みるみる塞がる傷口。


数秒経つ頃には、彼女の傷口は何事もなかったかのように元の綺麗な手に戻っている。



「…ありがとうございます」



「どういたしまして」



ミシェルが述べる感謝の言葉に、ヘラヘラ笑いながらそう返し、今度はキッチンの地面に散らばる破片を集め始めた。


あっという間に片付け終わると、自分の夕食をテーブルへ運び、椅子に腰掛け、手を合わせる。



「それじゃあいただきます」



挨拶をし、食事を始める拓也。


その向かいの椅子にミシェルは腰掛けた。



彼のその食べっぷりにちょっと嬉しくなり笑顔をもらす、そして本題に入るべく口を開く。



「それで王女を誘拐するっていうのはどういうことなんですか?」



ミシェルに声を掛けられ、咀嚼していたものを飲み込む拓也。



「あぁ、なんかあの国の王女、王はいいといっているんだけど大臣達が過保護過ぎて城の外に出られないんだと。


それがなんかいたたまれなくなくってちょっとだけ外へ連れ出そうかと思ってな」



「なるほど、確かにそれはちょっと可哀想ですね」




「まぁ部外者が首を突っ込む問題でもないかもしれんがねぇ……俺の良心が痛むのよ」



「驚きですね、拓也さんに良心なんてものがあるんですか」



「あったりまえよ、むしろ良心95%くらいでできてるんだぜ?」



「……残りの5パーセントは何なんですかね…」



「ひ・み・つ!☆」



そんな会話をしながら拓也は食事を続ける。


ミシェルも適当に話題を振り、話を続けた。


拓也はかなり空腹だったのだろう。大量の食事をあっという間に平らげ、椅子に大きくもたれ掛かる。



「ご馳走様でした~」



「はい、今日は結構食べましたね」



「お腹空いてたからな、巨大生物と一回、んで騎士団長と一回、合計2回も戦わされたからなぁ。多分そのせいもある」



拓也は海の魔物と戦いと、バーサーカー騎士団長との戦いを思い出しながらそう呟いた。


ミシェルはそれを聞いて心配になったのだが、見た感じ怪我もないことを確認して、何も口には出さなかった。


きっと口に出したら出したでおちょくられることをわかっているのだろう。



「…仕事、大変そうですね」



だからそれだけ言い、食器をもって流し台へ向かった。



「ハハハ、君はこの俺がその程度で音を上げるとでも思っているのかね?


後それは俺がやろう」



拓也も彼女の後に続き、流し台へと足を運ぶ。


ミシェルが手にしていたスポンジをひったくると、それに洗剤を垂らし、何度か揉むことで泡を出し自分が使用した食器を洗い始めた。


隣で立ち尽くすミシェル。拓也は彼女にいつも使っている食器の水分を拭き取る布を手渡す。



「洗剤は手が荒れるから」



そんな彼のさりげない優しさにミシェルはほっこりとした気持ちになったのだった。


次々と手渡される食器、その水分を拭くミシェル。



そんないつもの様な光景だが、拓也の先程の発言を思い出したミシェルは、ふとあることを頭に思い浮かべる。



「(…夫婦って……こんな感じなんでしょうか……?)」



自分でもそんな思考に辿り着いてしまったことにハッとして、すぐに違うことを思い浮かべなんとかその考えをもみ消したのだった。


なんとか荒ぶる心臓を抑え込み、落ち着きを取り戻したミシェル。



手渡された食器を機械的に拭きながら、徐々に落ち着きを取り戻す。


そしてあることを一つ、心に決めるのだった。



「(でも…きっといつか……この想いをきちんと拓也さんに伝えよう)」



そんな考えがまさか出てくるとは思っていなかったミシェルは、自分でも少し進歩出来たと確信する。


そして微笑みながら拓也の隣に立ち、作業を進めた。



そこでミシェルは同時に、前々から言おうと思っていたことを思い出した。


作業をする手は止めずに、口を開く。



「あの、拓也さん。一つお願いがあるんですが……」



「ん、いいよ~」



内容を聞く前に承諾する拓也、そんな彼の事を彼らしいなと思いながらミシェルは続ける。



「その……前に拓也さんとセラフィムさんが作った料理、私も作れるようになりたいんですけど……出来れば…教えて貰えませんか?」



前に作った料理。セラフィム印の養殖ブリ、春菊をメインに使った日本食の事を言っているのだろう。


拓也もそのことをあぁそういえばと言いながら思い出した。



「あぁ…ミシェル結構気に入ってたもんね、分かった、了解。じゃあ毎週土曜の剣術の稽古が終わった後……はミシェル生まれたての仔馬みたいになってるから…


日曜日にやろうか」



「ありがとうございます。毎回頼ってばかりですみません…」



「なに、和食は俺の好物でもあるから作れるようになってくれるなら俺も嬉しい」



「………拓也さんの好きな料理なんですか」



ひょんなことでミシェルは、自分にとって有益な情報を手に入れた。


昔からよく言う胃袋を掴むということは、恋愛にとってしなければいけない項目でもある。



そんな思わぬ幸運に、微笑むミシェル。





「まぁ結構難しいけどミシェルならすぐマスターするだろ、多分」



「随分と適当な言い方ですね」



そんなことをしている間に使った食器を全て洗い終わる。


拓也はリビングのソファーの上に置いてあった黒ローブに手を掛けると、それを羽織った。




「ミシェルはなんでも要領がいいからね。


…もうちょっとゆっくりしてたいけどそろそろ戻るわ、何かあったらすぐ戻ってくるから」



大きく伸びをして、続けざまに欠伸をすると、拓也はそう言った。



「あぁ、そういえばお仕事の途中でしたもんね。というかそんなに心配しなくても大丈夫ですよ」



「また誘拐されるぞ」



「二度と不覚は取りません」



「クックック、頼もしい限りだ。




でもまぁ、前にも言ったが何があっても俺が絶対護るから安心しとけ。AL○OKも真っ白な防衛能力が俺にはある」



ALS○Kって何だろう?と首を傾げたミシェル。


とりあえずその部分は無視することにし、優しい微笑みを拓也に向ける。



「頼もしいですね」



「そりゃあ俺だし」



ふんぞり返り、胸を大きく張ってそう自慢げに口を開く拓也。


先程の微笑みは何処へやら…ジト目で拓也を見つめるミシェルは溜息を一つ着くと口を開く。



「……そういう自信満々な所がウザいですね」



そう罵倒してもケタケタ笑うだけの拓也。


ミシェルも彼はそういったことを言っても気にしないことを知ったうえでそう言っているのだ。

ある意味これも信頼関係の一種と言えるだろう。



「それじゃあ行ってくるわ、ちゃんと栄養のあるもの食べなきゃだめだぞ」



「分かってますよ……行ってらっしゃい」



ミシェルが拓也を送り出す言葉を言う。


拓也はその言葉を聞き届けると、片手を上げて挨拶をし、空間移動でミーリタリア王国へ向かったのだった。




・・・・・



ミーリタリア王国、王城。



「ハァ~」



広い部屋、シンプルだが制作した職人の業を感じさせる家具が置かれた上品な一室で溜息を零す一人の少女。


薄い水色のロングの髪をユラユラと揺らし、忙しなく部屋を歩き回る。



「あのように仰っていましたが……本当に来てくれるのでしょうか…」



その少女、エリミリアは、ある人物の事を待っていた。


そう、剣帝…拓也の事である。



あの後、王である父に許可をもらいに行った彼女は、快く承諾してもらうことに成功していた。


しかし問題は大臣たち、それに関しては王もあまり口を出せない。


そこで拓也が彼女を連れ出すという計画だ。そう約束をした日から2日たった。つまり今日が決行の日である。



エリミリアは心配そうにまた一つ溜息を零す。


時刻は10時。朝食を終えて戻ってきたばかりの彼女はその期待からか落ち着きが全く見られない。




その時、不意に窓のコンコン、と方で音が鳴った。



「!、剣帝様?」



そこへ視線を向けるが当然誰も居ない。当たり前だ、この部屋は王城の中でもかなり高い場所にある。


おまけに外には警備が居てとても気づかれずにここまで登って来られるものなどいるはずが無い。


きっと風に吹かれて窓が鳴っただけなのだ。そう考えるエリミリア。

期待して分だけその気持ちの落差も激しく、項垂れるようにベッドの端へ沈むように腰かけた。



『コンコン』



次の瞬間、またもや窓から先程と同じ音が聞こえてくる。


流石に彼女でもその音が明らかに人為的に発生していると分かった。



「まさか…そんなわけが……」



口ではそう言っているものの、足は何故か期待に踊り、軽快に窓へ向けて動き出す。


勢いよく窓を開け放ち、外を見るエリミリア。



「…違いましたか」



しかしその視界には目的の人物は映らなかった。


またもや沈んだ気持ちになりながら、窓を閉めようとする。




その刹那、鼻を抜けるフローラルな香り。


それにつられるように下の方へ視線をやると…



「お待たせいたしました、王女殿下」



片方の手で窓の縁に指を掛けてぶら下がり、もう片方で美しい花束を彼女に差し出す者の姿があった。




「…あの……どちら様でしょうか?」



その人物の発言と、出現したタイミング。


それを照らし合わせ、エリミリアの脳内に残された人物はただ一人、剣帝。


目の前に居る人物は間違いなくその人なのだろうが、彼女の視界から入る情報がそれを必死に否定した。



「誰って…剣帝だけど」



彼女の問いかけに、不思議そうに首を傾げながら答える剣帝、拓也。


腕に力を籠め、飛びあがり窓から部屋へ侵入する。



その一挙一動を食い入るように見つめるエリミリア。


自ら名乗り、この人物が剣帝であることは確定したはずなのだが、彼女は未だに信じられなかった。



「……剣帝様は女性だったのですか?」



信じられないようなものを見る目でそういうエリミリア。


拓也は何言ってんだ?と言いたげな視線で彼女を見たが、次の瞬間、ふとあることを思い出し、納得がいったと言わんばかりに頷く。



「あぁそうそう、これは変装ね」



自分の姿を確認しながら拓也はそう言った。


そういう彼の今の服装は、黒のロングスカートに白い長袖のブラウス。首周りにオレンジ色のスカーフを巻いた、所謂女装。


恐らくかつらであろう黒いセミロングの髪を軽く手で払いながら、彼は軽く微笑んで見せる。



微笑む、そう、つまり顔を隠していないのだ。



そこにまず驚き、顔を指差すエリミリアだが、彼はヘラヘラと笑いながら口を開く。



「安心しろ、これは精巧に作られたマスクだ」



「そ、そうでしたか!」



首の付け根辺りに親指をくいこませながらそう言った拓也。


するとマスクの接続面が僅かに浮き上がり、今の顔が作り物であることを証明して見せた。





胸も丁度いいくらいに膨らんでいる。きっと詰め物でもしているのだろうとエリミリアは想像する。


いつまでも自分の事をじろじろと見ている彼女に、拓也は欠伸をしながら口を開いた。



「さて、とっとと準備しちゃいな」



手近な椅子に腰かけ、ボーっとして架空を見上げる拓也。


そう言われたエリミリアは慌ててバッグを手に取ると、何か色々な物をそれに詰め始めた。



~それにしても女の子の部屋とか滅多に入んないからなんか興奮するなぁ……ミシェルの部屋と違ってちょっと甘い匂いが強い……~



拓也は一人そんなことを考えるが、当然口には出さない。


出してしまったらそれこそただの気持ち悪い奴という認識が彼女に植えつけられてしまうからだろう。



「準備終わりましたわ、いつでも行けます」



「そうか…」



準備が終わったと言いながら、バッグを肩からかけてそういうエリミリア。


すると拓也はワザとらしく、一つ咳払いをして見せた。そして何度か高い声や低い声の発声を繰り返し、何か整った言わんばかりに良い表情をする。



「じゃあ行っくよ~エリーちゃん!」



次の瞬間、エリミリアは王女という地位も忘れて思い切り噴き出した。



「どうしたの?急に笑いだしたりして」



それもそうだ。


何故なら今まで女装はしていたものの男性の声でしゃべっていた拓也が、いきなり高く綺麗な女性の声を発声するように変ってしまったのだ。


妙にキャピキャピした動きでお腹を抱えて俯くエリミリアの顔を覗き込む拓也。


そのせいで更に彼女の腹筋は荒ぶった。



「え~?私どこか変なところある~?何よもう!ちゃんと言ってよ~!」



くるりとその場で一回転する拓也。スカートを翻しながら回るその動作は、まさに女性そのものだった。



拓也は確かに色々なことが出来る。キットこれも天界で身に付けてきた技術の一つなのだろう。



ようやく自制の利かなかった腹筋を抑え込み、エリミリアは笑い過ぎで目の端に溜まっていた涙軽く拭き取り、口を開く。




「剣帝様は本当に面白いですわ、一緒に居て退屈しません」



「そりゃあ俺ですし。城下では俺のことをお姉ちゃんかエリザベスと呼べ、流石に剣帝様じゃ浮きすぎる」



「……クスクス…………」



「おいこら何笑ってんだ」



「だって……いきなり声を元に戻すのですもの。面白いのですよ。それと何故お姉ちゃん?なんでしょうか?」



「俺の外見が女だし、それに年齢的に見て俺の方が年上だろうしね。


そう言えば何歳なの?」



エリミリアにそう年齢を尋ねる拓也。


女装状態で男声で喋る彼にはまだ違和感があるのか、口角を微妙に吊り上げながら彼女は答えた。



「13歳です、もうすぐ14歳ですわ」



「…だいぶ雰囲気が大人びてるな…15歳くらいかと思ってた……」



彼女の落ち着いた雰囲気のせいだろう、拓也は驚いた顔をしながらそう言う。


きっと箱入り娘として育てられてきたという理由もあるのだろうと思考を巡らせて、一人納得した拓也だった。




「よし、じゃあ行くか~。っとの前に…『身代わり《スケープゴート》』よし」



拓也がそう唱えると、先程まで彼が座っていた椅子に、エリミリアそっくりの作り物が現れる。


これは拓也の魔法、土魔法で作り上げた人形に、光魔法で映像を投影するという魔法だ。



「わぁ、凄いですわ」



「もっと褒めていいよ~」



彼のそのオリジナル魔法を見つめ、感嘆の声を漏らすエリミリア。


自分そっくりなその作り物をあらゆる角度から見回す





「まぁ動かないけどね、というかそんな術式組み込みのめんどくさい」



パターン作るのとか超めんどいと続ける拓也。


その言い方を聞く限り、出来ないことは無いのだろう。



「…凄いですわ」



視線の先には自分と寸分たがわない土塊の人形、エリミリアはまだ目の前の身代わりに見入っている。


単純に彼の能力の高さに驚愕する彼女。自国の騎士団長があっさりやられるのもなんだか納得してしまう彼女だった



「音声は……流石にそんな魔法作ってなかったなぁ…。俺としたことが……」



流石の拓也でも、魔法を作るときは用法要領を守らなくてはいけない。


もし今即興で作って失敗し大きな音でも発声すれば、それこそすぐに大臣たちが飛んでくることは間違いない。



「……こんな時は…カモーン、イスラフェル」



すると拓也は自分の使い魔、音の属性神の名を呼んだ。



その呼びかけに呼応するように、音も無く現れる結った桜色の髪を揺らす吟遊詩人のような恰好をした大人の女性。



「お呼びでしょうかマスt…………マスター…ですか?」



拓也の女装のせいで彼に気が付けず、一瞬自分の主を探すように辺りを見回すイスラフェル。


しばらく黙り込み、女装拓也を見つめると、そう尋ねた。



「そうよ!今は訳あってこんな格好してるけど、私があなたのマスターなのよ!」



そして何故か女性の声帯模写でそう答える拓也。いい加減話がややこしくなるのでやめてほしいところである。



とりあえず目の前に居る長身フツメン女をイスラフェルは自分のマスター、鬼灯拓也と判断することにした。


するとだいぶ落ち着いて来たのか、イスラフェルの視線がようやくエリミリアを捉える。

挨拶に軽く会釈をするイスラフェル。



しかしエリミリアは突然の彼女の登場に驚いたのか、拓也の影へ隠れるように移動した。



「え…え!?…ど、どうして、なんで私怖がられてるのでしょうか?」



「そりゃお前、不法侵入だもの。おまけにこの子王族だよ~、きっと恐ろしい処罰が下るよ~」



両手で架空を揉み、ゲスな笑いを浮かべてイスラフェルをおちょくる拓也


「あ、やっぱりマスターでしたか。……そ、それより処罰なんていやです!!」



拓也の声が普段通りに戻ったことで、ようやく拓也だと言うことを確信したイスラフェル


しかし思い出したように慌ててそう言った。




顔の前で両手をぶんぶんと振り、拒否の言葉を並べるイスラフェル。



そんな子どものような彼女を見てか、エリミリアは先程の会釈への返事のように軽く会釈をする。


次の瞬間、パァァと見るからに明るくなるイスラフェルの表情。



ー姿は大人だけど内面は子どもみたいだな、イスラフェルの奴…ー



拓也はそんなことを声に出さずに考え、内心少し微笑んだ。



「それでイスラフェル…仕事なんだが………」



「はい、…どうしたのですかマスター?元気がないですよ」



「いやぁ、これから頼もうと思ってる仕事があまりに地味でなんか申し訳ないんだ……。



内容としては、王女の声帯模写をして部屋に尋ねてくる大臣たちをやんわりと追い返すこと。なんだけどさ……」




そう、拓也の考えは、音の属性神である彼女ならば声帯模写を魔法を使って扱うこともできるだろうと踏んだのだ。


しかし呼んだはいいのだが、仕事内容のあまりの地味さに負い目を感じているのだ。



「かしこまりましたマスター」



拓也のその依頼に、いやな顔一つせず引き受けたイスラフェル。


これには拓也も意表を突かれたのか目を丸くして彼女の言葉を聞いていた。



「意外…って考えていますね、マスター。


いいですか?私はあなたの使い魔です。ですから主であるあなたに逆らう理由などありません」



「でも暇だよ?飴とお菓子と食糧類は準備してるけど…」



そう言うと拓也はゲートを開き、大量の飴と飴と…食糧類と少量のお菓子を引きづり出した。


そんな彼の行動を、苦笑いで見守るイスラフェル。



少しだけ口元を押さえて笑うと、説明するように口を開いた。




「あなたに呼ばれたあの日から私はあなたに忠誠を誓っています。


それに使い魔だって、いくら呼び出されたからと言って信頼に足らない主とは誓約しませんよ?」



「せやかて……誓約破棄とかあるんじゃない?あるんでしょ?後ろからグサーとかあるんでしょ?」



「確かに主があまりにもダメだったときはそんなこともあると聞きますね。


ですが私はマスターを尊敬しています。それが続くが限りそんなことはありません。


それともこの程度のことでマスターへの信頼が無くなるとお思いですか?」





イスラフェルが拓也を諭すように説得する。



拓也は少し考え込むように俯くと、いつもの様な呑気でニヤけている顔をイスラフェルに向けた。



「じゃあ頼む、ここは任せた」



「かしこまりました、お任せください」




そんな光景を拓也の背から見ていたエリミリア。


これが使い魔と主の関係なのかと興味深そうに見つめている。


拓也はイスラフェルにグッドサインをだし、エリミリアの手を掴み窓の付近まで移動した。



「それじゃあ行くか、まずは王都を一望出来るとこまで行くぞ~!」



「え、…あ、あの…」



おもむろに窓の縁に足を掛けた片思うと、エリミリアの背中とひざ裏に手を回す。



そして……



「え……えぇぇぇ!?キャアアアアアアアアアアァァァァァァァァ」




一国の王女を、遥か上空向かって思い切りぶん投げた。



「じゃあママ!行ってきま~す!」



拓也もすぐさま窓から身を乗り出し、イスラフェルに向けて女声でそう残すと縁を踏み、エリミリアを追う様に跳躍する。









「(あぁ、きっともう駄目ですわ…)」



恐ろしい速度で重力に逆らって上空へ昇っているエリミリア、しかしなっぜか風圧等はほとんど感じない。


気が付けばいつも遥か上空に浮かんでいる雲が、もう手を伸ばせば届くような距離まで来ていた。


不意に手を伸ばす…が、そこで上昇は徐々に遅くなり止まる。結局雲を彼女はつかむことも無く身体は次第に下へ引き戻されて行き始めた。



「は~い!とうちゃくだよ~!」



しかし背中は案外すぐに何かに接触した。



グニャーと彼女の体重を受け入れるように沈み込む背後の物体に、エリミリアは手をついて、上半身を起こした。



しかし触れているはずの物は目には見えず、自分が宙に浮いているような感じになっている。


非常に高い場所に居るため、思わず足がすくむエリミリア。



だが、自分の体を支えている物が頑丈な物だと悟り、立ち上がると、拓也が立つ方へ歩いて行った。



「さぁ!下をよく見て!これがあなたの住んでいる国よ!」



「…わぁ……」



拓也が指差す真下にエリミリアは自然に視線が吸い込まれた。



そこに広がっていたのは、自分が暮らす国。



一つの大きな島が丸々王都になっており、周囲の小島も開拓が進んでいる。


まさに海洋国家という感じだ。




転々と海面に浮かぶ船、それらが波に揺られユラユラと漂っている。



「綺麗な国だな」



隣に立つ拓也が、声を変えるのも忘れてそう呟いた。


エリミリアは自分がいつもいる城があんなにも小さく見えることに興奮を覚えながら、更に王国全体を見回す。


果樹園のようになっている小さな島、海面から勢いよく飛び出た生き物に目を光らせ、心を躍らせた。



「こんなに素晴らしい国だったのですね」



そしてエリミリアは、こんな素敵な国の王が自分の父親であることを誇りに感じ、それと同時に次の世代としてこの国を守らなくてはいけないという使命感に駆られるのだった。



「あぁそれと……今日一日、私の事はミカ子って呼んでね!」



「エリザベスでは………」



「気が変わったの!」


唐突にそんなことを言い始めた拓也。


エリミリアは思い切り疑問符を浮かべて、首を傾げる。


しかし拓也はそんなことお構いなしにくるりと一回転すると、彼女に向かってビシッと指を指した。



※人に指を指すのは失礼なので良い子の皆はやめましょう!



そして拓也は軽くウインクし、説明するように口を開く。



「剣帝の帝の部分をもじったのよ!あ、お姉ちゃんでも可!」



非常にウザい。


妙にキャピキャピした動きで説明と提案をする拓也。しかしそんな彼に嫌な顔一つせず、エリミリアは微笑んで返した。



「はい、では今日一日よろしくお願いしますね。お姉様」



「………………………グハァァッ!!?」



エリミリアにお姉様と呼ばれ拓也は、次の瞬間動きが一瞬止まったかと思うと、盛大に口から真っ赤な液体を吹きだした。


そんな彼の異常な行動にエリミリアは心配した様に寄り添って、呼びかける。



「ど、どうされたのですかお姉様!?」



「ンハァァァァ!!!」



今度は目からも血を流す。そのまま結界を張って作った地面をのたうち回り、同時に吐血も繰り返した。



「…な、なんという妹力………末恐ろしい…」



手を着いて辛うじて踏ん張りそう言う拓也。しかし口を押える手の隙間から血が滴り落ち、かなりスプラッタな光景である。


拓也の本来の性別ではない呼称でこの効果。


ー…きっとこれがお兄様…もしくはお兄ちゃんだったらこの程度じゃすまなかった……ー


エリミリアの秘められたポテンシャルに驚愕し、更に血の塊を吐き出す拓也。


彼女はそんな異常状態の彼を心配するよう声をかける。



「大丈夫ですか!?……は、はやくお医者様を……」



「あぁ大丈夫、もう治った」



アワアワとして周りをきょろきょろするエリミリアに拓也はそう伝えると、すっくと起き上がる。


さっきまでの状態は一体どこへ行ったのだろう。エリミリアはぽかーんとした表情で拓也を見上げていた。



そんな彼女の視線の先でゲートを開く拓也は、こちらへ来いと手で合図を送る。



「さぁ行くわよ~!取りあえず街へレッツゴー!」



またもや女声に戻し、拓也は片手を空へ突き上げると、近寄ってきたエリミリアの背中を押して一緒にゲートの先へ消えていった。




・・・・・



「なぁ…何で付いてくるんだ?」



「放っておいたらどうせ何もせずに終わるだろう?君の事だ、日当りのいい場所で昼寝でもするに違いない」



場所は移り、ミーリタリア王国城下町。


国民で溢れかえる活気のある街の中を、他国の学園の生徒二人が歩いていた。



一人は180cm程の身長に、寝癖の付いた黒髪。非常に整った顔立ちだが、やる気のなさが滲み出ている。



もう一人、彼の後ろをついて歩く黄緑のショートヘアーの長身の女性。170cmはあるだろうか。



「あのなぁマーシュ……俺はこれから日当りのいい海辺でも行こうと思っていたんだ」



「やっぱりそこで昼寝をするつもりだね、そうはさせないよメイヴィス。折角の他国を見て回る機会なんだ、たまには昼寝くらい我慢しなよ」



逃げようと歩調を早めるメイヴィスを追いかけるようについてくるマーシュ。


人通りの多い場所を抜け、林のような場所へ入って行った二人。



「……じゃあ実力行使だな」



「…え?」



あまりに諦めの悪いマーシュにメイヴィスも自分なりの対抗策を考えたようだ。


口角を釣り上げながらそう零すと体に魔力での身体強化を施し、上に被さるように覆っている木の枝と葉の間を思い切り跳躍して空へ向かって突き抜けていった。




「……ま、待てメイヴィス!」



一間隔開けてマーシュも追う様に跳び上がる。


木の枝と葉のバリケードを突き破り、開けた視界のはるか先にメイヴィスの姿はあった。



「相変わらず速いなぁ、あぁもう!」



全速力で追いかけるが、メイヴィスに追いつく気配が無い。むしろ徐々に引き離されていっている。


これは別にマーシュの身体強化が貧弱という訳ではない。メイヴィスの元の身体能力と魔力での身体強化のレベルが高すぎるのだ。



結局必死に追っているのにもかかわらず、メイヴィスは遥か彼方へ走り去り、マーシュを一人林の中に置き去りにしたのだった



・・・・・



「お待たせエリー!はいどうぞ~」



空から降りた二人は、城下街を練り歩いていた。


町娘に扮した王女、エリミリアにアイスクリームを差し出す…これまた町娘?に扮した剣帝、拓也。


エリミリアはアイスの代金を支払おうとバックに手を伸ばすが、拓也がそれを笑いながら手で制す。



「アハハハ~、このくらいいいわよ~!」



「…ですが」



「はいはい、子どもが大人のお財布事情を気にしないの~」



そう言う拓也だが、そもそも自分も一応16歳ということを忘れてはいないだろうか?




「…そうですか、ではお言葉に甘えさせていただきますね。いただきます」



「はいどうぞ召し上がれ~」



これ以上拓也の親切を無駄にするのも気が引けたエリミリアは、微笑んでからアイスを口に頬張った。


これじゃあどっちが大人か分からない。



拓也もアイスをスプーンですくい、口に運ぶ。身体が冷やされて行く感覚がたまらなく心地よい。



「さぁて、エリーはどこか行きたいところある?」



スプーンを口に運ぶ動きは止めずに、拓也が唐突にそう尋ねた。



するとエリミリアは思い出したようにバッグから手帳のようなものを取り出し、おもむろにページを捲り始める。


しばらく紙が擦れる音が続く。




「…えっと、まず……お芝居を見てみたいです!」




「おっけ~!じゃあ次はお芝居ね!」






楽しそうに街を歩き回る二人はまさに観光客その者。



だれしもこのうち一人が自国の王女で、もう一人が他国の最高戦力だとは夢にも思わないだろう。



目的地へ向けて足を進める拓也の後ろをエリミリアがアイスを頬張りながら歩く。

その時彼女がなんとも楽しそうな笑みを浮かべ、唐突に口を開く。



「歩きながら物を食べるなんて、ラスルームに見られたら怒られてしまいますわ」



「いいのいいの、エリーは今ただの町娘なんだから~。それよりラスルームって誰?」



早々に食べ終わった拓也はゴミを近くのゴミ箱へ放りながらそう尋ねる。


エリミリアは甘いものを食べていると言うのに少し苦い顔をすると、ラスルームという人物についての説明を始めた。



「幼いころから私の面倒を見てくれている大臣です。勉強からテーブルマナーまで何から何まで教わりました。


お父様とも古くからの付き合いだとか」



「へぇ~、そんな人がいるんだ~!」



「でも怒るととても怖いんですよ、前に怒らせてしまったときには…………」



「お、思い出したくないことは言わなくていいのよ!







……かくいう俺も知り合いに怒らせると手の付けられない奴が一人いるんだ、ホント怖いよな…」



ー…あの腐れ幼女め………ー



男の声に戻してエリミリアに同情と同調しそう言い、こころの中で毒づく。



この手のネタを使ったことで、いつものようにウォーターロックかホーミング万年筆が飛んでくることを警戒する拓也だが、国と国との間に海を挟んでいるからか流石に何も起こらなかった。



そんな心境をエリミリアには読み取られないように、取り繕って足を前に出す。



「ッうわぁぁ!?」



突如崩れる体のバランス。拓也は女声で情けない悲鳴を上げながら石畳へと倒れ込んだ。


鼻っ面を打ち付け、激痛が走る。患部を擦りながら自分の足が通った場所を確認してみれば、そこには明らかに不自然に大きめの石が置かれている。



拓也はこの出来事を流石に偶然と思うことは出来なかった。



「…ッチ…あんの腐れ幼女め、黒魔術師かよお゛!!?」



地声に戻り、自分の国に居るであろう受付嬢に対し更に悪態をつく拓也。


するとまるでその悪口を聞いていたのではないだろうかというタイミングで、拓也の後頭部に植木鉢が直撃した。



最早呪いの域である。



ーダメだこりゃ……アイツ本格的に呪詛とか使えるだろこれ、絶対…ー




「あ、あの……大丈夫ですか?」



「これが大丈夫に見えるんならエリーの目か脳がおかしい……」



必死に女声を作る拓也だが、肉体的ダメージに、純粋なリリーへの恐怖が合わさって上手く出来ていない。


エリミリアはあれだけ派手に植木鉢がぶつかってなぜ流血すらしていないのだろうか?などということを考えている。


きっとこの場に、普段の彼を知る者がいたらきっとその程度のことはスルーするのだが、如何せん彼女はまだこの常識からぶっ飛んでしまった人間の事をあまり理解は出来ていないため、そのような思考を巡らせてしまうのだった。



「さて…お芝居お芝居っと。いくよ、エリ~」



幾分か下がったテンションで拓也は歩き出した。




・・・・・




吹き抜ける風、崖の下では波が打ち付け土を僅かに攫っていく。それが規則的に繰り返される崖上。


小規模な林を背にして、メイヴィスは海へ向かって胡坐をかき座っていた。



「…っと……確かこんな感じで…」



掌を上へ向け、魔力を放出しそれを集める。


陽炎のように掌から滲み出した魔力が徐々に動きはじめ、それは次第に球体を形成する。



「後はこれを……」



意識を集中させ最後の仕上げに入る。魔力で作った球体を乱回転させ、その技は完成した。


掌で乱回転する球体を眺めるメイヴィス。



その時、後ろの林から突然の物音。意識が完全に掌の球体に向けられていた彼はビクリと身体を震わせ、慌てて音の方へ振り向いた。




「はぁ…はぁ……。やっと見つけたぞメイヴィス」




「なんだマーシュかよ、ビックリさせんな」



「…なんだいその言い方は、僕じゃ不満かい?……ってそれは」



マーシュはメイヴィスの掌で乱回転する球体をまじまじと見つめながらそう発言する。


メイヴィスも彼女がそれに関心を示した事に感付き、良く見えるように彼女へと手を差し出した。



「…流石君だね、こんなにも早くものにしているとは思っていなかったよ」



大して驚く様子も無くそう評価したマーシュは、色々な角度から球体を見回す。


その完成度は、一年S大将の拓也が使っていたモノと何ら遜色ない。


しかしメイヴィスは顔を顰め、空いている片方の手で不満そうに髪を掻いた。



「いいや、確かにこの形態まで持ってくることは出来たが……時間がかかり過ぎてる」



そう言いながら一度掌から球体を消し去る。



そしてもう一度魔力を掌に放出。球体を形成し、それを乱回転させる。


技を作り上げるまでの工程をマーシュに見せると苦々しく口を開いた。




「アイツ…拓也は魔力を放出、それを乱回転させながら球体を作っていた。


大して俺はまだ球体を作ってからしか乱回転させられてない。おまけにかなり集中しないと出来ない。


まだ到底実戦レベルじゃないな。…剣帝に教わってからもう2日も経つのに」



「…いや、2日でそこまでできる方が異常だと思うよ」




自虐気味にそう言うメイヴィスに、マーシュは呆れたようにそう返した。



「そんなことより珍しいね、君が技の練習なんて。一体何年ぶりに見ただろう」



「別にいいだろ?ちょっとした心境の変化があっただけだ」



「…やっぱり負けたことが悔しいのかい?」






「………………………うるさい」




魔闘大会の話を持ち出し、メイヴィスをおちょくる様にそう言ったマーシュ。


メイヴィスはその言葉に対して、少し目を逸らす。


相変わらずめんどくさそうな顔をしているが、マーシュには彼が少しばつの悪そうな顔をしたことを見逃してはいなかった。




少し嬉しそうに微笑むと、メイヴィスの隣に座る。



「でも僕はちょっと嬉しいんだ、君がこうして昔みたいに頑張っている所をまた見られるのがね。



さっきはごめん、勝手に昼寝なんて決めつけて」



「いいさ、普段は確かに俺はぐーたらしてるしな。そう思われてもしょうがねぇよ」



めんどくさそうにそう言うメイヴィスはゆらりと立ち上がり、大きな欠伸をした。


マーシュも追って立ち上がり、街へ向かって歩き出した彼の隣へ移動する。



「今度はどこへ行くつもりだい?次は逃がさないよ」



「どこって……街に戻るよ、お前がしつこいからな。折角だし美味いもんでも食いにいく。



それに……」



「…それに?なんだい?」



含みのある言い方でそう言ったメイヴィス。マーシュは思わず復唱してしまう。


きょとんとした顔をする彼女に、メイヴィスは嫌味に笑い掛ける。



「うわぁ!」



そして彼女に足をかけ、仰向けに倒れそうなところを抱き上げる。所謂御姫様抱っこというやつだ。


しっかりと抱き上げ、メイヴィスは口を開く。



「俺の未来の奥様がどうしてもデートしたいみたいなんでな、しょうがないから付き合ってやる」



「………なんだ、分かってるんじゃないか。それなのに僕の事より技の習得を優先したのかい?これは由々しき問題だ」



「……………なんか食べ物奢るからそのことは忘れろ」



ばつの悪そうな顔をして、彼女の視線から逃れようとするメイヴィスだが、この体勢のせいで必然的に顔が近くなるのでそんなことをしても無意味だった。



「そうだなぁ、未来の奥様は今ダイエット中だから食べ物はいいかな………そ、その代わりに…………」



彼女はそこで口籠る。


熱い視線をメイヴィスに送るが、彼は気づいてはくれない。そのことにちょっとした苛立ちを感じている時だった。



「いやマーシュ。お前全然太ってないだろ」



お世辞でもなく、ただ正直にメイヴィスは自分の思ったことを言う。


その言葉を望んでいたわけではないが、マーシュは思わず嬉しそうな顔をする。



しかし彼の次の一言で機嫌は最底辺まで叩き落とされることになった。




「それにちゃんと食べないと胸が大きくなんないぞ」




刹那、何か太い綱が千切れるような音がした。


マズいと思って何か弁解しようと考え始めるメイヴィスだがもう遅い。次の瞬間彼の視界は何かに覆われる。



「……ッ痛い痛い!」



五か所から加わる物凄い力が、彼の頭蓋を砕かんばかりに働いて骨を軋ませた。


マーシュはメイヴィスに持ち上げられた状態だが、黙り込んだまま彼の顔面を掴んだ手を放そうとはしない。それどころか加わる力をさらに強くしている。


彼女のそんな無言の圧力(物理)に溜まらずメイヴィスは口を開いた。



「わ、悪い!俺が悪かった!別に小さくても俺は…」



謝罪の言葉を述べているつもりなのだろう。しかしそんなものは火に油を注ぐのと同義。


そう言ったと同時にメイヴィスの鳩尾をマーシュの肘が突き刺さった。


苦悶の表情を浮かべるメイヴィス。しかし彼女を落とすまいと必死に踏ん張る。



「僕だって気にしてるんだ!人のコンプレックスを突くなんて最低だぞ!!それに…少しづつだけどちゃんと大きくなってるッ!」



「マジで?じゃあちょっと触らせて」



「ふざけるなッ!!」



鳩尾に続き、彼の顎を彼女の拳が掠める。


かろうじて避けたメイヴィスだが、空気を切り裂くその音に軽く背筋が凍るのだった。


メイヴィスはそんな軽い冗談で言ってしまった事にかなり後悔して、そっと彼女を下ろす。



「……お、俺が悪かったマーシュ。本当にごめん」



胸元を両手で隠すようにしながら街の方へ歩き始めたマーシュ。


メイヴィスは後を追いながら謝罪するが、彼女は振り向きもしなければ返事もしない。



「さっきの言葉は本当だ、俺はマーシュの胸が大きかろうが小さかろうが気にならない。そんなところを含めて俺はお前が好きなんだ」



少しの恥ずかしげも無くそう言いマーシュの後ろを行くメイヴィス。


するとマーシュはその歩みを止める。振り向かないまま、閉じられていた口をようやく開いた。



「それは本当かい?」



問いかけるマーシュ。メイヴィスは唾を飲み込み真剣な面持ちでその質問に答える



「………あぁ、本当だ」





するとマーシュは振り返らないまま大きく溜息を吐く。


彼女の機嫌がどうなったのか心配でたまらないメイヴィスは、固唾を飲み込み、生まれた沈黙をやり過ごす。



「まったく………本当にやれやれだよ。…もしまたそんなこと言ったらぶっ飛ばすから」



ゆっくりと振り返り、腕を組んで近くの気にもたれ掛りながらマーシュはそう言いメイヴィスを許したのだった。


とりあえず終息したことに胸を撫で下ろすメイヴィスは彼女へと歩み寄る。



「はいはい、もう言いません。………多分」



「なんだ君は、そういう所は相変わらずいい加減だな」



いつもの調子で適当にそう言うメイヴィスにマーシュは呆れた目でそう返す。



すると何を考えたのか、マーシュはいきなりもじもじし始める。



「……………どうした」



メイヴィスも彼女の様子がおかしいことに気が付いたのだろう。気遣うようにそう声をかけ、顔を覗き込むが、マーシュは視線を横へ逸らした。


そしてそのままブツブツと独り言のように口を開く。



「…い、今の発言で君への…その……信頼が無くなった!」



「……随分と簡単に無くなる信頼だな」



「ち、違う……そうじゃなくて………信頼の回復を…だな…………」



「……………そんな手段があるのか?」



横へ逸らした視線を今度は下に落とし、完全に俯いたマーシュ。その顔の頬は朱に染まっている。


少し間をあけたメイヴィスのその問いに、彼女は少しだけ首を縦にコクリ振って頷いた。



「君の……誠意を見せてくれれば……うん、それでいいんだ……」



先に言っておくがメイヴィスは別に鈍感とかそういう属性持ちの人物ではない。


故にさっきの間も、彼女の言葉の真意を理解してのものなのだ。



誠意、それが何を意味しているのか…これは最早答えのようなモノ。



「…ッ!」



メイヴィスはマーシュの顎を軽く右手で触れて角度を上げる。必然的に合う目線。



一瞬、恥ずかしさと緊張が入り混じり、大きく開かれた彼女の瞼。



そんな彼女の反応を見て楽しむようにメイヴィスは笑うと、目を瞑ってゆっくりと顔を彼女に近づけた。



マーシュも恥ずかしさのあまり目を瞑る。




そして昼の12時を告げる鐘の音と同時に、二人の唇と唇がそっと重なった。



・・・・・



「ラブコメの波動を感じる!」



同時刻、人通りの少ない城下町のベンチで突然拓也が目を見開いた。


意味の分からない彼の発言。出店で購入した昼食を隣で頬張るエリミリアは口の中の物を飲み込むと、疑問符を浮かべて拓也に尋ねる。



「急にどうなさいました?」



キャラを忘れた男声で喋る拓也。



「いやぁ、ちょっと面白いことが起きてるみたいでさぁ」



いつの間にか手にしていた水晶のようなものを覗き込みながらニヤニヤしている。




ー…やっぱり便利だな空間魔法。遠隔透視も出来ちゃうとかマジヤバいぜ。



明らかにおかしい魔力反応があったから覗いてみたら何なのこのラブコメ…クッソ羨ましいなこんちくしょう。



…おっと待てメイヴィス、それ以上はマズい止めろ。もしなんかあったら俺の責任問題なんだよォ!!






あ、ぶん殴られた。…追い打ちの踏みつけ…何それ羨ましい…


ちょっと音声も拾ってみよう……





何々?………あぁ、冗談のつもりだったのね……可哀想なメイヴィス……ー




彼にはとってはあまりに過激なシーン。そのためかダラダラと溢れ出る。


水晶を持っていない左手で鼻と口を押さえるが、止まる気配はない。




「だ、大丈夫ですかお姉様?」



「………大丈夫だ、問題ない」




今度は別の意味で鼻血を噴出しそうになる拓也だが、だいぶ耐性がついて来たのか少し動揺するだけでなんとかなるのだった。



ー…さて、安全も確認したし…これ以上覗くのも悪いな…ー



拓也は右手に展開していた遠隔透視の魔法を消し去ると、ナプキンをどこからともなく取り出して血を拭き取ると、自分も昼食のサンドイッチに手を着ける。






絶品の卵サンドに舌鼓を打つ拓也。


一つを食べ終えると、隣のエリミリアに向けて口を開いた。



「次はどうするエリー、まだまだ時間はあるからどこでも行きたいところチョイスしてね!」



拓也のその言葉に、嬉しそうに微笑むエリミリアは先に昼食を食べ終える。



バックから手帳を取り出すと、何枚かページを捲って見せてあることろで捲る指を止める。


空いているもう一方の手の指で一つの項目を指差し、隣に座る拓也にそれが見えるようにした。



「へぇ~、大自然…ね。おっけぇ!……じゃあ行っくよ~」



拓也は周りに誰も居ないことを確認すると、エリミリアの肩に手を置き瞬間移動を発動。



彼女らお出かけはまだまだ終わらない。




・・・・・




時間は流れ午後6時近く。



空間移動でエリミリアの自室まで飛んだ拓也は、手にしていた大量の荷物を慎重に床へ置いた。



「あ、お帰りなさいマスター」



「あ~らイスラフェルちゃんお疲れ様~!大丈夫だった?」



「何度か来客がありましたが、適当なことを言って追い返しておきました。多分怪しまれてはいないと思います」



「そう、流石私の使い魔ね!」



なんだかんだで拓也も楽しんでいたのだろう、テンションが無駄に高い。




エリミリアは拓也の背後から現れると、イスラフェルに向けて軽くお辞儀をした。



「ありがとうございました、おかげで楽しい一日を送ることが出来ました」



「い、いえ!私は……お礼ならマスターに!!」



慌てて手を顔の前で振るイスラフェルに思わず拓也も笑いを漏らす。


エリミリアは隣の拓也にも頭を下げる。



「そしてお姉様、本当にありがとうございます。私のわがままを聞いていただいて……感謝してもしきれません」



拓也は彼女のそんな感謝の気持ちをまともに受けるのが少し恥ずかしいのか、照れたように目を背けて髪をガシガシと描いた。


その仕草に最早女の要素は一つも無い。



「じゃあお姉ちゃんはここまでだな、俺はこれから剣帝に戻る。


今日は俺も楽しかったよ」



「いつでもこちらへいらしてくださいね、……お兄様なら大歓迎ですから」



「ブファァッ!!」



「ま、マスター!?」



盛大に鼻血を噴出する拓也



ーお、お兄様だと!?……ちくしょうなんて破壊力だ、昼血を流し過ぎたせいでもう意識が……ー


「い、イスラフェル。俺はもうダメみたいだ………」



「しっかりしてくださいマスター!」



仰向けに倒れ、時折血の塊を吐きながら拓也は息絶え絶えにそう言う。


何故血で床が汚れないのかが不思議だ。



「あぁ……せめて…グハァ!!……ミシェルのパンツをもう一度……拝みたかっ……た」



それだけ言うと拓也からがくりと力が抜け落ちる。


明らかにふざけているだけなのだが、イスラフェルの目には何故かそれがそうは移らなかった。



「……それマスターの最後の………任せてください!すぐに持ってきます!」



部屋の窓を開け放ち、そこから勢いよく外へ飛び出すイスラフェル。



「………」



拓也はしばらくその光景をボーっと眺めていたが、事の重大さに気が付いて思い切り目を見開く。



「ッ!!おい待てイスラフェル冗談だって!!止めて!!マジで怒られるからストップ!!

お前ヴァロア家の極刑ナメんなよ!!飯抜き&鈍器で百叩きだぞふざけんな!!



あ、じゃあなエリミリア!また来るから!」



「は、はい。いつでも歓迎しますわ」




そんな会話だけをすると、拓也はイスラフェルの後を追って行く。




エリミリアは二人が飛び出していった窓から外の景色を眺める。



今日一日でいろんな体験が出来たことを非常に彼らに感謝した。


ここに居ては気が付けなかった王国の素晴らしさにも気が付くことが出来たのはきっと彼らのおかげだと。そう自分の中で納得する。



彼女は小さくなって行く拓也の姿を眺めながらそんなことを考えた。



「また来る…ですか。今度はこちらが歓迎しなくてはいけませんね」



きっと彼には見えてはいないだろうが、エリミリアは彼に向けて静かに手を振るのだった。

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