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始まりの始まり

正直上げるつもりで書いてなかったけど、律渦は災禍からの逃避で書いてたけど。なんか書いてて面白くなっちゃったからあげました。とりあえず読んでから文句言ってください。ごめんなさい。

他人との会話の中で最も面倒なものは、恋愛相談だと思う。他人の惚れた腫れたを鬱な顔でだらだらと垂れ流され、ただ頷いて聞き流していれば急に意見を求められる。そこで下手なことでも言えば、ちゃんと考えてくれてるのかと非難される始末だ。あちらから頼んでおいて、その物言いは何様のつもりなのだと顔面を張り倒してやりたくなる。だが相手が同性―――私の場合は男だが―――ならいざ知らず、異性―――女の場合はそういうわけにもいかない。

さて。何故私がこのようなことをだらだらと脳内で愚痴っているかというと、今実際に、我が身に降りかかっていることだからである。

「私と水樹君は、同じ部活でもなければ今はクラスメイトでさえないし……。ねぇ、どうしたらいいと思う?」

「……………………」

だから意見を訊かれても困る。私はどこぞのギャルゲーマーでもなければ、恋愛経験豊富なプレイボーイでもない。的確な意見を言うどころか、言葉に詰まって何も言えないような人間だ。

というかそもそも、どうしてこんな状況になってしまったのだろうか。

私は現実逃避気味に、その原因となった日を思い出した。


***


その日。私はいつもよりも早く家を出た。理由は単純で、偶然早く目が覚めたからだ。二度寝しようかとも思ったが、妙に目が冴えてしまっていて、そんな気も失せてしまったのだ。

通学にかかる時間は、自転車通学にしてはやや長めの四十五分。家を出たのは、ホームルームが始まる一時間半も前だったから、約四十分程の暇があることになる。早起きは三文の徳とは言うが、どうせやることなんて読書ぐらいしかない私のような人間にとっては、果たして徳と言えるものなのかどうか。



朝っぱらから元気に走り回っている野球部とすれ違いながら校門をくぐり、スチール製の古い下駄箱と出くわす。胸の辺りの高さにある、変形して閉まりきらなくなった蓋を眺めながらスリッパを取り出した。

それをつっかけて歩き出しながら、さてどう時間を潰そうかと、悪足搔きのように思考を再開した時だった。

「す、すいませんっ」

後方から、女性のものだろう。やけに甲高くて特徴的な声が聞こえた。

幼子のようにハイトーンでありながら、大人の女性特有の艶めかしさを備えた、不思議な声。

一瞬反応して振り向きかけるが、すぐに思い直して再び足を動かす、明らかに聞き覚えの無い声だったからだ。

私は残念ながら、知りもしない人間から声をかけられるほど有名でも、怪しくもない。職務質問を受けたことは今まで無いので、それは確かなはずだ。

「えっ、なんで行っちゃうのっ?……あ、あのっ!」

だがその甲高い声は、またしても響いた。先程よりもより指向性を持って―――此方に。

私の行動に関連するような内容だったこともあり、どうやら先程から響いていた声が、自分を呼ぶためのものだったことに、ようやく気付いた。

溜息一つ。

「私に何か?」

首だけで振り返り訊くと、その声の主だろう少女は下駄箱を指差し、ややほっとした様子で言った。

「蓋が開かなくなっちゃって……」

どうやら、私の下駄箱同様に歪んだ蓋が、内側に嵌って開けられなくなったらしい。そこで偶然通りがかった男手の私に話しかけた、ということのようだ。

「開けてほしいってこと?」

少女は頷く。

私は夏服のため晒されていた、少女の上腕に視線を遣った。日焼け痕も無い白い肌と、柔かそうな二の腕が覗いている。折れてしまいそうとまでは思わないものの、十分にひ弱そうに見えた。

「わかった」

私は頷くと、踵を返して少女の元へ歩み寄った。まぁ暇だし、今更無視するのも後味が悪いだろう。それにこの程度のことだが、徳を積んでおくことに越したことはない。



その翌日。

放課後を迎えた私は、二週間ぶりに図書室へと足を運んだ。借りていた本を返しに来たのだ。

つい先程読み終わったものなので、未だその内容は頭にこびり付いている。

直木賞を獲った作品ということで気になって借りてみたのだが、あまり突出した内容でもなく、教科書を読んだかのような起伏の無い読後感は、ただの時間潰しにしかならなかったという結果として、私の脳に処理された。

バーコードリーダーで返却手続を済ませたそれを本棚に戻し、そこで私の足は止まった。

「暇だな……」

独り言が漏れる。

勤勉とは程遠い私にとって、放課後というのは扱いに困る時間の一つだ。だからといって勉強をする気にもならないのだが……。

ふと、先日数学の課題を出されていたことを思い出した。

提出日は来週の月曜だったからまだ余裕はある。だが自分は、後回しにする事程、結果的にやらない。

まぁ、たまにはいいか……。

どうせ帰宅したところで何もせずにごろごろするだけだ。ならば面倒なことを先に消化してしまおう。幸い、さっきまで読んでいた本が私の感情を全く揺らしてくれなかった。頭を働かす上で邪魔な興奮とは、いくらか距離を置いた状態だ。

私はそんな遠回りな自己完結の元、数学のノートと問題集を長机の上に広げた。



極小値を求め終わり、さてグラフを書こうとシャーペンの先に神経を集中させた時だった。

「へぇ~。こんなところで勉強してるんだ」

不意に背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。

先程まで、自らの息遣いと紙擦れの音以外には無音だった空間に、波紋のように響いたその声。

その音色は私の脳裏に、つい昨日出会った少女の姿を浮かび上がらせた。

溜息と共に振り返る。

「私に何か?」

初めて会った時と同じ台詞と共に、彼女を見上げる。

「いや、別に用という用は無いんだけれど……。昨日はちょっとお世話になったから」

問われた少女―――案の定、昨日の下駄箱で会った特徴的な声の少女―――は口籠り、何か不味いことでもしたのだろうか?とでも思っているのか。困ったように目を逸らした。

「お世話も何も、ただ蓋を開けただけだ」

「でも無視するのも失礼かなって」

どうやら彼女は、名前も知らない(多分)、ただ通りすがっただけである私を“知人”と認定してしまったらしい。

「ふふっ。名前も知らぬ相手に、失する礼などあるのか?」

私はそれが妙に可笑しく感じて、つい笑いを零してしまった。

「あっ、確かに名前知らないや」

だが彼女は私の台詞を全て聞いていなかった。前半部分を聞いた時点で声を上げ、こちらに物問いたげな視線を寄越してきた。

「ねぇ。名前教えて」

まるで幼子のような問いかけ方。その屈託の無さに、私の唇から自然と回答が転がり出た。

「私は西原優理(にしはらゆうり)という」

「にしはら、ゆうり……」

彼女は脳に刻み込むように、私の名前を復唱する。そして彼女は、まるでそうするのが当然とばかりに、自らも名乗りを上げた。

「私は眞鍋晶乃(まなべあきの)です」

訊いてもいないのに名乗った彼女―――眞鍋を、私はめんどくさそうな目で見上げた。

「君の名前は訊いてないが?」

「えっ?」

ひどく驚いたような顔を浮かべる彼女に、私は立て続けに問いかけた。

「先程も訊いたが、何か用かな?私はこの通り、邪魔されたくはない状況なのだが」

「えっ、だからちょっと声かけただけっていうか……」

眞鍋は判り易く戸惑っている。まぁ、当然だろう。私は一般的な高校生とは少し違う感性を持っている(らしい)が、彼女に何ら悪気が無く、ただの気紛れで話しかけてきたことは理解出来る。

なら何故用を問うたかというと、それは偏に、もう立ち去れという遠回しな意思表示を籠めてのことだ。

「ん…………」

私がただ見上げているのに怖気ついたのか、黙り込んでしまった。

………………なんか、私が虐めてるみたいな構図だな、これ。

「まぁ、課題もあと二問だ。君が何か私に話したいことがあるのなら、聞いてあげないことも無い。何せ退屈でね」

これではただ居心地が悪いだけなので、とりあえず先方の希望を叶えてあげることにした。

「勉強していたんじゃないの?」

狙い通り、彼女は顔を上げてくれた。その上話にまで乗ってくれた。いい子だ。

「勉強をしていたという意識は無いな。ただ面倒なタスクを消化していたに過ぎない」

「ふ~ん……」

その気の無い相槌に、私は会話が途切れる気配を感じた。なんだ。もう終わりか。

「そういえば、どうして西原君は自分のことを“私”と呼ぶの?」

だが彼女は尚も喋り続けた。ほう……。私への興味がまだあるようだね。珍しい。

「大した理由は無いさ。あえて理由を探すなら、昔からよく本を読んでいたことかな」

新書には一人称が“私”で書かれているものが多い。文庫本やハードカバーも読んでいたが、一番触れる機会が多かったのは新書だった。

「本が好きなんだ」

「本を読むぐらいしか楽しみが無かったのさ。つまらない人間で済まないね」

「いやいやっ!そんなことないって」

少し卑屈に言ったらこの反応。どうすれば落ち着いて話せるのかな?

「まぁ、私のことはもういいだろう」

とりあえず自分のことに関しては切り上げた。退屈だからね。

「私は先程も言った通り退屈でね。出来れば君の話をしてほしいよ。なんなら人生相談でもしてみるかい?」

やはり先程読了した本が微妙だったせいだろう。私は何か面白い話でも聞けないかと、そんなことを口にしていた。まぁ、期待なんてものでもない軽い気持ちだったのだが。

「えっ、相談してもいいの!?」

だから、こんな風に食いつかれてしまっては面食らってしまうではないか。

やや後ろに体重をかけて身を引きつつも応えた。

「君こそ、私に相談なんてしてもいいのかい?」

そんなプライベートを、たった二回しか会っていない人間に話してもいいのか。そういう意図を込めて訊いた私に、彼女は髪を弄りながら答えた。

「全く関係の無い人になら、逆に何でも言えるかなって……」

飲み屋で愚痴垂れるおっさんみたいなこと言いやがった。

でも私個人、人の恨み辛みを聞くのは嫌いじゃない。それに先程までの様子だと、そう面倒な話でもないだろう。

「解った。私で後悔しないのなら、話すといい」

「うん、ありがとう」

彼女は頷くと、私の向かいの椅子に腰かけ、話し始めた。


***


で、今の状況である。

彼女の相談は、先も述べたように恋愛に関するものだった。

話の内容はこうだ。

去年の文化祭にて、眞鍋のクラスはたこ焼き屋台を開いていた。一年生で飲食物を売ろうとは、やる気のあるクラスである。

彼女は午前中のシフトで、早く遊びに行きたいなと思いながらも、たこ焼きをくるくる作り続けていたらしい。もう三十分もすれば交代かなという頃、少し派手めの恰好をした二人の若い女性が来た。自分たちはここのOBで、今は大学生だと言う彼女達は、ケラケラと笑いながらたこ焼きを注文した。眞鍋もその時までは、話好きの先輩だな程度にしか思ってなかったらしい。だが彼女達は受け取ったたこ焼きをその場で食べると、途端に顔を歪めてこう言った。

「うっわ、不味いわこれ」

「ないわー、まじ萎えたわ」

目の前で「不味い」やら「汚い」やら手酷い感想を撒き散らされ、何よりその態度の変わりようにかなりの恐怖を感じた彼女は、ただ何も言えず萎縮しきっていた。

だが、その時間は長く続かなかった。

「いくら客とはいえ、マナーは守ってほしいですね」

大学生達の後ろから、一人の男子生徒が微笑みを浮かべながら糾弾した。

「はぁ?ガキンチョがなにマナーとかほざいてんの?」

「マナーなんて小学生でも唱えられます。ご存じありませんか?」

高圧的な物言いにも、あくまで敬語で対応するその姿は、怒鳴る以上に怒りを表現しているように見えた。

「あぁ~あ、もう萎えたわ。帰ろ」

その怒りが伝わったのかは判らないが、大学生達はたこ焼きを頬張りながら校門へと歩いて行った。

「あ、水樹君―――」

自分が助けられたと気付いた眞鍋は、すぐにお礼を言おうとしたらしい。だが彼は「あぁ~忙し忙しっ」と呟きながらとっとと立ち去ってしまったようで、結局何も伝えることが出来なかった。

ということがあり、水樹君に惚れてしまった。

二年生の今は別のクラスとなってしまい、教室が近いわけでも通学路が重なるわけでもないので殆ど接点が無く、この気持ちのぶつけ方さえも見つからないあぁ困った困ったということらしい。

そもそも水樹君って誰?

私は彼女が話し始めるまでは、どうせ部活やクラスでの人間関係の愚痴でも聞かされるのだろうと思っていた。だが、蓋を開ければこれである。ニュースで見た泣き叫ぶ県議会委員レベルに衝撃的だった。なにせ、開口一番が「私、片思いしてるの」である。その時点で「知るかブス」とトンズラしなかった自分を褒めると同時に恨みたい。

「やっぱり、私なんかじゃ釣り合わないよね……」

「………………」

何も言わない私を見て、自嘲気味に目を逸らす眞鍋。だから水樹君を知らない俺には判断できないんだよ。

だが、このまま目の前で鬱になられているのはいい気分ではない。こちらからも何か言わねばならないだろう。だが何を……?いや、言いたいことならある。聞き役に徹しようとしていたため、相槌以外は口にしないつもりだったが、その制限さえ解けば、訊きたいこと(・・・・・・)はかなりある。

私は俯く眞鍋を眺めながら、思いつくままに言った。

「釣り合う釣り合わないを論ずる以前に、私は君の言う『水樹君』を知らない。あと、君は良く知りもしない人間に恋愛相談なんてするとは正気かい?私は人に論ずるだけの恋愛経験も知識も無い。訊ねられても何も言えないよ。そもそも、君は私に何を求めて相談したんだい?」

まだまだ言い足りない気もするが、言葉に出来るものはこれぐらいしかなかった。完全に気が済んだわけではないが、仕方無い。

「あっ、その、えぇっと……」

眞鍋は立て続けに浴びせられた言葉を処理できずにあたふたしていた。どうか一言ぐらいは返答してほしい。

「んっと……。水樹君っていうのは、一年生の頃同じクラスだった人で。部活はバレーボールやってて、背が高くて、頭良くて、優しくて……」

どうやら私が一番聞きたいことは無視する方針のようだ。まぁいいが。

「そうか。私とはとことん関わりの無さそうな人間だな」

その評価があくまで主観的であることは指摘せずに相槌を打つ。

「うん。だから少しでも近くにいられたらなぁって……」

言ってから彼女は、それすら出来ていない現状に落胆するかのように目を伏せた。

「どうしたらいいのかな……?」

「近付けばいいじゃないか」

力なく虚空に問いかけた眞鍋に、私はめんどくさいことを隠さない声色で即答した。

「えっ……?」

「君は重病人でも何かしらの組織の責任者でもないのだろう?ならどんなしがらみがあるんだ。近くにいたいなら近くに寄ればいいだけだろう」

私が未だにこうして君と話しているのだって、君が近付いて来たからだ。あぁ、なんだか喋ってる間に面白くなってきた。まるで物語を読んでるかのようだ。無意識に眞鍋の内心を読み解こうとしてしまう。

だがこれは現実だ。自分が放つ言葉は、時として自らを傷つける。しかし面白いのならそれでいい。

ほら、また眞鍋は自信なさげな表情を浮かべる。

「だって、私には何も―――」

「面白いね君は。友人として水樹君とやらに接触しようと思えば、そこまでの躊躇いは無いだろう?君は口では自分では無理だと言いながら、彼の恋人になろうという意思は捨てていない。だからそうして愚図ついている」

私に話しかけてきたときの図々しさ。それは君の武器じゃないのかい?

私は緩んだ頬を隠しもせず、さらに読み解いた眞鍋をひけらかす。

「君はまだまだ諦めとは程遠いところにいる。あれだけ私に吐き出しても、衰えるどころか逆に燃え上がっている。実にくだらない。優柔不断な上に執念深いとは」

当の言われっぱなしの眞鍋は、思うところがあるのか、目を少し潤わせながらも黙って聞いている。えらいえらい。

「君は自分が思っている以上に人に近寄るときの躊躇いが無い。よく言うだろう?まずは友人から。君がするべきなのはとにかく話しかけること。接点なんて自分で作ればいい。クラスが違おうと何だろうと、嘘八百を並べれば、会う理由なんていくらでも作れる」

「あっ…………」

眞鍋がハッとした顔になる。何か思いついたのだろうか。

「私、本当に叶えようとはしてなかったんだ……」

ぶつぶつ呟かれては聞き取れないな。まぁいい。言いたいことは粗方吐き出した。もう彼女と話し続ける気も無い。

「さて。私はもう帰るよ。興味深い話をありがとう」

「あっ、ありごとうございましたっ」

お礼を言ったのはこちらなのだから、返さないでほしいものだね。

私は図々しくも気の小さな少女を尻目に、図書室から姿を消した。

多分律渦は災禍以上の不定期更新になると思いますが覚悟してください。調子いい時は多分一日に二話とか書きます。

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