暗がりの少年 2
小一時間ほど歩いただろうか。
エリルに支えながら『邸』へと向かう最中に、他の帰還チームと出会った。
額に僕達の属する『邸』の紋章をつけた蜘蛛の様な独特のフォルム。
『邸』所属の機械人の連中だ。
僕やエリルの様子を見て不気味な機械の眼を光らせながら
『邸』へと到る路地裏を颯爽と駆け抜けていった。
『邸』の入り口には魔力の網が張られていて、『邸』の住人以外は入れないようになっている。
特殊な力の網は、この『邸』に300年近く張り巡らされたままらしい。
そしてその『邸』の主様はその頃からずっと生きている。
僕の体はすっかり回復してきたらしく、エリルの手を借りなくても動けるようになってきた。
僕とエリルは主に任務の報告をするために、最上階にある主の元へ向かった。
主の部屋の前は細長い廊下で、任務を終えたチームとこれから任務を受けるチームが主に報告をするために並んでいた。
並んでいた何人かがエリルに気が付き近寄ってきた。
「よお、エリル首尾良くいったか?」
「いや失敗した」
「ほう、そりゃまたなんで」
狐顔の男は、そういいながら僕の方を盗み見る。
「たしか今回の任務は諜報任務だったんだろ。裏業使いがいて失敗するなんてな」
その言葉に同調するかのように、周りの何人かが僕の方を見て嘲るかのような表情を浮かべる。
仲間からの嘲弄いいかげんに慣れたがあまり気分の良いものではない。
…僕は何事も無い様に、周りを無視する。
「おや、だまるところをみるとやっぱり今回も裏業使いのせいで失敗したのかな?」
「いいかげんにしろパウロ」
意外にもエリルが、その男に向かって僕を馬鹿にするのをやめるように言った。
「なんでだ。俺は本当のことをいっただけだぞ」
「いいか主の前で裏業使いを馬鹿にしていて、主に聞かれたらどうするんだ?」
パウロと呼ばれた男は慌てて、主様の部屋のドアを振り返り、怯えるようにして元居た場所へ戻った。
ここでは主は神に近い存在だった。
まだ僕が幼い頃、表で暮らしていた時に表では各地にある『邸』の主の事を怪物や悪魔と同じようなものだと教えられていた。
主様の姿ははっきりとはわからない。任務の報告をする時も、巨大な椅子に座った後ろ姿を見ることしか出来ない。椅子に置かれた腕から身長は3メートル以上在るのではないかと思う。その声は聴くものに恐怖を呼び起こす。もっとも僕は小さな頃に一度だけその姿を見ているはずなんだが、思い出そうとする度に頭に靄がかかってしまう。
暫らくして報告をする順番が回ってきて、主様の部屋へはいった。
「エリルとティータ、報告します。今回の任務は失敗に終わりました」
主の背中に向かって、二人で復唱する。
「ご苦労だった」
椅子に座っている主の手が陽炎の様な淡い光を発光しているのが見て取れる。
案の定あまり感情のこもらない声で一言返ってきただけだった。
いつもなら任務の報告をすると、成功しても失敗してもすぐに部屋に帰ることが出来るのに、この日は違った。
「エリルとティータの二人は新たな任務に就け」
発光する手で宙に文字を描く仕草をすると、新たな依頼書が目の前に現れた。
依頼書を受け取ると部屋に誰かが入ってきたのが分かった。
「へぇ、任務を失敗するような奴と組まなきゃならないんだ」
エリルの後ろから声がする。この声はレイナードだ。
『邸』一番のクラッカーだ。
僕が生物の担当だとすると、機械人相手の担当だ。
振り向けばやはりレイナードで長い髪を背中を隠すくらいまで伸ばし、大きな両目で僕らを見下すようにして眺めている。
レイナードの他にも幾人かが部屋に入ってきている。部屋の中にいるのは全部で僕を除いて8人。
「蝙蝠を連れて仕事をするのは気が進まないね」
レイナードは平然と他のメンバーに聴こえるよう、特に僕に聴こえるように言った。それに対して僕は何も答えなかった。僕自身も裏業使いが蝙蝠と呼ばれるのは事実なのだから、そう呼ばれても仕方の無い事だと思っている。
「だいいちクラッカーと裏業使いが一緒に任務に就く事なんてありえなくない」
「今回の任務に裏業使いは必要だ」
レイナードの言葉に、一人だけ椅子に座っていた男が答えた。今回の任務のリーダーなのだろうか?
「今回の任務が上手く事を運べば、暫くはうまいものが食えるようになるだろう。
だから仲良くやってくれ」
「任務が上手くいけばいいさ、失敗して蝙蝠のおかげで全員が捕まったらどうするのさ。
あなたが蝙蝠の面倒を見るなら最後までみてあげなよ。僕は蝙蝠の面倒は見たくないからな」
「ああ。分かった。今回は俺が裏業使いの面倒を見よう」
レイナードと男は知り合いなのだろうか?
男のセリフにレイナードの感情が高ぶるのが感じられる。
レイナードが男に近寄り睨みつける。
「フン、好きがするにいいさ!!」
男とレイナードの姿を見て一番左にいる男が鼻先で笑い出した。
「ミーシャ、なに笑ってるのさ」
レイナードがムキになって噛み付こうとする。
「いや、何痴話喧嘩はそれくらいにしてもらいたいんだが…。本題に入りたいんだよ」
ミーシャと呼ばれた男の言葉に、他のメンバーからも同感の気配が漏れる。
部屋にいるメンバーを見渡す。
メンバーを見れば分かるが、雰囲気からして今回の任務はどうやら断れる類ではないらしい…
「そうだな。本題に入るとするか」
先程の男が説明を始め、空間に任務が表示される。
男の名前はイシュ、やはり今回のチームリーダーを務めるらしい。
精悍な顔つきと無駄の無い肉体をしている。
「今回の任務は護送されているものの奪取だ。 相手は機械人だ」
イシュのセリフに先程の怒りの収まらないレイナードが声をあげる。
「相手が機械人なら、なんで蝙蝠を連れて行く必要があるの」
「護送されているものの探索に裏業使いが必要なんだ」
イシュは、そういい捨てるとレイナードを無視して話を続ける。
「当然機械人相手の任務だから、命乞いは通用しない。
通常なら機械人が相手の場合はリスクが多いので戦闘を極力避け万一戦闘になった場合でも
撃破より個々の生還を優先するが、今回は機械人と戦闘を行った場合はこれを殲滅する必要がある。
完璧な任務成功か我々が全滅した時点でのみ任務は終了する。」
つまり年に一度はやらなくてはならない死か生かの仕事か…
僕を含め、ミーシャ、エリル、レイナードが息を呑む気配が伝わった。
「ただし機械人の殲滅は一度で行う必要は無い」
空間に地図を表示させるとイシュは説明を続ける。
「機械人の一団が目指している目的地シーランまでに殲滅すれば良い」
言いながら地図を指差す。
指差された先は大陸の北端にある山頂の町だった。
シーランまではずいぶん遠く普通に行こうと思えば空を飛んでもここから最低2週間位かかる距離だろう。
ましてターゲットの機械人たちが使っている陸上移動では2ヶ月はかかるだろう。
「他のチームからの最新情報ではターゲットを運ぶ一団はこの辺りにいる」
再びイシュが指を差した先は先程よりも『邸』近くの山道だった。
「複数あるチームが交互にターゲットを狙っている。
すでにターゲットを狙って各地の『邸』から派遣されたものが幾度か機械人たちと戦ったらしい」
にやりと笑うとイシュは話を続ける。
「既に機械人は数度襲撃を受けている、つまり我々は後詰めの為に派遣される。
完璧な任務遂行のためにな…」
イシュは話し終え、イシュのセリフにレイナードを除く全員が、静かに頷いた。
僕はふとレイナードに視線を向けた。レイナードは視線を無視し部屋から出て行ってしまった。
それが合図だったかのように、皆が部屋から出て行きはじめた。
僕も渡された資料を読みながら、部屋へと向かいだした。