9話「過去」
二日間、ローラとクライシスは牢獄に収容された。
ただ、寝るベッドと用を済ますだけがあるだけの質素な作りの牢獄だ。
光もあまり届かない地下に作られている為か日中でも肌寒く、夜になると数少ない外に繋がる窓から零れる月明かりだけとなる。
今夜は満月でいつも以上に周りを見渡しやすい。
「なぁ……」
クライシスはベッドから起き上がると、自分にとって反対側の牢に居るローラに話かける。
「なんだ」
「その……なんだ。今更ってのはあるけど、お前、本当に良かったのか」
「またその話か……」
この二日間、クライシスはローラといくつか
会話―――会話と言ってもクライシスが一方的に話かけるだけ―――があった。
バーンとの思い出、アリアとの出会い……。
一方的に何か話していないと不安感が締め付けてきて堪らなくなったからだ。
そんな中、何回か今と同じ様な質問を投げかけてみた。その質問を投げかける途端にローラは黙り、そこで会話が途切れてしまった。
今回も返事は無いだろと思い込んでいた。しかし、言葉が返ってきた。
「幼い頃、私には兄が居た。私の家は名家でね。俗に言う貴族と言うものさ。ある日、兄はこの国の為に家の反対を押し切って軍に入ったんだ。剣の腕は今思い出しても強かった。優しくて、肉体的にも精神的にも強い兄は私にとって憧れだった」
暗闇の中ただ淡々に昔を懐かしむような声でローラは語りはじめた。
「だけど、八年前のグリード大戦で兄は戦死したんだよ。それから兄の意思を継ぐために私は必死になって剣の修行をしたんだ。軍部に入ろうと軍部まで行ったこともある。だけど、女性である私は相手すらされなかった。悔しかった。私は悔しかったんだ。だから実績を作るため、武道会に出たんだ。そこで優勝すれば軍部の連中も見直してくれる。そう私は思った」
暗い為にローラの表情は見えないが声が震えているのがクライシスにはわかった。
「結果はお前に負けてしまった。優勝出来なかった私に価値なんか無い。軍部の人間はそう言って私を突き放したよ。父も母も、友人も誰も私を認めてくれる人がいなかった。そんな時にお前は武道会が終わった後も声をかけてくれた」
ローラが言っていることはクライシスにも記憶が残っていた。
バーンとの修行の後、へろへろになって家に帰る途中で偶然にもローラと道端ですれ違った。
大会で胸を躍らせる気持ちにさせてくれた相手だったのでしっかりと顔を覚えていたこともあり、なんとなく声を掛けてみることにした。
「よう。大会ぶりだな」
「あ……お前は……」
「クライシス・ロジャー。俺の名前だよ。確か……ローラって言ったけ」
「……名前、覚えていてくれたんだな」
「そりゃ、お前強かったからな。正直決勝で当たった相手よりお前のほうが強かったぜ」
「そうなのか……」
「あぁ……まぁ、また機会があったらお手合わせ願うよ。じゃな」
クライシスにとっては何気ない会話。
しかし、ローラにとってはその会話が救いになったのだろう。
自分にはしっかりと認めてくれる師匠がいたクライシスだったが、ローラは認めてくれる人が周りに誰もおらず、それでも孤独に耐えて必死に頑張ってきた。
それは途方も無く辛かったはずだ。
改めてローラが『強い』人間だとクライシスは思う。
「あの時の会話……私はほんとに嬉しかった。自分を認めてくれる人が存在してる人がいる。この人と一緒にがんばって行きたい。そう私は思ったんだ。だから私は腐ることなくウォール騎士団に入団することができたし、今回の件はあの時の恩返しだ」
「恩返しって言われてもな……」
ただ自分にとっては会話しただけなのに恩返しと言われてもクライシスには実感がわかなかった。そんなことで人生を左右するかもしれない自分のことに付き合わせて良いのかとどうしても思ってしまう。
「私のことは気にしなくて良い……私はお前の為に尽くしたいんだ」
「…………ありがとう。ローラ」
「礼なんていらない」
「あのー、良い雰囲気のところ申し訳ないんだけど」
いきなり暗闇からローラとクライシス以外の声がした。
「そろそろ作戦の時間なんだよねー。これが」
気配を完全に消していたのか完全に暗闇に溶け込んでいた為にはたから見たらいきなり現れた形となった。
気配をここまで消せることが出来る相手にクライシスとローラはこの男がジャミルが言う【秘策】の男だと容易に推測出来た。
男は鍵を使って牢を解錠するとクライシスの前にクライシスの愛用の剣と短剣、ダガーナイフ類を投げ捨てた。
「君の寮からいくつか回収しておいた、装備品だよ。君が使うかもしれないと思ってそれ以外のものも用意しておいたから、使うと良い」
「……感謝する」
「あ、自己紹介が遅れたね。僕はガリウス。ガリウス・ローランド。階級は少尉ってことになってる。よろしくね」
男が近づいてきて漸く男の顔が見ることが出来た。
男としては少し髪が長めで、中肉中背。軍使用のマントを纏っているがおそらく防具を着こんでいる。歳はクライシスと同じぐらいだと外見から想像が出来た。
しかし、クライシスが一番驚いたところは、まるでお面を被っていると錯覚してしまうような狐目な笑顔をしていたところだった。
いったいどれだけ感情を殺せばこの表情を作りだすことが出来るのだろうか。
「あぁ、そうだねー。作戦説明は受けたとは思うけど……君達に取っては悪い知らせがあるよ」
「なんだ」
「僕達に敵対する軍部の連中が先にジャミルを拘束しようとしてきた。ここじゃ音は聞こえてこないけど、戦闘行為はもう行われているね」
「なっ……話が違う。俺達は先制攻撃をしかけて混乱させるはずじゃなかったのか!」
「仲間だったやつが一部裏切ったんだよ。全くジャミルもうっかり屋さんだよね。まぁ、僕はこれで強いやつと戦えそうだから良いけどね」
「ウォール騎士団は?」
「あー、もう実は王の護衛に付いてるみたいなんだよね。一部のウォール騎士団の団員が戦闘への介入が確認されている。僕達も遭遇するかもね。ウォール騎士団にさ」
「作戦の中止は?」
「中止命令は出てないよ。幸いにも僕達の突入経路の警護の連中はなんとかなったからね。まぁ、僕は戦ってもよかったんだけど。それにここまで戦闘行為になったら当初の予定通りに動くしかないっしょ。あ、後……」
クライシスはガリウスから作戦変更点の説明を受けている間にテキパキと装備品を装着していく。
潜入経路の若干の変更。
当初、護衛人はガリウスと中央特殊連所属の3名の兵隊だけだったが、それを6名まで増やしたそうだ。
「大丈夫、こいつらは僕よりは弱いけど、他の軍部の連中よりは腕が立つよ」
ふと、ローラの方の牢屋の方へ目を移すと、その護衛人らしい二人の男が同じように作戦を伝えているみたいだった。
「さて、何か質問はないかい?」
「…ジャミル大佐の部隊は大丈夫なのか」
「あー、大丈夫だと思うけど、きつそうだねー。まぁ、僕には関係ないし、興味ないし、どうでもいいことだけど」
仲間が苦戦しているのに表情が籠っていない不気味笑みで呟くように言い放った。いったい、どんな神経しているんだとクライシスは思ってしまう。
「じゃ、時間無いし行こう。あ、そうそう……」
ガリウスが牢から出てクライシスも牢屋の外に出る。ふとガリウスは振りかえると
「王の首を…刎ねろ…だってさ」
その言葉が暗闇に響いた……。