銀髪の男
「おい。もう起きているのだろう?」
その声には幾分疲れが混じっているように思われた。
うっすらと目をあける。体を起こすと、いつも通りの自分の部屋がある。奥にはキッチン。そのすぐ手前に机があり、僕の寝ている布団が続いている。頭の上にある大きめの窓から、優しげな光が身体を覆った。
いつもの癖で、眠気覚ましの辛い小さな赤色の実を手探りで探す。
「……おかしいな」
いつも寝床のすぐ脇に置いてあるから、迷うことはないと思うのだが……。
手探りで床を触るが、実の入れてあるビンが見つからない。
あれがないと、全然目が覚めないというのに……。
「ほら」
手に何かが握られる。
「……あ。ありがとう」
渡されたものが実だとわかって、すぐに口に含んだ。
噛むと、辛みが口いっぱいに広がる。と同時に、目元もすっきりとしてくる。だがまだ目はあけない。しばらくこの刺激を受けて、体中に染み渡らせるのだ。熱を伴った刺激が、胃から四散する。それは指先という指先までに渡り、脳内をも焦がした。
……そういえば僕は、銀髪の男に殺されたのではなかっただろうか。
自然に思考が研ぎすまされていく。
まさか、夢? それにしてはあまりにも現実味が溢れていた気がするが。
そもそも今目の前にいるのって誰だ?
様々な疑問が浮かび、次第に得体の知れない恐怖がこみ上げてきた。
とりあえず声の主の姿を認めるために、目をあける。
「よお。目は覚めたようだな」
眼前にいたのは、僕を殺したはずの銀髪の男だった。
「なっ……。誰だお前は?!」
特徴的な銀髪を揺らし、自然体で佇む男。その目に、恐怖を覚えた。
圧倒的な力があったのだ。
幾千年もの時を生きた、龍のよう。
獣のように鋭いその瞳は、矛盾するようだが冷たい炎を思わせる。
氷のように冷たく微動だにしない静かさがありながら、炎のようにゴウゴウと燃える激しさがあった。
……意志だ。冷たい、炎の意志。すでに達観していながらもあきらめてはいない。確実に目的を遂行しようとする意志。
どれほどの歳月が、男をこれまでに矛盾した雰囲気にさせたのか。
この男であるからなのだろう。
ふつうなら、このような瞳になる前に挫折するなり、目的を忘れるなり、または死ぬ。
せいぜい余命数日の老人が、このような顔をしているところは見たことがある。
だがこの男の風貌は、せいぜい僕と同じくらいにしか見えなかった。
だから、恐怖を感じた。
「運命を信じるか?」
男がどこからともなくコインを取り出す。銀色の、天使と悪魔を象ったコインだと、わかった。
「……あるだろうね。絶対に変えられないことは、必ずあるさ」
それを運命と呼ぶなら、運命はあるのだろう。
「…………そうか」
男がコインを指ではじく。
僕と男の目があう。互いに逸らさずに見つめ合った。
陽光を浴びて、一瞬輝くコイン。宙を舞って、コンッと音をたてて落ちる。
こちらを見つめたまま、男が問うた。
「どっちだ? 天使か悪魔か」
無表情の男は、興味のカケラもない風でいた。
「……悪魔」
男がゆっくりと僕から目線をはずす。つられて下を向いた。
くるくると廻るコインが止まる。
初めて。男の顔が一瞬、驚きに固まった気がした。
「…………ふっ」
男が残念そうにこちらをみる。
コインが示したのは、黒翼の悪魔だったーー。