きっとこれがハッピーエンド
ぼんやりとだった、彼と一緒にいると、彼の後ろに女の人が見えるようになった。
彼女の黒髪は腰まで長く、顎まで伸びた前髪は真ん中で分けられていた。他にもすっきりした顎に薄桃色の小ぶりな唇、顎にある小さな黒子は明瞭と見えるのに、何故か顔だけがぼんやりして、誰なのか判別がつかなかった。
私は彼が好きだ。彼と言ってもお付き合いをしているわけではなかった。
彼は、同年代の人にはない憂いがあって、落ち着いた物静かな人だった。でも決して愛想が悪いわけではなく、不思議と人を引き付ける。彼の周りにはいつも友人がいた。
彼の言葉の端々、何気ない行動に、誰かの影があるのは知っていた。
そして、それが彼の魅力の源であることも。
そして、それが彼の二十年来の幼馴染であることも。
今日もまた、女の影をみた。
■■
彼の家に招かれた。
自分でいうのもおかしな話だが、彼は私に好意を抱いていると思う。
私はそう鈍感ではないのだ。相手の好意だって、きちんと認識できる。
「この写真・・・」
白い写真立の中で笑う彼と、黒髪の女性。髪は腰まで伸びていた。真ん中で分かれた前髪からは、整った青白い顔が見える。肌の白に良く映える薄桃色の唇は艶があって、その下―顎―にある小さな黒子は、彼女の熟れた魅力を引き立てていた。
見覚えのあるような気がしたが、思い出すことはできない。
「あぁ・・死んだ幼馴染だよ。」
あぁ、ようやく分かった。
「俺の、彼女だった人だ。」
彼女は、私が見た"幽霊"だ。
「死んじゃったんだけどね。あっけなく。」
彼の背後の女の顔が、はっきりと見えた。
■■
彼には、彼女が見えないようだった。
そう分かると否や私は下種な感情に捕らわれた。今なら彼を手に入れられる。
「奈央さんだって、幸せになって欲しいって思ってるよっ、きっと。」
「知ったようなこと言うのやめてくれないか。」
ピシャリと、冷たい声で突き放された。
軽蔑に満ちた目が私を射抜く。
「彼女は死んだんだ。都合のいい解釈、やめてくれないかな。」
前から先輩は非現実的なことを嫌う人だった。出しゃばってしまった自分を恥ずかしく思った。
ただ彼は、確かに、私に恋愛的興味を持ってくれている。
なのに、なぜなのだろう。
なぜ、彼は私の言葉に身をゆだねてしまわないのだろう。
そしたら、彼を苦しめる束縛から解放されていたというのに。
彼の背後の女がじっと私を見つめていた。
その瞳に醜い私の表情が映されているようで、それを彼に気付かれてしまうのでは等という妄想に捕らわれ、眼をきつく閉じた。
■■
「俺ね。君のことを意識してたよ。
君に惹かれてた。それこそ、君と付き合っちゃって行くところまで行きたいとも思った。
それが自然の理で、その方が・・・ずっと今より楽だと思った。
でも、俺の前に現れたんだ。奈央が。」
何故。
「幽霊ではない。
彼女は死んだ。もういないんだ。喜びも、怒りも、哀しみも、憎しみもないんだから。
俺の後ろめたさのせいで、奈央は生まれたんだ。彼女は俺の妄想の産物だ。」
―愚かだろと自嘲気味に笑う彼。
ふと、彼の後ろにいた幽霊が顔を上げた。相も変わらず青白い綺麗な顔だ。
その時初めて、彼女と目が合った。
その瞳の中には嫉妬の炎が確かに存在しており、その上をゆらゆらと水のベールが漂っていた。
嗚呼、私は後ろめたかったんだ。
死んだ彼女から、彼を奪うことが。
私もいつの間にか彼女に囚われていたのだ。
ずっと、ずっと。顔も知らないその時から。
「僕には、彼女しかいない。彼女が俺に愛を囁くのが、その証拠。」
―嗚呼。きっと、これが。
「俺のことは忘れてくれ。」
彼は至極、幸せそうに微笑んだ。
そしてその後ろで女が、同じ微笑みを湛えて佇んでいた。
きっとこれがハッピーエンド




