3話「ウォール騎士団」
いつもと変らない朝。
例外は無く、今日一日もこの瞬間から始まる。
あの少女と出会ってから寮にクライシスは帰ってはすぐさま熟睡した。
寝れる時は寝て置けと言う師匠の言い付けを幼いころから守っている故に直ぐに寝付けるのがクライシスの特技の一つになっている。
顔を洗って、集合時間に間に合う様に素早く鎧を着込んだ。
「短剣良し……仕込みナイフ良し」
各種装備をチェックした。
「良しと」
最後に愛用している、剣を腰にぶら下げ、部屋から出て行く。
進むのが重い。
装備品が重いからと言う理由もあるが、精神的にもあるのかもしれない。
「はぁ…」
無意識に溜息がこぼれる。
でも、外に出るとその憂鬱な気分も一気に吹き飛んだ。
「うぉ!?」
いきなり自分の背丈の半分ぐらいある大剣が自分にめがけて振り下ろされたからだ。
クライシスは反射的にそれを避ける。
だが、避けられたら直ぐに次の斬撃がくる。思わず、見とれてしまうほど鮮やかな動きだ。
今度は流石に避けきれないと判断したクライシスは自分の愛剣を素早く抜刀し、直前のところで当て、大剣の軌道を変えた。
普通ならこの後、次の行動に移るクライシスだが、今回は動かなかった…いや、【今回も】だろうか。
「はぁ……またか、ローラ」
目の前に居たのは敵では無く、同じウォール騎士団の仲間でもある、ローラ・シルバークと言う名の女性だ。
ブロンドの長髪で、目は碧眼といった、変った雰囲気の持ち主だ。
ローラはたまにこうやって攻撃をしてくる。
一度、国の大きな大会でクライシスとの戦いでローラはクライシスに負けたことがあり、そこからこの様な関係が始まったことで、クライシスは正直困っていた。
しかし、困っているだけで、別に嫌ではない。
あの時の大会でローラとの戦いはクライシスの人生の中で一番奮闘して、一番、【心の底からわくわく】した戦いだった。
そして、この世界にこれほどまで強い奴がいると教えてくれたのだから、感謝しないといけない。
「お前が朝からそんな顔をしているから悪い…行くぞ」
大剣を軽く、背中に装備している鞘に収めると、いつも通りの冷たい口調で言っては、広場の方にスタスタと歩いていった。
「ふぅ……」
やれやれと肩を竦めてからクライシスも広場へと向かうと、もうすでに隊長を初めとする仲間達が整列していた。
「クライシス、ローラ、遅いぞ。そこに並べ」
『了解』
この騎士団団長であるヴェルディ・グリフィス。
前の大戦で、活躍した英雄と称えられている男だった。年は四十を過ぎているらしいが、 そうとは思えないほど若く見える。
クライシスの父であるバーンとは戦友だったとクライシスはバーンから聞いていた。
「皆、そろったな。ならば作戦説明を開始する」
団長からの作戦説明…また醜い戦いが始まろうとしていた。
「今回、国家反逆罪を匿っている村があると報告を受けた。その村の名はソディ村、ここより歩いて二時間ほどの場所にある村だ」
ソディ村。
別にめずらしくもないエクセン国には何処にでもありそうな小さな村だったことをクライシスは記憶していた。
「それで、国王直属の私たちウォール騎士団がこの国家反逆罪を排除するよう命を受けた」
「………」
『またいつものことか……』
とクライシスは隊長の言っていることを悟りながらもただ、青い空を見上げていた。
「とりあえず、まずはその村へと向かう。それと村に着きしだい、私からまた命令事項を伝えることする。いいな」
『は』
「よろしい。では出発だ」
整列していた十名ほどのウォール騎士団員が団長を追いかける形で歩き出す。
このウォール騎士団は少数精鋭と言う理念があり、隠密行動、王の護衛、戦争行為の参加、などと行った様々な任務を任されている。
馬小屋まで行くと、各員専用の馬に跨った。
「それにしても、国家反逆罪ねぇ……あの村にそんなあぶねぇ奴が居るとはおもわねぇけどな」
クライシスの後ろに着いてきている男が陽気な声で話しかけてきた。
「さぁな、ここ最近は国の連中が何を考えているのかさっぱりだ」
「だよな。今回の任務だって別に俺達を使わなくたって済みそうな話なのによ。あー、めんどくせぇ」
「そう言うなって。グレン。命令なら従うしかないだろ」
グレン・カスール。
それが陽気に話す男の名で、このウォール騎士団の一員である。
金髪の碧眼の、男としては髪が長めだ。その長い髪を後ろで束ねている。
戦闘能力はクライシスを凌駕する(自称)双剣使いだ。しかし、如何せんめんどくさがり屋な上に陽気な性格で、クライシスは彼と本気でお手合わせをしたことがない。
模擬戦、試合で戦うことになってもいつも自分から棄権するか手加減されることがほとんどだ。
そんな男が何故、ウォール騎士団に居るのか不思議で堪らないが、ここに居ると言うことはそれなりの戦闘能力を有しているのは明白だ。
それに手加減してくると言うことは自分が相手より優れていなければ出来ない芸当だ。
自称ではあるが、もしかしたら本当に自分より強いのかもしれないと密かにクライシスは思っている。
「でもよー、どうも最近の作戦ってこんなことばっかじゃん。はぁ、早く帰りてぇ」
「…………」
極たまに本当にめんどくさがり屋なだけじゃないかと疑問に思ってしまうこともあるが……。
馬で移動し始めて一時間ほど立った。
漸くソディ村へと騎士団は到着した。
「村長はおるか!」
団長が馬から降りて村全体に響かせる為に大声をあげた。
他の団員達も馬から降りて、団員の後ろへ整列する。
「は、はい。私が村長ですが」
大声を上げた後、何事かとこちら不思議そうに小屋や家から人々が出てきてはウォール騎士団を見てきていた。
そのうち中年の小太りしたヒゲの生やした男が団長の前に現れた。
「私はウォール騎士団ヴェルディ・グリフィス大佐だ」
「はぁ……そんなお偉い様が何様ですかな」
「貴村には国家反逆罪を匿った罪が問われている」
「国家……反逆罪……?」
「すぐに犯罪者の身柄を引き渡せ。さすれば、この村には手を出さん」
「ま、待ってください。私にはさっぱりで……」
「ほう……しらを切る気か」
「そんな!しらなど切ってはおりませんぬ!」
二人のやり取りをただ黙って見ることしかできなかったクライシス。
「おいおい、団長さん、知らねぇって言っているんだからよ。何かの間違いじゃねーのか」
クライシスとは対照的で、グレンはいつもの口調で団長に声を掛けた。
「グレン……お前は黙っていろ」
「……へいへい」
「村長……最後の警告だ。犯罪者を差し出せ」
「だから、何回も言わせないでくれ、ここの村にはそのような人はいない」
「そうか、それは残念だ」
団長が自分の腰につけているロング・ソードへと手をかけた瞬間、クライシスは自分の目を疑った。
「な……ぐへっ……」
村長の首元を躊躇わずに切り込んだのだ。
凄まじい血が村長の首から出ているのを冷酷な目で隊長は見ながらこの任務の命令を叫んだ。
「国家反逆罪幇助違反第五条に乗っ取りこの村を殲滅せよ!良いか!老若男女問わずだ!かかれ!」
「なっ……!?」
団員達は全員、自分の耳を疑った。
「どうした。命令が聞こえなかったのか」
漸く事態を呑み込めた団員は自分の武器をそれぞれ構えて、村人達に襲いかかっていく。
当然聞こえてくる村人達の悲鳴の……。
「な……なんで……」
クライシスとグレンだけは、その場に残っていた。
「……二人とも、何をしている。早く持ち場につけ!」
「……あいよ」
いつも呑気な顔をしているグレンだが今日は、怒りを隠しきれない顔になっていては、良く見ると 体を震わせている。
グレンはそのまま村の奥へと消えていった。
「団長……何故、村人を……」
「クライシス大尉、私の命令が聞こえなかったのか。持ち場につけ」
「なら教えてください!何故、村人を殺さないといけないのです!彼達は非戦闘員です。こんなことして良い訳がありません!」
「……言いたいことはそれだけか」
隊長からの鋭い視線。それは殺気に似ている視線だった。
「もう一度だけ言う、クライシス・ロジャー大尉。配置につかんか!」
「……くっ……」
これ以上何を言っても無駄だと判断したクライシスは自分の剣を構えてその場から走り去る。
『国家反逆者を逸早く見つけるしかない』
見つければこの無駄な任務は終わるはずだと思った。
悲鳴が聞こえる中、住宅の中に問答無用で押し入り探し続ける。
「ひぃ!」
自分の子供であろう赤ん坊と自分の妻を抱きかかえながら部屋の奥でうずくまっている住人をクライシスは見かけたがクライシスは見なかったことにした。
ここには居ないと判断をして次の住宅に向かおうとする。
「…………」
扉に手を掛けようとした時に訓練ぐらいしかまともに話したことが無かった同僚が入ってきた。
「ま、待て!ここにはいない!」
叫ぶように同僚に伝えるが同僚はそれを無視をして部屋の奥へと進んでいく。
しばらくすると部屋の奥から耳を覆いたくなるほどの悲鳴。
あの家族は絶命したのであろう。
唇を噛みしめながら次の家へとクライシスは向かった。
結局、この任務は二時間ほどで終了し、国家反逆罪は教会の地下へと匿われていた。
見つけたのはグレンだった。
グレンもクライシス同様に逃げ回る村人達を無視し、国家反逆罪の問われている人物を必至に探していたのだ。
その国家反逆罪の人物を見た時にクライシスは目を疑った。
目の前の人物は本来国王の横にいるべき存在である人物だったからだ。
「が…ガノン将軍…」
ガノン・スミノルフ。
このエンセン王国において将軍の地位については様々な戦などで王様をサポートしてきた人物だ。
人望も強く、国民からも厚く信頼されていた。そして何より、このウォール騎士団の創設者であり、初代団長を務めた男だ。
「俺も最初見た時は、驚いたさ。なんでこんな所にガノン将軍がと思っていたら自分が反逆者だって言うしな。一応、拘束してから団長に確認したら事実だってよ……」
「何故、ガノン将軍が国家反逆罪者なんかに……」
縄で縛られたガノンはクライシス達の前を通り過ぎさる時、ただ一言、
「……王は変わられてしまった」
とだけ呟いた。
結局、村人百名ほどの命と引き換えにこの日の任務は終了した。