牢獄の中で
服部さんが声をかけると半人半兎のかわいい女子がやってきた。
「お、起きたか。皆藤さん、だっけ? 何か具合悪いとこ無いか?」
兎さんは見た目に合わない男言葉で話しかけてきた。
「い、いえ。大丈夫です……」
未だに寝っ転がっていたことに気づき、慌てて起き上がる。今更気づいたが、私は藁で出来たベッドに寝かされていた。
「なら良かった。半日ぐらい寝っぱなしだったから心配したよ」
そうか、あれからもう半日も経っているのか……。服部さんがすっかり半人半鳥の姿で動くのに慣れてるわけだ。
「あの、ここは……」
「ここ? あの白衣ヤロウの研究所の一室で、牢獄だ」
「ろ、牢獄……?」
私が聞き返すと兎さんはうなづいた。
「一応ストレスをかけないようにするためか部屋の体裁は整えてるけど、出口も無いし外の様子は見れないし……十分牢獄だろ」
服部さんはもう聞いていたのか、顔も変えずにうなづいていた。すると突然兎さんが目を見開いて言った。
「あ、そうだ、名前言わないとな。俺の名前は月村悠貴。こんななりでも一応男です」
そう兎さんが頭をかきながら言った瞬間、私の思考は一瞬止まった。
「えええええええーーーーーーっっ!!!?」
ーーー
月村さんの衝撃カミングアウトからしばらく経ち、ようやく落ち着いた頃、チーン、という音が鳴ると、突然部屋の壁が開いた。そしてそこから緑色の物体が姿を現した。
「こ、これは……?」
私が目をパチクリさせながら聞くと、服部さんと月村さんがその物体を触りながら言った。
「牧草、ですよね」
「……牧草だな。どう見ても」
「えーっと、これはいったい……?」
私が恐る恐る尋ねると、月村さんは忌々しげに言った。
「エサだよ。俺らの」
すると月村さんは草の山をおもむろにあさり出すと、中からそれぞれ肉塊と野菜スティックが大量に入った容器を取り出した。その容器もそれなりの大きさだったが、牧草はその2〜3倍の量があった。
「え、まさか洋子、この量食べさせられるんですか?」
「たぶんそういうことだよなぁ……羊が1日に食べる量なんて知らないから断定できないけど、必ず1日に3回は出てくるからなー、これ」
月村さんは閉じた壁を叩いた。
「あのー、これって何時ぐらいに出てくるのかとか分かります?」
「いや? 時計はここに入れられた時押収されちまったし。一応7時・13時・19時でカウントしてるけど」
「その基準は?」
「気分」
「そうですか……」
この適当さでは、この部屋で時間を知る方法はなさそうだ。
「ま、ここじゃ時間なんて関係無いけどな。腹が減ったら食べる、眠くなったら寝る、で。それ以外にやれることほとんどないし」
その言葉に私は、監禁されていることを嫌でも痛感させられた。
「じゃ、いただきます」
そう言って月村さんは野菜スティックを適当に取るとポリポリと食べ始めた。
「……それじゃあ、私達も……」
「うん、そだね」
そうして私達は手を合わせて祈りを捧げた。しかしどうしても目の前の草の山を食べようとする気は起きなかった。
対して服部さんは完全に鳥の物と化した自分の足で肉片を掴むと器用に口へと運んでいた。その様子を見て、私は思わず話しかけていた。
「は、服部さん、大丈夫?」
「ん? 大丈夫って何が?」
服部さんがリスのようにほっぺを膨らませながらこっちを見る。
「いや、生肉食べるのに嫌悪感とか無いのかなって……」
「んーそんなにないかな? だって元の姿でも生肉食べてたし。ナムルとか馬刺しとか」
言われてみれば、確かに生肉を食べる文化は私達の中にあった、ただ大腸菌騒ぎで農林省に駆逐されていただけで。ということは、そもそも生肉を食べることに人類は大きな抵抗は無いわけだ。……牧草とは違って。
黙々と食事をすすめる2人の姿を見ていたら、お腹がすいてきた。私は意を決して牧草を口の中に入れて噛み締めた……やっぱり味が全然しない。こんな体になったから味覚も羊よりになってるんじゃないかとか、淡い期待を抱いていたんだけど……やっぱりそう都合よくいきませんよねー。
せめて山の中にドレッシングとか埋まってないか、と探してみたが埋まってるわけがなく、漁っても漁っても草しか出てこなかった。すると月村さんがやや困ったように声をかけてきた。
「……ニンジンとかセロリなんかでよかったらおすそ分けしようか?」
「あ、いただきます……」
月村さんの優しさに感謝しつつ、私は手を出したが、月村さんはより困った顔になった。
「……月村さん、どうかしましたか?」
「いや、どこに置けば落ちないで済むかな、って……」
私はその時、自分の手が蹄になっていることを今更ながら思い出した。
ーーー
その頃、男は紙の束を見て頭を抱えていた。
この間、機械にぶち込んだ薬の調査結果が出てきたのだが、問題点が全く見当たらなかったのだ。
「あれを作るときは、わざと少ない量しか使わなかったから問題ないが、あいつらにははるかに多い量を使ったんだぞ? なのになぜ同じ程度しか変化しない? 30代以上の煩悩だらけの人間に使ったら完全に変化したのに……あの年代はピュアすぎるのか?」
そして男は頭を抱えながら背もたれに体を預けた。
「でも捧げ物に年寄りを使うわけにはいかないし、連続注射だとあれのように他の動物が混ざってしまう可能性があるし……あれの時は混ざらないと話が始まらないからよかった物の……。何か欲望を持たせる物を目の前にちらつかせてから注入するか? うーん……」
その時、男の目が何かに気づいたのか、獰猛にキラリと光った。
「そうだ。まだ試していないことがあったな……」
そう言うと男は立ち上がり、再び薬の調合を始めた。




