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歴史ギャグ短編!

巌流島の決闘をオンシーズンの海水浴場でやってしまうとこうなる

作者: 橋本ちかげ

この小説にはシリアスな要素は一切ありません。やっちゃいました。もし並行連載『戦国恋うる君の唄』で書いているような剣豪アクションかなあと少しでも思った方は許して下さい。

真夏の太陽がじりじりと照りつけてくる。この太陽真っ盛りの季節に赤い羽織と四方袴は、

(暑い…)

「おっと」

と、隣を海パン姿の男が通り抜ける。真っ黒に日焼けした男は、ぴっちりと決闘装束を着こんだ小次郎の姿を見直すと、

「えっ、まじかよ侍ウケるww」

とか何とか口の中でつぶやき、にやにや振り返りながら通り過ぎて行ったのであった。

(なんであんな目で見られねばならぬのだ)

巌流佐々木小次郎は、大きくため息をつくと決闘会場になるはずの浜を見渡した。そこは、海際までびっちりと海水浴客で埋め尽くされていたのである。

『えーっ、今日は気温は35℃、海水温は30℃近くなってます。午前中から波高いんで、何があってもブイの向こうには絶対に行かないでください…』

スピーカーからは割れた音でアナウンスが響き渡っている。その砂浜を転がりつんのめるように走り回る子供、トップレスになって背中を焼く女子大生、メキシコ、ブラジル、コロンビア、年中暑いとこばっかりにいそうな外国人カップル、そしてB系の黒人音楽を大音量で流しながら肩にラジカセを担いだちゃらい男。こんなところでどう考えても決闘できるはずがない。

(ここで段取り組んだ奴誰なんだ!って言うか、なんでこの時期こんな場所で!)

世に巌流島の決闘と言われる果たし合いは、本来なら旧暦4月13日、西暦であっても5月中旬ごろには行われたはずだ。会場となる船島は孤島で、間違っても決闘を邪魔されることはない。それがまさかこんなシーズン真っ盛りの海水浴場でなんて。

「いやあ、殿の都合で4月は駄目だって言うんですよ。その時期は御役の異動もあるし新規お召抱えの子たちの歓迎の準備で忙しいからって。で、その次の月からはしばらく参勤交代してた連中との入れ替えがあったから。そうやって伸ばし伸ばししてたら、どうしてもこの時期になっちゃってww」

会場をブッキングした藩の担当者はふざけた言い訳に終始した。その間に彼も参勤交代で江戸に行ってきたらしく、吉原土産を持参していた。藩剣術指南役の小次郎はそんなちゃらんぽらんな担当者の話に真っ向から文句を言うことも出来ず、引き攣った笑顔で見返り美人の花魁がプリントされたありきたりな吉原名物毛まんじゅうを受け取ったのだ。

「で、決闘がずれこむのは承知いたした。しかしかねて願い出ていた船島は」

「あっ、船島ね!」

ぽん、と大仰に手を打って頭を掻いて見せた担当者の様子に、小次郎は嫌な予感がした。胃が痛くなった。担当者はちゃらっと言ったのだ。

「それがさー、予約取ろうと思ったら今月もう一杯なんだって。それにさほら、あそこで下手に決闘とかしちゃうと、島の名前とか変わっちゃうじゃない。巌流島とか下手になっちゃったら困るじゃない。HPの紹介とかも変えなきゃいけないし。担当部署がいい顔しないんだわ」

正直ここで小次郎は秘剣ツバメ返しにて、目の前の男を三つに両断し、絶叫しながら行きつけの名物馬肉の美味しい居酒屋に入り、好物の馬もつ煮込みを頭から被ったまま城下を血まみれで駆け回ってやろうかと思ったが、正直それをやるとはるか小倉までせっせと鐘巻自斎直伝の允可をもって就職活動した結果がぱあになるので、泣く泣く我慢した。ぷちっと胃の中でそのとき何かが弾ける音がしたが、そのときは怒りでそんな場合ではなかったのだ。後で病院で見てもらったら立派な胃潰瘍が出来ていた。

その胃が今もきりきり痛い。

(大体、武蔵の馬鹿めはどうしたのだ。会場が混むから早朝にしろとさんざん言っておいたのに)

もう昼だ。小次郎の前を焼きそばや焼きイカや缶ビールを持った海水浴客たちが通り過ぎる。約束の時間からは疾うに二時間は過ぎていた。

(ったく)

最近の浪人どもは礼儀がなってない。普通、セッティングまでこっちにやらせておいて待ち合わせに遅れる奴は最低だし、遅れるなら何がしかの連絡を寄越すべきだ。そうすれば、もっと空いてる場所を見つくろっておくことだって出来たのに。

(武蔵の馬鹿め…ああっ、胃が痛い痛い)

じりじりしながらさらに待つこと三十分。お昼時、海から客が上がりきった頃だ。

(あっ、あれ武蔵かな)

薄いアクアブルーのセパレートの水着にティアドロップのサングラスをした派手なお姉ちゃんの向こうから、いかにも臭くてもっさい毛深そうな大男が歩いてくる。何日も洗っていないような黒い着流しにたすき姿。あの場違いな感じ。まごうことなき宮本武蔵だ。

「むっ、武蔵っ」

小次郎は金切声を上げて、ジャンプしながら手を振った。武蔵はそれと気づいたのか、ちょっと小走りに近づいてくる。ぶっといあの樫の木刀が得物なのかそれが鬱陶しそうに揺れた。しかし小次郎はその武蔵が近づいてくるに従って目を丸くした。

武蔵が水着姿の小さな女の子を連れていたからだ。

「武蔵っ、おのれっ、遅いじゃないか!それにその幼女はなんだ!」

武蔵はおどおどしていた。遅れてきたのは自覚していたが、意外と言うか、まさか小次郎がそこまで怒っているとは思っていなかった顔だ。

「な、なんかな。迷子みたいで。ほっとこうと思ったんだけど、くっついて来られちゃったんだ。どうすればいいかな」

武蔵は戸惑いながら、小次郎に答えた。はぐれた親を探してかなり歩きまわったらしく額に、びっしょり汗を掻いていた。

「迷子は相談所に連れてけばいいだろうが!お前の年齢と風貌だと絶対誤解されるぞ!それより、何時に着いたんだ」

「一時間くらい前かな」

その答えに、小次郎は真っ赤になって絶叫した。

「混むんだから早く来いって言っただろ!なんで決めた通りに来ないっ!?」

小次郎の二時間分のいらいらが炸裂し、武蔵は困惑しうつむき加減にへどもど答えた。

「い、いや…あの、わざと遅れてきたら、お前が焦って勝負に有利だと思ったから…?」

「馬鹿か!!!!」

ここにきて小次郎の怒りは頂点に達した。

「人が出した書状をちゃんと読めよ!早く来いって言ったのはちゃんと理由があることなの!…あーっ、て言うかお前、わざと遅れて来たのか!!どうすんだ!こんな中で決闘なんか出来ないじゃないかっ!」

地団太踏んで歯噛みする小次郎に、

「…正直すまん」

と言ったきり、武蔵は口を利かなくなった。

「もういいよ!とりあえず決闘だ!今ちょうどお昼休みで人がはけたから、ここでやるぞ」

「でも、あのこの子は…?」

「勝った方が相談所に連れていく。それでいいだろ」

名刀物干し竿を抜くと小次郎は、ぱっ、と鞘を砂浜に投げ捨てる。武蔵はそれを見て、

「あっ、お前おれに行かせる気…?」

「なんでだよ!ただ邪魔だから鞘捨てただけだよ!!」

「だから勝って帰るつもりなら…その、鞘は捨てないんじゃないかと」

「ばりばり勝つ気だよ!!お前殺して、あと片付けのときにもう一回拾うの!そしたらおれが迷子相談所に行くよ!」

「…そんなに相談所行きたいのか?」

「行きたくないよ!お前の尻拭いだよ!ああっ、もう、早くやるぞ。ほらさっさと来い来い!」

小次郎は物干し竿をやっと構えたが、武蔵はまだ納得いかない顔だ。

「なにまだある!?」

「あの…位置。こっちさ、太陽が当たって逆光で見えにくいんだ」

「知るかよ!!お前がこっち側から来たんだろ!まぶしいのはお前が悪いんだよ!」

「まぶしい」

と、いぜんマイペースな武蔵がやる気にならないので、小次郎はしぶしぶ位置を変わってやった。これでまた胃がしくしく痛んだ。

「…胃が痛い」

「なに、身体悪いの?」

「お前のせいだよ!お前のせいって言うか担当者の…っつうかお前殺したらおれ、胃潰瘍の手術だよ!下手すると二回斬られるんだよ」

「くっ」

「今、上手いこと言ったと思っただろ!うるせえよ!こちとら胃痛で、この暑いのにビールも飲めねえよ!」

と、その二人の横を、保冷ケースを担いだ麦わら帽子を担いだおっさんが通り過ぎた。溶けた氷で満載の水には、缶ビールやチューハイ、テキーラの瓶が放してあった。そのときだ。

「ああもうっ!」

と、堪え切れず絶叫した小次郎が、物干し竿を放り捨てると、服も脱ぎ捨てた。褌一本になった小次郎はダッシュでさっきのおじさんの前にたどり着くと、ケースに突っ込んであった中から一番強いテキーラの瓶を取り出した。黄金色に輝くテキーラはクエルボのゴールドだ。小次郎は封を切るとそれをラッパ飲みした。

「バーカ!バーカバーカ!」

テキーラを半分開けた小次郎はそのまま海にダッシュして、二度と帰ってこなかった。

こうしてビーチには、迷子を連れた武蔵だけが残された。


このあとテキーラのボトルを開けゆきずりのメキシコ人女子大生と熱い夜を過ごした小次郎さんは無理が祟ったのか、胃潰瘍の手術を前にして亡くなったそうです。「太陽を背にしていたので勝った」と宮本武蔵氏はこのときの対決について疑惑のコメントを残しております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても楽しく読めました 時代考証パロディ?面白かったです [一言] 飲酒後海に入るのは ダメ ゼッタイ ってやつですね
2021/01/28 18:26 退会済み
管理
[一言] 初めまして。Twitterに流れてきたので拝見して、大笑いしました。 小次郎哀れすぎる…武蔵いい人すぎる… ほんとにいい話でした。小次郎さんには亡くなってほしくなかったぜ… 素敵な作品あ…
[一言] ツイッターで二条さんの読了を拝見し、参りました。 面白い……そして、小次郎哀れ‼︎ 武蔵はもうちょっと身綺麗にしなさぁい、などと突っ込みつつ、色々な事情に腹を抱えて笑いました。
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