偶然の再会
ガチャ、という音がすると扉にかかっていた鍵が外れ、鎖と一緒に地面へと落ちた。
それを拾って、ゆっくりと扉を開くと倉木茜と言ったか……馬になった少女は疲れ果てたように寝ていた。頭の周辺は何かで濡れていた。きっと眠りにつくまでずっと泣いていたのだろう。
「ふふふ、そうだよね……。せっかく走れる体になったのに走れずにこんな狭い所に閉じ込められるなんて辛かったよね」
僕は彼女を起こさないように荷台の操作ボタンを押した。ピーピー、という電子音と共に床がスライドし彼女の巨体が荷台から出てくる。そして荷台から大きくはみ出した床が傾くと体は草原の上に滑り落ちた。
「さぁ、起きれば君にとっての天国だ。思いっきり走りなさい」
僕はそう言って彼女の首をさすった。
ーーー
「ん……ううっ……」
目を覚ますと私の体は草の上に転がっていた。
「あれ、私、なんで……ああ、そっか」
視界に入った自分の体を見て全てを思い出す。今の私は変な薬のせいで頭以外馬の姿に変えられた化物だったんだ。
「夢じゃなかったんだな……」
独り言を続けながら私は前脚と化した手をついて起き上がった。聞いている人はいないと分かっているが、なんか喋ってないと気がおかしくなりそうだったからだ。
路上で変えられた時には立つのがやっとだったが、今は自由に動ける。まるで最初からこの体で生きていたかのように。お尻の辺りで尻尾が力なく揺れている。
「とにかくまずは私が今いる所が何処なのかわからないとな……」
私は渋々うつむきながら歩き始めた。
いくら歩き続けても草と石と霧以外何も無い。霧の中をいくら進んでも元の場所に戻ってしまった。では霧が無い所を行こう、とはりきって歩いている内に、向かっている先に大きな森の姿が見え始めた。しかしそれ以前に私にはある問題が発生していた。
「……お腹減った」
太陽がちょうど真上に上ってきた頃、私は疲れと空腹のせいでその場に崩れ落ちた。昨日の夜から飲まず食わずで歩いてきたらこうなってしまうだろう。ああ、河合先輩の差し入れお菓子が懐かしい……。
ふと顔をあげたら、周り一帯においしそうな大量の草が生えていることに気づいた。いや、起きた時から気づいていたがそれを認めてしまったら何かが終わってしまう気がしていた。
きっと、そこらへんに生えている草を「おいしそう」と思ってしまうくらい私の意識は馬に飲み込まれてるのだろう。でも私の、人間としてかすかに残された意識はそれを必死にくい止めていた。
(ああ、でももう……)
長めに伸びた草がすぐそばで風に揺られている。私は我慢しきれずその草を一噛みした。……おいしい。
予想通り一口食べ出したら止まらなくなってしまった。自分の周りにある草を手当たり次第に口に運ぶ。そんな自分が情けなくて、醜くて、愚かすぎて、私は涙を流した。
「泣きながら食べてもおいしくないと思うけどな。倉木……でよかったっけ? 名前」
そんな時、誰かから声をかけられた。声をした方を見ると、何かが詰まった袋を担いだ兎耳の女が立っていた。
「……なんで、私の名前を知ってるんですか?」
「河合のやつに教えてもらったからな。陸上部のホープだって」
私が軽く睨みつけると、彼女は飄々と男言葉で答えながら袋を開けた。中から取り出したのは赤く色づいたリンゴだった。
「人間らしい食べ物だったら苦痛にならねぇだろ。皮を剥いたり種とったり兎みたいな形にはできないけど」
そう言って彼女は私にリンゴを差し出した。
「……あなたは河合先輩を知ってるんですか?」
「知ってるも何も、一応幼馴染だよ」
そうハミカミながら言う彼女に私は目を疑った。河合先輩はよく幼馴染の人の話をしていた、というか何度か会ったこともある。でもその人は男性だった。しかし今の私の体のように、人間が馬になってしまう今の状況では何が起きていてもおかしくはない。ということは……
「……もしかして月村先輩ですか?」
「あ、覚えててくれてたんだ」
彼女ーー月村先輩は嬉しそうに笑った。
それから私と月村先輩はリンゴを齧りながらここに至るまでの話をした。……リンゴ1個が軽く口の中に入ってしまうほどに顔が大きくなっていたことに気づいた時は若干凹んだけど、食べかけの物を地面に置くよりかはマシだと無理やり自分の中で納得させた。
月村先輩は河合先輩のストーカー退治で同行していた時に薬をさされ、今の姿になってしまったのだそうだ。ちなみに河合先輩が助かったのはあの白衣の男の手元に獣化薬がなくなったかららしい。しかし男は代わりに注射器を河合先輩の急所にさし、殺そうとした。それを月村先輩が自分の身柄と引き換えに止めたんだそうだ。
……なんか聞いているだけだとカッコいいエピソードである。しかし事情が事情なだけに、月村先輩は河合先輩に自分が今こういう状況になっていることを口外しないようにお願いしたそうだ。
その結果だろうか、月村先輩が誘拐されたという話は私の周りでは話されていなかった。
「……あいつ、ちゃんと警察に通報したのか?」
「したんじゃないですか? よくよく思い出すと2ヶ月くらい前に見覚えが無いスーツのおじさん達が職員室で先生達と何か話してましたから」
「見たの?」
「はい、部室の鍵をもらいに行った時に」
「そっか、なら安心かな……」
そう言って月村先輩は地面に寝転んだ。
「でも、ここに入れられてからもう2ヶ月も経ってるのか……。留年とか嫌だな……」
「でも不可抗力ですから大目に見てもらえるんじゃないですか? それに確か、月村先輩は今入院していることになってるはずですから」
「え、俺、病欠扱いになってんの?」
「はい。なんかよくわからない長ったらしい名前の難病にかかって入院することになったって。面会もダメとかなんとかって話を友達から……」
「……まぁ、確かに病気だわな。これは」
そう言って月村先輩は自分の大きく膨らんだ胸を指差した。私はリンゴを思わず吹き出しそうになってしまった。
「……なんだよ」
「い、いや、確かにすごい病気だな、って」
「笑いながら言われても全然フォローになってないからな」
月村先輩は仏頂面になりながらリンゴを齧った。
「でもさ、やっぱり倉木は笑顔でいた方が可愛いな」
「え」
「さっきみたいに草食いながらべそべそ泣いてるよりもずっといい」
私は思わずリンゴの芯を吹き出した。なんで急に真顔で恋愛ゲーの彼氏役のセリフみたいなの吐いてるのこの人!?
「お、大きなお世話です!」
私は月村先輩の視線から目をそらした。すると月村先輩はおかしそうに笑い出した。うう、手があったら思いっきりぶん殴ってるのに……。蹄で殴ったら死んじゃいそうだから殴れないじゃないか……!




