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異世界紳士録  作者: ガー
2つの太陽
9/33

1-8

トムは賞金稼ぎだった。


剣の才能もそこそこで魔法を使えるわけでもない彼の実力は、名前が売れるほどのものではなかったが。


そこそこの魔物を討伐し、そこそこの稼ぎで酒場で仲間と酒を飲む。


だがマコと出会い、恋をして家族になってマコのお腹に子供ができた時に、安定した暮らしがそこそこの賞金稼ぎではできないことに当たり前のように気付く。


なんとか暮らしていけたが不安定な生活のせいなのか、マコは流産してしまう。


2人の悲しみは相当なものだったが、トムはマコを見捨てたりはしなかった。


曽祖父から続く実家の農業を継ぐことに決めたのだ。


予想に反し、両親は暖かく2人を迎えてくれた。聞けば父も昔は賞金稼ぎだったという。


舐めていた農作業は賞金稼ぎの仕事よりもつらかったが、2人は力を合わせて働いた。


そんな折、マコのお腹に新たな命が宿る。


両親は入れ替わりのように他界してしまったが、生まれてきたチコは目に入れても痛くないほどに可愛かった。




そんなチコが目の前で血に染まっている。


世界の終わりは1人目の流産のときに味わいつくしたと思っていたが、それ以上の絶望がトムを支配している。


一刻も早くチコのそばに近づきたいが、魔物によって足は深く傷つけられ動けない。


這い蹲ろうにも体に力が入らない。出血により意識が朦朧としてくる。


チコ・・・チコ・・・チコ・・・


もうダメなのか。


クラスがいつ納屋に来たのかトムは知らない。


突然倒れこんできた頭なしの魔物の姿に少しだけ視線を向けるが、どうでもいいことだった。




そんなチコがむくりと起き上がる。


しばらくキョロキョロとあたりを見回していたが、自分の衣服が真っ赤になっているのを見ると大声を上げて泣き始めた。


信じられない光景を見ているトムは自分の体も血で染まっているが、痛くも痒くもないことに気付く。


「な、なんだ?」


「もう大丈夫ですよ」


肩越しに振り向くとごしごしと涙を腕で拭うクラスが立っていた。


「早くチコちゃんのとこにいかないと」


「お、おう。だがこりゃー一体?」


トムはチコのところに歩き出す。踏み出す足に痛みはない。


チコは泣いているがトムが抱えあげると泣き声はだんだんと小さくなっていった。






思いつきで行った自分の行為にこれほど助けられたことはない。


クリップボードに保存されていたトムさんとチコちゃんのメモリがなかったらどうなっていた事か。


終わってしまった処理に後戻りはない。


今からチコちゃんに逆アセンブルをかけても恐らくは間に合わなかっただろう。


自分への実体操作インスタンス・オペレート解析により、貼り付け(ペースト)機能でケガが直ることは確認していた。


ナイフでつけた切り傷、ランタンの火でできた火傷などは自分自身の複製貼り付けコピペにより元通りになったのだ。


では何もない場所に自分を貼り付けるペーストとどうなるか。もの言わぬ自分に見つめられるのは正直嫌な気分だった。


コピーできるのはあくまでも実体インスタンス。魂や心などといったものはコピーできないらしい。


抜け殻みたいな自分を「削除」する時はとても怖かった。




毛むくじゃら()を切り取りで動かなくした後は、クリップボードからトムさんとチコさんを選択し、それぞれの瀕死の体に貼り付けた。


ヒトの血があんなに流れているのを見たのは初めてだった俺は、かなり動揺していた為に震えながらだったが。


他人に貼り付けペーストするのは初めてだったが、上手くいったらしい。


倒れている毛むくじゃら()を見下ろしながら、もう少しこの世界のことを知らないといけないと思った。


トムさんがチコちゃんを抱えてこちらへやってくる。


「夢でも見てたみてぇだ。悪夢のほうだがな」


「チコちゃんは大丈夫ですか?」


「転んだ時に、転んだかどうかはわからねーが。鼻を打ったらしい。そこまでは覚えているが後のことはわからないとよ。背中に確かに見えた大ケガもきれいさっぱりだ」


「トムさんの体はどうですか?」


「切られた筈のあちこちは嘘みてーになんともない。あんなに血を出したのにな」


トムさんの血溜りを指差しながら教えてくれた。


コピーした時点の血液量なんかも上書きするみたいだ。


「なにか体に違和感とかあれば教えてください」


「ああ。そん時は頼まー」


チコちゃんは目がうるうるで鼻が赤いが大丈夫みたいだ。


「しかし、なんですかコイツは?毛むくじゃらで猿みたいな格好ですが」


疾風申ゲイルモンキー。魔物だよ」


「魔物?」


「クラスの住んでたあたりには魔物はいないのか?」


「お話には聞いたことがありますが。実際にはないです。森の生き物なんかとは違うんですか?魔物って」


「例えば、この辺の森でいうと大酉オオワシなんかは卵を守るためなら襲撃者としてのヒトは襲うが、魔物の闇大酉シャドウ・イーグルなんかはヒトを餌にしようと襲ってくる。

ヒトを襲うのに受身かどうかの差が簡単な見分け方だな」


「この猿は?」


「魔物だよ。笑ってたろ?魔物は笑うんだ。しかしこれだけ大きけりゃどっかで見かけられて、討伐依頼でも出てそうなもんだがな」


「トムさんの家は今まで魔物に襲われたことはないんですか?」


「あるさ。だが畑を含めて四方に魔物除けの柱を立ててるから・・・まさか!」


トムさんはチコちゃんを抱えたまま畑のほうに駆け出してゆく。


俺はその後を走ってついていった。





「やっぱりだ。柱が大雨で倒れてやがる」


複雑な文様がびっしりと刻んである石柱が根元から倒れていた。


トムさんはチコちゃんを地面に立たせて、柱の状態を確認しはじめた。


「どうです?」


「いや。ダメだな。魔物除けは1度でも魔力がはじけちまったら魔導士に張りなおししてもらわねーと。

クラスはできるか?」


「仕組みがわからないとどーにも。柱を立て直すくらいならできますが」


「町に行けば魔物除けの張りなおしができる魔導士はいるんだ。のんびりしてられねーな。とっとと準備して町へ出発しよう」


3人は納屋に向かい歩き始めた。


「猿の死体はどうします?」


「牙と爪は売れるんだがな。クラスが頭をふっ飛ばしちまったろ?」


「いや。生き返りはしないと思いますが、頭を元に戻せますよ」


「そうか。バラして魔物除けの代金の足しにするか。いいか?クラス」


「もちろん」


貼り付けペーストで元にもどすか。元に戻すリドゥーで戻すか。


そんなことを考えながら納屋に向かった。

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