皆藤洋子の狂乱
「んー、これで終了か……。性別の違いによる反応の違いはなさそうだな」
そう言う男の前には、頭からは黄色がかったらせん状の角が生え、手は黒い蹄に変わり、上半身全てが見るからにふわふわそうな白い毛に覆われた皆藤の姿があった。
「手が、私の手が……」
皆藤は変わり果てた自分の手を見ながら、無意識の内に涙を流していた。その様子を男はニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべながら見ていた。
「ま、上半身だけとはいえ条件は満たしているんだから、十分捧げ物に再利用できるだろう……。さぁ、大人しく僕の研……」
「まてぇぇぇぇ!!」
突然聞こえた怒声に男が面倒くさそうに振り返ると、そこには鉄パイプを構えた服部の姿があった。
「は、服部さん……?」
「誰かと思えば君か……。もう逃げたもんだと思っていたよ」
「……友達見捨てて逃げられるわけないでしょ」
恐らく鉄パイプを拾った所から全力疾走して戻ってきたのだろう、服部は肩で息をしながら言った。
「でもちょうど良かった。これでまたいちいち出かける手間が省けたよ」
「ふざけないで!」
服部が大声で叫びながらヘラヘラしている男に鉄パイプを振り上げながら突っ込む。それを男は全く避けようとせず、正面から受け止めた。
2人が交差した瞬間、服部はその場に崩れ落ちた。鉄パイプは手から離れ、高い音をたてながら路上に転がる。
「服部さん!」
皆藤が泣くのを忘れて、慌てて服部の元に駆け寄り、抱え込んだ。抱え込まれた服部は気を失ったのか、目をつぶっていた。
「あ、あなた、服部さんに何をしたの!?」
「何って、実験だけど?」
皆藤の叫びに男は罪悪感が全く感じられない気軽な感じで返した。
「性別が関係無いなら、次は量の問題が考えられるからねー」
男の手には空っぽになった2本の注射器が握られていた。その物体に皆藤が気づいた瞬間、服部がうめき声を上げながら目を覚ました。
「ううっ……」
「は、服部さん、大丈夫……!?」
「い、一応ね……。ははは……ダメだったかー」
服部が力無く笑いながら起き上がる。そのあまりにもあっさり過ぎる様子が心配なのか、皆藤は慌てて話しかける。
「ね、ねぇ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫、そんなに慌てな……え?」
服部が自分の手を見て凍りついた。
「……服部さん?」
「……私もなっちゃうみたい」
「へ……?」
服部が皆藤に見えるように自分の手を見せる。その手は中指を除いて小さくなり始めていた。
「そ、そんな、服部さんも……」
すると突然服部が胸を押さえて苦しみだした。
「服部さん!?」
「うっ、な、なんかチクチクする……」
服部は粗く息をしながら、おかしな形になった手で、苦戦しつつ服を脱いだ。すると胸の辺りから大量の白い毛のような物が生え出しているのがわかった。それを見た皆藤は首をゆっくり振りながらつぶやいた。
「…………嫌だ」
「え?」
脂汗をかきながら服部が聞き返すと、皆藤は黙って自分の蹄で毛を何枚か挟むと、一気に引き抜いた。
「うっ!?」
服部が激痛に思わず悲鳴をあげる。しかし皆藤はそれに構わず引き抜き続ける。
「よ、洋子、いぐっ、もう、いひゃっ、いからや、いぎっ」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやダいやダいやダいやダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤイヤイヤイヤイヤイヤ……」
皆藤は狂ったようにつぶやきながら抜き続けた。
次第に抜かれた毛が赤色に染まり出す。毛を抜く際、その下にある皮もまとめて剥がされ始めた結果、傷つけられた部分から血が滲み出してきたのだ。しかし皆藤はそんなことも気にせず、淡々と毛を引き抜いていた。
「よ、洋子……くっ!」
服部は皆藤の目を見ると、埒が明かないと判断したのか、強引に皆藤の蹄を振りほどくと、物を掴みにくくなった手で皆藤の頭を固定し、勢い良く自分の頭をぶつけにかかった。
鈍い音が響いた。
ーーー
目を覚ますと、視線の先には見慣れない白い天井が見えた。
……えっと、安達さんからおまじないを教えられて、そのことをぼんやりと考えながら午後の授業を受けて、それから服部さんと一緒に帰って……それから何があったんだっけ……?
おでこの辺りが妙に痛い。痛い部分を触ると硬く、ひんやりとした感触がした。
(……ん?)
不審に思い、手を見てみるとそこには手の代わりに黒い蹄があった。
「い、いやぁぁぁぁ!!」
「洋子!?」
バン、と扉が開かれる音がした。音がした方を見ると服部さんの姿があった。しかしその姿は見覚えの有る物とは大きくかけ離れた物だった。
まず、手と腕の部分は完全に茶色い羽に埋まり、翼と化していた。胸の辺りは白い羽に覆われていた。……心無し大きくなっているようにもみえる。
そして脚の形が大きく変わっていた。太ももはいつもの2〜3倍の太さに巨大化した上に白い毛に覆われ、足とふくらはぎは黄色くなり、簡単にポキリと折れそうなほどに細くなっていた。
服部さんの変わり果てた姿に某然としてると服部さんは目をパチクリしながら首を傾げた。
「……どうしたの、洋子。そんな豆鉄砲を食らったような顔をして」
「だ、だって、服部さんが鳥に……!」
「だって、って……洋子見てたじゃん。私がこうなっていくの」
「あ」
服部さんの言葉をきっかけに頭の中をあの時の光景が駆け巡る。髪の話をしながら帰っていたら突然男に声をかけられて、捕まえられて、注射をさされて……
「そうだ、私達、動物にされたんだ……」
私が今までにおきたことを思い出して視線を戻すと、服部さんは部屋の外に出て、何処かに向かって呼びかけた。
「ユウキさーん、洋子、目覚ましましたー」