6話「帰還」
戦争は終わった。
城に突入した別働隊が王の首を取り、この戦争は終結した。敵の残存勢力は王の首が取られたと知るとほとんどの兵は降伏をしたが、中には最後まで戦い抜こうとしたもの、自決をしたもの様々いた。
幸運にもクライシスとグレンを追い詰めていた部隊は降伏の道を取った。
「……」
今回ばかしは死を覚悟した。優秀な指揮官がいたのか、次から次へと統制が取れた兵が二人をきっちりと追い詰めたのだ。
逃げるところも読まれクライシス達の対策はすべて後手に回ってしまったほどだ。
しかし、戦争が終わりを告げるラッパの音が聞こえてきた途端、敵兵からは攻撃を止めた。
何故、あっさりとあの部隊は攻撃を止めたのか予測することしかクライシスには出来なかった。
「……」
「おい、クライシス、何暗い顔なんかしてんだよ」
「あぁ……」
「あぁ……じゃねーよ。俺達は戦争に勝ったんだぞ。もっと明るい顔しろよ。クライシス」
エンセン王国の帰る馬車に乗っている中グレンはずっと黙っていたクライシスを心配したのか声を掛けてきた。
「なんで、あいつらすぐ攻撃を止めたのか考えててな」
「そんなのどうでも良いじゃねぇか。今は勝ったことと、生き残れたことを喜ぼうぜ」
グレンのその一言を聞いて、改めて馬車内を見渡すといろんな
兵が戦争中とは全然違って明るく話していた。
「それにな。クライシス。こう言う時は喜ばないと戦争した相手側の国に対して失礼ってもんだ」
「そうか?」
「そうだ。そうだ。なぁ、ローラ」
今度はクライシスの隣に座っていたローラにグレンは声を掛けた。
「……」
「ローラ?」
しかし、返事は無く、ローラの方に視線を向けると気持ちよさそうに寝ている。その寝顔はいつものローラの表情からでは想像がつかないほど気持ちよさそうに寝ていた。
「こいつ……寝てるほうが愛想良く見えるんだな」
「きっと疲れてるんだよ。俺達と違って城の攻防戦に参加してたわけだからな」
グレンはまじまじとローラの寝顔を見ているグレンは言った。
「いたずらでもしてやろうか」
グレンはにやにやし手をわしゃわしゃと動かしながらながらクライシスのほうを見て言った。
『やめておけ』
とクライシスが言おうとした時にはもう遅かった。
いきなりローラの目が開いていつものジト目でグレンを見た刹那、グレンの頬を掴み抓ったからだ。
「いていてて!いてぇよ!ローラ!」
「こっちが安眠しているところを起こすお前が悪い!」
クライシスは二人のやりとりを見て馬鹿らしいとは思うが、作戦などを抜きで、三人で集まるとこの様にグレンがローラにちょっかいをかけるが故に頬を抓られることが多い。
「だいたいな!俺の方が年上なんだ。俺は先輩なんだよ。わかるか。ローラ!年上に接するマナーってのがなってねぇ!」
「お前の様な怠けものを先輩だと思ったことなど無いな。だいたい、強いかどうかも怪しいし、そもそも今はそんなことは関係ない」
「おぉ、言うね!よし、なら俺がグリード大戦での俺の武勇伝を聴かせてやるよ!」
グリード大戦…二十年前、大国二つで起きた戦争であり、クライシスにとっては決して忘れることができない戦争だ。
当時、この地はエンセン王国とアーフェット、タリア、ギアットの三カ国で結成された同盟都市の二大勢力で世界は動いていた。
エンセン王国と同盟都市の国境付近にはエンセン王国領土のグリードと言う村が存在し、同盟都市側に不法占拠された。
外交で解決しようと当時の国の上層部は努力はしたものの国同士の睨みあいに民衆、軍部が痺れを切らし結局は戦争まで発展した。
その戦争は十二年もの長い歳月で行われ、巧みな戦術と外交手段などによってエンセン王国の勝利として終結したのは今から八年前だ。
戦争で得たものは多い。しかし、決して無視できないほどの兵や民衆を失い、国境付近の村、町など特に酷かった。
その戦争で孤児となり、バーンに拾われたと言うクライシスには経歴がある。グレンは十八歳の時にこの戦争に軍の人間として参加したことをいつも語ってくる。
この呑気な性格のお陰でほとんどの人間が自称武勇伝など信じてはいないが、グレンがこのウォール騎士団に所属していると言うことはあながち嘘は言っていないのだろうとクライシスは思う。
「またそれか、信じられるかそんなもの!もう良い、私は寝る。もう話しかけるな」
「お、おい。やれやれ……いつもに増して機嫌が悪いもんだ」
「お前が悪いってグレン」
「なんだ、お前、ローラの味方か?クライシス」
「いや、そうじゃないけどな。まぁ、良い。俺も少し寝ることにする」
「お前も寝るのか。ちぇ、つまんねーな」
先ほど深く考えていたことは二人のやりとりを見ていたらどうでも良くなっていた。
この二人にはいつも助けて貰ってばかりだと思いながらクライシスはそっと目を閉じ、何処でも寝れる特技と疲労のお陰ですっと眠りに落ちた。
エンセン王国の中心都市、エンセンに到着する。およそ二カ月ぶりに見る風景に安堵しながらもまず待っている報告書の山にげんなりした。
グレンと二人でさっさと作成し、くたくたになりながらバーンの居酒屋へと向かった。
ふと、道を歩いて気付く。
「あれからもう一年か…」
アリアとの出会った場所で立ち止まり辺りを見渡す。
出会ってからは言葉を教えたり、休暇の日にはバーンとアリア三人でちょっとした小旅行をした。
小旅行で盗賊に襲われ、バーンとクライシス二人で返り打ちにしたことを思い出し、思わず笑ってしまった。
アリアと出会うまではこの道のりを歩くのが辛かったはずなのに、今では心の底から行きたいと思ってしまう。
「俺も変わったよな…」
今は一刻も早く店(家)に行きたい(帰りたい)。
俺が無事だと一刻も早く二人に伝えたい。ただいまと言いたい。
勢い良く走り出したクライシス。
店の前まで辿り着けば、迷いもなく店の扉を押し、
「ただいま!」
と意気揚々と言った。
「おぉ、クライシス、無事だったか!」
聴きなれた声が帰ってきた。ここの店のマスターでもあり、クライシスの師匠でもあるバーンが店の奥から出てきた。
時間帯がまだ飯時じゃない為か店には客が一人もおらず、クライシスとバーンの二人しかいない。
「あぁ、なんとか無事だったさ」
「お前のことだから別に心配などしていなかったけどな…ほい、座れ、座れ」
「…師匠…アリ…ぐふ…!?」
店を見渡すとアリアの姿を見えなかったので聴こうとした瞬間…
「クライシス!おかえり!」
後ろからイノシシが突進するが如く、アリアが抱きついてきた。
「アリア……ダメだろ。いきなり抱きついたら」
「いいじゃない!ずっと待ってたんだからこれぐらい。それに帰ってこなかった罰よ!罰」
「仕方ないだろ?任務だったんだから」
抱きしめてくるアリアの頭を優しく撫でると気持ちよさそうな顔をするアリア。
それを思わず見とれそうになる中、にやにやしながらこちらを見てくるバーンに気付き、ゴホンっとわざとらしく咳払いをしてアリアと離れれば椅子へと座る。
アリアは言葉を覚えれば覚えるほど活発な女の子になっていった。いや、きっと元々この様な性格だったが、言葉を知らないが故に自分を表現しきれなかったのだろう。
「クライシス、あのね、あのね!」
凄い勢いで、この店を手伝い始めたこと、友達が出来たこと、さらに言葉を覚えたことなどこの二カ月で報告してきた。
その報告を頷きながら全部クライシスは聞く。報告を聴くだけで戦争をしてきたなんて忘れそうになってしまうほどだ。
「こらこら、アリア。クライシスも任務で疲れてるんだ。もっとゆっくり話してあげないと」
「えー、だってぇ!話したいんだもん」
バーンは店の厨房からミートスパゲティを持ってくると二人の前へとおいた。
アリアの話を聞きながらそのスパゲティを口へと運ぶ。二か月振りに食べるバーンのスパゲティは懐かしく、凄く美味しく思えた。
「良い子にしていたんだな。アリアは」
一通りアリアの報告を聴き終わったから頭をなでる。話すのに夢中になっていてスパゲティを食べていなかった故にスパゲティを急いで頬張ってるアリアがまた可愛く見えた。
「えへん!偉いでしょ。アリアは偉いんだよ!」
「偉い、偉い」
「じゃ、クライシス!今度、何処か連れて行って!面白いところに」
「あぁ、それじゃ……今度の休暇に何処か行こう」
「ほんと?約束よ!約束!破ったら許さないんだからね!」
「あぁ、約束だ」
時を告げる鐘の音が外から聞こえてくる。気が付けばもう寮に戻らないといけない時間だった。
「おっと、もうこんな時間か」
「おう、クライシス、また来い。今度は戦争のことを聴かせてくれ」
「明日の夕方にまた来るさ。その時に」
椅子から立ち上がるとアリアを見る。
「えー、もう帰っちゃうの?」
「もうアリアは寝ないといけない時間だろ?それにまた明日もくるから良い子にしてるんだぞ。おやすみ」
「うーん…わかった」
寂しそうな表情をしながらも帰ることに納得し、クライシスに手を振った。
その姿を見てからクライシスはその日は寮に戻った。